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2018年6月9日土曜日

Hellblazer -Garth Ennis編 第2回-

またこれも随分と久しぶりになってしまったのだが、『Hellblazer』また続けて行きます。今回はガース・エニス編 第2回ということで、完全版TPB第6巻『Hellblazer:Bloodline』です。まだ第6巻かよ、トホホ…。まあ、結構昔の作品であり、もう語られつくしているのかもしれないが、自分で読めばそれなりに発見もあるもので、特にこの第6巻私的にはかなり重要でこれについては絶対に語らねば、ということもあったりするのである。そしてそれが、前回のWilliam Simpson実はかなりいいアーティスト、をこの6巻で気付いたように、7巻を読んでそうだったのか、と気付いて形になったものだったりもするので、なおさらちゃんと進めていかなければと思ったりもするところなのですが。まあかなりブランクが空いてしまったことへの言い訳も半分で曖昧なことをいつまでもダラダラ言っとらんで進めて行くと致しましょう。

【The Pub Where I Was Born/Love Kills】(47~48号)

別々のタイトルになっているのだが、こちらは2話続きのストーリー。
ノーサンプトンのコンスタンティンなじみの落ち着いたオールドファッションなパブ。FreddieとLauraの夫婦で永年切り盛りされてきたが、数年前Freddieは亡くなる。悲しみに暮れるLauraだったが、Freddieの”絶対に君を独りにはしないよ”という言葉を支えに、その後も一人でパブの経営を続ける。そして、その言葉通り、死後もFreddieはLauraを見守り続けていた。だが、そのパブの土地を狙う開発業者と結託したギャングが店に火を放ち、Lauraも命を落とす…。

前半はちょっとロマンチックでもあるゴースト・ストーリーだが、後半、事件に不審なものを感じ、調査に動くコンスタンティンが巻き込まれて行く事件はかなり陰惨な様相を呈して行く。
前編のペンシラーは引き続きWill Simpsonだが、後編はゲストとして以前17号を描いたMike Hoffmanが再登場しています。Delanoの【Fear Machine】のコンスタンティンが乗った列車がパニックになる回。(Hellblazer -Jamie Delano編 第3回-)インカーは両方Stan Wochという人で、前半Will Simpsonには合っていたようで結構いい雰囲気で仕上がっているのだが、後半Mike Hoffmanとは相性が悪かったようでちょっといまいちの感じに。Hoffmanはかなり硬い一本調子にも見える線を使う人で、それが独特の雰囲気を作り上げているのだが、Wochのシャープな感じの線と相殺されかなり中途半端な印象になってしまっている。ちょっとペンシラー/インカーの難しさが見える回になっています。
この6巻では表のそれぞれのストーリーと並行し、前の【Dangerous Habit】後半から登場している亡くなった友人Brendanの元妻Kitとの関係が深まって行く過程が描かれています。

【Lord Of The Dance】(49号)

クリスマス、街でコンスタンティンは憂鬱な顔でさ迷うゴーストと出会う。彼は遥か昔、キリスト教から異教として駆逐された神、ロード・オブ・ザ・ダンスだった…。

もはやこの世界に自分の居所は亡くなったと思っていたダンスの王様を、Chasら親しい友人たちとの酔っ払いバカ騒ぎに連れ出し、その力を取り戻させるというクリスマス・スペシャルという感じの心温まるストーリーというところでしょうか。多分そうなのだろうと思ってたけど、ロード・オブ・ザ・ダンスというのもアイルランドからのもののようで、ダンスの王様が元々のものとは違ってしまっていると言ってた同名の歌も調べればすぐに出てくるのだけど、それについては元を全く知らないのでさっぱりでした。ごめんなさい。とりあえず良い心温まるお話でした。
作画は2016年に大変惜しまれつつこの世を去ったイギリス・コミックの大巨匠Steve Dillon。この人については後ほど。いや、面倒なのであとでまとめてなどという意図ではない。何を隠そう実は今回は主にこのSteve Dillonについて語るためにやっているのである。

【Remarkable Lives】(50号)

通算50回記念の大増40ページスペシャル号です。
深夜、洗面台に置かれた鳥の死骸と鏡に血で書かれたメッセージを見たコンスタンティンは、Kitをベッドに残し、外出する。異形の者たちが見え隠れする森を、動く屍に導かれて進んだ先で待っていたのは、人類の歴史よりも長く生き続ける吸血鬼の王だった。彼はコンスタンティンを自らの配下に加えるべく説得を始めるが…。

メインのストーリーと並行し、それぞれ1ページを使って描かれたコンスタンティンと吸血鬼の王の過去から現在までが数回にわたって挟まれるという構成。コンスタンティンについては、Delano編の第2シーズンになる【The Devil You Know】で描かれる若き日の経験不足なままうかつに手を出して悪魔祓いに失敗し悲惨な結果を招いたニューキャッスル事件以後のことが主に語られ、その後精神療養施設に収容されていたというようなエピソードも描かれます。ジョン・コンスタンティンという人のDelanoが書いた過去については、母の胎内で自分より優れた人間になるはずだった双子を結果的に殺すことで産まれてきた、というのや、連続殺人鬼と関わり合いになったせいで父親が殺害され、自らの手で決着をつけるというのもありますが、こちらのニューキャッスルの方が選ばれたのは、エニスがこのエピソードを今後の展開に生かそうと思ったのか、それともシリーズの流れということで編集者と相談して決めたのかとか少し気になってみたりもします。以前いくつか見つけた日本でジョン・コンスタンティンというキャラクターについて書かれたものの中で、どこでもニューキャッスルについては書かれていたのだけど、一人の人間の人生としてはある意味それより重要かもしれない例に挙げたエピソードなどについては書かれていなかったところも多かったように思うので、結局キャラクターの「経歴」というようなものはどこかの時点で意識的に選択されたものになるのだろうな、と思ったり。
そして前回Garth Ennis編 第1回で言ってたWill Simpsonのアーティストとしての本当の実力がやっと見える作品です。まあ、どうやったってこの線の再現は難しいよな。

【Counting To Ten】(51号)

こちらも50号記念のスペシャル企画なのだろうと思うのだけど、エニスは1回休みで、ゲストにこちらも英国コミックを代表するライターJohn Smith(2000AD『Indigo Prime』など)と、まあ日本でももう紹介の必要もないだろう作画ショーン・フィリップスを迎えたワンショットです。

ちょっとした身近な厄介事を避け、気分転換に洗濯物をもってコインランドリーを訪れたコンスタンティン。一見平和に見えるコインランドリー、日常風景…。だが…。

淡々と、という感じで静かに話が進むにつれ、徐々にずれや歪みが拡大して行くように、日常風景の下に隠れていた不条理的な恐怖が姿を現して来る。この世界のあらゆる場所に恐怖は潜んでいてどこにも逃げ場はない…。
John Smithという人については自分もまだ最近の『Indigo Prime』を少しというぐらいで全然知らないレベルなのですが、活動はほとんど英国内に限られているものの、『Indigo Prime』や『Devlin Waugh』といった作品を中心に「The Smithiverse」というものも形作られているような作家らしい。ちょっと事情は分からんのだけど最近はあまり作家活動をしていないようで、2014年から3年ぶりに2017年秋期に2000ADで『Indigo Prime』が始まったのだが、なぜか3回目以降はKek-Wとライターを交代している。ウィキペディアを見ると、ウィリアム・バロウズからの影響などといったことも書かれていてかなり気になる作家であります。ちなみに前述の最新『Indigo Prime』にはそのバロウズも登場。しかしこのウィキペディアのJohn Smithと『Indigo Prime』書いた人かなりSmith氏に入れ込んでるようだな。そういう読者を作ってしまうような作家なのだろう。私もかなり気になってきているのでなるべく早く『Indigo Prime』あたりから手を付けてみるつもりです。
一方Delano時代から時々登場しているショーン・フィリップスだが、その時にも書いたけど、今とかなりタッチが違う。まあそれでも圧倒的に上手いのは変わらないし、こっちはこっちで好きなのだけど、どういう過程を経て今の画になったのかちゃんと追っていかなければと思うアーティストです。

【Royal Blood】(52~55号)

政財界の黒幕的立場であり、秘密地下クラブを経営するSir Peter Marstonがコンスタンティンに助けを求めてくる。彼のクラブの客のさる重要人物が、クラブ内で遊び半分に召喚した悪魔に取りつかれてしまい、行方の分からないその人物は今も残虐に人を殺し、その肉を貪っているという。
そして、その重要人物とは、ロイヤル・ファミリーの一員だった…。

降霊会で悪魔を呼び出し、名を聞き出して正体を突き止めたり、魔方陣を作ったりと、このシリーズをよく知らない人が思い浮かべる「魔法探偵」とかぅてこんな感じなのかもしれない。しかしそういうのについて回るなんとなくスタイリッシュみたいな要素は全くなく、コンスタンティン、悪魔、黒幕のどのサイドもひたすらダーティーなのがいいですね。でもそれが「スタイリッシュ」的なイメージがあるのは日本だけなのかな?オカルト探偵ということでは結構ハードボイルド寄りらしいドレスデン・ファイルとかもずっと読んでみようとは思ってるのだけど。いやもう何年も。Comixologyで買ったDynamiteのコミック版のシリーズもあるし。
ガース・エニスの『Hellblazer』は旧来からのホラー/オカルトストーリーに見られるような形の超常的な悪魔などの世界観が使われていて、そういう意味ではDelanoのものよりもシンプルでわかりやすい部分もあるのだけど、その一方でそこに関わってくる人間の底知れない残虐さといったものはエニスならではの恐ろしさがあり、このあたりからその辺が顕著に見えてくるようになってきます。それは「結局一番怖いのは人間だね」というような底の浅い教訓的なものではなく、悪魔などの異世界の「悪」は想像を超える程に恐ろしいものとして描かれる一方で、モラルが磨滅し、様々なロジックの混乱する中で悪とも考えず悪を行う人間の「悪」はその空虚さゆえに時にはオカルト的な暗黒より恐ろしいものとして現れる。やっぱりこういうものを書ける人だからこそ、あの悪意のみの「ゾンビ」、『Crossed』を創り出せたのだな、と改めてかなり後付け的に思ったりもします。
そういったガース・エニスのバイオレンス・シーンには、かなり色々なの見てる私でも時々は「度を越した」ぐらいに言いたくなるものもあるのだが、この全4話ではWill Simpsonがインカーまで一人でこなし、その辺をかなり迫力のある作画で見せてくれます。Simpson『Hellblazer』を代表する作品ということになるでしょう。あとストーリーの方では、この作品から、Kitとの同棲生活が始まります。

【This Is The Diary Of Danny Drake】(56号)

「俺は娼婦を買った!」突如地下鉄で自らの暗い秘密をわめき始める男にコンスタンティンは出会う。だがその言葉の中に魔術書グリモワールの名を聞きとがめ、男の後を追う。そしてその男Dannyがかつて悪魔と契約し、追い詰められていることを知るのだが…。

『Hellblazer』では以前25、26号のグラント・モリスンのを描いた『V for Vendetta』のDavid Lloydをゲストアーティストに迎えてのワンショット。カラーも含め、様々なテクニックを駆使した作画は本当に素晴らしい。このくらい自分のスタイルを持ってる人が途中で入ってくると、描き手によって読者とキャラクターの距離まで変わって見えるものができるというのが如実に見えてくる例でもあったり。バイオレンス要素は少なめのストーリーだが、やはり先に書いたようなガース・エニスの一つのテーマでもあるのだろう人間の暗黒が現れてくる作品です。

【Mortal Clay/Body And Soul】(57~58号)

Chasの叔父さんが急死。葬儀の後、墓地を散歩していたコンスタンティンとChasは埋葬されたはずの棺を掘り返し、遺体を運び去ろうとしている一団を目撃する。阻止すべく挑んだ二人だったが多勢に無勢で敵わず、遺体はいずこかへ盗み出されてしまう。車の行き先を突き止め、向かったコンスタンティンとChas。そこは政府委託の兵器メーカーの研究施設で、盗み出された遺体は兵器の人体に対する効果のテストのために使われていた…。

ここで再びSteve Dillonが作画担当として登場。49号ではゲストアーティストのクレジットがあったが、ここでは外されており、この少し後、DillonはSimpsonと交代し、エニス『Hellblazer』のメインアーティストを担当し、このコンビはその後あの『Preacher』を産み出すことになる。(私的にはまだ未読。すんません…。)
ではまずSteve Dillonとは何者なのか?1962年ロンドンに生まれる。コミックの仕事を始めたのは、16歳からという早熟の天才。結構初期、1981年頃のJudge Dreddを読んだのだが、まあDillonの名前は知っていて上手くても当然ぐらいに読んでいたのだが、この時まだ19歳ぐらいか。すでにかなり完成度の高い画を描いていて、当時メインのアーティストだったBrian BollandやRon Smithと完全に肩を並べるくらいのレベルである。1988年にBrett Ewins(Bad Company)らとアンダーグラウンド・コミック誌「Deadline」を創刊。その後のイギリスのそのシーンを牽引し、かの『Tank Girl』もこちらに掲載されたそうである。ガース・エニスとの出会いは1989年で、熱くコミックについて語り合い、それがのちの『Hellblazer』や『Preacher』につながることになる。えーっと、「Deadline」を始め自分ではまだ目にしていない部分も多くWikiからの部分が多いのだけど、経歴としてはこういったところです。
そしてこの作品。実際私はここに至るまでのDillonの作品の多くはまだ目にしておらず、かなり推測になってしまうのだが、この時期の彼の仕事はこの『Hellblazer』だけであり、少ないながらもいくらか見ている作品などから考えて書いてみるのだけど、私の考えではSteve Dillonの作風はこの作品をきっかけに変わる。そこんところについて語る前に、まずこのストーリーの続きを。申し訳ないのだがこれに関してはネタバレしちゃいます。

その研究所の所長は狂った男。研究のためという名目でいつの間にか破壊される人体を眺めることに喜びを感じていた。コンスタンティンとChasは捕縛され、その研究所の中で死者の魂が苦悶し、消滅するのを目撃する。離れた肉体が安らかにねむることを妨げられたため、その魂は次のステージへと向かうことができなくなってしまったのだ。

先に書いたようにDillonの画はかなり早い時期である種完成した画力の域に達していた。そして少し前の【Lord Of The Dance】でも以前に見たのと同様のタッチが見られる。だが、この2連作はそれまでのものと少しタッチでが変わっている。ベタによる陰影表現が減り、全体的には少し白っぽく見え、以前に比べるとスピードを殺したような線で形をとって行くように描かれている。最初はこれはまた何回か書いているペンシラー/インカーの齟齬だろうかと思ったのだが、ここではSteve Dillon:Artistのみのクレジットで、インカーは使われていない。推測されるのは、これは今回のストーリーに沿った少し実験的でもあるタッチなのではないかということ。
このストーリーではDillonは3つのタイプの人間の様相を描き分ける必要があった。まず、生きている人間、肉体を離れた魂としての人間、そして魂が去った後の物体と化した人間。この中で一番難しいのは、生きている人間と魂の去った後の死体を描き分けることであろう。Dillonが死体から描き始めたというわけではないだろうけど、描いていくうちにでもいかに魂が抜けて物体となった人間を描くかについては試行錯誤したものと思う。その結果、線のスピード感を殺し、ベタの陰影による立体感を減らし、動きの少ない構図を取るというような手法が使われたのだろう。しかし、そこまでタッチの違うものを死体にだけ適用したのでは全体的にはそこだけ浮いたアンバランスな画になってしまう。そこで、当然ながら全体にそのタッチを適用する。ここでひとつの逆転現象が発生する。そもそもは生きている人間をベースに物体となった死んでいる人間を描き分ける作業として始まったものが、物体である人間の身体をベースにそれに魂の入った生きている人間として描き分けるという形に変化して行くのである。では物体に魂の入った人間はいかにして生きている人間になるのか?それは身体の各部分における力や運動という形で表現されるものになるだろう。そしてそれを描き分けるという作業も常に人間の身体の構造を考えながらというものになる。その過程でDillonはある認識に至ったと私は考える。それは人間というものは骨格の上に、筋肉諸々を含んだうえでの皮膚が乗った構造物であるということ。ただね、これは特別に新しい認識ではない。おおよそ画を描く人間ならば、そして特にマンガ/コミックやアニメーションなんかもそうだろうけど、様々なシチュエーション、構図やアングルで人間の動きを連続して描く必要のある者なら、どこかの時点で必然的にたどり着くひとつの認識であり、ましてDillonほどの天才ならかなり昔に一旦は気付いているはずの事実であろう。だがDillonはそこに新たな意味を見出す。このガース・エニスによって書かれたストーリーの中で。
この二連作には何かうまく言えないのだけど、何かしら不安感というようなものを感じる。人間の肉体には魂が宿っていて、死ねば魂は肉体から離れ、別の世界へと昇って行くというのは太古から続く宗教とかを越えた一つの考え方である。だがここでは常にその考えの中で感じられた人智を越えた世界の無限な広がりは否定されているように感じる。骨格としての構造として描かれた人間は、そのまま世界の構造としての骨格を表象する。世界はお前に見えているよりはるかに広いけど、それは無限ではなく、行き止まる。何かずっと無限だと信じてた空が実は世界がそこまでのドーム型の天井で、その世界の果てが閉じられちゃったような不安感。これって実存的恐怖感ってやつじゃない?つまりこの天才アーティストSteve Dillonは物質であり構造であるという極めて実存的な「形」で人間-世界を描くことでオカルト・ストーリーの中に誰も見たことのない新たな世界を作り上げたのではないかというのが私の考えなのである。

そしてそのストーリーを語るのはガース・エニスである。物語の最後、その研究所で行われていることを知ったコンスタンティンは、壁に血で門を作り、研究所を取り巻く苛まれた魂をそこから導き入れ、施設内にソウルストームを引き起こす。嵐の過ぎた後には魂を抜かれたように立ち尽くす者ばかりが残される。兵士の一人から銃をもぎ取ったChasが所長の元へ向かうと、完全に正気を失った所長は自らの手で両目を潰し笑みを浮かべて感謝の言葉を繰り替えしながら立ち尽くしている。一旦は銃口を向けたChasだったが、思い直しその銃床を所長に向けて振り下ろす。繰り返し。血みどろになり壊れて行く銃床のみが描かれる。ここでは何が描かれているのか?Chasはその怒りで所長の肉体を魂もろとも破壊しているのだ!これがガース・エニスだ!

この後、続くSimpsonよる3作の後、『Hellblazer』のメインアーティストはSteve Dillonへと交代される。そこでもここで変化したタッチが引き継がれ、一旦はかなり細くした線を太くしながらスピードを殺し、世界の骨格構造の見取り図を正確に示すような水平垂直の構図を多用して行く。Dillonの画にベタによる陰影が戻るのは、続くTPB7巻の後半、おそらくは新しいタッチを完全にものにしたと確信した時点からになる。そしてここから始まったこのコンビによる「実存的オカルト世界」(仮称:この考えで正しいのかまだ確信がない)は続くTPB7巻にて恐るべき問題作【Fear And Loathing】へと到達する。そして『Hellblazer』のさらにその先には『Preacher』が?うー、まだまだほんの入り口に立っただけだよ。さらなる努力研鑽を続けねば。
と、説得力あるのかないのかぐらいなことを延々と書き続けてきたわけだけど、私もこの2作を読んだ時点でこれらのことが見えていたわけではなく、何か漠然とした違和感と不安感みたいな印象程度のことで、その【Fear And Loathing】にたどり着いたところで、うわ、Dillonがやってたのはこういうことだったのか、と気付いたぐらいのものである。やっぱり画というのは1作二十数ページぐらいでは見えにくいものなのかもしれない。そして、これらが私の個人的な推測であることを置いといても、おそらくはDillonはこんな形の理屈によって画を作っていったのではないと思う。別にDillonがこういった言葉上の理屈を組み立てられなかったというようなことを言っているのではない。画というのは常に描き手の目と手を軸とした身体で作られ、それはこんなくどくどした小理屈より遥かに高速で一つの結論を作り上げ、それはそれについての言葉が構成されるよりも遥かに早く次の結論を導き出し、更に上へと組みあがって行くものなのだよ。つまりマンガ/コミックというのは極めて身体性に近いという意味で一つのライブパフォーマンスであり、またそれぞれが別の人間の手によるものであっても、常にアーティストの手を通して完成されるという形で画とストーリーというものは不可分のものなのである。
うぐぐ…、書かねばならんと思ってたこととはいえ少々このパートが長くなりすぎたか…。まだ続きあります。

【Guys & Dolls】(60~61号)/【She's Buying A Stairway To Heaven】(62号)

こちらは前回の【Dangerous Habit】の続きとなるストーリーで、コンスタンティンはまた地獄の王と相まみえることになるのだが、その前にあるキャラクターのことを確認しておかなければならないのだけど、前回のを見てみたらやっぱり書いてなかったか…。実は43号で、天使ガブリエルに助けてもらおうと会いに行くところの前に、コンスタンティンは黒髪のEllieと呼ぶ女性と会って、地獄の様子を聞いているシーンがある。こいつは最後に恐ろし気な笑みを浮かべたりして、明らかに魔族関係者らしいのだが、あれー?こんな人以前に出てきたっけ?と正体がわからず、読んでいるときも保留という感じで、前回はそこのところも省略してしまっていたのだが、やっぱり以前に出てて私が忘れていたわけではなく、ここでやっと正体が明らかになるわけだったのである。こちらガース・エニス『Hellblazer』のメインストーリーの続きで、書いとかないとあと説明しにくくなるので、またしてもネタバレしちゃいますのでよろしく。

彼女は地獄の片隅のわびしい自分の庭園で花を摘む。そしてそこに地獄の王が現れる。遂に彼女とコンスタンティンの関係がばれてしまったのだ。大急ぎで行く先も確かめず現世へと脱出した彼女は、テムズ川の底へと落下して行く…。

Ellie-Chantinelleは魔女Triskele配下のサキュバス。地獄の王はTriskeleにChantinelleを捜すよう言いつける。だが、TriskeleにもChantinelleの行方はわからず、彼女もChantinelleとコンスタンティンがどういう関係なのかはわからない。
一方、地上ではコンスタンティンが逃亡して隠れているChantinelleを見つける。経緯を聞いたコンスタンティンは自分に考えがあると言う…。(60号)

ちなみにTriskeleは【This Is The Diary Of Danny Drake】でDannyが契約した悪魔。美女の頭に脊椎の蛇のような胴体の化け物。そして続く61号では過去のコンスタンティンとChantinelleの関係が語られる。

1984年のクリスマスの近づくある夜、コンスタンティンの住むアパートのドアがノックされる。そこに立っていたのは一組のカップル。女の方は臨月で大きな腹を抱えている。「ジョン・コンスタンティン、あんたの助けが欲しい…」
そして二人は人間の装いを捨てて真の姿を現す。二人の背には翼。白い羽を背負う男は天使のTali。そして彼女、サキュバスのChantinelleの背には黒い翼。
天使を誘惑しようとしたChantinelleだったが、Taliの純粋さに心を奪われ、二人は禁断の恋に落ちてしまう。そして今、Chantinelleの腹の中にはTaliの子供が宿っている。天にも地にも逃げ場を失った二人はコンスタンティンのうわさを聞きつけ助けを求めに来たのだ。こんな状況を面白がって手を出して来るのは奴ぐらいだと。
コンスタンティンは廃屋に二人を匿い、印を刻み彼らを隠す。そして地獄の情勢を探りに行くのだが、二人を追っている気配もない。何かがおかしい。彼らは何に追われているのか?そして二人を隠した廃屋に戻ってみると、Chantinelleは出産が近づき苦しんでいた。
その時、廃屋の荒れ果てた庭に天使の一団が現れる。
彼らを追っていたのは地獄からの追手ではなく、天使たちだったのだ。コンスタンティンの印は悪魔から彼らを隠すことはできたが、天使には効き目はない…。天使たちの矢はTaliを一瞬で焼き尽くし、そしてChantinelleの産み落とした赤子は彼らの手でいずこかへ連れ去られる…。
だが、それらはすべてコンスタンティンの印により地獄からは隠されていた。そしてChantinelleは地獄に戻り、コンスタンティンとの関係も知られることなく過ごしてきた。今日までは…。地獄の王はコンスタンティンを捕えるため、Chantinelleの居所を捜し、残された時間はもうわずかしかない。そしてコンスタンティンは計画を実行に移す…。(61号)

地獄。王とTriskeleは亡者の腹に作り出した鏡でChantinelleの行方を探る。そして遂にその居所が映し出され、二人は地上へ向かう…。
廃屋の中には大量の血痕が残されている。既にChantinelleの姿は無く、シャツを血に染めたコンスタンティンは少し憔悴した様子で外に出て煙草をくわえる。
そこに地獄の王とTriskeleが現れる。
だが、彼らもChantinelleの居所を掴めない。問い詰める地獄の王にコンスタンティンは答える。
彼女の魂に印を刻んだ。もうお前らにはどうすることもできない。そして彼はさらに続ける。
俺はこれで3回あんたをやり込めた。ハット・トリックだ。これでもうあんたは俺に手出しできないんだ。
地獄の王は怒りにたぎる眼でコンスタンティンを睨みつけ、そして去って行く…。

Chantinelleの身体からはもう傷は消えている。だが、魂には確実に印が刻まれ、これで彼女はもう地獄へは戻れず、地上で暮らし続けるしかない。コンスタンティン、この借りはどう返したらいいの?
「ああ、俺には計画がある。」
そしてその計画を聞いたChantinelleは悪魔の笑みを浮かべる。あんた狂ってるよ…。

かくして【Dangerous Habit】で起きた地獄の王との諍いは一応の決着を見る。しかし人間コンスタンティンにここまで馬鹿にされ、このまま引き下がるとは到底思えないわけで、いずれまた何らかの展開があるのでしょう。最後に出てきた今は明かされないコンスタンティンの計画については、続くTPB7巻で。ちなみに3回負かされたら手が出せなくなるというらしいルールについては、申し訳ないのだがよくわからない。相変わらずオカルト関係には弱いもので。まあ、そう言うんだからそうなってるのでしょう。
作画はWill Simpsonに戻るのだが、今回はペンシラーのみで、インカーはMike BarreiroとKim De Mulderという二人の名前がクレジットされている。Simpsonも【Dangerous Habit】の頃と比べると、随分インカー前提の作画に慣れたようだけど、やはりどうしても【Royal Blood】に比べると迫力に欠ける画になってしまっている。だがこの二人のインカーが悪いと言っているわけではない。それなりに実力はある人たちなんだろうけど、ペンシラーSimpsonとの相性があまりよくなかったというだけのことなのだろう。Will Simpsonという人はなかなか自分に合ったインカーを見つけられず、この『Hellblazer』ではいまいち実力を発揮できなかった人なのだろう。これ以降はSteve Dillonと交代となり、結果的には前述の【Royal Blood】が『Hellblazer』における代表作ということになるのだろうが、繰り返し言うが、同作はかなりのグロテスクな迫力に満ちた素晴らしい作画であり、Will Simpsonというのは大変優れたアーティストであると私は思っております。

いやはや、Garth Ennis編 第2回TPB第6巻『Hellblazer:Bloodline』もこれで何とかやり遂げたわけでありますが、しかしこれずいぶんバランスの悪いことになっちまったな…。とにかくSteve Dillonのアレについては書いておかなければ、と思い延々語ってしまったのだが、普通に読めばこの第6巻はSimpson画による【Royal Blood】、【Guys & Dolls】がメインとなっている本なのだよね。個人的なこだわりで本全体の印象を間違って伝えてしまったのではないかと心配しとるのだが、まあそういうものがあるからこそこんなことを続けているのだ、ということで勘弁してやってください。Dillonについても本当は本格的に活躍する次巻で書いた方が良かったのかなと思ったりもするのだが。とにかくチラッと予告した通り続く第7巻ではエニス-Dillonによる衝撃作【Fear And Loathing】も登場するので、今度こそあまり間が空きすぎないうちに次回Garth Ennis編 第3回をお届けする所存であります。

なんかまたしてもえらく遅れてしまったのだが、今回は実は5月GW終盤ぐらいに引っ越しのタイミングが悪くて延々遅れていた部屋へのエアコンの取り付けがやっと完了し、それに伴いしばらく中断していた片付けを再開していたりしたためだったのでした。にゃんか今日こそは書かなければと開いてはおくのだけど、なんだかんだで時間も体力も尽きて果たせず、みたいな日が2週間ぐらい続いてしまったのですよ。申し訳ない。まあまだ完全には終わっていないのだけど、とりあえずやっと部屋のドアも閉められるようになりひと段落というところです。早く次にかからねば、というところなのだけど、まあ遅れついでというところでちょっと気になってることを書いておきます。
つーのはあのティリー・ウォルデンさんのこと。日本版『スピン』が出たのってこっちが引っ越しでバタバタしてた頃なのかな。えらくそこのページビューが増えた時があったのでその辺なんでしょう。ともかくこの素晴らしい才能が、日本の状況からすると比較的早くぐらいに紹介されたのは喜ぶべきことなのだが、ちょいと気になることもあったり。いや、何もアマゾンとかで見た感想とかにケチを付けようとか言うことではないよ。まあうっかり深く探ってくと文句言いたくなるのも見つかりそうで怖くて2,3チラッと見ただけだけど、まじめに読んで自分の思ったことをきちんと書いてる人に文句を言うつもりなどはない。こちらもそこまで頭おかしくないから。ただこれがLGBTの女性が自分のことを書いたバイオグラフィのマンガという部分でしか紹介されて読まれていないように思うのが少し心配なのだよ。なんか世の中には「よいマンガ」と「悪いマンガ」があるみたいなことを言い出す本当に迷惑な人も多くて、そんな類いの人がよく「文学性」みたいなことを言い出すのだけど、まあその「文学」っちゅうのがほとんど私小説のことでトマス・ピンチョンのことすら入ってない場合も多くて、またそんな私小説至上主義から進化しない文学観のその一方で、実話をもとにした、みたいなのをさしたる考えもなく構築されたフィクションよりも上位に置く「現実とフィクションの見分けがつかない人」も多い日本の現状でしょう。うが、また罵倒モードに入りかけてるか?いやさ、『スピン』を優れたバイオグラフィ方向の作品として読むのが間違ってるとは言わない。しかし今また私が拳を振り上げそうになって頭を掻いてごまかした風で書いたような日本の「よい本」を取り巻く現状で、そういう読まれ方に偏ってしまうのはこの優れた才能の日本での受け止められ方を狭めてしまうのではないだろうか、つーこと。ティリー・ウォルデンはもっと広くマンガを読む人に読まれるべきであるということ。例えばさ、ティリー・ウォルデンっていうのは多分90年代ぐらいだかに少女マンガが女性マンガへと分化する辺りで双方から失われたか引き継ぐ才能が現れなかった少女マンガのある可能性だって表現できてるかもしれない作家なんだぜ。しかもそれは彼女の才能から見れば、日本のマンガ好きがいくらかなぞれた一部分で、彼女がこれからどれほどのものを表現できるのか計り知れない。日本も海外もよいも悪いもカンケーねえ、オラは優れたマンガがあれば必ずそこに行くのじゃい!という正しいマンガ愛を持つ人はどうかティリー・ウォルデンを読んでおくれよ!あと、ティリー・ウォルデンも時々というかよく使う手法でマンガ/コミックでよくみられるやつで、なんか画を描かない人の多くが勘違いしてるのをよく見かけるので一言言っとく。あれ。ページを均等にコマ割りし、同じ構図を続ける奴。なんか単純なコマ割りだとか言ったり、中にはカメラを動かしたりアングルを変えたり見たいなカット割りができないからやってると思ってたり、ひどいのになると手抜きだとか言い出したりするんだけどさあ、まず基本。別にちゃんと画なんか描けなくたっていいからおんなじ大きさの四角を二つ並べて、一方に丸に手足棒でいいから、頭から足まで入った人間描いて、もう一方に同じ人間描いてみ。頭の大きさから手足胴体のバランスまできちんと一致させるの結構面倒なのわかるだろ?もっと画が描ける人間だって同じことなんだよ。一つ絵描いて、隣のコマは全く別の構図を描いた方がはるかに楽で、作業時間も短くて済む。だからな、これは自分の狙った効果を出すためにわざわざ手間暇かけてやってることなんだよ。そのくらいわかれよ!ティリー・ウォルデンはその手法でミニマル的に物語を進めつつ、その後ろでは静かなメロディーが低く流れ続けていてそれがコマが大きくなるにつれ徐々に大きくなって行ったり、一気に響き渡ったり、あるいは突然ミュートされブレイクが入ったり。音楽的な比喩で言えば、ティリーさんの文章は歌詞というよりもむしろメロディーのようにも感じられる。そしてそれが遥かな天空の高見にまで登って行く美しさにはもう涙せずにはいられないよ。でもさあなーんかティリーさんに関してはこーやって技法的に解読しようとしちゃったりするのが却ってその世界を限定して狭めちゃってるような気もするんだよな。あと同じ大きさ構図のコマが並ぶテクニックについては、ティリーさんについてはミニマル的って方向の使い方だけど必ずしもそれだけではなく、例えばかの天才アラン・ムーアについては、作品を完全に自分の組み立てたリズムで読ませるための手段としても使っており、最近では同じテクニックをよく使うトム・キングなんかもその方向かと思う。こー並べて書くとトム・キングがムーアみたいな恐ろしい人に見えてしまうかもしれないけど、もう少し温厚な人だよね。多分。まあとにかくせっかく翻訳されたこの新しい素晴らしい才能を独りでも多く読んでくださいということでで延々と書いてきたわけだが(え?そんな真っ当なことを言ってるようには見えない?)、私的には以前に書いたように原書TPBを発売日に予約して買ってしまったので、日本版については持っていない。だからおめー何言ってんだよ、んなこと本の解説やあとがきでもっと理路整然と上品に書いてあるよバカ、ってことになってたらごめん。まあいつものもったいないで少し手を出さないでいるうちに引っ越しもあったりとバタバタして、ようやく最近読み始めまだ4分の1ぐらいというところなのだけど、まあティリーさんの「もしもし?お姉ちゃんの買い物メモ読めないんだけど…。コーフって何?豆腐を買えばいいの?それとも高野豆腐の略とか?え?コーラなの?これコーラって書いてあるの?」的な手書き文字を時々は「解読」しながらぐらいののんびりペースで読むのはいい感じでやんす。まあさ、以前はこんなすげーのがあるのに日本で誰も何も言ってないのはまずいじゃん!ってことで準備もないまま勢いでティリー・ウォルデンのことを書いたわけだけど、こうしてちゃんと翻訳出るってことは、どういう形にしろ読んでるところは読んでるってことでしょ。例えばさ、昨年最大の話題作といえば今年のアイズナー賞にもノミネート中の、恐るべきテクニックを駆使しつつ罫線の入ったノートにボールペンでというマンガ/コミックの初期衝動のような形で作られたEmil Ferrisの『My Favorite Thing is Monsters』だなんてことは世界のコミック・ファンの常識だけど、日本じゃ一向にせいぜいサム・メンデスが映画化権取得を交渉中(あれをホントに映画化する自信あるのだろうか?)みてーな2次情報ぐらいしか見つからんのだけど、まあ読むとこじゃ読んでてもしかしたらひょっこり翻訳も出るのかもね。あれはデザイン的に相当難易度高そうだが。しかし本当に素晴らしい作品なのだけどテキスト量とかも多くてまだしばらく読むのにかかりそうだよな。Fantagraphicsものじゃまずの『Love & Rockets』だってまだ兄弟それぞれの最初のを半分ぐらいだしなあ。色々読み散らかしてんのが悪いのもわかってっけど読むのが遅いからこうするしかないんだよう。とまたぼやきモードに入ったところで、本当はお引っ越しで発掘し一気読み再読(所要時間約2か月だが…)した池上遼一『男組』のことも書くつもりだったのだが、案の定ティリー・ウォルデンのことで相当長くなってしまったので次の機会に。いや、いらんと言ってもいつか必ず書くからな!ということで、ではまた。
書き終わってプレビュー見てみたらコミックの事書いてんのに延々と字ばかりで、さすがにまずいと思って『スピン』足してみたけど焼け石に水だな…。もうちょっと考えるっすよ、スマン。
あと『Hellblazer』のリストは多くなりすぎて面倒なので私担当の旧作だけにしました。ごめんねー。


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●John Constantine, Hellblazer



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2017年1月21日土曜日

Hellblazer -Garth Ennis編 第1回-

明けましておめでとうございます。というわけで、やっぱり年を越してしまったのですが、2017年最初はこちら『Hellblazer』、Jamie Delanoより引き継がれたガース・エニス編の第1回となります。
左の現在発売中の『Hellblazer』完全版のTPB第5巻では、前半がDelanoによる最終回40号までで、後半41号からがガース・エニスの担当となります。今回取り上げるのはそちらの41~46号の全6話からなる「Dangerous Habit」です。エニス作のものはDelanoほどややこしくはないのだけど、こちらの作品は知ってる人も多いと思いますが、2005年のキアヌ・リーヴス主演による映画『コンスタンティン』のベースとなっている部分もあるものなので、比較のためにも少し詳しく、またネタバレありの感じで書いて行きます。

【Dangerous Habit】

Delano編後半では、Chasの賭け屋の居候の後、宿無し状態だったコンスタンティンですが、41号エニス編の最初からはロンドンのアパートに暮らしています。ある夜、身体の変調から病院を訪れたコンスタンティンが、肺癌で余命も少ないことが告げられるとこらから物語は始まります。煙草も前はどんな銘柄を吸っていたのか不明ながら、あのジャック・テイラー氏も健康に影響が少ないとかって煙草会社の詐欺だよね、と言ってた(The Dramatist -ジャック・テイラー第4作!-参照)シルクカットに変え、死の影におびえるコンスタンティン。Delano編第1号などに登場した過去に彼のために命を落とした者たちの亡霊に脅かされるというシーンも登場します。体に悪魔の血が流れる(Hellblazer -Jamie Delano編 第2回- 【Original Sins】8号参照)という異常体質のためもあり、その後は病院に行くのを止めてしまうコンスタンティンですが、病棟を見学中同様に癌で余命僅かな老人Mattと知り合い、時々彼の許を訪ねるようになります。(41号)
窮地に陥ったコンスタンティンは、助けを求めアイルランドの魔術仲間Brendanの許を訪れます。暖かくコンスタンティンを迎えてくれたBrendanですが、酒好きで飲みすぎの彼に愛想を尽かし、かつて3人で楽しい時を過ごした妻のKitは彼の許を去っていました。地下室にコンスタンティンを連れて行くBrendan。そこには地下から聖水が湧き出ており、Brendanは魔術でその聖水を美酒に変え、二人で酌み交わします。遂に自分は死にかけていて助けて欲しいと告げるコンスタンティン。しかし、そのBrendanも肝臓をやられその命も今晩限りだろうという答えが返ってきます。全てを忘れ、美酒に酔いしれる二人。やがてBrendanの意識が薄れ始め、コンスタンティンは彼を安らかに瞑らせるべく立ち去ろうとします。だが、そこに現れたのはBrendanの魂を連れに来た地獄の主でした。コンスタンティンは彼にまず美酒をふるまい、それを飲んだところで祭壇を壊し、酒を聖水に戻し苦しむ地獄の主を撃退し、そのすきにBrendanの魂を彼の手の届かないところへ旅立たせます。(42号)
何とか死から逃れる方法を探すコンスタンティン。そしてロンドンの秘密クラブで政財界の要人の相談役となっている天使ガブリエルを訪ね、救ってくれるよう頼みますが、却下。長らくそんなところに収まっているうちにお前のやってることは神の意志に合わなくなってるぜ、と言い捨てて去るコンスタンティン。しかし遂に万策尽きてしまったと思ったところで、最後のある手段を思いつきます。(43号)
最後の賭けに出る前に、コンスタンティンは様々な人に別れを告げます。これまでに何度か登場してきた姉のCheryl。そしてお馴染み親友のChas。Chasについては、いかにもエニスの好きそうなキャラで、ここでは元のタクシー運転手に戻っていて、今後はエニス作品的キャラとして登場頻度も増えます。いつものようにコンスタンティンの悪態に噛みつきますが、残していった封筒には金と別れを告げる手紙が入っており、男泣き。そして最後に癌病棟で知り合った老人Matt。コンスタンティンは今は空き家となっている、住人が彼との関わりで全員惨殺されてしまったアパート(Hellblazer -Jamie Delano編 第2回- 【The Devil You Know】10号参照)を訪れ、かつての自分の部屋である準備を終えた後、酒をあおり、自らの手首を切ります。そして、Brendanの時に現れた地獄の主がコンスタンティンの魂を手に入れるため現れます。(44号)
そしてコンスタンティンの魂を連れ去ろうとする地獄の主。しかし、そこに更に最初の者と併せその3体で地獄の三柱として支配する2体の悪魔が現れます。コンスタンティンは自殺を図る前にこの2体の悪魔と魂を売り渡す契約をしていたのです。ちょっとややこしくなってきたのでここで自分の調べた範囲で解説します。私もその方には全然詳しくないのですが。ここで登場する3体の悪魔は、有名な魔術書グリモワールの一つである『大奥義書』に書かれているという地獄を支配する三柱、皇帝ルシファー、君主ベルゼビュート、大公爵アスタロトのことのようです。なんだか更にその先を調べようとすると果てしなく難しくなりそうなので、ちょっと雑ですが、その三者の力の均衡の上に地獄は支配されているぐらいのところでご理解ください。見る人が見れば誰が誰なのかはすぐわかるのでしょうが、多分最初にコンスタンティンに聖水を飲まされて遺恨のあるのがルシファーで、そのほかの2体にも魂を売り、それぞれが悪名高いコンスタンティンの魂の所有者を主張するという状況を作り出したのです。三者による戦いが起これば、それに乗じ神が介入し、地獄の支配権を失いかねない。三者によって出された妥協案は、コンスタンティンの思惑通り、彼をまだ生かせておくというものでした。三者は恨みを込め、なるべく苦痛の多い方法でコンスタンティンの身体を治します。しかし、彼は自分の生命の危機という最大のピンチをまんまと切り抜けたのでした。(45号)
[※注 少し色々調べてみてこれは地獄の三柱というやつだろうと解釈して書いてしまったのですが、あとで『Hellblazer』のウィキを見ていたら、最初に登場する地獄の主はエニスの後の作品『Preacher』に引き継がれるキャラというようなことが書いてあって、もしかしたらルシファーというようなものではないかもしれません。とりあえずその『大奥義書』のものに基いた設定であるのは大丈夫なのではないかと思うのでそのままにしておきますが、また詳しいことがわかったら書き直すなり注釈を入れるなりします。]
なんとか生き延びたものの、結果的には地獄の三柱を敵に回してしまったこととなり憂鬱に部屋で飲んだくれるコンスタンティン。二日酔いの頭で久しぶりに外出すると、そこでbrendanのかつての妻Kitと再会します。近くの店でしんみりとBrendanの思い出を語り合う二人。そこに現れたのはChas。この野郎!コンスタンティン!お前てっきり死んだと思ってたぞ!ふざけやがって!馬鹿野郎!そこでコンスタンティンはもう一人、重要な人物のことを思い出します。Matt…!急いで病院に駆けつけると、Mattはいつものようにベッドの上で新聞を読んでいて、変わりない様子に一安心。友達は重要だよ。大事にしろよ。そんな短い会話の後、Mattの容態は急変。そしてそのまま息を引き取ります。土砂降りの雨の中、コンスタンティンは打ちひしがれ崩れ落ちます。俺は悪魔をペテンにかけて生き延びたクズだ…。(46号)

こちらのTPB版には、1993年に「Dangerous Habit」が単行本化された際のエニスによる序文が掲載されています。優れた作家たちによって創造されたこのキャラクターを引き継ぐに、どうすればよいかずいぶん悩んだということ。そして思いついたのが、やつを殺すことだ!と。コンスタンティン自身の死を描くことで、彼自身の内面をエニスなりの方法で深く掘り下げ、ここからどう続ければいいのか誰でも悩むようなDelanoによる最終回から見事に『Hellblazer』を引き継ぎ、ジョン・コンスタンティンというキャラクターを自分のものにした、さすがガース・エニスという作品でした。
作画/ペンシラーはWilliam Simpson。イギリス出身のアーティストで、『Hellblazer』以前には2000ADなどで多くの仕事があります。こちらの作品、全6話の中でインカーが何度も入れ替わっており、その度にタッチが大きく変わるので描き手が交代しているのではと思った人もいるかもしれませんが、ペンシラーはすべてSimpson一人によるものです。インカーによってずいぶんタッチが変わってしまったり、重要と思われるシーンで背景が無かったりということがあり、このSimpsonという人ちょっと画が雑なのではないか、と思ってしまったのですが…、違いました。それがやっとわかったのはこの先のTPB第6巻掲載の全面的にSimpsonによる作画を見てからのことです。そちらを見てみると、Simpsonの線というのは太い部分はそのまま影などのベタに溶け込み、細い部分はフェイドアウトして行くというような個性的で再現の難しい線だったのです。そういう線のつもりで描いたものを全く違うタイプの線を使うインカーの手によって仕上げられると、思ったような効果が得られなくなるわけです。前述の背景のないコマも、Simpson自身の線で描かれれば、ちゃんとそういう効果の画として成立しただろうなと思えるものでした。そちらの全てSimpsonの手による画を見て、かなりホラー的な効果も上手い人だったので、そちらの方が得意な人なのかと思ったのですが、前述のエニスの序文では、かわいそうなダチのウィルにはとんでもないもの描かせて苦労かけちまったなあ、と書かれていて、実はもっと正統派ヒーローみたいなものが得意だったようで、特にこの「Dangerous Habit」では苦戦したようですね。
で、そのSimpsonの「Dangerous Habit」での画があまりうまくいってないようなのを見て、少しペンシラーとインカーというものについて考えてみたのです。まずこのスタイルの分業というものは、それがアーティストの側から出たものにしても、明らかに出版というもののスケジュールのための要求からできたものでしょう。まあ、現在の特に日本でのデジタルでの作画が進んでいる状況では少し違ってきているかもしれませんが、おおよそマンガ/コミックでプロを目指す絵描きがペンやインクを使えないということはないでしょう。なぜなら修行の段階でなるべく世に出ているものに近いものを作り上げようと思ったら、その段階までは仕上げなければならないからです。で、アメリカのコミックの出版事情のためにできたその分業化なのですが、イギリスでは少し違っていたのではないかと思います。自分もそんなにイギリスのコミック事情に詳しいわけでもなく、部分的に知っていることからの推測も多いのですが、イギリスにもマーベルUKなどもあり、アメリカ式のコミックの作り方にならっていたところも多いだろうし、イギリスでのインカーというのも聞いたことはあるのだけど、アメリカと違いアンソロジー形式の出版が日本同様に好まれるけど日本ほどページ数の多いものが出ているのでもないイギリスでは一回のページ数もそれほど多くなく、インクまでの作業をアーティスト一人が行う場合も多かったのではないかと思います。そして2000ADではフルカラーになったのが1991年で、それまでは主に白黒ページで、おそらくはそれほどインカーの需要もなかっただろうし、Simpsonもそれほどインカーと作業をしたこともなかったのではないかと思います。この「Dangerous Habit」での何度もインカーが交代し、タッチがまるで変っているのも、Simpsonが自分に合うインカーを探していたような事情ではないかな、と思ったりします。
2000ADは創刊が1977年で、91年まで白黒ページのコミックとして続いていたわけですが、77年でもフルカラーのアメリカのコミックは普通に入ってきているわけで、そんな中で2000ADのアーティストたちはきっと、俺たちはカラーではなく線のコミックをやるのだ!、という気概が高かったのだろうと思います。2000AD初期の『Judge Dredd』を見ているとBrian Bolland、Ron Smith、Mike McMahonといったアーティストの画はまず線が素晴らしいし、その後のSteve Dillon、Sean PhillipsからHenry Flintなどに至るまで線のすぐれたアーティストを多く産み出しています。Simpsonもこういった線にこだわりのあるイギリス出身のアーティストのニトリなのだろうと思います。この辺が、以前2000ADの時に書きかけていたイギリスの、というよりは少なくとも2000ADのアーティストたちの線へのこだわりで、それが現在フルカラーになっている2000ADでも時には半分ぐらいの作品が白黒だったりすることにつながっているのではないかなと思ったりもするのですよね。
こういう線へのこだわりというのは、イギリス作家だけのものではなく、アメリカでも現在Darkhorseから出ているかつてのWarrenの『Creepy』の復刻版オムニバスを読んでいると、第2号の読者コーナーにECの伝統を継いだ白黒の美しい線によるコミック誌の登場を歓迎し、絶対にカラーにしないでくれとの声も多く見られたりします。ただアメリカではその辺がどこに引き継がれているのか、ちょっと自分にはまだ見つかっていないようなところなのですが。実際、線で描かれたものに色を乗せると人の目は線ではなく塗られた方の面を見てしまったりするので、どうしても線は後退してしまいがちです。これは近年のCGによるカラーリングが主流となっている状況ではさらに顕著になり、例えばValiantのものでは巻末にカラーリング以前の原画が数ページ掲載されているのですが、それを見てこの人はずいぶん迫力のある線が描ける人だったのだなと初めて気づいたりということもよくあります。これは線の上にカラーを乗せてしまっているとかいうものではなく、CGによりかなり暗い色へのグラデーションなどで立体感・陰影がつけられるようになったのが主な原因で、それによりさらに画の中で線が後退してしまっているということでしょう。
また、前述の英2000ADの状況を、日本と照らし合わせてみると、同様に白黒であっても、イギリスのようにアメリカのものが多く入りある意味カラーがメインである状況での白黒というものではなかったわけで、もちろん日本のアーティスト/漫画家も線へのこだわりは強いけど、線のみで描いたものにこだわるのではなく、疑似的なカラーという方向ものをも含んだスクリーン・トーンの様々なテクニックが発展したということなのではないかなと思います。
また、話はアメリカのペンシラーに戻るのだけど、こちらも随分歴史も長く独特の発展をしているように思います。まだそれをそれほどたくさん見るというところまで至っていないのだけど、時々有名なペンシラーのインクを入れる前の原画が掲載されていたりするのを見ることがあると、それはまあ大変すばらしくインカーの手に渡ってもきちんと再現できるようにかなり細部まで描き込まれていて、日本のマンガの感覚で言う下描きというレベルのものではなかったりするのですよね。最初はもう少しラフなものだったりもしたのが、やはりアーティストとしてはきちんと自分の描いたものが思うように完成されるように、という方向でこういう形の完成された「下描き」というものが作られていくようになってきたのではないでしょうか。もうこんなの渡されても怖くて触れないよ、っていう感じのものなのですが、そこは長い歴史の中でインカーという方にもそういうことができるようなシステムが出来上がっていてこそのことなのでしょうね。見ている分には本当に素晴らしいのだけど、もしかしたら当初の目的である分業による効率化というところは実は意味がなくなっているのかもと思ったり。たぶん単純にキャラクターの下描き→ペン入れ→背景の作成という手順を踏んだ方が作業時間としては早くなると思うけど…。
色々書いてきたのだけど、まずSimpsonから始まったので、線の方向の話になってしまったけど、もちろん自分はマンガ/コミックが線をメインにして描かれるべきである、などというつもりはありません。画に正しい形なんてあるわけないよ。カラーも含めたうえでの素晴らしい画を造ってるアーティストだってたくさんいるのだし、線という方向で言えば、2000ADのTom Fosterとかは独特の線とカラーを両立させるような画を造りだしているし、また『Absalom』のThernen Trevallionなんかは白黒でもグレーのグラデーションでまた新しい画を造りだしているのだし。まあマンガ/コミックの画は、色々見てるとその国の事情なんかも見えてきて、奥が深いですねってこと。

ちょっと画の話がずいぶん長くなってしまったのだけど、ここからが映画の話です。『コンスタンティン』はフランシス・ローレンス監督、キアヌ・リーヴス主演の2005年製作のアメリカ映画です。まず公開以前からキアヌはどう見てもジョン・コンスタンティンじゃねえ、って批判は上がっていて、まあそれはそうなのだけどもう言ってもしょうがないことなのでそちらについては省略。上に長々とストーリーを説明した通り、ベースになる「Dangerous Habit」から採用されたのは、主人公コンスタンティンが肺癌で死に瀕しており、悪魔とのやり取りの結果命を取り留めるというところ。あと、天使ガブリエルの登場と、コンスタンティンが手首を切るあたりも原作からか。原作で重要なBrandonのくだりや、Mattとのやり取りの末、俺は悪魔をペテンにかけて生き延びたクズだ、と崩れ落ちるというようなところは映画にはありません。まあちょっと設定を使ったという程度で、あんまり「Dangerous Habit」が原作というほどのものではないでしょう。映画のストーリーのメインとなるのは女刑事アンジェラとその双子の妹の話ですが、こちらがオリジナルなのかまだ自分が読んでない原作があるものなのかはわかりませんでした。以前書いたようにスタローンの『ジャッジ・ドレッド』が初期のいくつかのストーリーを組み合わせたものだったように、こちらも元になるものがあるのかもしれません。もし自分の方でわかることがあったらいずれ書くようにします。
まず、『Hellblazer』というコミックがどういう話かというと、主人公のオカルト探偵・魔法ゴロのジョン・コンスタンティンが古からの魔術の知識や口先で悪魔を丸め込むなどの方法で、超常的な事件を解決して行くというもの。まあ、これまで書いた通りDelano編ではほとんど事件を解決していないのだけど。あまり派手なアクションシーンなどはありません。しかし映画となればもっと派手なアクションシーンが欲しい、とおそらく製作陣は考えたのでしょう。そこで話を魔術的な方向からエクソシズムへとシフトし、そちらの方向で使われてきた手段を使うことにより物理的にも直接悪魔とバトルし、アクションシーンを盛り込む、という形でできたのがこの映画なのだろうと思います。宗教色が強い、という言われ方もしているようですが、自分の感想としてはそういうよりもそれまでの色々な映画などで使われてきたような宗教的ルールみたいなものをそのまま転用しただけで、十字架や聖書の祈りに弱い反キリスト教の悪魔が世界を支配しようとするならキリスト教の勢力の弱い、例えば日本とかでことを起こせばいいじゃん、みたいな揚げ足取りのツッコミができるようなものになってしまったのではないかな、というところです。
まあその辺は以前自分が原作を読む前に思ったことで、原作を読んだ後に観て気になってしまったのはそちらにも登場するキャラクターのことです。まず、なんといってもチャズ…。コンスタンティンのようなエクソシスト(ってこの映画では言うべきなのでしょう)に憧れる助手の少年になっているのだが…。チャズ=Chasの良いところは、オカルトに関わるコンスタンティンの友人が次々と死んでゆく中で、唯一オカルトに全く関わらないことで生き延びているちょっと武骨で頼りになる男、というところなのに。こんなに180度違うキャラなら名前だけを使うことないのに。あとババ・ミッドナイト…。なんか中立的な立場で中立の酒場をやってるみたいなキャラになってるけど。原作ではこれまでのところでは第1~2話に登場した(Hellblazer -Jamie Delano編 第2回- 【Original Sins】参照 原作ではPapa Midnite)ロンドンのアンダーグラウンドの顔役でブードゥーの呪術師の恐ろしくダークな人物なのに。(もう絶版なのだけどこのPapa Midnite中心の単行本もあったようなのでまた今後の登場もあるのでしょう。)なんか映画的な要求からの話の方向のシフトや、このようなただ名前を使っただけのキャラの登用とか見ると、この脚本書いた人ってただ色々な要素を都合よく小器用にまとめるのが上手いだけで、全く原作に尊敬も愛情もない人に見える。監督の腕はそこそこいいようでふつうに観られる作品に仕上がっているかもしれないけど、この脚本を書いた人はあんまり好きになれない。結局のところは原作と比較して考察するほどの映画ではないのではないかな、というところが私の感想です。なんだか2作目の製作も最近になって進行中のようだけど、どうなんのかね。

あと最後にちょっと久しぶりの登場にになってしまったので、われらがガース・エニスさんの近況を少し。まず、もはや近況ではなく私がぼんやりしてて気づかなかっただけだけど、あの『ヒットマン』のセクション8が帰ってきてたのですね。DCから昨年6月にTPBも出ていた『All-Star Section Eight』!Comixologyの年末のセールに入ってて初めて気づいたよ。だってDCっていっぱい出てるんだもの。2015年6月からの全6号のミニシリーズですが、その後もセクション8の活躍は進行中のようで昨年8月からは続編(?)『Sixpack and Dogwelder: Hard Travelin' Heroz』が現在進行中です。『ヒットマン』も日本版の出た2巻のところまでしか読んでないから何とかしなきゃなあ、と思ってたら、なんとやっと続巻3,4,5、の発売が3月から始まることになったそうでありがたい。なんか下手に空気読むようになると嫌なので、日本国内の事情には近寄らないようにしててうといのだけど、セクション8復活は結構日本でも盛り上がっているのでしょうか。更に来月2月にはなんとあの『ザ・ボーイズ』の日本版が!まさかこれが日本で出るとは思わなかったよ!話を向こうに戻すと、Dynamiteからの『A Train Called Love』は全10号で無事終了し、全7話のミニ・シリーズで終了なのかな、と思っていた『Red Team』の続編『Red Team: Double Tap, Center Mass』も現在進行中。更に新興パブリッシャーながら急速に存在感を増しつつあるAftershock Comicsからもエニス流007風スパイアクションらしきものが開始されるとか。ミニ・シリーズではなく本格的なシリーズになるとのことで期待も高まるところ。そして個人的に注目なのはDarkh Horseからのあの私の敬愛する英国コミック・レジェンドCarlos Ezquerra師匠とのコンビによる『World of Tanks』!こちらは有名なオンラインゲームをもとにしたものということです。でも戦車に乗ってるのは女の子じゃないよHAHAHA、とかジョークかましてみたけどこのコンビでガルパンやったら今世紀最大級の(17年にして)カルト作品になるかも!いや、どのサイドからもオファーも需要もありえなく、日本で喜ぶの私ただ一人だろうけど…。ああ、地獄絵図が頭に浮かぶ…。と、ここへ来てまた大活躍中のガース・エニスさんの近況でした。日本版はみんなで買って、もっとたくさんのエニス作品を呼び込もう!


トホホ…、明けましておめでとうなんてもう誰も言ってないよ…。昨年末大掃除も無事に終わり、さあやるぞ、と頭のところだけ書いたもののやはりそのまま年を越し、とりあえず頭に新年のあいさつを加えてまた正月中は放置。正月明けて動き出したら休みすぎの反動か腰に激痛が来て、またしばらく手を付けられず、やっとボチボチ始めたら思いのほか長くなってこの始末でやんす。とにかく寒さに弱いもので、しばらく暖かくなるまではスローペースが続くと思いますが、まだまだやる気だけは満々ですので気長に時々見に来てやってください。それでは今更ながらですが、本年もよろしくです。


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ガース・エニス『The Boys』全解説
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2016年5月15日日曜日

Hellblazer -Jamie Delano編 第4回-

あれもこれもやらなくては、とバタバタしているうちにまた3か月ちょっとも空いてしまったのですが、なんとかこれで『Hellblazer』Jamie Delano編も最終回です。とりあえずは今回も全面的にネタバレとなりますが、なんでそんな感じになっているかは前の3回を読んでみてください。


【The Golden Child】

Jamie Delanoによる『Hellblazer』最終章ではFear MachineのMarj、Mercury親子など以前に登場したキャラクターが再登場します。が、親友Chasの登場は無いのはさびしいところ。Chasは続くガース・エニス編ではエニスのお気に入りキャラとして活躍(?)してくれます。

Fear Machine事件の解決後、Marj、Mercury親子はZedと別れ、キャンピングカーで旅を続けていた。ある夜、何か不穏なものが近付いて来る気配に怯え、MercuryはMarjを起こす。だが、そこに現れたのはコンスタンティンだった。Mercuryはコンスタンティンの中に不穏なものを感じ、彼を避ける。泥酔したコンスタンティンは取り留めもないことを口走りながら、Marjに救いを求める。キャンピングカーの外にコンスタンティンを避け、逃れていたMercuryだったが、彼の思考からは逃れられず、そして、Mercuryはコンスタンティンの中の"Dead-Boy Heart"を視る。(34号)
少年時代、コンスタンティンは一時期姉とともに叔母に預けられ、小さな村で暮らしていた。村には廃棄された石切り場があり、崖の下、その深い石切り場の縁の小屋に住む不気味な男を、子供たちはブギーマンと呼んでいた。ある日石切り場の傍で遊んでいたコンスタンティンは、年長の少年たちに、ブギーマンがため込んでいるポルノ雑誌を盗んで来たら仲間に入れてやるとそそのかされ、崖を降りてブギーマンの小屋に近付く。雑誌を掴んで逃げようとしたとき、少年たちが小屋に向かって石を投げはじめ、小屋から現れたブギーマンにコンスタンティンは追いかけられる羽目に陥る。森に逃げ込み茂みの中で息を殺しているうちに、近くの地面に何か埋められた跡があるのに気付く。そこに埋まっていたのは彼よりも小さいと思われる子供の頭蓋骨の無い骨だった。その骨の中に赤い石を見つけたコンスタンティンは、それを石化したその子供の心臓だと思い、"Dead-Boy Heart"として御守りとして持ち歩くようになる。だが、そのうちその石で虫を殺し始めるなど不気味な行動をとるようになったコンスタンティンは、それに毒されていると感じ、それを持っているのが恐ろしくなり、石切り場に捨てに行く。深い石切り場の底に沈めようと投げるが、"Dead-Boy Heart"は届かず、小屋の屋根に落ちる。だが、ブギーマンは現れない。コンスタンティンは"Dead-Boy Heart"が屋根を突き抜けブギーマンの頭に当たり、彼を殺してしまったと思う。怯えながら、誰にも見られないように、コンスタンティンは夕闇の中、叔母の家へ逃げ帰るのだった。(35号)
翌朝目覚めたコンスタンティンに、Mercuryは彼が様々なことに打ちのめされ、その恐怖が自分たちをも汚染させると糾弾する。そしてそれを克服するためには自分の死に直面することが必要だとして、彼を彼の内面の精神世界に連れて行く。迷宮の中を抜け一つのドアを開けたコンスタンティンは、自分が80歳を越え、死に直面した老人になっているのに気付く。水位が上昇し、海に没しかけているその世界で、コンスタンティンは住んでいるコミューンの厄介者になっていて、追放を受け入れ去って行く。犬にひかせた奇妙な荷車で門を出たコンスタンティンが、次に気付いた時には見慣れぬ見捨てられた建物の中にいた。そして犬の群れに追われ、橋から転落し、水中に沈み、死が近付いて来る。現実世界ではMarjがタロットでコンスタンティンの行く末を占い、かんばしくない結果に眉をひそめていた。その時外からMercuryの助けを呼ぶ声。精神世界に潜ったコンスタンティンを引き戻すことができず、彼が窒息しかけていたのだった。Marjの助けでなんとか目覚めたコンスタンティン。戻ってきた彼はいくらか穏やかな表情を取り戻していた。(36号)
32,33号がゲストライターの作品とDelano本人による本筋から外れた作品という感じで、少し間が空いてしまうのだけど、これは作画もこの3号同様のショーン・フィリップスによる31号からの続きとみるべきでしょう。父の死、Family Manとの対決で疲弊し、負の方向へ落ち込んだコンスタンティンの再生という展開。結構長くなってしまったのだけど、35号"Dead-Boy Heart"の子供の眼から見た曖昧で決着の見えない不安な話は個人的にかなり好きです。作画ショーン・フィリップスはやっぱり初期から素晴らしい。同じ大きさのコマが並ぶページでも、背景と人物の動きでページ全体に流れを作ったりなど様々なテクニックで見せてくれます。

続く2号は、Mercuryが主人公となるストーリー。
Martinは屠畜業者の息子だが、肉が嫌いで心根の優しい少年。暴君としてふるまう父親は意のままにならない息子に暴力をふるうが、母親もそんな彼を怖れどうすることもできないでいる。ある日、また父に殴られ家を逃げ出したMartinは、キャンピングカーが故障し立ち往生している間に野原に抜け出したMercuryと出会う。Mercuryは彼を母とコンスタンティンの元に連れ帰り、傷の手当てをするが、屠畜所に向かうトラックに乗った父親が通りかかり、凶暴な犬で脅しながら強引にMartinを連れ去る。一方、キャンピングカーの修理のためには離れた町まで部品を買いに行かなければならなくなる。帰りは翌朝になると言う母とコンスタンティンを送り出すと、MercuryはMartinが連れ去られた屠畜所へ向かう。そこでは父親が”教育のため”と称し、部下たちも使いMartinを豚の群れの中に放り込んでいた。(37号)
屠畜所内のMartinへの”教育”はエスカレートし、彼は逆さ吊りにされ豚の血や水を浴びせられる。物陰から様子を窺っていたMercuryも見つかり、凶暴な犬をけしかけられるが、逆に犬を手なずけ、Martinを救い、キャンピングカーに連れ帰る。一方、屠畜所ではMercuryに手なずけられた犬が部下の犬との闘犬にも負け、父親の怒りは頂点に達する。トラックでMercuryのキャンピングカーに向かい、豚の内臓や骨などの廃棄物をぶちまける。怒ったMartinは父親を殴打し始めるが、Mercuryはそれを止め、父親に「あなたが本当に怖がっているものは何か分かっている」と告げる。酒をあおりながら帰宅し、妻に鬱憤をぶちまけようとした父親だったが、自宅の肉貯蔵室でMercuryの能力により引き出された自らの本当の恐怖、豚の顔を持った母親の幻覚に出会う。翌朝町から戻り、キャンピングカーの惨状に仰天するMarjとコンスタンティン。なんとか車を修理し、走り出すと、道端のバス停でMartinの母親が放心したように座っているのを見つける。彼女は息子にしばらく妹の所に身を寄せるつもりだ、と告げる。そして夫については、冷蔵室で虚脱し凍死しかかっていたので病院に預けてきた、と。(38号)
Delanoによる『Hellblazer』の中でも一番のキャラである超能力少女Mercuryは、本人も気に入っていたようで一つ彼女を主人公にしたストーリーを書きたかったのでしょう。
作画は32号でゲストライターDick Foremanの作品を手がけたSteve Pugh。彼のバイオレンスでグロテスクな持ち味が活かされた作品です。

そして、残り2号がThe Golden Child本編となります。
コンスタンティンたちは新たなZedのコミューンを訪れる。そこは崖の上に焼け落ちた教会を臨む海岸だった。Marjと海岸を歩くうち、コンスタンティンは金色に輝く少年の姿を見つけ、追いかけるが岩の中に姿を消してしまう。Golden Boy。それはコンスタンティンが少年時代から追い続け、決してたどり着けないものだった。初めてそれを目にしたのはまだ幼いコンスタンティンが母の墓参に連れられて行った時の事。墓石の向こうで金色に輝き微笑む彼を見つけ、近寄るコンスタンティン。しかし、彼に近付いたとき、自分と対照的なその美しさにコンスタンティンは本能的に憎悪を抱く。それが反射するようにGolden Boyからも笑みが消え、その場を立ち去る。以来、Golden Boyはコンスタンティンにとって永遠に手の届かない憧れとなる。助けを求め、Zedの許へ向かうコンスタンティン。Zedは彼の前に並べたタロットカードを開く。現在の彼-吊るされた男。間にあるもの-塔。彼がなりたいと望むもの-魔術師。そして、Zedはコンスタンティンに彼の過去を見せる。病院で母の胎内から出され、この世に生を受けたコンスタンティン。だが、母は出産の際に死亡する。そしてその胎内には生まれる前に死亡したもう一人の兄弟がいた。父は、母を殺して生まれてきた彼を憎み、罵倒する。生まれてくることがなく、母の胎内で彼が殺してしまった兄弟がGolden Boyだった。そしてコンスタンティンはその非の打ち所のない美しいGolden Boyだったなら父に愛されると思いながら生きてきたのだった。コンスタンティンはコミューンの友人Errolからマジックマッシュルームを手に入れる。そして幻覚の中、岸壁に見つけた母の胎内への入り口に潜って行く。だんだんと狭くなる道を進み、服を脱ぎ棄て、水中に沈んで行くコンスタンティン…。そして彼は胎児に戻り、母の胎内でGolden Boyと出会う。彼への憎しみからGolden Boyのへその緒に絡み、殺害を謀る。しかし、輝きを増した彼の光の中へと飲まれて行く…。翌朝、コンスタンティンの入って行った岸壁の洞窟に探しに来たErrolは、彼の足跡が水中に消えているのを見つける。(39号)
それはGolden Boyがジョン・コンスタンティンとして生まれてきた世界。そして時間も過ぎ、この世界のジョン・コンスタンティンはすでに老人となっている。塔への落雷により、彼は死亡する。誰からも尊敬された賢人ジョン・コンスタンティンを悼み、多くの人が集まり、彼の人生が謳われる。そのさなか、彼は蘇生する。彼は夢を見たことを語り、それにより自分の本当の最期が近いことを知り、集まった人々に本当の別れを告げる。そして最後に一人残ったZedに、彼の負の部分として拒否し、見捨てた、産まれてこなかった兄弟Sickly Boyについて話す。彼はその償いを果たさなければならないと告げ、去って行く。
そして、二人のジョン・コンスタンティンはRavenscarと呼ばれる場所で出会う。魔術について、ジョン・コンスタンティンとは何なのかについて語り合いながら、彼らは母の胎内へと向かう。そして、マジック・サークルのもうひと巡りの中へ…。生と死の間の中へ…。
Errolからコンスタンティンが消えたことを聞いたZedはコミューンの人々とともに洞窟へと向かう。だがその入り口は積み重ねられた岩でふさがれ、そこから外へと向かう足跡をたどると、そこにはコンスタンティンの墓石が建てられていた。そして、そこに置かれていたタロットカードには”魔術師”の文字の上に”TRUMPS”と上書きされていた。(40号)
最後はかなり抽象的で、人それぞれに解釈が違うものかもしれません。二人のコンスタンティンのやり取りについては、あまり書くと自分でも無理に解釈を付けようとして混乱しそうなので省きました。実際、私もよくわかっているとは言えないのだけど、なるべく自分が解釈したものを入れないように流れを説明したつもりです。できれば自分で読んでもらうのが一番かと。神秘的なことが苦手だったり、面倒な人は、対決を余儀なくされてしまった二人のコンスタンティンが、二人の力を合わせることにより乗り切り、生き延びたコンスタンティンは誰にも告げずいずこかへ去って行った、という理解で大丈夫かと思います。最後のタロットカードの”TRUMPS”は奥の手というような意味だと思うのだけど、ちょっと自信が無いのでそのまま書きました。あと、Ravenscarという場所についても何か意味があるのかもしれないのだけど、自分の知識の範囲外なのでそのまま書きました。
作画は39号が引き続きSteve Pughで、40号は多くのカバー画とニール・ゲイマンの27号を描いたDave McKean。Pughの回も結構力作なのだけど、やっぱりMckeanのは圧巻で、ほとんどアートという作品です。


というわけでこれでやっとJamie Delanoによる『Hellblazer』全40号については終了です。長々とやってきたところなのですが、最後にまとめ的なことを書こうかと思うと第1回で書いた以上の事は特に思いつかなかったりもするのですが。なんとかこの結構読みにくかったりわかりにくかったりもしてしまう異色作家の独特の魅力を伝えようと思いがんばったのだけど、もしかしたら細かく長く書きすぎてかえってわかりにくいものになってしまったのではないかと少し心配しております。次回ガース・エニス編からは、ネタバレも最小限にしてもう少し全体の雰囲気が分かるような普通の書き方をして行くつもりです。ちなみに現在発行中の新編集版TPB5巻では前半は、このJamie Delanoによる『Hellblazer』最終章”Golden Child”、そして後半からはガース・エニスがライターを務めるシリーズが始まっています。DCでの現行シリーズの方は、またリランチで、今度は『Constantine: The Hellblazer』ということになってTPBも出ているようですが、内容については全く把握していません。とりあえずはもう同時進行で新しいのも読むしかないかとも思ってるのですが…。まだまだ長いシリーズで、とりあえずはひと段落というところだけど、続くガース・エニス編についてもまた気合を入れてなるべく早く始めるつもりでおりますです。


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Hellblazer -Jamie Delano編 第1回-
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2016年1月23日土曜日

Hellblazer -Jamie Delano編 第3回-

明けましておめでとうございます。…にはちと遅いのですが、相変わらずの寒さに弱い体質ゆえ年末年始と体調を崩し、やっと復帰してきたところでの新年1回目はHellblazer Jamie Delano編の第3回です。
前回、各号ごとのあらすじを書いてみて、そこまでやることもないかなとも思ったのですが、やはりどうもそういう形でないとJamie Delanoのストーリーの進め方をうまく説明できないように思えてしまうので、とりあえずJamie Delano編に関しては残りもその形でやって行こうと思います。今回もネタバレということになりますのでご注意を。


【Fear Machine】

一連の事件の後、宿無しその日暮らしのコンスタンティン。ある朝、前夜知り合った女性の部屋から早々に立ち去った彼は、店先の新聞でこれまでの成り行きから自分が指名手配されていることを知る。人目を避けた土地を目指し移動するコンスタンティンは、パトカーから逃げた森の中で不思議な雰囲気の少女Mercuryと出会い、彼女の母親Marjらとともにヒッピーのコミューンに向かう。(14号)
ヒッピーのコミューンに落ち着いたコンスタンティンは、ある日Mercuryに連れられ、古代に作られた石柱群により構成される超自然的なエネルギーのネットワークであるLey Lineを訪れる。Ley Lineを辿るうちにその一部がGeotronikという謎の組織によって封鎖されているのを目撃する。Mercuryはその奇妙な能力により不穏なものを感じ、封鎖地域に入り込む。軍服姿の警備する男に捕まった彼女をコンスタンティンは救い出す。その後、コミューン内でもめた女性にマジックマッシュルームを盛られたコンスタンティンは、トリップ状態でさまよううちにLey Lineで幻覚とも現実とも判別のつかないまま石柱に狂ったように頭を打ち付ける男を見る。(15号)
ヒッピーのコミューンが警官隊により強襲される。殴打されコンスタンティンが意識を失っている間に、Marj、Mercury親子は逮捕され、連行される。意識を取り戻したコンスタンティンが警察署に向かうと、そこにいたのはMarjだけでMercuryの姿は無かった。Marjが薬を射たれ意識が混濁している間にGeotronikの施設にいた男に連れ去られていた。コンスタンティンはMarjにMercuryを捜し出すことを約束し、コミューンから旅立つ。(16号)

以上が最初3号のあらすじなのですが、まあ普通はこの3号のストーリーは1号でまとめられます。ヒッピーのコミューンにいるところから始まり、ナレーションでこれまでのいきさつを説明し、MercuryとLey Lineに行き、その夜夢で幻覚の情景を見て、目を覚ますと警官隊に襲われる、と例えばこういう感じ。第1回で延々と書いていた、ストーリーの進行による必要性ではなく、主人公が普通に動くのを追っていくようなDelanoのスタイルが見られるところです。こんな変なのはそうそう見られない。でも例のようなまとめ方をするとやはりこのDelanoによるジョン・コンスタンティンというキャラクターから抜け落ちて行ってしまうものもあり、その辺がゲストライターの物と比較するとわかりやすいのですが、なんとか今回は頑張ってそこまで行こう。
ここまでの作画は以前の号から引き続きのRichard Piers Rayner。デッサン力は確かなのですが、相変わらず時々現れる変な顔が少し気になる…。

あと、どこかで明確な説明をするのでなく少し抽象的だったりもする描写の積み重ねで説明して行くのがDelanoのスタイルで、あらすじだけを書いて行くとわかりにくくなりそうなのでここで一旦まとめて説明すると、Geotoronikという組織は一応民間の研究所ではあるけど、フリーメイソンを背景に持ち、警察も深く関わっており、彼らの目的は、超自然的なエネルギーのネットワークLey Lineのシステムを応用し、人間の深層心理に潜む恐怖を拡大増幅して伝達させるFear Machineという兵器を完成させることです。そして少女Mercuryの能力とは基本的にはテレパシー的なもので、更に人間の深層心理にあるものを引き出すこともできるものであり、それがGeotoronikによって研究のために利用されようとしているということです。

コンスタンティンがロンドンに戻るために乗った列車が、Fear Machineの攻撃に遭う。恐ろしい幻覚に襲われパニックを起こした乗客たちが互いに殺し合い、あるものは自殺を図り、車内は地獄と化す。それ以前から不審な行動が気になっていたロシア人らしき男に関わりがあると感じたコンスタンティンは男を追うが、遂に列車が脱線する。気絶した男を担ぎ、なんとか無事に列車から脱出したコンスタンティンは、事故後救助を装い現れた一団の中にコミューンを襲撃した男たちを目撃し、そしてその攻撃の標的がそのロシア人らしき男であることを知る。コンスタンティンはその男を近くの茂みの中に隠し、その場を立ち去る。(17号)
この号の作画はMike Hoffmanがゲストアーティストとしてクレジットされています。1980年代から主にホラー系のコミックを手掛けてきたアーティストで、少し線が硬く平板に見えるのが気になるけど、ダークで雰囲気のある画の描けるアーティストです。

Marjはその後、大きなヒッピーのコミューンに移動し、そこである種教祖的な立場になっているZedと出会う。Geotronikの施設に捕われたMercuryは、実験の過程で恐怖に捕われ破滅しかかっている被験者を自分の能力で救おうと試みる。一方、ロンドンに到着したコンスタンティンは調査を始めるが、遅々として進まない。昔馴染みのTalbot警視と出会い、警察内で悪徳警官を狙いリクルートする組織があることを訊き出す。また、その背景にフリーメイソンが関わっているらしいことも知る。そしてコンスタンティンはLey Lineに奇妙な動きがあることを書かれた記事を見つけ、それを書いたジャーナリストに接触を試みる。(18号)
この号は主にコンスタンティン、Marj相互の手紙、Mercuryの手記で構成されていて、ただでさえ多いナレーションが更に増えている上に筆記体で書かれ、読みにくさ倍増。Original Sinsの後、消息不明だったZedが再登場。今後また重要な役割を担って行きます。新聞に顔写真まで載せられ指名手配されていたコンスタンティンですが、Talbot警視と会ってみると、ありゃあ大したことじゃない、みたいに言われて警察も結構いい加減だったり。
この号からそれまでインカーにまわっていたMark Backinghamがペンシラーを担当。正確な画力で、綿密に書き込まれた背景に人物を配置し、ホラー的な雰囲気も上手く、文句なしの画。少なくともコミックのアーティストとしての腕は明らかにRaynerより上だと思うのだが…。いろいろ事情もあるのでしょうね。

コンスタンティンがジャーナリストSimonが泊まっているホテルの部屋を訪ねると、彼は異様な姿で縛られてクローゼットの中に押し込められていた。窒息寸前のSimonを救い出すコンスタンティン。Simonから話を聞くと、彼がGeotronikに不審を抱き調査したきっかけはそこで相次いだ科学者たちの理由不明の自殺からだということだった。コミューンのMarjとZadはMercury救出のための儀式を行い、その能力によりメッセージを受け取ったMercuryは脱出のための画策を始める。TalbotとSimonからの話から組織の輪郭を掴み始めたコンスタンティンは、更に話を突き合わせるため二人を会わせる。3人が向かった地下鉄のホームで、それまで何かとコンスタンティンに付きまとっていたホームレスの男が、彼につかみかかり口に丸めた紙を押し込むと、JALLAKUNTILLIOKANという謎の言葉を叫びながら、地下鉄に飛び込み死亡する。コンスタンティンの口に入れられた紙にはTremble The G.O.A.G. is Comingと綴られたうえに奇妙なマークが描かれていて、それが彼を殺そうとした男の指輪に刻まれたデザインであることに気付いたSimonは戦慄する。(19号)
Fear Machineの研究で神経をすり減らした科学者のひとりを利用し、Mercuryは独力で施設を脱出する。コンスタンティンたちは、Talbotに接触してきたというロシア人科学者に会いに行くが、案の定それはコンスタンティンが攻撃された列車で出会った男だった。Talbot、Simonにそのロシア人科学者Serjを加え、Geotronikの陰謀への調査も進むかと思われた矢先、コンスタンティンの留守中にGeotronik配下の警官に襲われ、3人は施設に拉致される。Geotronikでは弱腰で失態の続く科学者たちに業を煮やし、Simonの殺害を図った指輪の男、Websterが指揮を執り始める。宗教的な聖地であるかのようにFear Machineを崇めながら近づいた彼は、その中にその最大の恐怖を注入するように、装置の中央で被験者たちを残忍に処刑し始める。その時、コンスタンティン、Mercury、Zedらの頭の中に再び謎の言葉JALLAKUNTILLIOKANが響き渡る(20号)
コンスタンティンはフリーメイソンに属するかつての知り合いの男を脅迫し、情報を引き出し、「The G.O.A.G.」がThe God Of All Godsの意でありJALLAKUNTILLIOKANがその名であることを知る。もはや自分の力ではなすすべも無い事を悟ったコンスタンティンは、親友Chasの助けでスコットランドのZedたちのコミューンへ向かう。その途上、脱出し北を目指して独り進んでいたMercuryと出会い、無事に彼女をコミューンで待つMarjの元へと届ける。一方Geotronikの施設では、監禁されたTalbotたちの眼前で、Websterによる陰惨な儀式的処刑が続き、Fear Machineの力を増大させて行く。(21号)
Websterの処刑は遂に監禁された3人にも及び、ひとりずつFear Machineの生贄となって行く。Zedは闘いのためコミューンを解散し、その地にはZed、Marj、Mercury、そしてコンスタンティンだけが残る。Mercuryが意識をFear Machineに送り込む一方、儀式で3人は絡み合い、産み出された卵から双子のドラゴンが空へと昇って行く。巻き起こされた嵐で海に投げ出されたコンスタンティン。沖合で船に救助されたコンスタンティンは全てが終わり彼女たちがFear Machineをくい止めたことを知る。(22号)

最後22号はかなり神秘的・幻想的になりちょっとわかりにくいと思いますが、こんな感じです。以上がFear Machineのあらすじです。Jamie Delanoによる『Hellblazer』の中でも代表的なストーリーという評価のようです。第1回の概要で書いたように簡単に説明できるものなのだけど、少し詳しく重要と思われるところを書いてみたら、結果的にずいぶん複雑で長くなってしまいました。これもストーリーがまっすぐに進まないDelanoの作風ゆえの事と思います。全体を通してみてみると、実は主人公ジョン・コンスタンティンは最後まで事件の周辺をウロウロするだけで全く活躍していません。Mercuryも自力で脱出したし。しかし、全く無力でただ常に傍観者でいることしかできないキャラクター、と言ってしまうのもやはり違うと思う。何とも独特で奇妙な魅力を持ったJamie Delanoによる『Hellblazer』の特徴が良く現れたストーリーだと思います。
後半のMark BackinghamによるFear Machineから発せられる恐怖のイメージはかなりグロテスクで迫力があります。うっかり小さい子に見せたらトラウマになりそう。


【ゲストライターによる作品】

続く23号からは次のThe Family Manへと向かって行くのですが、間にいくつかゲストライターによる作品が入って行くので、そちらについて先に説明します。

まず、25・26号はグラント・モリソンによる作品。友人の女性記者に誘われ、彼女の取材につきあい北の町Thursdykeを訪れたコンスタンティン。近くにミサイル基地を擁するその町では、町の住人達によるユーモラスなかぶりもののカーニバルの開始を待っていた。だがその時、ミサイル基地の奥深くで、一人の狂気の科学者による実験が開始される。町に向かって発せられたマイクロウェーブにより住人たちの潜在意識に隠された欲望と恐怖が解放されるのだ。「眠れる巨人を目覚めさせるのだ」科学者は語る。そして、北の町Thursdykeで狂気と暴力のカーニバルが始まる…。
かなり読みにくいDelano作品からの流れで来ると、Hellblazerでもこんなに読みやすくできるんだと思ってしまう。コンスタンティンのキャラクターも違和感なく踏襲されたさすがの良作という感じです。この話の舞台の町は架空のものと思われますが、ミサイル基地の近くという設定はモリソンさんの家の近所のようですね。
作画はイギリス出身で『V for Vendetta』を描いたDavid Lloyd。言っちゃあなんだけどスペシャルだけにいつもより格段に上手い人が出て来たな、という感じ。

27号はニール・ゲイマンによる作品『Hold Me』。友人のパーティーで紹介された女性のアパートへ行ったコンスタンティンは、彼女と喧嘩別れした後に部屋の外で、母親が壁から出てきた男に抱きしめられ、冷たく動かなくなってしまったと話す少女と出会う。そしてコンスタンティンは、その取り壊しの決まった建物の空き部屋に入り込み、抱き合って暖を取る相手さえいないまま孤独にこの世を去った幽霊と遭遇する…。
シンプルだけど非常に完成度の高い素晴らしい作品。なんだかDelanoメインのところであまり褒めるのもなんだが、やっぱりさすがとしか言いようのない名作。まだやっと全体の6分の1ぐらいしか読んでない私ですが、それでも『Hellblazer』ベスト版みたいのを作るとしたらまず筆頭に選ばれるだろうなと思える作品。必読!
作画は『Hellblazer』のカバー画を多く手掛けているDave McKean。イギリス出身の、コミックのアーティストというよりもっと広くイラストレーター、画家というくらいのアーティストですが、ペン画も素晴らしいとしか言いようがない。

それから少し飛んで、32号がDick Foremanによる作品『New Tricks』。ある町で連続する不審な失踪事件を調べるコンスタンティンは、ジャンクヤードに潜み、野犬の王として君臨する残虐な人食い犬にたどり着く。それはある悪魔教に傾倒した男の変わり果てた姿だった。
前の2人は結構上手すぎたりもするので、この作品あたりがDelano作品との比較としてわかりやすいのではないかと思います。と言ってもこの話の出来が悪いとかいうことではありません。序盤、少しフキダシがごちゃごちゃしすぎているきらいはあるものの、様々なセリフのやり取りで説明し、あまり無駄なく本筋に移り、グロテスクな見せ場やアクションに充分ページを使って表現するという普通によくできた作品です。野犬の群れに囲まれ、残虐な人食い犬を前に平然と渡り合うタフなジョン・コンスタンティンは、Delanoの結局全く活躍しない主人公よりもイメージしやすいと思います。オカルト探偵ジョン・コンスタンティンというストーリーを普通に作ればこういう感じになるのではないでしょうか。まあそれゆえに私などはこのJamie Delanoによる『Hellblazer』が独特の魅力を持った特殊な作品だと思うのですが。ただ、この作品連続した流れで読むと、Family Manのストーリーでコンスタンティンが様々にかなり精神的に疲弊した状態にあるところに来るのでかなり違和感があったりもするのですが。
作者Dick ForemanはVertigoで他に『Black Orchid』などの作品のあるライターですが、ちょっと調べてもあまりよくわかりませんでした。イギリス出身で、多分そちらの方に色々作品もあると思われるのですが。
作画のSteve Pughもイギリス出身で、現在もアメリカ、イギリス両面で活躍するアーティストです。この辺りはまだデビュー間もないころの作品だと思います。独特のダークでバイオレンスな風味の画風は結構好き。


【The Family Man】

The Family Manは実際にはそのタイトルのついているのは、24号、28~30号の4話からなる作品ですが、関連する前後の作品を含め、33号までのストーリーをここで説明します。

コンスタンティンは昔からの友人であらゆるものを取引するディーラーJerry O'Flynnの屋敷を訪れる。自分の身体に流れる悪魔の血を売る魂胆だったコンスタンティンだったが、O'Flynnが厄介なトラブルの渦中にあることを知る。様々なフィクションの中のキャラクターのモデルになり、多くの物語に登場する彼は、そのことによりフィクションの世界から糾弾・訴追されているというのだ。(23号)
ちょっと説明しにくいややこしい話なのですが、最終的にO'Flynnは捕まって幽閉され、留守宅に居座ったコンスタンティンはそこでFamily Manと出会うことになります。
作画はここからRon Tinerに交替。イギリス出身のアーティストで2000ADあたりでは多くの仕事があるようなのですが、あまりよくわかりませんでした。Comixology関連のショップではどこも一部Rob Tinerって間違って表記されてるし。コマの中のキャラクターの大きさなどから見て少し古い世代に属するアーティストと思われるけど、ホラー的な雰囲気は悪くないです。イギリスではかなり大物のアーテイストのようで、キャラクターの描き方の本も出しています。

留守中のO'Flynnの邸宅を漁り、金庫の中に大金を見つけ大喜びするコンスタンティン。その時、屋敷を一人の老紳士が訪れる。O'Flynnから受け取ることになっていたという封筒はすぐに見つかり、それを持ってその男は帰って行く。手渡す前に何気なく封筒を覗き、中にある家族に関する写真や情報などが入っているのをコンスタンティンは見ていた。男が帰った後、金庫にあったO'Flynnの日記などを見ているうちに彼は今の男がFamily Manと呼ばれる連続殺人鬼であることに気付く。そして、O'Flynnがその男に犠牲者となる家族の情報を売っていたことも。コンスタンティンは金庫の中の大金もろともに屋敷に火を放ち、O'Flynnの邸宅を後にする。(24号)
全4話から成るThe Family Manの第1話です。Family Manは一見身なりも良い老紳士ですが、幸せな家庭の家族全員を冷酷に惨殺する怪物的な人物です。彼がそのような犯行に及ぶ理由などは、少年時代の親子関係にあることが断片的に彼の回想などで示されますが、あまりはっきりとはわかりません。彼は結構な老人だし、その間に少なくとも50年以上の欠落があるわけですし。コンスタンティンは彼と出会ったとき名前を尋ねられ、うっかり話してしまったことから自分の素性を知られ、Family Manとの対決を余儀なくされます。

コンスタンティンは親友Chasがタクシーを売り払い始めた賭け屋の二階に居候を始め、そこを拠点に調査を始める。O'Flynnの屋敷にいたときたまたまかかってきた電話を手掛かりに、ホラーマニア向けのいかがわしいショップにいってみると、そこの奥の部屋ではFamily Manの物を含む様々な殺人事件の記念品が売られていた。コンスタンティンはそこを警察に通報し、現場にFamily Manをおびき寄せようと企む。だが、彼が帰宅してTVを見ると、新たなFamily Manの犯行が報道されていた。そして、Family Manも既にコンスタンティンへの攻撃を始めていた。コンスタンティンの父の住居を突き止め、コンスタンティンの友人のふりをして訪れ彼の情報を聞き出した後、父親を殺害する。(28号)
Family Manの影に怯えるコンスタンティンは、深夜忘れ物を取りに戻ったChasに間違って襲いかかるなどの行動に出てしまう。Chasの紹介で拳銃を手に入れるコンスタンティン。だが、その取引に出ている間にFamily Manは彼の居所を突き止め、店にいたChasに暴行を加え、メッセージを残して行く。それを見たコンスタンティンは、その時自分の父親がFamily Manによって殺害されたことを知る。そして、コンスタンティンはFamily Manとの対決を決意する。もうお前のような厄介者にはうんざりだ、とコンスタンティンを追いだすChas。コンスタンティンが向かった先はChasのいとこで娼婦のNormaの住まいだった。彼を尾行し、落ち着き先を確かめたFamily Manは自分の泊まっているホテルへと引き上げ、フロントに朝5時に起こしてくれ、と告げる。だが、すべては逆にFamily Manの動きを探るための罠だった。そしてコンスタンティンの元へ、Family Manをひそかに尾行していたChasからの電話がかかってくる。(29号)
早朝、Normaの住居を後にするコンスタンティン。その後を尾けるFamily Man。コンスタンティンは人気のない工事現場に入り込み、待ち伏せを図る。だが、Family Manはその意図を見抜き、姿を消す。再びFamily Manを見失ったコンスタンティン。なるべく人の多いところを選び、街をうろつく。地下鉄に乗り、意気投合したサッカーファンとバスに乗り込む。そして、バスがパンクし、タイヤ交換に停車し、コンスタンティンが降りて一人になった瞬間、変装し、尾行していたFamily Manがナイフを手に襲い掛かる。道路を離れ逃げるコンスタンティン。追いつめられたコンスタンティンはFamily Manに銃を突きつける。最初の弾はFamily Manの頭をかすめる。もみ合ううちに発射された2発目はFamily Manの足に当たる。「なぜお前は家族全員を殺したんだ?なぜ?俺は知らなきゃならないんだ!」コンスタンティンはFamily Manを問い詰める。だが、意味不明の答えしか得られないまま、コンスタンティンは彼を射殺する。(30号)

以上がThe Family Man全4話のストーリーです。オカルト探偵ジョン・コンスタンティンが、超自然的であったり心霊的であったりという背景の全くない人間の殺人鬼との対決を余儀なくされるというストーリー。しかし、その相手は超自然的なものより更にコンスタンティンにとっては不可解なもののまま話は終わります。
お馴染み親友のChasがここでは賭け屋に転職していますが、そもそもがコンスタンティンの勧めというか口車に乗せられてということのようです。タクシー運転手に復帰するのはガース・エニスが交替してライターになってからになります。
作画は引き続きRon Tinerですが、28号からの3号はインカーが加わります。最初の2話はKevin Walkerという人でRon Tiner自身のものとあまり変わりませんが、最終話は今回はまたしても登場のMark Buckinghamで線がかなりクリアで力強くなります。やっぱりこの辺の上手さがインカーとしての需要になるのでしょうね。

コンスタンテインの姪Gemmaは葬儀の前夜から何かを訴えるような祖父の姿を見始める。祖父の姿は彼女以外には見えていない。葬儀の間も、そして火葬されてからも祖父の姿は去ろうとはしない。翌朝、葬儀に遅れて到着した叔父ジョンに相談する。その理由を考えながら墓地を歩くコンスタンティンは、すっかり忘れていた過去の出来事を思い出す。ティーンエージャーの頃、ハイスクールからも追い出され父親との関係も険悪になっていたコンスタンティン。ある日、父親が自分の魔法やオカルトについての蔵書を焼き捨ててしまったことに腹を立て、父を呪いをかけようと企む。猫の死体を使った呪いは効果を発し、父の身体は弱り始める。だが、現実に死に向かってゆく父の姿を目にし、コンスタンティンは後悔し、なんとか呪いを解除しようと考える。彼に思い付いたのは呪いに使われた猫の死体の腐敗を止めることだった。コンスタンティンは学校から盗み出したホルムアルデヒドに猫の死体を浸ける。そして、呪いは止まり、父親の体調の悪化も停止した。そしてその猫の死体を保存した瓶を隠したのは母親の墓石の下だったのだ。コンスタンティンは掘り出したそれを焼却し、そして父の魂を解放する。(31号)
Family Manに殺害された父親のその後の話。4号に登場した姪のGemmaが再登場。ここで、コンスタンティンと父親との確執が描かれます。この号はThe Family Manの後日談であると同時に、コンスタンティンの内面や過去を掘り下げて行く次のThe Golden Boyにも続いて行く話となります。
作画は、近年はエド・ブルベイカーとのコンビで『Criminal』などの傑作を産み出し、最近では『Fatale』の日本版も発売されたショーン・フィリップス。彼もイギリス出身で、Pat Mills作品などを手がけた後、アメリカでの最初の仕事がこの『Hellblazer』のようです。当時から優れた画力の持ち主ですが、線の好みは現在と少し違い、ラフな線の効果が気に入っていたようです。

続く33号は第2回の最後に書いたあの13号と双璧を成すDelanoによる怪作です。
ある晴れた日曜日、コンスタンティンは気持ちよく散歩に出かける。昔のヒッピー仲間と出会う。彼はコンピューター業界で成功を修めている。自分の成功に少しためらいながら未来を語る友人の話をコンスタンティンは楽しく聞く。「モノリスを脱構築するのだ。」彼は語る。道端の公衆便所に立ち寄るコンスタンティン。だが、そこから外に出ると何かが変わっていた。友人の姿は無く、空はどんよりと暗く曇っている。道をゆく人々の言葉は理解できないものになり、看板や標識も読むことのできない文字の羅列となっている。電気製品を持ち路地裏に集まる人々。積み重ねられた山には火が放たれる。「彼らはモノリスを脱構築しているのだ。」傍らに立っていたインドの行者のような男が彼にも理解できる言葉で語る。ここはどこなのだ?、というコンスタンティンの問いに、時間の乱気流の中ではそれは意味のないことだとの応え。魔術師であるお前なら正しい道を見つけられる、と指し示された入り口をコンスタンティンはくぐる。そこはどこにでもあるにぎやかなパブ。バーテンに酒を頼もうと試みるうち、コンスタンティンはその世界に同調し、人々の言葉も理解できるようになる。そしてコンスタンティンはパブの一角に落ち着く。日曜日の街はいつもとちょっと違うものさ。(33号)
なんとか書いてみたものの、ちゃんと書けたか今一つ自信がありません。よくわからないものはそれなりにそのままで楽しむ私ですが、もっと頭のいい人ならきちんとこの作品が何を言わんとしてるか理解できるのでしょうか。
作画はDean Motterでちょっと今ひとつかなと思ったのですが、少し調べてみると、カナダのアーティストでライターも兼ねていろいろ興味深い仕事もあるようです。近作としてはDark Horseからの『Mister X』シリーズがあり、読んでみたかった作品でもありますので、いつかその時に仕切り直しということで。


というところで、今回はここまでです。冒頭、挨拶で書いたように書き始めた時点でもうあんまり明けましておめでとうなんて言ってる人があまりいない頃になってしまったのですが、このHellblazer Jamie Delano編、先の長いHellblazerでもありますし、いつまでも引っ張っていられないのでなんとかここまでと思って頑張っているうちに、ご覧の通りずいぶん長くなって、ずいぶん時間もかかってしまい、今頃明けましておめでとうなんて言ってる人類お前だけだよ、ということになってしまった次第です。まあ、とにかくこれでDelano編もあと最後のThe Golden Boy 7話を残すのみとなりました。なるべく早く第4回を終わらせ、次のGarth Ennis編へ向かうつもりです。
なんにしてもとりあえずは新年第1回ですので、今年も頑張る所存であります、とか書いて終わりにしよう。ではまた。


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Hellblazer -Jamie Delano編 第2回-


●Hellblazer


●Constantine


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2015年9月23日水曜日

Hellblazer -Jamie Delano編 第2回-

長らくお待たせしたのか、このブログとしては早い方なのかというところですが、『Hellblazer』 -Jamie Delano編-の第2回であります。まあ、1回でやるつもりだったのを引っ張っているのだから遅いのか…。前回はJamie Delanoのこの作品における作風についての考察だけで終わってしまいましたが、今回はちゃんと内容の方に触れつつ、オカルト探偵ジョン・コンスタンティンを主人公としたこの物語がハードボイルドなのか、というあたりも少し考えてみようと思います。

【Original Sins】

では、まずはハードボイルドの方から始めてみます。別にそれほどこだわっているのではないのだけど、例えばこの主人公はオカルト探偵ということですが、探偵というのもいろいろあって大抵の人はまず探偵と聞いたときもう少し別の種類のを思い浮かべたりするのではないでしょうか。そういう色々ある探偵の中で考えると、このジョン・コンスタンティンという人の出で立ちは明らかにハードボイルド派の物なのですよね。まあ、そんなわけでこのハードボイルドバカがちょっと考察してみるのもいいかな、と思ったわけです。
ハードボイルドについては前回の大混乱の中でも色々うじゃうじゃと述べたわけですが(あっ無理に読まなくてもいいです)一つ重要になっているのがモラルという要素です。善悪が曖昧な世界で主人公の探偵がそのモラルの軸となるというのがハードボイルドの一つの側面ですが、この物語のように神や悪魔というものが現れ人間のモラルが通用しなくなるような世界にはそんな探偵像がふさわしいのかもしれません。
ではジョン・コンスタンティンとはどんな探偵なのでしょうか。まず探偵という形から思い浮かべられる依頼を受けるための事務所といったものはなく、秘書や助手というものもいません。そして、『Hellblazer』の舞台はアメリカではなくイギリスではありますが、私立探偵免許というようなものももちろん持っていません。仕事というものも友人の友人の友人とかが何か妙なことに巻き込まれ、それなら魔法とかカルトに詳しい奴がいるよ、と紹介されたり、友人から妙なことが起こっているのを聞きつけ、儲けになりそうだと出向いて行って顔を突っ込むというようなことになるのでしょう。(なぜ推測的なのかはあとで述べます。)探偵と言えば探偵なのだけど、案外魔法ゴロとかいう方がしっくりくるかも。このようなルーズな感じの探偵像というのは、ハードボイルド方面だと70年代のネオ・ハードボイルドというあたりがあるのですが、それよりもっとポピュラーなのはロバート・アルトマン/エリオット・グールドの映画『ロング・グッドバイ』でしょう。発表当時は原作とあまりにも違うヒッピー探偵のフィリップ・マーロウが物議を醸したりもしたようですが、その後の主に映像方面でハードボイルドに限らず、探偵・刑事などのキャラクターに多くの影響を与えた作品です。ジョン・コンスタンティンの見た目のモデルはスティングということでエリオット・グールドとは全然違いますが、やはりキャラクターとしては『ロング・グッドバイ』以降のハードボイルド派の探偵像に属するのではないかな、と思います。以上、わりと消去法的な考え方をしてみても、とりあえずジョン・コンスタンティンは『Hellblazer』が始まった時点においてハードボイルド派のキャラクターとして想定されていたのだろうと考えて良いのではないかと思います。

では、実際の作品の内容の方を見てみましょう。と、やっと内容の方にたどり着きました。
『Hellblazer』最初の話は通常の倍の42ページの第1号と次の第2号に渡るストーリーです。友人のGary Lesterが儲けになると思ってアフリカから持ち込んだ悪魔がイギリスで暴れ出し、人々を猛烈な飢餓で暴れさせた後に餓死させるという事件が起こり、コンスタンティンはアンダーグラウンドの顔役でもあるアフリカ系の呪術師Papa Midniteの力を借り、自分の能力を越えた事態に怯えるばかりのGaryに悪魔祓いをかけるという話。冒頭、コンスタンティンのアパートのバスルームで大量の虫にたかられるGaryのJohn Ridgwayによる画はかなりのインパクト。Garyはもう完全に魔法ゴロという感じのルーザーですが、実は後に述べるニューキャッスル事件の生き残りでもあります。またこの時点では語られませんが、同事件の犠牲者を含むコンスタンティンの過去に関わる死者たちの幽霊が現れコンスタンテインを悩ませるという場面もあります。コンスタンテインは友人に対し非情な決断を迫られます。
続く3号では財テク悪魔が人間に化けたり操ったりで地上での資産運用を図るが、悲惨な死を遂げた失敗した者の調査にコンスタンティンが関わってくるという話。コンスタンテインは彼らの元締めの悪魔と口八丁で渡り合います。
という感じで出だしのストーリーはオカルト系ハードボイルドと言ってもよい雰囲気のものです。しかし、この後4号からこの"Originai Sins"のパートのメインのストーリーであるDamnation ArmyとResurrection Crusadersとの抗争に進んで行くにつれ、コンスタンティン自身が事件の当事者的立場になり、ハードボイルド的な様相は薄れて行きます。ハードボイルドに於いて必ずしも主人公が事件の傍観者的立場でいる必要はないのですが、この物語の中では主人公コンスタンティンは事件の展開に押され、翻弄されるばかりでなかなか軸となって行動するということができません。そしてそのようなコンスタンティンの立場はこの"Original Sins"だけではなく以降のパートでも同様のものとなってきます。そこで上に書いたコンスタンティンの仕事の推測に戻るのですが、これ以降のJamie Delanoによる『Hellblazer』の中では探偵ジョン・コンスタンティンが依頼により事件を捜査するという状況がほとんど(全然かも)出てこなくなるのです。そんなわけでこれ以降のJamie Delanoによる『Hellblazer』は、形式的にも内容としても少なくとも私の感想としてはハードボイルドとは違ったものではないかな、と思います。やはり前回述べたようなJamie Delanoのこの『Hellblazer』における作風は少しハードボイルド的なものとは異なっており、それゆえにDelanoがコンスタンティンというキャラクターを掘り下げストーリーを進めて行くうえでハードボイルド的なものとは違った作品になって行ったのだろうな、というのが私の結論です。ただし、私といえどもいくらそのジャンルが好きでもハードボイルドこそが最高の作品形態ですべての作品がそうあるべきなどとは思っていませんし、このJamie Delanoの方法論によって作られたコンスタンティンというキャラクターはとても好きですし、ストーリーも高く評価していることは言っておきます。そして上で述べた通り、シリーズ開始当初の設定としてハードボイルド的オプションもあったと思われるので、この先別のライターによりハードボイルド的な作品が書かれる可能性もあるのではないかなと思います。

と、少しやるつもりがまたずいぶん長くなってしまったのですが、ここからはちゃんと内容の解説に移ります。また最後までは行けなそうだけどなるべく頑張ろう。
4号からのストーリーは、まずコンスタンティンがエキセントリックな女性Zedと出会い恋に落ちるところから始まります。しかし、実はこのZedはカルト教団Resurrection Crusadersの巫女というようなものになることが決定されている女性で、そのことによりコンスタンティンはその教団に深く関わって行くことになります。そして4号のメインのストーリーはコンスタンティンの姪のGemmaがもうひとつのカルト組織Damntion Armyにさらわれ生贄にされるという話。Gemmaの両親であるコンスタンティンの姉夫婦はResurrection Crusadersの信者となっていて、そのことで彼女は家に居場所を求められず孤独を感じているところをDamnation Armyに付け込まれます。最終的にはZedの協力も得てコンスタンティンはGemmaを救い出すのですが、両カルトともに不穏なものを感じます。コンスタンティンの家族関係についてはJamie Delanoによるパートの後半でより深く語られて行くようになります。
ここで登場した二つの対立するカルトは観念的な宗教集団ではなく、一方のREsurrection Crusadersは科学・医学といったものを絡めたオカルト的な方法で神・天使との繋がりを模索しており、そしてDamnation Armyは現実の悪魔Nergalによって率いられています。続くストーリーではまずResurrection CrusadersがZedの説得に現れ、続いてDamnation Armyも配下の人間を奇怪な異形に作り替え彼女を襲わせます。Zedの身に迫る危険を心配するコンスタンティンは、友人であるホモセクシュアルのRay(3号に登場)に彼女を匿ってもらい自分はこの教団の調査に出掛けます。(6号)
コンスタンティンの友人としてはここで1号にも登場しているChasも登場します。武骨な感じの侠気のあるタクシー運転手で、一応コンスタンティンには借りがあるようですが、その後も度々登場して一方的に助けてくれます。コンスタンティンの友人としてはその後も唯一生き残って登場してくるキャラクターになります。
そしてコンスタンティンは友人でニューキャッスル事件の生き残りの一人でもあるRitchieに会い、電脳空間でのResurrection Crusadersの調査を頼みます。コンピューターからの電極を頭に取り付け電脳空間に入るという描写は今見ると多少陳腐に見えますが、何しろ25年前の作品ですからそんなところにこだわっていても素直に作品を楽しめなくなるだけですので深く突っ込むのはやめましょう。電脳空間に入り調査を始めたRitchieは予想外の反撃に遭い、全身黒焦げになって死亡します。こうしてまた一人、ニューキャッスルの生き残りは失われて行きます。一方、Resurrection CrusadersはZadの居所を突き止め、強引に彼女を連れ去ります。止めに入ったRayは殴打され死亡。そのことはまだ知らないまま失意のうちの帰途についたコンスタンテインは帰りの列車内で再び彼の過去にまつわる死者たちに苛まれ、遂には走行中の列車から飛び降りてしまいます。(7号)
コンスタンティンが目を覚ますとそこは病室で、彼は全身骨折で一歩も動けない重傷で寝かされていました。そこに悪魔Nergalが現れます。まったく動くことができず、また一方で死亡したRayやRitchieの件でも嫌疑をかけられているコンスタンティンに、Nergalは甘言と脅迫で取引を持ちかけます。追いつめられやむなく承諾したコンスタンティンに、Nergalは自らの血液を注入。すると大怪我はたちまち癒えてコンスタンティンは病院から逃亡します。(8号)
苦悩の末、悪魔Nergalとの取引を実行するため、コンスタンティンはResurrection Crusadersの施設に侵入し、儀式を待つZadに会いに行きます。そして自らの身体に悪魔の血が流れていることを隠したままZadと交わります。巫女である彼女を悪魔の血で汚すことにより予定されていた教団の儀式を破壊することがNergalの目的だったのです。(9号)
以上が"Original Sins"のストーリーです。抜けている5号はスワンプ・シングに会った後立ち寄ったアメリカの田舎町で、コンスタンティンがその町に住むベトナム戦争帰還兵の男が呼び寄せてしまった亡霊部隊の出現に出くわすという話。Resurrection Crusadersへの言及も少しありますが別の独立したエピソードです。
"Original Sins"全体を通じて作画を担当するのはイギリス出身のアーティストJohn Ridgway。『SWamp Thing』、『The Sandman』やグラント・モリソンの『The Invisibles』など、イギリス出身の作家の有名作にも多く参加しています。それは今見ると古い画に見えてしまうけど、カラーリングの手法や考え方も違っていた時代で、独特のペンによるタッチで初期『Hellblazer』の世界を作り上げた優れたアーティストだと思います。

【The Devil You Know】

冒頭からコンスタンテインが幽体離脱状態でうろつき始めるというわけのわからない展開で進み、最初はかなり戸惑います。少し進むうちにコンスタンティン自身の記憶が戻ってきてスワンプ・シングの大地に種を植え付けるという計画に協力してこの状態になっていることが説明されるのですが、実際にコンスタンティンがどうなっているのかは画的には説明されないまま幽体離脱状態のコンスタンティンを追って行く形で話は進みます。
実は前の9号のラストでアパートに帰り着いたコンスタンティンの前にスワンプ・シングが現れる場面があり、これはそれから続く展開だったのです。植物の精霊であるスワンプ・シングは部屋にあった植物性のものであるタバコの葉で身体を作り上げて現れ、コンスタンティンは「おいおい、これから俺が一服付けるやつがなくなっちまったじゃねえか」と机から煙草の巻紙を見つけ出しスワンプ・シングの身体からつまみ出した葉でタバコを作るという、それまでの重い展開から一転したユーモラスなシーンが描かれます。「貴様は全ての生物が危機に瀕しているときにもそういうジョークをかますんか!」とスワンプ・シングに胸倉摑まれたり。ただその辺の「種を植え付ける」という話は私自身がまだ『Swamp Thing』をあまり読んでいないので今ひとつよくわかりませんでした。何か勘違いがあったらすみません。
幽体離脱中のコンスタンティンはResurrection Crusadersに向かい、そこで自分の行為がZadに予想以上の深刻な結果を与えたのを目の当たりにしてショックを受けます。そしてそこに潜んでいたDamnation Armyのスパイが引き戻されて行くのを追跡し、Nergalの許へたどり着きます。しかしNergalも隠れて様子を窺うコンスタンティンをすぐに察知し、すぐに逃げ出した彼を追撃します。なんとか自分の身体に逃げ戻ったコンスタンティン。一方スワンプ・シングの方は、コンスタンティンの身体を使い人間の恋人と交わる過程で大地に種子を植えるという計画だったようですが、行為が達成される前にコンスタンティンが自分の肉体に戻ってしまったのでそちらもご破算になってしまいます。Nergalとの戦いに手を貸してくれと頼むコンスタンティンを、スワンプ・シングは奴は自分と戦うつもりが無いとして突っぱねます。そして立ち去るコンスタンティンに向かい自分にも聞こえたNergalの言葉を告げます。「ニューキャッスルを忘れるな。」自宅に戻ったコンスタンティンを迎えたのはDamnation Armyによって惨殺されたアパートの大家と住人の死体でした。そして、彼はもはやNergalとの対決が避けられないものであることを知ります。(10号)
コンスタンティンはニューキャッスルを訪れ、過去の陰惨な結果に終わった自らの失敗を回想します。若き日のコンスタンティン。そして同様にオカルトと音楽にのめり込んだ怖いもの知らずの友人たち。彼らはかつては有名なミュージシャンを多く輩出したが今は閉鎖されているクラブを訪れます。勝手にドアを蹴破って中に入った彼らが見たものは異常に引き裂かれた多くの死体と踊り続ける少女の姿でした。少女の父親たちが夜毎に行っていた退廃した儀式が悪魔を呼び寄せ、彼ら全員を虐殺し少女をこの場に捕えていたのでした。コンスタンティンは仲間とともに悪魔祓いを試みるのですが、生半可な知識ゆえの未熟さで悪魔を抑え込むことができず、少女を救うことにも失敗し、多くの友人を喪います。そして、その悪魔が最後に告げた自らの名前がNergalだったのです。(11号)
Nergalと戦う方法を模索するもなかなか解決策が見つからず苦悩するコンスタンティンの元に、ガス会社からの請求書という形で死んだと思われていたが実は電脳世界で意識が生存していたRitchieから連絡が届きます。Ritchieの協力を得たコンスタンティンはNergalを電脳空間を通じて天使の領域に追い込み、天使たちの手で遂にNergalを破滅させます。(12号)
というところで悪魔Nergalとの闘いは決着するのですが、この後にもう1号"The Devil You Know"の終章となる13号があります。それが良い意味でも悪い意味でもこれがJamie Delanoというようなすさまじい異色作なのです。
Nergalとの戦いを終え一応は心に平安を取り戻したコンスタンティンは家族連れやカップルでにぎわう海岸を訪れる。少し子供の頃の思い出を回想したりもしながら。すると突如対岸の原子力発電所が爆発!海岸は放射能に汚染された地獄絵図に変わる。そしてコンスタンティンは出会った一人の女とその海岸で暮らし始める。奇形化した生物を食料に捕獲し、身体は放射能で日々爛れて行く。やがてその女性は妊娠し、頭が二つあるアザラシの子供を出産する。生まれてすぐにコンスタンティンの手を逃れ海に向かうその子供は、空から飛来した骸骨鳥の群れにたちまち啄まれ始める。あとを追うコンスタンティも歩くうちに白骨化し、海へと進んで行く…。最終ページ、目を覚ましたコンスタンティンはそこが元の平和な海岸ですべてが白昼夢であったことを知る。
環境論者でもあるDelanoが大きなストーリーラインの合間に当たる1号を使い通常のストーリーとは別に放射能の恐怖を訴えた作品、というのがもっともな単純な解釈ですが、何かそこにとどまらないこの作家の根幹を成すかもしれない幻想や暗黒が垣間見える一篇です。
このパートの作画はペンシラーとしてRichard Piers Rayner。やはりイギリス出身で、のちに映画化もされた『ロード・トゥ・パーディション』の作画を手掛けます。幽体離脱シーンなどの少しシュールな表現にも優れたアーティストです。この人のもう一つの特徴としては人間の表情を通り一遍のパターン的なものからさらに広げてもっと中間的だったりもするものを表現しようと試みること。えー…意欲としてはとても尊敬するのですが、結果的にはちょっと変な顔がよく見られてしまうのが残念なところです。そして後に『Fables』などでもペンシラーとして活躍するMark Buckinghamがインカーを担当しています。


ということでHellblazer Jamie Delano編 第2回でした。また少し遅れてしまったが…。とりあえずは続きになっている最初の2パート、"Original Sins"と"The Devil You Know"について少し詳しくストーリーを解説してみました。また少し長くなってしまったハードボイルドうんたらもとりあえずはジョン・コンスタンティンのキャラクター考察の一つぐらいにはなったのではないかと。続く3パートはあと1回でできるかな。間にグラント・モリソンやニール・ゲイマンのも入るからやっぱりあと2回になるかな。とりあえずなるべく早く進めるよう努力しますのでまたよろしく。


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