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2025年6月26日木曜日

Ken Bruen / The Devil -ジャック・テイラー第8作!-

今回はケン・ブルーウンの『The Devil』。2010年に出版されたジャック・テイラー・シリーズ第8作です。

つい先日お伝えしたように、今年3月29日、74歳で亡くなったケン・ブルーウン。
そりゃあ人間誰でも永遠に生きられるわけじゃないし、74歳と言えばそこそこ長生きぐらい。同じ3月の頭に最新刊が出たということで、最後まで書けたという、それほどは悪くなかった最期なのだろう。それでも悲しいよ。
なんかねえ、書いては消して書き直しての繰り返し。
どうしたって沸き起こって来る、現在までに至ってもブルーウンすら理解できず、一世紀以上前の基準でぬくぬくしてきた日本のミステリーシーンへの怒り。
でももう何書いたって虚しいだけだよな。
ケン・ブルーウンがいかにすごい作家であるかを話そうとすれば、ハードボイルドが捻じ曲げられた最初まで戻り、どういう馬鹿な考えによりこの国がそれを理解できないほど痴呆化したか説明しなきゃなんない。
なんかもううんざりだわ。
もうまともにハードボイルドなんてものが出されることもないのなら頑張らなきゃならないというのと、こんなになっちまった国で、何言ってもしょうがないんだからやっても意味ないぐらいの気持ちを行ったり来たり。
そんな中で、自分にとって一番ぐらいにマイナス方向に振れるのがブルーウン作品なんだろう。

でもね、一方でケン・ブルーウンという人について考えると、とにかく自分が本を楽しく読んで、それが面白かったぞと伝えて、それで少しの人でもそれを楽しめればいいんじゃないかと思えるんだ。
どれほど救いのない状況でも、分かるやつだってどっかに必ずいるさと。

例えばいくらかのお金を払って本を買って読んで、それがその払った分までの価値しかないと思ったらそれまで。
だが、それにその金以上の価値があると思ったら、それはその本を書いた作家にいくらかの借りがあるってことなんだろう。
なんかブルーウンならそんなことを言いそうに思う。

シンプルに楽しく読んだ本について、誰かが読みたくなるように頑張って語るか。きっとそっちの方がブルーウンに対する追悼になるんだろう。
なんとかいくらかでも借りを返せるように。


The Devil

少し戻って第6作『Cross』で、ミス・ベイリーが遺産に残してくれたアパートが意外に高く売れると知り、それを売ってアメリカ行きを決めたジャック。だが出発直前で、数少ない友人の一人、女性警官のリッジが乳癌に罹ったことを知り、 それを取りやめる。
続く7作『Sanctuary』についてはその辺についてはネタバレするが、ジャックが請け負った仕事をリッジに任せた結果、それを見事に解決し、依頼主の結構な金持ちからプロポーズされることとなる。リッジが実際にはレズビアンであることは了承済みで。 リッジもそれを受け、落ち着く形へ。また長い間罪悪感により彼の重荷となっていた、かつての友人ジェフとキャシーの娘セリーナを死なせてしまった件が、実はジャックのせいでなかったことがわかり、ずっと続いていた断酒も解禁に。 更には、メインの事件に関係して、長年ジャックをゴミクズ以下ぐらいの扱いをして来た警察署長クランシーからの印象が、ほんの少しだけ回復したりということもあったり。何か色々な重荷を整理できた感じの最後で、ジャックは リッジとスチュアートの二人から航空券をプレゼントされ、アメリカへ向かって旅立つ。
そして第8作『The Devil』はアメリカ編となる、…のかなと思ったのだが…?

俺はアメリカにいるはずだった。
頑張ったんだ。
畜生。そうだったろう?
空港へ行った。
免税品を買った。
行儀よくやった、そうだろう?
スーツを着てった。黒の葬式用に見えすぎるやつ。
白いシャツ、地味なタイ。

国土安全保障のセクションに向かう。
入国審査。
問題ないように行動しろ。まともに見えるように。セキュリティカメラの前で。そして人差し指。
「では、左手を出して下さい」
そして、犯罪者のように汗を書かないようにしろ。
そして躊躇い。
そして、怖れていた言葉がやって来る。「列の外に出ていただけますか?」
お前は駄目だ。

過去に、児童虐待者を窓ガラスを破って叩きだし、短期間刑務所に入っていたのがまずかったらしい。
それについては後悔していない。その後も、今も。
それが記録として残ってしまったことについては、遺憾に思う。
そして、合衆国への再入国を申請することは可能です、と言われる。でも、今はサヨナラ。

…というわけで、空港まではたどり着いたものの、入国は敵わず…。
出入国エリアに戻り、そこのバーに入るジャック。「ジェムソンをダブル、氷なし、黒ビール」
一杯飲んで、いくらか気分も変わってきたところで、いつの間にか隣のスツールに座っていた男が話しかけてくる。
「今日この場所はまさに地獄だな」

背が高く痩せた男。高級スーツを着ている。アルマーニかなんか、その手の手の届かない類い。
髪は長く、ハイライトの入ったブロンド。そしてそう認めざるを得ない、ハンサムな顔。だが何か…その中にある品を落とすもの…。
これは、かなりろくでもないバッド・ニュースだと知る。
男は二本の曲がり過ぎた歯で、壊滅的に損なわれた笑みを浮かべる。

「今日は旅行かな?」男は尋ねる。
知ったことか、と言いたいところだが、「いや、予定を変えた」と答える。
男は例の殺し屋スマイルを再び浮かべ、言う。「おや、それは罪なことだな」
男は、明らかに意図的に「罪」を強調した。

「何か飲むかね、ジャック?」男は自分の飲み物を注文した後、声を掛ける。
「なんで俺の名前を知っている?」
バーにあった無効になったチケットを指さしながら男は言う。「チケットにそう書いてあるよ」

「飛行機である男と会ったんだ。君もわかるだろう?一杯かそこら飲んで、雑談を始めると言うやつさ」
「その男は精神科医でね、君もこれを聞けば笑ってしまうと思うんだが、彼は何と悪について研究しているそうだ」
「それで私は尋ねたんだよ。君は悪には誘因となるものがあると考えるのかね、と」
「その男が言うには、悪というものを的確にとらえると、それは救済にかなり近いものだそうだ」
ジャックは言う。「それなら俺は除外してくれ」
「君は救いがたい人物なのかね、ジャック?」

ジャックは声にできる限りの敵意を込めて言う。
「経験から言わせてもらえるなら、そんなフリーランチみたいなもんはないね。ドリンクもだ」
男は上機嫌というような声を上げて、そして話す。
「私が思うに、悪というものが一人の人物に集中するなら、君こそが理想的な候補者ではないかね。君は悪が巣を作り増殖するためのすべての要求を満たしているよ。敵意、不信、そしてそれらがいかに機能するかへのシニカルな無関心」
「興味深い見解なんだろうが、俺は"善悪の庭園"って気分じゃないんでね。…ところであんたの名前を聞いてないが?」
「Kurtだ。Kの。出身について君に話しても退屈だろうが、ドイツのパスポートを持っている」
「休暇なのか、仕事か?出発するのか、到着したのか?」
「仕事だな。いつも仕事さ。あまりにも多くの案件が私を待っているのでね。私はゴールウェイという都市に向かっているところなんだ。そこには馴染みがあるかね?」
「いいや」ジャックはそれだけ答える。

そして立ち上がり、去ろうとすると、男が手を伸ばし握手する。
「私たちはまた会うことになる気がするよ」
「そのときは俺の奢りだ」

ターミナルに出ると、エアリンガスの女性がジャックを注視し、話しかけてくる。
「つかぬことをお伺いして申し訳ありませんが、バーで一緒にいた方はお友達ですか?」
「何か問題かね?」ジャックは聞き返す。
「私は出発ロビーに一年以上務め、多くを観察し人の様相を読むのに長けてきたつもりです。少し前に、私はあの印象的な見かけによりあの方に気付きました。そして、奇妙に聞こえ過ぎなければいいのですが、あの方はあなたに注目しているように思えました」
「そしてあなたが入国審査に向かって行くと、彼は本当に微笑んでいたんです。まるで知っていたように…、あなたが戻って来るのを」

ジャックは彼女の言い草から来るイラつきをなるべく抑えて言う。「言ってみなよ。何が起こってると思うんだよ?」
彼女はそれを無視して言う。「私はその種の人々に大変慎重なんです。私はウエストコークで育ち、古くからの人々は信じています…」
「悪意は生きて、呼吸しているもので、それはうろつき、ターゲットを待ち続け、そして捕まえ、あなたを我が物とするまで放しません。そして狙われるのは、悲しんでいたり、落胆している人々です。おかしなことを言ってると思われるのはわかっていますが、 あの男はあなたが…、意気消沈しているのを喜んでいるように見えました」
「お嬢さん、あんた気をしっかり持つか、病院に行ってみた方がいいよ」ジャックはそう言い、来たバスに乗る。
その時、それは単なる光による誤認かもしれないが、ジャックはKurtが出入り口のガラスの向こうにいるのが見えた。彼を見ているのではなかった。
ジャックと話した女性を見ていた。

住んでいた場所を引き払いアメリカに向かったジャックだったが、ゴールウェイに戻って間もなく、運よく移住を考えていてアパートの借り手を探している知り合いを見つけ、そこに落ち着く。
レストランで食事をしていたジャックは、店主に渡された新聞を見て、そこに見覚えのある人物の写真が入った記事を見つける。
シャノン空港の駐車場で、不明の車によりはねられ死亡した女性。
それは空港でジャックに話しかけて来たエアリンガスの女性だった…。

*  *  *

その後、ジャックは同じレストランで依頼を受ける。大学生の息子が2週間行方不明で、探して欲しいという中年女性。警察に行ってもその年代の学生の失踪など真剣に捜査してもらえない。
大学近辺で聞き込みを進めるうちに、失踪した学生Noelの友人の女学生Emmaと出会う。
彼女の話では、学生の間にMr.Kなる人物を指導者とするカルト的なグループが広がっており、Noelもそこに参加していたのではないかということ。
「背が高く、にこやかに笑い、髪を剃ってる。ドイツ人か、フランス人じゃないかな?」
だが、その後捜索を続けても、Noelにも、そのMr.Kという人物にもたどり着けない。
そして、彼はボートクラブの近くのフラッグポールに足から吊るされ、身体に逆十字を刻まれた姿で、死体となって発見される。
依頼料の返金も申し出たジャックだったが、母親はその金で息子を殺した犯人を見つけて欲しいと頼む。

その後、ジャックはスチュアートと共に、リッジの夫が屋敷で開く夜会に招待される。
気が進まないながらに行ったジャックだったが、そこで彼女の夫と話しているある人物に目が留まる。
禿頭の背が高い男。
男がジャックの視線に気づき、振り向くと、それは髪がなくとも紛れもなく、空港で出会ったKurtだった。
あの男は誰だと、リッジに尋ねるジャック。リッジは夫とビジネスをすることとなったCarl Franzだと答える。
Carl…Kの?
あいつがMr.Kなのか?

リッジの夫は、ジャックにCarlを紹介する。
「ジャック、君については色々と訊かせてもらっているよ。実物とこうして対面できるのは素晴らしい喜びだ」手を差し出して、そう語りかけてくるCarlと名乗る男。
その手を握るジャック。だがその握手からは何も感じられなかった。
誰の手でも、握れば何かしらを伝えてくるはずだ。汗。震え。温かさ。冷たさ。
そして、古い人々からの言い伝えを思い出す。「悪魔と握手しても、何も感じられない」
「会ったことがあるかね?」尋ねてみるジャック。
「残念ながら、そうは思わないね。それなら憶えているはずだ」Carlは答える。

そしてその夜会の翌日、ニュースが近くの公園で女学生の遺体が見つかった事件を報じる。
それは、ジャックにMr.Kの話をしたEmmaだった…。

*  *  *

ここではっきりばらしてしまうが、今作のジャックさんの敵は悪魔。
そこにどういう理屈付けも無く、そういう奴が来てしまったというだけ。
最後に「現実的に」とやらで説明できる辻褄合わせや、実は正体はそれを装うこういう奴でした、なんてのも無く、ハゲのCarlとフサのKurtが実は双子の入れ替えトリックとかも無いからね。

シリーズ第1作から5作までは大雑把に分ければ、探偵役ジャック・テイラーが事件の真相やら犯人やらを見つけることなく、事件が更に悪い方向へと破綻するというような方向のものだったが、6作『Cross』、7作『Sanctuary』では、この世界から 排除する以外に解決方法がないという「悪」と対峙するという形へと微妙にシフトしてきた。
それを踏まえてのここでの、対処のしようすらわからない悪である「悪魔」の登場というわけだ。
アイルランドという国とカソリック教会との深い関わりを、ひとつ裏のテーマぐらいに描き続けて来たこのシリーズで、今作でもそれは多く現れるのだが(ジャックの新しい住居は、修道女の島と呼ばれるような区域にある)、この悪魔は そういった宗教的な方法が及ぶような相手ではなく、そもそも平気で教会にも入って来るし、十字架やら聖水みたいなものを怖れることもしない。宗教的な方法などでは対処できない「悪魔」なのだ。
時折挟まれるジャックの一人称でない、短い悪魔視点のパートで、過去にジャックが関わった事件で彼が悪魔の目論見を知らぬまま邪魔し、遺恨を持っていることは語られるのだが、悪魔がジャックをどうしたいのかは明確には語られない。
そしてこの先も、まるでジャックをからかうかのように、彼とちょっした接触のあった人間を、いともたやすく次々と殺して行く悪魔。
いつものようにリッジやスチュアートなどの仲間に頼ることすらできない。
これは俺が一人で殺す以外の手段はないだろう。
だが、「悪魔」は殺せるのか?


作者の死去により全18作にて終了したジャック・テイラー・シリーズ。
ここでやっと第8作でまだ折り返し点にも届いていないが、ここでこういった「悪」を登場させてしまったシリーズがこの先どんな展開をして行くのか?まあ気負ったところで肩透かしを喰らったり、そうかと思えば忘れたころに また持ち出してきたりと翻弄されるようなもんだろうな。
ブルーウンさんの素晴らしい遺産、この先もそんな風に楽しく読ませてもらいます。

ケン・ブルーウンが日本で理解されるまで3世紀かかると言ってきたけど、ここで訂正。そんな未来は絶対来ないよ。
この国では常にドイルやクリスティだけ読んで、そこでミステリの勉強終わりで、一人前のミステリ通ぶりたいお子様や幼稚な大人が現れ続け、そして日本でしか通用しない「本格ミステリ」などと言う信仰を掲げるカルト宗教団体がその考えで良しと補強し続けるんで。 この国のミステリなんてところは未来永劫19世紀あたりで足踏みを続け、海外とのずれは拡大し続けガラパゴス化だけが進み、ケン・ブルーウンまで届くことは決してないから。
これ以上被害を拡げないために、評論家、編集者、出版社までひっくるめ、一日も早く消滅してくれだけが願いだよ。

この作品の中でも、ブルーウンはいつものようにジャックの口を通じて、多くの書籍について言及している。お馴染みとなっているいつもの本屋に本を注文するシーンでは、シェイマス・スミスから始まり、当時まだ新人だったエイドリアン・マッキンティや、 Tony Blackなどの名前を次々と並べている。
ケン・ブルーウンはいつでも、これから出てくる作家・作品、未来に期待し、楽しみにしていたのだろうと思う。
お前もそうだろう?それが続けて行く理由でいいんじゃねえのか。


最後にちょっとお知らせ。前回の最後でマッキンティがSubstackでダフィの新作短編を無料公開という話を書いたけど、その後、現在オーディオのみで販売されている「God’s Away on Business: Sean Duffy: Year 1」、続いて更に新作短編(中編?)の 第1章ぐらいがそちらにポストされました。マッキンティ/ダフィが無料で読めるのは単純にはありがたいんだが、うーん、もしかすっと当てが外れたんかもな、とちょっと気になったり。今回はそういうことごちゃごちゃ書く気分じゃないんで、 『The Island』の時に。ちょっと繰り上げてそっち先に書こうかなと一瞬考えたけど、元々の次予定のも早く書かなきゃならないやつなんで次々回ということで。マッキンティSubstackの方は前回のリンク辿ってください。

■Ken Bruen著作リスト

●Jack Taylorシリーズ

  1. The Guards (2001)
  2. The Killing of the Tinkers (2002)
  3. The Magdalen Martyrs (2003)
  4. The Dramatist (2004)
  5. Priest (2006)
  6. Cross (2007)
  7. Sanctuary (2008)
  8. The Devil (2010)
  9. Headstone (2011)
  10. Purgatory (2013)
  11. Green Hell (2015)
  12. The Emerald Lie (2016)
  13. The Ghosts of Galway (2017)
  14. In the Galway Silence (2018)
  15. Galway Girl (2019)
  16. A Galway Epiphany (2020)
  17. Galway Confidential (2024)
  18. Galway's Edge (2025)

●Tom Brantシリーズ

  1. A White Arrest (1998)
  2. Taming the Alien (1999)
  3. The McDead (2000)
  4. Blitz (2002)
  5. Vixen (2003)
  6. Calibre (2006)
  7. Ammunition (2007)

●Max Fisher and Angela Petrakosシリーズ (ジェイソン・スターと共作)

  1. Bust (2006)
  2. Slide (2007)
  3. The Max (2008)
  4. Pimp (2016)

●長編/中編/短篇集

  • Funeral: Tales of Irish Morbidities (1991)
  • Shades of Grace (1993)
  • Martyrs (1994)
  • Sherry and Other Stories (1994)
  • All the Old Songs and Nothing to Love (1994)
  • The Time of Serena-May & Upon the Third Cross (1994)
  • Rilke on Black (1996)
  • The Hackman Blues (1997)
  • Her Last Call to Louis MacNeice (1998)
  • London Boulevard (2001)
  • Dispatching Baudelaire (2004)
  • A Fifth of Bruen: Early Fiction of Ken Bruen (2006) (Tales of Irish Morbidities、Shades of Grace、 Martyrs、Sherry and Other Stories、 All the Old Songs and Nothing to Love、 The Time of Serena-May & Upon the Third Crossの合本)
  • Once Were Cops (2008)
  • Killer Year (2008)
  • Merrick (2014)
  • Callous (2021)


●関連記事

Magdalen Martyrs -ジャック・テイラー第3作!-

The Dramatist -ジャック・テイラー第4作!-

Priest -ジャック・テイラー第5作!-

Ken Bruen / Cross -ジャック・テイラー第6作-

Ken Bruen / Sanctuary -ジャック・テイラー第7作-

Ken Bruen / A White Arrest -White Trilogy第1作!トム・ブラント登場!!-



●Max Fisher and Angela Petrakosシリーズ

'君のせいで猫も失くした'はamazon.co.jpを宣伝しリンクすることによって サイトが紹介料を獲得できる手段を提供することを目的に設定されたアフィリエイト宣伝プログラムである、 Amazonアソシエイト・プログラムの参加者です。

2025年6月3日火曜日

Anthony Neil Smith / Slower Bear -Slow Bearシリーズ第2作!-

今回はAnthony Neil Smithの『Slower Bear』。英国Fahrenheit 13より2022年に発行されたSlow Bearシリーズの第2作です。
第1作『Slow Bear』については、昨年10月に紹介しており、そこから優先度を上げて早く読んだつもりだったのだが、結局半年以上か…。とにかく作品紹介に注力し、なるべく多くの作品を紹介して行きたいという考えの中で、 自分にとってこだわりが強く、またオレがやんなきゃ誰がSmith先生を日本に伝えるんだいという意志の元、Anthony Neil Smith作品を数多く取り上げて行かねばという思いでまず取り掛かったSlow Bearシリーズなんだが、 やっぱオレなんてこんなものか…、とへこむばかりの日々。
まあへこんでいても何も進まん、とにかく動かなければも痛いほどわかっておる身ゆえ、ごちゃごちゃ言ってないでとにかく頑張らねば、というところの『Slower Bear』です。

さて第2作について紹介する前に、まず前回の紹介で途中で終わってる『Slow Bear』のストーリーの続きについて書かねば。
主人公Micah "Slow Bear" Crossは、居留地の警官だったがある事件で片腕を失い退職、現在はカジノのバーに入り浸り、相談事を持ち掛けてくる人たちの問題を解決してやることで、警察の障害年金の足しとして収入を得て暮らしている。
あまり乗り気ではなかった不倫関係のごたごたに助言したことで、さらに厄介な事件に巻き込まれ、当事者の一人を殺害することで事件をうまく丸め込もうと企む。
だが、それは昔馴染みの現在は署長となっている彼の従兄弟に発覚し、それをネタに現在の居留地のトップ「The Hat」から、居留地を追放されたという形で、かつての政敵であるSantanaに対するスパイとして働くことを強要される。
その形を作るため、散々に殴打された後、カジノのバーの友人である女性Ladyの運転する車で敵地へと送り込まれる。
そもそもはホテルに置いて来るまでがLadyの役割だったのだが、部屋が取れず駐車場で車の中で一泊し、そのままLadyに付き添われSantanaの本拠へと向かったSlow Bearだったが…。
というところまでが、前回紹介したあらすじ。第2作『Slower Bear』につながる続き部分をざっと紹介して行きます。

『Slow Bear』の続き

かつて居留地にいた者なら大抵は知っている警官としての経歴と、居留地を追放されたという現在の立場を持って、Santanaの下で働きたいと申し出るSlow Bear。
だがそこまで…。そもそも潜入捜査などと言うキャパも無く、使命感も持たない彼は、あっさりとSantanaに自身が送られてきた本当の理由を話し、二重スパイとして働きたいと頼み込む。
そこでSlow Bearに向かい、自身が裏で行っている様々なダーティーなビジネスを説明し始めるSantana。その話にも嫌気がさし、話をなかったことにして出て行くSlow Bear。面白がったSantanaに500ドルの手間賃を渡されて。

Ladyと共にSantanaの会社を出て、朝食を食べながら、こうなったら居留地に戻り刑務所に送られるかと考えるSlow Bear。
気晴らしに二人で昼間から賑わっている類いの酒場に行き、Santanaから渡された金で遊んでいるうちに夜になる。
今更ホテルに部屋を取る気にもなれず、もう一晩同じ駐車場で車中泊し、翌朝帰ることにする二人。
だがその車を正体不明の一団が襲う。
Ladyは車から引き摺り出され、別の車で攫われ、Slow Bearは複数の男たちにより叩きのめされる。
昼間遊んだバーで目を付けられたと考えたSlow Bearは単身そこに戻り、店にいた人間を問い詰めるが、またしても多勢に無勢で叩きだされる。

Slow Bearは夜が明けるのを待ち、再びSantanaの会社へ行き、事情を話し彼の許で働く代わりにLady捜索のために銃を貸してくれと頼み込む。
話を聞いたSantanaは、Slow Bearと腹心の用心棒と共に件のバーに赴き、店の者たちを脅しつけ、誘拐の首魁と思われる人物の行方を吐かせる。
だが、向かったその男の住所から件の人物は既に姿を消しており、手掛かりは途絶える。
Santanaは自身のルートから捜索を続けるので、しばらくは自分の仕事をして待てと、Slow Bearに告げる。

SantanaからSlow Bearに与えられた仕事は、Santanaに借りがあるがそれを返さない人物を脅しつけて、返済なり補償を迫るというもの。
言われるままにその借りの内容もわからぬまま、指示された人物を脅して回るSlow Bear。だが、その過程で彼が探している誘拐犯が実はSantanaの部下だという情報を聞きつける。
Santanaが裏の経営者であり、誘拐の首魁の男が働いているという秘密売春クラブに乗り込むSlow Bear。
だがそこにLadyの姿はなく、待ち構えていたSantanaにより嘲笑的に真実が語られる。最初に彼の会社に行った時点で、Ladyは「商品」として目を付けられており、彼が関わる人身売買組織により、今頃はアルバカーキあたりだろう。
もはや利用価値も無くなったSlow Bearはその場で始末しかけられるが、何とか生き延び脱出する。

なんとか居留地まで戻り、住んでいた丘に帰るSlow Bear。だが、彼のトレーラーは既に撤去されていた。
警察の押収車両保管場に押し入り、トレーラーを取り戻し、元の丘に置いてその上で星を眺めるSlow Bear。それまでそう暮らしてきたように。
だが、夜明けとともに丘を登って来た警官隊に直ちに取り囲まれる。
用意してあったガソリンを撒き散らし、トレーラー炎上させるSlow Bear。すべてが燃え尽きた跡からは彼の死体は見つからなかった。
警官隊が全て去った後、近くに放置してあった車の下に掘ってあった隠れ場所から姿を現すSlow Bear。
彼の失敗のため悲惨な状況に送り込んでしまったLadyを救い出すことを心に誓い、Slow Bearは出発する。


というところまでが前作『Slow Bear』のあらすじ。たいした正義漢も持たず、ぶっ壊れた世界に自分なりに行き当たりばったりのつじつまを合わせて来た元警官のルーザーSlow Bear。だが自分の失敗により友人Ladyが犯罪組織の手に落ちたことが許せず、 行方を探して奔走するが、圧倒的な力の前にボロボロに打ち砕かれ逃げ帰る。そしてここから、Lady救出のための反撃を開始するのが、続編第2作『Slower Bear』である。


Slower Bear


Micah "Slow Bear" Crossは、そのGerardoという名のクズ野郎の顎にブーツの踵をねじ込んだ。Slow Bearはネブラスカ中を一週間探し回り、この男を見つけた。奴はSlow Bearが知る限り、最も白いGerardoで、姓はProchenko。そいうことだ。 Slow Bearは、一発屋にちなんで名づけられたウクライナ人の性的人身売買業者を、牧牛地帯で一週間かけて追い続けて来たわけだ。
美しく豊かな地で。
冷たい風 -3月の平地を吹く- そしてこの牧草地の真ん中の冷たい泥、彼らの周囲の牛たちは無関心。ひどい闘いだった。双方とも泥と、お互いの血と、牛の糞にまみれて。だが今、Gerardoは強くねじ込まれ続けるブーツの踵に呻き声をあげる。 Slow Bearは一息つき、唯一の腕を曲げる。それがそんなに痛くなかったら、クソ野郎の鼻を潰してKOを決められるところだが。

奴の頭を踏み潰すか?もちろん。やらない理由があるか?
Slow Bearは踵を上げ、狙いをすまし、そして…
そのまま一分動きを止める。

Slow BearはGerardoを、痛めつけた別のクズ野郎からの情報で、小さなネブラスカの町で追って来た。今後ファックにトラブルを抱えることになるだろう別のクズ野郎からの別の情報を得た後に。
ノースダコタ、ウィリストンから始まる情報の長い連なりが、彼をこんな遠くまで連れて来た。
人身売買組織に攫われたKylieという名の友人 -彼はLadyと呼んでいた- を救うために。

Slow Bearはその片腕にスタンガンを持って言う。
「これがどのくらい効くかもう分ってるよな。俺は次に誰に会いに行けばいいんだ?誰がお前のボスなのか言え。お前をひどく痛めつけるが、殺しはしない。それで俺は行くから」
「勘弁してくれよ」GerardoはSlow Bearの踵の下でもがきながら言う。「金が欲しいのか?女か?どんな女でも連れて来れるぞ?それとも銃か?」
「馬鹿か」Slow Bearはため息をつく。「こんな糞だらけの土地までお前を追ってきて、その目的が無料景品で大喜びするわけがあるのか?」
「俺には言えねえ…」
「いや、言うさ。結局のところお前ら全員な。お前は彼だか彼女だか誰だかに、俺が次にそっちに向かうことも言えるぞ。俺は構わん。前の二人にも何の助けにもならなかった。俺は前の奴がお前に話したのもわかってる。それでお前は町からあんなに早く 逃げ出したんだろ。それで、お前が今どうなったか見てみろよ」

Gerardoは結局白状する。
Slow Bearは彼に礼を言い、そしてGerardoの顎が砕けるほど強く踏みつける。あまりの痛みに牛たちが怯えるほどの喚き声をあげる彼をそこに残して行く。

Slow Bearは結構遠くなってしまった、車を乗り捨てた場所に歩いて戻る。
牛の糞まみれで、窓も無くなっている元はLadyのコンパクトカーに乗って戻るのは憂鬱だと思っていたところで、Gerardoの車が目に入る。
黒のキャデラックエスカレード、着色ガラス。明らかに自分の乗って来たものより乗り心地は良さそうだが、キーはGerardoが持ったままだろう。
まだ喚き声は聞こえるが、姿は見えなくなっているところまで戻る気も起らず、諦めて背を向けた時、着色ガラスで中の見えない窓が、内側から叩かれる。
なんとかドアを開けてみると、そこにいたのは二人の少女。メキシコ系らしい年長の方がやっとティーンエイジャーに届くぐらい。もう一人はネイティブアメリカンの血筋か。明らかにGerardoの人身売買の「商品」だ。
全身牛糞まみれで片腕のSlow Bearを警戒し、必死に幼い方の子を守る年長の少女。何とか安全なところまで彼と同行するように説得し、キーを手に入れるべくGerardoまでの長い道を戻り始めたSlow Bear。
10フィートも進まないところで、後ろから少女が叫ぶ。「多分私、妊娠してる」
Slow Bearは立ち止まり、目を閉じる。そして再び目を開くと進み続けた。

そこから少し時間は戻り、Slow Bearのこれまでの道のりが簡単に語られる。
自身の死を偽装した後、Slow Bearはウィリストンに住む、警官時代に逮捕したハッカーOren Hを頼って行く。少々引っ叩いた後、ともに人身売買組織を叩くことを承諾させ、それからは彼らの資金をネットワーク上で盗み、行動資金を作り、 偽の運転免許証、身分証、クレジットカードなどを手に入れる。カードについてはテキサスのステーキ屋でキャンセルされ、警察到着数分前に逃げ出す羽目になったが…。
その数週後、殺されかけたSantanaの秘密クラブにお礼参りにも行ったが、そこについては詳しくは書かれていない。とにかく去って行くSlow Bearのバックミラーに、立ち昇る黒煙が映る。

人身売買組織追跡の道で、Slow Bearはあちこちのカジノのバーで女をナンパし、一夜の宿を得て来た。
前夜、Slow Bearが出会ったのは60歳の赤毛の女性Abeline。3回結婚し、3回離婚。2年前まで一緒に暮らしていた男は、各地で閉鎖事業に携わっていると自称していたが、カナダへ旅立った後戻ってこなかった。子供もいるが現在は独立し、独り暮らし。
そしてその後、彼女との熱いラブシーンなども描かれる。

そしてそれから24時間も経たないうちに、Slow Bearは再び彼女の家のドアを叩く。全身牛の糞まみれで。二人の見たこともない子供を連れて。
あまりの事態にまずは怒り狂うAbelineだったが、とにかく子供については家に入れてくれ、そしてSlow Bearは頼み込んでシャワーを借りる。
半時間かけて牛の糞を洗い落とし、何とか人間に戻ったSlow Bearは、事の経緯を説明する。自分はすぐに去るが、何とか子供たちをしばらく預かり、まともな暮らしができるように手配してもらえないだろうか。
そんなことはできない、自分を巻き込むなと怒るAbeline。そして子供たちは、そもそもが警察、児童保護施設、里親というシステムの中から売られ、この境遇に陥ったことから、そこに戻ることを拒み、Slow Bearについて行くと主張する。

家の前庭でそういう問答を繰り返し、Slow Bearが困り果てていたところで、前の通りを一台の車が不自然にゆっくりと通りかかるのを見る。ダッジ チャージャー、ノースダコタのプレート。
助手席の白人、ヤギ髭、トラックキャップにサングラスの男が家の前のSlow BearとAbelineを眺める。
なぜだ?なぜこんなにすぐに見つかった?
そしてエスカレードを見たSlow Bearは、車にGPSが仕掛けられていた可能性に思い至る。
車はゆっくり通り過ぎ、助手席の男は顎を上げ、Slow Bearに向かって二本の指を振って去って行く。

AbelineはSlow Bearの肩を掴んで言う。「あれは誰なの?なんだったの?」
「家に入って荷物をまとめてくれ、数日分の服とか。マジな話だ。それであんたの車を使わせてもらう」
Abelineは唖然として言う。「あり得ない。こんなことが起こるなんて。こんなことになるなら…。何も考えられない」
「時間がないんだ。謝る。千回謝る。だが、畜生、行かなきゃならないんだ」

こうして、Slow Bearは二人の少女のみならず、一夜の恩のある女性Abelineをも巻き込む形で逃亡を始める。
だが、逃げるだけでは何も始まらない。Slow BearはGerardoから聞きだした次の地点へ、駐車場に彼女たちが待つ車を残し、単身乗り込んで行く。
完全無策で…。
なんだかんだで銃が連射されまくる事態となり、その場にいたほとんどの人間が死ぬ結果となり、何とか生き残ったSlow Bearは次の地点、カリフォルニアを訊きだす。あ、ここは省略しただけでちゃんと見ごたえのある、ややタガの外れたバトルシーンが 読めますので。
そして一息つくべく、ホテルに部屋を取ったSlow Bear達。だが、そこにホテルをしらみつぶしに当たり居場所を突き止めた、組織の殺し屋たちが深夜侵入して来る…。


さて、ここでこの第2作で見えて来た、このシリーズの正体らしきものについて。
Anthony Neil Smithは、このSlow Bearシリーズを、彼なりの70~80年代のパルプ・アクション・ヒーロー物として書いたのではないか、というのが私の見るところ。
まず最初に紹介した第1作『Slow Bear』から、この第2作『Slower Bear』へというところで考えると、第1作の結末から続く第2作で、大抵の人が考え、期待するのは1作目で散々にやられたSantanaの組織への反撃、更にその土地を舞台とした彼を窮地へと追い込んだ 居留地上層部との対決といったところだろう。だがこの第2作では冒頭からまったく別の土地で人身売買組織の一員を追い詰め戦っているところから始まる。そしてその後、かなり雑な形で第1作の事件のその後の顛末が書かれる。
この奇妙とも見える展開は、その70~80年代のパルプ・アクション・ヒーロー物というパターンに当てはめてみると、まあしっくりくるとは言い難いが、理解できる。
まず第1作で、人身売買組織に友人であるLadyを攫われたSlow Bear。そして第2作からは彼女を救い出すべく単身で人身売買組織との戦いに挑むヒーローSlow Bearのシリーズが本格的に始まって行くのだ。そして第2作では、そこから読んだ人のために、 前作の(実際にはそっちには書かれていない)結末に至るあらすじが簡単に紹介され、去って行くSlow Bearの背後に黒煙が立ち昇る。そしてシリーズ故にそれほど説明する必要もない(のが通例の)彼のバックアップについても簡単に紹介される。
更に、この手のパルプヒーロー物と言えば欠かせないのが、1作ごとに交代するヒロイン!それがこの作品の60歳のAbeline。そういう作品の通例として、もちろん濃厚なセックスシーンも描かれる。
なんかその辺の時代の作品のパターンである、エロティックなポーズで立つヒロイン(60歳)の後ろに立つ全身牛糞まみれの片腕のヒーロー、みたいなすさまじいカバー画さえ頭に浮かぶよ。
スペース的に省略してしまったが、Slow Bearが単身乗り込んだところで出てくるいかにもパルプヒーロー物的な悪役中ボスや、全くそのパターンを踏襲しないパルプヒーロー的バトルもかなり見どころあり。
そしてその後もそういったジャンルのパターン通り、次から次へと、ピンチとバトルが続いて行く。

というところがこの第2作を読んで思った感想だが、これはまだ第2作。実は作者の真意は続く第3作を読んだとき明らかになるのかもしれない、というのはかつてドゥエイン・スウィアジンスキー、Charlie Hardieトリロジーで経験しているので、 とりあえずは第2作まで読んだところで見えて来た(仮)ぐらいの考えというところで。なんかさ、そのトリロジー読んだときみたいに、思い付きで言ったこっちが馬鹿に見えるくらいに驚かしてくんないかな、と期待しております。

そして更に、この作品にはもうひとネタあり。
中盤、省略してしまったあたりから、この作品内世界にも新型コロナのパンデミックが始まる。
自分の方が大変であんまりニュースとかチェックしてなかったのだろうSlow Bearが、ある店に入って行くと従業員が全員マスクをしている。現在でも当たり前ぐらいの風景になっているが、それ以前の常識から見て事情も知らずに突然そんなことに なっていれば、かなり異常な風景。従業員側もやや曖昧な感じで、なんか大変な流行り病みたいので、上司から命令されてるとか、いかにもホントに初期あたりの風景かと思う。その他にも、あんなのテレビとかが大袈裟に言ってるだけで、 大したもんじゃない、中国の陰謀らしいぞとか、そんなものは本当はないと主張する悪役とか。
そして、それらは単に時代を表す背景にとどまらず、なんと主人公Slow Bear本人が感染し発症してしまう(ややネタバレか?)。そして死線を彷徨いながら、追ってくる悪人たちとも戦いを繰り広げるというすさまじい展開となって行く。
ノワールジャンル内では、あの戸梶圭太の傑作『コロナ日本の内戦』と並ぶ、その時代状況を鋭く描いた作品として記憶されるべきであろう。


というあたりで、ここからは作者Anthony Neil Smith先生の近況。
…なんだが、今年初めぐらいかなりワクワクさせてくれる展開があったのだが、もたもたしているうちに過去の話となってしまった…。ごめん。
近年、なんだかんだで絶版となっていた旧作の多くを自費出版で再版していたSmith先生だったが、昨年末ごろから今後の自作の発表を自費出版という方向に考え、その拠点としてSubstackを活用するという動きを起こした。
新作長編『A Bone for the Underdog』の連載、そしてなんと夏ごろからはもう続きは書かれないのではと思われていたBilly Lafitteシリーズの第5作の執筆に取り掛かる旨を発表!その他に、複数のアンソロジー誌に発表していた Mapacheシリーズの新作短編や、多くの過去の短編作品の掲載。そして仲の良い作家との対談インタビューのポッドキャスト(あのRay Banksとの対談もあった)、影響を受けた作家についてのエッセイなど、非常に精力的に多くの ポストが上げられた。
…のだが、2月末に思ったほどの成果が得られなかったということで中断され、それらすべてのコンテンツは現在は見ることができなくなっている。まあ、実際のところSmith先生、大学の仕事もあるのにこんなに頑張って大丈夫なのだろうか? と思うぐらいの感じだったのだが…。結局、自費出版で個人でやることでどこまでいけるだろうか、という実験的な試みだったということ。上記のようにかなり魅力的なコンテンツも多かったのだが、まあさすがに月5ドルであそこまで 頑張ってくださいとは言えないよなと思う。
こちらとしては、せめて一番頑張っているころにちゃんと紹介できなかったという、自身の無能っぷりを反省するばかりであるよ。
そもそもSNS嫌いのSmith先生に、また一つ追加されてしまったということになってしまったのだが、とりあえずアカウントは残っていて、時折短いコメントぐらいは見られるというのが現在の状況。一ファンとしては、何の情報も無いのは 辛いので、時々近況ぐらい書いてもらえればそれでいいっすから、というところです。

改めて、その辺からの新刊情報などについてなのだが、まず昨年12月にAlien Buddha Pressから短篇集『SKULL FULL』を出版。Alien Buddha Pressというのはちょっと説明しにくいんだが、詩というあたりも含んだ、まあ境界文学という感じのアンソロジー Alien Buddha Zinなどを出版しているところ。こちらはプリント版のみだが、アマゾンのプリント・オン・デマンドで注文から数日ぐらいで入手できます。
そして今年3月にはCowboy Jamboree Pressから、同じく短篇集『THE TICKS WILL EAT YOU WHOLE』。Cowboy Jamboreeについては時々書いているはずだが、Sheldon Lee Compton作品などを出版している現代のアウトロー文学だったり、上のAlien Buddha Pressと 同傾向の文学出版をしているところ。なんかどっちもいまいち中途半端な説明で申し訳ないんだが…。
両短篇集共にアンソロジー、ウェブジンというようなところに発表した作品が中心で、文学寄りと表現する方がわかりやすい作品中心かと思う。
あと、短篇集で思い出したんだが、結構前の話で書き忘れてたんだが、Anthony Neil SmithはLisa Unger/Steph Cha編集のアンソロジー『The Best American Mystery and Suspense 2023』にも短編作品が選ばれている。他にはWilliam BoyleやS. A. Cosbyという ような名前も並び、日本の「ミステリファン」と同レベルらしい時代遅れらしきミステリー読者からは酷評されてる感じのアンソロジーだね。
そして今年4月には長編作品『Murderapolis』がUrban Pigs Pressから。Urban Pigs Pressは、Punk Noir Pressのエディターもやっていた作家James Jenkinsらによって立ち上げられたパブリッシャー。こちらはエンタテインメント傾向の作品で、 なんかしばらく前に書いたけどあっちこっちで断られてお蔵になっていた作品らしい。
その他、Substackの方で発表されていた情報の方だが、連載されていて中断になった『A Bone for the Underdog』だが、Substackでの活動を中止するお知らせの中で、なんか完成させる気がなくなったとのコメントがあり、どうなるのか未定。 これはこれで続きが気になったたんだが…。
そしてBilly Lafitte第5作の方だが、これについては特に言及はなかったのだが、今回の関係でアマゾンKindleのSmith作品を調べていたところ、自費出版で出ていたBilly Lafitteシリーズがすべて消えている?これは何処かの出版社から 第5作が出版されるという事情からのシリーズ全作版権移動ということではないのかと思われるのだが?とにかくまた未訳おススメのBilly Lafitteのところがまたしても対象商品なしとなってしまったが、何らかの進展があった際には、 なるべく早く対処致しますので…。

というところで、現在の出版状況で苦戦を続けながら創作活動を続けるSmith先生の近況というあたりで結構長くなってしまった感じではあるが、個人的には最もぐらいにこだわりのある作家として、別に需要があろうがなかろうが知ったことか というスタンスでこれからもなるべく多くSmith作品・情報をゴリ押しして行くので。
続く第3作『Slowest Bear』もなるべく早く!Smith作品まだ山ほどあるんだからさあ。


70~80年代のパルプ・アクション・ヒーロー物とか言ってみたけど、実はもう今時そんなこと言っても誰もわからないんじゃないかと思うんで、最後に少し簡単に解説しておきます。なんかさあ、よく考えてみると、日本でオレ以外にそんな話してる奴、 ざっと考えられるぐらいの範囲で過去に遡っても見たこともないんだよな。
実際のところ、正式な呼ばれ方なども曖昧で、70~80年代のメンズ・アクション・アドベンチャーみたいな言われ方が割と一般的なのかと思うが、とにかくどういうものかは明確に分かっている。
これは1969年から開始されたドン・ペンドルトンによるマック・ボランを主人公としたThe Executioner(死刑執行人)シリーズが人気を博したことから始まる、成人男性向けの単独主人公によるペーパーバックオリジナルによるアクション、バイオレンスを主軸とした シリーズ作品のブームにより出版された数多くの作品を指すもの。
それ以前の1950~60年代はペーパーバックの黄金時代と呼ばれ、クライム、アクションアドベンチャー、SF、ホラーなどエンターテインメントの多くのジャンルで多数のペーパーバックオリジナル作品が出版されていた。マック・ボランが登場する70年代初頭 辺りはその辺にも陰りが出てた頃なんじゃないかと思う。ちょっとこの辺良く調べてなくてごめん。
そちらの黄金時代にも、キルマスター/ニック・カーターに代表されるようなシリーズ物も多く在り、実際にはこの辺がパルプ・ヒーローと呼ばれ、70~80年代のものはメンズ・アクション・アドベンチャーと言われることが多いんだが、なんかその辺について かなり雑な情報しかない日本的には、例えばマーク・グリーニー/グレイマンに代表されるような現代のメンズ・アクション・アドベンチャーと混乱されるケースが多そうなので、とにかくここでは70~80年代のパルプ・アクション・ヒーロー物的な 言い方をしてみてる。実際にはそれが現代のものの母体というものであるのだけどね。
60年代あたりだと単独作家による、リチャード・スターク/パーカーシリーズや、ドナルド・ハミルトン/マット・ヘルム 部隊シリーズみたいなのもあるのだけど、70年代からのマック・ボランはそれともちょっと違うもの。

The Executionerシリーズは、主人公マック・ボランが家族全員が死亡したとの知らせを受け、ベトナムから一時帰還し、その犯人がマフィアであることを知り、軍には戻らず復讐のため全米のマフィアを殲滅するための戦いに乗り出すという形で始まる。
版元ピナクル社は、このシリーズの人気を受け、同種のシリーズ物を大量に出版し、こうしてこのブームが拡大して行く。その中でボランに次ぐぐらいに有名なのが、リチャード・サピア&ウォーレン・マーフィー/レモ・ウィリアムズ The Destroyerシリーズ。 私が大変こだわっていて、延々中断中のやつ…。
この辺のシリーズの大きな特徴は、過激なバイオレンスと、お約束的な濃厚なセックス描写。やっぱりこの辺が黄金時代のシリーズ物と明確に区別されるところだろう。そして100巻以上に及ぶシリーズの多くは、ゴーストライターの手によって書かれる。 まあ、この辺の事情を見れば、結局粗悪な作品が大量に出回るような結果も誰にでもわかるだろうが、そういうわけでそういうブームがあったという事実は誰でも知ってるぐらいのところでも、現在はその詳しい実態、全体像などは ほとんどわからないぐらいの状態だろう。
この中で書かれたもので、ハードボイルド方面で知られているところと言えば、まず50年代からのエド・ヌーンシリーズで知られるマイクル・アヴァロンがスチュアート・ジェイスン名義で書いた(最近まで知らなかった…)The Butcherシリーズ。なんか 調べたら35巻も出てた。
現在はお馴染みBrush Booksから復刻されているラルフ・デニス/ジム・ハードマンシリーズや、Jack Lynch/Peter Braggシリーズ。この辺については、こういうブームがあった出版状況だったせいでこういう形で出たということで、上記のような 偏った特徴があるものではなく、もっと普通にハードボイルド作品として読まれるべき、多くのゴミの中に隠れた宝的なものなのだけど。こういう話を聞くから、日本のゲス本ジャンルの中にも隠れた宝があるのでは、と思い込み散々ひどいものを 読まされるような経験をするのだが…。
Brash Booksからは他にも、先日Paperback Warrior師匠のところで知ったのだけど、Jon MessmannによるThe Revengerシリーズ全6巻も復刻されてた。やっぱこういうのよく知ってる専門家が発掘してくれるの待つしかないね…。

あと、ついでにぐらいにはなるのだけど、この関連で繰り返し特筆しておきたいのが、かのジョニー・ショーが2010年代前半に編集したアンソロジーシリーズ『Blood & Tacos』!この時期山のように出版され、今となってはほとんどが正体不明ぐらいの感じになって、 納屋やガレージの隅に放り出されているこれらのペーパーバックの山。その中から自分だけが知っている名作を「発見」しようというショーの呼びかけにより、インディー・クライムのオールスター級の面々が集まり、自分が「発見」した 「知られざる名作」を持ち寄った伝説級のアンソロジー。まだ持ってない人がいるなら必ず入手しとくべし!

この辺のジャンルに関しては、ハードボイルドというところから派生したものではあるけど、なんだか2020年まで500巻近くまで続いたらしいマック・ボランが、途中からテロとの戦いにシフトしたりというような方向で、ハードボイルドからは 離れて、アクション・アドベンチャーという方向が中心になって行ったのだろうと思う。そして途中、トム・クランシーとかを経て、ミリタリー方向が強いものとなり、そして出てきたのがマーク・グリーニー/グレイマンというところなのだろう。
グレイマンに至る道やら、その後ぐらいについてはできればもっと調べてみたいとは常々思ってはいるのだけど。まあ、その前にデストロイヤー何とかしろよだが…。
なんか雑な説明ではあるけど、いくらかわかったかニャ?詳しくはもっとちゃんと説明してくれる専門家に聞こう、とか言ってみても日本にもうそんなやついねえよだよなあ…。


中編ぐらいの作品なので、前作のあらすじあっても割と短く書けるんじゃないかと思ってたんだが、思いのほか長くなってしまった。Anthony Neil Smithでは仕方ないか。
Substackと言えば、ぐらいで書こうと思ってたけど、なんか流れに入れられなくて最後になってしまったけど、つい先日、エイドリアン・マッキンティのSubstackにて、ダフィシリーズの新作短編が発表されました。「Jayne's Blue Wish」というタイトルで こちらもトム・ウェイツの曲から。内容的には現時点の最新作『Hang on St. Christopher』と同じ時点ではないかと思われる。多分現在オーディオ版のみの中編『God’s Away on Business: Sean Duffy: Year 1』のプリント版が出るとき、 収録されるとかじゃないのかな?えーと、『Hang on St. Christopher』についてついさっき見たところ、ペーパーバック版のページができていて、やったと思ったのですが、発売予定は来年の3月3日ひな祭り…。まだ予約受付てねーし。 いい加減にしろよ、Blackstone、とひとしきりむかつく羽目になってしまいました。
とりあえず、マッキンティ『The Island』については、近日書く予定です。ちゃんと近日になるように頑張らねば。頑張ることに意味があんのかなあという気持ちばかりが持ち上がる日々だけど、何もやんなきゃただのゼロだし、まあそれよりましか、ぐらいのやや斜め前方下方向ぐらいの見ようによっては前向き的なモチベーションで、何とか頑張っている感じで行こうかと。


■Anthony Neil Smith著作リスト

〇Billy Lafitteシリーズ

  1. Yellow Medicine (2008)
  2. Hogdoggin' (2009)
  3. The Baddest Ass (2013)
  4. Holy Death (2016)

〇Mustafa & Ademシリーズ

  1. All The Young Warriors (2011)
  2. Once A Warrior (2014)

〇Castle Danger (The Duluth Files)シリーズ

  1. Castle Danger - Woman on Ice (2017)
  2. Castle Danger - The Mental States (2017)

〇Slow Bearシリーズ

  1. Slow Bear (2020)
  2. Slower Bear (2022)
  3. Slowest Bear (2024)

〇長編・中編

  • Psychosomatic (2005)
  • The Drummer (2006)
  • Choke on Your Lies (2011)
  • Sin-Crazed Psycho Killer! Dive, Dive, Dive! (2013)
  • Worm (2015)
  • The Cyclist (2018)
  • The Butcher's Prayer (2021)
  • Murderapolis (2025)

〇短篇集

  • Skull Full (2024)
  • The Ticks Will Eat You Whole (2025)

・Red Hammond名義

  • XXX Shamus (2017)

・Victor Gischlerと共作

  • To the Devil, My Regards (2011)

・Dead Manシリーズ (with Lee Goldberg and William Rabkin)

  • 16. Colder than Hell (2013)


●関連記事

Yellow Medicine -Billy Lafitteシリーズ第1作!-

Hogdoggin' -Billy Lafitteシリーズ第2作!!!-

The Baddest Ass -Billy Lafitteシリーズ第3作!!!-

Anthony Neil Smith / Slow Bear -Slow Bearシリーズ第1作!-


■Anthony Neil Smith
●Mustafa & Ademシリーズ

●Slow Bearシリーズ

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