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2019年3月28日木曜日

21世紀ハードボイルド/ノワール ベスト22 第3回 (全4回)

■ジョニー・ショー/負け犬たち

遂にこれが登場であります!私が読んでなくても絶対傑作なのでおススメ!と言い続けてきたジョニー・ショー『負け犬たち』!いやー、この本との出会いは結構衝撃的だったのだけどさ。2014年かこのブログを始めた頃からジョニー・ショーについては短編などを目にして注目しており、2016年春、満を持して読んだJimmy Veeder Fiascoシリーズ第1作『Dove Season』を大絶賛した回を週末にアップロードし、月曜日に本屋に寄ったらこの本が出てるのを発見したという次第なのである。おーい!ジョニー・ショー出てるぞ!と大騒ぎしたが、私ジョニー・ショーについては文章も大変好きなので、原書から読みたいんでしばらく先になるんですが、絶対面白いから絶対に読め!という前代未聞、読んでもない本を絶賛しておススメ状態となっていたのでした。だが遂に読んだよ!えーと、引っ越す前だから一昨年の秋ぐらいだったか?一昨年?ま、いいか…。いや、なんだよこれ?スゴイじゃないか!万全の期待と傑作との絶対の確信ぐらい持って読んだが、それをさらに200%上回る大傑作!打ちのめされ傷つき失うものは命しかない3匹の負け犬が、禁断の地に眠る伝説の黄金を目指す!ムチャクチャ笑って泣く世紀の大傑作!これを読まずして何を読むというんだい?実はさあ、やっと原書の方読んだけど、翻訳版まではまだ手が回らず未読なのだが、これはたとえ少し翻訳が上手く行ってないなどということがあったとしても、そんなことで失われる恐れもない大傑作である!ワシがこれまで書いてきたのも、この後のも、まあ読者を選ぶかもしんないな、というところはあるかもしれん。だが、これは誰が読んでも感動する万人におススメの大傑作である。迷ってんならまずこれ読め!絶対読め!
そしてもう一つ、絶対の確信をもって言おう!これはかの内藤陳大師匠がご存命ならば、必ずや絶賛し年間ベストナインの一角を任せた「冒険小説」の傑作である!こんなもんも見つけられないくらいなら、もう「冒険小説」なんて言うのやめちまえよ。結局もう上から下まで全部「マーク・グリーニーに比べれば」とかスケール小さいクレイマーレベルなんだろうね。かの先生お得意の説で言うならば、「冒険小説宣言」とやらをしたところがピークで、そこから延々と劣化が進み、もうとっくに終わってるべきってところなんだろう。あー、やめちまえやめちまえ!

まあ、救いようのない連中は放っといて、なかなか日本には伝わらなそうなジョニー・ショー先生の輝かしい活躍の一つについてちょっと紹介しておこう。2012年から2013年にかけ、ショーが作家活動を休業し、編集に取り組んだ伝説の(また出たぞ、伝説!)アンソロジー『Blood & Tacos』全4集である。アンソロジー第1集の冒頭で、ショーはこう宣言する。マック・ボラン、デストロイヤーなどの70年代メンズアクション・ノベルのペーパーバックこそがパルプの伝承者だ。我々はガレージや物置の隅で眠っていたそれらを見つけ出し、叫ぶのだ。「やった!見つけたぞ!」時に埋もれたそれらの宝石を発掘し、皆で叫ぼうではないか!「見つけたぞ!」この声に応えたパルプ・フィクションを愛するつわものどもが自らが「発見した」忘れ去られた(もしくは誰も見たことがない)名作を手に参集する。その面々は現代ノワール/クライムフィクション作家版『大脱走』ともいうべき豪華な顔ぶれ。あー、念のため言っとくけど「発見した」の意味みんなわかるよね?この伝説の傑作アンソロジーは現在のところまだ一冊99~100円にて入手可能。あんまり英語に自信がなくてもとりあえず買っとけ!
あと、Jimmy Veeder Fiascoシリーズ第1作『Dove Season』がいかに素晴らしい作品であるかなどについては、下のリンクから見て下さい。この『負け犬たち』はもっと読まれるべき作品であるし、ジョニー・ショーももっとたくさんの作品が翻訳されるべき作家である!





ここで、英国ノワールの最後に書いたその頃米国ノワールは、というあたりに少し簡単に触れておこう。このあとちょっと荒れるのが確定的になったようなので、その前に。まあ、私が注目しているのは主に"small press"と呼ばれる辺りから本を出している連中だが、弱小出版社でも何でも好きに呼べばいいが、メジャーじゃなくそんなとこから出てる本なら興味がないとか言うんなら、今からでも言うがとっとと帰れ。どうせ日本で翻訳される本があっちじゃどのくらいの大きさの出版社から出てるものかなんてほとんどわかってねーだろが。あと米国の、と最初に言ったが、実際にはイギリス、オーストラリアなど英語圏の作家も参加している場合も多くグローバルになっているが、ここではパブリッシャーなどがアメリカにあり、そこを基盤に活動しているものについて米国、という形で扱っていく。それから、ってやたら前置きが多いんだけど、例えば日本ではミステリ・マガジンのような雑誌形式のものとアンソロジーというのは明確に区別されているが、英米ではその辺もまとめてアンソロジーと呼ばれることが多いので、ここでは一括してアンソロジーとと呼ぶ。ということで始めます。なんか言葉遣いに丁寧さが欠落しすぎてる気がしてきたので補正しなくては。いや、結構余裕ない感じで必死に頑張っとるもんで…。
この辺のムーブメントは、まずウェブジンというようなところから始まっているのだが、それを更に遡るとアナログな同人誌的な時代もあったらしい。まあこういうものの常として記録も残らず消えてしまうものなので、どのくらいあってどのくらいの規模だったかもわからないのだが、辛うじて私が知っているところでは、私が21世紀ハードボイルド/ノワールで最もリスペクトする現代ノワール最強の作家にして無冠の帝王Anthony Neil Smith氏(この人については後ほどもう少し詳しく語る!)が盟友ヴィクター・ギシュラーと始めた『Plot With Gun』がある。と言ってもそれほど詳細は知らないのだが、投稿された作家の短編数編の他に評論やレビューが掲載された形式で、最初は紙に印刷されたものだったが、後に同じ形式のままウェブジンへと移行する。(現在は終了している)同様のものとしてはこちらはオーストラリア発の『Crime Factory』。こちらも紙媒体による出版から始まり、その後ウェブに移行。そして更にその後、『Crime Factory』はKindle電子書籍版として発行されることになる。(2016年発行の19号にて終了。現在はアマゾンでの販売も終了している。)という風にノワール周辺では常に独力でも新しい作家を世に出したいという機運があり、それらが数多くのウェブジンへとつながって行く。それらの完全にウェブ発で現在も続くウェブジンというのは、前者のような雑誌スタイルのものではなく、投稿されたものが大抵は不定期にウェブページ上に一篇ずつ追加されて行くというもの。その代表的なものとしては、Spintingler Magazineがあり、一時期は独自のアワードも選出し、このジャンルの多くの優れた作家を輩出している。(現在は終了。)しかし、Spintingler Magazineの功績はウェブ上に多くの作家の発表の場を与えただけではなく、自ら出版部門Snubnose Pressを立ち上げ、多くの作家にさらなる活躍の舞台を提供したことである。残念ながら今はホームページも無くなりほぼ販売も終了しているが(さっき見たらまだ一冊だけAmazon.comにあった。Sandra Ruttanの『HARVEST OF RUINS』!)、電子書籍黎明期のアマゾンKindleストアノワールジャンルではそれは独特の存在感を放っていたのだ。なんかさあ、日本じゃもうアメリカでもそんなにハードボイルドなんて出てないぐらいのことがまことしやかに言われてた頃にさ、何とか翻訳の途絶えたやつを読みたいと思って、Amazon.comのハードボイルドやノワールのカテゴリを延々と見ていてこいつらに出会った時の喜びときたらもう…。ちゃんと出てるじゃねーか!ハードボイルドの未来を背負って立つ気満々のやつらがいるじゃねーか!日本で知った風な口きいてる奴らなんて関係ねえ!オレはこいつらを追ってくぞ!というのからその後このブログをやるに到ったわけなのですよ。ウェブジンから出版という道をSpintingler Magazineが切り開いたのかどうかはよくは知らないのだけど、これに続くようにアクションを起こし始める連中も次々と現れる。Beat to a Pulp、Out Of The Gutter、Shotgun Honeyといったところもウェブジンから出版を始めた奴らである。前述の英国のClose To The Boneも同様のウェブジン発のパブリッシャー。そしてそんな中、一人の男が立ち上がる。それがウェブジンAll Due RespectのChris Rhatiganである。
ウェブジンで雌伏していた実力派たちが脂の乗り切ってきたこの時期、彼は自らのウェブジンに掲載されたそれらの作家39人の作品を集めたアンソロジー『All Due Respect』を出版する。それはまさに次代を担うノワール作家のカタログの様相であり、現在でもこのシーンを知るために重要な一冊である。現在でもたったの108円!今すぐ買え!この出版はRhatiganに大きな手応えを与え、そして彼はAll Due Respectをパブリッシャーとして立ち上げ、本格的に出版の世界へ乗り出して行く。この経緯を聞いて、Rhatiganをちょっと商才の利く男か何かと思った者もいるかもしれんが、彼は決してそんな安手の人物ではない!奴を動かすのは常にハードボイルド/ノワール/クライム・フィクションへのあまりにも深い愛である!常にシーンに目を光らせ、彼が手を差し伸べるのは今まさに世に出んとする新しい才能である。共同経営者である作家Mike Monsonが去り、一時期は経営困難に陥ったが、Down & Out books傘下に収まった後は息を吹き返したように、Liam Sweeny、Tom Leinsといった次を担う作家たちの作品を次々と世に出し続ける不屈の男!それがChris Rhatiganである!やはり著作物のある作家ほどに世に出、目に留まることは多くない存在であろう。だが我々ジャンルを愛する者は彼のような存在を決して見逃してはならんのだ。
何やら色々と熱くなりすぎてきた感じではあるが、このシーンにはまだまだ熱い男たちが数多く存在する。これまでウェブジンから出版へという流れについて語ってきたが、この電子書籍時代、更に別の手段で闘いに臨んでくる者たちも現れる。それがeブックメインのアンソロジーの発行である。ここにおいて何よりまず語らねばならんのは、あの伝説の『Thuglit』である!このアンソロジーを編集したのはBig Daddy Thugこと作家Todd Robinson!彼は2012年より4年間に亘り、自らの作家活動も中断しこの伝説のノワール・アンソロジー『Thuglit』を全23集も出版したのである!ノワール史に残る偉業!現在活躍中、または頭角を現してきたノワール作家はすべてこの『Thuglit』を通過してきたといっても過言ではない。しかも、この伝説はまだ入手可能!ああ、オイラもまだ少ししか読んでないんだが…。もっと頑張らねば…。そしてこのTodd Robinsonの偉業に触発された者たちが次々と自分たちのレーベルを立ち上げ、アンソロジーを出版し始める。多くは短命に終わるが、その意思は引き継がれて行く。不定期ながら長期にわたって出版されている作家Alec Cizakらによる『Pulp Modern』の名前ぐらい覚えとけ。
そして2017年新たな勢力が立ち上がる。米西海岸を根城とする作家Scotch Rutherfordによる『Switchblade』!どうだいこの悪そうな表紙!2017年の登場以来一切勢いを落とすことなくノワールの新たな才能を吐き出し続ける。現在第8集の出版も迫るところ。ノワール魂を継ぐ者たちは何度でも立ち上がるのだ!
そして、多くの才能が頭角を現してくれば、それを出すパブリッシャーも現れるのが当然の理であろう。この流れはハードボイルド/ノワール系パブリッシャーの台頭へとつながった行く。その先陣を切ったのは、英国ノワールの方で触れたAllan Guthrieによるeブック専門パブリッシャーBlasted Heathだろう。Guthrieがこれを立ち上げる時、まず考えていたのは当時優れた作品を発表していたのに従来の方法ではなかなか世に出られない作家たちを自分たちの手で売り出したいということだったのだろうと思う。これはBlasted Heath立ち上げに先立つ頃倒産したあるパブリッシャー(名前忘れた…ごめん。)からGuthrieとともに作品を発表していた作家たちがBlasted Heathに参加していたことからうかがわれる。その面々というのがスコットランドの鬼才Ray Banksや現代ノワール最強作家にして無冠の帝王Anthony Neil Smith(ちょっとくどかろうがオレん家ではこの称号は絶対譲らんぞ!)らである。そこにやはり英国内で不遇をかこち、出版社がつぶれその時も自ら立ち上げた個人出版社からバーニー・トムソン・シリーズを出していたDouglas Lindsayも加わる。そこに更に前述のようなウェブジン-アンソロジーから出てきた新たな才能が加わって行くのである。電子書籍黎明期Blasted Heathは確実にその存在を示し、それらの不遇をかこっていた才能は、それが売り上げランキングの上位といったものではなくとも求めていた読者の手に確実に届き、それらの才能に評価を与えた。その一つの現れが英国でのバーニー・トムソンの映画化といったものであろう。残念ながら2017年に力尽き伝説となったBlasted Heath。だが彼らは後へと続く道を切り拓いたのだ。
21世紀になってから、アメリカではシリーズ物のキャラクター・探偵が好まれなくなっている、というようなことを書いたものを見た記憶があるが、それがその時のその人の印象だったのか思い込みなのかは別にして、現実は違う。そういう事実があったとしても、それはそういうものがそれを求める人たちの手にうまく届かなくなっていた、という流通上の問題だろう。電子書籍時代になり、手軽に本が手に入るようになると、人気を博したのはそういったシリーズ物のキャラクター・探偵だった。米Amazonのミステリ関連書籍出版部門であるThomas & Mercerではいち早くそれを察知し、そういったシリーズキャラクターを持った作家作品を集め始める。日本でもルー・メイスン・シリーズが1冊翻訳のあるジョエル・ゴールドマンもそれらの自分のシリーズ作品を電子書籍化し個人出版で成功を収めた一人であり、同様に電子書籍で人気作家になっていたリー・ゴールドバーグと手を組みBrash Booksを立ち上げ、絶版となっていたディック・ロクティなどの80~90年代のハードボイルドシリーズ作品の復刻を手始めに、そういった作品を書ける新たな才能を探し始める。そしてそういった状況で現れたのがPolis Booksである。
Polis Booksはミステリだけでなくファンタジーやホラーまで幅広くジャンル小説を出版するパブリッシャーだが、こういったシリーズキャラクター人気を見て、ハードボイルド・ジャンルのシリーズ作品にも力を入れ始める。そうして登用されてきたのが、他のパブリッシャーで優れたシリーズを立ち上げながら続巻の刊行が滞っていたDave White、Alex Seguraといった若手新世代ハードボイルド作家たちである。え?新世代なんて誰が言ったって?オレだよ!文句あっか?作家同士の仲も良くシリーズキャラクター共演の短編なども出していたりして、一緒に俺たちのシーンを作って行こうという感じがなんとも頼もしい。様々に形式は変わっても、TVシリーズなどの人気を見ればいつの時代でもシリーズキャラクターが人気なのは明らか。シリーズキャラクターが好まれない時代になったなんてありえないことである。常に必要なのはそれが求める人たちの手に届きやすいシステムと、こうやって盛り上げて行く送り手なのだ。
この時期に立ち上げられ、優れた新しい作品を数多く出版したが、比較的短命に終わってしまったパブリッシャーが280 Steps。社名がチャンドラーの著作の中の一文から引用されたもの(なんか憶えあるんだけどいまだにどれだか確認しとらん。ごめん。)ということで、明らかにハードボイルド/ノワール作品のリリースを目指して立ち上げられたパブリッシャーである。初期には映画『キッスで殺せ』や『夜までドライブ』の脚本などで知られるA・I・ベゼリデスや80年代のマリ・シンクレアなどの作品の復刻が主だったが、そこから上記のようなシーンから出てきたEric Beetner、Eryk Pruittといった新しい作家の作品を次々とリリースし始める。しかし、2017年に入り少し出版のペースが落ちてきたな、と思った矢先の春先に突然の終了が告げられる。これは本当に急だったようで、作家の移籍もほとんど進んでいなかったばかりか、中にはプレオーダーまで進んでいたのに出版されずに終わった作品もあった。まあこういうのってどこかの大手パブリッシャーの資金が非公式に動いてて、それが止まっちゃったみたいな事情はなんとなく察せられたところなのだけどね。こんな風で幕切れはあまりよくなかったのだけど、280 Stepsは本当に素晴らしい作品を数多く出版したのだ。その多くがDown & Out Booksなどから比較的早く再リリースされていることからも確かである。それから280 Stepsはカバー・アートも素晴らしかった。多くの本の中に並んでいても一目で280 Steps作品だと分かる、何か現代のパルプというのを感じさせる独特のセンス。このまま失われてしまうのがもったいなくて、まだ見つかるうちに集めてきて画像を作ったのだよな。どこだっけ?後で見つけてきてリンク張っとくです。とりあえずここね。
そしてここで何度も名前が出てきてたDown & Out Booksが登場。発足は2013年だったか?まだ出来てそれほど経っていない頃のDown & Outのホームページをたまたま見つけた。まだ本が数冊ぐらいしか並んでいなかったけど、その中にLes Edgertonがあり、こういう作家の本を出しているならちゃんとチェックしておかなければな、と思った。んで、そのまま少し忘れてて、しばらくたって思い出して行ってみたら一気にずいぶんたくさんの本が増えていて結構驚いた。まあ、これまでに度々登場してる「不遇をかこっていた作家」を次々と登用してきたわけなのだけど、それにしても勢いがすごかった。そしてそれらの作品をただ集めるだけでなく、それらの作家の新作を続々とリリースして行く。更にこれまで書いてきた道半ばで倒れたパブリッシャーからの絶版作品を次々と救済。SnubnoseからBlasted Heath、280 Stepsらの伝説作品がDown & Out Booksから再版されている。現代最強のノワール作家にして無冠の帝王Anthony Neil Smith先生の作品もDown & Out Booksから入手できるのだ。そして前述のAll Due Respect救済以前にもウェブジン系パブリッシャーShotgun Honeyを傘下に加えており、それらからの新しい才能の発掘にも余念がない。という風にもはやこのシーンを語る上では避けて通ることができない存在であり、それゆえ前から名前がちょこちょこと出てきていたのであるが、それがDown & Out Booksなのである。そしてこれを率いるのがExecutive EditorであるEric Campbell。この手腕はただものではない。こいつも21世紀ハードボイルド/ノワール・シーンにおいて憶えておくべき名前の一つであろう。
とまあ、こんなところが私が追い続けている21世紀電子書籍時代のハードボイルド/ノワール興亡史の概要である。ああ、そうだ、奴らは弱小出版社だ、ウェブジンだ、同人誌だ、そして時には作家未満でもある。それに何か問題があるか?大手出版社に勤める編集者が選び、会議で収益が見込まれると決定されて出版された本にしか読む価値がないなどと思うやつらはとっとと帰りやがれ!奴らのパブリッシャーはあちこちで倒れ、ウェブジンは運営に行き詰まり、アンソロジーは息絶える。だが、奴らは何度でも立ち上がる。自分の信じる物語を書き続け、時には俺出版社で独力で出版し、ハードボイルド/ノワールの血統を受け継ぎ続けるのだ。こういう奴らがいるジャンルは絶対に終わらん!ハードボイルド/ノワールは永遠に不滅である!どうだ、これが21世紀ハードボイルド/ノワールだ!ざまあ見やがれ!
…あ、ごめん、なんかもう終わるぐらいのテンションになっちゃったけどまだ続くから…。いや、『Plot With Gun』から始めたあたりで、ヤバいこれバランス崩すぐらい長くなっちゃうかも、と気付いたのだけど、なんかもうSnubnoseの事書いてるあたりでどうでもよくなっちゃって、んで、オレがAll DueやThuglitのことを書いて熱くならんわけがないだろう、というわけでこんなになっちまった。まあ所詮は素人のブロガーがやっとることなんで出鱈目なのは諦めてくれ。あー、もう現代最強のノワール作家にして無冠の帝王Anthony Neil Smith先生のことを書く余力が無くなっちまった…。とりあえずはあっちこっちで散々書いてるので興味があったらリンクの方を見てくれ。と言うか興味を持てよ!この野郎!あ、あと本文に書く余裕なかったんだけど、リンク張ろうと思って久しぶりにBrash Books行ってみたらなんとラルフ・デニスのジム・ハードマン・シリーズも復刻されてるのを発見しちゃったぞ!ああもう新旧共に読むものは尽きんよなあ。

■クリス・ホルム/マイクル・ヘンドリクス・シリーズ

さあこいつだ。ああ、ムチャクチャ腹立ってくるがバカを罵る前にきちんとこの素晴らしい作品を紹介せんとな。不幸な生い立ちながら真っ当な未来を目指し、軍に入隊したマイクル・ヘンドリクス。だが彼はそこで自分にそんなものがあるとも思っていなかった生まれながらの殺しの資質-キリング・カインド-を見出され、暗殺専門の特殊部隊に編入される。数々のダーティな任務を重ねた後、彼の所属する部隊は突発的な敵の襲撃により壊滅。彼は死亡を装い密かに帰国する。悪夢からは解放された。だがもう俺の手は汚れてしまった。愛するものをこの手に抱くこともできない。だが、俺に何ができる?俺が持っているのは殺しの技術だけだ。そして彼は暗殺指令が下ったが殺されるべきというほどでない悪党から大金をせしめ、命を狙う殺し屋を返り討ちにするという商売を始める。だが、それは本当に彼の贖罪となるのか?そしてこの「殺し屋殺し」抹殺の命を受けた凄腕の暗殺者が彼を狙い始める…。アンソニー賞ペーパーバック部門受賞のクライム・アクションの傑作。だが、このシリーズ第1作がどのように出版され、どのように私が怒り狂ったかはもう繰り返さん。リンクを張っとくからそっちでも見てくれ。
そして本年、どうせ出ないだろうと思っていた第2作『Red Right Hand(邦題:悪魔の赤い右手 殺し屋を殺せ2)』が翻訳される。そりゃあ喜んで手に取ったものだが(まだ読んでない)、何これ?乱丁本とかいうやつ?私の買った本、末尾にハナクソついてたレベルの汚いもんついてたんだけど?なんか解説とか書いてあるけどよう。いい加減にしやがれ北上次郎!今まではオブラートだかティッシュペーパーだかに包んで書いてたが、こうなりゃ実名で攻撃だ!迷惑行為も度が過ぎりゃあ犯罪だ!犯罪も被害がデカけりゃ災害だ!なんだこりゃあ?まずは本に順位を付けるなどという下品な行為をあたかも自分の見識か実績のように掲げて見せ、そこから都築道夫まで持ち出して「俺はマーク・グリーニーの方が好き」なんてことを得々と語る。そんで最後は誰でも書けるようなあらすじをテキトーに書いてページを埋めて終わる。なんだこりゃ?早川書房さんよう、本の末尾のオマケの解説っていうのは宣材の一つなんじゃないの?解説書けるもんが見つからなくてアンタのところの部下にちょっとこの解説書いてみろって言って、こんなもん書いてきたら手近にあったジョージ・R・R・マーティンの原書ハードカバーで一撃くれてただちに書き直させるレベルじゃないのかい?そもそも北上にこれ「北上次郎の冒険小説放談」じゃなくてクリス・ホルムの本の解説だってちゃんと伝えたんかい?それともそんなことも理解できる頭もないのかい?何なのコレ?昔あったドラクエとクソゲーの抱き合わせ販売?巻末に延々とアガサ・クリスティのリストが並んだ版だと200円割高になりますとか言うんなら差額払うから交換してくんないか?
文芸評論家だか何だか知らねえが、長く続けてりゃあ(最初からかもしんねえが)只の本の仕分け屋に成り下がる。で、その仕分け方法がなんか自分がいいと思うのを決めてそれと比べるみたいな安直な方法。本てのはそれぞれ先入観なしにまっさらな気持ちで読んでそこから伝わってくる最も重要な中心命題や読みどころを見極めるもんじゃないのかい?バカな先導者に続くのはバカな追随者だ。北上先生のお墨付きをもらったと思ったアホ共がそこら中で一つ覚えの「マーク・グリーニーに比べれば」の大合唱を始めるぜ。もうこの傑作間違いなしの第2作も絶対にそこらに転がってる「感想」が目に入らないように注意しながら読むしかないや。
私はそもそもはそんなにジャンルってものにこだわって本を読む方ではない。だが、自分の最も愛するハードボイルド/ノワール・ジャンルが日本では「売れない」とされて、せっかく翻訳されても可能ならば周辺のジャンルへと押し込まれ、その結果そのジャンルのいまいち作品として扱われ続けるような現状の昨今、ここは敢えてジャンルを明確にし、そのジャンルとしての優れた作品をまとめることで新しくこのジャンルを読みたいと思う人や、読んで気になってたのが実はこのジャンルだったのだと気付く人へ向けてのいくらかの指標を作り、ジャンルの隆盛への一助としたいと、柄にもないことを懸命にやっとるところでこの暴挙だ。怒らずにいられるものか!クリス・ホルムというのは、私がこの前に延々と語ったようなシーンから出てきた作家である。ちょっと前のそういうところじゃよく名前を見かけてたホルムが、ルッカやランズデール、スウィアジンスキーらを擁するマルホランドから入魂の作品を発表し、それがアンソニーの栄冠を勝ち取り、日本でも出版されると大喜びして本を手に取ってみればこのざまだ。クリス・ホルムというのはウェストレイク=リチャード・スタークやエルモア・レナードにも連なる生粋のクライム・フィクション作家だ。巻末の謝辞にも「クライム・フィクション愛好家の読者の皆さん」と書かれている。だが、早川書房は日本では「冒険小説」の方が売れると判断し、何が何でもそれをゴリ押ししてくるようだ。クライム・フィクションへの愛など一切ない北上次郎を連れてくりゃあ「冒険小説」になるとでも思ったのか?挙句が出鱈目極まりないハナクソ解説を書かれて、帯に拾ってくる文言にも苦労してる始末じゃないか。私が最も危惧するのはこの作品が「冒険小説」などという救いようのないところに押し込まれているせいで、日本にも数少なかろうが存在する「クライム・フィクション愛好家の読者の皆さん」へときちんと届かないのじゃなかろうかということだよ。
とかな、ちょっと言いすぎてるかもしれないよ。「冒険小説」の評論家や多くの読者がポンコツばかりだったとしても、優れた作品は数多くあるのだから、真っ当なジャンルを愛する読者もいて、これを目にしたならそこまで言うことはないじゃないか、と憤慨するだろうし、もしかしたらそんな「冒険小説」の現状を憂いているのかもしれないよね。でもなあそっちの家の害虫はそっちで面倒見てもらうしかないよね。こっちから強く言うのは、もう頼むから歩く風評被害北上次郎をハードボイルド/ノワール・ジャンルに一切近づけないでくれってことだ!なんだか「冒険小説」の汗臭いたまり場みたいなところで声の届かないトム・クランシーへの悪口言って得意になっててもカンケーねーから。ところでさあ、実は私北上次郎がクリス・ホルムよりマーク・グリーニーの方が「肉体」って基準で好きって言ってるのがどうもよくわかんないのだけど?もしかして北上次郎って水野晴郎ジャンルの方で水野晴郎的基準の肉体?まあそれならわかんねえわな。いやいや邪推はよくないよ。大方マイク・ヘンドリクスとグレイマンがたたかったらグレイマンがかつ!グレイマンのほうがつよい!とかいう小学生みたいなので言ってるだけだから。ハハハ。

クリス・ホルム/殺し屋を殺せの感想

■アンデシュ・ルースルンド/ステファン・トゥンベリ/熊と踊れ

2016年に出たやつではこれが最後。こいつは例のランキングで1位とかなったやつなのでいいかと思ったけど、なんか北欧ブームとかが終わったころになってまたぞろ「熊を1位にしたのはまずかったネ」とか言い出す、言っていいことと悪いことの区別もつかん愚鈍が現れるかもしれんので、ノワールとして大変優れた作品であるということをはっきりさせとくために入れとく。まあストーリーとかはもういいよね。終盤のあー駄目だー…という感じ。破滅が待ってるのはわかっているのだけどそれでも進まなければならないみたいな。ジョバンニとかも思い出したりもする。哀愁破滅型とでも言ってやろうか。なんか最近そういうのあまり読めてなかった気がする。ハドリー・チェイスの『世界をオレのポケットに』とかもそんな味だった気がするなあ。でも読んだの遥か昔だからなあ。哀愁は薄かったかも。北欧ノワールの歴史に残る傑作です。続編はまだ読んでなくて、もしかしたらノワール色薄いのかもしれないけど別に関係ないです。読むのを楽しみにしてます。空気読みの空気によって押し上げられた1位ですが、まあそこからも如何にこの手のランキングが適当かがわかるというものですね。まあ2016年というのはそういう空気だったのだな、と後に回顧する手掛かりぐらいの意味はあるでしょう。そんなところに祭り上げられてしまったがゆえに、とにかく努力なしに本が読みたいというお子様からの「よみにくい」感想(感想にも値せんが)まで寄せられていたりしますが、そんなものは無視するのが賢明な大人というものですね。

■パスカル・ガルニエ/パンダの理論

奇跡的に翻訳された珠玉のフレンチノワール。エイドリアン・マッキンティ先輩の進言のお陰でこの作家に出会うことができたのでした。この間やったばかりなのであんまり書くことがありません。そっちの方を読んでください、とここでは手を抜いておこう。「純文学ノリとイチャモンを付ける」なんてことを言って恥ずかしいとも思わないような人には絶対おススメしない大変すばらしい暗黒の傑作です。いやいや、クリス・ホルムパートではハルク化してしまった私ですが、今では温厚なブルース・バナーに戻ってますので、またハルクゲージが溜まるまでのしばらくの間は安心して読めますよ。あれ?ハルクってそういうシステムだったか?大変すばらしい作品なのですが、相変わらずあんまり売れてないようです。今回のために久しぶりにアマゾンで検索してみたところ、ズバリのタイトルで検索したにもかかわらずパンダのポンポンシリーズの後に並んでおりました。このままでいけば入手困難は必至と思われるので、現代のフランスの暗黒作品を読みたい人はお早めにね。しかしなあ、フランスと言えば、アメリカに先駆けぐらいでかのジム・トンプスンを見出した国だし、ロジャー・スミスも人気だし、ノワールの極北ともいうべきMatthew Stokoeの過激すぎて米国内で出すところを見つけられなかった作品を出した国だし、最近じゃあ遂に現代ノワール最強作家にして無冠の帝王Anthony Neil Smith先生のBilly Lafitteシリーズの刊行も始まった国。ここは完全に錆び付いとる初級フランス語入門ぐらいのところを再起動させ直に本丸フランス・ノワールに乗り込まねばならんか、と思い始めてもいる毎日です。

パスカル・ガルニエ/パンダの理論の感想

■ビル・ビバリー/東の果て、夜へ

2017年に翻訳の出たこちらも、結構遅ればせながら2018年に感想を書いたのでそちらにリンクを張って少々簡単に。15歳の少年ギャングを主人公とした、あまりにも美しい、もう涙出るほどの名作。こちらもその年のランキングで何かの空気に押し上げられ、結構いい順位に入ったので、読んだ人も多いのではないかと思う。なんかこれを読んだのがきっかけでノワールとかそっち方向に興味を持つ人も出るんじゃないか、と期待もできるような作品。誰が読んでもわかり感動できる物語だと思うが、なんかまたわからないとかいうのがぼつぼつ見られるのって、結局のところこの作品に「純文学ノリとイチャモンを付ける」などという発言を平気でしてるような救いようのない「評論家」みたいな連中の、狭量なミステリとは、エンターテインメントとはこうあらねばならない的な考えの悪影響なのだろう。例えば「純文学」ってところで言えば、阿部和重や円城塔のような、文学という尺度で当然にまず評価すべき作家に賞を渡すのに大揉めするほど、保守的な勢力がいまだに存在してるってことが問題なのだけど、こういうのもエンターテインメント論壇の保守化って問題なんじゃないの?市井の映画レビューの甚だしい劣化みたいなのもその表れの一つで、中心にいるのは前世紀終盤から勃興してきたサブカル連中なのだろう。エンターテインメントはこういう形でこういう風に楽しめるものでなければならいなどという形式はないし、ましてどんなバカでも頭を使わずに楽しめるものである必要もない。エンターテインメントは常に様々な可能性を試し、そして進化して行くものなんじゃないのか?この『東の果て、夜へ』は何か特別なスタイルで書かれているわけでもなく、特別な知識が必要な作品ではない。ただ何の先入観も持たずまっさらな気持ちでページを開き、主人公たちの旅を追って行けば誰でも感動できる物語である。くだらない先入観の植え付けやバカ先導しかできないんなら、そんなものは消えてなくなった方がいい。お前らそんなもんに一切利口にしてもらってるわけじゃなく、頭悪くされてるだけなんだよ。
こちらの解説も少々問題あり。と言っても北上次郎のような出鱈目じゃなくてとりあえず解説の体はなしているのだが、問題はなんか当然のように話を最後近くまで書いちまってるってこと。こんなのを当たり前にされちまったらうかうか作者の情報なども事前に読んどくこともできん。こんなのは昔から続く最低限のルールであるのでこういうのは強く抗議しておく。
さてデビュー作にしてこの驚くべく作品を創り上げたビル・ビバリーだが、現在のところ本国アメリカでも続く第2作は発表されていない。だが第2作登場の暁には、それなりの評判を呼んだ前作に続き、日本でも翻訳の出る可能性は高いと思われる。まあその時にはまた事故解説みたいなのを付けるぐらいなら、翻訳者か編集部による作者紹介ぐらいでいいんではないかと思うのだけどね。私的にはもはや延々アガサ・クリスティの広告でも良いのだが?

ビル・ビバリー/東の果て、夜への感想



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21世紀ハードボイルド/ノワール ベスト22 第4回 (全4回)

■エイドリアン・マッキンティ/ショーン・ダフィ・シリーズ

かくしてやっとここまでたどり着きました。21世紀ハードボイルド/ノワール最重要作家のひとり、エイドリアン・マッキンティの登場です!しかしさてどこから話したものか。私がエイドリアン・マッキンティを知ったのがいつだったのかもはやわからないが、その時にはすでに日本未紹介最後の大物ハードボイルド/ノワール作家だったと思う。というより紹介されてない国が日本が最後ぐらいのところ。これ絶対に読まなきゃダメじゃんと思いつつ、モタモタしとるうちに多分そっちも遅ればせながらぐらいにエドガーのペーパーバック部門を受賞。それで日本でも注目されることになり、やっと重い腰を上げて翻訳という運びとなったわけだね。実は日本では一部である事情からその前から注目されていたのだが、それについては後ほど。で、私もそのエドガーの頃に、もはやいくらなんでもこれ以上は放っておけんだろ、と思い手に取ったのがショーン・ダフィより以前に書かれたDead Trilogyの第1作『Dead I Well May Be』というわけ。いやもう読み始めてすぐにその語り口に惚れ込んだ。ここで言う語り口とは、狭義には一人称である主人公の語り方であり、その文体であり、さらに拡大すれば物語全体の組み立てや構成にまで至る。これはスゴイ。こんな作家がいたのか!これ三部作の第1作だし、ほんの入り口ぐらいのことしか書いてないが、私がこれを読んで如何に感動したかはそっちのリンクの先でも読んで欲しい。そして昨年2018年、遂に日本でもマッキンティのショーン・ダフィ・シリーズ第1作が翻訳刊行される!とにかく喜んで、とにかく楽しく読んで、感想も書いたのだが…、しばらく経って見てみると、なんだこりゃ?お前これほとんど感想の体をなしてないじゃん…。しょーがねーなあ。で、昨年秋に出たシリーズ第2作をやっと最近、今度こそちゃんとした感想を書かねばな、と思いつつ読み始めたわけなのだが、そんですぐに気付いたわけである。いやホントワシマッキンティがあまりにも好きすぎるのだ。もう読んでればひたすら楽しくて感想もくそもないよ。つーわけで私はマッキンティについては全く役に立たん。未訳のものならあらすじを説明するくらいはするが、日本で買えて日本語で読めるやつに必要ないだろう。だが、これだけは言っておこう。エイドリアン・マッキンティは、私がものすごく好きだからというだけでなく、本当に現代に於いて最重要なハードボイルド作家なのだ!日本でハードボイルドではなく「警察小説」として売られていても関係ない。お前のイメージにあるハードボイルドと違っていても関係ない!これこそが現在進行形のハードボイルドの最前線である!ハードボイルドを今から読み始めようと思うならまずこれを読め!日本でハードボイルドについて語る者がいなくなり、ケン・ブルーウンを始めとする多くの重要作家が無視され続けている間にも、ハードボイルドは進化し続けここにたどり着いたのである!21世紀、これからのハードボイルドはここから始まり、ここから続いて行くのだ!マッキンティの翻訳を絶対に止めてはいかん!日本から翻訳ハードボイルドの灯を消すな!
あと、途中で言ってたあることでマッキンティが日本で話題になっていた件について。知ってる人は知ってると思うけど、少し前2014年だったかにマッキンティが英ガーディアン紙に自分が選んだ密室ミステリベストというのを発表し、その中には島田荘司の『占星術殺人事件』も選ばれていたというもの。なんかさ、私も常に暴走しがちだし結構乱暴な言い方しちゃったかもしれんけど、最初からこの情報自体がいかんとは言っとらん。結構興味深い情報だと思っている。しかし、日本でマッキンティという作家の情報が全く伝わっていない時点でこの情報ばかりが独り歩きすることで、いざ彼の作品が実際に翻訳された時にいらん誤解が生まれることを何より危惧したのである。何度も言っている通り、エイドリアン・マッキンティはハードボイルド/ノワール派の作家であり、その情報に喜ぶ人たちが好きな「本格ミステリ」の作家ではない。だがその手の情報の伝言ゲームは拡大するものであり、「島田荘司も好きな作家」がいつの間にか「島田荘司から深く影響を受けた作家」になり、いざ本が出てみてそれが島田荘司とは似ても似つかないものだった場合、そんな見当違いことにより不当な評価を受けるのではないか。それは絶対にあってはならんことである。そのために私はこんなところから小さな声ながら、そういうことは止めてくれと嘆願というか、ほぼ威嚇を続けてきたのである。だがな、私は決して君らを敵とは思っていない。同じように自分の好きなジャンルを愛する同志だろう。君らはそりゃハードボイルド派より人口も多いだろう。(マッチョ説教ファンを除外すればさらに希少!)だが本格と言ってミステリの中心のように見えても、実際には我々同様多くの重要作が未訳だったり絶版だったりと、必ずしも恵まれているわけではないことはよく知っている。しかも幻の作品が遂に刊行!と喜んでも、ちょっとかじったぐらいですっかり評論家気分になったにわかに、古いだのテンポが悪いなどと勝手なことを言われた挙句に、出版された時代背景もろくに考慮できないお子様に、差別表現が不快、などと見当違いの批判をされてウンザリすることも多いだろう。私が最も心配せねばならんのは、結局同じような連中なのだろうと思っている。だが、ここで今一度確認させてくれ。例えばマッキンティら現代のハードボイルド作家は、ちょいとひねくれたミステリの関節を外すような書き方を好むし、またわざとスッキリしない解決に至らせることも多く、多分君らの好むような形の「ミステリ」にはなってない場合が多い。だが君らもそれが作者の失敗や不手際ではないことぐらい見分けられる強者の読書人だろう?くれぐれも「ハードボイルドには興味はないがミステリとして読んだがうんぬん」みたいな早まった雑な感想を述べるのは止めてくれよな。もはやハードボイルド読みなどいない評論家連中が何にも言わなくても、これは本当にハードボイルドジャンルの現代最重要シリーズなのだよ。別に良いレビューをひねり出してくれとまでは言わんが、足を引っ張るのだけはやめてくれ。同じように一つのジャンルを深く愛する者として、君らのことを信じているぞ。どうか頼むよ、ねっ。


■ジョーダン・ハーパー/拳銃使いの娘

海外編の最後を飾るのは、今年翻訳されたばかりのこの作品である。いや、まだ読んどらん。内容についても調べてないし、あらすじの類いも読まないようにしてるのでさっぱりわからん。ワシはこれを読むのをすんごい楽しみにしとるんだぞ!事前情報など一切入れるものか!遂に出たぞジョーダン・ハーパー!いや、昨年どっかでエドガーを獲ったところでもしかすると日本でも翻訳出るかも、出るといいねえ、とか言ってみたがあんまりあてにしてなかった。ホントに出たよ!ありがとう!まあ、時々見に来てくれる人や、ここまで辛抱強く読んだ人なら私が読んでもない本をベストに入れるくらいのことは平気でする野郎だとはわかっていると思うが、一応解説しておこう。つっても大して解説するなどというほどのものはないか。とにかくこの作品は私が大変信頼する作家や強者のファンらにより絶賛しかされてないぐらいの作品。エドガーを外そうが日本で翻訳が出なかろうが関係なく必読リストの上位を保持し続けてきた作品である。こんな作品がまさに翻訳されたときにこんなものを作って、まだ読んでないからという理由でリストから外したりしようもんなら、後々一生後悔することは目に見えておる!そういうわけだが文句あるか?いや、さすがに文句言うような人はもう残ってないだろうな。散々帰れとか追っ払ったし。ああ、早川書房さんよ本当にありがとう。なんかよう散々悪態ついてるけど、もはやこういうのちゃんと出してくれる唯一の頼みが早川書房さんだということはわかってるよう。ごめんよう。マッキンティもビバリーも本当にありがとう。やっぱオレもう早川書房さんに足向けて寝られないよなあ。うん、住んでるとこの構造的に多分お腹かお尻向けて寝てるな。あっ、海外編の最後にちゃんとおしりでオチ付けたじゃん。さすがオレ!


■矢作俊彦

で、ここから少し国内編となります。で、まずはともかく矢作俊彦です。どうもこうもないよ、21世紀になって矢作俊彦の作品が出てるんなら入れとかないわけにいかないだろう。オレが許さん!オレって だからそこにいるドッペルゲンガー。あ?ワシもうすぐ死ぬのかな?矢作俊彦作品についてはハードボイルドであろうがなかろうがすべて必読作品であるが、ここではやはり二村永爾シリーズの2作品『THE WRONG GOODBYE―ロング・グッドバイ』『フィルムノワール/黒色影片』を挙げておこう。後者についてはまだ読んどらん。え?何を言うんだ?二村永爾に会えるの多分これで最後かもしれないんだぞ!そんなに迂闊に読めるか!くれぐれも未読矢作俊彦を残したまま死ぬことにならないようには気を付けるけどさ。
ちなみに国内編については、とりあえずめぼしいところは1冊ぐらいは目を通しているが、読めてないものもずいぶん多いので、書いてないから評価してないというわけではないが、まあそう思うんだったらそう解釈してもらっても一向に構わんよ。

■木内一裕全作品

これが最新作で良いのだよね?全作品などといいながら、私もまだ半ばほどまでも読めていないのだが、木内一裕が全作品必読の21世紀和製ハードボイルド最重要作家であることは間違いない!ハードボイルドが何をもってハードボイルドとなるのか、どんな作品がハードボイルドと言えるのか、なんてことは果てしなくどうでもよい。これまでハードボイルドをバカみたいに読んできた者として自信をもって宣言するが、木内一裕こそが現在進行形の和製ハードボイルドにおいて最も重要な作家である。実際のところ、木内一裕が海外のハードボイルド小説の読者である、またはあったかについては知らないのだが、別にチャンドラーすら読んでなくても一向に問題ない。日本はそういった外的な影響とは全く無関係に国産材料のみで世界最強ノワール映画『仁義の墓場』のような作品を創れる国であり、木内は確実にそれを継承した和製ハードボイルド作家である。小説以前に、マンガ、映画監督としてもその才能を発揮し続けてきた(むしろそちらの方がよく知られているだろう)木内だが、2018年には本当に久々に自作『アウト&アウト』を監督映画化。これはなんとしても観なくてはな!と言うかまだ観れてなくて本当にごめん…。

■戸梶圭太/鉤崎シリーズ(3作)

本当は戸梶圭太も全作品と言うべきところなのだけど、数が多すぎるのでさすがに雑かと思い、とりあえずこちらをピックアップ。この鉤崎シリーズこそが、日本で書かれた悪党パーカー・インスパイア・ノベルの最高傑作である!内容的には戸梶圭太のダーティーなスタイルで描かれる、ドートマンダーのサブキャラクターしかいないアンダーグラウンド世界におけるパーカーの時にはあんまりクールではないケイパー・ストーリーを洗濯していないパンツと一緒に2週間ぐらい放置したような大変すばらしい作品群!光文社カッパ・ノベルスより21世紀初頭に3作のみが発行され、文庫化もされていない。現在までのところたった3作しか出ていないのが大変惜しい作品である。光文社はただちに文庫化の上、続編の執筆を戸梶に懇願すべきであろう。あ、そうかちょっとわかりにくいかもしれないので3作のタイトルを記しておくよ。『クールトラッシュ -裏切られた男-』『ビーストシェイク -畜生どもの夜-』『もっとも虚しい仕事 -ブラッディースクランブル-』の3作。読め。
最初に書いた通り、実際には戸梶圭太作品は全作読むべき作品である。濫作気味で多少出来が悪いかと思われる作品があったとしても、それも含めての戸梶圭太なのだ。しかし最近は戸梶圭太もそれほどの「濫作」ができない状況になっているようなのが少し残念である。各出版社はとにかく戸梶にやみくもに執筆を依頼し、戸梶「濫作」作品が書店の棚を占拠する正しい出版体制に一日も早く復帰してもらいたいと望むものである。いやまあ、私も到底全部は読めてないんだけどさあ。とりあえず割と最近作の『あいつは戦争帰り』シリーズ第1作は読めたが、東京で完全にぶっ壊れたランボー第1作的帰還軍人バトルストーリーが展開される、一切ブレない戸梶ワールド全開の快作である!戸梶圭太作品を見つけたらとにかくひっつかんで読むべし!タイトル忘れて同じのを2冊買っちゃってもそれはそれで戸梶圭太的なのだ!

■深見真/アフリカン・ゲーム・カートリッジズ

今回これを思い立ち、始めるにあたり引っ越しでいくらか整理された蔵書を色々ひっくり返してたんだが、んまーあれも読んでねえこれも読んでねえがゾロゾロ出てきて、これで大丈夫か?と思いつつとにかくなんかやんなきゃよう、で始めたわけなのだが、その未読の山の中でも、あ、しまった、これだけは読んどかんと、とやっと引っ張り出したのが、以前にこれはと思い入手しつつ放置していたこの深見真『アフリカン・ゲーム・カートリッジズ』である。お前の頭の中の銃をこのクソつまらない世界に向かって撃ちまくれ!というアジテーションに満ちた疾走する物語は、この21世紀を切り拓いて行く確かな手ごたえを感じさせる最初期作品であった。(デビュー作はラノベジャンル)2002年のこの作品からその後、マンガ、アニメ、ゲームなどマルチな方向でその才能を発揮、展開させている深見真なのだが、当方かなり遅ればせながらやっとこの作品を読んで深見ワールドの入り口にたどり着いたところなので、とりあえず今回のところは『アフリカン・ゲーム・カートリッジズ』のみということで勘弁してほしい。ホント遅ればせにもほどがあるよ…。ごめん。その他深見作品としては、今年初頭アニメ化もされた原作を手掛けるマンガ『魔法少女特殊戦あすか』を何とかいくらか読んだぐらいなのだが(現在スマホマンガアプリ マンガUP!にて基本無料で読めますよ)、かのグレッグ・ルッカが日本のこのジャンルを手掛けたならこんな感じかも、とも思わせる熱い作品!まあ日本のルッカみたいな安手のキャッチフレーズは無用だろうけどね。結構ミリタリー指向も強い作風ゆえ、まあ本人的にもハードボイルド/ノワール・ジャンルと言われてもちょっと、って感じかもしれないが、「冒険小説」は散々述べてきたような救いがたい惨状であるので、こっちでも評価しとるよー、と表明しとくものであります。とにかく早急に深見ワールドの探索を進めねばならんと思っている次第ではあるが、なんせ読まなきゃならんというものが慢性山積み状態であるので、うーん、今年中にラノベまでたどり着けるんかな、というところだが寸暇を惜しみ努力を続けて行くものであります。しかしここまでいくつ読まなきゃって言ってるんだろうか?ううーごめんよう。


以上22作家?シリーズ?作品?が私の選びました21世紀ハードボイルド/ノワール ベスト22というか思いついた全部です。うむ、いい作品並べられたやんかい。余は満足ナリ。やーい、悔しかったらお主も好きなジャンルのやつ並べてみやがれですわー。

まあこんな感じで終わりなんですが、せっかくなんでもうちょいまとめがてら暴れてみたいと思います。まずジャンルってものについて。第2回の『ドライ・ボーンズ』のところで、C・J・ボックスについてちょいと批判的に書いたのを見て、ム?と思った人もいるかもしれません。しかし、これがジャンルってものの基準による評価、というものです。なんか解説では雑にカントリーノワールの作品の例としてボックスまで入れちゃってるのだけど、実はアメリカでカントリー・ノワールを読む人の間ではボックスがそのジャンルの作家とは考えられていません。(参照:米読書サイトGoodreadsの読者が選んだ代表的カントリー・ノワール作品)そっちを見てもらえりゃわかるようにカントリー・ノワールっていうのは代表的な作家ダニエル・ウッドレル辺りを中心にジェームズ・リー・バークとかランズデールといった方向に拡がってるものなんです。まあまともな本読みならそんなところにボックスを入れりゃあそういう評価になるわな、ぐらいのことはすぐにわかるっしょ。つまりジャンルというのはそういうものなんだよ。なに強引なこと言ってんの?って思ってる人いる?じゃあ逆ならどうよ?例えばC・J・ボックスみたいなやつだと思い込んだまま『ドライ・ボーンズ』を読んだやつがいるとする。「大したアクションもなく爽快感もない、大きな陰謀が背景にあるというわけでもない、おまけに事件もなんかすっきりと解決しない。C・J・ボックスに比べれば云々…。」なんかこういうの見たことあんだろ。これが今日本で私の心より愛するジャンルで頻繁に起こっていることである。例えば私は読んでいる作品が見当違いのジャンルとして売られていたら、読んでるうちには気付き、いい加減な売り方してんじゃねえよボケ、とぼやいてからシフトチェンジして読めるし、色々なジャンルの作品を読んできた読書家の皆さんなら当然のスキルだろう。だが世の中にはその程度のこともできないバカが非常に多い。自分の思い込みに固執し、方向転換もできぬまま単なるそこからの減点法で最後まで否定的に読み切り、得意顔の批評家気取りで駄レビューを開陳する。そしてこのハードボイルド/ノワール・ジャンルはとにかく日本では売れないとされ、可能ならば他の近隣ジャンル作品ということにして売られることが非常に多い。こうやって並べてみた中でも結構な数がハの字もノの字も匂わせずに売られている現状だ。私はそもそもがそんなにジャンルにこだわる方ではない。いい作家なんてそれぞれ一人ひとジャンルだろうがというのが持論である。だがなあこの現状だ。そんな小手先の小細工しか販売方法を見出せなくなった出版社の末期症状なんぞお構いなく私は本は見つけられても、現実に市場からは「ハードボイルド」「ノワール」は減るばかりだ。このままじゃ新しい読者も獲得できず、日本のハードボイルドは滅亡へと向かうのみ。そこで私は心より愛するジャンルを救うため…。おんなじこと何回も言ってて文句あっか?こちとら少ない時間をやりくりしもう3か月もこんなことやってんだい。おんなじことなんか何回でも繰り返すぞ繰り返すぞ繰り返すぞ!リピートアフターミーざんす!

ハードボイルドとは何ぞや。ノワールとは何ぞや。知るかバカ!世の中そんな定義をしてもらうことで楽して物分かった気になりたがるバカが多すぎんだよ!小鷹信光先生のように生涯追及し続けた偉人は別としてだ、ちょっとわかった気になったヌケ作がエー加減に定義したなんぞやみたいなもんはジャンルの間口を狭め、余計な誤解を広げ、ジャンルに対する認識を停滞させるだけだ。ホークがスーさんがハマちゃんがで四半世紀だぜ。なんか結構前のだろうけどろくに材料もないor認識する能力もないのにちょっとわかった気になった読書のプロあたりが並べたこれがノワールなんてのもホントにひどいもんだよ。なんかノワール風(本品にノワールは含まれておりません)ぐらいのからプリンに醤油とサンポールをかけたらなにか味になりますレベルのまで並べて、これ全部読んだらノワールへの誤解拡がるだけとちがう?って頭痛してきたよ。ハードボイルドとは何ぞや。ノワールとは何ぞや。奴らは生き物だ。常に成長し続け進化し続ける。お前らの欲しがってるわかってる気になれる定義なんてすぐに賞味期限切れになる。ハードボイルドはもはやトレンチコートなど着てないし、やさぐれた中年の独身男とも相場は決まってない。ワイズクラックなんてものはとうの昔にハップ&レナードの下品極まる下ネタ漫才に席を譲っている。ファムファタール?んなもんはノワールの風味をちょいと変える只のオプションの一つにすぎないんだよ。お前の知らないハードボイルドは山ほどあり、オレの知らないハードボイルドも星の数ほどなのだ。新しい風はいつだって安直に手に入れた「定義」なんぞじゃ捕まえられない。アホの列に並んでホークがスーさんがを待ってる間に延々と新しいハードボイルドを乗り過ごし、廃線になるまで立ってるつもりか?すべての作家作品はそれ以前の歴史を乗り越えるために存在するのだ。そしてそれらは話にもならん「論」や「定義」なんぞを見向きもせずに蹴散らして進むのさ。

ところでさ、もしキミが友達から「○の○スを批判してる奴がいる」って聞いて見に来たんならさ、その友達バカだから絶交した方がいいよ。あ、ちなみに言っとくけど伏字にしてあんのは実名出したら怒られちゃうかしら、てビビってるんじゃなく、そんなワードで検索されてたまるか!っていう逆SEO対策だかんね。そんな言葉あったの?今できました。まったくさあ、誰がそんな安い目的のためにこんなに3か月も頑張るかよ!ってえの。こっちの目的は最初から言ってるように、絶滅間近状態にある日本のハードボイルド/ノワールの振興で、そんなもんはその通り道にあったついでだよ。そんなもんが見たけりゃそのうちその時期あんまり関われないそこから小銭を拾いたいと思ってるサブカル系出版社とかが『○の○○テリが○ゴイのここがスゴくない』(逆SEO対策割とめんどくさい…。)とかいうの出すかもしんねえからそれ待ってろよ。でさあ、私的見解を述べるならば、別にそんなもの無くなればいいとか程には思ってない。業界人や業界周辺人が選んだその年の業界話題作、みたいなランキング別にあったっていいじゃん。便利だし。だが言っとくのは結局その程度のもんだということだ。そりゃあ始まった時には既存のミステリランキングに物申す、ていうところだったろうが、しばらくたちゃあ当然新しい「既存」に成り代わるだけ。所詮本読んで暮らせるような人の人数なんていつの時代だって限られてんだから、水増しされた分を埋めるのは空気読みだ。曰く自分はそういう立場にいるんだから話題作のこれは当然読んどかなきゃいけない、とかで何冊読めてんだかわかんないうちの一冊以上がそれ。中には空気読みこそが正しいと思い込むレベルの奴もいて、話題作だからこれは入れとかなきゃなんないなんてのも当然いるだろうね。そうしてできたのがそのランキングってわけだ。うん、そういうのあると便利だよね。でもそれだけ。要するにそういう連中の中で読んでる奴が多い本が上位で、少ないのが下位ってだけの話。そんなランキングで下位になってるから上位のやつに劣るなんてことはありえねえんだよ。おーい、誰かね?みんながいいというんだからそれにはいみがあるとおもう、なんてこどもみんしゅしゅぎにゅうもんとかに書いてありそうなこと言ってんの?でもこれ本の売り上げ的なランキングのと違うじゃん。そーゆー考え方が正しいんなら、なんでダン・ブラウンが一位じゃねーの?もしかしてデキレース?裏でダーチーマニィが動いてるのかもしれんよ、チミィ。ナーニを言いたいかというと至極当然当たり前のことだよ。てめえの読みたい本はそんなもんに頼らず自分で探せってこと。そこにゃあそういう本しかないって早く気付けよ。でさあ、最初に戻れば、そんなもんよりはるかにウザいのはこんなのを「批判してるー」とか言ってその部分だけ面白がってる高見の見物やじ馬のおめーの友人もしくはおめーだよっ。結局高見の見物ただ見てるだけーで、おめーらが大したことない安手の権威に持ち上げたもんを攻撃して新しい見世物作ってるほど暇じゃねえんだよ。あーウゼえ。今からでもとっとと帰れや。

で、最後に問おうじゃないか。アンタ「現実逃避」で本読んでるの?以前からこの「現実逃避」ってやつには根本的に混乱があるんじゃないかと思っているので、ここでちょいと提言してみようじゃないか。例えばある程度の年とか大人とかいい歳とかになって、日常的現実とかけ離れたもの、マンガとか小説で言えばSFとか、まあミステリってのの中では私が愛するハードボイルドとかな、そういうものを読んだり楽しんだりするやつが現実逃避的行動をしているとみなされているわけだ。つまり日常的現実からかけ離れたもの=現実逃避ってこと。でもそれって本当?で、そもそも現実逃避って何よ?現実から一番逃避しやすいものってどんなもの?現実がトリミングされ、整形されて、再配列されたより現実に近い都合のいい嘘じゃないの?それは子供時代から始まっている。成長するにつれ、子供っぽいフィクションは卒業し、現実にコミットするためにより現実味のあるものへとシフトすることが正しいように思われている。だがそれは実は想像力の貧弱な奴らがよりその時点での自分の現実に近い現実逃避対象に移動してるだけなんじゃないのかい?常により自分に身近なものに乗り換え、そうやって現実逃避を重ねる奴らのたどり着く娯楽ってのがTVだ、。もうそういうやつらに向けてしか作られていないTVはお手軽な現実逃避だらけでまともに観る気も起らない。我々は想像力を持った人間だ。だから豊かな想像力で創り上げられたフィクションを楽しみ、感動できる。だが、想像力の貧困な奴らは現実逃避でしか色々なものを読んだり見たりすることができない。常に自分の「現実」から半径数メートルの距離を基準にしか物語を理解できない。現実逃避が一番しやすい物語っていうのは「本当にあった話」ってやつだ。現実逃避でしか物語を読めない奴らには、なぜ自分とかけ離れた物語を読むのかも、時には不快になることが書かれている物語を読むのかも、全く理解できない。実は現実逃避で本を読んでるのも、現実とフィクションの区別がつかないのも奴らの方なんだよ。だが、本当はそんな奴らどうでもいいんだよ。奴らにバーカっつって喜びたいんじゃないし、ましてや基本能力も持ってない連中をフィクションの世界に啓蒙できるなどとも思ってない。問題は常に奴らの方が人数が多くてバカバカしい奴らの価値観を押し付けられることなんだよ。我々は奴らとは違う。現実逃避などのために本を読んでいるのではない。暴力をふるいたかったり犯罪を犯したかったりするが現実にはできない代償にクライムストーリーを読んでいるわけではない。ダークな暗黒ストーリーを、こういうことをやった人間の末路はこうなるんだよ、などという反面教師的教訓に解釈すれば本の社会的地位が上がるかのような勘違いには全く意味がない。フィクションは常に現実を映し出す鏡だ。だが、現実をそっくりそのまま模倣することに意味があるのではない。現実をいかに解釈し、そこからどんな像を映し出すかに意味があるのだ。リアリティというのは日常的現実に沿った形で物語が描かれることではない。まったくの虚構をいかに説得力をもって信じさせるかという技術だ。そしてクライムストーリーを創り上げる作家の多くは、奴らが小説の書き方にはそれしかないと信じこんでいる自己の経験に基づいたストーリーを語る私小説作家ではないし、そうである必要もない。リアリティというのはルールに沿って書くことではなく構築されるものだからだ。優れたクライム作家は常にバランスの取れた常識とモラルを持っている。そして君らは一般常識を持ったモラルのある大人だろう。常識とモラルを持った作家によって創られ、常識とモラルを持った読者に読まれるなら、それがいかにモラルを破壊した物語であっても全く問題はない。そしてもちろんモラルが破壊された物語は、モラルを破壊したいという願望によって書かれるものではない。物語は現実逃避のために創られるのではなく、その目的は現実拡張だ。人々が絶対だと妄信しているが実は脆弱でショートタームでしか機能しないモラルというリミットが外れた世界では何が起こるのか?機械ではなくそしておそらくは多くの動物とも異なる人間からそのリミットを外せばそこにどんな「人間」が現れるのか?人間の正気はどこで何に支えられているのか?正気の臨海線の向こうにあるのは狂気なのか?そんな境界線はそもそも存在しないのか?狂気は、暴力は、憎悪は人間存在のどの深淵までを、何を破壊しうるのか?
そして我々は一冊の恐るべき本に遭遇する。
ジム・トンプスン 『ポップ1280』。

時代は1920か30年代ぐらいだったか?主人公は人口1280人のちっぽけな町の保安官。
気の良い、いささか暢気すぎるような主人公の一人称の語りにより、物語は進んで行く。
ところが、読者がその語りにすっかりなじんできたある時点で、主人公は我々が予想もしていなかった行動に出る。
そして我々はこの人物が今までそう思い込んでいた気の良い暢気な男ではなく、何かのタガが外れている狂人であったことを知らされる。
それはどこかに隠されていたのか?この人物のこれまでの語りの中に一見気付かないような形で歪んだ狂気の論理が潜んでいたのか?
だが、そこには何もない。いくら読み返してみても、ここまで読んできた気の良い男の語りがあるだけだ。この主人公はここまで語ってきた理屈のまま、当たり前のようにそこにたどり着くのだ。
こんな人物がいかにして書かれうるのか?こんな狂気がいかにして書かれうるのか?
歪んだ理論による理解不能な狂気、間違った前提条件から間違った道筋を経て組み立てられた理解不能な狂気、そんな狂気で読者を脅かす方がはるかに簡単だ。
ここにあるのはすべてが白日の下にさらされ、当たり前のように存在しながら、同時に底が知れないほどの暗黒を抱えた狂気だ。
そして我々はそんな狂人の頭の中という乗り物に乗せられ、その目を窓としてこの物語を旅することを余儀なくさせられるのだ。
これがノワールだ!これが暗黒のfフィクションであり、フィクションの暗黒だ!我々はそれと出会ってしまった!そして我々はその衝撃と再び出会うため本の大海原へと旅立つ。だが、果たしてそれほどのものがまた見つかるのか?案ずるなかれ。阿呆らしい「定義」や「論」、先入観や経験則を捨てて、新たな気持ちでページを開く者の前には、必ずや新たな衝撃が降臨する!我々は想像力を持つ、物語を、フィクションを心より愛せる者だ!哀れな現実逃避者の規格や序列、価値観などに一切縛られる必要はない!無意味なランキングに捕らわれるな!お前の愛する物語を信じろ!そしてお前の信じる名作を称え、高く掲げるのだ!


というわけで、終わったと思ったら頼まれてもいないアンコールに勝手に現れ、延々と語り続けてきたわけですが、今度こそホントのエンディングです。何とか苦境にあり、絶滅の危機にあるハードボイルド/ノワール・ジャンルを救いたいという気持ちで頑張ってきたわけですが、ここまでやってきた個人的な感想を言うと、

…失敗した…

まあなあ、なるべく多くの人に読んでもらいたいと思うなら、目に付くものをやたらとぶん殴ってはいかんよなあ。あっちこっちで読んでる人を追っ払ってるし。果たして最後まで読んでくれた人、何人ぐらいいるのだろうか…。うーん、まあ仕方ないか。自分としてはこんな感じしかやりようがなかったからのう。何人いるかわからん読んでくれた人の中から、この遺志を継いでくれる人が現れることを期待するしかない。とりあえず21世紀最初19年ぐらいまでのところまとめたからよう、またそのうち中盤ぐらいまでのを作ってくれや。そうやって引き継がれて行けば完全に息絶えることはないかもしれんよ。まあそんな感じでハードボイルド/ノワールの灯を消すな、っぽく終わっとこう。とりあえず目的的にはかなりポンコツでも、私的には何気にやり切ったよ。燃え尽きたぜ。真っ白な灰にな…
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いや、迂闊に燃え尽きてるわけにはいかん。まだやらねばならんこともあるしな。まあそんなわけで21世紀ハードボイルド/ノワール ベスト22全4回、3か月かかり何とか完了したわけですが、なんだよ全4回なら1回ずつ上げときゃよかったじゃねえか、というお声もあるでしょうが、こちとらいつも通りの無計画。なーんか長くなりすぎてきたからこの辺で分けとこ。3回かな?んー4回になっちまったか、という次第。タイトルももっともらしくベスト22とかなってるけど、実は書き終わって最後に数えて、それから数字を入れたというわけ。つまりタイトルがちゃんとできてなかったので、全部できてからでないと挙げられなかったというわけです。3か月はかかりすぎじゃね、とのお声もあるかもしれませんが、これでもずいぶん頑張ったのですよ。私だって責任ある大人としてやらねばならんことも多いのだ。あっ、言ってるそばからにゃんこ大戦争の統率力がMAXだにゃー。とにかく意味不明の使命感に駆られてやっていたやつも無事完了いたしましたんで、ここからは戻って大変遅ればせながらゾンビ・コミック特集の続きに集中して参ります。んーと、明日からでいいよね?ではまた。

あ、スマン。終わったと思ったら何度も戻ってきて悪いんだけどさ。いや、終わって文章の見直しとかリンクとかやってるうちについさっき気が付いたんだけど、いやこのブログ先月5周年になったばかりじゃん。なんか必死になりすぎて全然頭が及ばんかったわ。いや、それでさ、せっかくなんでこれ5周年特別企画ってことにするね。いやいや5周年だぞ。5周年と言えば5周年だぞ。なんかオレ5周年にふさわしい感じのことやっちゃったじゃん。うむ、5周年なればこそここまで必死に頑張ってこれたのである。5周年の思いを込めてそれなりのものを作らねば、という努力を重ねての3か月だったのだ!あれ?お前さっきすっかり忘れてたって言ってなかったっけ?ななな何を言うんだっ。そんなわけないだろっ。ずっとブログを続けてきて5周年を忘れるほどのボンクラがどこの世界にいるというのだね。と、とと、とにかく5周年の感謝を込めてこの特別企画を贈ろう!ありがとーっ!うおー!なんだあ?声が小さいぞおっ!そうかそもそもほとんど人が残っていないのか…。今度こそ本当に終わりでーす。ではまたね。



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2019年3月2日土曜日

2019 スプラッタパンク・アワード ノミネート作品発表!

わーん、ごめんよう。今回は発表になったらすぐに知らせるつもりだった第2回スプラッタパンク・アワード ノミネート作品がとっくに発表になっていました。トホホ…。まあ、自分のブログ5周年も適当にするほど頑張っとる日本語で読める21世紀ハードボイルド/ノワール名作リストがあったり、寒さにめっぽう弱い私が一番身体きついこの時期になんかちょこまか用事あって忙しかったりとかあるが、そんなことは言い訳にならん!私が何としても応援したいこのスプラッタパンク・アワード!ちょっと色々余裕がないんで若干急ぎ気味になりますが、ノミネート作品をお知らせいたします。




2018 Splatterpunk Award ノミネート作品

【長編部門】

  • A Gathering of Evil by Gil Valle (Comet Press)
  • Camp Slasher by Dan Padavona (Independently Published)
  • Full Brutal by Kristopher Triana (Grindhouse Press)
  • Last Day by Bryan Smith (Independently Published)
  • Rabid Heart by Jeremy Wagner (Riverdale Avenue Books)
  • Ring of Fire by David Agranoff (Deadite Press)

【中編部門】

  • 1000 Severed Dicks by Ryan Harding and Matt Shaw (Independently Published)
  • Cockblock by CV Hunt (Grindhouse Press)
  • Dead Stripper Storage by Bryan Smith (Grindhouse Press)
  • Kill For Satan by Bryan Smith (Grindhouse Press)
  • The Mongrel by Sean O’Connor (Matador)
  • The Writhing Skies by Betty Rocksteady (Perpetual Motion Machine Publishing)

【短編部門】

  • Diabolicus Interruptus by Christine Morgan (Forbidden Futures #1)
  • Fistulas by Mame Bougouma Diene (Dark Moons Rising on a Starless Night)
  • Rebound by Brendan Vidito (Nightmares In Ecstasy)
  • The Seacreator by Ryan Harding (Splatterpunk Forever)
  • Virtue of Stagnant Waters by Monica J. O’Rourke (Splatterpunk Forever)

【短編集部門】

  • Dark Moons Rising on a Starless Night by Mame Bougouma Diene (Clash Books)
  • DJStories by David J. Schow (Subterranean Press)
  • Nightmares In Ecstasy by Brendan Vidito (Clash Books)
  • The Very Ineffective Haunted House by Jeff Burk (Clash Books)
  • Walking Alone: Short Stories by Bentley Little (Cemetery Dance Publications)

【アンソロジー部門】

  • The Black Room Manuscripts Volume 4 by J. R. Park and Tracy Fahey (Sinister Horror Company)
  • Monsters of Any Kind by Alessandro Manzetti and Daniele Bonfanti (Independent Legions Publishing)
  • Splatterpunk Forever by Jack Bantry and Kit Power (Splatterpunk zine)
  • Welcome to the Show by Doug Murano and Matt Hayward (Crystal Lake Publishing)
  • Year’s Best Hardcore Horror Volume 3 by Randy Chandler and Cheryl Mullenax (Red Room Press)

【J.F. GONZALEZ LIFETIME ACHIEVEMENT AWARD】

  • David G. Barnett


いや、毎度のことで申し訳ないのだが、なかなかホラー方面に手が回らずあまり作家などの情報もないので、まず下のアマゾンへのリストの方を作りながらざっと確認というところ。昨年第1回は限定出版もあったのだけど、今年はすべて日本のアマゾンからも購入可能であることが確認できました。うち昨年のJ.F. GONZALEZ LIFETIME ACHIEVEMENT AWARDの受賞者デイヴィッド・J・スカウの短編集『DJStories』(ハードカバー版のみ)以外はすべてKindle版にて入手可能。スカウの本のSubterranean Pressってランズデールのハプレナも限定版で出してるとこじゃなかったかな?
まず、今回のトップ画像ですが、ノミネート発表ということでアンソロジー辺りが無難かな、と思い中で一番怖いと思った『Year’s Best Hardcore Horror Volume 3』のにしました。ところで『Year’s Best~』はComet Pressのおなじみのじゃなかったかな、と思って調べてみたらRed Room PressはComet Pressのインプリントだそうです。インプリントってわかるよね?もう日本語に直すの面倒になってきた。ほら、サブレーベルとかそういう類い。あと、アンソロジー部門では昨年第1回の部門の覇者Splatterpunk zineが新たなアンソロジーで参戦。他に目につくところでは、Bryan Smithが長編、中編で3作品ノミネート。ホラーとクライム・フィクションの両方にまたがって活躍中の人なので、受賞云々は置いといても早く読まねば。著作の中では『68Kill』というのが映画化されたそうです。映画となると日本でも情報が入りそうだけど、うっかりするとやな感じのにぶつかってウンザリしてテンション下がると嫌なので、当方では今は調べませんのでご自分で。もう少し余裕出てきたら慎重に調べよう。今映画方面はホントにひどいのが跋扈してるからね。今日の宿題:Bryan Smith。あと注目は、Grindhouse Press、Clash Booksあたりの参戦。この辺はビザール・フィクションみたいな周辺文学方向に拡がるようなのも出しているところで、スプラッタパンクの更なる拡大を展望できるところ。この辺のもホント読んたいんだよなあ。そして中編部門ノミネートのC.V.Hunt姐さんこそがそのGrindhouse Pressのオーナー。ここ辺の業界女傑が多いようで、Brian Keene作品も多数出しているスプラッタパンク・ホラーの宝庫Deadite PressがインプリントであるEraserhead PressもオーナーがRose O’Keefeというピンク髪の勇ましい頼りになる姉御だったりする。ああ、C.V.Hunt姐さんの作品についても受賞とは関係なくそのうちに。ちなみにC.V.HuntさんやRose O’Keefeさんの写真とか見たらキミもきっと「姐さん」と呼ばずにいられなくなるよ。
第2回の今年も受賞作の発表はテキサス州オースティンにて8月16~18日に開催されるキラーコンにてということです。遅れたうえに、結構急ぎ足になってしまって申し訳ない。受賞作発表の際には今度はあまり遅れることなく、落ち着いて書けるように努力いたします。あと、もう読んだ昨年の長編部門受賞作エドワード・リーの『WHITE TRASH GOTHIC』についてもなるべく早く。ちょっとバラしちゃうとエドワード・リーの集大成的作品ということでホントにスゴイよ。みんなでスプラッタパンク・アワードを応援しようよな!ではまたね。うう、21世紀ハードボイルド/ノワール名作リストを早く仕上げねば…。


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2019年2月14日木曜日

ブログ5周年ナリ!

このブログも遂に5周年を迎えました!…とかなんか盛大に盛り上げる気分にもならんよなあ…。なんせこの一年、お引っ越しやら、体調不良モロモロのしばしの沈黙を含めなくても、ホント大して書けてないからなあ。なんか書こうと思ってる小説やらコミックやら溜まりすぎてどれから手を付けていいかわかんなくなってるよ…。しかしまあ、なんにしても5周年っす。あんまり書けなくても、「オレやめてないよ!まだ続いてるかんね!」と言い続けてるうちに5年経てば5周年にもなるものですよね。しかし、5年というのもそれなりに重みのある歳月、この前産まれたばかりの赤ちゃんも、5年もたてばアルコールとドラッグに溺れたいっぱしのルーザーとなっているものですよね。え?地球人の成長ってそんなに早くないの?オラサイヤ人だからよくわかんねーなあ。と、いつものように思いついたしょーもないギャグをそのまま書き続けて5周年だよ。ワシも5歳年を取るはずじゃのう。あー、今思いついたけど、ほら、世間にはよく「永遠の18歳」とか標榜してる人いるじゃない。ワシもそれに倣って永遠の70歳ってことにしようと思うのよ。これなら当分アップデートいらないし楽じゃん。へへっ、みんなオラのマネすんなよ~。とかなあ、なんだよこの5周年、お前これまで思い付きしか書いてねーじゃん!

とりあえずまずは5周年記念の画像の説明から行くか。なんか今年は全然ネタが思いつかなかったので、私の一番好きな食べ物ロールちゃんに登場してもらいました。
[せつめい]
ロールちゃんはつつじょうのスポンジケーキのなかにクリームのつまったとてもおいしいたべもの。ぼくのうちのちかくではうってない。ひっこすまえのうちのちかくにもなかったし、ひっこしたうちのちかくにもうってない。となりスーパーなのに。こんどうまれてくるときは、ロールちゃんがちかくにうってるところがいいなとおもいます。あと、うちのまどからだいぶつがみえるところにすんでみたいな、ともときどきおもいます。(画像はロールちゃん公式ホームページより。あとロール村にもすみたい。)

そんなわけで、ここからやっと5周年本文です。…で?、5周年って何書けばいいのかなあ?うーん。思いつかないのでちょっと先の予定やらから始めます。えーと、まず今月初めやっとゾンビ・コミック特集の第1回始めたところなんですが、すんません、これちょっと中断します…。実は昨年、まあ結果的に、最後の『パンダの理論』という本について書いたのの最後で、色々な経緯から「オラ日本で21世紀ぐらいになってから出たハードボイルド/ノワールの名作リストを作らなきゃなんねえ!」と思い立ち、でもそうは言ってもそろそろコミックのことも書かなきゃ、というわけでとにかく両方とも並行してボチボチ進めまーす、ということにしたわけです。だが、ご想像の通りこのバカ者にそんな器用な真似ができるわけなし。どっちも最初のところだけ立ち上げて、とりあえずまだ形も見えてない名作リストをある程度まで、と思ってやってたら正月休み全部使っちゃって、結局成人の日過ぎたあたりでとにかく一旦区切りをつけてコミックの方をやらなければ、とそこから頑張って何とか2月初めにゾンビ・コミック特集の第1回を仕上げたという次第です。で、考えてみたのだけど、このゾンビ特集色々考えているところもあり、結構長くなりそうなので、やっぱここはいったん中断して21世紀名作リストの方に集中して早く終わらせ、そこからじっくりとやろうじゃないの、ということにさせてもらいました。誠に申し訳ない。名作リストが完成した暁には、そちらに集中し、全力で頑張りますので。もうしばらくお待ちください。それでその21世紀ハードボイルド/ノワール名作リストなのですが、まあ私のことなので、例えばなんか見やすくチョチョーンとスッキリテーブルに並べたリストを掲示し、これが僕の選んだ21世紀に翻訳の出たハードボイルド/ノワールの名作リストです。みんなこういう作品ももっと読んでくださいね。などとわかりやすくお行儀よくやるわけがなく、いつも通りのスタイルで一作ごとに、それぞれへの思い入れや各方面への罵倒や呪詛、思い付きのしょーもないギャグを交えつつ、延々と語るという形で、いつまでたっても終わりません。やっと半分ぐらいできたのかなあ…。何とか2月中完成ぐらいのつもりで頑張っておりますので、どちらを読んでいる方ももうしばらくお待ちくださいませ。とまあ、とりあえず頑張ってはいるのだけど、目の前にやらねばならんこと山積み状態で、あー、5周年来ちまったかー、5周年だから一応なんか言わなきゃなあ…、ぐらいのテンションで来ちゃったのがこの5周年なのだよ。ごめんよー。

その他、アレはその後どうなってるのか、等々にについて少し。まず、割と最近の方、第1回スプラッタパンクアワード長編部門受賞で、次読みまーす、と言ってたエドワード・リーの『WHITE TRASH GOTHIC』。まあこれは言った通りすぐに読みました。大変素晴らしい作品でこれについては語らねばならんことが本当に山ほどあるので、なるべく早期に。先に第2回のノミネート発表になっちゃうかも…。あと、ずっと中断しているグレッグ・ルッカQueen & Countryシリーズの続きですが、これも結構前に読んではいるのですが、なかなか書けないだけ。あれちょっと大変だからさあ…。うーん、なるべく早くやるですよー。それから私のライフワークであると言い続けているデストロイヤー・シリーズに関しても、とうに次のを読んでいるのだけど、現状なかなかそちらについても書けず。これもなるべく早くやりますが、その頃には次のも読んじゃってるかも。他にも書かなきゃならないのいっぱいあるけど、とりあえず言っちゃったのや続きのからなるべく早くやるです。
で、コミックの方なんだがこれがなあ…。ちょっともうどうしようにもならなくなってる2000ADなのですが、とりあえず2017年のジャッジ・ドレッド、2017年の2000AD注目作、という形に分けて早急に何とか空いてしまったところを埋めて行くつもりです。うーん、2018年までそうなっちゃうかな。何とかなるべく早めの正常化を。少しまた読む方も遅れていたりするけど、2000ADは本当に面白いし何とか語らねばなあ、といつも思っているのですよね。その他、HellbrazerやらValiantやら、まあちょっと今更かなあ、と思いながらもできれば何とか続けて行きたいものだと思っています。しかし、コミックの世界はあまりにもに膨大で、その一方情報はあまりに少なく、いったいどうやればその俯瞰や輪郭レベルのものでも伝えられるのかと悩むばかりです。とにかく一個か二個でも情報を増やせれば、なんか先に続いて行けないかと。いつまでたってもそんな感じだなあ。まだまだ日本未紹介の語るべき作家や作品も、もっと続けて語らねばならない作家も山ほどいるのですよね。うーん、全然書けなくてごめんよー。とりあえずやりたいなあとずっと思ってること。その名前ぐらいは知ってる人も多いだろうけど、日本的にはその実態はあんまり伝わっていない伝説のオルタナティブ・コミック(今も継続中)『Love & Rockets』について。みんなその姿は見たことあるし、もっと見てみたいと思う人も多いと思うのだけど、どれ見たらいいのかちょっとわかりにくいヴァンピレラ姐さんの遍歴について。日本人も絶対知っておくべき偉人ジャッジ・ドレッドさんの人生について。などなど。まあどれも考えてみればコミックの基礎知識みたいなもんだよね。なんかそういうところにも日本で海外のコミックを語る難しさがあるようにも思えるわけです。努力せねばなあとひたすら思う毎日であります。

なんか書いてくと結局罵倒方向にシフトしそうな話もいくらかあるけど、この辺にしといたほうがきれいに終わるかな。いやホント今やらなきゃならないこと山積みで早く戻んなきゃいけないしね。なんかね、とにかく5周年。さすがに5年付き合ってくれてる人はいないだろうし、自分の更新頻度から考えると、割と短めのスパンで読んでくれる人が入れ替わって続いてるというところなんでしょうが、とにかくここまで続けてこられたのは、どんな形にしても見てくれる人達がいてくれたおかげなので、素直に本当に感謝しています。いや、ホントに素直に。信じない人もいそうだけど、ホントに素直に。まあ最近では、とにかくやらなきゃと思いつつ開いといたものの結局できなかったり2~3行がやっとだったりみたいになると、なんかプレッシャーになっちまうんで本日のページビュー数とかも確認しないで閉じちゃったりするのだけどね。なんかさ、自分的なそういう部分も改善できるよう今後は何とか頑張って、たくさん書いて更新して行きたいなと思うわけです。つーわけで、これから5年目もっと頑張りますです。とりあえず予定中のが少しでも早くアップできるように。ありがとうございました。ではまた。


ロールちゃんはたいへんおいしいお菓子です。みんなも食べよう。

2019年2月2日土曜日

ゾンビ・コミック特集 第1回 The Last Zombie: Dead New World

なんだかんだで、コミックの方をやるのも随分久しぶりになってしまったのだが、今回よりゾンビ・コミック特集ということで、アメリカの、まあ日本ではあまり知られていないのかもしれない色々なゾンビ・コミックについて語って行くものであります。で、初回の今回取り上げるのが『The Last Zombie』というシリーズの1作目である『The Last Zombie: Dead New World』という作品。何を隠そうこの作品、実はあのホラー作家Brian Keeneの原作=ライターによるコミックオリジナル作品なのです。いんやここんとこ毎度の情けない話なのだが、ホントはこれ遥か昔、昨年の夏前ぐらいにはやるつもりだったのですよね…。事の始めは、自分が結構こだわりもって注目してるあのスプラッタパンク・アワード。なんとかプッシュの意味でももうちょっと主催者Keeneについて知っときたいのだが、なかなか作品を読むだけの余裕がない。しかしとりあえずKeeneの作品を色々と調べているうちに見つかったのがこれ。うむむ、コミックならなんとか読めるかも。そうだ、いろいろ気になってちょっとかじりかけてるゾンビ物のコミックと絡ませてゾンビ・コミック特集ってやってみればいいんじゃね?と思いつき、うむ、これならスプラッタパンク・アワードへのエールにもなるし、何気に一石二鳥風じゃん。と計画を進め、読む方は割と順調に進んだものの書く方がちっとも進まず遅れに遅れ、ああ、もうアワードの発表も終わっちまったし、次の名目のお盆も、更には最後の頼みのハロウィンさえも通過となり、遂には年も越して、ここに至ったのでした…。なんだよ、こんな時期にゾンビの話なんてしてる奴いねえよ…。という次第で、なぜ今?感満載のゾンビ・コミック特集なのだが、とりあえずはなるべく充実した内容となるべく努力いたしますです。ハイ。

というわけでまたしてもやっちまったか言い訳前置きから気を取り直し、Brian Keeneである。日本では一向に作品が翻訳されないが、米エクストリームとかスプラッタパンクとかホラー界ではもはや重鎮というべきポジションの人気作家である。しかも、ゾンビ物の大家であり、彼の作品のいくつかは殿堂入り的なゾンビ・クラシックとなっているのである。(その辺については後ほど紹介。)そんなKeeneのオリジナル・ゾンビ・コミックとはいかなるものか。ここからじっくりと解説して参ろう。あ、最初に言っとくが今回の作品ここから続く『The Last Zombie』シリーズの第1シーズンであり、最後まで話さないとその方向性が掴めないため、今回に関しては全面的にネタバレしちゃうのでご注意を。では始まりまーす。

■The Last Zombie: Dead New World

コロラド州 フォート・コリンズ
世界の終わり 27日目

物語は既にゾンビで覆われた世界から始まる。未知のウィルスによる爆発的な感染により、人類の大半はゾンビと化してしまっている。
大量のゾンビたちが蠢く市街地。一台の軍の装甲車がその中をかき分けながら進む。車内には細菌学の権威Scott博士が保護され、軍施設のシェルターへと向かっている。人類最後の希望。そして装甲車はシェルターへとたどり着く。

コロラド州 ロッキー・マウンテン地下1マイルのシェルター
2年後

同施設にてゾンビ化ウィルスのワクチンの研究に携わっていたScott博士は、ある朝ミーティングに召集される。米国内に残された数少ない拠点の一つであるヴァージニア州のコマンドセンターからの連絡が途絶えているとのこと。ワシントンから事態の確認に向かったヘリも到着はしたが、その後通信に応じなくなっている。そして、最も近い拠点であるこの基地より地上部隊による調査隊の派遣が決定される。
ミーティング後、Scott博士は調査隊への参加を志願する。急がれるワクチン開発の途上、本来ならScott博士が基地を離れることはできない。しかし、ヴァージニア州のコマンドセンターには同じく研究者であるScott博士の婚約者Jenniferがいた。事情を考慮され、参加を許可されたScott博士は、調査隊とともにヴァージニア州へ向け出発する。

というのが、第1話のあらすじ。こんな感じで設定や話の向かう方向が示されます。現在では主流の感染によって広がるゾンビに覆われた世界から逃げ、2年間地下のシェルターに籠りワクチン開発に従事していた主人公Scott博士。衛星からの映像などを通じて外を断片的に見ることはできるのだが、実際に外の世界がどうなっているのかは、はっきりとはわかっていない。そして実は最近の外部からの映像ではゾンビを目にすることが無くなっている。ひょっとするとゾンビはもう絶滅してしまったのか?Scott博士たちが向かうのはそういう世界である。

戦車、装甲車両を連ね目的地へと向かう調査隊は、廃墟となった街で幼い少女の姿を発見する。そして続いて現れた母親。保護された二人は、ゾンビ禍を逃れ移動を続けながらこの町にたどり着いたところだという。
車両を下りた調査隊メンバーは、空気に腐臭を嗅ぎ、街にゾンビが潜んでいる可能性を考え、調査に動く。研究に役立つ現在のゾンビの状態を知る機会と考え、Scott博士も同行する。街の中へ向かい進んで行く彼らの前に、近づいてくる集団がある。ゾンビ?発砲し始める兵士達。突然の事態にパニックを引き起こしたScott博士はやみくもに走り出し、地面に彫られた大きな穴へと落下する。そこは腐臭の元となる処分する当てもなく大量の死体が投棄された穴だった…。
発砲する兵士たちの前、集団の中の一人が両手を上げ声を上げる。
「撃たないでくれ!俺たちはゾンビじゃない!」
彼らはハンセン病患者の集団だった。避難所などにも行くことができなかった彼らは寄り合い、この廃墟となった街でひっそりと暮らしていたのだった。
早計な判断により被害者を出してしまったことを謝罪する部隊長。そして彼らは多くの遺体が投棄されてきた穴の中で、落下の際頭を打ち意識を失っていたScott博士を発見する。

博士を救出した後、日も落ち、調査隊はその街で野営をする。深夜、その武器弾薬、食糧などを狙い、法の手が届かなくなったその世界を暴力で生き残ってきた武装集団が襲い掛かる。

一方、Scott博士は落下による怪我は軽傷だったが、急な吐き気など、怪我とは無関係に思える体調不良を覚える。不安を感じながら、念のためにと行った自分への検査。その結果、Scott博士は自分がゾンビウィルスに感染していることを発見する…。

調査隊にも大きな犠牲は出たが、武装集団は制圧できた。一夜明け、目的地へとむけて出発する調査隊。Scott博士は感染については黙したまま、車両に乗り込む。
これまでの行程では一体のゾンビも目撃されていない。もしかするとゾンビはもう絶滅したのかもしれない。彼は最後のゾンビになってしまったのか?
未完成のワクチンは進行を遅らせられはするが、完全に治癒することはできない。果たして彼は婚約者Jenniferと人間として再会できるのだろうか…?

以上が『The Last Zombie』シリーズVol.1『Dead New World』のあらすじです。シリーズタイトルである『The Last Zombie』の意味ももうお分かりいただけただろうか。「最後のゾンビ」、つまりこれは世界を脅かした感染によるゾンビ禍が終焉に向かい、ゾンビが絶滅した時に「最後のゾンビ」となってしまったのかもしれない男の物語なのである。
現代では主流となっている感染によるゾンビ・ホラー、ジョージ・A・ロメロ以降ということになるのだろうか、この手のゾンビ物語は必然的に人間ドラマまたは人間との戦いの物語となる。それは何故か?この手の物語では最後にそれを倒すことによって物語を終わることができるラスボスを作ることが難しいからである。ゆえに現代の多くのゾンビ物語は、意思を無くしたゾンビよりも、極限状態下での人間の暗黒へと向かう。そしてこの物語の舞台はそのゾンビ禍が終わりを告げているのかもしれない世界。2年間に亘るゾンビ脅威は世界をどのように変えたのか?ゾンビ・ジャンルの巨匠ともいえるBrian Keeneは、このゾンビ禍後の世界をどう描くのか?Scott博士の運命とともにとても楽しみでありますね。

ここでハンセン病について少し。あらすじの中の、ハンセン病患者がゾンビと間違えられて撃たれた、という記述には不快感を感じた人もいるかと思います。Keeneの意図としては、決して差別的なものではなく、困難な状況でより苦難を強いられた犠牲者として描いているものであり、また、後半武装集団に襲撃された時には、元々は普通の市民であったが保身のために犯罪者的なリーダーたちに従い非道なことも行う者たちよりも矜持を持ち、そして勇気と誇りを持った人たちとして描かれています。ゾンビ・ジャンルでは代表的な作家であるKeeneゆえ、心無い人たちによりハンセン病の方がゾンビ呼ばわりされるというようなことも当然聞いており、何かそういう差別行為を正せるような一石を投じたいという気持ちもあったのかもしれません。しかし、いくら言ってみたところでこれは啓発目的のものではなく、エンターテインメント作品ゆえ、当事者の方々が見て不快に感じたとしてもそういう理屈で説得できるものではないのでしょう。ただ病気に罹っているだけでも大変なのに、いくら優生保護法などの差別的政策が廃止され、教育現場などでも啓発への試みがなされていても、やはりいまだに偏見の目を向けられることも多いだろう方たちの苦しみは私などには計り知れないものだと思います。自分は日本では人気もなく翻訳される機会もほとんどないホラー・ジャンルの作家の作品のせめて一端だけでも伝えたいという気持ちでやったものですが、あらすじの中では全体のバランスもあり細部をきちんと書けず、雑な記述に気持ちを傷つけられた方がおられましたら、それはKeeneより以前に私の筆力の乏しさゆえのことであり、私の責任です。申し訳ありませんでした。

こちらのシリーズ、Vol/1『Dead New World』が始まったのが2010年で、2013年に発行されたVol.5『The Last Zombie: The End』で完結しているようです。カバーから察すると、やはり最後には博士はゾンビになってしまったようですな。
作者陣については、まず作画のJoseph Wightから。と言ってもあまり情報が見つからずほとんどわかっていないのだが…。まあ、この作品を発行しているAntarctic Pressでは主要な作家のようで、そちらからは結構多くの作品を出している。実はこの作品第2号から巻末に第2次大戦中ナチスが密かに研究していたゾンビをめぐる短いコミックが続き物として掲載されていて、あまりちゃんとクレジットもなくてよくわからず、このシリーズのサイドストーリーでゾンビの起源がそこにさかのぼり、いずれこのストーリーとつながるということなのだろうか、と思っていたのだけど、このJoseph Wightのオリジナル作品で『Nazi Zombies』というのがあるので、そっちと関係のあるJoseph Wightのみのオリジナル作品なのかもしれない。それほど特筆すべき印象のある画ではないけれど、それなりに画力はあり、Brian Keeneのストーリーを堅実に描いております。こちらの作品はモノクロで、アメリカのコミックでよくみられるグレートーンを多用したものなのですが、巻末のナチスの方のやつは線とベタだけの白黒で、結構エッジの効いている感じで、私はむしろそちらの方が好きだったりします。
そしてBrian Keene。結構な大御所だと思ってたけどなんだかんだ言っても21世紀になってからの作家なのね。と言っても2000年代ももう19年なのだけどね。長編デビューは2003年の『The Rising』でいいのかな。以降多数のシリーズ作品なども含め、50作近い長編小説を発表しているのだが、ちょっとアンソロジーなどの短編については不明なのだけど、少なくとも長編小説に関してはいまだに日本未紹介の作家である。えーと、ちょっと代表作もよくわからないところなのだけど、とりあえずデビュー作から続くThe Risingシリーズはゾンビ物として人気のシリーズらしい。とりあえず下に並べときます。そして、作家Wrath James Whiteとともに昨年より始まった、かのスプラッタパンク・アワードを主催。スプラッタパンク・アワードについては第2回へ向けての選考も進行中とのことで、ノミネート作品が発表の際にはまた急いでお伝えするようにします。コミック分野に関してはDC、マーベル、MAXなどでのホラー系シリーズへの短期の参加がいくつかあるが、一番まとまったオリジナルのコミック作品はこのThe Last Zombieシリーズというところです。

版元のAntarctic Pressは、コミック作家でもあるBen Dunnにより1984年に設立されたコミック専門のパブリッシャー。『Gold Digger』、『Ninja High School』などのアメリマンガ・スタイルのコミックを多く出版しているところです。その他にはこの手のリアルタッチのホラー、SF系らしき作品も多数。パロディ物らしき作品も多く見られて、『Steam Wars』というのもあるけど、これなんかパロディから始めて結構本格的なシリーズになっているのかもしれない。
初期には、現在はIDW傘下Top Shelfから出ているAlex Robinsonの『Box Office Poison』といった作品も出版しています。日本じゃあまり知られてないかもしれないけど、例えばジェフリー・ブラウンのガールフレンド三部作あたりと並び称されるタイプの有名な作品です。作家を志しながら書店で働くShermanとコミック作家を目指すEdを中心とした多くのキャラクターが登場するニューヨークを舞台とした青春群像劇。読んだのは結構前だけど、かなり好きな作品で、機会があったら…、じゃなくてこういうのもちゃんと書いてかなきゃなあといつも思うのですよね。ごめん。
Antarctic Pressはかなり初期からComixologyにも参加していて、現在も精力的に新作をリリースしているパブリッシャーですが、やはり小さいところで『The Last Zombie』シリーズもプリント版は現在は絶版で入手困難のようですが、Comixology、及びKindle版では簡単に入手できます。ここだけの話やけどComixologyの方がかなりお買い得でっせ。あれ?ごめん、5だけKindle版が見つかんない…?

Brian Keeneホームページ
Antarctic Press


さて、ここからはせっかくゾンビ・コミック特集ということなので、取り上げた作品以外にももうちょっと幅広く、アメリカのゾンビ・コミック状況をComixologyあたりで見られるものを中心に、ざっと見て行きましょう。第1回の今回は、アプリショップも出してるあたりの大手とやや大手の5社プラス1について。アメリカのコミックというのは例のビッグ2が大手過ぎるので、なんか言い方が微妙になるなあ。あと、自分の使ってるのはiOSなのでそっちの事情しか分かりませんが、ついでにアプリショップについても軽く説明しときます。
まず最初は、日本でも翻訳もあり知名度も高い『マーベル・ゾンビーズ』シリーズ。2005年に『ウォーキング・デッド』でおなじみのロバート・カークマンがライターで始まった人気シリーズ。最初のシリーズは5までだけど、その後もリターンズやらハロウィン特別号などで、毎年なのかは未確認だけどずっと続いているシリーズです。毎年ハロウィン時期になるとマーベルのおなじみのやつとして、Comixologyでも大々的なセールが行われるのだけど、今見てみたら最初のが出たのって2005年の12月でハロウィンとちょっとはずれてたんですね。その他マーベル系ではMAXからそのものずばりの『Zombie』というのや今回の主役Brian Keeneによる『Dead of Night Featuring Devil-Slayer』というのもあります。マーベルのアプリショップは、DC、イメージと同様にComixologyと同じものなのですが、マーベルだけは運営が独自で、Unlimitedも含むマーベルのWebショップと共通のアカウントが必要となります。アプリの方はComixologyと連動できるので、WebのComixologyで購入したマーベル作品もそちらで読むことができます。ただし、系列でもMAX作品はアプリの方では取り扱いがないので、そちらでは読むことができません。
かたやビッグ2のもう一方DCでは、マーベルのようなメインキャラクターをフィーチャーしたゾンビ・コミックは見当たらないところ。しかしComixologyゾンビカテゴリをずーっと見てったところ、私が英国コミックのライターの中でも特に信頼するIan Edginton(Brass Sun、Sticklebackなど)による『Victorian Undead』がDCより販売されているのを発見。もちろんジャスティス・リーグの面々が出てくる類いのものではなく、多分以前やたら色々あったサブレーベルから出てて、それらを整理統合した結果、現在はDCから販売されてるぐらいの事情なのだろうけど。英国コミックファンとしては言及しとかんわけにはいかんだろ。そしてDC系列と言えばVertigoが出てくるが、こちらで有名なゾンビ物と言えばTVシリーズも快調、もうすぐシーズン5も始まるという『iZombie』。うーこれまだ読んでないんだよー。なんかVertigo辺りはもっとあったような気がするが、今見つかんのはそれぐらい。見落としてたらごめん。DCのアプリショップは、前述の通りComixologyと同じもので、同様のアマゾンのアカウントが使えます。DCはVertigoのアプリも出しています。DC本体のアプリショップではVertigo作品は販売されていませんが、ComixologyやVertigoのアプリショップで購入したVertigo作品もそちらで読むことができます。逆は不可。でも買ったコミックが多くなりすぎれば探すのも大変になってくるので、Vertigo作品はそれ専用のアプリを持ってた方が便利。
続くイメージ・コミックスではまあ、なんと言っても『ウォーキング・デッド』でしょう。もはやゾンビ・コミックの代名詞ぐらいの格か。日本版も第7巻(TPB21巻分)までで一旦はストップかと思われたが、TVシリーズ人気に押されたか3年近くのインターバルの後、昨年より翻訳が再開されたようで良かったっすね。当方はどうせどっかで止まるんだろと思って翻訳を当てにせず原書の方を読み続けていたのだけど、なんだかんだで遅れていまや日本版からも遥かに置いて行かれてる始末。トホホ…。そんなわけで今どういう話になってるのか見当もつかないのだけど、シリーズの方はまだまだ続くようです。あとイメージでよく知られるロングランのゾンビ・コミック・シリーズと言えば、ベトナム戦争+ゾンビという設定らしい『'68』。見るからにこれはヤバい感満載のカバーが素敵。イメージ・コミックスのアプリショップも、ビッグ2同様のComixologyのもの。この3社の作品は大抵はそっちのアプリショップの方で購入しているのだけど、但しそちらではレーティング18歳以上の作品は販売されていないので、WebのComixologyの方でということになります。シリーズの途中の数話が18歳以上になってるとかいうのもざらにあったりするので。アプリでは販売されないレーティングの作品も、購入したものならそれぞれのアプリやComixologyのリーディング専用のアプリで読むことができます。
続いてのIDWは、『ティーンエイジ・ミュータント・ニンジャ・タートルズ』や『ロック・&キー』、『30デイズ・ナイト』などのシリーズを擁するパブリッシャー。こちらでは日本でも翻訳の出た『Zombies Vs Robots』。映画化されるって触れ込みで出てたけど、結局まだなのね。その他には『30デイズ・ナイト』のスティーブ・ナイルズのミニシリーズのゾンビ物などもあります。ここまでのパブリッシャーのアプリは基本Comixologyのだったのだけど、IDWのはMadefireのアプリ。Madefireは紙芝居的な動くコミック:Motion Booksを売りに出てきたアプリで、これ続くのかな?と思ってたら、IDWが参入して多分出資もあったのだろうというところで盛り返し、その後は色々なパブリッシャーが参入してきて、今ではDCマーベルあたりのも買えるようになるまで勢力を拡大している。Comixologyが世界最大の電子版コミック・ショップでも、iOSにはアプリショップがない現状で、出版社サイドから見てもやっぱりWebよりも気軽に使えるアプリショップの存在は大きいのだろうなと思う。で、IDWなのだけど、実は以前はここまでの3社同様Comixologyのアプリショップだったのだけど、Madefireに参入後しばらくしてそちらので動くアプリに切り替わる。その時に一度だけComixologyで買ったIDWのコミックを連動できる措置が取られ、そのおかげで私は一部のIDWのコミックをComixologyとMadefireの両方で持っていたりするのです。ちなみにTop Shelfはその時点ではIDW傘下ではなかったため、そちらの作品はダブっていません。
次のダークホース・コミックスは看板作品である『ヘルボーイ』の人気知名度以外にも、日本の漫画を多数翻訳出版していることで、比較的日本でも名前の知られているパブリッシャーなのだと思います。ホラージャンルには結構力を入れているダークホースなのだけど、調べてみると意外と本格的なゾンビ物は見つからなかったり。とりあえずまたしてもスティーブ・ナイルズの『Criminal Macabre』。主人公Cal McDonaldは色々な怪奇現象と戦う中でゾンビとも戦ってるらしい。この辺もいつかちゃんと読もうとずっと思ってるのだけど。ダークホースはかなり気になる感じのホラー作品も多いのでいつかダークホースホラー特集ぐらいやれるといいなと思う。いや、まず今やってるのをちゃんとやれよ…。ダークホース・コミックは今回の中で唯一完全自社製のアプリショップを持っているパブリッシャーです。もう今となると結構昔感のあるComixologyも随分商品揃って来たぐらいの初期の頃、ダークホースはWebショップとアプリショップによる自社のみによる販売のため、一旦はComixologyから撤退しています。まあ結局はしばらくしてまた戻ってきたのだけどね。ダークホースのショップには、その後Dynamite Entertainmentが参入して、DynamiteのコミックはダークホースのアプリでもWebショップでも購入できます。Dynamite Entertainmentのゾンビ物については続く第2回で。
で、最初に言ってた5社プラスの1というのが、あのArchie Comicsです。まあ多分アメリカにおけるサザエさんやドラえもんのような「国民的マンガ」みたいなもんだろうと思うのだけど、あんまりポジションがわからないのでとりあえず番外的な扱いで。アメリカのどっかにある田舎町リバーデイルでのアーチー君とその仲間たちによる愉快な日常ドタバタコメディというところでしょうか。最近ではマーク・ウェイドをライターに迎え、リアルタッチのシリーズが始まったり、日本でも画集の出たアダム・ヒューズによる美麗な『ベティ&ベロニカ』シリーズが出たりで話題になりました。と言ってももう一昨年ぐらいの話か。そしてそんなArchie Comicsにも実はゾンビ物があります。2013年に出た『Afterlife With Archie』シリーズは結構有名。作画がかのFrancesco Francavillaだよ。Archie Comicsもちゃんとアプリショップを持っていて、IDWと同じMadefireのアプリです。なんかオイラも時々毎日アーチー読んでニコニコ暮らしたいなあ、と思うのだけど、なかなか続かないなあ。ちょっと見とこうと思って起動したのも久しぶりだよ。明日からまた読もうっと。


まあそんなわけで、何とか次やろうとずっと考えてたのがやっと始められました、という次第です。なんとか1月中には、と思ってたけど結局果たせなかったな…。なんだかずっと遅れているうちにいくらか構想も広がり、書いてる途中で思いついてまた増やしたりで、どんどん膨らみ長くなって遅れ続けているわけですが、なんか読んだもの以上に深くゾンビ・コミックの世界を探りお伝えして行ければいいかな、と思っております。まあやっと始めたもののまたしても第2回は少し遅れてしまいそうなのですが、何とかそこからはちょっと集中してゾンビ・コミック特集を続けていきたいと思っていますので、またよろしくね。とやや脱力気味に今回は終わるのであった。



■Brian Keene/The Last Zombie (Comics)


■Brian Keene/The Risingシリーズ (Novel)



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