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2021年4月27日火曜日

The Colombian Mule -アリゲーター・シリーズ!非情と仁義のイタリア製ハードボイルド!-

今回はイタリア産ハードボイルド マッシモ・カルロット作アリゲーター・シリーズ作品『The Colombian Mule (原題:Il corriere colombiano)』。つってももちろんイタリア語は読めないんで、米国のEuropa Editionsから出ている英訳版を読みました。ちなみにこの『The Colombian Mule』という作品、米版では第1巻ですが、本国イタリアのシリーズ全体では第4作です。実は読み終わってずいぶん経って、今回初めて知ったのですが、私がいつどうやってそれを知ったかは最後まで読めばわかる…。

まずは私がどうしてこの作品と出会ったのかについてから始めよう。始まりはこのブログでお馴染みの、私がしょっちゅう名前を出す、現代ノワール最強作家にして無冠の帝王Anthony Neil Smith先生 である。昨年のいつ頃だったか忘れたが、Smith先生がツイッターで、イタリアのバッド・コップものが読みたいなあ、これとかこれとか誰か翻訳してくれないかなあ、と何回かに渡って呟いていたのを みつけた。エッ、イタリア物ですか?先生、自分も是非読みたいであります!なんか英語で読めるやつとかないっすか?とすぐに食いついたわけなのだが、その流れで知ったのが、この米国にも 作品が多数翻訳されているこのマッシモ・カルロットというわけ。
ところで当ブログでは邦訳作品のある作家か、当然名前の知られてるぐらいの人以外は基本めんどくさいんで英語、または本国表記のままにしてるんだが、 このマッシモ・カルロットがなぜ日本語表記かというと、映画化作品があり原作者名で日本語表記がすでに流通しているようなのでそんでいいかな、という理由です。
で、どれを読もうかな、とアマゾンのkindleでの作家名検索で出てきたのを色々と見ていて、件の映画化作品というのも考えたのだけど、またそっちも観なきゃなんない となって面倒くさいなあと思い却下。それで作者紹介などを読んでみると「アリゲーター・シリーズの作者として知られる…」みたいな感じに書かれてるんで、それならそいつを読んでみようと手に取ったのが、このシリーズ第1作(米版)『The Colombian Mule』というわけなのでした。
と、毎度のことながら結構前置きが長くなっちまってるんですが、さてそのアリゲーター・シリーズとはいかなる作品なのか?『The Colombian Mule』始まりまーす。

【The Colombian Mule】

今回はキャラクター紹介から始めましょう。まず主人公はMarco…ナントカ、通称アリゲーター。推定40代。若かりし頃はブルースバンドOld Red Alligatorsのフロントマンとしてアリゲーターの通称で鳴らしていたが、道を踏み外し7年のムショ務め。その間にすっかり声も衰え、音楽の道は諦めたが、刑務所内でその人柄と機転で囚人間の揉め事解決に力を見せ、出所後も非合法の私立探偵として犯罪事件・組織に関わる弁護士などからトラブル解決の仕事を請け負っている。表の顔は、イタリア ヴェネト州パドヴァ郊外にあるイカすブルースを聴かせるクラブLa Cucciaのオーナーである。
彼の本名についてなのだが、一人称の語りの中で自ら名乗る事はなく、他者から呼ばれることでわかるのだが、主にファーストネームの「Marco」で、ラストネームの方は、仕事相手の弁護士から2~3度呼ばれていたと思うのだが、どうにも見つかりませんでした。今回はナントカということで…。
そして彼には二人の探偵ビジネスに関わるパートナーがいる。
一人はBeniamino Rossini、通称Old Rossini。推定50代。現在も密輸稼業で荒稼ぎする昔気質のギャング。ここで言う昔気質というのは、なーんか日本の少女マンガみたいのに出てくるような 都合のいい”昔気質”じゃあない。まあゴッドファーザーに出てきたようなイタリア系ギャングを思い浮かべればいいかな。バラシた人間の人数だけブレスレットを着け、ジャラジャラいわせてるタイプのヤバい”昔気質”。今作中でもその数は増える。
そしてもう一人がMax the MemoryまたはFat Max。こちらも推定50代かな?1970年代、極左セクトの間で情報収集・操作に暗躍。最近特赦で出獄したばかり。情報収集・分析のプロフェッショナルだが、 住んでいるアリゲーターのクラブLa Cucciaの2階の部屋から出てくることはほとんどない。かつて彼が様々な追求から地下に潜っていた頃からの知り合いで、その頃は彼の恋人だったウルグアイ人の ストリートミュージシャンMarielitaが窓口となっていたのだが、それが原因で地元のマフィアに殺害され、Rossiniと共にその落とし前を付けたことから今のような関係になったとのこと。これはもしかすると米版では未訳のシリーズの前の方で語られた話なのかも。
アリゲーターとRossiniの二人が、手掛かりとなりそうなところに出向いたり、聞き込みをしたりと動き回り、Maxが部屋でネットから情報を得たり、見つかった情報を分析したり自分のコネクションに問い合わせたり、というのがこのチームの捜査スタイル。とりあえずは簡単な紹介が済んだところで、本編の方に参りましょう。

-ベニス マルコ・ポーロ国際空港 2000年12月26日-
南米コロンビアからのフライトで到着した青年が、麻薬密輸の疑いで逮捕される。彼は昔ながらの方法で、800グラムのコカインを呑み込んで密輸を謀っていた。
青年の名はGuillermo Arias Cuevas。故郷であるコロンビアの首都ボゴタを牛耳る犯罪組織の女ボスLa Tiaの甥っ子だ。だが、この密輸はLa Tiaの手引きによるものではなかった。
ボスの縁者であるにもかかわらず、あまり大きい仕事を任せられず組織内での地位を上げられないことに業を煮やしていたGuillermoだったのだが、ある日出会った謎のイタリア人にそそのかされ、組織を通さず単独でイタリアへのコカインの密輸に乗り出したのだった。一年で最も混雑する時期であろうクリスマス近辺を狙ってイタリアへやってきたが、空港を出ることすらできずに逮捕されてしまったという次第。
Guillermoの逮捕はただちにボゴタのLa Tiaに届く。Guillermoの友人を呼び出し、事情を詰問した後、配下を連れLa Tia本人がイタリアへと向かうことになる。

ここまでがプロローグ。そしてこれ以降はアリゲーターの一人称の語りとなります。
本編はまず、アリゲーターがクラブLa Cucciaで依頼を持ってきた弁護士Bonottoと会うところから始まる。Bonottoとは長い付き合いだが、読者への自己紹介としてテーブルに運ばれてきたのは、その名もアリゲーターというカクテル。カルヴァドス7にドランブイ3、大量の氷を入れてグリーンアップルのスライスを添える。La Cucciaのバーテンダー考案のオリジナルカクテルだそうである。
ちなみになんかアリゲーターってカクテルありそうだな、と思ってちょっと調べてみたところやっぱ既にあり、レシピはメロンリキュールとオレンジジュース1:2に氷を入れてステアということ。 札幌の元バーテンダーの方のCocktail Catalog GENUINEという沢山のカクテルのレシピを紹介しているサイトで教えてもらいました。 (カクテルレシピ:アリゲーター)有難うございました。

Bonottoの依頼は、ドラッグ密輸の疑いで逮捕されたNazzreno Corradiという男を救うのに手を貸して欲しいということ。
だが、アリゲーターにもルールがある。俺がドラッグがらみの仕事は引き受けないのは知っているだろう。
奴は無実だ。Bonottoは言う。奴も昔は銀行強盗などやってきたが、60の今では美術品の密輸しかやっとらん。…んー、まあそういう世界の話ね。
Corradiが逮捕された経緯はこうだ。午前2時、彼が友人とポーカーをやっているところに聞き覚えのない声の主から電話があった。彼の愛人、コロンビア人のVictoriaが倒れ、イェーゾロのホテルにいるので助けに来て欲しいとのこと。彼女の携帯に電話しても繋がらず、とにかくCorradiはその場所へと向かった。ホテルのドアをノックすると、見たこともない男が現れ、彼に逃げろ、とスペイン語で叫ぶ。Corradiはわけがわからず、ホテルの従業員を探そうと振り返ったところで警官隊が現れ、彼を逮捕したというわけだ。
ホテルの部屋にいたのは、最初に登場した空港で逮捕されたコロンビア人Guillermo。警察は彼を尋問し、彼に密輸を依頼したイタリア人を逮捕すべく、Guillermoを指定された受け渡し場所へと赴かせ張り込んでいたというわけだ。CorradiはGuillermoがコロンビアで会ったと証言した男とは似ても似つかないが、警察はそれを聞き入れようともしない。
事情を聞いたアリゲーター達は、まず自分達による下調べでCorradiがドラッグ密輸に関わっていないと確信した後、暗黒街での捜査を始める。当初はCorradiが無関係であることを証明するのはそれ程難しくはないかと思われたが、イタリアに上陸した女ボスLa Tiaの介入もあり困難な事件へと様相を変えて行く。
Guillermoにドラッグを運ばせたイタリア人は何者なのか?そしてCorradiは何故罠にかけられたのか?

この作品、及び恐らくはシリーズ全体の方向性を表す言葉として、タイトルにも使用した「非情と仁義」というのが適当だと思う。
彼らチームのスタンスとして、警察及び司法関係とは徹底して距離を置く。それは彼らがアンダーグラウンド社会、犯罪者側に属する人間だからである。そしてその捜索、及び司法機関から彼らの存在・痕跡を隠すためならいかなる非合法手段も選択する。
そして、彼らの住む世界には彼ら自身の掟がある。彼らが従うのは一般社会の法ではなく、アンダーグラウンド社会の掟・仁義だ。この物語の最終局面でもそういった暗黒社会の仁義が大きな意味を持ってくることになる。
そのチームの中で、実は主人公アリゲーターが一番歳も若いこともあってか、なんというか一番常識的というか、一般社会に近い感覚であったりもする。
「なあRossini、さっきあの女の頭ぶん殴ったのはさすがにやりすぎじゃねえか?」
「何言ってやがる。あんな海千山千あのくらいしなきゃ何にも聞き出せねえよ!」
という具合。そして物語の中で成される非情な決断や、暗黒社会の仁義の厳しさについて疑問をさしはさむのも主人公アリゲーターなのだが、大抵の場合事態は非情と仁義の方向へと動き、決断される。これはそういった物語である。

タイトルの『コロンビアのロバ』は説明するまでもないと思うが、いつ頃の話かは知らんがかつてロバの腹に麻薬など違法品を入れた密輸手段があり、そこから麻薬を飲み込んで国境を渡る者を犯罪隠語でロバ(ミュール)と呼ぶというところから。
コロンビアからのミュールの入国に始まるこの作品を読んで感じたのは、かつては最大の悪人輸出国だったイタリアが、 今では結構輸入超過ぐらいの状況になってきていること。ドラッグの流入や、風俗産業向けの女性というのは日本でも多く見られる現象だろう。ちなみにこの物語の鍵を握るコロンビアに現れた謎のイタリア人はそもそもは東京の「赤線地帯」へ送る女性の斡旋のためにコロンビアに入国していたのである。

この作品を読んで私が連想したのは、我が国の木内一裕である。以前書いた時、なんか見ようによっては木内氏がチャンドラーとかを読んでいないと言っているようにとられかねない書き方をしてしまい、随分失敬なことなのでちゃんと自分の意図を説明しなければとも思っていたのだが、この機会にやっておこう。例えば、日本のハードボイルド小説というのはかなり多くの部分がある意味アメリカのそれのスタイルの模倣である。それは、そもそもの出発点がアメリカのハードボイルド小説を読んで自分もそういうものを日本で書いてみたいというところだからという結果で、そういう作品にも優れたものは多いのだし、そのことを批判するつもりなど毛頭ない。だが木内一裕の作品はそれらとは少し違って見える。日本の伝統的、というには少しスパンが短いかもしれないが、戦後でもないのか、多分1960年代以降ぐらいから数多く作られてきた、多くは映画であるのだろう日本製の クライムストーリーの、最も良質な部分をベースにし、そこにアメリカ由来の私立探偵ものの型を乗せたのが、木内一裕のハードボイルドではないかと思う。つまりチャンドラーを読んでいなかったとしても書ける、チャンドラーを目指したりしないハードボイルドだ、ということを言いたかったのである。もしかして誤解した人がいたなら、こちらの言葉足らずで申し訳ない。まあ多分木内氏なら特別そういうものは読まん、とか言う主義でもなかったらチャンドラーぐらいは読んでるだろうし、特に自分の書きたいようなもんじゃねえなあ、と読んですぐ捨てちゃったりしててもそれはそれでアリだろう。
いや、長々と木内先生へのお詫び文を書いてたんじゃなくてさ、私が言いたかったのは木内一裕作品は、時に前述のようなアメリカ物に深く影響された作品がそうであるような、ある意味エクスキューズとしての「和製」ハードボイルドではなく、純正の和製ハードボイルドだということだ。 言っておくが真にそう言えるものを創り上げることはそれ程生易しい事ではない。てめえハードボイルドを名乗るんなら少しは海外のもんも読んで勉強しろよ、と言うしかないクソ作品も山ほどあるし、ハートボイルドなんてインチキ便乗商法なんてのは言わずもがなだ!それゆえに本当にそれをいとも簡単にあっさりと自分流にやってのける木内一裕という才能を私は深く尊敬するのである。あと念のために言っとくが良質なクライムストーリーと言ったのの「良質」は阿呆な権威筋指定みたいなもんでは絶対ないからね。
そして、この作品、アリゲーターシリーズも、木内作品がそうであるのと同様に、純正のイタリア製ハードボイルドなのだ。それこそがここで随分回りくどく遠回りになりながら木内一裕を持ち出してきた理由である。世間のトラベル女子のおしゃれイメージなんてさっぱりわからんけど、我々のイメージするイタリアってあるだろう。あの悪くて味の濃いやつ!ここにあるのはそのイタリアだ! これこそがアメリカのハードボイルドのスタイルを使い、我々のイメージするあの悪くてエグイイタリアをやった純正のイタリア製ハードボイルドだ!我々の読みたかったイタリアがここにあるぞ! おしゃれ女子お断り!イタリア、と聞いて私のように反応してしまった人には絶対おススメの伊製ハードボイルド、アリゲーターシリーズなのでした。絶対読むべし!
あっ、ついでで思い出したから書いちゃうけど、 この間晩飯食いながらぼんやりついてるTV観てたら、なんかインテリアの番組かなんかで「北欧風インテリア」とか言ってて、自分的には北欧のインテリアって、なんか今にも消えそうな裸電球一個しか点いてない、行ったら絶対帰ってこられなそうな地下室みたいのしか思い浮かばなかったんだけど、床は土のまんまね、そういう病気の人って私だけじゃないよねえ。ああ、大きく頷いてる人たちがこの近辺だけは大勢いる気がするよ。よかった。

作者マッシモ・カルロットは、かなり特異な経歴の持ち主でかなり有名らしいので、知ってる人いるかもしれないけどここで書いておきます。 1976年、彼が19歳の時、25歳の大学生Margherita Magelloが59回も刺され殺害され、その殺人事件の容疑者となる。彼はただちに逃亡。 3年後メキシコで逮捕されてイタリアに送還され、その後は刑務所暮らし。懲役18年の刑が宣告されたが、彼はあくまで無罪を主張し、法廷闘争を続ける。 判決は翻ることはなかったのだが、1993年に恩赦により出獄する。実際のところはかなり状況証拠で、それ程堅固な証拠は見つかっていなかったらしい。とりあえず彼は現在も無罪を主張しているそうである。
そして1995年、そんな自らの経験を元にした半自伝的な作品『Il fuggiasco』で小説家としてデビュー。以来30作ぐらい(イタリア語読めんのでいまいち曖昧…)のクライムジャンルの作品を発表しているイタリアでは結構売れっ子の作家である。デビュー作は2003年に映画化され、『逃亡者』というタイトルで、日本でも観ることができる。 映画化作品としては、2001年の『Arrivederci, amore ciao』が2005年に『グッバイ・キス 裏切りの銃弾』として、その他に2004年の『L'oscura immensità della morte』が2015年にインドで『Badlapur』として 作られてるんだが、後者は日本で観れるのかは不明。なんか一応日本語のウィキもあるんだけど。
アリゲーターシリーズは、彼のデビュー作と同じ年、1995年に第1作が出版され、現在まで10作が刊行されている。うち、2007年に出た第6作がグラフィックノベル。とりあえずアマゾンで検索してみたら 意外と簡単に見つかったな。ちょっと気になるけど、結構お高い…。むむむ。カルロットはこの他にグラフィックノベルを3冊手掛けている。前にあのストックホルム三部作のイェンス・ラピドゥスが 一冊グラフィックノベルを手掛けてるんだけど、入手も困難で正体不明というのも書いたんだが、あれも確かイタリアだったろ。なんか一時期というか今でもやってるのか知らんけど、現役のノワール作家を起用してオリジナルのグラフィックノベルを出版するという動きがイタリアにあったのかもしれん。うらやましい。ヨーロッパのコミックもだんだん手近になってきている感じだけど、イタリアはまだまだ遠いみたいやね。
ちなみにアリゲーターシリーズの英訳版はあとにも書いたけど第4作から始まり、最新の第10作まで。詳しくは最後の著作リストを参照のこと。
英語版の版元Europa Editionsは、調べてみたらイタリアの出版社が英語圏への進出を目的に2005年にニューヨークに設立した出版社だということ。現在までにイタリアのみならず世界30か国に及ぶ作品を出版し、日本からも川上未映子や川上弘美らの作品が出版されている。2020年にはなんと年間40作品もの出版を成し遂げたということで、これからもかなり期待できそうな感じで英語圏以外の知られざる作品を出してくれそうですな。とりあえずは中に「World Noir」ってカテゴリがあり、ここ調べてみると思いがけないのが見つかるかも。なんかまたしても注目必至のパブリッシャー見つけちまったよ。どうしよう。

なんか名前を出すばっかりでちょっとご無沙汰になっているAnthony Neil Smith先生についても今回は少し。実はSmithさんの作品もその後2冊読んでるのだが、全然書けてなくて申し訳ないっす。 ひとつは前々から何度も名前を出してるCastle Dangerシリーズの1巻『Woman on Ice』。舞台は夏は観光地として賑わうミネソタ州ダルースの殺伐とした冬。ある事件をきっかけに二人の主人公が この地に隠された暗黒に巻き込まれて行く。一人は女装趣味の強迫観念に苛まれる刑事。もう一人は地元の良家に生まれるが家系ともいえるマチズモへの強迫観念に苛まれる元兵士の青年。 どっちも強迫観念に苛まれてるというSmith先生じゃなきゃ操れないキャラクターコンビ!いや、なんか問題あって書かなかったんじゃなくて、ホント面白かったんだけどなかなか書けない時期に 読んでしまったので…。まあこれ続きもんで全2巻なので、次読んでから頑張ろうと思いつついまだに放置…。すんません…。
もう一つは英国 Fahrenheit 13より昨年発売された現在最新作の『Slow Bear』。ある事件で片腕を失い退職したノースダコタの居留地の元警官のネイティブアメリカンのルーザーSlow Bearが 主人公というまたしてもSmith先生ならではの作品。こちらも期待に違わぬ素晴らしい作品だったのですが、こちらも出版されて間もなくぐらいに続編についてアナウンスされるという次第で、 続き物。とりあえずひとつの区切りはついて終わってるんですが、これからという感じだったりもするので、続編出てからかなあと思って保留になっとります。続編は今年の秋に出版の予定。
それからあのBilly Lafitteの第5作についてなのですが、こちらは前にも書いたかもしれないんだけど、書き始めてみたものの行き詰って現在は中断とのことです。私もいつまでも貧乏性 振り回してないでそろそろ第4作読まなければというところなのですが、Billy Lafitte、あまりに好きなんでまた『Yellow Medicine』から再読しようかなあ、と時々思ってたりする。
というとこなんだが、実はつい先週、Smith先生には大変つらい出来事が。もう随分前に終わってしまったあの楽しいブログの頃から、Smithさんの傍に常に控えていた相棒、愛犬のHerman君が先週亡くなられたそうです。 詳細は明らかには語られていませんが、病気で手の施しようがなく安楽死ということになったようです。最期の日にはSmithさんのツィッターに沢山の思い出の写真が次々とアップされ、涙なしには 見られませんでした。犬好きのランズデールや、スウィアジンスキーを始めとする多くの作家からも哀悼のメッセージが送られていました。ご冥福をお祈りします。


今回はこんな感じでイタリア製ハードボイルド マッシモ・カルロット『The Colombian Mule』について書いてみました。これを読んでみたいという人結構いると思うので、これについては 何とか早く書かんとと思っておりました。うーん、そのへん考えるともっとストーリー紹介した方が良かったんかなと思ってしまうのだが、一方であんまりネタバレしたくないんだよなあ。 読んで話分かってる側からすると、この先のこれ書くとこの辺まで見えちゃうとか考えてしまうのだよねえ。まあ世間的には、イタリアのハードボイルド?それ読めんの?じゃあ絶対読む! と内容も確認せずにひっつかむワシのような変人ばかりではなかろうからねえ。しかし例えば「イタリアでベストセラー!○○万部突破!」なんて帯に書いてあっても、そもそも日本のベストセラーに 一切関心のないワシらの心は動かんよねえ。何気に言い足りないようなところもあるんだが、ハードボイルドファンならちょっと毛色の違ったもんとして絶対おススメのアリゲーターシリーズです。 Europa Editionsにも注目!なんか面白いのめっけたらまたご報告いたしますんで。ではまた。

※すんません。下の著作リストを作ってて米版と伊版を照らし合わせているうちに、やっと実は今作がアリゲーターシリーズの第4作であることに気付きました。米版はここから始まってて第1作に なってるので信用してて気付きませんでした。ずっと思い込んで書いてた本文の方もあとからなるべく修正したのだけど、直し切れてなくて混乱してるところがあったらごめんなさい。 アリゲーターシリーズ英訳版は正確には第4作から始まり、グラフィックノベルの第6作を飛ばして、最新作までが英訳されています。著作リストについては本当は全作品を掲載すべきだとは思うのですが、 イタリア語が読めないのでちょっとややこしくて、アリゲーターシリーズ以外は英訳版のみ掲載しました。下のアマゾンのリストも英訳作品Kindle版のみとなっています。(アリゲーター最新作『Blues for Outlaw Hearts and Old Whores』のみ日本ではKindle版未発売)
あと、イタリア語版のカルロットのウィキペディアではアリゲーターシリーズ第9作『Per tutto l'oro del mondo』が『ワンピース』劇場版第1作のイタリアでのタイトルと同じだったため、 そっちにリンクしてしまっているのですが『ワンピース』とは全く関係ありません。リンク開いてビックリしたわ。

■マッシモ・カルロット著作リスト
●アリゲーターシリーズ
  1. La verità dell'Alligatore:1995
  2. Il mistero di Mangiabarche:1997
  3. Nessuna cortesia all'uscita:1999
  4. Il corriere colombiano:2000 英訳:The Colombian Mule:2001
  5. Il maestro di nodi:2002 英訳:The Master of Knots:2002
  6. Dimmi che non vuoi morire:2007 (グラフィックノベル)
  7. L'amore del bandito:2009 英訳:Bandit Love:2010
  8. La banda degli amanti:2015 英訳:Gang of Lovers:2015
  9. Per tutto l'oro del mondo:2015 英訳:For All the Gold in the World:2016
  10. Blues per cuori fuorilegge e vecchie puttane:2017 英訳:Blues for Outlaw Hearts and Old Whores:2020

●Giorgio Pellegriniシリーズ
  1. Arrivederci amore:2001 英訳:The Goodbye Kiss:2006 映画”グッバイ・キス 裏切りの銃弾”原作
  2. Alla fine di un giorno noioso:2011 英訳:At the End of a Dull Day:2013

●英訳作品
  • Il fuggiasco:1995 英訳:The Fugitive:2007 映画”逃亡者”原作
  • L'oscura immensità della morte:2004 英訳:Death’s Dark Abyss:2007 映画”Badlapur”原作
  • Nordest (Marco Videttaと共作):2005 英訳:Poisonville:2009


●Giorgio Pellegriniシリーズ

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2021年4月10日土曜日

Kill or Be Killed -最強コンビが放つ、異色ヴィジランテアクション!-

今回は遂にあの黄金コンビが登場!エド・ブルベイカー&ショーン・フィリップスによるわりと新作の『Kill or Be Killed』!この黄金コンビ、このブログには初登場ですが、実は私にとっても この作品『Kill or Be Killed』が初めて読むこのコンビの作品となります。えー?ホントにー?ではこれからなんでそんなことになってしまったのかを説明するが、くれぐれも 「お前バカだろ」と言わないように!

まずあの『Criminal』である。2006年よりマーベル傘下Icon Comicsから発行され、現在は版権をImage Comicsに移し、そちらよりシリーズ全作品が出版されている。まず私はこれを見て、 まあ当然ながら、これはスゴイ!と思ったわけである。これはスゴイ!これは本当にハードボイルドが書ける作家と、本当にハードボイルドが描けるアーティストが組んだ、私が夢にまで見た 理想のコミックだ!これは私のようなハードボイルド+マンガ=コミック狂にとっての奇跡だ!こんな作品が生まれることこそ天文学的な確立の奇跡に間違いない!こんな作品をうっかり読めるものか! …うん、おなじみの貧乏性なのやけど…。その後、Image Comicsから2012年に『Fatale』が始まり、2014年からの『The Fade Out』に進むにつれ、あれ?この天文学的奇跡、わりとがっちり タッグを組んで精力的に作品を作ってきてるんじゃないのか、とさすがに私も気付いてきた。こ、これは普通に読んじゃって大丈夫ぐらいなんじゃないか?いや、そろそろ 読まんとまずいのではないか状態がその後もしばらく続いた後、やっと意を決し、かなり遅ればせながらこの『Kill or Be Killed』を手に取ったというわけである。
お前バカだろ。もう自分で言っちゃうよ、ホントに。しかしまあ、私がなんでこれほど重度の貧乏性になってしまったかといううと、いやそもそも日本の基準から言っても私なんぞ充分貧乏人層なんだが、 それは別としてだ。私のこの極端ともいえる貧乏性の原因は、この国でハードボイルドファンでいるという苦行を長年にわたって続けてきた故である。もうハードボイルド小説の翻訳なんてもんは、 年にせいぜい二つぐらいとかいう状態が続き、それが四冊も出た日にゃ、喜ぶより先にこれから先しばらく恐るべき凶作が続くんじゃ、と不安になる始末。慢性的な飢餓状態から常に備蓄を 怠らず、少しでも食べられるものを増やそうと、怪しげなものに手を出しては毒に倒れ、日本のそのジャンルについてはファブルの猫舌的状態になっているのは、7周年の際にもぼやいた通りである。 こんな奴にこんないいのを見せたら、当然取っておく!なにか本当にあるのかは不明な、なんかスペシャルなオレ個人祭りフェスティバル的な日のために!とか言う名目とかで! しかし、デジタルの発達により海外のコミック、小説の入手が容易になった今、私も貧乏人は解消できなくとも、貧乏性ぐらいは解消するべきではないかと思い始めている。あと、本はごはんと違って、 一度読んだのもまた読めるというのも最近薄々と勘付き始めてもいる。読めるものが幾らでもあるのみならず、読みたいものが本当に全部読めるのかも不安になる昨今じゃないか! 大丈夫!読んでもまた次にそういういいのが出るから!今こそ貧乏性でない貧乏人へと生まれ変わる時だ!という流れで小説の方ではずっととっといたマッキンティDead三部作とRay Banks:Cal Inns四部作を 年内に読むぞ!と宣言し、コミックの方では最も好きなジャンルゆえに超スローペースでちびちび読んでいたクライムジャンルの、David Lapham『Stray Bullets』やJason Aaron/R. M. Guéraの あの『Scalped』などをきちんと読み始め、その流れで遂にエド・ブルベイカー&ショーン・フィリップス作品にも手を出した、というわけなのであった。
…大げさに言うほどバカっぽさが増すのだが…。しかしエド・ブルベイカー&ショーン・フィリップスぐらいになれば、さすがに日本でもある程度は知られた作家だし、まあかなり今更感も あるとは思えるよね。そんなわけで今回は、今現在も注目作を続々発表し続けているこのコンビについて、今後きちんと語って行けるようにするための第1回という感じで、エド・ブルりん達と 少しでもお近づきになろう回としてちょっとゆるくやってみようかな、と思っております。いや、最初から力抜け過ぎやないの?

まあそんなわけで、また例のごとく前置きが長くなりすぎてんだが、今回はこの『Kill or Be Killed』。2016年から2018年に渡ってImage Comicsより発行され、TPB4巻にて完結しております。ホントは全部読んでからやろうかな と考えていたんですが、なんかそうやって引き伸ばしているといつまで経っても始まらんので、2巻まで読んだところで見切り発車です。いや、どうせネタバレになるから最後までは書かんし。 では私のエド・ブルベイカー&ショーン・フィリップスシリーズ開幕の第1回となります『Kill or Be Killed』、始まるよ~。

【Kill or Be Killed】

これは、それまで僕が思う僕の人生に起るとも思っていなかったことだ。
だが往々にして、そんなところに選択の余地などないものだろう?

「ま、待て…!」
すくみ上りながら降参するように半ば両手を挙げたスーツ姿の厳つい男。
スキーマスクで顔を覆った上にフードを被った謎の男が、容赦なくショットガンを発射する。
音に驚き部屋をのぞき込んだ銃を手にしたスキンヘッドもためらいなく射殺される。

いずれにせよ、僕は上達した。
人を殺すことに。
殺されるべき連中を殺すことに。

フードの男は部屋から通路に出る。薄暗い通路を進む彼をあちこちのドアの隙間から窺う女たち。その様子からビルのこのフロアは、ある種の売春施設として使われていると想像される。
フードの男はショットガンを装填しつつ進む。
フロアにエレベーターが到着する。銃を手にした厳つい男が2人、用心しながら進み出る。
陰に潜み、やり過ごしたフードの男が、2人に後ろから忍び寄り、ショットガンを発射する。
2人を射殺し、気を抜いたところで、背後のドアが開き、飛び出してきた男がフードの男に殴りかかる。
銃を取り落とし、フロアに倒れる。だが、それを拾い上げ襲撃者の顔面に叩きつける。
2発、3発…。動かなくなった男を残し、その場を去るフードの男。
階段を下りながらスキーマスクを脱ぎ、ポケットに押し込む。その下から現れたのは”ごく普通の”という形容詞がぴったりのような青年の顔だった。
建物を出ると、何食わぬ顔で雑踏に紛れ込み、自分のアパートへ帰る。部屋をシェアする友人と軽く挨拶を交わし、自室に戻る。
そして彼はここから、これまでに至る経緯を語り始める。

[Comixology 『Kill or Be Killed』#1カバー プレビューより]

青年の名はDylan。ニューヨーク在住の学生。
メンタル的な問題を抱え、かつて自殺未遂を起こし、一旦は大学をドロップアウトしていたため、現在は28歳だがまだ卒業には至っていない。
あらすじのシーンの間に挟んだモノローグだが、実はその後もここに至るまでも延々続いている。行動中の思考というよりは、映像につけられたナレーションという形。 そういったDylanによる一人称の語りで物語は進められて行く。
帰宅途中もしばらく前の、黒人のガールフレンドとバスに乗っていた際、後部座席の男たちから彼女に野卑な言葉を投げかけられながら、何もすることができなかったという回想が語られ、 そもそも自分は暴力や争いごととは無縁な人間だったことが示される。

そして、Dylanによる事の起こりの回想。
それはある雪の降る夜。彼は自分の住むアパートの屋上にいた。自分の人生を終わらせるために。

その引き金となったのはKiraという女性。Dylanは現在の住居に友人Masonとルームシェアを始める以前からKiraとは友人で、彼を理解してくれる数少ない一人として密かに恋心も抱いていた。 だが、このアパートで暮らし始め、Kiraもそこを訪れるようになるうちに、彼女はMasonと恋仲になってしまう。毎日、苦々しい思いを噛みしめながら2人を横目で眺めるDylan。 だが内心では、いつか2人に破局が訪れ、Kiraを自分の恋人にするチャンスが来ることを期待していた。
だが、彼はその日聞いてしまった。Masonの部屋のドアの隙間から漏れ出てきたKiraの声の断片。
-Dylanは可哀そうな人だと思う…
僕は彼女からそんな風に見られていたのか!
打ちのめされたDylanは、いたたまれず部屋を出て、6階建てのアパートの屋上へ向かい、衝動的にそこから足を踏み出す。

次の瞬間、彼は我に返る。なんて馬鹿なことをしちまったんだ!だが彼の身体はすでに屋上から落下を始めている。
そしてその時になって、自分がどれ程生きていたいかを悟る。どんなみじめな人生だって生きている方が遥かにましだ!

そんな彼の心の声になにかが応えたように、彼は建物の間に渡された洗濯ロープに引っかかり、いつ頃から引っ掛かっていたのかもわからない襤褸切れにからめとられ、…やがて雪の積もった路上に落下する。

生きている!?
身体はそこらじゅう打ち身だらけだが、どこも損なうことなく着地し、Dylanは自分が救われたことを知る。

今更ながらに寒さに気付き、震えながら部屋に戻るDylan。だが、奇跡的に生を拾ったことから、なにか生まれ変わったような喜びを感じながら、ベッドに入る。
-朝になれば、きっと新しい僕の人生が始まる。
その考えは間違ってはいなかったが、それは彼が思うようなものではなかった…。

そして、それはすぐに起こる。Dylanがベッドに入り、そんなことを考えながら眠りに就こうとしたときに。
明かりを落とした部屋の隅、影になっているところが膨れ上がり、形を成して来る。そこに目、口が浮かび上がり、頭から巨大なバッファローのような角を突き出した漆黒の悪魔となり、 Dylanに覆いかぶさりながら話し始める。
「よう、Dylan、まずは落ち着いて俺の話を聞け。」
パニックを起こしたDylanの首を押さえつけ、悪魔は話し続ける。
「第二のチャンスは安くはないぞ。お前の命の代償を払うときだ。」
「簡単な話だ。命には命。」
「お前はこれから俺のために人を殺す。悪人だ。死ぬべき奴ら。月に一人ずつ。」
「お前が放り出そうとした命のレンタル料金というわけだ。」
そんなバカな話…、イカレてる…、悪いやつ?僕にどうしてそんなものがわかるっていうんだ?
「目を開いてよく見てみろ。お前の周りの世界。そんなに難しいことじゃあない。」
ウソだ、こんなことがあるはずがない!お前は幻覚だ!現実じゃない!
「いいや、俺は現実さ。」
言い終えた悪魔は、押さえ込んでいたDylanの左腕をあっさりとへし折る。

何か異変を察知し、様子を見に来たKiraに助けられ、Dylanは病院のERにて骨折を治療してもらう。医者とKiraにはベッドから落ちて腕を折ったと嘘の言い訳をする。
あんなことが現実に起きたはずはない。あれは何かの幻覚か悪夢だ。多分屋上から落ちて、着地するまでのどこかの時点で骨折していたのだが、興奮か何かで部屋へ戻るまでそれを自覚しなかっただけのことだ。
なんとか道理付け、自分を納得させようとするDylan。

だがその月が残り一週間を切ったところで、Dylanは正体不明の体調不良に苦しめられ始める。
そんなはずはない。そんなことがあるはずはない。
日が経つにつれ症状は悪化し、彼はあちこちにその悪魔の姿を見るようになってくる。部屋の隅の物陰、窓に映った光の反射…、それらがあの悪魔の形となり、Dylanを追い詰めてくる。 あまりの苦痛に耐えかね、病院のERへ向かうべく、雪の中部屋を出て歩き出したDylanに、数人のホームレスの男たちが意味もなく襲いかかってくる。袋叩きにされ雪の路上に倒れ込むDylan。 中の一人が彼に拳銃を突き付けてくる…。
そして、その男はあの漆黒の悪魔へと姿を変える!
「あと一日だ、Dylan。お前に残されたのはそれだけだ。」
銃身でもう一度Dylanを殴りつけ、男たちは去って行く。

雪の中倒れ、Dylanは考える。
自分がいかに死を恐れるかを。
そのためなら殺人も辞さないことを。
さあ、これから僕がやらなければならないことは死ぬべき誰かを見つけ、そいつを殺すことだ。
それがどれ程難しいことだというんだ?

[Comixology 『Kill or Be Killed』#1 プレビューより]

結構長くなっちまったけど、以上が『Kill or Be Killed』第1話のあらすじ。48ページのダブルサイズなんで少々長めになりました。ちなみにさっき見たところ、この第1話はKindle及びComixologyで、無料で読めます。

Dylanの実家は、ニューヨーク州郊外のウェストチェスターにあり、今は老いた母が一人で暮らしている。
彼の父はアーティストだった。だが、その仕事は安手のパルプ雑誌のカバーやイラスト。醜怪なモンスターや宇宙生物と裸の美女が絡み合う画が、今は大量の段ボール箱におさめられ、 実家の一室で山積みとなっている。
その父は、Dylanが子供の頃、自殺しこの世を去っている。

こういう感じで話をまとめて行くと、改めてエド・ブルベイカーの話の作り方や構成の巧みさに気付かされる。第1話に続く第2話では、まず冒頭でDylanがある人物を殺害すべく車で待ち伏せているところから 始まる。最前に述べたようにこの作品は全編を通じて主人公Dylanによる語りで進められて行くのだが、この第2話でも第1話同様に緊迫感のあるシーンから始まり、そこから一旦戻りなぜそういうことになったのかを Dylanが回想しながら語って行くというスタイルがとられる。
そこから、まず前回のラストの翌日、KiraとMasonにもう体調は良くなったからと告げ、アパートから出て行くところから始まり、列車に乗り実家のあるウェストチェスターへ戻って行く、という風に ちょっと話を逸らされたように感じるようなペースで続いて行く。実家に戻り、彼の両親について語られた後、子供時代友人たちと母に隠れて父が遺したエロチックなイラストを盗み見るという回想が 入り、その時その遺品の中に見つけて驚いたリボルバー拳銃が、彼が実家に戻ってきた理由だと分かる。
語り手であるDylanの、ちょっと回りくどいような説明に見えるのだが、実はその時の子供時代の友人の一人に大きく関わる人物が、彼の第一のターゲットであることが続いて説明され、更にここで 言及された家族関係、特に亡くなっている父親に関する事が物語が進んで行くにつれ大きな伏線となって行くのである。一見不慣れな語り手による冗長な説明に見せかけた巧みな構成。
第1話、2話で使われた、最初のシーンから一旦過去に戻ってそこまでの経緯を説明するという手法はこの後も度々現れるのだが、これは映像作品、特にアメリカのTVドラマシリーズの中で よく見られるものだと思う。大体1時間のサイズの決まった中で、少し遡って語られるストーリーがどの時点でこの最初のシーンにつながるのかという形で視聴者の興味を引き付ける、 TVシリーズに合った手法であり、それはまたTVシリーズと同様に決まったサイズで定期的に出版され話が連続して行くコミックでも同様なのかもしれない。ブルベイカーがこの時期から TVシリーズ作品の脚本も多く手掛けるようになってくるのも、なんとなく納得される気がする。

TPB1巻では、その後、悪魔については半信半疑のまま、ヴィジランテ活動にのめり込んで行くDylanの姿が描かれる。1巻の後半では、ロシアンマフィアの経営するストリップクラブに標的を定め、 かなりまずい手際ながらやり遂げるのだが、当然そこで組織の恨みを買い、2巻ではその捜索の手が彼自身に迫ってくる。また2巻では彼による一連の殺人が同一犯によるものであることが警察に察知され、 ニューヨークに警戒態勢が敷かれる展開にもなってくる。
その一方で彼の自殺未遂の原因ともなったKiraとの関係は、彼女とMasonの関係を曖昧にしたまま、接近したり距離を離したりと微妙な関係となって行く。2巻では全編彼女視点による回もあり、 ストーリーの中では重要な位置を持つキャラクターとなってくる。
そして、第1巻の最後には、Dylanが見たものと全く同じ漆黒の悪魔が、実は父の遺したカバーイラストの中に描かれていることが示され、それがどこかの時点でそれを見たDylanの記憶による 妄想なのではないか、という可能性も示される。しかし、それがその通りの意味での真相であるのかは、まだ定かではない。
エド・ブルベイカー、ショーン・フィリップスという鉄壁の黄金コンビによる異色ヴィジランテアクション!果たして主人公Dylanの運命や如何に?
…いやまあ、TPB4巻でもう完結してるので、そこまで読めばわかるんだが途中で書いちまったので、ホントに結末分かってなくてスマン…。私もこの続きは楽しみに読むです。

[Comixology 『Kill or Be Killed』#2 プレビューより]

ショーン・フィリップスの素晴らしい作画について、なんか今更言うこともないんだが、今回この作品を見ていてちょっと気が付いたのは、これって結構日本でマンガ描く人にとっても 参考になる部分多いのかもな、ということ。もちろん日本のマンガは劣っているのでコレを見て勉強しなさい、とか言うバカげた意味じゃないよ。写真などから起こした精密で静的な背景を 使ったリアリスティックな情景描写というのがこの作品で多く見られるフィリップスのスタイルだが、それは日本のマンガに於いても非常に多く見られる手法である。そういう共通したものから 違いを見出して行くことから多くの物が得られるものである。例えば、以前から言っているけど、日本のマンガがその演出やコマ運びが直接発せられてはいなくてもセリフやナレーションなどの 「音」に連動して行く形でそのタイミングなどが決められて行くのは、アメリカのコミックでも同様である。だが言葉が強調される部分やタイミングが異なる違う言語ではそれは当然異なる。また、 構図と言うようなところからも、例えば日本のものよりページ数が少なくなることの多いアメリカのコミックでは、ミドルサイズの縦長コマの使い方が違っていたり少なかったりすることから、 動きの少ない画では下半身、足先まで入る画を使うことが少ない傾向があり、そうなるとカメラ位置なども変わってくるものだろう。まあ自分くらいでもこのくらいは思い付くし、もっと多くの発見ができる人も 沢山いるものと思う。なんかさ、どっちがエライとかエラくないとかいうしょーもないことじゃなくてさ、まず同じものとして違いを見出して行くことから多くの事が見えるもんだよねえ。 まあもう当然そういうことをやってる人だって多くいるだろうけどさ。

エド・ブルベイカーに関しても、翻訳作品もいくつかあるんで今更経歴を紹介することもないかと思うんだが、ちょっとどれも持ってないんで知らないんだが、まあ日本だと割とDC、マーベルの ところからばっかりでそれ以前の初期のところは端折られてそうなのでそこんとこ少し。エド・ブルベイカーという人は、実は絵描きの方からコミックのキャリアを始めたそうで、初期には ストーリー作画を両方担当した作品も結構あるようだ。かのインディーの雄Caliber Comicsからは半自伝の『Lowlife』という作品があり、その他かのFantagraphicsやらDrawn & Quarterlyやら、 そのものズバリのAlternative Comicsなんかからも作品があり、実は初期エド・ブルベイカーってバリバリのオルタナティブコミックやったんやなあとこの度知ったわけである。 しかしながら、現在はこれらの作品を上記のパブリッシャー作品も販売しているComixologyで読むことはできない。ブルベイカーが俺の昔のやつはもー絶対誰にも見せん!という意図なのか、 版権をひとまとめにしていつかエド・ブルベイカー初期作品集を出すつもりなのかは不明であるが、できれば後者でいつか読めるといいよねえ。

さてこの黄金コンビの近況なのだが、今回の『Kill or Be Killed』が2018年に終了した以後は、2019年より『Criminal』新シリーズを開始し、現在までに2冊の単行本にまとめられている。…ようなんだけど どうもシリーズと単行本が同じ内容なのかはよくわからない。これはどっちも読む必要があるな。続いて昨年2020年に グラフィックノベル単独作品『Pulp』、そして更に昨年末からはグラフィックノベル形式のシリーズ作品『Reckless』の発行が開始され、 現在3巻までの発行がアナウンスされている。なんかよう、もうもったいないとか言ってる場合じゃないよなあ。いや、遥か昔からそうなんだけど…。これからは、アメリカの、いやもはや世界の コミックシーンのトップランナーである、この黄金コンビ、ブルベイカー/フィリップ作品を全力で読んでくことをここに誓うでやんす。またすぐ登場するぞ!絶対だ!

というわけで今回は『Kill or Be Killed』エド・ブルベイカー/ショーン・フィリップス作品本ブログにやっと登場の巻でした。うーん、いくらかブルりん達とお近づきに成れたんでしょうか? まだまだかい?そんなわけで最初に書いた通り、ちょっと貧乏性でもたもた読んでたあたりを優先的に読み始めている昨今なのですが、最もこだわりのあるハードボイルド、クライムジャンルのほかにも、 こちらも以前からこだわっているかのグラント・モリスンのカルト作『The Invisible』や、当然のJeff Lemire作品、グレッグ・ルッカ作品など、気が付けばもはやとっといてる場合じゃない作品を 精力的に読み進めております。うわ、慣用句っぽくうっかり書いちゃったけど、オレ「精力的」要素なんてあったためしないじゃん。いや、まあとにかく頑張って色々いいの読んでるんよ。あと、今回 色々調べてるうちにやっと気付いたんだけど、ショーン・フィリップスの息子ジェイコブ・フィリップスが作画担当の『That Texas Blood』なんていうのもかなり気になるなあ。やっぱり一時期の 電子書籍バブルみたいのからコミックの方も後退し、Image ComicsとVertigoのアプリショップが終了してしまったりという状況だが、新旧含めて読まねばならんものは山ほどあります。 貧乏性振り回してる場合じゃないよ、ホント。これからも頑張って色々いい作品を読んで、このブログにも頑張って書いて行きます。精力的に…???

ちょっといつものアマゾンのリストだけだと分かりにくいかと思ったので、今回はエド・ブルベイカーのオリジナル作品の著作リストを作成しました。多分ヌケはないと思うのですが、 色々間違ってたりしたらごめん。ちなみにIcon Comicsからの『Incognito』は、2017年にImage Comicsから新装版が出ているので、版権は移行していると思われるのですが、プリント版ハードカバー のみで電子版は未発売です。事情は不明。『Incognito: Bad Influences』のKindle版がまだIcon Comicsからの販売で残っているようなので、版権の期限がまだ終わってないということなのかな?それから『My Heroes Have Always Been Junkies』、『Bad Weekend』の2作はImage Comics版『Criminal』シリーズに属する作品ですが、前者はグラフィックノベル 単独で、後者はシリーズ#2、3に大幅に加筆修正したものということで作品リストでは別にしてあります。また、現在Image ComicsからのIcon Comics版『Criminal』のシリーズ単行本Vol.7 Wrong Time, Wrong Placeは、2016年にImage Comicsから出た『Criminal Special Edition One Shots #1-2』をまとめたもので、Image Comics版『Criminal』に属する作品です。この3作を含むシリーズ全作品は『Criminal:Deluxe Edition vol 3』と『Cruel Summer』の 2冊の単行本に収録されています。が、こちらもプリント版ハードカバーのみ発売中、となんか最近のブルりん出版事情ややこしいなあ。Image Comics版『Criminal』についてはアマゾンのリンクの方で、シリーズ一覧も作っときました。 あと、今回ちょっと手が回らなくてショーン・フィリップスさんお座なりっぽかったらごめん。次はもっと頑張るからね。

■エド・ブルベイカー オリジナル作品著作リスト (※作画担当が空白のものはショーン・フィリップス)
  • Scene of the Crime #1-4 1999年 Vertigo→Image comics
  • Deadenders #1-16 (作画: Warren Pleece、他) 2000~2001年 Vertigo
  • Criminal (vol. 1) #1-10 2006~2007年 Icon Comics→Image Comics
  • Criminal (vol. 2) #1-7 2008年 Icon Comics→Image Comics
  • Incognito #1-6 2008~2009年 Icon Comics→Image Comics
  • Criminal: The Sinners #1-5 2009~2010年 Icon Comics→Image Comics
  • Incognito: Bad Influences #1-5 2010~2011年 Icon Comics→Image Comics
  • Criminal: The Last of the Innocent #1-4 2011年 Icon Comics→Image Comics
  • Fatale #1-24 2012~2014年 Image Comics
  • Velvet #1-15 (作画:Steve Epting) 2013~2016年 Image Comics
  • The Fade Out #1-12 2014~2016年 Image Comics
  • Kill or Be Killed #1-20 2016~2018年 Image Comics
  • My Heroes Have Always Been Junkies 2018年 Image Comics
  • Criminal (Image Comics) #1-12 2019~2020年 Image Comics
  • Bad Weekend 2019年 Image Comics
  • Pulp 2020年 Image Comics
  • Reckless 2020年~ Image Comics


■The Scene of the Crime



■Deadenders



■Criminal



■Incognito



■Fatale



■Velvet



■The Fade Out



■Kill or Be Killed



■Criminal (Image Comics)



●シリーズ作品一覧




■Pulp



■Reckless




■戸梶圭太最新作!KIndleにて絶賛発売中!



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