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2014年8月2日土曜日

Rabid Child -New Pulp Press発!どん底ノワール!-

Pete Risley作『Rabid Child』。私が注目しているハードボイルド/ノワール系パブリッシャーNeo Pulp Pressからまず一冊!…というところなのですが、うーん、これがなんというか他人に勧めていいものなのか…。まあカバー画を見てお察しの方もいるでしょうが、これが読むと大変いやな気分になるという小説なのですね。そういう本イコール悪い本という事ではないのは当然ですし、価値もないようなものについて書く気もありませんが、やはりゲテモノを人に勧めるのはためらうなあ。などと思いつつ、とりあえず始めてみます。

主人公のDesmondはホームレスの青年。数少ない楽しみは覗きと非力な子供への性的悪戯という最低の人間。自分の将来についてはいつか何かで虫のように潰されて終わるとしか考えられない。夜更けの街角でウインドウの中のマネキンに興奮していると、通りすがりの車の中から彼を呼ぶ声が。それは、かつて彼が逃げ出した養母のMrs.Honneckerだった。彼女に促されるまま、Desmondは車に乗せられ、少年の頃逃げ出した家へ向かう。

着いてみると、彼がかつて住んでいた家は完全なゴミ屋敷と化していた。ゴミだらけの居間のTVの前には”下宿人”だという両腕が無く、代わりに木の棒を取り付けた老人Mr.Winceが居座っている。そして、Mrs.Honneckerが彼に出した食事は完全に腐っていた。昔は仲の良かったその家の幼かった娘Tracyも今ではティーンエイジャーとなり、Desmondを見知らぬ人間の様にあしらう。そして、彼が最も恐れていた家長のMr.Honneckerはいつになっても姿を現さず、その寝室からは恐ろしい悪臭が漂ってくる。突然の来入者から手渡されたが、Mrs.Honneckerが中身を見もせず捨てた封筒を見てみると、それはこの家からの立ち退き要請通知だった。一体この家でなにが起こっているのか?そしてDesmondは更に深みへと巻き込まれて行く…。

最初からどん底の状況で始まるこの小説ですが、さらにその底が抜け、果てしなく底なしの悲惨さへどんどん落ち込んで行くばかりです。そしてこの主人公がひどい。無力、無能力の極みのような人物で、エロいことしか考えないというよりそれにしか反応しない徹底的に無気力な弱者。とにかくこの場から逃げ出すことしか考えていないのだが、Tracyちゃんに未練を残して覗きに行ったり、怪我をして動けなくなったりしているうちにこの状況から抜け出せなくなってくる。この小説はDesmondの一人称ではないのですが、常に彼を中心に置き、そこから離れることなく徹底的にこの最低の弱者の視点でこの狂った世界を見せ続けられ、彼が逃げ出したりその前から立ち去ってしまった人物、事件についてのその後は一切わかりません。後に登場する人工中絶反対運動に献身する年齢不詳の肥満女性AmberにDesmondが言い寄られたりするあたりは滑稽だったりもしますが、Mr.WinceやMrs.Honneckerの狂気がだんだん露わになってくる様子はほとんどホラー的です。
あえてお勧めするなら、ノワールとして紹介されたジャン・ヴォートランの『グルーム』や、トンプスンの『サヴェッジ・ナイト(残酷な夜)』あたりが好きな人か、私はああいう話が苦手で読めていないのですがケッチャムの『隣の家の少女』あたりかな。しかしむしろカフカであったり、ドストエフスキーであったりというような文学的方向で考える方が妥当かもしれないなとも思ったりもします。あまりに気が滅入る話なので少しふざけておちゃらかして紹介しようかと最初は考えていたのですが、読み進めるうちに作者の、例えば冷蔵庫の中で腐ってしまった野菜をそれがどこまで腐るのかひたすら見つめ続けるといったような何か一つの真摯な文学的アプローチというものを感じて考えを改めました。私の浅い文学経験からすると、ドストエフスキーの初期に分類される小説と共通するものを感じたりしました。しかし、『罪と罰』の主人公が最終的に宗教的なところに救いを見出すのに対し、この小説では、現代アメリカの底辺層の問題を探ると付随して浮き上がってくることの多いキリスト教原理主義的なものが登場人物の破滅を加速していくようなところが現代的であり、ノワールなのだなと思ったりもします。

作者Pete Risleyに関しては、著作は2010年刊行のこの1作だけで自身のホームページも見つからず、あまり詳しいことは分かりません。ただ、以前に書いたアンソロジー『All Due Respect』に短篇が掲載されていて、作者紹介が少し載っていました。それによると、オハイオ州コロンバス在住で、All Due Respectの他にはPlot with Guns、Pulp Metalなどのウェブジンにも作品を発表しているそうです。次作の予定などについては不明です。ちなみに『All Due Respect』掲載の短篇「Bad Movie」ですが、イケメン気取りの少年が相棒のマッチョと映画を観に行き、可愛い女の子の気を引こうと下級生をからかっているうちに破滅していくという、これもいやな感じの話でした。
この小説のパブリッシャーNew Pulp Pressについてもあまりよくわかってないのですが、ホームページにアクセスしてみれば一目瞭然、とても面白そうな本がズラリと並んでおります。アメリカ国内のその筋では注目の作家の作品や、Tony Black、Anoymous-9などの新進英国作家、日本でも翻訳の出た南アのロジャー・スミスなどのノワール作品が次々と出版されています。その中で何故まずこの作品を読んだかというと、順番に並んだリストの一番下、つまりこのNew Pulp Pressで最初に刊行された作品だからです。私のような「全部読む病」の人間にきれいな並んだリストを出せば1番から読み始めるのは当然の行動です。まあ、このカバー画を見て嫌な予感は若干あったのですが…。しかし、色々な意味でかなりの手応えを感じさせてくれた作品でした。これからもNew Pulp Pressには期待しつつ全部読むのだ!

あまりお勧めしないと言いつつも、このコミックと人殺しの出てくる本以外はよまないもんね!というボンクラにここまで延々と色々語らせるくらいには価値のあった作品ということではないでしょうか。正直、私もこの小説を再読してみようという気はあまり起こらない気もします。しかし、Pete Risley氏の次作が発表されたなら、私は必ず読みます。


New Pulp Press 


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