2017年8月20日日曜日

Ken Bruen / A White Arrest -White Trilogy第1作!トム・ブラント登場!!-

遂に登場となりました、あのケン・ブルーウンのWhite Trilogy第1作『A White Arrest』であります!こちらDetective Sergeant Tom Brant and Chief Inspector James Robertsシリーズの第1作でもあるのですが、シリーズ4作目以降はInspector Brantシリーズとして出版されていたりして(出世?)、シリーズ名もちょっとはっきりしない。シンプルにTom Brantシリーズでもいいのかな。未訳ではあるけど、第4作の映画化作品『ブリッツ』は日本でも公開されているので、トム・ブラントでいいか。などと出だしの作品紹介からちょっと混乱気味ですが、『A White Arrest』始まりますです。


White Arrestとは何か?

警察官のキャリアの頂点である。 -サー・ロバート・ピール

それまでのクソを帳消しにするでかいやつ。 -ブラント巡査部長

舞台はロンドン・サウスイースト署。
物語はまずは女性警官フォールズと同僚ロージーのエロ話で始まる…。省略。

そして第2章。ジェームズ・ロバーツ警部の机の電話が鳴る。

「警部だ。」
「ジョン?あなたなの?あらまあ、そんな風に話してると重要人物みたいねえ。」

…ロバーツ警部の奥さんからである。
「ドライクリーニング、取ってきてもらえる?」
「そんなものは自分で行け!」

会話を終えた警部はすぐにまた受話器を持ち上げる。
「今、私の妻から電話があったが?」
「はあ、緊急ということでしたので…。」
「何度言ったらわかる?妻からの電話は絶対に繋ぐな!」

しばらくの後、警部はインターコムに向かって吠える。
「フォールズを呼べ!」
そして5分後、フォールズが現れる。
「仕事を頼みたい。」
「はい、警部。」
ロバーツ警部は机の上をかき回し、ピンクのチケットを集める。
「ランチタイムにクリーニングを取ってきてくれ。」
「はあ?…。」
ところでブラントの奴はどこに行ったんだ?

トム・ブラントは取調室で容疑者の若者を前にしていた。
お前のどにパックを食らったことあるかい?ああ、パックだよ。こいつは俺のアイルランド人としてのバックグラウンドでな。
そしてブラントの拳が男ののどに押し当てられる。
こいつがパックだ。デモンストレーションてのがどんな言葉よりも効果的って場合があるんだよ。お前が女の子をレイプしたって話を早く吐いちまえよ。

取調室の外でブラントの尋問方法に意見しようとした巡査の股間を鷲掴みにしたところで、フォールズが現れる。
「ロバーツ警部が呼んでますよ。」

その時、サウスイースト署管内では二つの連続殺人事件が起こっていた。
ひとつはドラッグの売人が殺害され街灯などに吊るされるという事件。
もう一つは自称”アンパイア”によるクリケット選手連続殺人事件。
上層部が早期解決をせっついてくるのは、マスコミの注目も集まるクリケットの方だ。
「クリケット?やったことがねえな。俺がアイルランドでやってたのはハーリングだ。」
「なんだそりゃ?」
「ホッケーと殺し合いの中間ぐらいのやつだ。」

しかしこのサウスイーストも最近落ち目だ。ここらでひとつでかいやつ、ホワイトアレストを決めねえとな。


シリーズ全体については先を読んでみないことにはわからんのですが、少なくとも、今作についてどんな作品かと問われれば、断言する。ケン・ブルーウン版87分署である!
まあこの『White Trilogy』の序文でも87分署へのオマージュが語られていることからも明白で、何も私が発見したとかいうものでもないのだが、日本には87分署のファンが大変多くもちろん私もその一人であるゆえ、強調しておきたい。これはブルーウン版87分署である!
この作品の主人公はトム・ブラント巡査部長である。しかしそれは87分署の主人公が本質的にはスティーブ・キャレラであるのと同様の比重で、犯人をも含む様々なキャラクターの視点による短い章が入れ替わるという87分署のスタイルを踏襲した形でこの作品も書かれており、同様の効果を表している。明らかにブルーウンは自分の87分署を作るという意図でこのシリーズを始めている。それゆえのあの長ったらしいシリーズタイトルだったりもするのでしょう。
そして、ブルーウンの87分署愛は作品中にも表されていて、主人公ブラントは87分署の熱烈なファンであり、ジャックさんがブルーウンの好きな本を語るのと同様な感じで87分署について熱く語るのである。ブラントは拾った老犬が禿げているのでただちにマイヤー・マイヤーと名付けるほどの87分署ファンで、もちろん自宅には87分署のコレクションもあるのだが…。
上にも書いた通り、私は87分署を心から愛する者の一人として、この『A White Arrest』をブルーウン版87分署として大変楽しく読みました。感想も何もあるか、ケン・ブルーウンで87分署だよ、こんな作品が素晴らしくないわけがないだろう。87分署のファンがこれだけ多く、全作品が翻訳されているこの国でこのシリーズが未訳などというのは遺憾としか言いようがない。もしこの作品が「87分署と比較するに値しない」などと言い出すタコ野郎がいたら、そんなもんはただ87分署が名作だと言われてるから読んでるだけの奴で、そーゆーのにとって名作というのはそっちの権威がお墨付きを着けて初めて名作となるというような考えのものだ。その作品が名作かどうかなんて読んだ個人が決めればいいんだよ!人の意見に追随してるだけでエラソーなこと言うなっ!ちなみについでにこの機会に言っとくが、書評家や読書のプロどもが何百人「ミステリとして」こき下ろそうともパコ・イグナシオ・タイボ2世の『三つの迷宮』(最近出た日本のやつじゃねえ!)がメキシコという国の一つの真実を内側からあまりにも鮮烈に描いた鈍器のような名作である、という私の感想は一切揺るがん!でもきっとこれを87分署のパロディとか言い出すおっちょこちょいもいそうだな…。だから日本で出ないんだよね。やっぱり日本はケン・ブルーウンのような偉大な作家が翻訳されるに値しない国なんでしょうね。

ここで一つ、ちょっとネタバレの危険性があることを警告しつつ書くのだが(こういうのをネタバレと解釈する人も世間にはいるのだろうから)、この作品も他のすぐれたブルーウン作品同様、事件は捜査や主人公たちの推理や知力などといった方法では解決しない。文句あるかっ!まあその辺が上のような値しない人の発生が予想されるところなのだけど。まあそろそろ確信をもって言っていいのではないかと思うのだけど、ケン・ブルーウンというのは、事件を解決するような知力や生活習慣(もうそのレベルだろう)も持たない人たちを主人公にして、そういう形によって事件が解決されないというミステリ作品を書く作家なのだ。そしてその作品は常にユーモアに満ちているが、事件の解決であったりその結末は常に重く、ユーモア・ミステリというジャンルとは完全に一線を画している。もはやケン・ブルーウン作品はケン・ブルーウンという独自のジャンルなのだよ。一昔前だと、ケン・ブルーウンはトリックを作れない、とか真顔で言ってくるやつとかいそうだね。今でもいるのかな?やっぱりこの国はケン・ブルーウンのような偉大な作家が…(書く気力も出なくなっちまったので以下略…。)。

そしてシリーズ第4作の映画化作品である『ブリッツ』についてであります。実はこれずっとまだ観ていなくて原作を読んでからにしようかな、と漠然と思ってたりもしたのですが、やっぱりこれを書く以上観とかんといかんかなあ、と思いつつ、まあブラントは明らかにステイサムのはまり役で、読んでる時点でステイサムがどんな感じに演じてるかも見えちゃうぐらいでステイサムで決まりでいいじゃん、と紆余曲折を重ねた末、結局無駄な責任感にかられ今回観てしまいました。…で、少し後悔…。これシリーズの今後の展開についてかなり重大なネタバレしてんじゃん…。まあこれを読んでる多くの人はすでにこの映画を観ていることだろうと思いますが、もし未見でこれからこのトム・ブラント・シリーズを一から楽しもうとお考えの人がいるなら、絶対にこの映画はシリーズ4作目『Blitz』を読むまで見ないことをお勧めします。常々作品で重要なのは結末だけじゃないという考えを表明し、多少のネタバレは気にしない私が重大なネタバレと言ってんだから本当に重大なんだよ。まったくブルーウンという人はこのくらい平気でやっちゃう人だからなあ…。で、まだ観てないラッキーな人のために言っておくと、ステイサムは本当にイメージ通りのブラント。ハーリングのラケットをぶん回すシーンもあり。そういえばジャックさんもこのラケットを武器に携えていく場面あったねえ。ちなみにスコットランド野郎Ray BanksのCal Innesの武器はクリケットのバットでした。あっち方面のスポーツマンは暴力的だねえ。というより暴力マンがスポーツ的なのか。女性警官フォールズもイメージ通り。ロバーツ警部に関してはこっちにあまり具体的イメージがなかったのでこんな感じなのか、と再認識。というようなことになってますので、安心して第4作を読んでから観るのを楽しみにしてください。で、後悔がなぜ少しかというと、これがまた大変すばらしい作品だったからです。実際そっちの原作を読んでいないので確かではないけど、このシリーズ第1作を読んだ印象で言うと、このシリーズ、ケン・ブルーウン作品としての映像化再現度はかなり高いのではないかと思う。ちょっと未消化に見えるエピソードも含めてかなりの部分シリーズ半ばの作品のままとして原作にもかなり忠実なのではないかと推測されます。まあそんな原作と照らし合すなんてことを除外してもこの映画本当に素晴らしい。とりあえずこの段階でも私の評価としては原作付きハードボイルド/ノワール映画の新たな傑作のひとつぐらいに入れちゃって全然問題なしの作品でした。でこの作品の世間的評価がどうかというと、そんなの全然調べる気も起らんよ。こっちがうっかりでも本当に楽しく観た映画なのにわざわざ水を差すような感想を検索する気にもなれんわ。本当は他の人の意見から自分の気付かなかったり知らなかったりする観点を見つけられるというものなのだろうけど、今どきの映画についてっていつまでたっても「辛口」気取りで欠点をあげつらってりゃ映画通に見えると思ってる幼稚な言いたがりが多すぎて、なんかほんとに救いようのない状況だから。なんか「警察も犯人も頭が悪すぎる」とか言ってる奴いそうだねえ。頭が悪いやつが主人公で何が悪いの?これはそういう作品なんだよ!アンタが頭の悪いやつの出てくる映画が嫌いというのは勝手だが、こちとらも頭の悪いやつが狭量な考えで優れた作品をぶった切ってるなんてのを見るのが心底嫌いなんだよ。とりあえず私の中でこの映画の評価がいくらかでも下がるという可能性は、原作の第4作『Blitz』がさらに素晴らしかった場合だけである。もちろんなんと言ってもケン・ブルーウンだからねえ、その可能性がないわけではない。とりあえずこの映画については第4作『Blitz』を読んだその時にまた。

というわけでケン・ブルーウン作、トム・ブラント・シリーズ第1作にしてWhiteトリロジー第1作『A White Arrest』。よもやブルーウンに駄作があるなどと疑いもしなかったわけですけど、やっぱり予想通りの本当に楽しめる傑作でした。そしてこちら3部作の第1作ということで、明らかに続く、の感じで終わっております。続く第2作『Taming the Alien』がどんな展開になるのか楽しみです。まあこちら春先ぐらいには、と予告していたのがすでにここまで遅れているのですが、この第2作何とか秋のうちには…。にゃんとか頑張るよう。以前にもお伝えしました通り、このトム・ブラント・シリーズの第1作~3作は、現在は3作まとめた『White Trilogy』という形のみで刊行されているようです。Kindle版は現在日本からは購入できませんが、電子書籍ではKobo版は日本からでも購入できます。トム・ブラント・シリーズは1998年の今作から始まり、現在2007年発行の第7作『Ammunition』までが刊行されていますが、中断中なのか完結しているのかは不明です。とゆーか読むのを楽しみにしてるのだから調べるつもりもないし、このシリーズはトム・ブラントの死をもって終わるであろうみたいな予想をするつもりも、どこそこがピークであるみたいなつまんないことを言うつもりも毛頭ありませんので、あしからず。

■Ken Bruen/Tom Brantシリーズ

  1. A White Arrest (1998)
  2. Taming the Alien (1999)
  3. The McDead (2000)
  4. Blitz (2002)
  5. Vixen (2003)
  6. Calibre (2006)
  7. Ammunition (2007)


【その他おしらせの類】
遂に、あの現代ノワール最強作家にして無冠の帝王!Anthony Neil Smith先生の、こちらで何度となくタイトルを挙げていました『Castle Danger - Woman on Ice』が発売となりました!The Duluth Files Book 1!知らんという人のためにもう一度説明するのだが、この作品元々はドイツの出版社が出したOolipoという新タイプのリーディング・アプリのために書かれたもの。Oolipoというのは小説のテキストにサウンドや画像、ちょっとした動画も加えて演出した新たな読書体験を目指す画期的なアプリケーション、…だったわけですがちょっとその後行き詰ってる様子…。そんなわけでOolipoでのリリース後に出るはずだったこの作品がやっと日の目を見たというわけです。まあこっちの出版予定としてはそれほど遅れていなかったのかもしれないが。版元はドイツのBastei Entertainmentで、ドイツ語版も同時リリース。現在はKindle版のみが出ております。内容としては以前からのSmithさんの話によるとツインピークス方向のもので、これまでの作品に比べバイオレンスは抑え気味だということです。Oolipoでどんな感じになるのか結構期待していたのだが、まあ仕方ないのでこちらを読むことになると思うのですが、ちょっとまだ色々読まなきゃというのがあって、もう少し先か。しかし第2弾『Castle Danger - The Mental States』も10月発売が予定されているのであんまりもたもたしていられないか。とりあえず、今回はみんな読んでね、という宣伝です!そりゃあ私はSmithさんの作品を広めるためにこのブログをやってるようなもんなんだからねっ。
あとついでのようで悪いのだが、このBastei EntertainmentではあのDouglas Lindsayの新シリーズも11月から始まるらしい。まだAmazonの方では予約も始まってないようだけどLindsayさんのブログによるとシリーズ2巻が続けて出るようで、こちらも多分Oolipo予定だったのではないかと思われます。Blasted Heathつながりだしね。こちらについてもまた続報がありましたらお知らせします。いやまずBarney Thomsonの続きを今度こそ読まねば。つーわけでなかなか『Castle Danger』にも取り掛かれないんすよ…。

赤ちゃんばかりの国ってど~こだ?乳児ーランド!しかし、ニュージーランドに住んでるのが乳児ばかりではないことを我々に知らしめたのが、『清掃魔』、『殺人鬼ジョー』(こっちまだ読めてない、ごめん)のポール・クリーヴであろう。前にどっかでオーストラリアの作家と間違えて書いちゃってすみません。そーゆー雑なのって本当に失礼だよね。反省してます。で、そのポール・クリーヴなのだけど、前に他のも読めるかな、と思って調べたらKindle版とか微妙な値段で、いつかペーパーバックでも買おうか、と思ってそのまま放置していたのだけど、最近たまたままた見てみたら、秋にMulholland Booksから800円ぐらいのいくらかお手頃な価格でまとめて出ることが判明しましたのでお知らせします。ちなみにこちらは第2作『The Killing Hour』。みんなももちろんクリーヴさんのいかれた小説もっと読みたいよね!まあとにかく私はせっかく翻訳も出てるので、早く『殺人鬼ジョー』を読まなければならんのだが。ん?アマゾンで星が一つか二つ?そんなの果てしなくカンケーねえよっ!
あとマルホからもうひとネタなのだが、こちらは結構前なので知ってる人もいるかと思うけど、あの昨年翻訳された犯罪アクションの大傑作ながら、日本版版元の早川書房までがおなじみ○○の一つ覚え「マーク・グリーニーとくらべれば」で出版するという大変不幸な紹介をされたクリス・ホルム『殺し屋を殺せ』の主人公マイクル・ヘンドリクスが登場する『The Approach』という短編がMulholland BooksからeBookオリジナルで出ているのだが、こちらKindle版のみならずKobo版までが日本からは購入不可…。なのだが、最近これがiBooks版では購入可能なことを発見いたしました!実はiBooksって昔280 Stepsが健在な頃日本で買えないのを調べてみたときに、なんかリンクが上手くいってなかったのかこっちの手順が間違っていたのかでうまくいかず、やっぱりアプリと同じで日本で発売されてないのはダメなんだろうな、みたいな思い込みでそのまましばらく見てなくて、その後割と最近試してみたら、なんだ280 StepsのEric Beetnerとか買えるじゃん、次280 Stepsの事書くときちゃんと書かねば、と思ってたところで…、という次第だったのでした。多分私の何かが間違っていたのだろうが、iBooksの方で何か変わったという可能性もあるのだけど、その辺については不明。まあ、単純に説明すればKindleも買えなくてKoboも出てないけどパブリッシャーのサイトにはiBooksって書いてあるなあ、みたいなときはiOSを使っている人はiBooksのアプリで検索してみると見つかる場合もあるよ、ということ。えーっと、まあ私も一応アマゾンのアフィリエイターなのであんまりこういうこと書いちゃまずいのかな?でも電子書籍全体の発展がKindleの躍進にもつながるはずなので許してくれるよね…。とりあえずは昨年既に続編『Red Right Hand』も出版されていて、もしかしたら日本でも今度はちゃんとした形で出版されるのでは、というかすかな期待も残るクリス・ホルム、マイクル・ヘンドリクス・シリーズなのだが、それまでiOSをお使いの方は、こちらを読んでしばし待ってみてはというところです。しかしこの手のアプリの事って、出たばかりの時は新し物好きのおススメ本と言えば定番のジョブズのアレみたいな人が競うように書いてんだけど、いざ実用になって進んでる今のことになるとさっぱりで調べても全然見つかんないという状態だったりもするので、こんなもんの適当な情報でもいささかなりとでもお役に立てばと思うので、なんかあったらなるべく早く書くようにしますですよ。あ、マルホの他の日本で買えないeBookオリジナルも買えるかもしれないよ。

そして以前チラッとお知らせした『Down & Out: The Magazine Volume 1 Issue 1』が遂に発売!…こちらについてはまだ全然見てなくて内容については不明…。ごめん。えーっと、コールマンのモー・プレガーの新作短編が載っているのは確かで、他にもおなじみの名前が色々と並んでおります。うーん、これぐらいは何とかしなきゃと思うのだが…。あと、Down & OutさんはAnthony Neil Smith先生の復刊が遅れてるので早く出してね。
あと結構前にアナウンスされてその後ポシャったかと思われていたヴィクター・ギシュラー『拳銃猿』のリー・ゴールドバーグ脚本による映画化なのですが、最近ゴールドバーグにより自身のフェイスブックにテスト・フッテージがあげられたそうで、まだ進行中であることが判明。ギシュラーのツイッターからのまた聞きで、現物を見てないのであんまりはっきりわからないのだけど、出てる役者も実際の映画に起用される人ではないぐらいの段階のようです。監督ももう北村龍平じゃないのかな。とにかくちゃんと映画化されるといいですね。早川書房よ名作復刊の準備だ!あ、Kindle版あるの?

今回はあんまりお知らせないと思って、一旦はなしでいいかと思ったのだけど、ああ、あの事書いとかなきゃと思い出して書き始めたら、意外と色々ありました。どうにも読むペースも書くペースも遅くてあんまりたくさん紹介できないので、いくらかでもお役に立てばと思います。どうもここのところ割と有名どころが続いていて、本当はもっとDown & OutやPolisあたりの日本未紹介を推して、更に出てきたばかりのこれからっていうのについても色々書いて行きたいと思うところなのですが。前回コミック方面でも色々と罵りまくってしまったので、もうちょっと抑えなければな、と思ってはいたのだけど、今回も敬愛するブルーウン作品ゆえまたしてもかなり口汚くなってしまったよ。でもさあ、読書のプロあたりが「最近の若い人は翻訳作品が読み難いと言いますが」なんてぬるいこと言ってるから開口一番「よみにくい」とか言ってママがおかずにピーマンをいれるのがわるいレベルの事で感想になると思ってる「最近の若い人」がはびこるんじゃないの。挙句の果てには読み難い理由までもっともらしくこね回してるのもいるけど、オメーの頭が悪いって可能性は考えないの?そもそも根気や努力が足んねーんだよっ。ってゆーような全く話も通じないいきなりハーリングのラケットぶん回す○○○○も必要なんじゃないの?とも思うのだけど。ただね、SFってのはギブソンが読めないのを翻訳のせいにするレベルの読者を取り込んできたからこそ今グレッグ・イーガンの翻訳が出るのだよな、と時々思ったりもするのですよね。昔スーサイドって開演と同時に出口に鍵をかけて誰も逃げられないようにしてから客を殴りながらライブしてたって聞いたことあるけど、まあこれもそんなものだと思ってあきらめてください。どんないいわけだよ。お盆に頑張ろうと思ってたのだけどあんまり進まなかったな。休み前日、仕事終わりに「明日からお休みだーい」と浮かれて隣の駅まで散歩したら疲れて帰って夜中にゲロ吐きそうになりました。大変虚弱。ではまた殴りながら面白い本について語るのでよろしくね。


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Magdalen Martyrs -ジャック・テイラー第3作!-

The Dramatist -ジャック・テイラー第4作!-

Priest -ジャック・テイラー第5作!-


■Ken Bruen/Tom Brantシリーズ



■Anthony Neil Smith/The Duluth Files



■Paul Cleave未訳作



■Down & Out: The Magazine



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2017年8月5日土曜日

Rob Davis / The Motherless Oven -2015年British Comic Awards、Best Book賞受賞作!-

『未来世紀ブラジル』という映画を批判しているつもりではないのだろうけど、わけのわからない映画、というような言い方をする人がいて、それについてはちょっと違うんじゃないかなあ、と以前から思っています。あの映画は登場人物は我々と変わらない人間なのだけど、明らかにこの世界とは違う世界に住んでいて(20世紀の地球のどこか、と説明されてはいるが)、ちょっと違うルールで生きているのだけど、どういう理由で世界がそんな風に変わっているのか、というような我々の住む世界との関係が示されていない。でもストーリーの方はいたって明快で、現実の部分と幻覚だったり夢だったりする部分ははっきり分けられていて、そこが混乱したつじつまの合わないシュールなものというわけではない。つまりわけがわからないと言われてしまう部分は、実は我々の住んでいる世界と物語の中の世界の関係性だけで、とりあえずはそこを無理につじつまの合うものにしようと考えなければ、全くわけのわからない映画などではないわけです。今回のイギリスSelfMadeHero発行のRob Davis作のコミック『The Motherless Oven』もそういう物語です。

舞台となっている風景は、多分イギリスの郊外ぐらいの普通の町なのでしょう。主人公はScarper Leeという少年。なんか常に胃の具合でも悪いような表情の、ギョロ目の特に美形でもない少年。そこらにいそうな主人公に、そこらにありそうな風景。だがこの世界は我々の世界とはずいぶん違っている。まずScarperの両親は彼と全く姿が違っている。彼の母親は、一応人間の形だけを示すように作られた手足や頭のある抽象的なオブジェのよう。父親に至っては全く人間の形とはかけ離れた巨大な機械のようで、現在は少し精神を病んでいるようで、勝手に外出しないよう納屋に鎖でつながれている。彼の両親は特別なわけではなく、この世界の子供たちの両親は大体同じような組み合わせになっているようである。彼の世界では台所のタイマーのような小さい機械が生き物のように話し、それらは「神」と呼ばれている。ただし、住人や他の「神」と会話をしたりするわけでなく、勝手に喋るだけである。テレビやラジオといったものはないが、毎日曜日の「Wheel」(輪と訳すべきか車輪と訳すべきか?)というものを観るのが習慣になっている。半ば啓示半ば娯楽なのだろうか、という感じで毎日Scarperはこれを観ているようだ。作品内の一日の始まりになるページで黒い背景の上に(この作品は白黒)同じモチーフを繰り返す宗教/呪術的な工芸品のような輪として描かれ、啓示的にも見える文章が白字で書かれている。昔の箱型のテレビのようなものの前でこれを観ている場面も描かれるが、具体的にどう表示されているかは描かれない。

そしてこの奇妙な世界では子供たちの死ぬ日が定められている。それぞれに決められたその日までは何があっても死ぬことはないが、その日には確実に人生が終わる。そしてこの主人公の少年Scarperの寿命はあと3週間になっている。

この世界の気候は基本的には我々の世界とそれほど変わっていないのだが、時折ナイフが降る。その時刻はあらかじめ告げられ、住民たちは家から外に出ない。
そしてそんなナイフの降る夜からこの物語は始まる。

Scarperは居間で水曜日のWheelを見ている。傍らでは校医から渡されたGazetteが彼の少し前の言葉を繰り返している。彼の言葉を繰り返し、録音しているらしい花瓶のような形の物。死期が近づいた子供に渡されるらしい。そして玄関のチャイムが鳴る。Ding Dong

母親に促され、玄関のドアを開けるScarper。そこにテーブルを傘にしてナイフの雨の中立っていたのは、最近Scarperの学校に転入してきた少女Vera Pikeだった。

Veraは転校初日からその常に薄笑いを浮かべた挑発的な態度でScarperやその親友Peterのグループから反感を買っていた。Scarperの父親が町で一番巨大だと聞きつけ、そのうち見に行く、と言っていたのが、このナイフの降る夜に現れたというわけだ。
ナイフの降る中追い返すわけにもいかず、彼女を家に入れるScarper。そして納屋で鎖につながれたまま眠る巨大な機械の父親を見せる。

やがてVeraは学校内で事件を起こし、問題児のクラスに編入される。しかし、自由時間になると現れ、死期の迫るScarperに何かとちょっかいをかけてくる。やがてVeraは自分のクラスで知り合ったCastroという少年を連れて歩くようになる。Castroは"Medicated Inference Syndrome"により耳にダイアルのついた機械を着けていて、普段は感情のないような少年なのだけど、そのダイアルを動かすと何かが壊れたようになり喋り方もおかしくなる。というよりは時々そういうヤバい状態になるとそのダイアルで調整してまともな状態を保っているらしい。そして彼には前述の台所のタイマーのような「神」を修理する能力があり、ScarperはそんなCastroに興味を持ち始める。

その数日後、突然Scarperの父親が納屋から失踪する。
そして、ScarperはVeraにそそのかされるようにCastroを加えた3人で学校を脱出して、父親探しの旅に出かける…。



彼らの通う学校は、日本と同じように制服を着たイギリスの公立学校のようだが、授業時間中は生徒が学校から抜け出さないように校庭にライオンが放たれていたりもします。3人は昼休み直後の隙を見計らいかなり危険を冒して学校から脱出することになります。そして所々で情報を集めながら、Scarperの父親が向かったと思われる"Motherless Oven"を目指し、夜は屋根の上とかで寝たりしながら徒歩で進んで行きます。そしてScarperの死ぬ日も刻一刻と迫ってくる。果たしてScarperと奇妙な友人たちの運命は如何に?

なんとも奇妙な世界の物語なのだけど、そこに生きる人にとっては当たり前の世界で、そのルールに沿って生きているわけで、そしてその世界で押し付けられた運命に立ち向かう少年少女の姿は、我々のこの世界でのものと同様に胸を打つものである。本当に素晴らしい作品でした。何とか自力でこんな作品にたどり着ける時代になって本当に良かったなあと思うのですよ。

ちょっと最初に話を振った感じなのだけど、近年の日本ではなんだかちょっとでもわからないような作品に対し、あたかも自分の頭の悪さに対する攻撃とでもみなすような感じで、過剰に攻撃するような傾向があってやな感じである。例えばゴダールの映画が分かりやすいストーリーを構成していないから、自己満足と決めつけて自己満足に浸ってるようなヤツ。結局のところは「この○○は○○を表現している」みたいな回答欄に書くような明確な一つだけの答えがあるという思い込みによる前提で、こ奴らは本当は俺と同じくらい頭が悪いのにかっこつけてわざと難しくしているみたいな思い込み。そんなわけないじゃん。結局はまあ主に団塊世代あたりのより難しいものをより難しい言葉を使ってより難しく「解釈」するのがカッコイイみたいなのに対する反動から起こっているのだろう(例:チャーリー・パーカーは難解である。)。無意味に難しい言葉で語ろうとする輩をバカにするのは結構だし、そんなものが幅を利かせる時代も終わっているのだけど、まだ「解釈」するのはカッコイイみたいな考え方だけは残っていて、それで前述のゴダール自己満足みたいな「解釈」をして「おおさまははだかだ」みたいなことを言ってるつもりになっているのが跋扈しているというわけなのである。まあまたこんなことを延々と本文より長く書いてしまうのもなんだし、こんなところまで来てくれてる人には自明の事とは思うのだけど、やっぱすごい不満だったりするのでちょいと愚痴みたいな感じで書かせてもらいました。あと最後に一つだけ言わせてもらうと、世間ではゆとり世代みたいなのをいくらでもバカにしていいような風潮になってるのに、なんでマンガ、小説、映画、絵画、音楽、その他諸々の創作物に関しては一番頭の悪いラインに合わせて、円周率を3で鑑賞しなきゃならないわけ?皆さんもそう思うっしょ?

私自身に関しては、ゴダール映画の多くについては「解釈」も説明もできんけど、少なくとも常に何か画面から目をそらさせないようなものがあって、とても全部観てるというようなものではないけど、多くは好きで繰り返し観ている。でも『去年マリエンバートで』はなんかのめりこめないものがあってそんなに好きじゃない。あとカッツィ3部作は解説されてるようなテーマに沿って観るのは面倒だけど、観てると純粋にある種の快感があるのでとても好きである。とかその程度。で、この『The Motherless Oven』を目の前で開かれて、このナイフが降るというのはどういう意味があるのだ、と問い詰められたら、そいつの顔面にパンチをくれてとっとと逃げる。知らねーよそんなの。でもどうでしょうか?上のVeraがテーブルを傘にしてナイフの雨の中立っている画像(申し遅れましたが今回の画像はすべてSelfMadeHeroのウェブサイトのプレビューからお借りしております。)。この素晴らしいワンカットを見てこんなマンガぜひ読んでみたいと思った人も多いのでは?コミック=マンガというのはまず画なのだ。そこに難解だったり哲学的だったりする意味が含まれていれば価値があるのではなく、意味など把握できなくても心惹かれる画があればそれで読むべき価値はあるのだ。もしかするとRob Davis本人に聞けば、それぞれの意味を場合によってはフロイト/ユングなんかも引き合いに出して説明するかもしれない。だが、繰り返すがコミック=マンガはまず画なのだ。このナイフの雨の中テーブルを傘にして立ってる少女という鮮烈なイメージが頭に浮かび、そこから話を拡げて作品を作り上げた、ってことだって十分にありうるし、それだって作品の価値は全く変わらないのだ。私は見たこともない不思議なものが好きだ。この作品はそうした不可思議なもので満ちている。そしてそこにはそんな世界で生きる少年少女の冒険物語があるのだ。こんな作品が素晴らしくないわけがない。たとえ「解釈」も説明もできなくても私はこの作品を心から楽しく読んだのだ。それでいいんじゃないの?本当にこんな作品に出会えてよかったと思うのですよ。

そして更に、この作品実は3部作になるそうなのであります。そしてその第2部『The Can Opener’s Daughter』は今年2月に既に発売されており、こちらは今作に登場した謎の多い少女Veraの物語となっているそうです。大変楽しみで早く読まねばと思っているところ。今作後半では、この奇妙な世界に何かの秘密があることの片鱗がほのめかされているようにも思う。もしかしたら3部作の最後にはその秘密が明かされるのかもしれない。しかし、例えば前述のこういうものをまず訳が分からない、ととらえるような人たちはその秘密が明かされることによって物語が完結すると考えがちだが、必ずしもそういうものであるわけではない。要は物語がそこに向かって描かれているかということなのだけど、それも大抵は最後になってみないと分からなかったりするものである。その秘密が明かされることもあるだろうし、曖昧なまま終わるという可能性もある。しかし、もしそれが完全に明かされたとしても、それが作品の「答え」というわけではなく、そしてその内容によってのみ作品全体の価値が判断されるというものではない。くどくどと回りくどく何を言ってるかというと、例えばこれが最後に未来の荒廃した世界かどこかへ向かう宇宙船で冷凍されている人たちが共通で見せられてる夢でした、とかいうことになると、自分の知ってるやつだからああそれね、と途端に高飛車になって雑に感想言い始める類いに釘を刺してんだよ。この第1作が大変優れた作品であるという私の感想は確定しており、それはもう揺るぐことはない。これに続きがあることを心から喜び、次の作品を読むのを楽しみにするだけである。



作者Rob Davisは1990年代からまず自費出版からコミックの世界に入り、2000ADやDoctor Who Magazineなどでも仕事をしていたそうです。そして2011年に後にアイズナー賞にもノミネートされる『Don Quixote(Volume1)』を発表。あ、ちなみに今回の『The Motherless Oven』も同賞にノミネートされています。『Don Quixote』は2011年にVolume1、2013年にVolume2がSelfMadeHeroから出版され、のちに『The Complete Don Quixote』としてまとめられています。その後、2014年に発表されたのが今作『The Motherless Oven』で、最新作が前述の『The Can Opener’s Daughter』となっています。
版元SelfMadeHeroについてはパブリッシャーとしての規模など、結局よくわかっていないのだけど、出版形態としてはグラフィックノベル中心のようで、かのIan Edginton/I.N.J. Culbardコンビによるシャーロック・ホームズ・シリーズやI.N.J. Culbardのラブクラフト作品なども出版しているところです。他にも色々と魅力的な作品は多そうなのだが、ちょっと作者、作品などを挙げられるところまでたどり着いていないところで申し訳ない。とにかくイギリスのコミック・シーンの中では欠かすことのできない存在であるのは確かでしょう。

そしてこの作品、タイトルにも挙げました通り2015年のBritish Comic Awards、Best Bookを受賞しております。同年Best Comocを受賞してるのはAvery HillからのTim Bird「Grey Area: From the City to the Sea」。(ちなみに大雑把に言うと、Best Bookが長編、Best Comicが短編への賞らしい。)こちらのGrey Areaシリーズも観察コミックというようなジャンルの素晴らしい作品で、近いうちにこちらに書くつもりです。というか、単行本の最初のを割と早く読んでしまったのだが、こんなにいいのをあまり早く読むのはもったいないといつもの病気が出て止まっていてしまっていたりするのだが…。と、いずれも優れた作品に光を当て、イギリス・コミックの実力を示してくれている素晴らしい賞なのだが、実はこの2015年を最後にストップしてしまっているのだ…。なんでもこの賞、しばらく休眠状態にあったものをイギリスのコミック作家Adam Cadwellが中心となり、2011年に復活させたものらしいのだが、ボランティア的な活動にも限界が来て、昨年からは受賞作を選出できなくなってしまっているそうです。大変残念なことです。しかし、つい先日イギリスのコミック・ニュース・サイトBroken FrontierにAvery Hillの Ricky Millerが「Why We Still Need a British Comic Awards – Avery Hill Publishing’s Ricky Miller Discusses the Lack of UK Awards Recognition and Just Why They Are so Vital to the Industry」という一文を発表し、British Comic Awardsの必要性を強く訴え、こちらにはあの2000ADや、英国コミックを代表するパブリッシャーの一つであるMyriad Editions、新進気鋭のGood Comicsからも賛同のコメントが寄せられています。私としてもいくら距離は近くなったと言ってもやはり遠いイギリス、沢山出版されどれも面白そうなものからどれを読めばいいかの手掛かりもなかなか見つからず、こういう賞が無ければこんな優れた作品でもなかなか出会えなかったかもしれない。British Comic Awardsには本当に感謝しており、何とか復活してもらえないものかと心から願う者の一人であります。

Broken Frontier : Why We Still Need a British Comic Awards – Avery Hill Publishing’s Ricky Miller Discusses the Lack of UK Awards Recognition and Just Why They Are so Vital to the Industry

今回はイギリスのコミックの話だし、Avery Hillの名前も出たのでついでにお知らせ。あのTillie Waldenさんの最新作『Spinning』(2017年9月12日発売予定)の予約がすでに始まっております!なんとこちらは現在KIndleでプレビューも出ております。Tillie Waldenのこれまでの作品の中でも最長のものになるということで、彼女の初期の代表作にもなるかもしれない重要作!まだの人はただちに予約すべし!あ…あんまり増えるとワシんとこに届かなくなるかもしれんのでほどほどに…。もはや世界注目だからなあ。なんだか以前はあんまり時間のないところであまりの感動に衝動的にちょっと雑に書いてしまったのだが、次はもっとちゃんとやるよ!ああ、でももったいなくてまだ読んでない前の作品も…。


夏バテでしゅ…。今回はなんだか最低限意味を成すぐらいに文章を構成できる気がしなくて寝ちゃった日も多かった気もする。まあいつもながらオレだけに通じるオレ語で書いてる私ですがね。色々と考えていることを書こうと思うとちゃんと週1でやらなければ追いつかないのだが、最低限の隔週もクリアできず…。しかしまあ以前に比べて1回の文章も長くなってるしね。このブログも3年を超えて老齢化しているので、年寄りの長話になるのもやむを得ないとこなのでしょう。年寄りを本当に若返らせる方法と警官にさよならを言う方法はいまだに見つかっておらんのだよ。まあ今回は随所に色々と余計なことを書いてしまったのですが、コミックの方ではあんまりやらないようにしようとは思っているので気を付けるよ。今回に関しては色々やっちまったので、もう一つついでに付け加えさせてもらえば、もしかしてこういう作品を取り上げたことでコイツ「芸術」に走り始めた、などと思う向きがいるようならはっきり言っとくが、所詮エンタテインメントが「芸術」より上だなんて思ってる奴は、「芸術」がエンタテインメントより偉いと思ってる奴と同じレベルのアホなんだよっ!思い知れっ!

Rob Davisホームページ/Dinlos and Skilldos

SelfMadeHero


British Comic Awards



●Rob Davis




●Tillie Walden最新作、まもなく発売!


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2017年7月16日日曜日

Joel Goldman / Motion To Kill -ルー・メイスンシリーズ第1作!-

今回はシリーズ第2作『The Last Witness(邦題:プライベートファイル)』が小学館文庫から翻訳されているジョエル・ゴールドマンのルー・メイスンシリーズ第1作『Motion To Kill』です。
えーと、この作品についてですが、実は第2作が翻訳されているというのを知らないで読み始めました…。まあとにかく米Amazonのハードボイルド・ベストセラー・ランキングでは常連のジョエル・ゴールドマンであり、後で書く事情もあってとにかく早く読んで書かなければ、と思って読み始め、50ページぐらい進んだあたりだったかでもう少しゴールドマンについて調べとこうと思って検索したらすぐに件の翻訳が見つかったというわけです。一瞬ありゃ翻訳出てるのを読んじゃったかな、と思ったのですが、よく見てみたら2作目のやつでホッとしました。まあ毎度この手が多いボンクラで、それにしてもスウィアジンスキーに関してはいまだに謎なのだけど、これについては仕方がない。何しろハードボイルドなんて一言でも書いたら売れなくなる、と言わんばかりにひたすら「リーガルサスペンス」と主張しているのだからね。ところでもしかしたらこの『プライベートファイル』を読んだ人の中には、第1作?と首をひねっている人もいるかもしれない。というのはこの翻訳書、これが2作目であることも書いて無く、第1作についてはほとんど触れてもいないのです。その辺の事情についてはちょっと思い当たることもあるので後述するが、とにかくこちらがルー・メイスンシリーズ第1作『Motion To Kill』であります。

ではまず主人公ルー・メイスンについて第1作開始の時点の経歴について軽く書いておきましょう。カンザスシティ産まれのユダヤ系、年齢は30代後半。子供時代に両親を亡くし、叔母の人権弁護士クレアに育てられ、自らも弁護士の道を目指す。学生時代からの恋人ケイトと結婚するが、現在は離婚。趣味は学生時代からやってるラグビー。アマゾンで2作目の方で、これはアメフトの誤訳ではないかと言ってる人がいるけど、はっきりとラグビーと書いてあります。私もアメリカでは珍しいと思ったけど、もしかしたらゴールドマン自身がやってたとかでこだわりがあるのかもしれない。
ロー・スクール卒業後、まずメイソンは事故専門の法律事務所に入る。いわゆる救急車の追っかけ屋と言われるようなところ。そこでハイスクール時代の同級生トミーの事件を手掛けることになる。一旦は和解金の提案がありメイスンもそれを受けるように勧めるのだが、のちに上司が裁判を続けた方が大金が手に入るとトミーを説得し裁判を続行、そして敗訴という結果に終わってしまう。そういったスタンスへの反感もあり、メイスンはその事務所を辞めることになり、そこで学生時代からの友人スコットからの誘いで大手法律事務所サリヴァン&クリステンスンの一員となる。
そして3か月後、メイスンは事務所のトップリチャード・サリヴァンとともに、事務所の最重要顧客であり、出資者でもある連邦検事から起訴中の実業家ヴィクター・オマリーの事件を手掛けていた。2日前、サリヴァンはメイスンをランチに誘い、その場でオマリーに不利となる書類を破棄するように持ち掛ける。拒否するメイスンだったが、同時にもはやこの事務所にも留まれないことを覚悟する。そして、週明けにはこの事務所を去ることになることを考えながら、南ミズーリ、オザーク湖畔バックホーンリゾートでの事務所の週末の静養に参加するメイスンだった。
というところから物語は始まります。

静養の夜のポーカー・ゲームにしばらく付き合った後、部屋に戻らず外のラウンジチェアで滅入ってしまったメイスンは、翌朝、女性保安官ケリー・ホルトに起こされる。リチャード・サリヴァンのものと思われる遺体が、湖の対岸で発見されたので確認して欲しいという話だ。
事務所の主要メンバーは深夜か早朝に既にリゾートを去り、残っている中で責任者となるのはメイスンだけだったため、彼は保安官とともに湖を渡り、確認に赴く。発見された遺体は、やはり事務所のトップであるサリヴァンのものだった…。

前夜のサリヴァンの行動についてわかっているのは、ポーカー・ゲームの後、研修生である女性とリゾートを発ったところまで。保安官とともに別荘に滞在する夫人の許に報告に向かうが、前夜サリヴァンは戻らなかったとのこと。さしあたっての調査で、サリヴァンの書類からオマリーの書類破棄をめぐる確執が保安官の知るところとなり、メイスンも容疑者の一人に加えられる状況で、一旦はカンザスシティへの帰路につくことになる。だがその途上、ハイウェイでメイスンは何者かに命を狙われる…。

週明け、トップを失い混乱する事務所で、メイスンはサリヴァン死亡についての調査を任される。そしてそれはただちに正式に殺人事件となったことがケリー保安官から告げられることとなる。メイスンは友人のネイティブ・アメリカンのジャズ・ピアニストで元警官の調査員ブルースに協力を求めつつ、事件の鍵はオマリーの訴追事件にあるとみてそこを中心に調査を進める。だがそのうち不審な金の動きが次々と発見され、やがてパートナーの一人、ハーラン・クリステンスンやスコットらが不審な行動を取り始める…。

前述の通り、米Amazon.comのハードボイルド・ベストセラー常連のジョエル・ゴールドマンということで、まずはアクション中心のTV探偵物風かな、と高を括って読み始めたのですが、これがなかなかの、序盤の小さい流れに次々に流れを引き込み大きな物語を構成して行くというような、これがデビュー作にしてベテラン並みの見事な手腕を感じさせる作品でした。そういう構成ゆえネタバレを避けるため、今回ちょっとあらすじが分かりにくくなってるかな、と思うのですが、物語が進むにつれアクションシーンも多く盛り込まれ最後まで物語に引き込み読ませるなかなかの良作。そして結末は、いかにもハードボイルドの伝統にのっとったという感じ。うむむ、やっぱりベストセラー作家をなめちゃいかんね。

それでは続いてせっかく翻訳も出ているので続いてすぐに読んだシリーズ第2作『The Last Witness(邦題:プライベートファイル)』についても少し。まあ第1作の序盤のあらすじだけでもこの人この事務所には残らないだろうなという推測はできるので、ネタバレというほどにもならないと思うが、ここからはメイスンは個人経営の弁護士となり、ブルースの経営するバーの2階に事務所を構えています。カンザスシティの市政の黒幕でもある大物弁護士ジャック・カランが殺害され、その嫌疑が相棒ブルースにかかり、無実を信じるメイスンはその容疑を晴らすため奔走する、というストーリー。こちらも物語が進むにつれ市政の裏側の暗黒に話が広がって行くあたりの展開の上手さの光る1作目同様の良作です。見逃していた私と違ってこちらは読んだのだけど、という人もいると思うので、主要キャラクターの1作目での様子について少し書いておきます。

まずは相棒ブルース。そもそもの出会いはメイスンがジャズ・ピアニストであるブルースのレッスンを受けようと思い立ったことから始まる。しかし、ブルースからはお前はやっても無駄だからやめろと言われる。その理由がなかなか面白いのだけど、この辺はこれから読む人の楽しみにとっておいた方がいいか。その後ある事件で調査が必要になった時に彼の事を思い出し、調査を頼み、という感じで付き合いが始まったということです。第1作の時点からかなり信頼のおける友人となっています。結構癖のあるキャラだが、誠実で実直といった感じのメイスンと気が合うのもなんとなくわかる。第1作ではネイティブ・アメリカンとしての出自などについても結構語られるのだが、そっちでキャラ紹介は済んでしまっているので2作目ではネイティブ・アメリカンであることもあまり強調されていなかったりもする。ブルースが警察を辞めることとなった事件については1作目でもあまり深くは語られていません。これから先にまた関わってくる予定なのかも。1作目の時点ではフリーランスのジャズ・ピアニスト兼調査員で、物語後半でこれからバーを買って経営するつもりで、2階はオフィスとして貸し出すのでお前入れよ、みたいなことをメイスンに話し、それが2作目からの設定につながって行きます。

次に唯一の親族であるクレア叔母さんについてですが、1作目では彼女に育てられたことやその人柄については多く語られているのですが、実際の登場シーンはサリヴァンの葬式で少し言葉を交わすぐらいだったりします。ハリー刑事については後半で登場し、ブルースとの確執についても少し書かれるぐらいです。クレア叔母さんとの関係も書かれるのだけど、2作目で語られているような父親のような位置とまでは書かれていなかったので、結構メイスンが成人してからの付き合いぐらいに思っていた。まだその時点ではそれほど固まっていなかったキャラなのでしょうね。

1作目から引き継がれているキャラはそのくらいで2作目では総入れ替えぐらいになっています。あと重要なのは愛犬タフィですが、1作目開始の時点では離婚した奥さんにとられてしまっているのですが、中盤辺りで元奥さんのケイトが出張か何かで預けに来て、その後は特に説明のないままメイスンのものとなっていたりします。2作目では登場のなかった元奥さんのケイトもその時だけ登場します。普段はジープに乗っているメイスンが2作目後半少しだけ使うTR-6を手に入れた経緯も1作目では書かれています。あとメイスンが子供時代を過ごし、結婚の時クレア叔母さんにもらった住んでいる家についても少し詳しく書かれています。まあそんなところでしょうか。

1作目では大手弁護士事務所のエリート弁護士の一人として登場していたメイスンですが、2作目ではバーの上に事務所のある個人経営の弁護士となっていて、ハードボイルド感も強いのだけど、まあ「リーガル・サスペンス」なんだろうねえ。しかしこのシリーズ、2作目では少しはあるものの1作目では全く法廷シーンが無かったりするのですが、ちょっとそっちのジャンルには暗く、今どきのリーガル・サスペンスってこんなものなのかなあと、あまり気は進まないながら、リーガル・サスペンス・ファンの人の感想でも見つからないとちょっと探してみたのですが…、ざっと調べてみてもさっぱり見つからず、前述のアマゾンの人も誤訳ではないかと言ってるだけで特に感想は書いてないので、ほぼ皆無ではないかという惨状。そんなに売れなかったの?主人公が弁護士でも明らかにハードボイルド色の強い作品なのだから、どっかにハードボイルドの一言でも入れとけばこのハの字廃人に1冊売れたのにねえ。まあ結局はハードボイルドって言ったら、マッチョがバカボンの親父みたいな口調で男の生きざまみたいな体育会系説教と食い物の話ばっかりしてるつまんないやつと思われて売れねえよってことなんでしょうね。やれやれ。

そしてこの『プライベートファイル』で、これが2作目であることが書かれていないことや1作目について触れていないことについての私の邪推でありますが、若干ネタバレになりますが、第1作『Motion To Kill』でサリヴァンがHIVに感染していたことが事件の鍵になるというところにあるのではないかと思います(この事実は割と序盤で明かされます。)。米Amazon.comのレビューなど少し見た限りではそのことについて批判している意見もなさそうだし、特に病気に関する差別的だったり偏見があったりするような記述はないと思うのですが、日本で出すには少し問題があるかもしれない。そこでもしこの作品が売れても(売れなかったみたいだけど)、1作目は出しにくいし、なぜ出さないのかと聞かれて説明しても今度はそっちで批判される危険性もあるし、みたいな様々な事情で、ここは1作目については全く触れず、ここから始まる感じで行こうということになったのではないか、というのが私の推測です。結局は事なかれ主義的解決なのですが、まあハの字隠しでは嫌味も言ったけど、ここについてはあんまり糾弾みたいに言うのも気の毒か。結局は受け手側の今どきの日本人の国民性の問題だったりするわけなのですからね。あっ、少し優しく言ったけど、受け手のメンタリティや売り上げみたいなことオール無視で、ハの字隠しについては全然許してないよ。

というわけで図らずも第1作、2作を続けて読むことになってしまったルー・メイスン・シリーズなのですが、私の感想ではこのジョエル・ゴールドマン氏エンタテインメント作家としてはなかなかの腕前で、まあ翻訳バブルぐらいのご時世だったら続くシリーズ作品も何作か確実に翻訳されていただろうというクラスの、常にある程度のクォリティは期待できる良作シリーズという感じでした。せっかく日本でも翻訳が出たのにあまり知られていないままに消えてしまうのはちょっともったいないかも。第1作についてのそれほどのネタバレはないので、とりあえず翻訳の第2作を読んでみて気に入ったらこの第1作を含め、続くシリーズを読んでみるのもいいんじゃないでしょうか。さすがに新刊は少し難しいかもしれないけど、古書ならまだ手軽に入手することができると思います。主人公のルー・メイスンについては、まあ少し長めの付き合いになったこともあるかもしれないけど、なんだか本当に親しみの持てる誠実・実直で等身大という感じの信頼できる奴で、私もできればなるべく早い機会にまたメイスン君に出会いたいと思います。

そして作者ジョエル・ゴールドマンについて。カンザスシティで弁護士として働き、2002年にこの『Motion To Kill』でデビュー。1952年生まれなのでちょうど50歳か。2005年までにルー・メイスン物を4作まで発表し、2008年からFBIエージェントJack Davisシリーズを3作。2011年には公選弁護人Alex Stoneシリーズを開始し、現在2作まで。2012年にはルー・メイスンが復活。第5作『Final Judgement』が発表されています。現在ゴールドマン氏の著作はほとんど彼の個人出版社であるCharacter Flaw Pressから発売されていて、多分これはデジタル時代になってからの事と思うのだけど、それ以前がどこからだったのかはちょっとわかりませんでした。第2作の翻訳が出たのは2006年なので、もうその頃には結構なベストセラー作家だったのだろうと思われるのだけど、現在の出版形式がそれなので、てっきりデジタル時代になってからの人気作家と思い込み日本でそんな前に翻訳が出てるなどとは思いもしなかったというわけです。やっぱもっとちゃんと調べないとね。そして現在は何度も書いているように米Amazon.comのハードボイルド・ベストセラー・ランキングでは常連の作家で、出せば売れるというぐらいのポジションなのだが、2013年のAlex Stoneシリーズ第2作『Chasing the Dead』以降は2015年にLisa Klinkとの合作『All In』が1作あるが、シリーズ作品などの発表はストップしている。それは何故か?実はこのジョエル・ゴールドマン、あの『The Dead Man』シリーズの仕掛け人リー・ゴールドバーグと組んでBrash Booksなるパブリッシャーを立ち上げていたのである。

というわけで、このBrash Booksのこともあって、早くゴールドマンについて書かなきゃ、ということになっていたのです。それではBrash Booksとはいかなるパブリッシャーなのか?さてこのデジタル時代の波にいち早く乗り、個人出版で結構な成功を収めたと思われるこのゴールドコンビ、なんかうまい酒でも酌み交わし、歓談でもしてたのか知らんが、気付くとなんとわれらが親しんだ80~90年代ごろの賞まで取っているような偉大な作品がことごとく絶版となっているではないか。これはわれらゴールドコンビの手により復活させねばならん!と思い立ちこのBrash Booksを立ち上げたのだということ。そこで出版されたのがビル・クライダー、マイクル・ストーン、マクシン・オキャラハン、ガー・アンソニー・ヘイウッド、ディック・ロクティといった面々。日本で細々としか出版されないハードボイルド小説を探し回った方なら聞き覚えのある名前であろう。他にも日本未紹介のJack Lynch、Ted Thackrey Jr.といった作家もあり。最近ではマックス・アラン・コリンズの『ロード・トゥ・パーディション』シリーズも刊行中。Andy Straka辺りは割と最近の作家なのか?とちょっとまだわからないところも多かったりするのだが、このBrash Books、また一つ注目の価値ありのパブリッシャーでしょう。旧作ばかりではなく、最近ではリチャード・スタークファン必読との評価も高いPatrick McLeanの『The Soak』といった新作も出版されています。まあ過去の埋もれた名作もそろそろ尽きてしまったか、それほど出版ペースは速くはないのだが、この自身も実力派エンタテインメント作家であるゴールドコンビの眼鏡にかなった新作も発掘されてくることも期待できるでしょう。まずは翻訳が中断してしまったシリーズの続きや、日本で紹介されなかった作家辺りからでも始めて、とにかくBrash Books、ゴールドコンビに期待すべし!というところです。うにゃー、色々と早く読みたいようっ。

今回より小説の方では極力ちゃんとこっちにも作品リストを載せることにしました。アマゾンの方のリンクが変わったり本が無くなったりしても一切修正しないズボラ者ですので。まあ自分で言ったこともすぐ忘れるレベルの奴が言う極力なのであんまりあてになんないかもしれんけど…。
あともう少し調べたら2009年の『Knife Fight』っていう短編がAlex Stone第1作ということで、アマゾンもそうなっていたので、そっちに合わせておきました。

■Joel Goldman

●Lou Masonシリーズ

  1. Motion to Kill (2002)
  2. The Last Witness (2003)
  3. Cold Truth (2004)
  4. Deadlocked (2005)
  5. Final Judgment (2012)
●Jack Davisシリーズ
  1. Shake Down (2008)
  2. The Dead Man (2009)
  3. No Way Out (2010)
●Alex Stoneシリーズ
  1. Knife Fight (2009)
  2. Stone Cold (2012)
  3. Chasing the Dead (2013)
●その他
  • Freaks Must Die (Dead Man Book 10) (2012)
  • All In (2015)(Lisa Klinkとの共作)

Joel Goldmanホームページ

Brash Books


【その他おしらせの類】
今回もまたしても今は亡き280 Steps関連の情報。まずは前々回お伝えしたEric Beetnerのアンソニー・ノミネートの『Leadfoot』がDown & Outから復刊!6月19日ということなので、前々回書いた直後だったらしい。Beetnerの新刊『Criminal Economics』と同時発売ということのようだけど、やっぱりアンソニー・ノミネートが後押しして前倒しになったとこもあったのかも。McGraw Crime Novelシリーズ第2作である『Leadfoot』と同時に第1作『Rumrunners』も復刊。この辺日本のアマゾンではKindle版が買えなかったやつなのでありがたい。Lars & ShaineシリーズもDown & Outから出るのかな?あ、ちなみに『Leadfoot』は現在特別価格113円で販売中!急げ!もし終わってたらごめん…。
そして280 Steps末期に出た2作品プラスが英Fahrenheit Pressより復刊!まずはMark Rapaczの『Boondoggle』が5月29日に。そしてまだ発行日未定ながら以前New Pulp Pressからの『Bad Juju & Other Tales of Madness and Mayhem』について書いたJonathan Woodsの『KISS the DEVIL GOOD NIGHT』がまもなく。そして更にデビュー長編作の発行がアナウンスされたもののタイトルも発表されないまま終わっていたNikki Dolsonの『All Things Violent』が7月24日に!Fahrenheit PressはロゴのドクロマークもカッコイイHot Punk Publishersを名乗る英国期待のパブリッシャーです。とりあえず自分の知ってるところではNumber Thirteen Pressからシリーズの2作目『The Mistake』が出てるGrant Nicolの刑事Grímur Karlssonシリーズの本編が出てるところです。Number Thirteen Pressについては…ごめん…、実は主に中編作ゆえに2作ずつぐらいまとめて書こうと思いつつ昨今の度重なる遅れ故、第3弾であるこの『The Mistake』まで進んでいるにもかかわらずいまだに第1回もやれずにいます…。決して語る価値のない作品などではないのだが、どうにもこれについては早く書かなければ、が整理できていない状況で…。しかし、この意欲的な試み、個性あふれるセレクトの13冊については、どのくらい時間かかるかわかんないけど、必ずややり遂げるつもりでおります!とりあえず第1回をなるべく近日中に!というわけでちょっと話がそれてしまいましたが、こっちのFahrenheit Pressについてですが、そんな事情でまだ最近知ったばかりでまだあまりよくわかっておりません。しかし280 Steps残党を救出するなどこれは確実に私好みの作品を出してくれるところとの確信もありますので、必ずこれから注目して行きたいと思いますです。とりあえずアマゾンのKindleストアでFahrenheit Pressで検索するとキャンペーン中期間限定なのかもしれないけど無料の中編や、100円台の長編なども出てきたりしますのでその辺から探ってみてはいかがかと。しかし英国についてはずっと前から言ってるCaffeine Nightsについても全然未探索状態だしなあ…。あと『The Mistake』についても舞台がアイスランドなので北向きで鼻の頭が冷たくなってる人に見当違いの事書かれるんじゃないかと気になってたり。感想が一つだけあったりすると仕事で金もらってるわけでもない人への個人攻撃になったりすると嫌なのでやりにくくなるしなあ…。うぐぐ、とにかく色々早くやれよっ!
あとこれは復刊ではないのだけど『Ridgerunner』のRusty Barnesの新作『KNUCKLEDRAGGER』もShotgun Honey/Down & Outから10月に。もしかしたらいっぺん書いたかもしれないけど何度でも書く!タイトルの作り似てるからもしかするとシリーズ続編かも?あと280 Steps残党としてはあのCrime Factoryの一員にして重度のパルプマニア、オーストラリアのAndrew Netteについても早くなんか書きたいのでどっか『Gunshine State』を早く復刊してくれよっ!

Fahrenheit Press

それから少し前に書いた期待の新アンソロジー『Switchblade』の第2集が早くも刊行。まだ見てないけど第2集はちゃんと拡大して読めるのでしょうか…?以前これについてはPaul Brazill大将が載っているのでてっきり英国発だと思い込んでしまってそのように書いてしまったのだけど、どうやら米L.A.発らしい。すみませんでした。だってホームページとかどこにも書いてないじゃん…。とにかくそれはそれでまた別の展開も期待できるのだが、まずは早く拡大してスマホでも読めるようにしてちょ。

今回翻訳も出ているシリーズなので早く書けるかと思っていたのだけど、意外と長くなってしまいました。あんまり余計な事書いてないと思うのだけど…。なんかこういう感じの本を手に取ったところから楽しめるぞ、っていう感じになれるシリーズがいっぱいあるというのが理想的なのだけど、日本では望むべくもないか…。なんかうまく言えてないけどシリーズってそういうもんじゃないかな、とも思う。こちらの続きもまた読みたいし、そんな感じのもあっちには沢山あるようなのでまた色々書いていけるといいなと思います。ではまた。



●Joel Goldman
■Lou Masonシリーズ




■Jack Davisシリーズ



■Alex Stoneシリーズ


■その他



●期待の新刊
■Eric Beetner/McGraw Crime Novelシリーズ


■Fahrenheit Press


■L.A.発!Switchblade



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2017年7月2日日曜日

American Monster Vol. 1 -Brian Azzarelloが描く現代アメリカの”怪物”!-

あの『100bullets』などで知られるBrian Azzarelloの、新進AfterShock Comicsからの最新作、『American Monster』です。昨年2016年1月より始まった、アメリカ中西部の田舎町を舞台とした、謎に満ちたカントリーノワールの第1巻。まずはその序盤のあらすじから。


【あらすじ】

アメリカ中西部の田舎町。夜更け。一人の男が町のガソリンスタンドに現れる。大やけどにより顔面の皮膚をすべて失ったように見える大男。眉もなく耳もほとんどが失われている。

「車の調子が悪い。見てもらえないか。」
「せ、整備工は6時に上がっちまった。朝まで戻らないんだ…。」
「近くに泊まるところはないか?」
「み、道を1マイルほど進んだところにモーテルがある。まっすぐ行けば見失わないはずだ…。」
「食事ができるところはあるか?」
「向かいにダイナーが…。」

ダイナーで食事をする男。彼を傷病兵と見た地元の男が、ビールをおごろうと声をかけるが、にべもなく断る。

「金には困ってない。」

懐から出した札束を読んでいた新聞の上に置く男。その見出しには銀行強盗の文字。

そしてその時、向かいのスタンドに置いた男の車が、突如爆発する…。

冒頭、一軒の家を数人の男たちが訪れるところから物語は始まる。
玄関を開けた妻はいきなり顔面を殴打され、家の主の頭には袋がかぶせられる。

後半、それが地元ギャングの裏切り者の制裁であったことが明かされ、夫婦は残虐に処刑される…。

夜更けの公園に集まるティーンエイジャー達。シーソーには太った中年男が腰を下ろし、男が一枚札を渡すと、シーソーの反対に持ち上げられた少女がシャツをめくりあげ、胸を晒す…。

謎の男の出現と並行し、この小さな田舎町の暗黒が描かれて行く…。

男の名はTheodre Montclare。ダイナーの客が察した通り、中東での戦争の帰還兵だった。彼がそのような姿になった経緯は、物語が進むにつれて、回想という形で少しずつ明らかになってくる。しかし、彼がなぜこの町に現れたのか、なぜ爆発物を車に積んでいたのかなどはまだ明らかにはされない。
そして、町ではまず、ギャングのボスFelix Blackの犬が射殺され、続いてその右腕Joshが殺害される…。

American Monsterとは何か。
まずこの物語の中心人物であるMontclare。そのあまりにも変容した異相の謎の巨漢は、まず誰の目にもモンスターとして映るだろう。
そしてこの地の果てのような田舎町。ギャングのボス、Felixはこのような町で必然のように発生する麻薬や武器の取引といった犯罪行為の中心に存在する人物である。暴力の介在無しでは何も動かないような地域に君臨するモンスター。
そして、Felixの娘Snowを中心とするティーンエイジャー達。将来の明るい見通しもなく、この田舎町に閉じ込められ、虚無的にその場限りの享楽に耽るモンスター。
そしてそのティーンエイジャー達に近づく不気味なシーソー男。更にその地で民兵組織を率いる”牧師”と呼ばれる男も登場してくる。
しかし、この作品のタイトルは「American Monsters」ではなく、『American Monster』だ。
このモンスターがひしめく小さな田舎町に現れたモンスターMotclare。その目的はまだ不明である。そして物語はまだ始まったばかり。
このモンスターの目的が明らかになるにつれ、この町と、そしてそこに潜むモンスターたちも動かされ、そしていずれその中にさらに大きい現代のアメリカの”怪物”『American Monster』が形を成し始めるのだろう。
しかし、物語はまだ始まったばかりである。

というわけで、今や次は何をやるのか、ぐらいのレベルで去就が注目されている作家Brian Azzarelloの最新作『American Monster』。その第5話までを収録したVol.1です。本当に物語は始まったばかりで、とりあえずその最後にMontclareと町のある人物との関係が示されたが(まだ完全に「明らかに」というレベルではない。)、その他は次から次へと色々なキャラクターの謎が提出されるばかりというところ。なんだかあらすじのところでやたらと…を連発しとりますが、とにかくそんな雰囲気で、アーティストJuan Doeの個性的かつ鮮烈なアートと相まって、独特のリズムとペースでゆっくりと物語は進んで行く感じです。まあ、とにかく今後に期待の間違いなしの作品。

そしてAzzarelloは今作で「American Monster」を描き出すため、作品中に色々な要素を注入しているわけですが、私はここで二つの要素に注目したい。
まずは私が最初からぶち上げているカントリー・ノワール。時代は田舎である!…なんて馬鹿なことは言わん。元々田舎だったのである。アメリカに限らず日本だってホントはそーじゃないの?社会の問題なんて国中にまんべんなくあって、時にそれが曖昧なオブラートなしにもろに露出しちゃってるのが田舎だったりするわけである。そういう田舎視点からの問題というのが小説や映画の中で描かれたのがこの時代が初めてというわけではないだろう。しかし田舎というのは誰にとっても身近なのでそういうのが避けられてた時代というのもここしばらく続いていたのだろう。そしてそういう場合にはありがちな田舎=善:都市=悪という構造で語られていたのだろうが、長く続けばそれももたなくなる。だって田舎も悪だもの。うむむ…。本当は社会の様々な矛盾が飽和状態に達しその結果今本来牧歌的であった地方にも悪が浸透し始めているのでカントリー・ノワールの時代なのだ、とか言った方が何気に説得力があるのだろうが、きっとそれ嘘だよと気付いてしまったので、またしても混乱した文章になってしまっているのでありますが、まあやっぱり昔からあるけどなんとなくタブーとまでいかなくても積極的に語られなかったものが、あんまり具体的に指摘できないのだけど近年の色々なものを経るうちにこれが現代のアメリカの悪を語るのに有効な手段であると発見され、現在そういう傾向のものが増えているのではないか、というあたりの見方でそれほど間違ってないのではないかと思うのですが。例えばカントリー・ノワールというのを、田舎=大自然を舞台に、みたいにするからなんとなくわかりにくくなるので、日本で言えば『冷たい熱帯魚』みたいなのを考えると少しわかりやすくなるのではないかとも思うのです。こーゆー状況って身近にある気がするしこーゆーオヤジって知ってる、っていう感覚が単純に警察が介入すれば問題が解決するのではないというような悪の根深さを感じさせるような、そういう側面もカントリー・ノワールにはあると思う。そんな感じで自分的には近年話題になった『ブレイキング・バッド』あたりまでをカントリー・ノワール的なものと考えていたりもするのです。最近『ツインピークス』が復活したのもカントリー・ノワール・ブームの流れではないのかなと思ってたりするのだけど。んなこと言ってるの私だけ?実際にはカントリー・ノワールというのにはコアとなるような作品もあり、『ウィンターズ・ボーン』のダニエル・ウッドレルとか、昨年せっかく翻訳が出たのに「読書のプロ」どもにことごとく無視された傑作トム・ボウマンの『ドライ・ボーンズ』というあたりがそうなのですが、ジャンルの認知度が高まってくると、本当にカントリー・ノワールと言えるのはその辺の作品のみ、と言い張ってジャンルの間口を狭くするだけの迷惑な人が横行し始めるので、そういう人が得意そうに威張っているのは絶対に聞かないようにね。とかまあ色々言ってみても、やはりこちら遠く離れた日本から見ているだけなので、本国でそれらが実際にどう読まれて観られているのかはそんなによくわかっているわけでもない。とりあえず自分の見る限りでは、ウッドレルらのコアな部分が拡大したというよりは、規制の犯罪物ジャンルの方が色々模索しつつ進んで行くうちにそちらに接近したところに表現の舞台を多く見出し始めた結果、そのジャンルのものが増え始めたというところなのだと思う。そんなわけでもちろんコアな部分には大いに敬意を払いつつ、ジャンルについてはなるべく緩く幅広く周辺分野も見て行きたいというのが私のスタンスなのだけど、それにしてもこだわりのある分野だけにまたやっぱり長くなってしまったよ。とにかく早く進めなければと思ってはいるのですが…。まあつまりが現代のアメリカの一つの姿を描き出すのに有効な手段として、その傾向の作品が増えているのがこのカントリー・ノワールなのである。となんとかまとめた。

そしてもう一つ私がこの作品中で注目している要素が、この作品の登場人物の背景となっている、アメリカの中東での戦争の事。これについてはまだ何か固まった考えがあるのではないのですが、もしかするとアメリカでは、依然中東との緊張関係は続いていてもその戦争について一つの「戦後」というような状況なのではないかということ。これまで中東での戦争については色々なものが書かれ、映画も作られてはいるけど、ベトナム戦争がそうであったように「戦中」と「戦後」ではまた語られるものも変わってくるのではないかと思うわけです。この辺についてはまた一方で、昨年のアメリカのコミックの最注目であったTom Kingの、戦後状況の中東を舞台とした『Sheriff of Babylon』というのもあって、そこから気になり始めたのかもしれない。そっちについてもまだまだなのだけどなるべく早く読んで書いてみたいものと思っております。まだ本当に何かが見えているわけでもないのだけど、これはAzzarelloがこの作品に取り込んだ重要な要素であることは確かと思うので、その辺考えながら先を読んでいきたいと考えています。もしかしたら犯罪小説ジャンルでもその傾向って出てるのかもしれないけど、結局読むの遅くて去年今年といった作品が読めていないから見えてないのかなあ。うーむ…。
ということで個人的には現在のアメリカの暗黒を描き出すのに重要と考えるこの辺の要素を中心に据えた『American Monster』。果たしてAzzarelloがどんな”怪物”を描き出して行くのか今後に注目というところです。あとこの辺のカントリー・ノワールや戦争といったところの考えについては、昨年旧All Due Respectのサイトで読んだMatt Phillipsの「The Deer Hunter: American Noir in a Classic Film」というのがあって、これは映画『ディア・ハンター』はノワール的なものの土壌となっているアメリカの地方の底辺層の若者を描いたノワール作品であるという考察で、ちょっと今まで見ていたものを違う視点から教えられて大変感心したもので、結構これから影響されて考え始めた部分も多かったりするので、もし興味のある人がいればご一読を。

All Due Respect : The Deer Hunter: American Noir in a Classic Film by Matt Phillips

とまたしてもグダグダと長くなってしまっていて遅ればせながら、アーティストJuan Doeについて。今回画像の方はAfterShockのプレビューからお借りしてきました。


やっぱり志賀勝に似てるんだろうか…
このように少しイラスト的というようなタッチで、巧みな構図にコマ=パネルの構成にもこだわり、カラーリングの上手さも光る素晴らしい画風です。こういう重心が低めの人物ってなかなか描けないんですよね。イラスト的なタッチゆえの人間ギリギリのようなMontclareの造形は秀逸。これまでは主にカバーの仕事でコミック業界では10年以上の経験もあるということ。これ以前には『ファンタスティック・フォー』のミニシリーズを手掛けたこともあり、そちらはご本人のホームページでいくつか見ることができます。なんだか志賀勝チックな自画像が出されていて、ホームページの本人紹介の方を見るとマスクなのか白塗りなのかの怪しげな写真に怪しげな紹介文の掲載されているちょっと謎の人です。

Juan Doeホームページ

最後にAfterShock Comicsについて少し。マーベル・DCのビッグ2で長い経験を持つMike Martsをチーフ・エディターに2015年4月に発足した新しいパブリッシャーです。その他の注目作としては、躍進中の女性ライターMarguerite Bennettの『Animosity』、AfterShockのCEOでもあるアイズナー賞受賞ライターJoe Pruettの『Black Eyed Kids』など。Joe Pruettについてはあまりよく知らなくてここ書くためにちょっと検索してみたら、結構重要人物のようでもっとよく調べる必要あり。なるべく早く『Black Eyed Kids』も読んでその時に。そんなことばかり言って放置が多いのだけど、みんなやる気だけはあるんだよ…。他にもBennettの『Insexts』、Amanda Connerの『SuperZero』、映像方面から進出してきた注目のライターAdam Glassの『Rough Riders』、更にはガース・エニスの得意の戦争物『Dreaming Eagles』に最新作エニス版ジェームズ・ボンド(らしい)『Jimmy's Bastards』、『Chew』のJohn Laymanの『Eleanor & The Egret』、そしてウォーレン・エリスの『Shipwreck』といった作品もあり!それぞれの作品について詳しく知りたい人はAfterShock ComicsのウェブサイトやComixologyで調べてね。という感じで発足間もないところでも片っ端から読まねばという注目のAfterShock Comicsなのです。
ところで、こんなのわざわざ書くことでもないかと思うのだけど、ちょっと日本からだと見えにくいかと思うので、多少不正確なまま蛇足を承知で書いときますが、AfterShock Comicsはインディペンドのパブリッシャーなわけですが、これを日本で一般的に流通しているインディー、インディーズというように解釈してしまうのはちょっと違うのだろうと思う。確かに独立系ではあるのだろうけど、明らかにもう少し大きい資本が背景にあって、まあ社長の経歴などから見て多分映像系なのだろうね。もっと本国近くで見てればもう少しはっきりわかるのだろうけど。やっぱり色々なネット配信系も含めてその辺の業界の勢いも競争も激しいアメリカなので、早く有望なコンテンツを確実に確保したいとの思惑からこのような動きも出てきているのではないかなと想像されるわけです。そっちについては全然わからないのだけど多分Valiantとかも同じような事情なのでしょうね。まあこうやってみると少し新しくて小さいインディー、みたいな見方も変わるかと思ってあんまりきちんと把握できてないままに書いてみたわけですが、一方でこういうのってある種のブームが過ぎた途端に金が退かれて一気に無くなるという危険性も高かったりもするわけですが。とりあえずはそんなことにならないようAfterShock Comicsがアメリカのコミック業界の中で早く確固としたポジションをとれるようになることを期待しながら見守りたいというところです。この辺の作品がいつかTVシリーズ化されるかも、みたいな期待を持ってみるのもいいかも。

AfterShock Comics

まあとにかくなるべく沢山の作品について書きたいと思いつつやっとまた一つクリア、その間にさらに多くのが溜まって行く…という始末なのですが…。今回もう少し早く書けるつもりでいたのだけど、ちょっとカントリー・ノワールあたりでつまずいたか。まだカントリー・ノワールについては全然書き足らないので、またそのうち小説の方で延々と書くことになると思います。やめろと言っても書きます。とにかく色々書かなくっちゃな、と思う一方で早く2000ADの続き書かなきゃ!Valiant書かなきゃ!Hellbrazer書かなきゃ!と時々思い出してパニックになりつつ、若干暑さに早くも負けながら頑張って参ります。ではまた。


●American Monster


●AfterShock Comics



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2017年6月19日月曜日

Adrian McKinty / Dead I Well May Be -Dead Trilogy第1作!これがAdrian McKintyだ!-

前回はヒーローだアンチ・ヒーローだと延々と試行錯誤の迷宮をさまよっていたおかげもあり、何とか間に合い、予告通り今回はAdrian McKinty作品。彼の長編小説第2作にしてDead Trilogy第1作、2003年発行の『Dead I Well May Be』であります。
えーっと、まず最初に言っときます。前々回もちょっと言ってたことだけど、もし「Adrian McKintyという作家は島田荘司やカーに影響を受けたらしいと聞いたのであるが」みたいな感じでたまたま検索してここにたどり着いちゃった人がいるなら、この小説は読む必要ないです。あと多分この文章も読まない方がいいです、ってことでさいなら。

ちゃんと警告したかんね。

よし、ではもうそういう類いの人は追っ払ったと信じ、いつものペースで行こう。まだ読んでるならお行儀良く書いてるうちに帰った方がいいよ。これは本当に素晴らしい作品である。間違っても「カーや島田荘司とは似ても似つかない作品で落胆した」だの「ミステリーと思って読んだらミステリーではなかった」みたいな狭量な思い込みによる駄感想が一言たりともつけられていい作家・作品ではないのだ!ああ、アイルランドよ。ケン・ブルーウン、ガース・エニスに続き、何が何でもすべての作品を読まねばならぬという作家を生み出してしまったのか。はっきり言っておくが私はいわゆる「本格」みたいなのが好きな人と敵対するつもりなどない。自分と同じように好きなジャンルのものを楽しく読んでいる人として基本的には尊重しているし、自分がたまたまそういうものを読んだ時にも単純にハードボイルド・ノワール好きの観点のみで批判するようなことは絶対にしない。だがそっちサイドの低レベルな部分では「自分の方がむつかしい謎解きクイズを読んでいるので頭がいい」と思い込んで自分の位置すら把握できてないままの上から目線のつもりでこのようなことをやってくる輩が大変多いのだ。この作品を見れば、McKintyという人がそういうジャンルにも目を向け、論評できるくらいの大変幅広い読書経験と見識を持った作家だということはすぐにわかる。だがそんなことにも目を向けず、形式ばかりにこだわり、暴力を扱っている作品なら見下して批判できると思っているような低レベルのやつはMcKinty作品に近寄る資格すらない!うぐー、いかん、最初から荒れすぎだ…。なるべく控えようとは思っているのですが、今回はまたあっちこっち罵倒し始める危険性あり。いや、とにかく何とかまずこの作品の素晴らしさをきちんと伝えなければ。その後は知らん!何とかそこまでは可能な限りまともに書くつもりなので、そこまででも読んでやってくださいな。本当に素晴らしいAdrian McKinty作、Dead Trilogy第1作『Dead I Well May Be』であります!


【あらすじ】

1990年代初頭、アイルランド、ベルファストではテロの嵐が収まらない。爆破事件で一帯の窓ガラスが全部吹き飛び、俺にも日雇いの仕事が転がり込んできた。ちょいと懐も暖かくなり、テロ直後の現場でガラスの片付け作業をする俺たちの写真が新聞の一面を飾った。だが、それがまずかった…。翌日、担当官が家を訪れ、規定違反で俺の失業手当が打ち切られることを告げてきた。もうベルファストで暮らしていける見込みはない。以前から打診されていた件、アメリカでのDarkey Whiteの仕事を引き受けるしかない。気は進まないが…。

主人公Michael Forsytheの一人称で語られる本作、プロローグで語られるこのような経緯で、彼はアメリカに渡り、ニューヨーク、ハーレムのアイルランド系ギャングのボスDarkey Whiteの下で働くこととなる。
そして、その8か月後から物語は始まる。

ボスDarkeyの下には参謀Sunshine、その命令下、Scotchy、Fergal、Andyとともにチームを組み、Michaelはみかじめ料や借金の取り立てといった仕事をしてゆく。理由も不明なまま、Andyを病院送りにしたShovelにけじめをつけ、Dermotとのごたごたが銃撃戦に転じ…。そんな中でMichealは次第に頭角を現して行く。そして、ボスの女であるBridgetとの秘密の情事…。そしてある日、彼らのチームはDarkeyの配下Big Bobとともにメキシコへと派遣されるのだが…。

とまあ、今回はこのくらいに。単発作品ならもう少し書くべきだが、これは三部作の第1作ということで、続きは多分最後まで第2作の時に容赦なくネタバレすることになると思います。
これは復讐の物語である。その理由などは明らかにされないまま、序盤のうちから所々で「俺は後にこいつののどにドライバーを突き立てることになる」という形でその後の暗い運命が暗示されて行く。まああまりにも内容が曖昧になっているので、全体で300ページぐらいの作品で、説明した辺りまでで100ページぐらいで、その後80ページぐらいに渡りそこに至る地獄が描かれ、そののちが復讐物語となって行くぐらいの説明はしておこう。全体的な話の進みは早い方ではない。しかし!そこらのろくに感想も書けないくせに高飛車に作文先生気取りで何か言ったつもりになってる輩が言うような「無駄な記述」なんてものはこの作品には一切ない!冒頭から、そのどこで息継ぎをしているのかも判別できないように低くうなり続けるような独特の文体にやられる。そしてその文をand、andとつなげて行く様は、まだ俺が話してるだろうが、と言わんばかり。どんなにぶちのめされても立ち上がって行く主人公Michael Forsytheによって語られるこの作品自体が、決してお前らの言うとおりになんか動かねえんだよ、と言わんばかりに、読者が安易に望むようなお手軽でテンポの良い、なんて感じには話は進まず、彼が目にして語るべきだと思ったものに我々読者は延々と耳を傾けて行かなければならない。まだ俺が話してるんだよ。更に重ねて言うが、この小説に「無駄な記述」などというものは一切ない。主人公であり、語り手であるMichaelが目にし、交わした会話で彼が意味があると思って語っていることには当然この小説にとって意味があることなのである。そしてそれは伏線などというせせこましいテクニック的なものとも一切関係ない。そうして語られ続けて行くうちに、語り手の感情が最も深くなるいくつかの場面では、いつの間にか(まさしくいつの間にかと思えるような流れで)その語りが現在時制となり美しい情景が描写されて行くのである。安っぽい仲間と、友情とも言えないような他愛ないやり取りを交わしながらニューヨークのアンダーグラウンドを練り歩き、時にはともに死線を超え、そして地獄を抜け、そしてその果てに容赦のない復讐が遂行される。そして、その最後には"incant"などというあまりにも深く美しい単語が読む者の胸の真ん中にまっすぐと打ち込まれてくるのだ。これこそが読むべき小説だ。いくら絶賛しても足りん。2003年発行から14年かよ…。でもとにかくやっとこの作家、この作品にたどり着けて本当に良かったよ。日本で翻訳が出なかろうが、他に誰も読まなかろうが、この作家、この作品が私にとって魂を揺さぶる存在であるには関係ない。私はこれからAdrian McKintyを読み続けて行くのだ。ざまーみろっ!

そしてこの物語はさらに続く。3年後の2006年に発表された第2作『The Dead Yard』。この物語がどう続けられて行くのかはまだわからない。だが一つ想像できるのは、またしてもこちらが予想したり期待したりしたようには絶対に動いてくれないだろうということである。なーんだか読むって言っちゃった3部作やら言ってないけど早く読みたい3部作やらも山積みなのだけど、なるべく早くその第2作を手に取り、またとにかくMichael Forsythe=Adrian McKintyの語りにひたすら耳を傾けて行こうと思うばかりであります。

さてと、まだまだ到底足りない気もするが、とりあえずネタバレしない範疇でこの作品について言いたいことはある程度語れたのではないかと思います。それではここからは罵倒のコーナーです。今回はもしこのような作品が翻訳された際には、そこらで安穏として反論もされないと思っている気取り屋からこのような作品に必ず寄せられるであろうお決まりの表現、「よくある」「ありきたり」問題についてとことん罵りのめしてやる所存であります。
一体いつ頃にそれが始まったのかは不明だし、結構長い間に渡りそんな言い方してりゃ利口に見えると思ってる猿真似マニュアル馬鹿の気取り屋どもによって受け継がれてきたようにも思える。長い間目にしててもそれほど気にしてはいなかったのだろうが、数年前ぐらいだったかそれにぶつかってしまった。まだ翻訳にも期待していたころで、わーやっとこういうのが久しぶりに出たか、と大変楽しく読み終わって他人の感想を見てみたところ、いきなり「よくある話」とぶった斬り。何を考えてんだこの野郎!こちとら散々そういうのを探しててホント久しぶりに出会えたっていうのに!どこにこういうのがそんなによく転がってるってゆーんだよっ!と大変憤慨したものである。そんで気にし始めるとまあホントにあっちこっちでこういうこと言い散らかしてる奴がいるわけですね。そんでしばらくしてやっと言ってる意味に気が付いた。こいつらはこういう作品がよくあると言ってるのじゃないわけね。要するに、現実の警察官が退職まで一度もお目にかからないような不可能犯罪でもなく、国際的謀略でも、大掛かりな金融犯罪でも、政界の暗部に迫ったものでもなく、常習的な犯罪者や犯罪組織が起こす犯罪事件を描いたものを、「よくある」と言ってるわけね。…馬鹿じゃないの?ホントに呆れたよ。
このチープ極まりない気取り屋の常套句のルーツがどこにあるのかは不明で、もしかしたらミステリ方面ですらなく、映画方面なのかもしれない。なーんだか「ありきたりのギャング映画だが、女優○○が美しかった。」とか言って昭和のテレビ映画解説者ぐらいのことを言ってるつもりになってるひょっとこ野郎を見かけたこともあるし。おなじみ○○の一つ覚え「マーク・グリー二ーとくらべれば」みたいなのを罵った後に、どうせ言ってるの子供なんだから言いすぎちまったかな、と自分の大人げなさを数秒反省するときもあるが(あくまでも数秒)、こーゆーのやってるのって明らかにいい歳じゃない。テンプレートに書き込んだ感想で利口ぶれるもんじゃないぐらいわからなくて、何の人生経験なのか。これがどのくらい根の深いもんなのかはわからんが、こんな頭の悪い常套句にいつまでも自分の心から愛するジャンルがコケにされるのを見過ごしてはおれんのだ!今後は「読書のプロ」辺りがこんな言葉を平気で使ってるのを見かけでもしたら、名指しでとことん罵倒してやるぐらいの気持ちで長年放置され続けてきた「よくある」「ありきたり」馬鹿どもに戦いを挑んで行くつもりでいるので覚悟しやがれ。どっかのロクデナシが始めたいい加減なレッテル貼って安心する前に悪い頭でも一生懸命使ってきちんと自分の頭で考えた言葉で語りやがれ!「プロだろうが。」(私の心から愛する映画の一つ『野獣死すべし』の佐藤慶のセリフより。仲代達矢版もこの倍ぐらいの長文かけるぐらい好き。)
にゃんだかさ、色々考えてると一旦はAdrian McKinty翻訳出るといいなあ、とか言っちゃったけど、どうせ出てもろくなことになんないのかな、出ない方がいいんじゃないのかな、ぐらいの気がしてきちゃったよ。でもさあ、これでMcKintyに初めて出会えて、こんな優れた作家がいたのか、と感動できる人だってまだ沢山いるはずなのだよね。だからやっぱり何とか1作だけでも翻訳されないかなあ、と思うわけです。そうしたらさあ、もう後は今は電子書籍もあって手に入りやすいんだから原文で直で読めばいいわけ。もー日本の出版社なんて全部つぶれちゃっても全然困んないよ。やれやれ。
またしてもあまりにも素晴らしい作品を読んでしまったため、随分と荒れてしまいました。お騒がせしましたが、今回は一旦はこの辺で。まあ最後にもう一度言いますが、Adrian McKinty作品は必読!これこそが読むべき作家、作品である!

Adrian McKintyホームページ


【その他おしらせの類】
まずは皆さん今年のアンソニー賞のノミネート作品をご覧になったでしょうか?まだの人はCrimespree Magazineのウェブサイトのこちらでも。なんとペーパーバック・オリジナル部門にあの今は亡き280 StepsからのEric Beetnerの『Leadfoot』が!いや素晴らしい。出版社が無くなったっていい本はいいんだよ。作品は出版社じゃなくて作家に属するのだ!と言わんばかりのアメリカのミステリを愛する人たちの心意気。どっかの国じゃあ年末のランキングが出版社や本屋のためにだけあると思ってる(まあ実際そうなんだろうが)「読書のプロ」先生が『ポップ1280』を1位にしたのはまずかったね、なんて苦笑いしてたらしいよ。情けなくって笑う気にもなれないよね。いや、今回はもうやんないから…。しかしかくいう私もいまだになかなかEric Beetnerさんの作品にまでもたどり着けないという情けない始末。何とか頑張って早くBeetnerさんの本も読むっす。オイラもまず『Leadfoot』からやっちゃおうかな。
そして280 Stepsと時を同じくしてBlasted Heathが没した後作品が絶版となっていたDouglas LindsayのBarney Thomsonシリーズも復活しました!…のですが…、こちらLindsayさんの個人出版社であるLong Midnight Publishingからのリリースという形になっています。なんだか最近のLindsayさんのブログ(Douglas Lindsay.com-The State of Things)を読むともう一つのパブリッシャーFreight Booksも経営困難に陥っているそうで、なかなか思うように過去の作品も出版できず、ということでこのような形に踏み切ったということのようです。本当にいい作家なのに。うまくいかないなあ。とにかくはまたこの大変楽しいシリーズ(まだ1作しか読んどらんが確信はある!)が読めるようになっておりますので、未読の人は是非に。価格も1巻100円ぐらいと大変お得!わーこれが100円で読めるなんて!Unlimitedもあるよ。私もこの大変優れた作家を少しでも応援すべく、今後はシリーズの続きも他のシリーズもどんどん読んで推して行くつもりでおります。ホントだって!
そしてPolis Booksからはこちらの作品『Shallow Grave』。 Alex SeguraとDave Whiteによる、それぞれのシリーズキャラクター、Pete FernandezとJackson Donneが登場する合作中編が現在無料で読めます。Polis Booksからは他にもAlex SeguraとRob Hartによる合作短編『Bad Beat』も出ていてこちらは122円で販売中。今回新しいのが出てPolis Books Twistってシリーズになっているようです。Polisのこの辺のシリーズは日本でもこういうのを待ってて読んだら気に入る人が絶対に多いはずなのでまだ手を出していない人はこのチャンスに入手すべし!

とまあ、今回はこんなところでしょうか。また著しく遅れてしまったのですが、今回は歯を抜きました。歯を抜くのは凄く痛くてかわいそうなので、ブログとかは少し休んでも良いという決まりになっています。なんか色々無理がたたったのかこの週末はジンマシン出てほとんど寝てたりなかなかうまくいかんよ。トホホ…。しかしまあ、体調悪かったりするのは仕方ないにしても、前回は延々とグダグダと書いていたり、なんかその間にずいぶん書かなきゃならないものも溜まってきているので、ちょっと今後はなるべく効率よく多くのものを書ける方向で考えないとな、とか思っておりますです。今回も色々余計なことを書きすぎたので、中飛ばしちゃった感じでもお付き合いくださった人はありがとうございました。なんか頑張るっスよ。ではまた。


●Adrian McKinty
■Dead Trilogy


■Sean Duffyシリーズ




●Douglas Lindsay
■Barney Thomsonシリーズ





■DCI Jerichoシリーズ


■DS Huttonシリーズ



●Polis Books Twistシリーズ



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2017年5月28日日曜日

Black Summer -Warren Ellisのアンチ・ヒーロー作!で?アンチ・ヒーローって何?-

予告いたしました通り、前々回に引き続きウォーレン・エリス作品、『Black Summer』です。2007年から2008年にかけて、第0号から7号までの計8号でAvatar Pressより発行。作画はスペイン出身のアーティストJuan Jose Ryp。ジャンルとしてはアンチ・ヒーロー物というところでしょうか。とりあえずはまずそのあらすじから。

【あらすじ】
Seven Guns。彼らはかつて大学で出会い、天才的な理工系学生のTom Noirを中心に、それぞれ様々にテクノロジーで強化された能力を使い、不正と闘うべく結成されたヒーロー・チームだった。しかし、過去に起こったある事件の最中、爆発に巻き込まれ、彼らの技術的なサポートをしていたFrank Blacksmith、そしてTomの恋人でメンバーの一人だったLauraが死亡。Tomも片足を失い、活動からは身を引き、チームは事実上空中分解の状態にあった。

チームを離れた後、絶望し酒浸りの荒んだ生活を送るTom。30歳の誕生日を孤独に迎え、TVをつけた彼の目に信じ難いニュースが飛び込んでくる。
Seven Gunsの一人、攻撃と防御を兼ねた眼球型の兵器を身体の周囲にまとう無敵の男John Hoursがホワイトハウスに乗り込み、合衆国大統領を殺害したというのだ。
そして、血みどろのままTVカメラの前に現れたJohnはこう告げる。この国の不正をただすために大統領を処刑した。自分はこの国の正義を守るため、いつでも戦う用意がある。この国に真の自由を取り戻すため、自由選挙を実行せよ。

TVの前で驚愕するTom。だが俺にはもう関係のないことだ。俺はもうヒーローなんかじゃない。そしていつものように酔いつぶれる。

ドアベルの音に目を覚ますTom。嫌々ながら玄関に向かい、ドアを開けると、そこにいたのは死んだはずのFrank Blacksmithだった…。


こうしてこの物語は始まる。
Seven Gunsの後のメンバーは、超高速の移動能力を持つZoe、飛行能力のAngela、重量級のバイクにまたがり強力な銃を操るKathryn、と女性が3人続き、最後にもう一人の男性メンバー、強靭な肉体と怪力が武器のDominic。彼らはJohnと話し合い真意を問う余裕もなく、大統領殺害の犯人に連なる社会の敵とみなされ、降りかかる火の粉を払うべく血みどろの戦いに巻き込まれて行く。
そして死亡したと思われていたFrank Blacksmith。実は彼は自らの死を偽装し、政府機関にその技術とともに寝返り、密かに研究を続けていた。そして今、新たに開発した超人軍団を率い、Seven Gunsの最大の敵として彼らの前に立ちはだかるのだった。

物語のところどころに、そこだけは白黒の画でまだヒーローになる前のそれぞれの過去が断片的に描かれます。理想に燃え、社会の不正に憤る若き日の彼ら。しかし、彼らがヒーローとして戦った日々のことは一度も具体的には描かれず、現在社会の敵として追われ、容赦ない反撃で血みどろの戦いを繰り広げる彼らの姿のみが描かれ、その過去と対比されます。
そして物語の終盤、ある人物により、ヒーロー・チームとしてのSeven Gunsの闘いとは何だったのかが語られます。不正をただすため、法を超えてヴィジランテとして戦うということは、結局はその不正を行うものと同じ立場に立ち、そこで戦わなければならないということ。そして、John Hoursはそれに耐えられなかった。彼はその理想と、そこからくる弱さゆえに上からすべて壊せば新たに正義が実現されるという考えにすがったのだと。
これはヒーローという形で世の中の不正と直接力で戦うという方法で社会の変革を目指し、そして破滅していった者たちの悲劇の物語。しかし、それは本当にただの青臭い理想で間違っていたのか?物語の最後にはほんのかすかではあるけど、希望も語られる。そこもちゃんと見逃すなかれ。

ウォーレン・エリスという作家について語るにはまだまだだとは思うけど、この作品と『Transmetropolitan』を読んで感じるのは、ひとつメッセージ性を持ったテーマを中心にストーリーを組み立てるのが巧みな作家だということ。2007年から書かれたこの物語には、もちろん9.11後の正義についての考えも描かれている。若者の理想と現実とのギャップからもたらされる挫折と破滅。ヒーローとしての活躍が一切描かれず、あたかもそんなものはなかったように語られる物語をヒーロー・コミックへの否定と解釈する人もいるかもしれない。しかしである。そーやってメッセージらしきものを読み解くってことが本当に重要なんかい?エリスは現代に生きる作家であり、もちろん社会の動きを自分なりの目で見、それなりの考えも持っていてそれは必然的に作品に反映されるものであろう。しかし、もしかしたらエリスにとってはそんなものほとんどがこの物語を組み立てるための道具でしかないのかもしれない。これは非常識なまでに力を拡大させた超人が生身で兵器とぶつかり、莫大な破壊をもたらし、そして同様に強化された敵と身体を引きちぎるような戦いを繰り広げるすさまじい物語である。私はその土台となるもの、エリスがこの物語を組み立てるために打ち立ててテーマというものが重要でないと言ってるわけではない。しかしこれはコミックという形で作られた物語である。それを、更には物語そのものをも道具としかみなさず、セリフを引用するような形でメッセージらしきものを読み解こうとするようなやり方では決してこの作品を、そしてあらゆる物語という形で作られたものを理解することなんてできないのである。「これは○○というテーマの話である」、「これは○○ということを表現している」と大抵はテストの回答欄に書くようなシンプルで明快で単純な答えを得ることで「理解」しようとしてしまう。しかし、その「○○」というテーマと、兵士の身体を貫通し手足を引き裂くすさまじい銃弾は常に等価にある。そのすさまじい戦闘シーンはそのテーマを語るための手段であるのと同時に、そのテーマと見えるものはそのすさまじい場面を描くための道具でもあるのだ。「物語」とは多分それ自体が力を持った生き物みたいなもんである。人はそのなんで存在してるのかもわからず、わけのわからない力で目的も理解できぬまま自分の心を引き付けて行ってしまうものに、何とかわかりやすい解釈をつけて征服したみたいな気分にならんと不安なのだろうね。
んむむむ、難しいっす。結局は感覚的にはそういうやり方じゃダメだ、って見えてるのだけど、やっぱり説明すると何かメッセージ性の強いテーマを扱った描かれてる作品だけに、どうしてもそっちに流れる形で説明しようとして、おめー、それじゃダメなんだよっ、て感じの結局は別に笑える要素とかはないノリツッコミってところでしょうか。うーん、まだまだウォーレン・エリスという作家の輪郭をつかむまでの道のりも遠し…。

そして、この圧倒的な「物語」の力の半分をなすというべきものはもちろん画の力である。スペイン出身のアーティストJuan Jose Ryp。まずはこちらの画をご覧いただきたい。


例えば身近に好みのタイプの女性がいて、ずっときれいな人だなと思っていても実際に恋心を抱いてしまうにはあるきっかけとなる瞬間があるものです。私がこのJuan Jose Rypの画に、うわっ、やられた!とメロメロになってしまったのがまさにこの画なのであります!結構太めの線を使いながらのかなり細かい描き込みというある種矛盾したようなスタイルの画は最初から気に入っていたのだけど、第2号6ページのこの画を見たときには完全にやられた。スゴイ!セオリーをねじ伏せる恐るべき力業!市街地のビルの間の空を飛翔する巨乳美女Angela。その背景はかなり書き込まれたビル群。おおよそ日本でも英米でもカラーの使用という違いはあっても事情は変わらないと思うのだけど、普通はこんな画を作らない。日本において多く使われる手法としては人物と背景の間に細い空間を空ける。単純に手前の人物を中心に画全体を見やすくするためだけど、例えば映画などでも手前の人物にピントを合わせ、背景を少しぼかすというのと同じ理由で理にかなっているわけです。もしくは根本的に人物と背景の被らない構図を選ぶ。しかしこの画ではJuan Jose Rypはむしろ意図的に巨乳美女と背景のビルが重なる構図を選び、しかも巨乳の方が若干線は太いが背景の描き込まれたビルの線と完全にくっついてる。しかし!多少見難かろうがこの画は圧倒的に格好いい!これほど力強く格好良く飛翔する乳は見たことがない!飛んでる乳も背景のビルも画の中では同じぐらい重要だからこう描いたんだよ、文句あるか?と言わんばかりの画である。こんな画を見せられては惚れずにはいられまい!スゴイぞJuan Jose Ryp!この作品の中ではこの乳以外にも、恐ろしく描き込まれた破片による破壊描写や異様なエネルギー放射、血みどろの人体破壊などかなり見るべき素晴らしい画は多い。いやむしろそっちを出すべきなんだろうが、私としてはこのJuan Jose Rypさんにぞっこんになってしまったこの画をあえて選ばせてもらいました。あとのスゴイ画はそれそれの目で目撃すべし!現在では私の中ではJuan Jose Rypは、あの英2000ADのバイオレンス画の達人にして気さくなマジック兄ちゃんLeigh Gallagherと並ぶポジションとして行く末を見守るべき重要アーティストとなっております。と言いつつなかなかその後を追えていなかったりするのは毎度のことなのですが、改めてJuan Jose Rypのキャリアについて書きますと、ちょっとスペイン時代のことはわからないのですが、2002年ごろからアメリカではAvatar Pressで活動をはじめ、やはりこの『Black Summer』が多くの目を引いたのか2010年頃からはマーベル、DCの仕事も多く手掛けるようになります。その後Image Comicsのロバート・カークマンのSkyboundからDavid Schulnerとの『Clone』などを経て、現在はValiant作品なども手掛けているようです。ちょっと今回は中途半端な感じだけど、ホントに注目してんだからいずれもっとちゃんと書くよ。ごめん。

と、いかに優れたライターでもその作品をコミックとして優れたものとするには優れたアーティストの力が必要となるわけなのですが、やはり前々回の『Transmetropolitan』におけるダリック・ロバートソンのように、その時そばにいた優れたアーティストと組み、その最大限の力を引き出すっていうのも優れたライター、ウォーレン・エリスの力なのではないでしょうか。エリスについては今後ももっと色々読んでいくからねっ。
さてエリスのAvatar Press作品についてですが、まあそれほど代表作的に語られる有名作こそありませんが、ある程度の量はあり、やはりAvatar Pressというところの特殊性ということも加え必ずや読む価値のあるものと考え、個人的には色々と探って行くつもりであります。いつものように読もうと思ってるものについては内容を調べないので、どんなものかはわからないままリストとしては並べておきますので。
一方そのAvatar Pressなのですが、ちょっとここに来て勢いが落ちてきた様子。やっぱりImage comicsを中心に作家がオリジナルの作品を書きやすい状況になってくるとAvatarの利点も低くなり、どうしてもパブリッシャーの規模としても劣るところとしては仕方のないことなのでしょう。やはりこれまでの付き合いもあり、有名作家の名を連ねたアンソロジー的だと思われるものは出ているようだが、後は主にバッド・ガール物のBoundless Comicsのリリースという感じになってきている様子。しかしその状況になっても、過去のものとしては18禁、17歳以上推奨みたいな方向が多いAvatar Pressの一味違う独自性には魅力がある。まあこちとらそもそも最新作情報でやってるところじゃないしね。今後もAvatar Press作品についてはなるべく多く取り上げて行く予定。とりあえず近いうちに『Crossed』の続きはやりますから。いつかはBoundless物もやりたいなあ。乳。


で、今回はちょっと「アンチ・ヒーロー」についての自分なりの考察を少し書いてみようと思います。相変わらず他人が書いているものを全然調べないので、こんなの普通にそこらでみんな言ってることだよ、って感じだったらごめん。まあいいじゃん、どうせここ俺んちだから。
まずアンチヒーローとは何か?例えばヒーロー・コミックの実態に関し全く知識がなく、ヒーローという存在をそもそもちょっと斜めに見ている日本の多くの人が考えるのは、現実には存在せず、「リアリティに欠ける」ヒーローというものを否定的に扱ったものという感じではないでしょうか。多分アンチ・ヒーロー的として真っ先に思い浮かべられそうな『キック・アス』という作品も作者の意図とは反し、ヒーローものをパロディ的に扱ったコメディ作というようなとらえられ方をしているかもしれません。しかし、実際のヒーロー・コミックもアンチ・ヒーロー・コミックもそういうものとは違っており、更に言うならば私見ではありますがアメリカの現在に至るヒーロー・コミックの歴史というのはアンチ・ヒーローの歴史とも考えていいのではないかと思っています。実際の近年のアンチ・ヒーロー・コミックについては後述するとして、まずはこの辺のヒーロー・コミックに関する私見について語ってみようと思います。と言っても大上段本格的にアメコミの歴史について語るにはかなり知識も乏しいのでかなり雑な概観になりますが、その辺は勘弁してね。
まず、これからアメリカン・コミックを読み始めようとしている人がいるとして、どれを読んだらいいのかと調べてみるとそのおススメにまず確実に入っているものとして『バットマン・イヤー・ワン』という作品があります。現代のアメコミを代表する不動の名作となっているコミックですが、1987年に出版されたこの作品、フランク・ミラーによるダークでリアリティの深いアンチ・ヒーロー的視点により『バットマン』を語り直したもので、これによりバットマンが現代に蘇生されたという作品です。またマーベルでは、そもそも現代のマーベル・コミックスの歴史の先頭に書かれるスタン・リーによる『スパイダーマン』が当時の既存のヒーローに対するアンチ・ヒーローであったわけで、その後80年代にはタブーである殺人をも辞さないアンチ・ヒーロー、ウルヴァリンの登場により『Xメン』が人気となります。その後も、パニッシャー、デッドプールといった通常のヒーローストーリーから見ると例外的なアンチ・ヒーローが現れ人気を博し、その最新が最近その両者に続きマーベルヒーローをぶっ倒したThe Unbeatable Squirrel Girlでしょう。りすガールすげー読みたいんだけどそこに至るまでの流れになかなか追いつけなくて…。でもそういえばりすガール最近だんだん可愛くなってない?私はあのマーベルの造形基準を限界突破してるルックスが好きなのだけど…。

と、まあ全ての物はカウンターであるアンチの登場によってアップデートされ生き永らえて行くわけなのだが、ここはまずアメコミに限定して話を進めて行きましょう。おそらくアメコミ最大のアンチ・ヒーローの動きというのはその後の90年代のトッド・マクファーレンらによるImage Comics設立に至るところでしょう。今アメコミについて中心的に発言しているのは主にこの時期からのファンの人だと思うのだけど、ちょっと自分はその辺に暗かったりもするのだが…。アメコミのヒーローとアンチ・ヒーローを分ける最大の点は、そもそも子供向けに始められたコミックのヒーローは決して人を殺さない、ということだろう。そしてそれはこの時期、多くのアンチ・ヒーローの登場によりあまり重要な意味を持たなくなったのではないか。もちろん今でも王道のヒーローは人を殺さないというルールは厳格に守られている。しかし場合によっては人を殺すこともあるヒーローの活躍により、実はそれって思ってたほど重要じゃなくて、決して人を殺さないヒーローによっても大人の読者も納得できるようなストーリーを作れるんじゃね?と作り手も読み手も気付いた、ということなんじゃないかと思う。そんな風に2000年代に向けてアンチによりアメコミはアップデートされたのではないかというのが私の意見です。

そして2000年代初期のアンチ・ヒーロー・ストーリーとして私が大変感銘を受けたのが、イベント『ハウス・オブ・M』の中のエド・ブルベイカーによる『キャプテン・アメリカ』10号です。まあ『ハウス・オブ・M』についてはいろいろ情報もあるだろうからそっちを調べてもらえればいいが、色々あってスカーレット・ウイッチの力が暴走してすべての現実が書き換えられてしまったという世界で、キャプテン・アメリカ、スティーブ・ロジャーズは第2次大戦末期氷漬けにならず、戦争の英雄として帰還し、普通に年を取って現在は老人となっている。そしてその書き換えられた現実の中でのこれまでの彼の人生が語られるのがこの作品です。終戦後、英雄として帰還したキャプテン・アメリカ/スティーブ・ロジャーズ。だが、戦後の世界で待っていたのは増大するミュータントへの危機感からもたらされたミュータント狩りの嵐だった。そして、戦争中ミュータントと思に闘ったキャプテン・アメリカも議会の委員会に呼ばれ、聴聞を受ける。しかし共に戦った友を裏切るつもりなどない彼は聴聞会の場でそのマスクを脱ぎ、キャプテン・アメリカであることを辞める。その後も軍に残ったロジャーズは、終戦の十年後、初めて月に降りた宇宙飛行士となり、再び英雄となる。そしてその現実ではミュータントの人口も爆発的に増加し、もはやマイノリティではなくなり、やがてマグニート=マグナスが世界のリーダーとして受け入れられるようになる。だが彼の中に独裁者の影を感じ取ったロジャーズはマグナスを支持し疑わない市民の前で「私には彼の言葉はスターリン、ムッソリーニ、そしてヒットラーと同じに聞こえる」と彼を糾弾し、軍を追われ、英雄の座から再び引き下ろされるのだった。スティーブ・ロジャーズ。彼はコスチュームを着けているからキャプテン・アメリカだったのではない。その自由を信じ、何よりも重んじる精神がキャプテン・アメリカなのだ!アンチ・ヒーロー的と言うべきストーリーの中で真のヒーロー精神を語る重量級の問題作である。私はこれを読んでブルベイカーのキャプテン・アメリカは必ずすべて読むぞ、と心に誓った!いやまあ、いつものことであんまり進んでないけど…。

在郷軍人会に出席し、その人生を回想しながら帰途に就くロジャーズ。もしかしたら私にはもっと別の人生があったのかもしれない。だが、これが私の人生なのだ。そう締めくくるロジャーズの顔には後悔などない。そしてそんなロジャーズを、これが書き換えられた現実であることを知るマーベル・ヒーローたちが陰から見守る、というシーンでこの物語は終わります。ロジャーズはこの変更された現実の中で真実を告げられることはなく、本当の現実を取り戻すための闘いにも参加しない。ロジャーズは老齢でその力もないため、という風にも説明されるが、しかし、このスティーブ・ロジャーズに誰がこの現実は虚偽だなどと告げられるだろうか?たとえそれが真実ではなくてもそこにいる老人はその人生を生きてしまい、それはあまりにも重いのだ。このラストシーンは、私にはそう告げているようにしか見えないのだが。

あまりにも好きな一編でいつか語りたいなと思っていたらチャンスが来てしまったのでつい延々と書いてしまったよ。あれ?ところでこれって翻訳出てるの?出てないの?日本のマンガを読んでいる人は、こういう会社の方が版権持ってるような作品ってライターがどうこう言っても結局はその人が全部考えた話を書いてるわけじゃないでしょう、と思うでしょう。それはもちろんそうで、ある程度話の方向とか作家も含めた会議レベルで決定されてるんだろうな、とは思うのだけど、そこでその話をどう語るか、どう見せて行くかが作家の手腕の見せ所なのである。例えばこの『ハウス・オブ・M』でキャプテン・アメリカが冷凍されず老人となっているというのは、もしかしたらブルベイカーのアイデアかもしれないけど、仮にこの時期ブルベイカーがキャプテン・アメリカのライターでなく、別の作家が担当していてもそういう話になったかもしれない。でもその場合は老人キャプテン・アメリカも何らかの形で戦いに参加していたのではないかと思うのですよね。ブルベイカーは常にキャプテン・アメリカの本質について考えてシリーズを書き、そして彼が別の現実ではあっても戦後の世界をどう生きただろうか、と深く考察してできたのがこの作品で、そしてその結論からのマーベルワールドとしてはむしろ例外的な展開だったのではないかとも思うのです。
そして当然皆さんもご存じの通り、翌2006年のイベント『シビル・ウォー』の最後にキャプテン・アメリカは(一旦)死亡する。キャプテン・アメリカはなぜ死んだのか、と当時のアメリカの社会状況と結び付けて語ろうとするのはいささか強引ではないかと私も思うのだけど、このポスト・アンチ・ヒーロー・ムーブメント期の、そしてポスト9.11期の一つの到達点であるこのイベントで、エド・ブルベイカーにより深く英雄精神を描かれた真のヒーローであるがゆえにキャプテン・アメリカはこのアンチ・ヒーロー的ストーリーに決着をつけるため死なねばならなかった、とかいうのもやっぱり強引でしょうか。なんかアンチ・ヒーロー的手法で真のヒーロー性について書くこともできるとか、アンチ・ヒーロー的に世界が動くときにはその中で純粋にヒーロー的である者がアンチ・ヒーロー的立場に立つというような逆のそのまた逆、みたいな話をするつもりだったのだけど、結局ブルベイカースゴイみたいな流れになっちまいました。でもブルベイカーだから仕方ないか。

でもなんか延々と書いていると結局ナントカ論みたいになっちまうものですね。私が「論」みたいなもんが嫌いなのは、その「論」を展開して行くうちに自分の説を通す方が重要になってきてそれに合うようにあるものは強引に捻じ曲げ、どうしても合わないものは意味がないように扱ったり、あたかも存在していないように無視したりするところなのだが。どんな世界だってあんたの理屈を通すために存在してるんじゃねーよってこと。まあ今回は好きなコミックの楽しいお話が私の未熟さ故「論」に堕してしまった、ということでこのまま進むしかないです。もういい加減長くなってしまっているのだが、まだしばらく続くので、トイレを我慢している人は今のうちに行っておくか読むのをやめましょう。人生にはもっと大事なものがあるしね。乳とか。
えっとそれでここでちょっと修正です。書いている途中で薄々気付いてきてはいたのだけど、何分主な推進力が勢いだけですので途中での修正が効かなくなってしまっていたのですが、私カウンターとしてのアンチやアンチヒーローと、アンチ・ヒロイズムとヒロイズムというのをごちゃごちゃにしたまま一緒くたに語ってしまっていました。すみません。またややこしいことを言い出したかと思われるかもしれませんが、その辺でわかりやすい例になるんじゃないかと思うので、ちょっと思いついたけどいい加減長すぎるのでやめようと一旦は思った日本のヒーロー、アンチ・ヒーローについてちょっと書いてみようかと思います。

まず日本を代表するヒーローと言って誰もが思い浮かべるのはあの仮面ライダーでしょう。そもそもがTVとのメディアミックスとして企画されたもので、同71年から開始されたマンガ版はちょっと原作というには当たらないところでしょうが、石ノ森章太郎によるオリジナルという考えはそれほど間違ってもいないと思います。で、これを読んだことがある人ならおわかりでしょうが、この作品ヒーロー物ではあるけど、アンチ・ヒロイズムに満ちたキャラクター、ストーリーの作品です。石ノ森のメディアミックス的作品は多いのだけど、その多くが(ロボコンは違うか…)アンチ・ヒーロー的作品で、それはTVシリーズの方にも幾分は反映され、より人間味のあるヒーローという感じで人気を博していったということなのかもしれません。いや、ちゃんと検証してないのでどういう世間的評価になっているのかすら知らないだけなんだけど。石ノ森作品ではそれに先立つサイボーグ009も赤いマフラーをなびかせてかっこいいのだけど、その物語は様々な葛藤と苦悩に満ちたアンチ・ヒーロー的作品です。そしてそれ以前のヒーロー物というのは月光仮面に代表される純粋に正義のために闘う、アメコミで言えば初期のバットマンやスーパーマンのように王道のヒロイズムによるヒーロー作品だったわけです。石ノ森自身がそれについて直接アンチという考えであったのかは知らないけど、とにかく新しいものを作りたいという気持ちがあったのは当然のことで、それはとにかく結果としてそれ以前のものに対してもアンチともいえるヒーロー像を作り出したわけです。更に視点を拡げると、結局70年代というのはアンチ・ヒーロー時代でマンガ以外にも多くのアンチ・ヒーローが登場していたわけですが、くれぐれも言っておくが石ノ森章太郎の天才性を雑に時代性に従う方向で語るような「論」に騙されんようにね。そしてマンガでもそのすぐ近くにもはや濃縮アンチ・ヒーローのような若き日の池上遼一による日本版スパイダーマンというようなものもあったわけです。まあこの作品は初期は小野耕世がオリジナルの脚色を監修し、のちには平井和正が原作=ライターを担当したわけだが、なんといっても池上遼一の画無くしては現代にまで残る作品にはなりえなかったので、まず「池上遼一の」と言えん奴にはマンガ/コミックを語る資格なし!そして更に数年後にはアンチ・ヒーローの決定版ともいうべき永井豪のデビルマンが登場するわけである。
そして時代は80~90年代、アメリカのアンチ・ヒーロー・ムーブメントと同じころ、日本では鳥山明のドラゴンボールが登場する。これをヒーロー物と考える人は特に日本では少ないかもしれないが、現在の日米のマンガ/コミックを包括した視点で見れば明らかにヒーロー・ジャンルに属するものであろう。そして、鳥山がそもそもヒーロー的な方向のストーリーを書く意図もなく様々な主に外的とも言える要素からこの作品がその方向にシフトしたのは自明のことであり、鳥山自身にもアンチ的な考えもなかっただろうにしても、この作品はそれまでの日本のヒーロー物の流れに対してアンチというべきポジションにある。更にこの作品はこれまで語ってきたような考えで言えばヒーロー物としては王道のヒロイズム方向で描かれているストーリーなのである。つまりこれがもはやアンチ・ヒーロー的なものが主流となっているところでそのアンチというポジションで現れた王道ヒロイズムが取って代わったという例。そしてその王道は過去の月光仮面の回帰的なものではなく、更にその主人公孫悟空はアメコミのデッドプールにも通じるところのあるようなある種の例外性というようなアンチ・ヒーロー部分も含んでいたりもするのです。同時期にはそれまでの日本のヒーローもの的な流れを極限までチューンナップ、何か化させたような聖闘士星矢という作品もあるのだが、その後のナルト、ワンピースという流れを見れば鳥山明的王道ヒロイズムが主流となったのは明らかではないでしょうか。

そして、実は日本のマンガにはもう一つのヒーローの流れがあります。まあこれをヒーロー物として分類する人はあまりいないだろうが。それは、ある程度の時期まではむしろそっちが日本のマンガのメインストリームだったスポーツ・ヒーロー物です。スポーツをテーマとしたマンガは、そもそも人気ジャンルとしてそれ以前にもあったようですが、それを決定的にメインストリームへと押し上げたのが梶原一騎であることに異論を唱える人はいないでしょう。日本に限ったことではなくほかの国でも同じでしょうが、子供が従来のヒーロー的なものを「卒業」したということにして次にその場所に置き換えるのがスポーツであることからも、スポーツものをヒーロー・ジャンルとして考えることはそれほどそれほど見当違いではないと思うけど。そして梶原スポーツヒーローは根性、熱血といった常人にはないパワーをもとに魔球、必殺技を編み出し、敵と超人的闘いを繰り広げて行くというスポーツヒーロー物語で日本の少年向け(当時は少年向け・少女向け・成人向けの3ジャンルのマンガしかなかった)マンガの王道となるわけですが、ここで注目したいのが実は梶原一騎のヒーローはすべて(と断言する!)アンチ・ヒーローだということです。矢吹丈が眠狂四郎、座頭市とも並ぶ日本を代表するアンチ・ヒーローなのは当然ですが、では星飛雄馬は?巨人の星というマンガは誰もが名作と認めながら、あんまり好きではないという言い方をする人も少なくなかったりするのですが、それは極貧の中、野球に異常に執着する暴力的で半ば狂人に近い父親に育てられ、プロ野球選手になっても一つの敗北でキャリアがほとんど破綻するような形でしか仕事ができず、恋をしても運命的に破局に至るような人生誰も歩みたくないってことじゃないでしょうか。こんなにみんながなりたくない人ってアンチ・ヒーロー以外の何?このように70年代の通例通りアンチ・ヒーローを主人公としながらほぼ天才梶原一騎一人の力で日本のマンガのメインストリームはスポーツマンガとなって行ったわけです。アメリカでほぼスタン・リー一人の力でその後のアメコミが形作られたのなら、当然イッキ・カジワラにだってできるんだよ。もしアメリカにいたのがスタン・リーじゃなくてイッキ・カジワラだったらアメコミと言えばスポーツ・コミックってことになってたかもしれないし、日本でも梶原一騎が現れなければ日本のマンガももっとヒーローメインのものになっていたかもしれないのです。アレ?まだついてきてくれてる人いるよね…。
前述の71年の仮面ライダーの開始時期も実はすでに梶原スポーツヒーローがメインストリームとなっていたころで、その後のヒーロー的ストーリーにもある程度はこちらの流れが影響してたりするのも少し複雑なところで、先ほどちょっと意図的にさらりと流した聖闘士星矢も作者車田正美はそもそもが本宮ひろ志の門下生で、それに先立ちボクシングマンガリングにかけろをヒットさせていたりもするわけです。そして70年代中盤の遠崎史朗/中島徳博のアストロ球団なんていうのはどっか行きすぎちゃったスポーツヒーロー物としてアメコミに当てはめればロブ・ライフェルド方向にあたるのかもしれません。そしてここにもアンチが登場。ご存知ドカベンをはじめとする水島新司作品です。梶原一騎とはほぼ同世代ぐらいで同じように少年向けマンガの始まりから活動している水島新司には、梶原先生の作品はちょっとな、ぐらいの気分はあったかもしれないが、怖いしあからさまに表明はしてこなかっただろうけど、自分の好きな方向で描き続けているうちに次第にそっちの方が人気を集めるようになり、アンチ的なポジションで勝利を収めたというところではないかと思います。そしてこれも内容的には梶原一騎のアンチ・ヒロイズム的作品群と比較すれば王道ヒロイズムと考えていいような作風だったわけです。しかしよく見てみると水島マンガというのはシリーズキャラクターが一堂に会して戦うのがあったりシリーズのキャラクター同士の交流も多かったりと、案外アメコミと共通点多かったりしますね。

とまあ、ヒーロー物のメインストリームがアンチ・ヒロイズムによるアンチ・ヒーローを主人公としたものになることもありえ、またそのカウンターとして王道の方のヒロイズムがアンチとして現れるということもありうる、ということをちょっとうまい例が見つからないアメリカのものに代わって、日本のマンガの例で描いてみたというわけです。本来日本のヒーローものを語る上では主要な要素であるTVでの展開について全く触れていないことで、不満、異論は多数ありましょうが、とりあえずアメリカのコミックに照らし合した形で日本のマンガについて語るというあんまりない試みということでご容赦いただきたい。そもそもこんなヒーロー論でこれから打って出ようなどというつもりも全くないので。そしてここで何かの公式でもできたかのように、次はアンチ・ヒーローが来る!などと予言するつもりもない。イレギュラー的に注目作は出てもなかなかそれが完全に全体の流れを変えるところにまで至るのは難しいものですからね。しかし今の進撃の巨人にはもしかしたら何かの流れを変える端緒になるのかも、という期待は少しあるかも。あ、いや期待とか言っても今の状況にすげー不満で問題意識を感じてるとか言うわけでもないのだけど。そして日本のマンガについて最後に現在特筆しておきたいのが荒木飛呂彦ジョジョの奇妙な冒険であります。その芯の部分には揺るぐことのない王道の正義、勇気というヒロイズムを抱えながら、そのあまりにも独特の世界観ゆえにもはや王道・アンチなどという区分けのできない作品となっているのである。まあこれこそが何でもかんでも小賢しい「論」みたいなもんで括れるもんじゃねーよ、ってゆー実例のようなものなのだが。私も近年多くのすぐれた海外のコミックを読む機会にも恵まれているが、それでもこの作品が追随者すらいない前人未踏無人の荒野を一人悠々と闊歩しジョジョ立ちを決めて見せているという印象には一切変わりない。なんかアメリカでこれあんまり読まれていないってゆーのがすげー不満なんだよ。多分ジョジョはこれを読めば今の日本のマンガが分かるという意味での日本を代表するマンガではないだろう。しかし、ひとつの作品がその時代の全ての作品と等しいほどの重要性を持つなんてことはざらにあるのである。みんなもジョジョだけは必ず読もうね!私も最近は海外のもの読むので忙しくて日本のほとんど読めてないのだけど、ジョジョとギャグマンガ日和だけは必ず読んでいるのだ!
ここで日本のマンガについては終わるのですが、最後に話の流れとは全く関係ないのだけど大変重要なことを発見してしまったので無理矢理ここに書きます。トイレに行こうと思ってた人も読むのやめようと思ってた人もここだけは読んでからにしてくれ!なんか昔のマンガについて色々調べているうちにふと思いついて何の気なしに脱線して調べてみたら、なんとあのほぼ失われつつある日本のマンガ・レジェンド宮谷一彦の作品がKindle版でつい先月に復刊されているではありませんか!これって永らく絶版で二度と日の目を見ることはないかと思ってたやつじゃない!下に無理やりリストをねじ込むので、興味のある人は…、いやみんな興味を持てっ!

というわけでここからはまたアメリカの方に戻ります。といってもその先そんなに進んでいなくてあまりマーベル方面ではネタがないのだが…。2000年代からのマーベルの中心人物といえばブライアン・マイケル・ベンディスというのは誰でも知ってることですね。長年のヒーロー・コミックス、マーベルのファンとしてマーベルに入ったベンディスが、ヒーローやマーベルに対してアンチなわけはないのだが、ちょっとその傾向はアンチ・ヒロイズムを多く含んだもので、今やっとシークレット・インベイションの途中ぐらいにたどり着いたところだけど、なんだかマーベルのヒーローを絶滅させるぐらいの勢いだったり。まあどうしても読みたくて途中飛ばしてヒックマンのアベンジャーズとか読んでいるとみんな生き返っているのでそんなことはないのはわかってるけど。しかしそれでベンディスがアンチ・ヒロイズム派かというとどうもベンディスもそんなに単純には分けられる作家でもないような気がする。多分アメコミの作家で一番多く読んでいるのはベンディスなのではないか、というぐらいには多く書かれたマーベル作品を読んではいるのだけど、なんか自分の中でちゃんと系統づけられるようには読んでなかったりで、やっぱり早くオリジナルのとか読まなくてはと思っているのだけど。ただベンディスについて常に感じるのは、この人はリアリティを強固な軸とした作家ではないかということ。しかし、このリアリティとはその辺の安っぽいこき下ろし屋が、自分の周囲数年半径数メートルと照らし合わせてリアリティがない、とか鬼の首を取ったように言い出すレベルのものではない。たとえばそのレベルのリアリティにとっては重力というのは別に理由を考えるまでもなく下に向かって動くものであろう。しかしベンディスにとっては重力が下に向かって動くというのがリアリティなのではなく、それが上に向かうもので合ったら当然物事はこう動くだろうというのがそれなのではないかと思うのです。うーん、あんまり例が上手くない…。つまりリアリティが常識という初期値で決定されそれに従うのではなく、その初期値が変わってもそれゆえに必然的にもたらされる物の動きから社会の変動までの運動法則を算出できる能力としてのリアリティというのを持ってるのがベンディスという作家なのではないかと思うわけです。
まあ結局ベンディスについてはまだ出発点ぐらいのところなのだけど、ちょっと思うところを書いてみたいと思っていたので引きずってしまったが、とりあえずかなり中途半端ではありますが、そっちの方はもういいか。そもそもどれがアンチでどれが違うみたいなことをいうために書いていたのではないのである。いや、行き詰ってしまったのでうやむやにして知らんぷりをしようとか言うのではなく、ダラダラと当てもなく書いていたらそちらに向かって流れてしまっていたという私の未熟さゆえの失敗です。すみませんでした。元々はこれからまだ少し書こうと思ってる最近のアンチ・ヒーローものについての前に、アンチ・ヒーローものというのは単純にヒーローものに対する反感や軽蔑という趣旨で書かれたものではないということを、本流の中でもそういう形の動きもあることを示す形で説明して地ならしして進もうという意図のものだったのですが。という感じでここらでちょっと軌道修正をしてあとまだ少し続きます。大体こういうやつが「少しお話してよろしいでしょうか?」などと言い出したら延々と話し続けるものと相場が決まっているのであきらめてくれたまえ。とりあえず時間と根気のある方だけでももう少しお付き合いください。ちょっとその前にここらで言っとかなきゃならないのは、アメコミメインストリームの話をしているような顔して結局マーベルのことばっかで、DCファンの方にはごめんなさい。なんだか色々と旧作を別々に読んでいるばかりでなかなかDCの方は現在の流れにうまく乗れないでいたのだが、それではいかんと思い最近やっと近年のイベント中心という感じでひと枠設けて読み始めましたので、次に事ある時にはDC方面ももう少し語れるようになると思いますので。あとこういう流れに大きく影響したブリティッシュ・インベイジョンについては今回は敢えて書かなかったけど、私が大好きな英国系さんたちのことを忘れるはずないじゃん!えーと、あとちょっと手抜きで作品名を『』で括るのを省略しててごめん。この後はなじみのない名前も多くなってくるだろうからちゃんとやります。とお詫び関係はこのくらいでいいか。では次にまだ進むであります。

で、どこから始めたらいいかと考えると、今回の場合Image Comics設立あたりが良いのでしょうが、生憎前述の通り私はまだその辺にはあまり手を付けられておりません。まあ『Spawn』とかは私がやらなくても色々と情報はあるだろうし、『Young Blood』系も探せば見つかるのではないかと思います。ただロブ・ライフェルドとかは今でもある部分では人気者であったりはするけれど、新しいファンにはあまり人気は無いようで、「The 40 Worst Rob Liefeld Drawings」なんていうのもあったりして、Comixologyでもアメリカ国内的には結構あるみたいだけど、とりあえず日本からはシリーズの最初の方しか買えなかったりもしています。まあそれほど積極的に読みたいというわけではないけど、この辺のがミッシング・リンクになったりするのでは、とちょっと気になっていたりはします。このうち、オリジナルはライフェルドで近年Brandon Grahamによってその新展開として書かれた『Prophet』は、もはやどう言ってもヒーロー・ジャンルではないのだが、優れたSF作品としてぜひ語っておくべき作品なので、近日中に何とかします。
あとImage Comics内では、Top Cowが初期から多分オカルト方向でのアンチ・ヒーロー物という見方でいいのではないかと思う『Witchblade』、『Darkness』の2大看板人気作で現在まで続いているのだが、最近ではスピンオフ的なものから他シリーズまでを統合してTop Cowワールドを形成していたりするので、その辺まとめた感じでそのうち書ければと思っています。
そしてImage内ではロバート・カークマンのSkyboundから『ウォーキング・デッド』と並ぶカークマンのもう一つの代表作である『Invincible』があります。2003年から続いているこのシリーズ、現在ではちょっとしたワールドも形成していたりもして、もうアンチとかいうよりは一つのヒーロー・シリーズなのかもしれないが、ティーン・エイジャーの主人公を中心に始まったその開始当初は日本でのラノベに相当するようなポジションからのアンチがあったのではないかとも思うところもあります(ラノベ的なストーリーという意味ではない)。実はこれについては、ずっとやらねばと思っている「ジャッジ・ドレッド伝」に手を付けられたらその次にちゃんとした形で書き始めようと思っているのだが…。まあ上記のような考えで、日本的にも語る意味のある作品ではないかと思ってるのでいつかちゃんとやりますです…。

続いてBoom! Studiosから2009~2012年に発行されたマーク・ウェードの『Irredeemable』です。まあ結局は主にこれについて正しく伝えたいために延々と書いてきたところもあるのかもしれない。この作品については以前どこかで「スーパーマンのパロディ」と紹介されていたのを見たことがあり、それはいくらなんでも雑すぎるだろうと思い、いつか正しく伝えなければと思っていたところもあるものである。世界最強のヒーローPlutonian。だがその負荷に耐え切れず心が折れたとき、彼は誰も止めることのできない世界の破壊者となってしまう、という物語。Plutonianのモデルは明らかにスーパーマンだが、その目的はパロディ的な方向ではない。これはDCのスーパーマンでは書けないスーパーマンの物語なのである。これは従来のヒーロー物のストーリーでは書けないヒーロー・ストーリーを描くという、単純に「反」ではないアンチ・ヒーロー・ジャンルの見本のようなもので、あの『ウォッチメン』にも通じる物なのです。でもアラン・ムーアに関しては、従来のシリーズでもそれを平気でやっちゃう人なので危険でうかつには本編を任せられなかったというところなのでしょうね。2000ADがムーアにドレッドを書かせなかったのは、もしかするとその辺を見抜いていたのもあるのかも。この『Irredeemable』はいかにマーク・ウェードといえどもそのままスーパーマンを主人公にしてDCに持ってったら通らないところは多いと思うのだけど、それだけではなく、また一方で仮にこれが通ったとしてもそれはただバットマンやワンダーウーマン、フラッシュ、グリーン・ランタンというキャラクターの物語になってしまったのだろうとも思います。ウェードが書きたかったのはそれではなかったのですね。で、なんで私がこの作品についてそんなにムキになってるかというと、その最大の理由はこれメチャクチャ面白いからです。さすが、ちょっと前の話かもしんないけどコミック界随一のストーリー・テラーといわれたマーク・ウェードの手腕がいかんなく発揮された作品なのです。読んでてこれほど、えっ、じゃあ次はどうなるの?って感じになるのはそうそうないんじゃないかと思う。ケレン味あふれるって感じで、パロディで納得しちゃうのはもったいない作品なのです。この作品には同じくマーク・ウェードによって並行して書かれた、ヴィランMax DamageがPlutonianが容赦なく破壊を始めたときその圧倒的な力にアイデンティティの危機を感じ、それを取り戻すため対抗する正義を目指すというスピンオフ作品『Incorruptible』もあります。こだわっていると言うわりには今回少し雑ですが、これについては両作併せていつの日か必ずやりますので。うーん、今んとこやっと3分の2超えたぐらいなのだけど、なるべく急ぐっす。
Boom! Studiosには他にもPaul Jenkinsによる、謎の圧倒的な力の異星人によりほぼ壊滅状態にある地球で生き残ったヒーローたちが殺し合いのトーナメント戦を戦わされるというストーリーの『Deathmatch』という作品もあります。2012年から全12号で完結。Boom! Studios面白そうなのいっぱいあるのにこれで初登場じゃん。ごめん。もっと頑張る…。

続きましてDynamite Entertainmentからはアレックス・ロスとJim Kruegerによる『Project Superpowers』。第2次大戦中、ナチスが発掘したパンドラの壺にアメリカのヒーローFighting Yankはその守護霊である祖先に言われるまま、その壺から災厄を外に出さぬため共に戦うヒーローたちを次々とその中に送り込んでしまうのだが…。という感じで始まるこの作品、まだ最初4号ぐらいしか読んでないのだけど、アレックス・ロスがプロットとアートコンセプトにも関わっており、独特のプログレ感あふれる壮大な感じの作品という印象です。アレ?もしかしてロスさんの作風をそう表現しているるのは私だけ?じゃないよね?で、マーク・ウェード、アレックス・ロスと続けばもうお気づきの方も多いと思うが、当然出てくるのはあのDC『キングダム・カム』…なのだが、実はまだこれ読んでいません…。いや、だからさあ、日本版も出てるの知ってるし、そこあんまり順番考えなくていいのも知ってるけど、ほらマルチヴァースのとか色々先に読みたいじゃん。という感じで手を付けられていないのですが、この作品など当然その知識を持たずにしては語れなそうなものでもあり、まあなんにしてもいずれ『Irredeemable』について書くまでにはちゃんと読んどきます。ごめん。2008年に始まったこの作品2010年には一応完結しているようなのだけど、その後もなんかスピンオフ的なのも出てるみたいなのだが、とりあえず区切りのとこまで読めたらいつの日にか語るつもりです。ちゃんと『キングダム・カム』と併せて…。
Dynamite Entertainmentからはその後アレックス・ロスとKurt Busiekの『Astro City』(これも未読…)コンビによる『Kirby: Genesis』も出てるのだが、こちらは割と短命に終わってる様子。かのジャック・カービーのキャラクター群をフィーチャーした作品ということなのだが、そっちの知識も全然なくちょっと読んだのだけど自分的には力業感が強くあまりよくわかりませんでした…。いつの日にかちゃんと読み直す、べきなのかな?
Dynamite Entertainmentについてはあのガース・エニスの『The Boys』もありますが、そちらについては以前書いたのでそちらを読んでください。その他、Dynamiteはアンチ・ヒーロー・ジャンルではないのですが、ザ・シャドウやグリーン・ホーネットなどの過去の有名なキャラクターやゴールデン・エイジのヒーロー物の新シリーズを多く出していて、それをブランド・カラーとして押し出している感じです。かつて旧Valiant Comicsが出していたGold Key ComicsのSolar、Magnus、Turokなどのキャラクターの版権は現在Dynamiteが持っていて、継続中なのかちょっとわからないのだけど新シリーズが出されています。あとDynamiteはあのヴァンピレラの版権も持っていて、新作旧作ともに現在はDynamiteから出版されています。日本でもその麗しいお姿を知らぬものはいないでしょうが、新旧の関係など少しわかりにくいかと思いますので、日本でのヴァンピレラ様振興のためにもそのうち整理ぐらいはしとこうかと思っております。

あとValiant…。いや、随分中断しているのだけど続きをやる意思はあるのでなるべく近いうちに再開しますです…。なんかだんだん宿題の確認になってきてない?

『The Boys』がDC傘下のWildStormから出版されたが、発売中止となりDynamiteへと移籍したことは有名な話ですが、その少し後に同じくWildStormからのもので女性ライターGail Simoneによる『Welcome to Tranquility』という作品があります。これは引退した老ヒーローたちが暮らす町Tranquilityを舞台にした話で、一人の老ヒーローが殺害され、かつてのヒーローの娘である女性保安官がその捜査を進めるうちに町の様々な影が浮かび上がってくるというストーリー。2007年から全12号で発行され、現在はComixologyとDCのアプリ・ショップで1号0.99ドルのお手頃価格で読むことができます。2008年には続編『Welcome To Tranquility: One Foot in the Grave』も全6号で出版されています。こちらもまだ序盤ぐらいしか読めてないのだけど、WildStormユニバースに属していて『The Authority』とかとも関係あるらしいので早くそっちも読まないと。あとGail SimoneにはPAINFULLY NORMAL PRODUCTIONS LLCというインディーから出版されている『Leaving Megalopolis』というアンチ・ヒーロー・ジャンルらしき作品もあり、こちらはその後Dark Horseから続編『Leaving Megalopolis: Surviving Megalopolis』も出版されています。ちょっとこの作品がインディーから出版されている事情とか時間なくて調べきれなかったのだけど、かなり面白そうで期待していて例のごとく内容は一切調べておりません。いやまずTranquilityの方をちゃんと読まんと。

そしてDark Horseからはあのドゥエイン・スウィアジンスキーがライターを務める『X』。ボロボロのマントを羽織り、片目のみが空いたマスクは口すらもなく首元で南京錠で固定されている。恐るべき身体能力と不死身かと思う強靭な肉体を持つ、正体不明、非情のヴィジランテX。Arcadiaを堕落させ私腹を肥やす豚は容赦なく抹殺する!アンチ・ヒーローの極致のようなキャラクターでリアル拳銃を使い容赦なく人を殺します。スウィアジンスキーにぴったりのヒーロー。かなり痛めつけられるし。この作品は90年代に登場した同名キャラクターのリバイバルなのですが、それもそもそもはComics' Greatest Worldっていうのから出てきたものだったりしてちゃんと書き始めると途方もなく長くなってしまうのですが、これについては近日中に必ずやりますのでその時に。『Prophet』とこの『X』あたりどっち先になるかわからないけどすぐにやるよ!Dark Horseのヒーローについてはその話をしないと始まらないし、もう余力もないのでその時に一緒に書きますので…。ああ、Dark Horse、どんだけ読まなきゃなんないのや書かなきゃなんないのがあるやら…。

というわけで、とりあえず自分のある程度把握している2000年代以降のアンチ・ヒーロー物について各社に亘ってできる限り書いてみました。ご覧のようにほとんどは「反」というような意図で書かれたものではなく、異色ヒーロー物とか言った方がいいのかもしれません。しかし従来のヒーロー物に対してのアンチではなくても、アンチ・ヒロイズムによって書かれたもの画多いのも確かだと思います。多分これは今に始まったものではなく、もっと以前から作家の中には自分のキャラクターとしてヒーローを作り、それをきちんと終わる物語として書きたい、という欲求はあったのでしょうし、それがやりやすくなったのがこの時代だったというところなのでしょう。しかしながらまたごく最近の数年、このような作品はあまり目立った形で表れていないように思います。それは近年Image Comicsに代表されるような非ヒーロー物の作品が人気を持ってきた傾向の影響なのだろうと思います。『Irredeemable』をヒットさせたBoom! Studiosも最近はそのジャンルに目立ったものはなく、『X』とともに複数のヒーロー・シリーズを立ち上げたDark Horseもワールド的な大きな構想はあったようですが、そういう展開もストップしてしまっています。今はマーベルDC以外のヒーロー物は売れない、という見方になってしまっているようです。まあImageなどの非ヒーロー・ジャンルには大いに期待しているのではあるけど、こういうのもやっぱりもっと出てきてほしいなとは思うのですよね。しかし、やっぱりアメリカはヒーロー・コミックの国なので、そういうジャンルを書きたいという思いを持った作家も多いようで、Comixologyのインディー・コーナーを見ると本当に多くのヒーロー作品が見られます。なかなかそちらに手を拡げられないのも悔しいところなのですが、そんな中で前から気になっていて最近やっと1号を読んだキューバ出身でFantagraphicsからの作品のリリースもあり、最近はマーベルでも起用されているMichel Fiffeの『Copra』にはその斬新で独創的な画風、イマジネーションに驚かされました。まだ詳しいストーリーもあまり見えないのだけど、政府に雇われているやさぐれヒーロー部隊が中心となる話のようです。これについてもある程度読んだ時点で必ず詳しく書くつもりです。まだまだどこからどんなものが出てくるかわからない楽しみな状況で、なるべく広い視点で色々見て行きたいな、…と思いつつも、今回はずいぶんと沢山の宿題を抱えていたのを再確認もしてしまったところ…。なんか宿題放置してマンガばっか読んでる小学生になった気分だよ。あっ、でもねお母さん!これは宿題を書くために読んでるんだよ!マンガのことを書く宿題なのっ!だからちゃんと宿題はやるからっ!ぜったいぜんぶやるからねっ!

さて、最後に今一度今回の『Black summer』に戻りましょう、…ってオメーしょうもないネタ入れるから文章の流れメチャクチャだよ…。表に見える社会的ともいえるメッセージをどけて、今回の色々な考えで見てみると、ヒーローの世界や影響をどんどん広げても個人で戦う者の物語は必ず行き止まりにぶつかるのではないか、まず目の前で困っている人を助けるというミニマムな正義に戻って考えても見るべきではないか、というようなヒーロー・コミック自体へのメッセージも見えるように思われます。アンチ・ヒーロー・スタイルで最もシンプルな王道へというメッセージ。しかし、その一方でこれだけ非常識な力を持ったやつらでどのくらいエグイバトルができるのかという挑戦もエリスの主題であることは忘れてはならないのだ。そして更にアーティストJuan Jose Rypの第3の主題が女性キャラの乳であることも!いや、もしかするとそれもエリスの詳細な指示があったのでは?などと無用の深読みは続くのでした…。

いやはや…。やっと終わったよ…。またずいぶん遅れてしまったのですが、今回に関しては約3週間ほとんど毎日少しずつでも書いてた結果なのですよ。しかしまあ、元々が説明するための例で、それを説明するためなどど積み重ねているうちになんか形を作ってしまうのだけど、ちゃんと計画して設計したものでないので、その形を作るにはガタガタでスキも多くて、そんなものを3週間もやってるとアラばっか見えてきて、そもそもこんなのオレがやることなん?てゆー気分も強くなってきて一旦は捨てちまおうか、という気にもなったけど誰か役に立つ人もいるかもしれないのでそのまま上げました。まあ色々とアレについての言及がないとか、アレについての情報がいい加減などのご不満はありましょうがご容赦ください。個人的には日本の大人向け変身ヒーローの決定版『実験人形 ダミー・オスカー』について触れられなかったのが心残りであります。まあ今回は最長ぐらいのものになってしまったが、誰も罵倒していないはずなのでまあいいか。ずいぶん長いのに最後までお付き合いしてくれた人がいるならありがとうございました。うん、途中飛ばしてもいいよ。まあ今後はボチボチにゃんとかなるべく効率の良い方法で沢山の作品を紹介できるように努力しますです。よし、2日ぐらいはサボって帰ったらマンガ読んだりして暮らそうっと。あっ、やっと宮谷一彦が読めるぞ。ではまたです。



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