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2016年5月29日日曜日

Fables Vol. 3: Storybook Love

ずいぶん前に1回やったものの、なんかそれで安心してしまったり、色々他に目移りしてしまったりで久しぶりになってしまったのですが、Vertigo『Fables』の続きです。以前はTPB1,2巻をやったので今回は3巻から。
昨年本編は完結し、あちらではもう評価も定まっているような有名作ですが、やはり日本ではあまり知名度も広くはないようですし、きっちりやって行かねばと思っております。

さて、Vol.1、2ではそれぞれ5話から成るストーリーでしたが、今回は単発の11号、18号の間に12、13号の2話、14~17号の4話のストーリーを挟む形で、計8号分が掲載される形となっています。

【Bag O' Bone】(11号)
南北戦争で一山当てようと企んだジャックは南軍に入隊し参戦するが、結果は敗北。軍を離れての帰路、森で出会った老人からイカサマポーカーでなんでも入る不思議な袋を手に入れ、そして森を抜けたところにあった屋敷の唯一人の生き残りで今晩までの命と語る美女に、その身体と引き換えに命を救ってやると持ちかけるのだが…。
お馴染みジャックと豆の木の、一攫千金を狙い続けるジャックが主人公の話。ちょっと工夫の無い言い方ですが、大人の寓話といった作品。
作画はBryan Talbot。イギリス出身のベテランアーティストで、アンダーグラウンドのコミックからキャリアを始め、イギリスでは巨匠Pat Millsの代表作やJudge Dreddなども手掛け、アメリカではおもにDC、Vertigoで多くの作品を描いています。このころではコミック・レジェンドを迎え、ぐらいの感じだったのではないでしょうか。メインのストーリーを描くMark Buckinghamらのシャープな画とはずいぶんテイストは違うのだけど、寓話には合った感じの味わいのある画です。

【Caper】(12~13号)
Fables本部前に一人の風采の上がらない男が現れ、狼男Bigbyを呼び出す。彼の名はSharp、ジャーナリストである。Sharpは彼らが不死であるなどの情報を握っているとして、強引に取材を迫ってくる。だが、Sharpは彼らの事をバンパイアだと思い込んでいた。Bigbyはその場ではSharpを追い返すが、勘違いはしていてもこのままでは彼らFablesの秘密が危ない。動物農場で重傷を負い、療養中のスノーホワイトには告げず、Bigbyは極秘に集めたメンバーで解決を図る。メンバーはジャック、ブルーボーイ、フライイーター、プリンス・チャーミング、青髭の面々。彼らは眠り姫を伴いSharpとその家族が住む高級アパートに乗り込み、眠り姫の指に針を刺し、建物中の人間を眠らせことを進めようとするのだが…。
Fablesの秘密を守るためには手段は選ばず、という感じで少しダークにクライム・アクション風にも描かれています。この章では狼男Bigbyと青髭との不和が表面化し、続く章の展開に関わって行きます。
キャラクターについては、相変わらずブルーボーイの出自が不明な他、以前から本部内の掃除婦として登場していたフライイーターが襲撃チームにも加わってくるのですが、こちらも調べてみたのだけどわかりませんでした。ひょろっとしたあまりぱっとしない温厚な人ですが、元は王子らしい。おとぎ話の中にも日本ではあまり知られていないのがあるのか、自分がその方面に無知すぎるのかもよくわからない状態です。すみません。Zenescopeの本当よりもっと怖くてエロいグリム童話とかもっと読んだら出てくるかな?あと、プリンス・チャーミングは1巻から出ているスノーホワイトの元ダンナの、イケメン王子のこのシリーズにおける正式名称です。
作画は第1章「Legens in Exile」を手掛けたLan Medina。前はちょっと雑にやってしまったのでちゃんと調べたところによると、フィリピン系のアーティストで、1961年生まれということなのだけど、アメリカでの作品は2000年代以降のようで、地元ではかなり活躍して有名作家になった後そちらに活躍の場を移したということなのかな。フィリピン系では昔のアレックス・ニーニョから、最近のマーベル作品で驚異的な画力を見せるJerome Opeña、Valiantで活躍中のMico Suayanなど本当に素晴らしいアーティストも多いので、いずれもっと詳しく調べてみたいと思っています。しかしアーティストについてもやりたいと言いつつなかなか手が回らずできていないのですが、とりあえずJerome OpeñaについてはWikiもできていたので、興味のある人はそちらを調べてみてください。

【Storybook Love】(14~17号)
青髭の館をひそかに内偵するマウスポリス。そして、動物農場事件の首謀者であり、逃亡中のゴルディロックスが匿われているのを発見する。だが、脱出の際に見つかり、相棒のネズミは斃れ、マウスポリスのみなんとか逃走する。青髭は事態が発覚する前に、翌朝早く職務に復帰したばかりのスノーホワイトと狼男Bigbyを魔法にかけ、自らの意志の無くなった二人を休暇旅行に出掛けさせる。そして、数日後、二人は急に意識を取り戻し、どこかも知れない山奥でキャンプしているのに気付く。事態も把握できぬまま下山し始めるが、そんな彼らにその山中でひそかに彼らを亡き者にしようと企む刺客が迫る。そして一方、マウスポリスに内偵の指令を出していたのは意外な人物だった…。
山中の脱出劇では、Bigbyが巨大な狼に変身。二人の関係も急展開しますが、それと暗躍し始めた人物については、続くストーリー、次巻で。
ゴルディロックスはイギリスの童話『3びきのくま』に出てくるキャラクターだそうで、調べてわかりました。今度どこかで読んでみます。マウスポリスはネズミに乗った小さなおまわりさんなのですが、これも原典は分からず。マッピーじゃないしな…。
作画は第2章「Animal Farm」のMark Buckingham。『Hellblazer』で彼が初期から優れたアーティストであることを思い知ったのですが(Hellblazer -Jamie Delano編 第3回-)、イギリス出身のアーティストで、Vertigo『The Sandman』などの他、DC、マーベルなど数多くの作品を描いている人です。『Fables』という作品の雰囲気に合わせたデザイン的なコマ割りも多く見せてくれます。1,2巻をやった時、どちらもインカーがSteve LeialohaでMedinaとBuckinghamの画を混同してしまったりしたのですが、今回はMedinaの方はインカーがCraig Hamiltonという人に変わっていて、両者の違いは明らかです。やっぱりインカーが描くときの線の選択によってずいぶん変わるものだと思う。Hamiltonも別の文句のつけようのない仕事なのだけど、Leialohaはちょっと段違いの優れたインカーではないかと思います。この辺は作品の内容や好みによって違うものかもしれないけど。

【Barleycorn Brides】(18号)
それは昔、Fablesたちが”敵”に領土を奪われ新天地に逃げてきたころの話。彼らのホームランドが危機にあることを聞き、勇敢なリリパットの男たちは遠征隊を組み、海を渡る。しかし、敵がリリパットの地へも侵攻を謀っていることを知り、敵に故郷の場所を知られないために遠征隊はリリパット王国に戻ることができなくなってしまう。戦況も悪化し、遠征隊は他のFablesとともに新天地へと移ることになる。そして新たなSmall Townを建設する。しかし、やっと新たな町を作ったものの、男ばかりで作られた遠征隊、町には女性がいなかった。そんなある日、町の新たな住人として親指姫が現れる。だが、状況はさらに悪化。一人きりの女性を巡り、男たちの間に諍いが絶えなくなる。そして、事態の打開のため、ホームランドにまだあるはずという、親指姫を産み出した花の種を求め、勇敢な一人の男が冒険に旅立つ。
こちらも11号のものと同様の、おとぎ話の登場人物を使った新しい寓話。話の中だけで断片的に語られていたホームランドからの脱出の時期の事も描かれます。ジャックの話も南北戦争だけど、これはもっとさかのぼる時代になるのでしょう。1,2巻を読んでた時には割と最近の事かと思っていたけど。でもアメリカなので、少なくとも18世紀以降にはなるようだけど。しかしこの手の寓話風の話って、まとめるのが難しくて少し長くなってしまうものですね。
作画は女性アーティストLinda Medley。90年代、主にDCで『Doom Patrol』などの作画や、カラーリストとして活動した他、子供向けの本のイラストなどもやっていた人だそうです。代表作は個人出版から始まり、現在はFantagraphicsから刊行されている『Castle Waiting』という作品で、『Fables』と同様、様々な寓話をモチーフにしたもののようです。アメリカのコミックファンにはよく知られた作品のようです。こちらも11号と同じように寓話風のタッチで描かれています。

おとぎ話の誰もが知っているキャラクターを使うという、ある意味ありがちなところから始まったシリーズですが、ただそのパターンによりかかって話を作るのではなく、単純な善悪ではなく登場人物それぞれが思惑を持って絡み合う、更に深みのあるストーリーへと向かって今回は進んだ印象です。Bill Willinghamは、正しい意味での大人向けのストーリーが書けるいい作家だと思います。また、メインのストーリーとは別に、今回から始まった新しい寓話もこれから楽しみなところ。調べてみると意外な作家でずいぶん勉強になったり。特にLinda Medleyについては自分的にはなかなか知る機会の無かっただろう作家で、収穫でした。そういうアーティストの起用も、アーティスト出身のWillinghamならではのアイデアなのかな。

ずいぶん間が空いてしまって、やっと3巻という体たらくですが、全22巻とまた先の長い道のり、今後はなんとかあまり間が空かないように継続してやっていきたいと思っております。モタモタしているうちに合本的構成になっていると思われるDeluxe Editionの方の刊行も進んでしまっていたりもするのですが、とりあえずは全22巻のTPBの形でやっていく予定です。ちょっと複雑でDeluxe Editionでは2巻でこの11~18号と単行本のみの話2本が収録されているようだが…。うむむ、ちょっとうまくいかないところはすみません。後々考えて行きますので…。

その他、スピンオフ作品などについては依然よくわかっていないところなのですが、2014年12月から1年間デジタルで発行された(現在はTPB版も発行)『Fables : The Wolf Among Us』は、2013年に発売されたゲーム『The Wolf Among Us』を原作としたもので、このシリーズのメインストーリーの前日譚になっているようです。ライターはWillnghamではありません。ゲームの方は日本未発売ですが、Steamでは購入可能ですので、なんとかそのうちやってみたいと…、ん~、でも『Shadowman』も全然進んでないし、なかなかゲームまでやる時間、今難しいからなあ。ちなみにそちらの方は詳しくないのではっきりとは分からなかったのですが、有志による日本語化も進んでいるようです。

最後に最近のVertigoについてなのですが、少し前に新体制が整ったようで多くの新シリーズが始まったというようなことを書いたけど、またそれがDCの上の方の意向でひっくり返ってしまったようで、Karen Bergerの後を引き継ぎ現在の中心となっていたShelly BondがVertigoを去り、今後はDCのキャラクターによる少し上の年齢層をターゲットとした作品が中心となって行く方針になったようです。まあある意味原点の原点に戻ったともいえるのだし、マーベルMAXのような方向を期待すればいいのかもしれないけど、やっぱりこれまでの歴史を考えると惜しい気がする。Scott Snyder、 Jason Aaron、Jeff Lemireといった作家がオリジナル作の発表の場をImage Comicsに移し、 Matt Fraction、Ed Brubakerらはオリジナル作の版権もIconからImageの移行し、というのが昨年あたりの状況で、その辺の役割はImageに移ったと考えるところなのでしょうが。とりあえずは前向きに、またDCの隠れたキャラから思いがけない作家により、『Hellblazer』や『Sandman』みたいなのができるといいなあと希望を持ちながら、今後もVertigoには新作旧作共に注目して行きたいと思います。次こそはなんか新し目のをやるつもりです。


●関連記事

Fables -おとぎ話 in ニューヨーク-


●Fables


■The Deluxe Edition


■Fables: The Wolf Among Us



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2016年5月21日土曜日

Joe Clifford / Wake the Undertaker -現代ノワールと古典の融合-

ずいぶん久しぶりになってしまったのだけど、注目のインディー・パブリッシャーSnubnoseからの作品。Joe Cliffordの『Wake the Undertaker』です。
あの必読アンソロジー『All Due Respect』で一番手として登場し、生ゴミでいっぱいのバケツをぶちまけたようなダークで狂気に満ち溢れた作品を見せてくれたJoe Cliffordが、果たして長編ではどんな作品を書くのか、かなりの期待を持って臨んだのでした。


【あらすじ】

19歳の天才シンガーColin Specterは、大手レコード会社との契約を手にし、今夜のライブを最後に街を出るつもりだった。彼を見出し、サンフランシスコ、ベイエリアのナイトクラブでスターにしたオーナーのGabrielにはまだそのことは告げていない。Gabrielは街のアンダーグラウンドを取り仕切る犯罪組織のボスCephalus “the Old Man” Christosの息子だった。恋人で、共に街を出るストリッパーのZoeyは心配するが、ColinはGabrielを友人として信用していた。だが、Colinは裏切られる。波止場に連れ出された彼は、足を折られ、顔に大きな傷を負い、そして声帯を潰され、息のかかった警察に失敗した麻薬密輸の犯人として引き渡され、刑務所に入れられる…。

そして7年…。
物語はここから始まる…。

Colin Specterにかつての面影はない。刑務所で生き延びるため身体を鍛え上げた彼は、周囲からも一目置かれる存在となっていた。
そして、出所を間近に控えた日、Colinに面会者が訪れる。それは無実のColinを刑務所に放り込んだ張本人のGabrielだった。

Colinが刑務所に入っている間に外の世界は大きく変化していた。Gabrielの父である”the Old Man”は慈善事業に手を広げ、街の表社会の実力者となっていた。そして、市長選への出馬も控え、裏社会とのつながりを消すため、実の息子であるGabrielをも潰しにかかっていたのだった。

お前のような奴が必要なんだ。俺に手を貸してくれ。Gabrielは言う。
だが、当然のようにColinはその頼みをはねつける。

しかし、外の世界はColinに優しくはなかった。
保護観察官に紹介された倉庫での荷揚げの仕事で、あまりの横暴な振る舞いにColinは雇い主親子を叩きのめす。
そして、彼には刑務所に戻る以外には、Gabrielに頼るしか道はなかった…。

そして、ColinはGabrielの下で”the Old Man”の調査尾行を始める。
そしてその一方で、ずっと心にかかっていたことも個人的に調べ始める。
あの日以来二度と会うことの無かった、恋人Zoeyの行方…。


主人公がすべてを失うプロローグから、血みどろの復讐劇になるのかと思っていたら、意外な展開。父親に追いつめられ、ジリ貧のボスGabrielと、過去の経緯ゆえに微妙な立場にある主人公Colinが素人探偵として行動して行くストーリーは、あのハメットの『ガラスの鍵』を思わせる展開なのです。こういうのを現代の設定でできるとは思わなかった。メインのストーリーからは主人公Colin Specterの一人称で語られるのですが、言葉遣いは現代のノワール風なのだけど、全体のリズムのようなものは何となくクラシックな雰囲気もある。まさに現代ノワールと古典の融合というべき作品です。『All Due Respect』掲載の作品からの印象では、どちらかというとエンタテインメントより文学指向の作家かと思っていたのだけど、テクニカルな作品作りもできるところを見せてくれた感じ。昨年はアンソニー賞のベストミステリー部門にもノミネートがあり、ミステリーというジャンルでもメインストリームの方向に乗って行っているところです。個人的な感想では終盤もう少し派手な立ち回りがあった方が良かったかと思うけど、一方ではそれをやったらクラシカルな雰囲気が壊れるかも、とも思ったり。今後更なる伸びが期待される作家の初期の代表作として読む価値ありの作品です。

作者Joe Cliffordは、一時期はホームレスのジャンキーでかなりやばいところにもいた人だそうです。見た目も御覧の通り。Out of the Gutterのプロフィールでは刑務所までは入ってないそうですが、プロフィールにそんな説明が入る作家って…。以前Snubnose作品として取り上げた『Piggyback』の作者Tom PittsとともにOut of the GutterのFlash Fiction Offensiveのエディターを務めています。長編小説としてはこの作品がデビュー作で、第3作のJay Porterシリーズ第1作『Lamentation』が、前述の通りアンソニー賞のベストミステリー部門にノミネートされています。Jay Porterシリーズは第2作『December Boys 』が間もなく、2016年6月7日発売予定となっています。その他には、あちこちのアンソロジー、ウェブジンにも多くの作品を発表し、Snubnoseからも作品集『Choice Cuts』が出ています。今後の活躍が期待される実力派の作家、と言っていいのではないでしょうか。

というところで、やっとのSnubnose2冊目なのですが、当のSnubnoseの方はどうも新作の発行が止まっている様子。割と古いのは残っているのだけど、近作には消えているものもあり、他のパブリッシャーに移っているのではとも思われます。一時期はこのシーンの中心だったSpinetingler Magazineの出版部門なのですが、やはりその位置も色々と移り変わっているところなのでしょう。まあ、勢力が変わるというよりはSpinetinglerの方が運営が苦しくなって、という状況なのだろうけど。現在勢いのあるAll Due Respectを始めとし、色々と新しいところにも広げていかなければと思いつつ、まだいい作品も残っているSnubnoseについても早く読んでいこうと思っています。

ここで緊急のお知らせ。急げっ!アンソニー賞ノミネートのJay Porter第1作『Lamentation』Kindle版が現在0.99ドルで販売中です!2作目発売前の期間限定と思われますのでここはぜひお早めに!あともう一つおまけで、たぶんアマゾンでそのページに行くと下に出る「この商品を買った人は…」っていうおススメにあるはずの、今年度エドガー賞オリジナルペーパーバック部門受賞のLou Berneyの『The Long and Faraway Gone』が200円台の特別価格で販売中!どちらもこの機会に絶対手に入れておくべき作品ですが、期間限定と思われるので終わってしまってたらごめん。Kindleならではのこういうセールってなるべく伝えたいと思うのだけど、期間限定でいつまでとかわからないのも多いし難しいところです。そういえば『スーツケースの中の少年』のニーナ・ボーウシリーズ第3作英訳版がこの前まで1.99ドルだったのだけど誰か買った?そういうのも見つけたらダメ元ぐらいでなるべく伝えて行くように努力いたしますです。あと、今回の2作などせっかく手に入れた本についてはいつか必ず書くつもりですので。ではまた。


Joe Cliffordホームページ

Snubnose

Out of the Gutter


●関連記事

Piggyback -Snubnose Press発!パルプ・フィクション!-


●Joe Clifford

■Jay Porter


■長編


■短篇集


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2016年5月15日日曜日

Hellblazer -Jamie Delano編 第4回-

あれもこれもやらなくては、とバタバタしているうちにまた3か月ちょっとも空いてしまったのですが、なんとかこれで『Hellblazer』Jamie Delano編も最終回です。とりあえずは今回も全面的にネタバレとなりますが、なんでそんな感じになっているかは前の3回を読んでみてください。


【The Golden Child】

Jamie Delanoによる『Hellblazer』最終章ではFear MachineのMarj、Mercury親子など以前に登場したキャラクターが再登場します。が、親友Chasの登場は無いのはさびしいところ。Chasは続くガース・エニス編ではエニスのお気に入りキャラとして活躍(?)してくれます。

Fear Machine事件の解決後、Marj、Mercury親子はZedと別れ、キャンピングカーで旅を続けていた。ある夜、何か不穏なものが近付いて来る気配に怯え、MercuryはMarjを起こす。だが、そこに現れたのはコンスタンティンだった。Mercuryはコンスタンティンの中に不穏なものを感じ、彼を避ける。泥酔したコンスタンティンは取り留めもないことを口走りながら、Marjに救いを求める。キャンピングカーの外にコンスタンティンを避け、逃れていたMercuryだったが、彼の思考からは逃れられず、そして、Mercuryはコンスタンティンの中の"Dead-Boy Heart"を視る。(34号)
少年時代、コンスタンティンは一時期姉とともに叔母に預けられ、小さな村で暮らしていた。村には廃棄された石切り場があり、崖の下、その深い石切り場の縁の小屋に住む不気味な男を、子供たちはブギーマンと呼んでいた。ある日石切り場の傍で遊んでいたコンスタンティンは、年長の少年たちに、ブギーマンがため込んでいるポルノ雑誌を盗んで来たら仲間に入れてやるとそそのかされ、崖を降りてブギーマンの小屋に近付く。雑誌を掴んで逃げようとしたとき、少年たちが小屋に向かって石を投げはじめ、小屋から現れたブギーマンにコンスタンティンは追いかけられる羽目に陥る。森に逃げ込み茂みの中で息を殺しているうちに、近くの地面に何か埋められた跡があるのに気付く。そこに埋まっていたのは彼よりも小さいと思われる子供の頭蓋骨の無い骨だった。その骨の中に赤い石を見つけたコンスタンティンは、それを石化したその子供の心臓だと思い、"Dead-Boy Heart"として御守りとして持ち歩くようになる。だが、そのうちその石で虫を殺し始めるなど不気味な行動をとるようになったコンスタンティンは、それに毒されていると感じ、それを持っているのが恐ろしくなり、石切り場に捨てに行く。深い石切り場の底に沈めようと投げるが、"Dead-Boy Heart"は届かず、小屋の屋根に落ちる。だが、ブギーマンは現れない。コンスタンティンは"Dead-Boy Heart"が屋根を突き抜けブギーマンの頭に当たり、彼を殺してしまったと思う。怯えながら、誰にも見られないように、コンスタンティンは夕闇の中、叔母の家へ逃げ帰るのだった。(35号)
翌朝目覚めたコンスタンティンに、Mercuryは彼が様々なことに打ちのめされ、その恐怖が自分たちをも汚染させると糾弾する。そしてそれを克服するためには自分の死に直面することが必要だとして、彼を彼の内面の精神世界に連れて行く。迷宮の中を抜け一つのドアを開けたコンスタンティンは、自分が80歳を越え、死に直面した老人になっているのに気付く。水位が上昇し、海に没しかけているその世界で、コンスタンティンは住んでいるコミューンの厄介者になっていて、追放を受け入れ去って行く。犬にひかせた奇妙な荷車で門を出たコンスタンティンが、次に気付いた時には見慣れぬ見捨てられた建物の中にいた。そして犬の群れに追われ、橋から転落し、水中に沈み、死が近付いて来る。現実世界ではMarjがタロットでコンスタンティンの行く末を占い、かんばしくない結果に眉をひそめていた。その時外からMercuryの助けを呼ぶ声。精神世界に潜ったコンスタンティンを引き戻すことができず、彼が窒息しかけていたのだった。Marjの助けでなんとか目覚めたコンスタンティン。戻ってきた彼はいくらか穏やかな表情を取り戻していた。(36号)
32,33号がゲストライターの作品とDelano本人による本筋から外れた作品という感じで、少し間が空いてしまうのだけど、これは作画もこの3号同様のショーン・フィリップスによる31号からの続きとみるべきでしょう。父の死、Family Manとの対決で疲弊し、負の方向へ落ち込んだコンスタンティンの再生という展開。結構長くなってしまったのだけど、35号"Dead-Boy Heart"の子供の眼から見た曖昧で決着の見えない不安な話は個人的にかなり好きです。作画ショーン・フィリップスはやっぱり初期から素晴らしい。同じ大きさのコマが並ぶページでも、背景と人物の動きでページ全体に流れを作ったりなど様々なテクニックで見せてくれます。

続く2号は、Mercuryが主人公となるストーリー。
Martinは屠畜業者の息子だが、肉が嫌いで心根の優しい少年。暴君としてふるまう父親は意のままにならない息子に暴力をふるうが、母親もそんな彼を怖れどうすることもできないでいる。ある日、また父に殴られ家を逃げ出したMartinは、キャンピングカーが故障し立ち往生している間に野原に抜け出したMercuryと出会う。Mercuryは彼を母とコンスタンティンの元に連れ帰り、傷の手当てをするが、屠畜所に向かうトラックに乗った父親が通りかかり、凶暴な犬で脅しながら強引にMartinを連れ去る。一方、キャンピングカーの修理のためには離れた町まで部品を買いに行かなければならなくなる。帰りは翌朝になると言う母とコンスタンティンを送り出すと、MercuryはMartinが連れ去られた屠畜所へ向かう。そこでは父親が”教育のため”と称し、部下たちも使いMartinを豚の群れの中に放り込んでいた。(37号)
屠畜所内のMartinへの”教育”はエスカレートし、彼は逆さ吊りにされ豚の血や水を浴びせられる。物陰から様子を窺っていたMercuryも見つかり、凶暴な犬をけしかけられるが、逆に犬を手なずけ、Martinを救い、キャンピングカーに連れ帰る。一方、屠畜所ではMercuryに手なずけられた犬が部下の犬との闘犬にも負け、父親の怒りは頂点に達する。トラックでMercuryのキャンピングカーに向かい、豚の内臓や骨などの廃棄物をぶちまける。怒ったMartinは父親を殴打し始めるが、Mercuryはそれを止め、父親に「あなたが本当に怖がっているものは何か分かっている」と告げる。酒をあおりながら帰宅し、妻に鬱憤をぶちまけようとした父親だったが、自宅の肉貯蔵室でMercuryの能力により引き出された自らの本当の恐怖、豚の顔を持った母親の幻覚に出会う。翌朝町から戻り、キャンピングカーの惨状に仰天するMarjとコンスタンティン。なんとか車を修理し、走り出すと、道端のバス停でMartinの母親が放心したように座っているのを見つける。彼女は息子にしばらく妹の所に身を寄せるつもりだ、と告げる。そして夫については、冷蔵室で虚脱し凍死しかかっていたので病院に預けてきた、と。(38号)
Delanoによる『Hellblazer』の中でも一番のキャラである超能力少女Mercuryは、本人も気に入っていたようで一つ彼女を主人公にしたストーリーを書きたかったのでしょう。
作画は32号でゲストライターDick Foremanの作品を手がけたSteve Pugh。彼のバイオレンスでグロテスクな持ち味が活かされた作品です。

そして、残り2号がThe Golden Child本編となります。
コンスタンティンたちは新たなZedのコミューンを訪れる。そこは崖の上に焼け落ちた教会を臨む海岸だった。Marjと海岸を歩くうち、コンスタンティンは金色に輝く少年の姿を見つけ、追いかけるが岩の中に姿を消してしまう。Golden Boy。それはコンスタンティンが少年時代から追い続け、決してたどり着けないものだった。初めてそれを目にしたのはまだ幼いコンスタンティンが母の墓参に連れられて行った時の事。墓石の向こうで金色に輝き微笑む彼を見つけ、近寄るコンスタンティン。しかし、彼に近付いたとき、自分と対照的なその美しさにコンスタンティンは本能的に憎悪を抱く。それが反射するようにGolden Boyからも笑みが消え、その場を立ち去る。以来、Golden Boyはコンスタンティンにとって永遠に手の届かない憧れとなる。助けを求め、Zedの許へ向かうコンスタンティン。Zedは彼の前に並べたタロットカードを開く。現在の彼-吊るされた男。間にあるもの-塔。彼がなりたいと望むもの-魔術師。そして、Zedはコンスタンティンに彼の過去を見せる。病院で母の胎内から出され、この世に生を受けたコンスタンティン。だが、母は出産の際に死亡する。そしてその胎内には生まれる前に死亡したもう一人の兄弟がいた。父は、母を殺して生まれてきた彼を憎み、罵倒する。生まれてくることがなく、母の胎内で彼が殺してしまった兄弟がGolden Boyだった。そしてコンスタンティンはその非の打ち所のない美しいGolden Boyだったなら父に愛されると思いながら生きてきたのだった。コンスタンティンはコミューンの友人Errolからマジックマッシュルームを手に入れる。そして幻覚の中、岸壁に見つけた母の胎内への入り口に潜って行く。だんだんと狭くなる道を進み、服を脱ぎ棄て、水中に沈んで行くコンスタンティン…。そして彼は胎児に戻り、母の胎内でGolden Boyと出会う。彼への憎しみからGolden Boyのへその緒に絡み、殺害を謀る。しかし、輝きを増した彼の光の中へと飲まれて行く…。翌朝、コンスタンティンの入って行った岸壁の洞窟に探しに来たErrolは、彼の足跡が水中に消えているのを見つける。(39号)
それはGolden Boyがジョン・コンスタンティンとして生まれてきた世界。そして時間も過ぎ、この世界のジョン・コンスタンティンはすでに老人となっている。塔への落雷により、彼は死亡する。誰からも尊敬された賢人ジョン・コンスタンティンを悼み、多くの人が集まり、彼の人生が謳われる。そのさなか、彼は蘇生する。彼は夢を見たことを語り、それにより自分の本当の最期が近いことを知り、集まった人々に本当の別れを告げる。そして最後に一人残ったZedに、彼の負の部分として拒否し、見捨てた、産まれてこなかった兄弟Sickly Boyについて話す。彼はその償いを果たさなければならないと告げ、去って行く。
そして、二人のジョン・コンスタンティンはRavenscarと呼ばれる場所で出会う。魔術について、ジョン・コンスタンティンとは何なのかについて語り合いながら、彼らは母の胎内へと向かう。そして、マジック・サークルのもうひと巡りの中へ…。生と死の間の中へ…。
Errolからコンスタンティンが消えたことを聞いたZedはコミューンの人々とともに洞窟へと向かう。だがその入り口は積み重ねられた岩でふさがれ、そこから外へと向かう足跡をたどると、そこにはコンスタンティンの墓石が建てられていた。そして、そこに置かれていたタロットカードには”魔術師”の文字の上に”TRUMPS”と上書きされていた。(40号)
最後はかなり抽象的で、人それぞれに解釈が違うものかもしれません。二人のコンスタンティンのやり取りについては、あまり書くと自分でも無理に解釈を付けようとして混乱しそうなので省きました。実際、私もよくわかっているとは言えないのだけど、なるべく自分が解釈したものを入れないように流れを説明したつもりです。できれば自分で読んでもらうのが一番かと。神秘的なことが苦手だったり、面倒な人は、対決を余儀なくされてしまった二人のコンスタンティンが、二人の力を合わせることにより乗り切り、生き延びたコンスタンティンは誰にも告げずいずこかへ去って行った、という理解で大丈夫かと思います。最後のタロットカードの”TRUMPS”は奥の手というような意味だと思うのだけど、ちょっと自信が無いのでそのまま書きました。あと、Ravenscarという場所についても何か意味があるのかもしれないのだけど、自分の知識の範囲外なのでそのまま書きました。
作画は39号が引き続きSteve Pughで、40号は多くのカバー画とニール・ゲイマンの27号を描いたDave McKean。Pughの回も結構力作なのだけど、やっぱりMckeanのは圧巻で、ほとんどアートという作品です。


というわけでこれでやっとJamie Delanoによる『Hellblazer』全40号については終了です。長々とやってきたところなのですが、最後にまとめ的なことを書こうかと思うと第1回で書いた以上の事は特に思いつかなかったりもするのですが。なんとかこの結構読みにくかったりわかりにくかったりもしてしまう異色作家の独特の魅力を伝えようと思いがんばったのだけど、もしかしたら細かく長く書きすぎてかえってわかりにくいものになってしまったのではないかと少し心配しております。次回ガース・エニス編からは、ネタバレも最小限にしてもう少し全体の雰囲気が分かるような普通の書き方をして行くつもりです。ちなみに現在発行中の新編集版TPB5巻では前半は、このJamie Delanoによる『Hellblazer』最終章”Golden Child”、そして後半からはガース・エニスがライターを務めるシリーズが始まっています。DCでの現行シリーズの方は、またリランチで、今度は『Constantine: The Hellblazer』ということになってTPBも出ているようですが、内容については全く把握していません。とりあえずはもう同時進行で新しいのも読むしかないかとも思ってるのですが…。まだまだ長いシリーズで、とりあえずはひと段落というところだけど、続くガース・エニス編についてもまた気合を入れてなるべく早く始めるつもりでおりますです。


●関連記事

Hellblazer -Jamie Delano編 第1回-
Hellblazer -Jamie Delano編 第2回-
Hellblazer -Jamie Delano編 第3回-


●Hellblazer


●Constantine


●Constantine: The Hellblazer


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2016年5月3日火曜日

Matthew Stokoe / High Life -ジャック・テイラー推薦図書!-

いやー、ジャックさん、これ読んだよー。スゲーや。教えてくれてありがとう!え?どこのジャックさんかって?そりゃあもちろん、あのジャック・テイラーさんですよ!
このMatthew Stokoe作『High Life』は、シリーズ第4作『The Dramatist』の中でジャックさんが刑務所に面会に行ったダブリンからの帰りの列車で、例の如く事件の事もすっかり忘れ、ほとんど外の景色も見ず夢中で読んでいた作品です。そしてジャックさんの感想はと言うと、ヘロイン・チャンドラー、クラック・ハメット、ジェームズ・M・ケインにブロートーチ、ジム・トンプスンはこれに殺され、ジェイムズ・エルロイの後を継ぐのはこいつだ、というもの。えー、そんなにすごいのー?じゃあなるべく早く読むよー。えーと、アレとアレとアレを読んだら…。というわけでやっと読んだのがこの作品です。


【あらすじ】

俺はKarenを探してL.A.中を車で走り回る。
サンタ・モニカ。センチュリー・シティ。ビバリー・ヒルズ。ハリウッド・ブールバード。
どこにも彼女の姿は無い…。

そして、最初のオーシャン・アベニューの公園に戻る。
パトカーが集まり、人だかりができている。
俺は公園の闇の中を回り込み、ブルーシートに囲われた中を覗く。

そこにKarenは横たわっていた。
全裸で、腹部を大きく切り開かれ、内臓を抜き出されて…。

Karenと初めて会ったとき、彼女は住むところもないジャンキーの娼婦だった。
俺は彼女に寝床を貸してやり、一緒に暮らすようになり、そして結婚した。
だがそれも長くは続かなかった。
彼女はまた街に出るようになり、また客を取り始めた。そして家に帰らない日も多くなった。

しばらくぶりに戻ってきた彼女はやつれ、大金を持っていた。客の医者に腎臓を売り、その金で俺に車を買ったと言った。そして、またいつものように言い争いになり、彼女は出て行った。
それが生きているKarenを見た最後だった…。


そして、主人公Jackieの前にKarenの客だったダーティーな暴力刑事Ryanが現れる。まともな捜査も行われていない娼婦の殺人事件を彼一人が執着し、追い続け、Jackieに付きまとうようになる。
無気力になり、仕事も捨て、部屋にこもりTVでスターのゴシップ番組を観ながら酒と鎮痛剤に溺れるJackie。
やがて金も尽き、街に出た彼は、Karenを通じて知り合った唯一気の合う友人Rexに誘われ、金持ち相手の異常なセックスの相手を務める仕事を始める。
そして、L.A.の暗黒に深く潜り込むにつれ、彼はKarenの死の真相にも近づき始める…。

すさまじい作品です。ジャックさんの感想に付け加えると、恐るべきエロ地獄である。もはや「実用的」などというものではなく、多くの人は途中で投げ出したくなるのでは、というぐらいのものを読む覚悟が必要。
物語は全編を通し、主人公Jackieの一人称で語られます。彼は大金持ちのスターになることを夢見て田舎からL.A.にやってきて、挫折し、ドーナツショップで働く青年。ハリウッドスターの豪華な生活に憧れ、毎日芸能ゴシップ番組を観続ける人物。しかし、実はこの主人公のパーソナリティーは極めて希薄で、Jackieという名前も他者からの会話の中に出てくるだけで、下の名前は明かされません。そしてこの人物はどこかが歪んでいます。それはあちこちの場面で、最初は小さな違和感として感じられるものですが、それが次第に蓄積され、読んでいる者にこの人物は自分と全く異質な人間なのではないかとの疑惑を膨らませ、最終的には恐るべき怪物として現れます。そして、あのジム・トンプスンの『俺の中の殺し屋』『ポップ1280』のように、読む者はその完全に狂った人物の目を通してのみ、この物語を読むことになります。そしてそれらの作品の主人公たちと同様に、このJackieも周囲からも、そして自分自身からすらも、その他者とは全く異質な狂気の存在を認識されず、普通の人間として暮らしています。そしてこのジム・トンプスン的主人公が深く沈んで行くL.A.の闇は、ジェイムズ・エルロイの作品に現れるような底の無い血みどろの暗黒なのです。
あんまりはっきりしたところは分からないのだけど、少なくともネオ・ハードボイルド以降では舞台となっている街というのは主人公にとっての「わが街」という感じになっていて、何となくそれを当然のように思っていたりもしたのだけど、ハメットやチャンドラーの「街」というのは、そこに悪や敵が潜んでいるというのとは関係なく、そこに住む者をも何か圧迫するような潜在的な敵意を持ったものだったと思う。この作品に登場する、Jackieの眼から見たL.A.はそんな「街」なのである。これがジャックさんの言ってた意味と同じであるのかはあまり自信はないのだけど、とても自力ではハメット、チャンドラーは出てこなかったと思うので、やっぱジャック・テイラー=ケン・ブルーウンの眼力はさすがだ、と感服したのでした。ちなみに作者Matthew Stokoeは影響を受けた作家のひとりとして、レイモンド・チャンドラーを挙げています。あと、J・M・ケイン感に関してはそれが一番高まるのは後半のストーリーだったりするので、ここではスゴイぞ、とだけ言っておきます。
何となく、ちょっと読む人を選ぶ、とか惰弱なことを書きそうになったりもしていたのだけど、そんなことではいかんのだ。途中で読むのが嫌になったのならそこで単なる敗北!これは必読の現代ノワールの大傑作なのです!

ここでノワールについて少し。別にそれが間違ってるとか言うつもりではないけど、私はノワールというのをあんまり映画と絡めて語るのには賛成しません。なーんかちょっと気になって少し調べてみると、ノワールって何?というような疑問を持つ人に対する答えがフィルム・ノワール的な小説みたいになってる傾向が見られたりするのですよね。でもそもそも小説のノワールってジャンルは少なくとも日本ではそれほど古い物でなく、割と最近で、トンプスンとかエルロイとかハードボイルドからはみ出しちゃってるよーなのはノワールってジャンルになりました、みたいな感じで始まったはずです。で、そのトンプスンやエルロイの作品がより原作に近い形で映画化されたようなものに限って映画しか見ない人にはまるで出来が悪いみたいに言われてるというような現状があるわけですよね。そもそもノワールなんて定義が難しく、例えばそのトンプスンとエルロイの作品を比べても、主人公の狂気だったり破滅に向かうストーリーだったりという共通点はあっても、一見すれば全然タイプの違う作家なのです。大体、ハードボイルドっていうのも定義は曖昧だったりするわけで。そんなところでテストの答案用紙に書けるような明確な答えがあると思い込んでる人たちの中で上のような解釈が蔓延していると、今に最もノワール的である作家の方が異端扱いされるようになるのではないかと危惧するわけなのです。そのうち「ファム・ファタールも見当たらないこの作品がノワールに相当するとは思えない」なんて知ったかぶりを真顔で言うやつ出てくるんじゃないの?ファム・ファタール?んなもん只のオプションの一つだよ!しまいには本格・通俗なんてのが始まったりしてさ。あーやだやだ。
そもそもがジャンルなんてものがいい加減なもので、例えば私もドゥエイン・スウィアジンスキーをノワール、ハードボイルドってジャンルに入れてるけど、実際の感覚としてはあんまりうまくその曖昧な定義というか雰囲気的なものにも合わなくて、本当のところはドゥエイン・スウィアジンスキーっていうジャンルとしか言いようが無かったりもするわけです。優れた作家ほど一人でその個人ジャンル、というのが本質ではないでしょうか。で、ジャンルというのが何のためにあるかというと読書ガイドみたいなものです。研究家とか学者なんて人の事カンケーないよ。この本が面白かったからおんなじジャンルのを読んでみようとか、ハードボイルドが面白かったから、近いらしいノワールっていうのを読んでみようとかいう使い方をすればいいわけ。スウィアジンスキーはそういうのが好きな人が読んだら絶対面白いから、ノワール、ハードボイルドでいいんだよっ。だからこっちとしてはもうそういう人が読んだら面白いと思うものはどんどん入れて行きます。手始めに、原理主義者の人たちは排除しているようだけど、悪党パーカーとエルモア・レナードはノワールに入れました!これなんてこの前見たアメリカのノワールのWikiで入ってるから文句ないよね。これからももっとどんどん放り込んでとことんカオスを目指すのだよ。
つい先日、4月のはじめ頃、現代最高のノワール作家のひとりであるAnthony Neil Smith氏の、ブログが終了しました。3月、待望のBilly Lafitteシリーズ第4作『Holy Death』が発売。しかし、当然そうあるべきのAmazon.comノワール部門1位になることもなく、そして月末そのブログに、これまでの彼の作家生活、そして今度こそ大舞台へ上がれるとの期待への落胆、”みんなはBilly Lafitteを支持してくれたんじゃないのか?”との叫びを綴った文が上げられました。数日後、エイプリルフール、Billy Lafitteが誰にも顧みられることなく拳銃で自殺するという彼の最期を描いた「The Scars of Billy Lafitte」という文章が上げられ、更にその数日後、ブログをやめることが告げられ、同時にもうBilly Lafitteの続きを書くつもりはないことも告げられました。そして、しばらくの後、そのURLには何もなくなりました。だからどうしたって?そんな思いを抱えた売れない作家が何億人いようがカンケーない!Anthony Neil Smithは現代最高のノワール作家だからだ!ジム・トンプスンに「ノワールの巨匠」なんてコピーをしれってつけてるような連中なんて結局はどっかの権威がお墨付きを付けるまで目の前にジム・トンプスンが転がってても認めない奴等じゃない。幸い、Smithさんは大学の職もあり、トンプスンとは事情も違うかもしれない。だからと言ってSmithさんに死の床で「Billy Lafitteはあと10年ぐらいしたら評価されるぞ」なんて言わせるわけにはいかないんだよ!4月にその様子を目の当たりにして、今すぐ未読のLafitte第3作『The Baddest Ass』を読んでこのことを書こうかと一瞬考えました。でもそれって違う。私はこのシリーズを本当に愛しているのだから、そんな気分であわてて読んだりするのは間違っているのですよ。いずれ自分の中の順番が来たらニコニコ楽しく読んで心から絶賛するべきなのだよ。こいつこそが本物なのだ。だからそんな温くて分かりやすい解釈が蔓延して、本物が排除されるようなことは断じて許せないのだ。だから、こんなところで誰も読んでくれなくったって何度でも言うのだ。

ノワール小説というのは断じてフィルムノワールっぽい小説の事なんかではない!

ちょっとわかりにくくなってしまったのかもしれないけど、要するに私の言いたいのは、なんかジャンル分けを厳しくしてあんまり物が無い一方で外からの解釈が違う方向へシフトしてしまうなんてことより、沢山あってカオスでもちゃんと本物を見つけられる状況の方が好ましいってことです。そう思いません?それにしても新しいものについて語るつもりもないのにうるさいおじさんって迷惑千万じゃない?

…少しとか言ったのに結局こっちの方が長くなってるじゃない…。相変わらずの暴言ではありますが、少しは柔らかめに書いたつもりなのだけど…。まあいいか…。
ここで最後に今回の作品の作者Matthew Stokoeについて。1963年イギリス、サウスロンドン生まれで、オーストラリア、ニュージーランド、アメリカなどで暮らし、現在はオーストラリア、シドニーに在住。1998年に『Cow』でデビュー。第2作が2002年のこの『High Life』、第3作が2010年の『Empty Mile』。例によっていずれ読むので内容は一切調べていませんが、『Empty Mile』はクラシック・ノワールとしてマイクル・コナリーにも高く評価されています。以上3作はいずれもあの都市ノワールシリーズのAkashicから発行されているのですが、続く2014年の第4作『Colony of Whores』は現在のところ英語圏での版元が見つかっておらず、フランスGallimard社からのフランス語版のみが発行されています。パブリッシャー探しのためしばらく一部ホームページ上で公開されていたのだけど、間に合わず読むことはできませんでした。やっぱり時代に先行する本物はいつの時代も不遇なのだよ。だからこんな奴でも一人でも多く応援していかなければいけないのだ。本当に素晴らしい真のノワールの傑作です!ジャックさん教えてくれて本当にありがとう!ジャックさんの次の本もなるべく早く読むからね。えーと、アレとアレとアレを読んだら…。

Matthew Stokoeホームページ


【おまけ】

実は昔からずっとから読みたかったジョー・R・ランズデール、ハップ&レナードの未訳の第1作『Savage Season』をやっと読んだのでそれについて書こうかと思っていたのだけど、調べたらアメリカではもう放送始まっているTVシリーズの原作のストーリーで、もしかしたら翻訳も出るかもしれないし、色々読んでいる人もいるようで、もっとちゃんとした解説のも見つかったり、果ては誰か(プロの翻訳家の人らしい)が勝手に全部訳しちゃったのも見つかったりで、まあ色々遅れてる他に誰も書いてくれなさそうなのもあるしいいか、と思ってやめたのですが、書こうと思っていた最新情報だけでも誰かの役に立つかもしれないのでやっておきます。とりあえず、自分の感想としては、そりゃ面白いに決まってる。ハプレナ嫌いな人なんて一切友達になれんよ!(女子は除く)
ちなみに解説の方は翻訳ミステリー大賞シンジケートのサイトの、翻訳家三角和代さんのものが分かりやすいかと思います。下のリンクから。なぜこの第1作が翻訳されなかったかも教えてくれてます。あと全訳の方はちょっといいのかなあ、という感じではあるので自分で探してみてください。「残酷な季節 翻訳」あたりで検索してみるといいかと。

翻訳ミステリー大賞シンジケート/原書レビュー 第27回

それではハプレナ最新情報について。以前にもちらっと書いたけど、久々のシリーズ第9作長編『Honky Tonk Samurai』がMalholland Booksから今年出版されました。ランズデール氏のホームページのリストでは来年『Rusty Puppy』という作品も予定されており、それもMalhollandから出るものと思われます。少し前から9作目として予告されていた『Blue to the Bone』という作品があったのですが、それについてはちょっと事情は分からないけど10年ぐらい先に出るとか書いてあります。また、Vintage Crime/Black LizardからのKindle版はあまり値引きが無く割高な感じであまり手を出す気になれなかったのですが、8作目まではMalhollandから、この秋からもう少しお手頃な価格で販売が始まるようです。(第6作を除く。理由は不明)今のところ予約価格で900円ぐらいだけど1000円ぐらいになるのかな。少しよく調べてみたところ、これはMalholland UKからの発売のようです。最新作についてはKindle版は未発売。またアメリカ国内だけでは出てるかも。現在のところ未訳の7作『Vanilla Ride』、8作『Devil Red』まではVintage Crime/Black Lizardから発売中です。
そして3月にTachyon Publicationsから発売されたのがこちらの『Hap and Leonard』。こちらは以前Subterranean Pressから限定版で発売され入手困難となっていた"Veil's Visit","Hyenas","Dead Aim"の3中編を含む中短篇集です。シリーズとは別のパブリッシャーで、手頃な感じで、案外これ辺りがどこかから翻訳が出る可能性が高いかも。私も次のハプレナはこれを読もうかなと思っています。こちらのKindle版は『Hap and Leonard Ride Again』というタイトルで少し内容が違っているようです。が、残念ながらこちら日本のアマゾンでは販売されておりません。しかし、どうしてもという人はTachyonのショップから直接購入は可能なようです。Paypalも使えます。その他、こちらに収録されていない中編で、昨年KIndleでGere Donovan Pressから発売された『Briar Patch Boogie』もあります。
と、こんなところか。あちらではTVシリーズで盛り上がってずいぶん動きもあるようで、またこれからが楽しみです。Malhollandも勢いがあるしね。とりあえずはこれがきっかけで日本でもまた翻訳が再開されるといいのですがね。

ジョー・R・ランズデールホームページ

Tachyon Publications



●Matthew Stokoe


●Anthony Neil Smith/Billy Lafitte


●ジョー・R・ランズデール/ハップ&レナード



■Malholland版Kindle


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