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2019年3月28日木曜日

21世紀ハードボイルド/ノワール ベスト22 第3回 (全4回)

■ジョニー・ショー/負け犬たち

遂にこれが登場であります!私が読んでなくても絶対傑作なのでおススメ!と言い続けてきたジョニー・ショー『負け犬たち』!いやー、この本との出会いは結構衝撃的だったのだけどさ。2014年かこのブログを始めた頃からジョニー・ショーについては短編などを目にして注目しており、2016年春、満を持して読んだJimmy Veeder Fiascoシリーズ第1作『Dove Season』を大絶賛した回を週末にアップロードし、月曜日に本屋に寄ったらこの本が出てるのを発見したという次第なのである。おーい!ジョニー・ショー出てるぞ!と大騒ぎしたが、私ジョニー・ショーについては文章も大変好きなので、原書から読みたいんでしばらく先になるんですが、絶対面白いから絶対に読め!という前代未聞、読んでもない本を絶賛しておススメ状態となっていたのでした。だが遂に読んだよ!えーと、引っ越す前だから一昨年の秋ぐらいだったか?一昨年?ま、いいか…。いや、なんだよこれ?スゴイじゃないか!万全の期待と傑作との絶対の確信ぐらい持って読んだが、それをさらに200%上回る大傑作!打ちのめされ傷つき失うものは命しかない3匹の負け犬が、禁断の地に眠る伝説の黄金を目指す!ムチャクチャ笑って泣く世紀の大傑作!これを読まずして何を読むというんだい?実はさあ、やっと原書の方読んだけど、翻訳版まではまだ手が回らず未読なのだが、これはたとえ少し翻訳が上手く行ってないなどということがあったとしても、そんなことで失われる恐れもない大傑作である!ワシがこれまで書いてきたのも、この後のも、まあ読者を選ぶかもしんないな、というところはあるかもしれん。だが、これは誰が読んでも感動する万人におススメの大傑作である。迷ってんならまずこれ読め!絶対読め!
そしてもう一つ、絶対の確信をもって言おう!これはかの内藤陳大師匠がご存命ならば、必ずや絶賛し年間ベストナインの一角を任せた「冒険小説」の傑作である!こんなもんも見つけられないくらいなら、もう「冒険小説」なんて言うのやめちまえよ。結局もう上から下まで全部「マーク・グリーニーに比べれば」とかスケール小さいクレイマーレベルなんだろうね。かの先生お得意の説で言うならば、「冒険小説宣言」とやらをしたところがピークで、そこから延々と劣化が進み、もうとっくに終わってるべきってところなんだろう。あー、やめちまえやめちまえ!

まあ、救いようのない連中は放っといて、なかなか日本には伝わらなそうなジョニー・ショー先生の輝かしい活躍の一つについてちょっと紹介しておこう。2012年から2013年にかけ、ショーが作家活動を休業し、編集に取り組んだ伝説の(また出たぞ、伝説!)アンソロジー『Blood & Tacos』全4集である。アンソロジー第1集の冒頭で、ショーはこう宣言する。マック・ボラン、デストロイヤーなどの70年代メンズアクション・ノベルのペーパーバックこそがパルプの伝承者だ。我々はガレージや物置の隅で眠っていたそれらを見つけ出し、叫ぶのだ。「やった!見つけたぞ!」時に埋もれたそれらの宝石を発掘し、皆で叫ぼうではないか!「見つけたぞ!」この声に応えたパルプ・フィクションを愛するつわものどもが自らが「発見した」忘れ去られた(もしくは誰も見たことがない)名作を手に参集する。その面々は現代ノワール/クライムフィクション作家版『大脱走』ともいうべき豪華な顔ぶれ。あー、念のため言っとくけど「発見した」の意味みんなわかるよね?この伝説の傑作アンソロジーは現在のところまだ一冊99~100円にて入手可能。あんまり英語に自信がなくてもとりあえず買っとけ!
あと、Jimmy Veeder Fiascoシリーズ第1作『Dove Season』がいかに素晴らしい作品であるかなどについては、下のリンクから見て下さい。この『負け犬たち』はもっと読まれるべき作品であるし、ジョニー・ショーももっとたくさんの作品が翻訳されるべき作家である!





ここで、英国ノワールの最後に書いたその頃米国ノワールは、というあたりに少し簡単に触れておこう。このあとちょっと荒れるのが確定的になったようなので、その前に。まあ、私が注目しているのは主に"small press"と呼ばれる辺りから本を出している連中だが、弱小出版社でも何でも好きに呼べばいいが、メジャーじゃなくそんなとこから出てる本なら興味がないとか言うんなら、今からでも言うがとっとと帰れ。どうせ日本で翻訳される本があっちじゃどのくらいの大きさの出版社から出てるものかなんてほとんどわかってねーだろが。あと米国の、と最初に言ったが、実際にはイギリス、オーストラリアなど英語圏の作家も参加している場合も多くグローバルになっているが、ここではパブリッシャーなどがアメリカにあり、そこを基盤に活動しているものについて米国、という形で扱っていく。それから、ってやたら前置きが多いんだけど、例えば日本ではミステリ・マガジンのような雑誌形式のものとアンソロジーというのは明確に区別されているが、英米ではその辺もまとめてアンソロジーと呼ばれることが多いので、ここでは一括してアンソロジーとと呼ぶ。ということで始めます。なんか言葉遣いに丁寧さが欠落しすぎてる気がしてきたので補正しなくては。いや、結構余裕ない感じで必死に頑張っとるもんで…。
この辺のムーブメントは、まずウェブジンというようなところから始まっているのだが、それを更に遡るとアナログな同人誌的な時代もあったらしい。まあこういうものの常として記録も残らず消えてしまうものなので、どのくらいあってどのくらいの規模だったかもわからないのだが、辛うじて私が知っているところでは、私が21世紀ハードボイルド/ノワールで最もリスペクトする現代ノワール最強の作家にして無冠の帝王Anthony Neil Smith氏(この人については後ほどもう少し詳しく語る!)が盟友ヴィクター・ギシュラーと始めた『Plot With Gun』がある。と言ってもそれほど詳細は知らないのだが、投稿された作家の短編数編の他に評論やレビューが掲載された形式で、最初は紙に印刷されたものだったが、後に同じ形式のままウェブジンへと移行する。(現在は終了している)同様のものとしてはこちらはオーストラリア発の『Crime Factory』。こちらも紙媒体による出版から始まり、その後ウェブに移行。そして更にその後、『Crime Factory』はKindle電子書籍版として発行されることになる。(2016年発行の19号にて終了。現在はアマゾンでの販売も終了している。)という風にノワール周辺では常に独力でも新しい作家を世に出したいという機運があり、それらが数多くのウェブジンへとつながって行く。それらの完全にウェブ発で現在も続くウェブジンというのは、前者のような雑誌スタイルのものではなく、投稿されたものが大抵は不定期にウェブページ上に一篇ずつ追加されて行くというもの。その代表的なものとしては、Spintingler Magazineがあり、一時期は独自のアワードも選出し、このジャンルの多くの優れた作家を輩出している。(現在は終了。)しかし、Spintingler Magazineの功績はウェブ上に多くの作家の発表の場を与えただけではなく、自ら出版部門Snubnose Pressを立ち上げ、多くの作家にさらなる活躍の舞台を提供したことである。残念ながら今はホームページも無くなりほぼ販売も終了しているが(さっき見たらまだ一冊だけAmazon.comにあった。Sandra Ruttanの『HARVEST OF RUINS』!)、電子書籍黎明期のアマゾンKindleストアノワールジャンルではそれは独特の存在感を放っていたのだ。なんかさあ、日本じゃもうアメリカでもそんなにハードボイルドなんて出てないぐらいのことがまことしやかに言われてた頃にさ、何とか翻訳の途絶えたやつを読みたいと思って、Amazon.comのハードボイルドやノワールのカテゴリを延々と見ていてこいつらに出会った時の喜びときたらもう…。ちゃんと出てるじゃねーか!ハードボイルドの未来を背負って立つ気満々のやつらがいるじゃねーか!日本で知った風な口きいてる奴らなんて関係ねえ!オレはこいつらを追ってくぞ!というのからその後このブログをやるに到ったわけなのですよ。ウェブジンから出版という道をSpintingler Magazineが切り開いたのかどうかはよくは知らないのだけど、これに続くようにアクションを起こし始める連中も次々と現れる。Beat to a PulpOut Of The GutterShotgun Honeyといったところもウェブジンから出版を始めた奴らである。前述の英国のClose To The Boneも同様のウェブジン発のパブリッシャー。そしてそんな中、一人の男が立ち上がる。それがウェブジンAll Due RespectのChris Rhatiganである。
ウェブジンで雌伏していた実力派たちが脂の乗り切ってきたこの時期、彼は自らのウェブジンに掲載されたそれらの作家39人の作品を集めたアンソロジー『All Due Respect』を出版する。それはまさに次代を担うノワール作家のカタログの様相であり、現在でもこのシーンを知るために重要な一冊である。現在でもたったの108円!今すぐ買え!この出版はRhatiganに大きな手応えを与え、そして彼はAll Due Respectをパブリッシャーとして立ち上げ、本格的に出版の世界へ乗り出して行く。この経緯を聞いて、Rhatiganをちょっと商才の利く男か何かと思った者もいるかもしれんが、彼は決してそんな安手の人物ではない!奴を動かすのは常にハードボイルド/ノワール/クライム・フィクションへのあまりにも深い愛である!常にシーンに目を光らせ、彼が手を差し伸べるのは今まさに世に出んとする新しい才能である。共同経営者である作家Mike Monsonが去り、一時期は経営困難に陥ったが、Down & Out books傘下に収まった後は息を吹き返したように、Liam Sweeny、Tom Leinsといった次を担う作家たちの作品を次々と世に出し続ける不屈の男!それがChris Rhatiganである!やはり著作物のある作家ほどに世に出、目に留まることは多くない存在であろう。だが我々ジャンルを愛する者は彼のような存在を決して見逃してはならんのだ。
何やら色々と熱くなりすぎてきた感じではあるが、このシーンにはまだまだ熱い男たちが数多く存在する。これまでウェブジンから出版へという流れについて語ってきたが、この電子書籍時代、更に別の手段で闘いに臨んでくる者たちも現れる。それがeブックメインのアンソロジーの発行である。ここにおいて何よりまず語らねばならんのは、あの伝説の『Thuglit』である!このアンソロジーを編集したのはBig Daddy Thugこと作家Todd Robinson!彼は2012年より4年間に亘り、自らの作家活動も中断しこの伝説のノワール・アンソロジー『Thuglit』を全23集も出版したのである!ノワール史に残る偉業!現在活躍中、または頭角を現してきたノワール作家はすべてこの『Thuglit』を通過してきたといっても過言ではない。しかも、この伝説はまだ入手可能!ああ、オイラもまだ少ししか読んでないんだが…。もっと頑張らねば…。そしてこのTodd Robinsonの偉業に触発された者たちが次々と自分たちのレーベルを立ち上げ、アンソロジーを出版し始める。多くは短命に終わるが、その意思は引き継がれて行く。不定期ながら長期にわたって出版されている作家Alec Cizakらによる『Pulp Modern』の名前ぐらい覚えとけ。
そして2017年新たな勢力が立ち上がる。米西海岸を根城とする作家Scotch Rutherfordによる『Switchblade』!どうだいこの悪そうな表紙!2017年の登場以来一切勢いを落とすことなくノワールの新たな才能を吐き出し続ける。現在第8集の出版も迫るところ。ノワール魂を継ぐ者たちは何度でも立ち上がるのだ!
そして、多くの才能が頭角を現してくれば、それを出すパブリッシャーも現れるのが当然の理であろう。この流れはハードボイルド/ノワール系パブリッシャーの台頭へとつながった行く。その先陣を切ったのは、英国ノワールの方で触れたAllan Guthrieによるeブック専門パブリッシャーBlasted Heathだろう。Guthrieがこれを立ち上げる時、まず考えていたのは当時優れた作品を発表していたのに従来の方法ではなかなか世に出られない作家たちを自分たちの手で売り出したいということだったのだろうと思う。これはBlasted Heath立ち上げに先立つ頃倒産したあるパブリッシャー(名前忘れた…ごめん。)からGuthrieとともに作品を発表していた作家たちがBlasted Heathに参加していたことからうかがわれる。その面々というのがスコットランドの鬼才Ray Banksや現代ノワール最強作家にして無冠の帝王Anthony Neil Smith(ちょっとくどかろうがオレん家ではこの称号は絶対譲らんぞ!)らである。そこにやはり英国内で不遇をかこち、出版社がつぶれその時も自ら立ち上げた個人出版社からバーニー・トムソン・シリーズを出していたDouglas Lindsayも加わる。そこに更に前述のようなウェブジン-アンソロジーから出てきた新たな才能が加わって行くのである。電子書籍黎明期Blasted Heathは確実にその存在を示し、それらの不遇をかこっていた才能は、それが売り上げランキングの上位といったものではなくとも求めていた読者の手に確実に届き、それらの才能に評価を与えた。その一つの現れが英国でのバーニー・トムソンの映画化といったものであろう。残念ながら2017年に力尽き伝説となったBlasted Heath。だが彼らは後へと続く道を切り拓いたのだ。
21世紀になってから、アメリカではシリーズ物のキャラクター・探偵が好まれなくなっている、というようなことを書いたものを見た記憶があるが、それがその時のその人の印象だったのか思い込みなのかは別にして、現実は違う。そういう事実があったとしても、それはそういうものがそれを求める人たちの手にうまく届かなくなっていた、という流通上の問題だろう。電子書籍時代になり、手軽に本が手に入るようになると、人気を博したのはそういったシリーズ物のキャラクター・探偵だった。米Amazonのミステリ関連書籍出版部門であるThomas & Mercerではいち早くそれを察知し、そういったシリーズキャラクターを持った作家作品を集め始める。日本でもルー・メイスン・シリーズが1冊翻訳のあるジョエル・ゴールドマンもそれらの自分のシリーズ作品を電子書籍化し個人出版で成功を収めた一人であり、同様に電子書籍で人気作家になっていたリー・ゴールドバーグと手を組みBrash Booksを立ち上げ、絶版となっていたディック・ロクティなどの80~90年代のハードボイルドシリーズ作品の復刻を手始めに、そういった作品を書ける新たな才能を探し始める。そしてそういった状況で現れたのがPolis Booksである。
Polis Booksはミステリだけでなくファンタジーやホラーまで幅広くジャンル小説を出版するパブリッシャーだが、こういったシリーズキャラクター人気を見て、ハードボイルド・ジャンルのシリーズ作品にも力を入れ始める。そうして登用されてきたのが、他のパブリッシャーで優れたシリーズを立ち上げながら続巻の刊行が滞っていたDave WhiteAlex Seguraといった若手新世代ハードボイルド作家たちである。え?新世代なんて誰が言ったって?オレだよ!文句あっか?作家同士の仲も良くシリーズキャラクター共演の短編なども出していたりして、一緒に俺たちのシーンを作って行こうという感じがなんとも頼もしい。様々に形式は変わっても、TVシリーズなどの人気を見ればいつの時代でもシリーズキャラクターが人気なのは明らか。シリーズキャラクターが好まれない時代になったなんてありえないことである。常に必要なのはそれが求める人たちの手に届きやすいシステムと、こうやって盛り上げて行く送り手なのだ。
この時期に立ち上げられ、優れた新しい作品を数多く出版したが、比較的短命に終わってしまったパブリッシャーが280 Steps。社名がチャンドラーの著作の中の一文から引用されたもの(なんか憶えあるんだけどいまだにどれだか確認しとらん。ごめん。)ということで、明らかにハードボイルド/ノワール作品のリリースを目指して立ち上げられたパブリッシャーである。初期には映画『キッスで殺せ』や『夜までドライブ』の脚本などで知られるA・I・ベゼリデスや80年代のマリ・シンクレアなどの作品の復刻が主だったが、そこから上記のようなシーンから出てきたEric Beetner、Eryk Pruittといった新しい作家の作品を次々とリリースし始める。しかし、2017年に入り少し出版のペースが落ちてきたな、と思った矢先の春先に突然の終了が告げられる。これは本当に急だったようで、作家の移籍もほとんど進んでいなかったばかりか、中にはプレオーダーまで進んでいたのに出版されずに終わった作品もあった。まあこういうのってどこかの大手パブリッシャーの資金が非公式に動いてて、それが止まっちゃったみたいな事情はなんとなく察せられたところなのだけどね。こんな風で幕切れはあまりよくなかったのだけど、280 Stepsは本当に素晴らしい作品を数多く出版したのだ。その多くがDown & Out Booksなどから比較的早く再リリースされていることからも確かである。それから280 Stepsはカバー・アートも素晴らしかった。多くの本の中に並んでいても一目で280 Steps作品だと分かる、何か現代のパルプというのを感じさせる独特のセンス。このまま失われてしまうのがもったいなくて、まだ見つかるうちに集めてきて画像を作ったのだよな。どこだっけ?後で見つけてきてリンク張っとくです。とりあえずここね。
そしてここで何度も名前が出てきてたDown & Out Booksが登場。発足は2013年だったか?まだ出来てそれほど経っていない頃のDown & Outのホームページをたまたま見つけた。まだ本が数冊ぐらいしか並んでいなかったけど、その中にLes Edgertonがあり、こういう作家の本を出しているならちゃんとチェックしておかなければな、と思った。んで、そのまま少し忘れてて、しばらくたって思い出して行ってみたら一気にずいぶんたくさんの本が増えていて結構驚いた。まあ、これまでに度々登場してる「不遇をかこっていた作家」を次々と登用してきたわけなのだけど、それにしても勢いがすごかった。そしてそれらの作品をただ集めるだけでなく、それらの作家の新作を続々とリリースして行く。更にこれまで書いてきた道半ばで倒れたパブリッシャーからの絶版作品を次々と救済。SnubnoseからBlasted Heath、280 Stepsらの伝説作品がDown & Out Booksから再版されている。現代最強のノワール作家にして無冠の帝王Anthony Neil Smith先生の作品もDown & Out Booksから入手できるのだ。そして前述のAll Due Respect救済以前にもウェブジン系パブリッシャーShotgun Honeyを傘下に加えており、それらからの新しい才能の発掘にも余念がない。という風にもはやこのシーンを語る上では避けて通ることができない存在であり、それゆえ前から名前がちょこちょこと出てきていたのであるが、それがDown & Out Booksなのである。そしてこれを率いるのがExecutive EditorであるEric Campbell。この手腕はただものではない。こいつも21世紀ハードボイルド/ノワール・シーンにおいて憶えておくべき名前の一つであろう。
とまあ、こんなところが私が追い続けている21世紀電子書籍時代のハードボイルド/ノワール興亡史の概要である。ああ、そうだ、奴らは弱小出版社だ、ウェブジンだ、同人誌だ、そして時には作家未満でもある。それに何か問題があるか?大手出版社に勤める編集者が選び、会議で収益が見込まれると決定されて出版された本にしか読む価値がないなどと思うやつらはとっとと帰りやがれ!奴らのパブリッシャーはあちこちで倒れ、ウェブジンは運営に行き詰まり、アンソロジーは息絶える。だが、奴らは何度でも立ち上がる。自分の信じる物語を書き続け、時には俺出版社で独力で出版し、ハードボイルド/ノワールの血統を受け継ぎ続けるのだ。こういう奴らがいるジャンルは絶対に終わらん!ハードボイルド/ノワールは永遠に不滅である!どうだ、これが21世紀ハードボイルド/ノワールだ!ざまあ見やがれ!
…あ、ごめん、なんかもう終わるぐらいのテンションになっちゃったけどまだ続くから…。いや、『Plot With Gun』から始めたあたりで、ヤバいこれバランス崩すぐらい長くなっちゃうかも、と気付いたのだけど、なんかもうSnubnoseの事書いてるあたりでどうでもよくなっちゃって、んで、オレがAll DueやThuglitのことを書いて熱くならんわけがないだろう、というわけでこんなになっちまった。まあ所詮は素人のブロガーがやっとることなんで出鱈目なのは諦めてくれ。あー、もう現代最強のノワール作家にして無冠の帝王Anthony Neil Smith先生のことを書く余力が無くなっちまった…。とりあえずはあっちこっちで散々書いてるので興味があったらリンクの方を見てくれ。と言うか興味を持てよ!この野郎!あ、あと本文に書く余裕なかったんだけど、リンク張ろうと思って久しぶりにBrash Books行ってみたらなんとラルフ・デニスのジム・ハードマン・シリーズも復刻されてるのを発見しちゃったぞ!ああもう新旧共に読むものは尽きんよなあ。

■クリス・ホルム/マイクル・ヘンドリクス・シリーズ

さあこいつだ。ああ、ムチャクチャ腹立ってくるがバカを罵る前にきちんとこの素晴らしい作品を紹介せんとな。不幸な生い立ちながら真っ当な未来を目指し、軍に入隊したマイクル・ヘンドリクス。だが彼はそこで自分にそんなものがあるとも思っていなかった生まれながらの殺しの資質-キリング・カインド-を見出され、暗殺専門の特殊部隊に編入される。数々のダーティな任務を重ねた後、彼の所属する部隊は突発的な敵の襲撃により壊滅。彼は死亡を装い密かに帰国する。悪夢からは解放された。だがもう俺の手は汚れてしまった。愛するものをこの手に抱くこともできない。だが、俺に何ができる?俺が持っているのは殺しの技術だけだ。そして彼は暗殺指令が下ったが殺されるべきというほどでない悪党から大金をせしめ、命を狙う殺し屋を返り討ちにするという商売を始める。だが、それは本当に彼の贖罪となるのか?そしてこの「殺し屋殺し」抹殺の命を受けた凄腕の暗殺者が彼を狙い始める…。アンソニー賞ペーパーバック部門受賞のクライム・アクションの傑作。だが、このシリーズ第1作がどのように出版され、どのように私が怒り狂ったかはもう繰り返さん。リンクを張っとくからそっちでも見てくれ。
そして本年、どうせ出ないだろうと思っていた第2作『Red Right Hand(邦題:悪魔の赤い右手 殺し屋を殺せ2)』が翻訳される。そりゃあ喜んで手に取ったものだが(まだ読んでない)、何これ?乱丁本とかいうやつ?私の買った本、末尾にハナクソついてたレベルの汚いもんついてたんだけど?なんか解説とか書いてあるけどよう。いい加減にしやがれ北上次郎!今まではオブラートだかティッシュペーパーだかに包んで書いてたが、こうなりゃ実名で攻撃だ!迷惑行為も度が過ぎりゃあ犯罪だ!犯罪も被害がデカけりゃ災害だ!なんだこりゃあ?まずは本に順位を付けるなどという下品な行為をあたかも自分の見識か実績のように掲げて見せ、そこから都築道夫まで持ち出して「俺はマーク・グリーニーの方が好き」なんてことを得々と語る。そんで最後は誰でも書けるようなあらすじをテキトーに書いてページを埋めて終わる。なんだこりゃ?早川書房さんよう、本の末尾のオマケの解説っていうのは宣材の一つなんじゃないの?解説書けるもんが見つからなくてアンタのところの部下にちょっとこの解説書いてみろって言って、こんなもん書いてきたら手近にあったジョージ・R・R・マーティンの原書ハードカバーで一撃くれてただちに書き直させるレベルじゃないのかい?そもそも北上にこれ「北上次郎の冒険小説放談」じゃなくてクリス・ホルムの本の解説だってちゃんと伝えたんかい?それともそんなことも理解できる頭もないのかい?何なのコレ?昔あったドラクエとクソゲーの抱き合わせ販売?巻末に延々とアガサ・クリスティのリストが並んだ版だと200円割高になりますとか言うんなら差額払うから交換してくんないか?
文芸評論家だか何だか知らねえが、長く続けてりゃあ(最初からかもしんねえが)只の本の仕分け屋に成り下がる。で、その仕分け方法がなんか自分がいいと思うのを決めてそれと比べるみたいな安直な方法。本てのはそれぞれ先入観なしにまっさらな気持ちで読んでそこから伝わってくる最も重要な中心命題や読みどころを見極めるもんじゃないのかい?バカな先導者に続くのはバカな追随者だ。北上先生のお墨付きをもらったと思ったアホ共がそこら中で一つ覚えの「マーク・グリーニーに比べれば」の大合唱を始めるぜ。もうこの傑作間違いなしの第2作も絶対にそこらに転がってる「感想」が目に入らないように注意しながら読むしかないや。
私はそもそもはそんなにジャンルってものにこだわって本を読む方ではない。だが、自分の最も愛するハードボイルド/ノワール・ジャンルが日本では「売れない」とされて、せっかく翻訳されても可能ならば周辺のジャンルへと押し込まれ、その結果そのジャンルのいまいち作品として扱われ続けるような現状の昨今、ここは敢えてジャンルを明確にし、そのジャンルとしての優れた作品をまとめることで新しくこのジャンルを読みたいと思う人や、読んで気になってたのが実はこのジャンルだったのだと気付く人へ向けてのいくらかの指標を作り、ジャンルの隆盛への一助としたいと、柄にもないことを懸命にやっとるところでこの暴挙だ。怒らずにいられるものか!クリス・ホルムというのは、私がこの前に延々と語ったようなシーンから出てきた作家である。ちょっと前のそういうところじゃよく名前を見かけてたホルムが、ルッカやランズデール、スウィアジンスキーらを擁するマルホランドから入魂の作品を発表し、それがアンソニーの栄冠を勝ち取り、日本でも出版されると大喜びして本を手に取ってみればこのざまだ。クリス・ホルムというのはウェストレイク=リチャード・スタークやエルモア・レナードにも連なる生粋のクライム・フィクション作家だ。巻末の謝辞にも「クライム・フィクション愛好家の読者の皆さん」と書かれている。だが、早川書房は日本では「冒険小説」の方が売れると判断し、何が何でもそれをゴリ押ししてくるようだ。クライム・フィクションへの愛など一切ない北上次郎を連れてくりゃあ「冒険小説」になるとでも思ったのか?挙句が出鱈目極まりないハナクソ解説を書かれて、帯に拾ってくる文言にも苦労してる始末じゃないか。私が最も危惧するのはこの作品が「冒険小説」などという救いようのないところに押し込まれているせいで、日本にも数少なかろうが存在する「クライム・フィクション愛好家の読者の皆さん」へときちんと届かないのじゃなかろうかということだよ。
とかな、ちょっと言いすぎてるかもしれないよ。「冒険小説」の評論家や多くの読者がポンコツばかりだったとしても、優れた作品は数多くあるのだから、真っ当なジャンルを愛する読者もいて、これを目にしたならそこまで言うことはないじゃないか、と憤慨するだろうし、もしかしたらそんな「冒険小説」の現状を憂いているのかもしれないよね。でもなあそっちの家の害虫はそっちで面倒見てもらうしかないよね。こっちから強く言うのは、もう頼むから歩く風評被害北上次郎をハードボイルド/ノワール・ジャンルに一切近づけないでくれってことだ!なんだか「冒険小説」の汗臭いたまり場みたいなところで声の届かないトム・クランシーへの悪口言って得意になっててもカンケーねーから。ところでさあ、実は私北上次郎がクリス・ホルムよりマーク・グリーニーの方が「肉体」って基準で好きって言ってるのがどうもよくわかんないのだけど?もしかして北上次郎って水野晴郎ジャンルの方で水野晴郎的基準の肉体?まあそれならわかんねえわな。いやいや邪推はよくないよ。大方マイク・ヘンドリクスとグレイマンがたたかったらグレイマンがかつ!グレイマンのほうがつよい!とかいう小学生みたいなので言ってるだけだから。ハハハ。

クリス・ホルム/殺し屋を殺せの感想

■アンデシュ・ルースルンド/ステファン・トゥンベリ/熊と踊れ

2016年に出たやつではこれが最後。こいつは例のランキングで1位とかなったやつなのでいいかと思ったけど、なんか北欧ブームとかが終わったころになってまたぞろ「熊を1位にしたのはまずかったネ」とか言い出す、言っていいことと悪いことの区別もつかん愚鈍が現れるかもしれんので、ノワールとして大変優れた作品であるということをはっきりさせとくために入れとく。まあストーリーとかはもういいよね。終盤のあー駄目だー…という感じ。破滅が待ってるのはわかっているのだけどそれでも進まなければならないみたいな。ジョバンニとかも思い出したりもする。哀愁破滅型とでも言ってやろうか。なんか最近そういうのあまり読めてなかった気がする。ハドリー・チェイスの『世界をオレのポケットに』とかもそんな味だった気がするなあ。でも読んだの遥か昔だからなあ。哀愁は薄かったかも。北欧ノワールの歴史に残る傑作です。続編はまだ読んでなくて、もしかしたらノワール色薄いのかもしれないけど別に関係ないです。読むのを楽しみにしてます。空気読みの空気によって押し上げられた1位ですが、まあそこからも如何にこの手のランキングが適当かがわかるというものですね。まあ2016年というのはそういう空気だったのだな、と後に回顧する手掛かりぐらいの意味はあるでしょう。そんなところに祭り上げられてしまったがゆえに、とにかく努力なしに本が読みたいというお子様からの「よみにくい」感想(感想にも値せんが)まで寄せられていたりしますが、そんなものは無視するのが賢明な大人というものですね。

■パスカル・ガルニエ/パンダの理論

奇跡的に翻訳された珠玉のフレンチノワール。エイドリアン・マッキンティ先輩の進言のお陰でこの作家に出会うことができたのでした。この間やったばかりなのであんまり書くことがありません。そっちの方を読んでください、とここでは手を抜いておこう。「純文学ノリとイチャモンを付ける」なんてことを言って恥ずかしいとも思わないような人には絶対おススメしない大変すばらしい暗黒の傑作です。いやいや、クリス・ホルムパートではハルク化してしまった私ですが、今では温厚なブルース・バナーに戻ってますので、またハルクゲージが溜まるまでのしばらくの間は安心して読めますよ。あれ?ハルクってそういうシステムだったか?大変すばらしい作品なのですが、相変わらずあんまり売れてないようです。今回のために久しぶりにアマゾンで検索してみたところ、ズバリのタイトルで検索したにもかかわらずパンダのポンポンシリーズの後に並んでおりました。このままでいけば入手困難は必至と思われるので、現代のフランスの暗黒作品を読みたい人はお早めにね。しかしなあ、フランスと言えば、アメリカに先駆けぐらいでかのジム・トンプスンを見出した国だし、ロジャー・スミスも人気だし、ノワールの極北ともいうべきMatthew Stokoeの過激すぎて米国内で出すところを見つけられなかった作品を出した国だし、最近じゃあ遂に現代ノワール最強作家にして無冠の帝王Anthony Neil Smith先生のBilly Lafitteシリーズの刊行も始まった国。ここは完全に錆び付いとる初級フランス語入門ぐらいのところを再起動させ直に本丸フランス・ノワールに乗り込まねばならんか、と思い始めてもいる毎日です。

パスカル・ガルニエ/パンダの理論の感想

■ビル・ビバリー/東の果て、夜へ

2017年に翻訳の出たこちらも、結構遅ればせながら2018年に感想を書いたのでそちらにリンクを張って少々簡単に。15歳の少年ギャングを主人公とした、あまりにも美しい、もう涙出るほどの名作。こちらもその年のランキングで何かの空気に押し上げられ、結構いい順位に入ったので、読んだ人も多いのではないかと思う。なんかこれを読んだのがきっかけでノワールとかそっち方向に興味を持つ人も出るんじゃないか、と期待もできるような作品。誰が読んでもわかり感動できる物語だと思うが、なんかまたわからないとかいうのがぼつぼつ見られるのって、結局のところこの作品に「純文学ノリとイチャモンを付ける」などという発言を平気でしてるような救いようのない「評論家」みたいな連中の、狭量なミステリとは、エンターテインメントとはこうあらねばならない的な考えの悪影響なのだろう。例えば「純文学」ってところで言えば、阿部和重や円城塔のような、文学という尺度で当然にまず評価すべき作家に賞を渡すのに大揉めするほど、保守的な勢力がいまだに存在してるってことが問題なのだけど、こういうのもエンターテインメント論壇の保守化って問題なんじゃないの?市井の映画レビューの甚だしい劣化みたいなのもその表れの一つで、中心にいるのは前世紀終盤から勃興してきたサブカル連中なのだろう。エンターテインメントはこういう形でこういう風に楽しめるものでなければならいなどという形式はないし、ましてどんなバカでも頭を使わずに楽しめるものである必要もない。エンターテインメントは常に様々な可能性を試し、そして進化して行くものなんじゃないのか?この『東の果て、夜へ』は何か特別なスタイルで書かれているわけでもなく、特別な知識が必要な作品ではない。ただ何の先入観も持たずまっさらな気持ちでページを開き、主人公たちの旅を追って行けば誰でも感動できる物語である。くだらない先入観の植え付けやバカ先導しかできないんなら、そんなものは消えてなくなった方がいい。お前らそんなもんに一切利口にしてもらってるわけじゃなく、頭悪くされてるだけなんだよ。
こちらの解説も少々問題あり。と言っても北上次郎のような出鱈目じゃなくてとりあえず解説の体はなしているのだが、問題はなんか当然のように話を最後近くまで書いちまってるってこと。こんなのを当たり前にされちまったらうかうか作者の情報なども事前に読んどくこともできん。こんなのは昔から続く最低限のルールであるのでこういうのは強く抗議しておく。
さてデビュー作にしてこの驚くべく作品を創り上げたビル・ビバリーだが、現在のところ本国アメリカでも続く第2作は発表されていない。だが第2作登場の暁には、それなりの評判を呼んだ前作に続き、日本でも翻訳の出る可能性は高いと思われる。まあその時にはまた事故解説みたいなのを付けるぐらいなら、翻訳者か編集部による作者紹介ぐらいでいいんではないかと思うのだけどね。私的にはもはや延々アガサ・クリスティの広告でも良いのだが?

ビル・ビバリー/東の果て、夜への感想



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