2016年2月28日日曜日

Crossed -ガース・エニス作、超バイオレンス・サバイバル・ホラー-

『Crossed』は、ライター:ガース・エニス、作画:Jacen Burrowsにより制作され、2008~2010年にAvatar Pressから発行された恐るべき18禁超バイオレンス・サバイバル・ホラー・コミックです。

【あらすじ】
それは、ある夜、どの町にもあるようなダイナーから始まる。
ドアが開き、一人の男が入ってくる。
薄笑いを浮かべた男の服と両腕は血まみれだ。
そして男はカウンターの上に手に持っていた何のどの部分かも判別し難い血まみれの関節から引きちぎったような骨らしきものを放り出す。
あっけにとられ、「何かのジョークのつもりか?」と問いかける店主の前で、男の顔にはグロテスクな笑みが広がり、両頬骨の上の皮膚に中央に向かって赤い爛れが拡がり始める。

そして男は、店主の鼻に噛みつき、喰いちぎる。

店主の顔面から溢れ出す血。
沸騰したコーヒーを浴びせられ倒れ込む男。
TVからは何らかのパニックを告げるニュース。
窓の外ではパトカーが向かいの建物に激突する。
炎を上げるパトカー。

車内ではグロテスクな笑みを浮かべた男が、炎から逃げようともせず警官の首を絞め続けている。
男の顔には先程の男と同様の爛れがさらに拡がり、顔面の中央を縦横十字に横切っている。

近くの建物の上階を突き崩しながら、上空を旅客機が横切る。
操縦席には顔に十字が浮かんだ機長らが狂ったように笑っている。
店から出てきた店主が近くの男の背に包丁を突き立てる。
狂った笑いを浮かべる店主の顔にも十字。

そして世界が突如真っ白な光に包まれる。

そして、街のかなたの地平線にキノコ雲が立ち昇って行く…。


以上が0号から9号まで全10話のシリーズの『Crossed』0号のあらすじです。
この顔面に十字の爛れ(右画像)が現れるという症状は、強い感染性を持ったもので、噛まれたり血液を浴びるなどで即座に感染し、同様の症状が現れ狂気の行動をとり始めます。これに感染した者は狂気の笑みを浮かべながら、殺人、レイプ、食人といったあらゆる残虐行為のみを行うようになり、完全に殺害するまでは内臓を引きずりながらでも笑いながら襲い掛かってきます。知能も低下しますが、武器を使える能力はあり、威嚇や呪いのような言葉のみをほぼ一方的に吐き続けます。基本的には感染していない者を襲いますが、残虐行為の最中に被害者が感染し、双方とも笑いながら行為が続くという恐ろしい状況になることもあります。
この感染はたちまち世界中に広がり、感染していないものの方が少数の状況になります。続く1号からはこのいきなり地獄と化した世界で少人数のグループが生き残りのために戦って行くストーリーとなって行きます。グループのリーダーは、息子Patrickを連れた元ウェイトレスのCindy。そして、語り手である主人公のStan、ホモセクシュアルの青年Thomas、核爆発で失明した女性Kellyなどのメンバー。
一見多くのゾンビ物と同じ状況に見えますが、この作品では攻撃者が残虐行為を楽しむという最悪の部分を残したいくらかでも知能の残っている人間ということで、『28日後』シリーズのようなスピードが上がったものよりも更に恐ろしいものになっています。そして、その類のゾンビ物の多くは、そのような状況下で狂気の行動に駆られた人間との闘いが物語の中心となってきますが、この『Crossed』では攻撃者がそれも兼ねているという、映画『ゾンビ』のゾンビに相当するものがそれとモールを略奪と破壊を目的に襲ってくるバイクギャングを足したものというような状況になっているわけです。

私は「世の中には生まれたときから悪い人はいないのですよ。おしまい。」式の幼稚な性善説に基づいて書かれた物語が嫌いです。そういったものは大抵の場合、全てが「善」を分母にして割り切れておらず、物語の隅に説明のつかないチンピラや詐欺師なんかが残っているからです。あ、それから詐欺師が暴力的犯罪者より「善良」であるかのような考えは心底気持ち悪いのでただちに捨ててください。そもそもその説って、根本的に理屈としておかしい。すべての人間が生来善なのだとしたら、いったいどこから悪が発生するのか?白をいくらかき混ぜても灰色にも黒にもならない。となると外部から持ち込むしかないのだけど、それって悪魔の仕業とか?いや、宗教の話とかしてないから。それともまだ知られていない悪の誘引物質が空気中に存在するとか?これについては同じ理屈の性悪説についても同様。まあ世の中にはこんな無理のある性善説でも否定すると、じゃあお前は(もっと無理があるように思える)性悪説を信じるのか、などと言い出す容量1ビットの2択人間が多いので一応言っときますが。

それではこの物語の感染者たちは何なのか。これを理性や社会規範が無くなった人間の本性とか思う人は本当に怖い。じゃああんたはそういうものが無くなったら本性でこういうことをするのか?これに近い事というのは例えば戦争などの場合に起こったこともあるし、起こりうることでしょう。でもそれは常に悪意によっておこされる事態ではないでしょうか。本当に人間が理性や社会規範の全てを失って動物化したとしたら、やたらに目につくものを片っ端からぶち殺し、破壊していては種の保存すらままならないわけですから、当然他の動物同様環境の中で能力に見合った方法で行儀よく生存する筈です。つまり、この感染者たちは、感染によって悪意のみで行動する悪に変わってしまったものということです。

そして、感染を免れ、生き残った者たちについてはどうなのか。ほとんどの人は平和な環境では基本的には善人として暮らしていられたが、この物語の中では生存のために度々悪の行動をとらざるを得なくなります。中にはグループの中でも温厚と思われていた人物が、過去に自分の暗い衝動に突き動かされ、周囲を取り巻く感染者たちと変わらないような残虐な所業を繰り返してきたことを、その重みに耐えきれなくなり告白するという場面もあります。そして彼らは、自分と感染者たちとどこが違うのか、と問いかけます。全てが悪に汚染された世界で、善の光のかけらも見えないまま悪を行い生き延びて行く生存者たち。彼らと感染者たちとの違いは何なのか。両者をある種のフィルターにかけ徹底的に濾過したとき、それがほんのわずかでも彼らの方にだけ残った物はきっと何か「善」に属するものであり、そしてそれゆえに彼らは感染者とは違う「人間」として存在しているのではないでしょうか。少なくとも私にはこの物語は、上記の居心地はよく聞こえるけど欠陥だらけのものよりも、はるかに説得力のある強固な「性善説」によって作られたものに思えます。

ガース・エニスというライターは、このようなモラルの徹底的ともいえる破壊を、境界線にいる危うさではなく、何かしら恐るべき剛腕のようなものでやってのけるという稀有な才能の作家だと思います。うむむ、自分の考えるガース・エニスの魅力の一つをやっと言葉にできた感じ。『The Boys』のときにも書いたように、ここから出てくる彼のユーモアのセンスというのは、また恐るべきものであり、この作品中にも見られるのですが、…いや、タイミング的にはギャグだってわかるけど、これは笑えないって。
作画のJacen Burrowsは主にAvatar Press作品で活躍しているアーティスト。全体的な動きの描写などではあと一歩かな、という弱さも感じられるのですが、その一方で、感染者たちの内側から滲み出るようなグロテスクさや、何かチキンの骨が撓ってポキンと折れるような嫌な感触の人体が破壊される感じといった方向には長けたアーティストではないかと思います。

この『Crossed』は、かなりの問題作で見るべきところも多い作品ですが、その事態の中の普通の人間を描くという方向性のため、エニス作品では特徴の一つである物語を引っ張って行くアクの強いキャラクターがいなかったり、全10話というサイズゆえか短いエピソードの連なりで、今ひとつ大きな物語を構築できていない印象があったりと、ガース・エニス作品としては少し弱めかな、というのが私の感想です。しかし、この恐ろしい世界がこれからどうなって行くのか続きを知りたい、というのは誰しもが思うところ。版元のAbatar Pressも当然そう考え、エニスに続編を依頼したそうですが、彼としてはこの設定で考えたことはすべてやりきったという考えで、この続きは他のライターに委ねられることとなります。そしてDavid Lapham、Jamie Delano、Kieron Gillenといった実力派のライター、更にはあのアラン・ムーアによるスピンオフ的作品などにより『Crossed』の物語は書き続けられて行くことになります。そちらについても相変わらずのモタモタながらも追い続けて行くつもりです。


そして、ガース・エニスと『Crossed』の関係もここで終わりではなく、時折の短い復帰の他に、もうひとつウェブ・コミックとして発表された『Crossed:Dead or Alive』という作品があります。こちらは、ガース・エニス脚本で『Crossed』映画化の企画が一旦は立ち上がったのですが、破綻し(どうも作品内容に関する意見の相違の様子)、その後ガース・エニス自身の監督による製作を目指し、キックスターター方式で資金を集めるために2014年に作られたものです。(現在は資金集めの企画は終了)こちらはComixologyでも2号分冊の形で販売中です。
内容は一つの生き残りグループの中の、表面的には周囲と同調しているが腹には非常に利己的な考えを抱えている男が主人公の話。短い話なのでテーマも明確で読みやすいかと思います。
作画はDaniel Gete。まだキャリアも短いようで詳しいことはよくわからなかったのですが、他にもAbatar Press作品をいくつか手掛けています。安定感のある線もシャープな画風で、デッサン力方面から見た画力ではBurrowsより上かと思いますが、滲み出る感じのグロテスクさでは負けるかも。

Crossed:Dead or Alive

Crossed:DOA Crowdfunding Campaign

『Crossed』にはウェブコミックとして、さらにもう一つSimon Spurrier/Javier Barrenoによる『Crossed:Wish You Were Here』という作品もあります。私は未読なのですが、もう完結していてかなりボリュームもあるようです。こちらはTPBの形でも発売中です。

Crossed:Wish You Were Here

最後にガース・エニスについての近況ですが、現在『The Boys』のDynamiteからアダルト作品『A Train Called Love』を刊行中。こちらの作品、Comixologyでは全10話中の7号まで発売されているのだが、Kindleや他のアプリ・ショップでは1,2,5号ぐらいと抜けて販売されていたりと、なかなか色々と問題のありそうな楽しみな作品です。他にもAbatar Pressから昨年末ブラック・ユーモア・ホラー『Code Pru』が開始。また、今月、来月と連続でImage Comicsから絶版中のDCでの過去作が再刊されているのだが、これは間もなくImageから新作が始まる布石では?など、今後の活躍にも期待のガース・エニスです。
また、Abatar Pressについても、2周年では書くことが多すぎて抜けてしまったけど、もちろん私の注目パブリッシャーの一つで、これからも色々な作品について語って行きたいと思います。


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1 件のコメント:

  1. 興味深いレビューで面白いんだけど、他の誰かを貶さないと自分の見解も述べられないのか。言ってることは的を得ている

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