2015年2月28日土曜日

The Fictional Man -リアルとフィクションに関するちょっとシリアスな考察-

Fictional Manとは何か?それは映画、TVドラマなどの登場人物から作られたクローン人間の事です。この小説の舞台となっている世界では、人間のクローンを作ることは禁止されていますが、架空のキャラクターのクローンを作ることは様々な裁判などを経て認可されています。つまり、田村正和のクローンを作るのは違法だけど古畑任三郎のクローンは作ってもよいということ。この小説はそんな我々のものとは少し違う歴史を持つ、現代まさに2010年代の、多くのフィクショナルが存在するハリウッドを舞台とした物語です。

主人公Niles Golanはイギリス人の小説家。代表作はタフガイ・ノベルのKurt Powerシリーズ。自国で自分の小説が全く評価されないことに嫌気がさし、アメリカ、ハリウッドに移りKurt Powerシリーズの映画化を目論んでいる。アメリカに来てから結婚したが、自らの女性関係のだらしなさから今は離婚して独身。様々な自らの問題解決のために精神分析医のセラピーにかかっているが、その医者は有名な精神分析医が主人公のTVドラマから作られたフィクショナルである。

離婚後、次々と友人を失って行った現在のNilesの友人はやはりフィクショナルのBob Benton。彼は往年の人気TVドラマThe Black Terrorリバイバルのために作られたフィクショナルだったが、シリーズを重ねるうちに自分の望まない方向に変わって行く政策方針と折り合わず、現在は役を降り、アニメーションの声優などで生活している。The Black Terrorは彼に続いて作られた新たなRobert Bentonにより成功を続けている。

Nilesは新たなエージェントを得て、ハリウッドのプロデューサーとの会合を持つ。そこでプロデューサーから提案されたのは60年代のお色気スパイ・アクション映画The Delicious Mr. Dollリメイクのための脚本の仕事だった。それは同時に新たなフィクショナルMr. Dollの産みの親となることをも意味している!喜んで早速親友Bobに自分の朗報を伝えるNielsだったが、Bobの反応は冷ややかなものだった。

勇んで仕事に取り掛かったNilesだったが、60年代の映画を現代にリメイクする困難さにたちまち壁に突き当たる。調査を進めるうちにその映画が更に昔の別のTVドラマシリーズのあるエピソードを原作にしていることを知る。そこを突破口に進めるかと思ったNilesだったが、それは新たな迷宮への入り口だった。悩みながら、親友Bobにも会えずバーを訪れたNilesはそこで奇妙な女性と出会う…。


最初のフィクショナルの設定を読んでこれはフィリップ・K・ディック的な展開になるのかなと思った人もいるのではないかと思います。私もそう考えながら読み始めたのですが、この小説はちょっと違っていました。主人公が自分はひょっとしたら実はフィクショナルなのではないか、というような存在とアイデンティティの危機にさらされることもなく、リアルとフィクショナルの境界が脅かされることもありません。つまり作者Al Ewingのテーマはもっと違うところにあるからです。それはフィクションはリアルを纏うことにより成立し、また逆にリアルもフィクションを纏っているということです。

この小説のストーリーは大雑把に分けて3つの流れがあります。一つは主人公Nilesの過去現在を含めた様々な行動。二つ目はNailesがリメイクのために探索して行く映画The Delicious Mr. Dollの来歴。そして親友のフィクショナルであるBobの存在。
主人公Nilesには現在自分のいる状況を頭の中でナレーションし、物語風に記述して行くという妙な癖があることが冒頭から示されます。まあ簡単に言えば、目の前にいる映画プロデューサーを「話にならん!」と怒鳴りつけて席を立つとか、あまりの怒りに相手をボコボコ殴り倒す、とかいうシーンを妄想するけど実際には何もしない、というようなマンガやアニメではお馴染みの手法ですね。つまり常にフィクション的な自分というものを想像しながら行動している人物であるわけです。また過去の結婚の破綻の原因となる女性関係も自分を現実そこにいるよりも更に魅力的で女性に求められる人間でいたいというフィクション的欲求が原因として説明されます。時には妻への言い訳として作り上げたフィクションを自分で信じてしまうような行動をとったりもします。
映画の元をたどって行く過程はある意味主人公Nilesのストーリーよりスリリングだったりもします。プレイボーイスパイMr. Dollが女性ばかりの暗殺集団と闘うといった映画の原作として、トワイライトゾーン的なTVシリーズの一部でカルト的に評価されるエピソードがクレジットされていて、その間の意味を求めてNilesは当時の関係者の居所を突き止め会いに行きます。ところが当事者の話はNilesが
期待していたものとは異なり、しかし更にそれにオリジナルが存在することが判明し…、というようにフィクションとリアルが交互にせめぎ合っていきます。
主人公Nilesの親友Bob Bentonは造られたフィクショナルでありながら、主人公をも含めた登場人物の中で最も思いやりのある人間的な人物として描かれています。優れたフィクションを作るためよりリアルなフィクショナルとして造られたところから彼の悲劇は始まります。よりリアルなフィクショナルであるがゆえに、彼はフィクションの中から逸脱してしまうのです。
この小説にはもう一つ背景的なエピソードとして「シャーロック・ホームズ殺人事件」というものがありたまたま点いていたTVのニュース番組の中で報道されるという形で語られて行きます。新シリーズのために新たに造られたフィクショナルのシャーロック・ホームズが殺害されるが、衣装を着けていたわけでもなく彼がシャーロック・ホームズだと知る者はいない。過去に造られたシャーロック・ホームズが最近造られた推理能力の低いアクションシャーロック・ホームズをワトスン役に従え捜査に参加し、犯人はこれまでに造られたシャーロック・ホームズ・フィクショナルの誰かであると推理する、というものです。TV画面というフィクション的なものを通じたリアルとフィクションの混沌というエピソードとしてあちこちに挟まれて行きます。

すべてのフィクションはそれが成立するために何らかのリアルを必要とします。また逆に、例えば「本当に会った話」というようなものに惹かれるような人にしても、実際に好むのはドキュメンタリーといったものよりもフィクションというフィルターを掛けた再現ドラマだったりということもあります。そして大抵のリアルに生きている人間でも、嘘というほどのものではなくても、例えば最善の理想の自分というようなフィクションを持つことで生きているのではないでしょうか。この小説に書かれているのはそんなリアルとフィクションの関係です。フィクションはその存在のためにリアルを必要とするし、リアルもまたその存在を続けるためにフィクションを必要とします。そしてこの小説には更に、リアルの側からもフィクションの側からも、その限界を超え境界を越えようとするとき、それは破滅につながる、ということも示されています。

この小説で、主人公Nilesがハリウッドの映画業界で翻弄される様は、コーエン兄弟のやはりハリウッドを舞台にした映画『バートン・フィンク』を思わせました。また、ロードムービーやニューシネマを連想させるシーンもあったけど、そちらは私の手持ちの引き出しの範囲内だけの連想かもしれません。

というAl Ewingの大変意欲的な作品ではあったのですが…えーと、実際小説を読むとなると、まあ色々と人格に問題のある小説家が悩んだりウロウロしたり延々と精神分析医と話したり別れた奥さんに電話でなじられたり過去の女性関係の失敗を回想したりという感じでストーリー的にはあまり盛り上がらない内容でした。それで会話も多く、会話シーンというのは自国語だったらむしろ読みやすいところかもしれませんが、まあ会話というのは曖昧だったりほのめかしというのも多く、苦労して英語を読んでいる身からするとうっかり行方を見失いそうになったりして結構時間がかかったりと何かと読むのに苦労させられた作品でした。意欲作で私的には読む価値のある作品でしたが、あまり積極的にはおススメはできないかと。決して難解だったり読みにくい作品ではありませんが、Al Ewingのストーリーテリングの巧妙さを期待するならやはり『I, Zombie』の方がおススメです。という感じでしょうか。それにしてもSF作品でありいくらでも未来などという形にできるのに、わざわざ違う歴史をたどった現代などという設定までして、フィクションについて書くためにリアルな小説にするなど、Alさん、アンタほんとに厄介な人だね。

最後にこんな厄介な小説を読ませてくれたAl Ewing氏に対する嫌がらせとしてちょっと別方向に深読みをしてみると、この小説が書かれた時期ってAl氏がマーベルで『Mighty Avengers』を手掛け始めたか仕事が決まった頃なのではないかなと思います。Al氏もこの小説のNilesのように「俺の『Mighty Avergers』」を書くために過去の膨大なマーベル作品を調べ、この人物関係は使えるのでは、とか思って調査したり話を聞きに行ったりとジタバタしたのではないでしょうか。もしかしたら彼のそんな経験がこの作品のどこかにも反映されているのかもしれないなと思いながら読んだりもしたのでした。
という流れでこれはいよいよなかなか手を出しそびれていたAl Ewingのマーベル作品に進むしかないな、というところです。うむむ、なんだかカバーを見てても知らない人率が高そうで不安ではありますが。まあここで読むと言ったからにはなんとかここにも書くように努力します。しかし、前回も言ったようにMarvel Nowは全く手つかずで、HickmanやらRick Remenderも読みたいのだが…。あーなんとかしてくれっ(何を?)

この作品は2000ADと同じく英Rebellion社傘下のSF専門レーベルSolaris Booksから出版されました。それまでのペーパーバック・オリジナルのAbaddon Booksから一段格が上がったというところでしょうか。しかしながら、ここしばらくは前述の通りマーベルの仕事に集中しているようでなかなか小説の次作は発表されていません。Al Ewingには小説家としても期待しているのでまた早く何か書いてくれるといいなあと思っています。それまではまだ何作かあるAbaddonの旧作を読むとしよう。しかしこの『Fictional Man』も1周年に取っておいたというよりは『ZOMBO』読むならこっちも読まなきゃみたいな感じだったりするので、次は1年と言わずもう少し早く読むように努力しよう。なんだか最近そんなのばかりですが、まあ、なんとか頑張ります。


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