Translate

2016年2月1日月曜日

追悼:Tom Piccirilli

アメリカのホラー/クライムフィクション作家Tom Piccirilliが亡くなったのは昨年7月11日でした。享年50歳。画像の作品がずっと気になっていて、そのうち読もうと思いつつ先延ばしにしていた矢先の事で、生前のうちに読むことができなかったのが申し訳なく、なんとか早く読んで追悼という形でも書いてみようと思っていたものの、相変わらずの遅読・遅筆ゆえに半年以上も経ってしまったのですが、なんとか読み終えた2冊の作品について、今回はTom Piccirilli追悼特集として書いてみようと思います。

Tom Piccirilliは1965年生まれで、1990年頃から20冊以上の著作がある作家です。短篇小説は150作以上。国際スリラー作家協会賞ペーパーバック・オリジナル賞を2回受賞し、ブラム・ストーカー賞を4回受賞しています。コミック関係ではヘルボーイの小説などがあります。
ちょっと名前の読み方が難しくて検索できなかっただけかもしれないけど、とりあえず日本ではまとまった本の形では紹介されていないようです。アンソロジーや雑誌についてはちょっとわかりません。どこかに死亡記事ぐらいは載ったのでしょうか。このジャンルの翻訳状況が特に厳しいとはいえ、これほどのキャリアがある作家がおそらくはほぼ未紹介と思われる状態のまま亡くなるというのは大変惜しい事だと思います。そもそもがホラーよりはノワール系ファンで門外漢かもしれない私ゆえ、勘違いや至らぬところはあると思いますが、これがこの優れた作家を一人でも多くの人に知ってもらう一助になればと思います。
私がTom Piccirilliの訃報を知ったのは、Crimespree Magazineのウェブサイトの記事でした。ドゥエイン・スウィアジンスキーやテリル・ランクフォードなど生前親交のあった多くの作家が追悼文を寄せています。

Crimespree Magazine/Tom Piccirilli 1965 to 2015

【Fuckin' Lie Down Already】
Clayはニューヨーク郊外で警官に車を止められた。信号を見落とした。もう2日もずっと走っている。無理もない。だがこんなところで停まっているわけにはいかない。彼に残された時間は少ないのだ。そして彼には成し遂げなければならない仕事が残っている…。
サイドシートには妻、そしてバックシートには一人息子。彼自身も刑事だが、ここでバッジを見せるわけにはいかない。
「ここはいいところだな。」話しかけ、妻の腕に手を置く。あわてたように車内の蠅が暴れ出す。妻と息子の死体に集まってきた蠅。そして彼の腹の腸がはみ出している傷口も腐り始め悪臭を放っている。だが、まだ仕事をやり遂げるだけの時間は残っているだろう。彼には成し遂げなければならない仕事があるのだ…。
そして、Clayはジャケットで腹の傷を隠し、車から降りる…。

主人公Clayは復讐のためにひたすら走り続ける。とっくに死んでいるような重症なのだが、なぜ生きているのかには合理的な説明はない。そんな物は要らないのだ。彼は復讐を果たすまでは死なない。それが理由。そして更に路上で見つけた動物の死体を、まるでそれが自分が生き続けるための儀式であるかのように車に積み込む。凄絶な復讐劇を描いたノワール中編の傑作です。素晴らしい。
総ページ数は73ページとなっていますが、巻末に他の作品のプレビューが入り、実質的には50ページぐらいで中編としても短めで、シンプルなストーリーながら胸を打つ素晴らしい作品です。作品の長さなど関係なくこれを読めば彼が大変優れた作家であることは明白なのですが、さすがにこれだけで追悼などと言ってみせるのもPiccirilliさんに申し訳ないと思い、もう1冊読んでみたのが次の作品です。

【Nightjack】
自分は本当に治ったのか?
Paceは自問する。Paceは今日施設から退院する。そしてアパートで一人で生活し、魚の缶詰工場で働くことになっている。

だが、自分は本当に治ったのか?
彼には曖昧な記憶しかない。炎。愛する妻。そして、自分は何らかの事件を起こし、この施設に収容された。危険な患者としてしばらくは拘束もされていたはずだ。

自分は本当に治ったのだろうか?

主治医である美しい女性Maureen Branditに付き添われ、Paceは駅に向かう。そこから新しい生活に旅立つのだ。

駅に着くと、3人の男女がこちらに向かって歩いてくる。彼らには顔が無い。Paceには彼らの顔を見ることができないのだ。だがPaceは彼らが誰だか知っている。そして彼らが自分を迎えに来たことも…。

そしてPaceは施設から続いていた薬漬けから解放され、様々な彼を知る人物と出会うことで、自らの過去、記憶を少しずつ取り戻して行きます。しかし、新たな記憶は前の物を裏返すように続き、Paceはまるでフランツ・カフカの小説のようにあての無い様な迷宮を彷徨ってゆくことになります。

というストーリーなのですが、ここで一つ注意。この小説、カバーを見るとバイオレンスでダークなサイコホラーなものに見え、私もそう思って読み始めたのですが、実はちょっと違います。序盤、Paceの記憶が戻り始めたころはその感じなのですが、話が進み記憶が更に戻って行くにつれストーリーはむしろそれとは逆のベクトルで動いて行きます。少し前に書いたスウィアジンスキーの『Hell & Gone』でしつこく書いたように、思い込みによる期待からその本を読み違え否定的に読んでしまうのは不幸なことで、この本に関してはかなりその危険性が高いのでそこについては注意しておきたい。このカバー、画としては本当に良いのですけどね。

これは例えばジグゾーパズルのような小説かもしれません。最初、バラバラの塊では恐ろしいグロテスクな絵に見えていたものが、様々なつながりが提示され、思っていたものと形が変わって行き、最後のピースがはまって完成すると全く違った絵になっているような。とは言ってもある種のミステリーのように読者が推理してパズルを組み立てて行くのは不可能なような。やっぱり私はこのジャンルにそれほど明るくないので、これがホラーなのか、それとももう少し違うジャンルというべきなのか上手く判断はできませんが、少なくとも私の感想としてはちょっと変わった面白いものが読めたなと思っています。

先の『Fuckin' Lie Down Already』を読んでから、もう1冊できたら初期のホラー物を読もうと思い、値段の安さからてっきり昔の作品だろうと思い込んでこれを選んで読んだのですが、あとで調べてみたら『Fuckin'~』が2003年発行の作品であるのに対し、こちらは2010年発行とそれより後の作品でした。『Fuckin'~』がとても優れた作品で、これならどの作品を読んでも大丈夫だと思い、その判断に誤りはなくこの作品も読むに値する優れた作品でしたが、今にして思うとずいぶん雑な選び方をしてしまったと反省しています。追悼を標榜するのならきちんと調べて受賞作など代表作を選ぶべきだったのでしょう。日本でも前から熱心にPiccirilli作品を読んでいる人が見たら、腹は立たないまでもずいぶんもどかしい思いをされたことでしょう。ただ、自分の読書ペースではいつになるかわからないけど、それらの代表作も必ず読むつもりですので、今回はあまり言及されないかもしれない作品に少し光が当てられたな、ということでお許しください。そして、繰り返して言いますが、この作品も読むに値する優れた作品です。

これで初めてTom Piccirilliの作品を読んだ私のようなものが半年も遅れてこんなことをやる資格があるのかなとは思いつつ、それでもその作品が読まれることが作者にとっては一番の事なのだと信じ、それを読むことで追悼とさせていただきました。享年50歳。まだまだ良い作品が沢山書けただろうに本当に残念なことです。Tom Piccirilliさんの冥福を心からお祈りいたします。そしてこれからもPiccirilliさんの作品が沢山読まれますように。


■Tom Piccirilliの著作

シリーズ作品

Felicity Groveシリーズ
 1. The Dead Past (1997)
 2. Sorrow's Crown (1998)

Priest & Lamarrシリーズ
 1. Grave Men (2002)
 2. Coffin Blues (2004)

Coldシリーズ
 1. The Cold Spot (2008)
 2. The Coldest Mile (2009)国際スリラー作家協会賞 ペーパーバック・オリジナル賞

Last Kind Wordsシリーズ
 1. The Last Kind Words (2012)
 2. The Last Whisper in the Dark (2013)

長編

 Dark Father (1990)
 Shards (1996)
 Hexes (1999)
 The Deceased (2000)
 The Night Class (2000)ブラム・ストーカー賞 "Best Novel"
 A Lower Deep (2001)
 A Choir of Ill Children (2003)
 November Mourns (2005)
 Headstone City (2006)
 The Dead Letters (2006)
 The Midnight Road (2007)国際スリラー作家協会賞 ペーパーバック・オリジナル賞
 The Fever Kill (2008)
 Hellboy: Emerald Hell(2008)
 Shadow Season (2009)
 Nightjack (2010)
 What Makes You Die (2013)

中編

 Fuckin' Lie Down Already (2003)
 Thrust (2005)
 All You Despise (2008)
 Frayed (2009)
 The Nobody (2009)
 Short Ride to Nowhere (2010)
 Cold Comforts (2010)
 Loss (2010)
 You'd Better Watch Out (2011)
 Every Shallow Cut (2011)
 Clown in the Moonlight (2012)
 The Walls of the Castle (2013)
 Vespers (2014)
 Pale Preachers (2014)

短篇集/詩集

 Pentacle (1995)
 The Hanging Man and Other Strange Suspensions (1996)
 The Dog Syndrome and Other Sick Puppies (1997)
 Inside the Works (1997)
   (with Gerard Daniel Houarner and Edward Lee)
 Deep into that Darkness Peering (1999)
 A Student of Hell (詩集) (2000)ブラム・ストーカー賞 "Best Poetry Collection"
 Four Dark Nights (2002)
   (with Douglas Clegg, Christopher Golden and Bentley Little)
 This Cape Is Red Because I've Been Bleeding (詩集) (2002)
 Mean Sheep (2003)
 Waiting for My Turn to Go Under the Knife (poems) (2004)
 Bare Bone Vol 10 (2007)
   (with Cody Goodfellow)
 A Little Black Book of Noir Stoires (2007)
 Futile Efforts (2010)
 Tales From the Crossroad : Volume 1 (2011)
   (with David Dodd, Gerard Daniel Houarner, Al Sarrantonio,
   Steve Rasnic Tem and Chet Williamson)
 Forgiving Judas (詩集) (2014)
 A Haunting of Horrors (2014)
   (with Hugh B Cave, John Farris, Ronald Kelly, Elizabeth Massie,
    David J Schow, John M Skipp, Craig Spector, Chet Williamson
    and David Niall Wilson)

グラフィック・ノベル

 Bullet Ballerina (2015)
  (Illustrated by Greg Chapman)



●シリーズ作品

Felicity Groveシリーズ

Priest & Lamarrシリーズ

Coldシリーズ

Last Kind Wordsシリーズ

●長編


●中編


●短篇集/詩集


●グラフィック・ノベル

'君のせいで猫も失くした'はamazon.co.jpを宣伝しリンクすることによって サイトが紹介料を獲得できる手段を提供することを目的に設定されたアフィリエイト宣伝プログラムである、 Amazonアソシエイト・プログラムの参加者です。

0 件のコメント:

コメントを投稿