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2018年10月24日水曜日

英国コミックの巨星、Carlos Ezquerra逝去

去る10月1日、私が常々敬愛してやまない英国コミックレジェンドの最重要人物のひとりであるCarlos Ezquerra氏が亡くなられました。享年70歳。2010年より肺癌を患い、闘病を続け、最近の経過は良好だったところでの突然の悪化ということだそうです。最後まで作品を創り続け、ちょっと私の方でまた2000AD誌を読むのが遅れていて未確認なのですが、多分本年春期のJohn Wagnerとの『Strontium Dog』が遺作となったのだろうと思います。

Carlos Ezquerraは1947年、スペインの生まれ。スペインのコミック界でキャリアを積んだ後、2000ADの最初のパブリッシャーであるIPCにヘッドハンティングされ、英国コミック界に進出。そして1976年、創刊間もない2000ADにて2号から連載開始された『Judge Dredd』で、今にも続くドレッドのキャラクターデザインをしたのが、このCarlos Ezquerraなのです。『Judge Dredd』の中でも大変多くの作画を担当していますが、その代表的なもののひとつで私がやっと追いつけたのは、ジャッジ・ドレッド・サーガの中でも最大の問題作と言っても過言ではない「The Apocalypse War」。全25話、半年間にわたるこのシリーズの作画をEzquerraは一人で担当しています。これは2000ADの中でも結構異例のことなのではないかと思います。その他にもEzquerraのドレッドの代表作としては「Necropolis」、「Origins」などがあるそうですが、当方ではまだそちらまで追いついていないので、申し訳ないのですが内容の方まではわかりません。「The Apocalypse War」については以前に「Day of Chaos」について書いた時、その原因となったエピソードとして少しだけ触れています。
そして2000ADでのもう一つの代表作がJohn Wagnerとの『Strontium Dog』。核戦争後、ミュータントとして生まれ、それが唯一の生きる手段だった賞金稼ぎStrontium Dog。スペースオペラ要素もありのSFアクション。1978年に短命に終わった2000ADの姉妹誌Starloadにて始まり、同誌休刊後は2000ADにて、他のライター、アーティストによって描かれたり、中断もありましたが、2000年代に入ってからのリバイバルではオリジナルのWagner/Ezquerraコンビにより本年春期まで描き続けられてきました。ちょっと中断しておりますが、私の2000ADレポートにも登場の際には度々紹介しております。

ここからはいつものようにCarlos Ezquerra師匠と呼ばせてもらいましょうか。なんだかんだ言っても私が師匠の作品と出会ったのはまだほんの数年前。デジタルの発達により日本からでも簡単に英国2000AD誌が読めるようになってからのこと。最初に見たのはドレッドだったかもしれないのだけど、師匠の画を強烈に意識しだしたのはやはり『Strontium Dog』だったと思います。本当に失礼ながら最初の印象は、この人あんまり上手くない、みたいなものだった思います。しかし、少し読んでいるうちになんだか妙に気になってくる。なんだこれは?なんとも形容しがたい独特のテイスト。毒を含んだユーモアなどという生易しいものではない。ユーモアの味がする毒!なんだかそんなものがページ(正確にはiPadの表面)から滲み出して来るのだ。
Carlos Ezquerraという人が、結構ベテランのアーティストだ、ということはその時点では薄々わかっていた。では一体どういう経緯を経ればこのような画にたどり着くのか?そんな思いに駆られ過去作を探ってみると、恐るべき作品群が現れる。濃縮度100%の毒に満ちたどす黒いアートの数々!なんだかあんまり「毒」とか言ってると師匠の画が悪いもの、または悪意を表現したもののように聞こえてしまいそうなのだが、ここで言ってるのはそういう意味ではなく、また単純にホラー方向のものということでもない。たとえば画を完成させる方向性として、デッサン力を背景としたリアルさ、線やタッチ、カラーなどの誰でも共感できる意味での美しさ、動きの表現などの迫力・かっこよさ、などの基本要素があり、アーティストは自分の個性の上にそれらの要素を拡げ、更に自分の表現したいものを加味して画を作り上げて行くわけです。そして師匠が表現したかったのは、激しい闘いの迫力や、その中でのキャラクターたちの強さ、誇りという基本要素であるものを拡大したものと、更により強い人間の怒りや情念、そして単純に敵役だけではなく、主人公の中にも外にもある醜さだったのではないか。これらをより強く求めた師匠の画は先に挙げた表現の基本要素の一般的に感じられる「美」の部分すらも圧倒し、それらを基準とした概念からは負の要素にも見えるどす黒い「毒」を放出し始める。ああ、これはもう「毒」だ!繰り返し言うが、師匠の画はホラー的な怖がらせ方を意図したものではなく、また読者に向けて悪意や害意を向けられたものではない。だがその画はもはや「毒」の域まで達した恐るべきどす黒い迫力を放出する。このページ食ったら死ぬんじゃないか?
前述のようにCarlos Ezquerra師匠はスペインの出身。スペインのコミックでもキャリアを積んだアーティストである。日本からはスペインのコミック状況がほとんどわからないのだけど、歴史もあり層も厚く多くの優れた作家を輩出しているのだが、出版状況が悪く、多くの優れた作家が海外に流出してしまっているということも聞く。本当に少ししか見られてないけど、アメリカのコミックで活躍するスペイン出身のアーティストも同じような「毒」方向のダークなテイストを持っているのを見たこともあり、それらはスペインコミックの歴史の中で培われてきたものもあるのかもしれない。また師匠の年齢からすると、どこかでアメリカのアンダーグラウンドコミック、ロバート・クラムらの作家から影響も受けたのかもしれない。色々な想像・推測はできるけど、どうにもスペインのコミック状況がわからんのは本当にもどかしいところであるのですが。
いかにしてそのような作風を完成させたのかはわからなくとも、その恐ろしいどす黒い迫力に満ちたアートを40年以上にわたり創り続けてきた末のこの画風に現在出会ったのである。過去の作画から現在の作画への流れ、これはもう発酵か?40年以上にわたり自己のスタイルを貫き通し描き続けたアーティストのみが到達できる境地!もはや師匠とお呼びするしかない。長年の付き合いであるJohn WagnerがEzquerraならこう描くだろうという狙いがまんまとはまったような絶妙のパネルをみつけにやつくこともしばし。その長いキャリアからするとほんの短い間でも、リアルタイムでその唯一無二のテイストのアートをを楽しませてもらえたことは本当に幸運だったと思う。なんだか私の性格の悪さや、特に文章を書いていると調子に乗ってしまうような悪い癖で、ともすると時には師匠の画を揶揄するような印象を与えてしまったことも多かったかもしれない。またしばらくは師匠の名前をスペル間違いのまま延々とコピペして使用してしまったりなど、随分と失礼の限りを尽くしてしまい本当に面目ない。しかし短い間ながら、不肖私、師匠の素晴らしいアートを心より愛し、お慕いしておりました。70歳の年齢まで一線で作品を創り続けたアートへの情熱は心底畏敬に値し、そして、亡くなるその年まで描き続けられたことは師匠にとっても幸いだったことと思います。長い間ご苦労様でした。ありがとうございました。

Carlos Ezquerra氏のご冥福を心よりお祈り申し上げます。
安らかにお休みください

2000AD公式ホームページには10月1日、Ezquerra氏の死亡記事が掲載され、氏の功績、多くの追悼の文章が綴られています。[Carlos Ezquerra 1947-2018]
また、17日には2000ADよりEzquerra氏を追悼するポッドキャストが配信され、そちらにはEzquerra氏とのコンビの作品も多いガース・エニスなど多くのコミック関係者からも追悼コメントが寄せられているそうです。[The 2000 AD Thrill-Cast: A Tribute to Carlos Ezquerra]

日本では残念ながらCarlos Ezquerra氏の『Judge Dredd』、『Strontium Dog』などのメインワークは翻訳されていませんが、ガース・エニスの『ヒットマン』や『ザ・ボーイズ』の中で少しですが作画を担当した作品を読むことができます。



●Carlos Ezquerra
■Judge Dredd / The Apocalypse War


■Strontium Dog




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