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2015年12月30日水曜日

Hell and Gone -ドゥエイン・スウィアジンスキーCharlie Hardieトリロジー第2作!-

※注意:これはドゥエイン・スウィアジンスキー作Charlie Hardieトリロジー第1作『Fun and Games』についての感想の続きです。未読の人はできたらそちらを先にお読みください。

Fun and Games -ドゥエイン・スウィアジンスキーCharlie Hardieトリロジー開幕!-

緊急!実は他に順番的には先に書かなければいけない本もあるのだけど、これについてはとにかく急いで前倒しして書かなければいけないのだ!


とりあえず、まずは今作『Hell and Gone』のあらすじなのですが、前作『Fun and Games』のネタバレを含んでしまいますのでご注意を。

前作『Fun and Games』のラスト、謎の’事故屋’との戦いに決着を着け生き延びたHardie。だが、満身創痍で救急車に乗せられたHardieは予定されていた病院に現れることはなかった…。

’事故屋’たちの背後に潜む’彼ら’は語る。「彼こそがあの仕事のために探していた人材だ。」

そして『Hell and Gone』-


Hardieは救急車の中で目覚める。何やら救急隊員であるはずの連中の話が気に入らず、拘束を解こうと試み始める。「おい、こいつ目を覚ましてるぞ!」強力な麻酔を射たれ、Hardieは意識を失う。

次に目を覚ましたのはどこかのガレージの中。救急車から別の黒いヴァンに移し替えられようとしている。意識を取り戻し、暴れるHardie。「こいつまた目を覚ましてるぞ!」そして麻酔を射たれ再び意識を失う。

そして、Hardieはヴァンの中で目を覚ます。「こいつには普通の量の麻酔じゃ効果が無いんだ。」そして更に大量の麻酔を注入され、Hardieの意識は暗黒に沈み込む…。

一方、前作終盤でHardieがやっとで連絡を付けたFBI捜査官のDeacon "Deke" Clarkは、微かな手がかりを追い消えたHardieの行方を単独で探し続ける。だが、遂には彼にも’彼ら’からの脅迫の手が迫り、断念せざるを得なくなる。こうしてCharlie Hardie探索救出の望みは完全に断たれる…。

そして、Hardieはどことも知れぬ窓もない一室の中で目覚める。見たこともないスーツを着せられ、椅子に座らせられ、右手は手錠で繋がれている。最後に意識を失くしてからどのくらいの時間が経ったのだろうか。傷はすっかり治っているようだが…左手と右足がほとんど麻痺して使い物にならない?
そして、Hardieは杖を手渡され、告げられる。「あなたにはこれからエレベーターで下に降り、ある仕事についてもらう。」
その部屋からの唯一の出口であるエレベーターに乗り下降するHardie。彼が着いたところは地下深くに作られた謎の監獄だった。そこに閉じ込められている謎の「看守」達。そして更にその中で牢獄に閉じ込められている謎の「囚人」達。Hardieはそこで「刑務所長」として迎え入れられる。彼らは何者で、なぜそこに捕えられているのか?そしてHardieはその監獄から脱出することができるのか?


驚愕。前作の、不死身の男がL.A.を疾走するアクション・ストーリーが、一転し閉鎖された地下の牢獄を舞台とするソリッド・シチュエーション・スリラーへ!
それではまずはこの作品に対して予想される「エンターテインメント小説ファン」氏の感想を見てみましょう。

がっかり
 前作『Fun & Games』がなかなか面白かったのでこの続編を読んでみたのだが、一読してがっかり。

 前作ではちょっととぼけた不死身の主人公Charlie HardieがL.A.を駆け巡るアクションとユーモアあふれる快作だったのだが、今作では謎の監獄が舞台のダークなホラー的作品になっている。前作の良さが微塵も感じられず、作者がなぜこのような方向転換をしたのか全く理解できない。そもそもどこかの地下深くに作られた謎の監獄などという設定自体に全くリアリティが感じられない。

 三部作ということで次回は1作目のようなCharlie Hardieの復活を期待したいが、望み薄かな。★1つ(CV : ブラッド・ピット または山寺宏一)

むきー、なにを偉そうに!と、まずはイマジナリー・エネミーにキレてみる。こーゆーリアリティと日常性を混同している人に限ってあたかもそれが何かの基準のようによく考えもせずに「リアリティがない」とか言いますよね。じゃあ謎の監獄が新大久保の雑居ビルの中にあったら納得したわけ?
まあ、こういう人アメリカのAmazon.comのレビューにもいました。結局のところこういう人たちって小説などを読むときに勝手にその内容を想定し、それが期待したものと違った時頭をそちらに切り替えられず、もーあっちこっちで自分の言葉が無い輩が使いまくり変な虫みたいに見えて来たお馴染みの「コレジャナイ感」(うわっ、オレのブログに変な虫がっ!)ってやつを引きずりながら否定的に読むことしかできず、作品を楽しめなかった哀れな人たちなのでしょう。たぶんこういう人たちの期待したCharlie Hardieトリロジーって

  1. 『Fun & Games』謎の’事故屋’によるハリウッドの女優の暗殺の企みに巻き込まれた不死身の男Charlie Hardieの活躍!
  2. 『Hell & Gone』’事故屋’の背後に潜む’彼ら’によりその計画のコマにされた不死身の男Charlie Hardieは、アメリカの大都市を大災害に巻き込む陰謀を阻止すべく走る!
  3. 『Point & Shoot』不死身の男Charlie Hardieが大統領暗殺の陰謀を阻止すべく走る!
というようなところでしょう。
オレがドゥエイン・スウィアジンスキー様だぜ
だが!これは何らかの思い付きによる方向転換などではありえない!この一連の作品は最初から「三部作」とアナウンスされている。そしてこの作者ドゥエイン・スウィアジンスキーは何をやらかすかわからない男である。これは明らかに当初からの計画的犯行!(犯行?)このいかにも性格の悪そうな(顔つきからの推定)スウィアジンスキー氏が「へっへー、全部違うタイプの小説3作で三部作を作って読者をビビらせてやるぜー。オレがフツーの三部作書くわけねーだろっ。」とほくそ笑んでいるのが目に浮かぶようです。

また、米Amazon.comのレビューの中には100ページで読むのを止めたという人もいました。そういう人にレビューする資格があるかというのは別にして、ある意味その人の方が正解です。大体その辺りでこの作品が前作のようにはならないというのが見えてくるわけです。自分の読みたいものと違うとわかったならそこで捨ててしまうのも一つの選択。世の中には「期待」に100%応えてくれる作家なんて山ほどいるのでそちらだけ読んでいても一生読む者に困らない。思い込みの「期待」を引きずったまま否定的に読むよりよっぽどマシ。

また、以前に美味いパスタを食べたレストランに入ったらお好み焼きを出された、なんて例えを出したい人もいるかもしれないが、それは違う。この店の看板にはドゥエイン・スウィアジンスキーとしか書かれていない!そしてこの店主は何をやるかわからない男である!それを見抜けなかったあなたが悪いのだ!

そしてその「前とは違う!」と気付いたあたりで頭を切り替え、そういう小説を読むつもりで読み進めれば、もーさすがにこのスウィアジンスキーの手腕で、数ページ刻みで、新たな謎が提示され、秘密が明かされ、どんでん返しが起こる、というめまぐるしい展開!私も結構コミックに充てる時間を削って読みふけってしまいましたよ。わー、100ページで止めて損したね。

あとちょっとこれはネタバレとまでは行かなくても少し展開を明かしてしまうようなので書こうか迷ったのだけど、誤読予防のためにあと一つ。この監獄の謎が最終的に明かされると、それは割とポピュラーなあるものに分類されます。で、世の中にはそうやって何かに分類できたことを自分の評価と勘違いしてしまう人も多いわけで、「この監獄の謎というのも結局は○○○だしね。」(CV : ブラッド・ピット または山寺宏一)とか言い出されると腹が立つので言っておくが、この監獄については実は結末が書かれていない。それはこの作品が次に続く第2部だから。そんなわけでその種明かしが結末のように見えてしまい、「結局○○○だよね」(CV : 同)族が横行しそうなので、その読みは浅い!とあらかじめ指摘しておきます。大体分類できたことで評価できたなんて思いこむこと自体中学生レベルなのですが。

と、またしても長々と書いたわりには要領を得ないものになってしまっているのですが、結局のところ何が言いたかったかというと、これは絶対に面白いスゲー本なので読み間違えるな!ということ。作品の方向性から、前作のようなユーモアは少し薄れているけど、前にも書いた構成や読ませ方のうまさは変わらず、少なくとも自分としては文句のつけようのない本当に楽しめた作品でした。
そして今回なんでそんなに急いで前倒ししてまでこの作品について書いたかというと、ここまでに書いてきた通り1作目とは全く違うタイプの2作目を仕掛けてきたスウィアジンスキー、3作目はさらに予想もつかないモノを出して来るのは確実。というかこの2作目のラストがすでにとんでもないことになっているのですが。そうなれば第3作を読んだ印象を含めてこの第2作を語るなどというズルをしてはいかんのだ。Charlie Hardieシリーズについては全部読み終わった後、三部作を俯瞰しオレハードボイルド論に沿ってまとめるつもりである、なんていうのはもってのほか。きちんと、うっひゃースウィさんビックリしたよー、次どーなるの?という感想を書きとめてから次に進むのが正しい本との付き合い方。そして私はこの次の第3作『Point and Shoot』を一刻も早く読みたいのだ!そんなわけで自分内優先度も読んだ本の順番も無視し、今回はこの『Hell and Gone』について前倒しして語ったわけです。こーなったら第3作『Point and Shoot』についても読み終わったらすぐに書くつもりです。とにかく私はこのドゥエイン・スウィアジンスキー屋を完全に信頼しているので、次に出てきたものがたとえスリッパオムレツだったとしても「Droook」と叫んで必ず完食します。でももしその時「やっぱ私の読み間違いで3作目は1作目みたいな感じでしたー。てへっ」ということになったら素直に謝りますですよ。それでよし。さあ、これで『Point and Shoot』をいつでも読めるぞっ!


というわけで、緊急だの前倒しなどと言いつつ、またブログ的には少し空いてしまいましたが、その辺は年末ということでお許しください。まあ、なんとか年内に間に合って、今回が2015年最後となりました。それではよいお年を。来年もまた気が向いたら見に来てくださいね。


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2015年12月16日水曜日

One Eye Press SALE!

さあ、読んでもいないパブリッシャーのセールで騒ぐという意味不明のコーナーが久々に帰ってきました!(コーナー?)ちなみに前回、昨年10月に騒いだAkashic都市ノワールシリーズはいまだに手を付けられてもいません!

さて、今回見つけてきましたのは、あのクライム系ウェブジンShotgun Honeyなどを擁するパブリッシャー、One Eye Pressのセールです!
以前からいつか読もうと思って目を付けていた、現在まで7冊刊行されているOne Eye Press Singlesシリーズが、通常3ドル前後のところがオール0.99ドル!以前Snubnoseからの『Piggyback』について書いたTom Pittsの作品もここから出ています。
そして、現在3冊まで刊行中のクライム系Shotgun Honeyと2冊刊行中のホラー系Blight Digestの両アンソロジーも0.99ドル!
12月1日から31日までの限定セールです。ってならもっと早く言えよなのですが、私もつい2~3日前に気付いたもので。このジャンルの未来を求めるアナタには絶好のチャンス!お見逃しなく!…って、お前誰だよ?


One Eye Press

Shotgun Honey



●One Eye Press Singles


●Shotgun Honey アンソロジー


●Blight Digest


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2015年12月14日月曜日

グレッグ・ルッカ Queen & Countryシリーズ -第1回

2月の1周年記念の時にやるぞ!と息巻いていたグレッグ・ルッカのQueen & Countryシリーズですが、やっとの登場となりました。また遅れた言い訳を始めると長くなるので今回は早く本題に入ります。

Queen & Countryシリーズとは、グレッグ・ルッカがライターのオリジナル・シリーズとしてOni Pressから2001年から2007年まで計32号で発行されたコミックと、2005年から2010年にかけて現在までに3冊発行されている小説を含めた英国情報部特務課工作員タラ・チェイスを主人公としたシリーズです。(コミックの方は終了していますが、小説の方は終了しているのかまだ確認していません。)日本では小説版第1作『A Gentleman's Game』が「天使は容赦なく殺す」として文芸春秋社より翻訳されています。
まず始めに言っておきたいのは、このシリーズは小説版も含め連続したものであり、本来はコミック版から読むのが正しいということ。そして作画が加わるコミック版となるとその描き手によって若干のクオリティーの差は出ますが、ストーリーとしては何ら小説版に劣るものではないということです。

ではまず、シリーズ全体の概要から。コミック版の方は現在発行中のThe Definitive Editionの収録に沿っています。

■Comics

Queen & Country The Definitive Edition Vol.1
 ●Operation : Broken Ground(#1-4)
 ●Operation : Morningstar(#5-7)
 ●Operation : Crystal Ball(#8-12)

Queen & Country The Definitive Edition Vol.2
 ●Operation : Blackwall(#13-15)
 ●Operation : Stormfront(#16-20)
 ●Operation : Dandelion(#21-24)

Queen & Country The Definitive Edition Vol.3
 ●Operation : Saddlebags(#25-28)
 ●Operation : Red Panda(#29-32)

Queen & Country The Definitive Edition Vol.4
 ●Queen & Country : Declassified Vol.1
 ●Queen & Country : Declassified Vol.2
 ●Queen & Country : Declassified Vol.3

■Novels

A Gentleman's Game : 2005(『天使は容赦なく殺す』)
Private Wars : 2006
The Last Run : 2011

コミック版の方は、The Difinitive Edition Vol.1~3が本編で、Vol.4のDeclassified Vol.1~3は作戦行動のその後などを別のキャラクターが語るスピンオフらしいです。3のみ別のライターがスクリプトを担当しています。コミック版と小説版の関係としては、第1作『A Gentleman's Game』がVol.3 Operation : SaddlebagsとRed Pandaの間に位置し、Red Pandaは『A Gentleman's Game』の直後から始まり、第2作『Private Wars』はその数か月後という時系列になっているようです。一応予定としてはコミック版The Definitive Edition4冊と未訳小説2冊で全6回のつもりですが、Declassifiedは並行して描かれているようなので、時系列に合わせて読んで5回になるかもしれません。
えっと、ここでお断りですが、邦訳作品のタイトル『天使は容赦なく殺す』についてですが、目くじら立てるほどじゃないけどなんかあんまり好きじゃないので、以降は原題の方を使います。たぶん続きが出たら「天使シリーズ」とかにされてたんだろうな…。人物名などについてはせっかくあるのでそちらに合わせます。ただ役職名については元のMinderが特務官となっていて別に全然間違っていないのだけど、3人の部署で序列順にマインダー1、2,3、と呼ばれているのを主席、次席にするのも何かしっくりこないのでこちらは「マインダー」にさせてもらいます。

一応の概要の解説が終わったところで、今回のThe Definitive Edition Vol.1に行きます。この時点では特務課の構成は、トム・ウォレスがマインダー1、タラ・チェイスがマインダー2、そして小説版では名前だけしか出てこないエドワード・キタリングがマインダー3となっています。本部長ポール・クロッカーなどのキャラクターは小説版と同じです。


●Operation Broken Ground 作画 : Steve Rolston

『A Gentleman's Game』の冒頭に書かれていたコソボでの作戦から始まります。タラ・チェイスは元ソ連の将軍、レッド・マフィアのマーコフスキーを狙撃し、暗殺に成功。国連職員に偽装し、足を負傷しながらも脱出し、作戦は成功を修めます。小説版で書かれていたのはここまでですが、全4号のうち1号でここまでの展開が語られ、その後の話がこのストーリーのメインとなって行きます。
作戦成功の喜びも束の間、暗殺者がSISのチェイスであることを突き止めたレッド・マフィアの残党はイギリスに潜入し、報復にSISのビルにロケット・ランチャーを撃ち込む。新たな問題の発生に情報局内それぞれの部署の食い違う思惑により、軋轢が高まる、また、クロッカーがCIAの意向を受けて独断に近い形で作戦を決行したことも問題となってくる。敵の狙いはチェイス。チェイスをおとりとする作戦が立てられるが、特殊作戦部ではなく、情報部の主導となる。そして、国内での活動のため権限のないチェイスらは一切の銃火器を携帯することを禁じられる…。
シリーズ最初の作品なのですが、作画のSteve Rolstonが今ひとつ…。まあ絵描きというのはそれぞれ個性ですから本来あんまり単純にぶった切るような言い方はしたくなのですが。それでもやっぱり日本で言えば『マンガでわかる相続税対策』みたいなものを描くクラスではないかと。まず主人公タラ・チェイスに動きなども含めてあまり魅力がない。曖昧な説明的な引きの画が多く、構図にあまり工夫が無い。言い忘れていましたがこの作品基本的には全編モノクロです。だったらトーンを使わなきゃならないとかは思わないけど、この絵柄ではみんな白い服を着ているようにしか見えない。などというところでしょうか。ちなみにこの話ではあの『Usagi Yojinbo』のスタン・サカイ氏が一部ゲスト参加しているのですが、あまり違和感がないというあたりでも察してもらえるかと。あ、フォローするわけではないけど『Usagi Yojinbo』は梶原一騎以前の少年漫画という感じですが、そう思って読めば結構面白いですよ。ちなみにカバー画は別の人です。『Batman : The Long Halloween』など多くの作品があるTim Saleです。The Definitive Edition全部のカバーもこの人が描いています。とにかく個性的でカッコいい画を描く人で、いくらなんでもこの人の画にケチをつけるつもりはないですよ。

●Operation Morningstar 作画 : Braian Hurtt

前回の作戦は形の上では成功に終わったが、その波紋など様々に苦悩するチェイスは、局内のカウンセラーに通うことを課せられる。そんな中、アフガニスタンで事件が勃発。ジャーナリストに偽装し、内情調査に当たっていた工作員がタリバンに拘束後、処刑される。彼が所持していた工作員、連絡員などのリストはタリバンの手に渡ったのか?それとも何処かへ隠されているのか?様々なストレスから今は行動することを何より望むチェイスだったが、女性が行動することが困難な現地状況からマインダー1ウォレスと3キタリングの男性メンバーが派遣され、チェイスは国内に残される…。
今回の作画Braian Hurttは前よりはいくらかいいかな、とは思うもののやはりちょっとという感じです。この人はペンシラーで、#5と#6,7はそれぞれ別のインカーが描いているのですがどちらも線が粗い印象があるので、やはりこのBriaian Hurttという人の絵柄なのでしょう。カバーはまた別の人で、John K. SnyderというDCの『Suicide Squad』などを描いている人です。

●Operation Crystal Ball 作画 : Leandro Fernandez

カイロのイギリス大使館に一人のアラブ系の男が現れ、自分はイギリスに対して行われようとしているテロ計画についての情報を持っていると告げる。報せを受けたSISはマインダー2チェイスをエジプトに派遣する。男はチェイスに、スーダンにある化学兵器工場でサリン・ガスが製造され、それを使いイギリスへのテロが計画されている、と語る。そしてその計画の詳細と引き換えに高額の報酬を要求してくる。果たしてその情報は信用できるのか?まずはスーダンの化学兵器工場の真偽を確かめるため、クロッカーはCIAに衛星写真での協力を求めるが、CIAはその見返りとして、あるイスラム・テロ組織の重要人物の暗殺を要求してくる。そしてその任務のため、マインダー3キタリングが単独で派遣される…。
作画はLeandro Ferrnandez。カバーもこの人で、結構癖が強いように見えますが、これは本当に素晴らしい。『100 Bullets』のEduardo Risso系とか言ってしまうと真似をしているというみたいで気を悪くするかな。でもRissoの画というのはおおよそ画を描く人ならだれでもこんな風に描いてみたいと思うけど、真似でもそうそう描けるものじゃないですから。モノクロでゴリゴリと描きこまれた画は本当にカッコいい。マーベルなどでも多くの作品があるようで、私はこれが初見ですが、これからいろいろな作品で見られると思います。
冒頭、少し時間をさかのぼり、特務課のメンバー全員が軍施設に出向し、訓練をしているとき9・11のテロ攻撃の報せを聞き、その事態を防げなかったことにチェイスは悔し涙を流します。それに続きドイツでの地元機関との協力による作戦が描かれ、その際に押収したラップトップ・パソコンはCIAに渡すことになっていたのですが、クロッカーはそれを引き伸ばし、自国のためになる情報を早く少しでも抜き出そうと図ります。彼らの任務はテロリズムの防止で、そのための国際間の協力の姿勢も一貫してはいても、それぞれの場面ではそれぞれの国の利益が現れ複雑化する様子が続く本編でも随所に描かれ、エスピオナージュとしての深みも増す、画的にもストーリー的にも、このDefinitive Edition Vol.1の中では最も読み応えのある作品でした。


という感じで、まずは各話のあらすじと、作画について簡単にまとめてきましたが、ここからはグレッグ・ルッカの話になります。それぞれの作品では作画についてはそれぞれの個性も画的な実力も大きく異なりますが、キャラクターに対する印象はあまり変わりません。それはやはりグレッグ・ルッカという人が大変優れたコミックのライターだからだと思います。
何度も言ってることだけど、コミック/マンガにおいて画とストーリーというのは単純に分けられるものではありません。そしてそれは最終的には基本的には一人の描き手に委ねられるのですね。(インカー、カラーリストという手が加わってくる場合も多いですがここはひとまず置いておいて)だから描き手にきちんとした正確なシナリオが渡っていなければ、ちょっとした動きや反応や表情の違いによってキャラクターはバラバラなものになってしまいます。
例えば、主人公タラ・チェイスについて見てみましょう。小説から受けるチェイスの印象は、特に人を避けたり寡黙だったりという性格ではありませんが、あまり人前に自分の内面を出す人物ではありません。こういうキャラクターについては独りでいるときにその内面が描かれることが多くなります。そしてそれはコミック版でも同様です。そしてそういう場面ではモノローグなどが使われることはなく、動作やちょっとした独り言などのみで表現されます。そしてそれらから見えるタラ・チェイスというキャラクターの印象は、それぞれ描き手の違うコミックでも、そして小説版でもそれほどは違いません。例えばマーベル、DCのように歴史の長いシリーズでお手本が沢山あるものとは違い、特にこの初期の段階ではルッカのシナリオだけが頼りな状況です。そう考えると、やはりグレッグ・ルッカの手によりかなり綿密で正確なシナリオが書かれ、そして多くのキャラクターについての説明もなされたのだろうな、と思い至るわけです。などと思っていたら、少し前に届いたThe Definitive Edition Vol.3にはなんと後半にコミックの場面と照らし合わせたルッカのシナリオが掲載されていました。そこまで辿り着いた暁にはそれについてもじっくり検証してみたいものだと思っております。

小説版ではチェイスが行動に至るまでにかなり多く外部・内部による情報機関同士のやり取りや駆け引きが描かれます。というよりはそういう小説だと思って読んでいたらずいぶん派手なアクションシーンになったなと思った人も多いのかも。これはコミック版でも同様で、SIS副長官ドナルド・ウェルドンとの意見の対立や、CIAのアンジェラ・チェンとの公園での非公式の打ち合わせシーンなどは、ほぼ毎回登場します。そういうシーンはコミックにはあまり向かないのでは、と思う人もいるかもしれませんが、実はその逆で、人名のみが書かれる小説よりも人物の姿が常に描かれているコミックの方がそういうシーンが長くなるほどわかりやすかったりもします。実はコミック/マンガにはセリフの多いシーンが向かないのではなく、文字を読むのを嫌がり、簡単に読みたがる読者に売れないというだけの事です。
グレッグ・ルッカはほとんどカコミによる説明やモノローグといった手法を使わず、説明は会話の中でなされ、そういうシーンでは沢山のセリフが書かれ、逆に会話の無いシーンではひたすら人物の行動を描写します。つまりコミックに適した形で書かれているということ。それでもこのシリーズのコミック版と小説版から受ける印象はあまり変わりません。ここまで何を長々と書いてきたかというと、つまりグレッグ・ルッカのようにコミックも小説も理解している優れた作家ならばコミックも小説も同じクォリティの物が作れるということです。そしてこの作品『Queen & Country』シリーズがその実例です。

グレッグ・ルッカ本人が語ることによれば、この『Queen & Country』シリーズはイギリスのTVシリーズ『Sandbaggers』からインスパイアされたものだということです。1978-1980年に放送されたもので、内容としては東西冷戦下のイギリス情報部の情報員たちを主人公とするシリアスなエスピオナージュのようです。日本で放送されたことがあるのかはわかりません。機会があったら観てみたいのですが、現在はイギリスで復刻リリースされたDVDが出てから少し間が経っているようで、若干入手困難な様子です。このシリーズコミック版の各話ごとに描き手が変わるというスタイルも、それぞれに製作スタッフが交代するTVシリーズを意識したものかもしれません。

このシリーズの特徴の一つとしては登場人物のほとんどが喫煙者だということ。小説版ではあまり気付かなかったかもしれませんが、コミック版ではかなり目立ち、作戦室でも仕事中の執務室でもキャラクター達が平気でタバコを吸う様子は現在の日本から見てもかなり違和感を覚えます。私もそれほどよく知っているわけではないのだけど、イギリスでは喫煙に関する考え方がずいぶん違っているようで、前に読んだケン・ブルーウンの『The Dramatist』(2004年)の中でもジャック・テイラー氏が「おいおい、イギリスじゃあまだ列車の中でタバコが吸えるんだぜ」と語るシーンがあったりもしました。サンフランシスコ生まれ生粋のアメリカ人であるルッカがアメリカでイギリスを舞台としたシリーズを書くのに、「イギリスらしさ」を表現するのに使った小道具がタバコというわけなのでしょうね。

ルッカのアティカス・コディアックシリーズ同様、このシリーズでも主人公タラ・チェイスの恋愛関係がシリーズのもう一つの重要な軸となっています。今回のThe Definitive Edition Vol.1では最後のOperation Crystal Ballでマインダー3エドワード・キタリングとの関係が一線を越えます。果たしてその行く末は…、というか小説版を読んだら書いてしまったあったのだけど、それは見なかったことにして行く末を見守りたいと思います。

最後に作者グレッグ・ルッカについて少し。色々な解説などに書いてあるのでそれほどここで書くこともないのですが、ただコミックのライターとしてのキャリアが2000年代に入ってからDCで始まったように見えるものがあったりするのですが、実際には1998年から、この『Queen & Country』のOni Pressでの映画化もされた『Whiteout』から始まっています。コディアック・シリーズ第1作の発行が1997年ですから、グレッグ・ルッカはそのキャリアのかなり初期から小説とコミックのライターを並行してやっているということですね。
そして、2013年(で良かったのかな?少し記憶があやふや)自分のオリジナル作品に専念したいということでDC52のライターを降りたルッカはその後はImage Comicsの『Lazarus』、Darkhorseの『Veil』、Oni Pressでは以前から続いている『Stumptown』といったオリジナル作品を次々と発表し、つい最近もImage Comicsからの新シリーズ『Black Magick』が始まっています。
小説の方では2012年『Alpha』で始まったJad Bellシリーズが、第2作『Bravo』が今年発表されています。かなり作者の分身的要素が強いのではと個人的に思ってるコディアックシリーズがあり、一方コミックでの主人公はみんな女性というところで、新シリーズの男性キャラクターはどうなっているのかかなり気になるところ。最近ずいぶん格安の出物を見つけてすわ、と注文してしまったのだけど、もしかしたら翻訳の予定とかあるのかな?まあ、読み終わっても翻訳が出ないようなら、またここに登場することもあると思います。ちなみにこのシリーズ、ドゥエイン・スウィアジンスキーのCharlie Hardieトリロジーと同じMulholland Books発行なのですが、同様にKindle版がありません。


というわけで、グレッグ・ルッカ『Queen & Country』やっとで第1回です。ここまで遅くなった言い訳は色々思いつくのですが、結局のところは毎度おなじみの貧乏性かと…。だってグレッグ・ルッカだよ。もったいなくていい加減に読めるものか!しかし本当なら積もり積もれば大きな環境保全につながるもったいない精神が、こんなボンクラにかかるとこのざまだよ…トホホ。とはいえ前述の通り、コミックでも小説でも読むべき作品が山積みのグレッグ・ルッカ。それに加えて、この『Queen & Country』を読み始めてからの反省なのですが、かなり小説の方に近いこの作品を読み、もっとコミック・ライターとしてのルッカを知っておけば別の角度からの視点も持てたはずと思い、DC、マーベルの作品もなるべく早く読まなければと思うところ。というわけでグレッグ・ルッカというこの多才な作家をきちんと追いかけて行くには、まずこの『Queen & Country』をスピードアップして進め、さらに先へと進んで行かなければと思う次第です。
さて、ここで今回2週も休んでしまった言い訳ですが、まあ、今回は1週では無理だろうと思っていたわけですが、更に間に法事が入ってしまいました。法事です!学校だろうと職場だろうと、日本人なら誰でも一番胸を張って休める行事!…いや、ごめん…。法事でも帰ってから頑張れる!と思っていたのですが、1週間の仕事の疲れプラスでへこたれてしまい、週末ほとんど寝たきりでパソコンにたどり着けませんでした…。毎度ながら虚弱な私ですが、やりたいこと山積み♪夢は広がる♡なので(あ、そんな歌知らないけど)なんとか気合いを入れて頑張って行こうと思いますので、またよろしく。


グレッグ・ルッカ 公式ホームページ


●Queen & Country(Comics)


●Queen & Country(Novels)


●Jad Bell


●Greg Rucka/Comics


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