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2025年9月3日水曜日

Stephen Graham Jones / Mongrels -現代アメリカ社会の陰を放浪する人狼たち-

今回はStephen Graham Jonesの『Mongrels』。2016年にHarperCollinsより出版されたホラージャンルの作品です。
ホラー関連のある部分では、もはや定番の必読書となっているような作品で、しばらく前からもはや強迫観念による譫言の様にもっとホラーを読まなくてはと言い続けている私として、とにかくまず手に取ったのがコレ。

ブラムストーカー、ローカスといったあたりでも受賞歴も多く、本当なら代表作数冊ぐらいがハードカバーぐらいで翻訳されていてしかるべきぐらいの作家だが、ほぼ未紹介ということなので、とりあえずは簡単な経歴から。
1972年生まれ、ネイティブ・アメリカンブラックフット族の出身。フロリダ州立大学在学中に博士論文指導教員によりHoughton-Mifflin社の編集者に紹介され、博士論文として書いた小説『The Fast Red Road』が2000年にデビュー作として出版される。
実験小説、ホラー、犯罪小説、SFといった様々なジャンルで多くの作品を出版しているが、彼の作品はその出自に深く関係するNative American Gothicまたは、Rez Gothicと形容されることが多い。
代表作として挙げられるのは、実は今回の『Mongrels』以後の作品が多いのだけど『Night of the Mannequins』(2020)、『The Only Good Indians』(2020)、The Indian Lake Trilogyの『My Heart Is a Chainsaw』(2021)、『Don't Fear the Reaper』(2023) といったところ。つまり現在注目度、評価が高まり続けている作家という感じ。
なんか改めて経歴書いてみると、『Mongrels』読まなきゃで延々止まってる間に作家的評価どんどん上がってったような気もするが…。

で、この『Mongrels』なのだが、実は経歴に見られるようなネイティブ・アメリカンについて書かれた作品ではない。うーん、色々通ずる部分はあるのかもしれないけどね。
人狼テーマの作品で、ホラージャンルに属するんだけど、怖くはない。これ読んで夜中にトイレに独りで行けなくなる人はいないと思う。まあでも分類すればホラージャンルだよな。
これは最初は8歳で登場する人狼一族の少年が、故郷を離れ、同じく人狼の叔父と叔母の三人で、アメリカ各地を放浪して暮らし、16歳になるまでの物語。
とりあえず、ブコウスキー風に書かれた人狼物語という感じに言っておこう。実はある事情によりブコウスキー風というのはややゴリ押し的に入れたので、かなり異論のある人も多いかと思っているのだが、とりあえずその「ある事情」については、 後ほど説明します。
では、『Mongrels』です。

Mongrels


爺ちゃんは僕にいつも、自分は人狼だと言っていた。
彼はLibby叔母さんと、Darren叔父さんを説き伏せ、自分の20年前のことを頷かせようと試みていた。風車少し上ったところで、自身の爪で雨を裂いた時のことを。彼は四つ足を降ろしブーンヴィル郊外の下り坂道で列車と競争し、そいつを打ち負かした。 彼は満載されたアーカンサスの田舎者よりも早く田舎道を駆け抜けた。生きて羽ばたく鶏を口にくわえて、その全てからのスリルに眼を濡れ輝かせながら。爺ちゃんの物語では常に月は満月で、彼を後ろからスポットライトのように照らしていた。
Libbyはそれにうんざりしてたようだった。
Darrenは、その横長の口を本当には浮かべたくない笑みの類いの形に縮めていた。特に爺ちゃんがリビングルームをゆっくりとのし歩き、いかにして羊をフェンス際に一団にして追い詰め仕留めたかを演じる時には。
Libbyは大抵は、爺ちゃんが群れを突っ切り、羊が叫び、爺ちゃんの口があらゆる狼がそうであるように、大きく開き、飢えてその黄色い歯が暖炉の光に鈍く照らされる前に去っていた。
Darrenは、ただ首を振り、椅子の横に置いてあったストロベリー・ワイン・クーラーを持ち上げた。
そして僕。僕は8歳になりかかっているところで、母さんは僕が生まれた日に亡くなっていて、父さんについては誰も話すことはなかった。

LibbyとDarren、主人公「僕」の母親とは三つ子だった。
Libbyは主人公の亡くなった母代わりに彼を育ててきたが、「母さん」と呼ばれるのは嫌っていた。
Darrenは22歳になったその年、6年の放浪生活から戻ったところだった。彼らの一族の男は16歳になると、一匹狼として旅立つ。

「なぜ16歳なの?」と僕は爺ちゃんに訊いた。
なぜなら16は8の二倍なのを知っていた。そして僕はもうすぐ8歳。それは出て行くまでほとんど半分が過ぎたということだ。でも僕はDarrenのように出て行かなければならなくなるのが嫌だった。そのことを考えると腹が空っぽになるような気分だった。 僕がこれまでの人生で知っているところは爺ちゃんの家だけだった。

Darrenが家に戻ったのは、Libbyの粗暴な元夫Redのためだった。祖父は年を取り過ぎていて、Redと彼女の間に立つことはできなかった。
「ある種の連中は人間社会にうまく溶け込めないのさ」Darrenは言う。
「そしてある連中はそれを望むこともしない」祖父は言った。

祖父と叔父叔母との四人の生活。ちょっとほら吹き爺さんの気もある祖父により、様々な人狼話が語られて行く。
「人狼には剃刀は必要ない」なぜなら狼に変身して、人間形態に戻る時、のびていた髭はその体毛と一緒に全て引っ込んでしまうからだ。
「でも、でも爺ちゃんは人狼なんでしょう?」「僕」は髭の生えた祖父に言う。
「俺の歳になるとな、もう狼に変わるのは死刑宣告なのさ」

そして腕の傷を指して言う、これは何の傷だと思う?撃たれた跡?違う、こいつはダニだ。
狼から人間に戻る時、ダニがそのまま体の中に入ってしまった。そして町の医者へ行き、先を熱したコートハンガーで抉り出してもらった。
「なぜこんな傷跡がまだ残ってるかわかるか?傷をちゃんと塞いだり、縫ったりもせず?」祖父は言う。
それは彼らの中にある血のためだ。
「もしその医者が爪の甘皮に一滴でも血を零したら、そいつは撃ち殺されるしかないムーンドッグに変わってしまう」

「もしそいつが噛まれたら、あるいは血を浴びたら、それはそいつの中を小さな子犬みたいに素早く走り回り、焼き、痛めつける。そいつにできるのは苦しむことだけだ。あの手のやつ、頭が狼で身体が人間。奴らは自分に何が起こったのか決して理解できない ただ走り回り、よだれを垂らし、噛みつき、自分自身の皮から抜け出そうと試みる。時には自分自身の腕や足を噛みちぎって、痛みを止めようとさえする」
祖父はそのまま黙り、窓の外を見つめた。
そしてLibbyもDarrenも何も言わなかった。

「話を真に受けないようにね」後に「僕」を学校へ送る車を運転しながらLibbyが言った。
「あたしもあの傷がいつ付いたのか知らない。あたしたちが生まれる前の話だもの」
「お婆ちゃんがいたからだね」彼の祖母は母と同じように、出産の際に死亡している。彼ら一族にかけられた呪いであるかのように。
「次に爺さんがあの馬鹿話をするときには、ダニはもう腕の後ろにはいないでしょうね。それは肘の古傷になって、医者はコートハンガーじゃなくてポケットナイフを使ったことになってるんじゃないかしら。昔一度あたしたちに話したときには口の横にある傷だったのよ」
人狼の物語とはそういうものさ。
いかなる証拠もない。変わり続ける話があるだけ。自身に捩じり戻り、毒を吸い出そうとその腹に噛みつくように。

その翌週、彼らは野原の中に裸でいる祖父を見つける。膝と手は血だらけで。彼らを見返す目には何も映っていないようだった。
Darrenと「僕」が彼を見つけた。「死んでないよ」「僕」は言った。それが本当になるように。
Darrenは2歩下がり、持っていたボトルを割った。
「親父はいくつだと思う?」「僕」に問いかけた。
「55歳さ」Darrenは言った。「そうなるのさ」
Darrenがボトルを割った音を辿って、Libbyが駆け付けた。
「親父は変わったと思ったんだ」Darrenは顔を歪めて、言った。
「助けて!」Libbyはそう言うと祖父の横に跪き、頭を膝に乗せようとした。

その週、「僕」は学校へ行くのをやめた。祖父を生かしておくために。彼に物語を話させ続けることで。
祖父が「僕」に話した最後の話は、彼のすねにあるへこみについてだった。
その日はLibbyが、やってきた元夫のRedともめている日だった。Libbyは顔の殴られた痣をステーキ肉で冷やし、また外へ出て行った。
そして家の外からはまた争う音が聞こえて来た。
「Redだよ」と「僕」は言い、「Redか」と祖父は応えた。

「あいつは悪い狼じゃない」祖父は首を振りながら続けた。
「だがいい狼は大抵はいい人間じゃない。憶えておけよ」
それは「僕」を別の考えに導く。いい人間は、悪い狼なのか?それはいいことなのか悪いことなのか?
「あの子にはそれがわからん」祖父は言った。「だがあの子は母親にそっくりだ」

Darrenは祖父のすねのへこみを指さして言う。「こいつそれがどうしてできたか知りたがってるぜ」
そして祖父は笑いながら話す。それは狂犬病にかかった犬。寝ていたLibbyを起こすまいと、祖父は丸頭ハンマーを使ってその犬を始末しようとした。
だが犬は祖父の周りをぐるぐると周り一向に捕まらない。
そして思い切って振り下ろしたハンマーは犬から外れてすねを打ったという話。
祖父は最後に短く笑った。
そして「僕」はそれは笑いじゃなかったと思った。

次の月曜日、Libbyは「僕」を強引に学校に戻した。
だがそれは二日で終わった。
火曜日、Libbyの運転する車に送られて学校から帰ると、祖父が正面ドアから身体を半分外に出し、そのまま止まっていた。曇った眼は開かれ、口の周りをハエと蜂が飛び回っていた。
Libbyが止めるより早く「僕」は車から飛び出し、祖父に駆け寄った。
だがその足が止まり、そして後退した。
祖父は単に身体を半分外に出しているわけではなかった。彼は人間と狼の半ばにあった。
腰から上、ドアから出ている部分は、同じだった。だが彼の足、まだキッチンのリノリウムの上にある部分は、絡み合った毛が生え、形が異なり、違う筋肉がついていた。足は、踵が犬の後ろ向きの膝に変わるまで、二倍の長さに伸びていた。太ももは 前向きに膨らんでいた。
祖父はいつも言っていた通りのものだった。
「父さんは森に行こうとしていたのね」Libbyが言い、そちらを見た。
「僕」もそうした。

家に入ることもできず、二人が車のテールゲートに座って、食べそこなった昼のサンドイッチを分けて食べているところに、Darrenが帰って来た。
「駄目だ」祖父の姿を見て言うDarren。「駄目だ、駄目だ、駄目だ、駄目だ!」彼は叫んでいた。その声が充分に大きければ、それが真実になるかのように。

やがて、Darrenは盗んだホイールローダーに乗って帰って来た。
家の前にそれを乗り付けたDarrenは、前のシャベルに祖父を乗せた。
二人もそれに乗り込み、ホイールローダーは森の先の小川まで行った。
Darrenは祖父を持ち上げ、乾いた草の上に寝かせた。それからホイールローダーのシャベルで、急な土手に穴を掘った。

Darrenは祖父を抱き上げ、Libbyを見て、それから「僕」を見た。
「お前の爺さんだ」彼は言い、祖父を持ち上げた。「俺がこのジジイについて一つ言えることはだ。かれはいつも自分の夕飯を店で買うより、追い掛けて捕まえる方が好きだったってことさ、そうだろう?」
Darrenは泣きながらそう言い、Libbyは唇を噛み、髪で顔を隠した。

Darrenは祖父を新しい穴に降ろした。そしてシャベルで土を戻して被せた。更に土を掘って被せ、小川を掬って水をかけた。そしてその小山を何度も激しくつぶした。祖父の骨がバラバラになり、誰かが掘り出すことがあっても決してわからないように。
これが人狼を葬るやり方だ。

帰り道、車の上で「僕」は言った。「僕はどうなの?」
Darrenはすぐには意味がわからなかったようだが、Libbyはまだ幼く狼に変わったことのない彼が、そのことについて尋ねているのだと気付いた。
「人狼から生まれたすべての子供が人狼なわけではないわ」Libbyは言った。「あなたのママ、彼女はお爺ちゃんから受け継がなかった」
「受け継がないやつもいる」Darrenが言った。
「そういう幸運な者もいるわ」Libbyが付け加えた。

その晩、Darrenは家を出て行き、翌朝裸で帰って来た。肩に黒いベルトを掛けて。
警官のベルト。拳銃さえもまだ入っている。
父の死の悲しみから、酔ったのか、自暴自棄になったのか?狼になって暴れた彼が何をやったのかはわからない。
だがもうここにはいられない。
彼らは荷物を車に積み込み、育った家に火を放ち、旅立って行く。

*  *  *

………いや、ごめん。本当にごめん。なんか色々申し訳ない。本当に駄目だわ。
実はこの後、祖父の話の回想から続く、主人公の母の死にまつわる非常に美しく悲しい話が3ページほどにわたって書かれているのだが、書けなかった。理由はもう省略できず、全部書く以外の方法見えなかったから。
なんかいつもそんなことばっか言ってるみたいだけど、今回は本当に苦労した。とにかく最初祖父の家に四人で住んでいて、祖父が亡くなり旅立つまでの一章分紹介しようと決めたのだけど、なんかあちこち拾って短くまとめるというのが 本当に難しかった。なんか一旦書いてからやっぱこのことも書いておかなきゃと思って戻って書き足したりするばかり。
祖父の話の中で、彼の妻、主人公の祖母のいい話が色々出てくるのだけど、あちこちに断片的に散らばってて、ちゃんとまとめられなくて、結局全部省略。
最後、事件を起こして帰って来たDarrenに怒り、Libbyが手だけ狼に変身して攻撃する良いシーンもあったのだけど、同じく中途半端に書くのは気が引けて省略。というか最後にはできるのこんなもんかみたいな気分で諦めモードだったり…。
結局、このくらいの作品になってしまうと、一章全部完全に日本語にするぐらいじゃないと無理なのかも…。なんかこれでもこの素晴らしすぎる作品の一部でも伝わればと願うばかりっす。

物語はこの後、「僕」とLibby、Darrenの三人が各地を転々として暮らして行く話となる。ある土地でトレーラーハウス的なところでしばらく暮らすが、やがて様々な事情によりまた旅立って行くというような。
時系列的に並んではいるが、各章のつながりは比較的希薄で、短編連作というのに近いような構成。
時系列的に語られる本編というような章のそれぞれの間に、短いワンショット的な章が挟まれる。これらはその前の章の終盤ぐらいで出てきたキーワード的なものが主人公の人称となり、それに関する出来事が語られるというもの。例えば、 第1章の最後近くで、叔父Darrenが「僕」に「お前ヴァンパイアになりたいと言ってたよな」と話すところがあり、第2章はハロウィンの話で「僕」のところが「ヴァンパイア」という形で語られてたり。あれ?それほど難しくないと思ってたのだが、 なんか説明しようとするとややこしくなってる?まあ、とにかくそういう短い章が間に挟まれ、比較的幼い頃の話が時系列の本編の方とは別に語られるという形になっているということ。

第1章に出て来た重要なところでは、彼ら人狼種の血の問題があり、それゆえ人間とは深く関わることはできない。彼らの血を浴びるなどの接触を持った人間は「ムーンドッグ」と祖父が呼んでいたような理性を待たない半人半獣となり、命を絶つしか 救いようがなくなる。
語られていなかったところでは、人狼は長く狼の姿でいると、人間であったことも忘れ完全に狼となってしまう。
また、彼らは人間の姿のままでも、多くの動物にとっての脅威の対象であり、犬猫はもちろんの事、虫もあまり寄り付かない。
多くの人狼物語に出てくるように、銀は彼らの弱点。祖父のように年齢による衰弱以外はほぼ不死身の彼らだが、銀についてはうっかり触れるだけでも回復不能なほどのダメージを与える。
そして、第1章で語られているように、主人公の「僕」はまだ幼く狼に変わることはできない。いつかは祖父や叔父叔母のように狼に変わる日を夢見ながら、少年はひとところには定住できない流浪の生活を続けて行く。
様々な土地で、彼らは様々な同族と出会う。社会の陰で生きる者。人狼であることを捨てて人間として生きる者。
アメリカ社会の底辺というようなところで暮らしながら、ひとつの揺るがない誇りを持って生き続ける彼らの姿は、作者Stephen Graham Jonesのネイティブアメリカンという出自に通じるところのあるものだろう。なんてのはあまりにもお勉強臭い 優等生的感想文かね?
本当に美しく、素晴らしい、ホラーファンであろうがなかろうが、誰もが一度は読むべき名作です。必読!

と、まあそこそこ綺麗に終わったところで、ちょっと面倒なことを書こう。なんでそのまま終われないかね、というとこだけど、こういう奴なんで。
この作品、なんかで日本で広く読まれるようになると、ある問題が発生するかもしれないという懸念。あー、もちろん作品自体の問題ではないのだけど。
それは第9章Layla。14歳になった主人公の美しく悲しい初恋を描いた話。
なんかこの章の美しさと、作品全体的にはやや読みにくいと思う人も多いかもしれないというところが相まって、この作品についてここばかりが強調されることになってしまうかもという心配。
まあ具体的に言えば、「ウィリアム・ギブスンが読めないのはボクたちの頭が悪いからではなく翻訳が悪い」を数の力であたかもそれが正論定説であるかのようにゴリ押しした層によって。
なんかさあ、その挙句に「9章のみが名作!なんで全部この感じにしなかったのか理解できない」みたいなこと言いだすバカや、「評判を聞いて9章から読んだ。泣いた。あとは自分に向いてないと思ったので読まなかった」みたいなことを 当たり前の感想のように言いだすバカやらが横行するのが目に浮かぶ。
こんな出版状況では、日本で翻訳されることなんてまず起こらないから心配ないなんて言いきれない。英語が読めるバカなんて山ほどいるから。
まあそんなわけで、最初にブコウスキー風みたいなことを被せてみたわけです。異論がある人も多かろうが、この本読んで素晴らしいと思った人は、自分なりの考えでいいからこういうバカを寄せ付けない方法を念頭において薦めるようにしてください。
あー…、結局自分がこう言ったことでなんかのきっかけを作ってしまったかもという心配も起きてしまうんだが、本当にこういうことが起こってしまう前に言っておくべきなんだと思う。とにかく本を全部きちんと読めないやつ、 ちゃんと自分の頭を使わずに都合のいい他人の意見に乗っかってわかった風な口をきくやつなんてのには、本を語る資格なんてねえんだってこと。

さてStephen Graham Jonesについてなのだが、いやまずどうしようかという感じ…。最初の方で書いたように、この人この後に代表作といわれるようなのを続々と出してるわけだし、こんなことになった経験もないもんで…。 まあ、とにかく自分がこれだけはいつか読まなくてはと思いつつ放置し、そっちの方ちゃんと見てなかったのが悪いんだけど。
これほどの作家になれば、とにかくこの先の代表作ってところから読んで行くのは確定なんだが、うーん、いやここハードボイルドのこと書いてるところだからね、というのがこのくらいになっちゃうと出てきてしまう。結局、どこかで線引きしないと、本来の目的からそれてしまう、というような事。
まあそんなわけで、このStephen Graham Jonesに関しては、個人的に読んで行くことになると思うので、また次に書くことがあるかどうかはあんまり期待しないでください。ということになっちゃうと思います。そもそもが読んだ本 全部書いてるわけでもないしね。とか言ってもこれほどの作家では読んだら何か言いたくなってしまうところもありそうなんだがね。とりあえずは『The Only Good Indians』(2020)、そんでThe Indian Lake Trilogyに進むという感じかな。
またホラージャンル作品についてもやって行く予定ですが、なんか改めてこれハードボイルドのこと書くところだからな、と自分の中で再確認させられるぐらいの作品でしたということかな。

新刊情報、その他


なんかこの回こういうの入れにくいな、とかで先延ばしにしてきたら色々溜まって来てしまったので、ちょっと今回もホラージャンルだったりするけど、ハードボイルド関連の新作情報などを短くやっておきます。
まずは最新、ジョーダン・ハーパー新作。『A Violent Masterpiece』が来年2026年4月に発売予定!まだ結構先なのもあるけど、ジョーダン今先月頭公開の映画の方で忙しそうで、あんまり自分で宣伝しとらんけど。
前々作ぐらいで開眼したのか前作『Everybody Knows』では主人公を二人立てるパターンをやって来たのだが、新作はなんと主人公が三人になるらしい。トリプル主演ww。また読後全体を俯瞰するとDVDのチャプター選択画面が頭に浮かぶ ジョーダン・ハーパースタイルになるのは多分確実なんだろう。

続いて、早く書かなきゃと思いつつ先延ばしにしてたのが、今年5月から始まった英国Fahrenheit PressからのFahrenheit Pocket Noirシリーズ。こちらは過去に出版された作品を安価、お手頃サイズで出版するというシリーズで、日本の文庫本 的な企画。というかサイズ10X15cmぐらいで、ほぼ文庫本と同じ。最初にあの10th Rule Booksでお馴染みの…、えっとしばらくご無沙汰だけどまだ憶えてる人いるよね?のTodd Morrの過去作3作がリリースされ、なんか消えたタイミングからして これかな?と思っていたAnthony Neil SmithのBilly Lafitteシリーズ第1作『Yellow Medicine』が7月に第2弾として登場。今のところ1冊だけだが、Billy Lafitteシリーズについては現在出ている4作までがこのFahrenheit Pocket Noirシリーズから 再販されるらしい。その発表の際、Smith先生のSubstackほぼ撤退でどうなるのかなと思っていた第5作も無事進行中であることが明らかにされた。多分Fahrenheit Pressから出るのではないかと思われるけど、このポケットシリーズなのかは不明。
その他、このポケットシリーズからは、これも早く読まなきゃとずっと思ってたJo PerryのDeadシリーズ(Charlie & Rose Investigateシリーズ)第1作の『Dead Is Better』が8月に第3弾として出版されている。
未訳おススメのところで消えてるBilly Lafitteシリーズもいくらか揃ってきたら修正するっす。あと、もう続き出ないのかもでもったいなくて読めなかったLafitte第4作も早く読まねばだし、第5作は出たらすぐ読む!
あと、もうだめなんかと思ってあんまり見てなかったDown & Outが持ち直して、いつまでたっても書けないEric Beetnerが復帰してるじゃん、とかの話もあるんだが、それは多分次回に。


なんかね、世界に読むべき本なんてもう途方もないくらいあるよね。ホラーもっとなんとかしなくちゃ、Stephen Graham Jonesもっと読みたいとか考えながらこれ書いてる一方で、最近のPI小説方面もっと読まなければ等々で、7~8冊以上は 積み上げてるしな。いつまで暑いのか知らんけど、何とか生き延びたらまたいい本の話しますですよ。


■Stephen Graham Jones著作リスト


  • The Fast Red Road: A Plainsong (2000)
  • All the Beautiful Sinners (2003)
  • The Bird Is Gone: A Manifesto (2003)
  • Seven Spanish Angels (2005)
  • Bleed into Me: A Book of Stories (2005)
  • Demon Theory (2006)
  • The Long Trial of Nolan Dugatti (2008)
  • Ledfeather (2008)
  • It Came from Del Rio (2010)
  • The Ones that Got Away (2011)
  • The Last Final Girl (2012)
  • Growing Up Dead in Texas (2012)
  • Zombie Bake-Off (2012)
  • Zombie Sharks with Metal Teeth (2013)
  • Three Miles Past (2013)
  • The Least of My Scars (2013)
  • States of Grace (2014)
  • Flushboy (2013)
  • Not for Nothing (2014)
  • After the People Lights Have Gone Off (2014)
  • The Gospel of Z (2014)
  • My Hero (2016)
  • Mongrels (2016)
  • Mapping the Interior (2017)
  • Night of the Mannequins (2020)
  • The Only Good Indians (2020)
  • The Indian Lake Trilogy
    • My Heart Is a Chainsaw (2021)
    • Don't Fear the Reaper (2023)
    • The Angel of Indian Lake (2024)
  • I Was a Teenage Slasher (2024)
  • The Buffalo Hunter Hunter (2025)
Stephen Graham JonesについてはコミックでマーベルのXメンのワンショットのシナリオを一作書いたことが割と知られているんだが、その後2023年にIDWから全16話TPB全3巻のもうちょっと本格的なオリジナルのコミック作品『Earthdivers』も手掛けている。こちらについては最初の2巻がKindle Unlimited。できればコミックの方で紹介しようと思っているので、そっちの記事書いたらここにリンク張ります。



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2025年8月10日日曜日

Adrian McKinty / The Island -マッキンティの明日はどっちだ?!-

さて今回はエイドリアン・マッキンティ『The Island』です。
2022年にLittle, Brown and Companyから出版。現在はMulholland Booksから。なんか前の『The Chain』も一旦Mulhollandから出てLittle, Brownに移って、現在またMulhollandに戻っている感じで、なんかこれが出た頃Mulhollandがバタバタしていた 時期だと思う。あ、Mulholland BooksはLittle, Brown and Companyのインプリントというポジションなので。

2016年に労働の対価に合わん(=俺に書かせたかったらもっと金を払え)として断筆宣言をして、ウィンズロウらの助けもあり復帰、その後ダフィの次当分出せないんで、その間に読者層を広げようという意図の元、2019年に『The Chain』を出版。 そして同じ読者増やそうシリーズの第2弾として2022年に出たのがこの『The Island』。
第1弾『The Chain』が出た頃か、少し前ぐらいは米AmazonのKindleミステリジャンルの中に「Kidnapping」なんてカテゴリもあり、誘拐ものは女性読者にかなり人気だったのだろう。現在はさすがになくなってるが、まだこんなタグ付けて 売りたい奴山ほどいそうだから使用禁止とかになったのだろうけど。ホントこの人あざといことするよな、と思ったが断筆後復帰の期待値に、このあざとい策もハマり『The Chain』は思惑通りかなり売れた。
それに続けての女性読者を重点的なターゲットとしたシリーズ第2弾がこの『The Island』。あ、シリーズ言うてるけど、両作に関連はないです。まあ大方の見方としてはこういう感じだと思うけど。まあ同じくニューヨークタイムズ ベストセラーに入ったんで、思惑はそれなりに成功したんだろけど。果たしていかなる作品となったのか?
…とか言ってみたけど、遅えよ!なんかさ、これくらい日本で出るんじゃねえの?とか思って先送りにしていてこんなに遅くなってしまった。本当ならまあ一昨年、遅くても去年頭ぐらいには読んでいるはずの作品だったのに…。まあもう今後は 日本の翻訳ミステリなんてところには何の期待もしてないし、そこで一旦ゴミ化して出されたもんなんて二度と読むことはないんで、こういうことも無くなるけどさ。
まあそんなわけでかなり今更感はありますが、とにかく『The Island』です。

The Island


懐疑的な黄色い眼のカラスが、雷に打たれたユーカリの枯れ木から彼女を見張る。
カラスは死。
鳴き声を上げたなら、彼女は死ぬ。Jackoに向かって飛び、振り向かせたら、彼女は死ぬ。
カラスは半分頭を傾け、彼女を窺っている。

彼女は脆い草の上を這い、切り株に辿り着き、そこで息を整える。
そして更に這い進み、ヒースの縁へ至る。もはや彼女とJackoの間には、遮るものも無くビーチが広がるだけ。これ以上這い進むメリットはない。
ゆっくりと、非常にゆっくりと、彼女は立ち上がる。
慎重に、彼女は左手のマチェーテを、右手に持ち替える。
自分を落ち着かせ、慎重に進みだす。
更に三歩、慎重に進み、彼女はマチェーテを振り上げる…。

この時点ではまったく状況不明だが、かなり不穏な感じのプロローグ。そして、物語はその数日前から始まる。

Heatherはオーストラリアの夜のハイウェイを、旅の疲れで眠ってしまった夫と二人の子供を乗せて走っていた。周囲には何もなく、行き交う車もない。
もしアリススプリングスへ向かうはずの道を間違えたのだったら、この先彼女たちが食事、水、あるいはガソリンを得るまで500キロの道のりになる。周囲には何もない光景が広がるばかりで、Heatherの不安を募らせる。
その時、不意に道の前に大型のカンガルーが現れる。慌ててブレーキを踏む。
大事故を免れ、ほっとしたものの、そのカンガルーは立ち止まったままで動く気配もない。途方に暮れているところで、近くの暗闇から声がかけられる。
「ヘッドライトに目が眩んでいるんだ。消しなさい」
周囲に何もない砂漠だと思っていたところからの突然の声に驚くHeatherだったが、害意のない様子にとりあえず落ち着いてヘッドライトを消す。そしてカンガルーは、そのまま夜の闇の中へと消えて行く。

声を掛けて来たのは六十年配のアボリジニの男だった。Rayと名乗ったその男は、家族らと共にアリススプリングで開かれる祭りのために徒歩で向かっているところだと話す。
少し闇にも慣れて来た目で見れば、彼の後ろには2~30人の老若男女が、その場でキャンプを張っていた。
Rayの家族に紹介され、その妻が美しいと褒めたイヤリングを、お礼に渡す。その代わりに、Rayからは祭りで売るために作ったというハードウッドのペンナイフをもらう。
Heatherはやはり道を間違えていて、Rayから正しい道を教わり、無事にアリススプリングへと到着する。
予定のフライトにも余裕をもって空港に着き、メルボルンへと向かう。ポケットに入れていたペンナイフは、空港のゲートでも止められることなく、通過できた。

このパートは、主人公Heatherたち家族がアメリカからの旅行者で、まったく勝手のわからない異郷オーストラリアにいる状況を示すところだが、まあもちろんの事、このペンナイフは後々重要アイテムとなる。
続いてメルボルンに到着し、そこで滞在する家へと案内され落ち着く過程で、前パートでは眠っていた家族についての概略が語られる。その辺の経緯は端折って家族について。
主人公Heatherは、シアトルでマッサージセラピストとして働いていて、店に客として訪れていた医師であるTomと結婚する。
Tomにはかつて妻がいたが、アルコールに問題を抱え、自宅の階段から落ちるという事故により近年死亡している。
Tomには、前妻との間に二人の子供、14歳の姉Olivia、12歳の弟Owenがいるが、まだ年も若い後妻であるHeatherとの関係は少しギクシャクした状態。
このオーストラリア旅行は、夫Tomの当地で開かれる学会への出席に同行する形での、初めての家族旅行である。
その他、Heatherには、元軍人の両親により世間からは少し隔絶したアーティスト・キャンプで育てられ、子供時代をそのキャンプがある島で過ごしたという過去があるのだが、序盤では軽く触れられるだけで深くは語られない。

メルボルン到着の翌朝、一家は届いたレンタカーのポルシェ カイエンで観光に出発する。Tomは新型のカイエンを望んでいたのだが、在庫がなく少し旧型のカイエンターボであることにやや不満だ。
それほど見るものもないまま、昼になり彼らは道端のフードスタンドに立ち寄る。
ピクニックテーブルで食事をしていると、やや古めかしいフォルクスワーゲンのキャンプヴァンがやって来て、60代前半の年頃の夫婦が降りて来る。挨拶を交わし、夫婦はオランダからの観光だと話す。
そして更に、トヨタ・ハイラックスが駐まり、地元の人間らしき二人の男が降りて来る。一人は35歳前後、もう一人は50代というところ。

スピーチ原稿の作成という仕事もあるTomは、そろそろ帰るかと腰を上げる。まだコアラも見てないよ!と抗議する子供たち。
それを聞きつけ、トヨタの若い方の男がやって来る。「立ち聞きしたようで申し訳ないんだが、子供たちはコアラを見たいかい?」
そして車の後ろに積んだ檻の中で眠っているコアラを見せてくれる。病気で弱っているから触らないでくれよ。
このコアラはどこから来たの?と訊くHeather。
「俺たちは港の向こうの、個人所有の島から来たんだ。コアラはそこら中にいるし、他の動物も沢山いる」年上の男が自慢するように言う。

なんとかその島に行けないかと父親にせがむ子供たち。若い方の男 -Mattは、申し訳ないが私有地だから、と断る。
「フェリーがあるのかい?いくらかなら払えるが」と財布を出して頼むTom。
頑として断るMattだったが、年長の男はこれに食いついて来る。「いくら払えるんだ?」
「4…500ドルでどうだ?ちょっと見て、いくつか写真でも撮らせてもらえれば?子供のために」Tomは言う。

尚も渋るMattを年長の男は引っ張って行き、離れたところで相談し始める。そして戻って来て言う。
「900ドルでどうだ?俺とこのMatt、それからフェリーを動かしてる奴に300ドルずつだ」
600ドルが限界だと抗議するTom。そこで近くでやり取りを見ていたフォルクスワーゲンの夫婦が、残りは出すので自分達も連れて行って欲しいと申し出る。
そして彼らは、フェリーでその島、-Duch Islandへ向かうこととなる。

島に着き、遅くとも45分以内には戻るよう告げられた彼らは、ポルシェで島の道を走り出す。
少し奥に進み過ぎ、帰り道を見失いかけ、アクセルを踏んだところで、横の道から青い服の自転車に乗った女性が現れる。
こちらに全く気付かない様子で道を横切る女性。
そしてブレーキも間に合わず、ポルシェのフロントは自転車の女性を巻き込んで行く。

車の勢いは止まらず、更に20ヤード進み、道端の溝に嵌まり込んで止まる。
エアバッグからなんとか起き上がり、家族全員の無事を確かめたHeatherは、まだ朦朧としているTomを残し、車から降りる。
自転車の女性は車の10フィート後方で、凄惨な姿になり横たわっていた。
携帯を取り出し、オーストラリアでの救急番号000にかける。だが、この島は圏外でそれが通じることはなかった。
必死に救命を試みるが、自転車の女性を救う術はなかった。

やっと車から脱出したTomにも女性を救うことはできなかった。
Heatherは、状況を考える。携帯は通じない。この島に通常の形での警察力が及んでいないのは、フェリーに乗っているときに、男たちの話から聞いた。
そして、とにかく本土へ戻り、それから警察に出頭し、島で事故を起こしたようだと通報するのが最善だという結論に至る。
Tomを説得し、女性の遺体と自転車を道端の丈の高い草の中に隠す。そして、車を何とか道に戻し、その場を去る。

船着き場に戻るとオランダからの夫婦はまだ戻っていなかった。
その場に一人残っていたフェリーの操舵手に、急ぎの用があるからと話し、50ドルを渡すことで彼らだけを乗せフェリーを出してもらう。
なんとか出発したフェリー。だがそこで操舵手のトランシーバーが、彼を呼び出す。
「聞こえねえぞ」と言った男は、船の後方に行きそこで話し始める。
会話を終えた男は、傍らのスポーツバッグから何かを取り出し、彼らの乗った車へと戻って来る。
そして古めかしいリボルバーを、Heatherの顔に向け言う。
「お前らの携帯を全部渡して、ゆっくりと車から降りろ」
そしてフェリーは島へと戻って行く。
果たしてここから、彼らがこの島から逃れる途はあるのか?

*  *  *

大体この辺まで読んできて、マッキンティが何をやるつもりなのかは薄々見えて来た。
絶望的な状況での監禁からの脱出、そして反撃。
まさにマッキンティの得意技ともいうべきところ。デビュー作であるMichael Forsytheトリロジー第1作『Dead I Well May Be』でのメキシコの刑務所からの脱獄。第2作『The Dead Yard』では、そこまでは書けなかったんだけど、最後に義足を 奪われた状態での監禁からの反撃。そしてダフィ第6作『Police at the Station and They Don't Look Friendly』では武装組織に捕まり山中でこれから処刑という感じで始まるとか、第7作『The Detective Up Late』でも ローソン、クラビー、プラスもうひとりと共に建物内でテログループに追いつめられ絶体絶命というのもあった。
それをこの作品では全編にわたってやろうということだ。女性読者ターゲットで?いや、面白かったけど、そっち的にはどうだったのかな?

紹介した最後の部分の、フェリーに乗ってこのまま逃げられるか?からの…、というような今度こそうまく行くかが潰える、というシチュエーションが様々に形を変えて繰り返し現れ、主人公たちを追い込んで行く。
この辺の盛り上げ方はうまいんだが、もしかすると、あまり追い詰めるとさすがにきついか?というような配慮からそこに置かれたのかもと思うのが、冒頭のプロローグ部分。
実はここがこのストーリーの大きなターニングポイントとなる。
ほら、最初にこういう感じでどこか必ず先で出てくるところを出されると、ちょっとどうかなと思いながら読んでても、あれが出てくるまでは読んでみようかという感じになるじゃん。とにかくここまで読んでみてくれよ、みたいな感じなのかもと 思った。まあその後の展開については、女性ターゲットとかと考えると、それぞれ意見あるかもとは思うけど。

全体的になるべく早く読ませる、という方向での書かれ方がされていて、378ページで前の『The Chain』とほぼ同じボリュームなんだが、その割にはかなり早く読めた感じ。
具体的には、風景やら心象描写などを控えめにして、とにかくキャラクターの行動で話を進めて行く感じ。主人公たちの背景というような情報も、ある程度進んで落ち着いたあたりで出される感じで、序盤からある程度まではかなり断片的にしか 語られない。
そういう簡単に読ませようという方向を、女性向きの作り方と考えてしまうのは少し安直だろうが、少なくとも前作『The Chain』とこの『The Island』に関しては、他のマッキンティ作品と比較してみれば、女性をターゲットとした作品に共通するような 世界観の範囲で切り取られるという形で書かれているように思った。おそらくこの人のことだから、以前の密室のアレと同様に、近年の女性に人気のミステリベスト5とか作れるぐらいまで、その辺の作品を読んで研究したんだろうね。
まあ、後半の主人公の行動の一部は、その範疇みたいなもんから少し逸脱してる部分もあるのかもしれないが、「ハッピーエンドが好き」層には結末のそれで相殺される範囲かもね。

といったところで、ここからはもしかするとネタバレ的カテゴリに属するところかもしれんので、やや注意されたし。
主人公たちは、明らかに悪行であるひき逃げを行うことで困難な事態に陥るわけだが、それについてはどうなるのかというところである。
例えば、ここまで真っ黒でなくても、意に反してグレーゾーンの行動をとらなければならなくなったというようなケースで、実はその相手が大変な悪党で、結果的に主人公の行為は正義になるというパターンがある。まあ読者に居心地よく読ませる方法。
この物語で行くと、実はこの島で本土の政治家も絡む大きな犯罪が行われており、主人公たちが轢いてしまった女性は実は誘拐され性奴隷として働かされていて逃亡中だったとか。
何か重要な政治的腐敗を知ってしまった女性ジャーナリストとかが、監禁されていて逃亡中だったとか。
もっと小さくなる形では、この島で違法なドラッグがかなり大掛かりに生産されていたとか。
まあ、女性をターゲットとしたというような意図で書かれた作品ゆえ、何らかのそういった読者を居心地よくさせるようななんかをやるんだろうなぐらいに思い、ある程度仕方ないかもしれんけどあんまりひどかったらさすがに突っ込んでやろう、 ぐらいに思って読んでいたんだが、結局なんもなかったな。
なんかこういう言い方してると、こいつはどうしようもなく心のねじ曲がった厨二病の成れの果てでダークで悪いことばかり読みたがってると単純に解釈する輩もいるんだが、そういうことじゃないよ。こっちが言ってるのは作品内モラルの一貫性ということ。 それがたとえ負の方向のものでも、そうやって始まったものは最後までそれを通してくれ、読者が居心地よく読めるように都合よく捻じ曲げるなんてのは白けて最後まで読む気すらなくなるんだよ、って話。
ここで主人公たちの敵となるこの島の島民は、ここが警察力の及ばない場所で最悪殺してしまっても大丈夫と思うような粗暴な者たちだが、発覚すれば即お縄になるような犯罪行為を日常的に行っているようなものではない。どこまで行っても 主人公たちが引き起こしたことが原因で危地に陥るわけだが、だからといってそのままおとなしく殺されるわけにはいかない、という闘いである。本当に最後の最後になっても、主人公たちは「お前らがこの島に来たのが悪いんだ!お前らが無茶苦茶にしたんだ」 という至極正論を吐きかけられるのだ。
実はこの作品、あとがきで言及されるのだが、マッキンティの実体験に基づくものだということだ。オーストラリアに住んでいた時、実際に私有地である島に同様の形かは知らんけど行く機会があり、そこを家族で車で走っているとき、横道から出て来た 耳の不自由な人を(この作品でも轢いてしまった女性が実は耳が聞こえなかったことが後ほど明らかにされる)引きそうになってしまったという経験をしたということ。その時冗談交じりに、ここで本当に事故を起こしたら俺たち生きてこの島出られなかったな、 といったのが作品の元となったということ。ちなみに島自体もその場所かは書かれていなかったが、実在のものをモデルにしており、ただし島民は善良な人たちだと書かれている。
あのさ、ここではっきり言っときたいのは、これがマッキンティのなんかの失敗で主人公が悪事を働いてしまうことになる物語になったのではないということ。いや、何か本当にそう思い込むレベルの奴っているじゃない。 作者は常に読者が居心地よく読めるように書かれた作品の方が売れやすいことぐらい当然にわかっている。これは当然そういった反感を買ってしまう危険を冒してもそういった方向で話を書きたいという作者の意図によるものである。
それが何によるものかは、例えばマッキンティはいかに冗談めかして話していても、その事故を起こしたときかなりの衝撃と恐怖を味わい、それを題材として選んだ以上はそこを都合よく曲げることはできなかったのだろう、とかいう想像が 精一杯ぐらいのとこなんじゃない?
結局のところ、読者が居心地よく読めることを最優先とするのがミステリーエンタテインメントで、一旦上げたモラルを最後まで貫くのがハードボイルドだってことなんじゃないのってとこかな。

はい!ここでネタバレ危険性パートは終わりましたんで、後は安心して読めるですよ。…いや、そもそもお前安心して読めるなんてもの書いてねーだろ、ではあるだろうけどさ…。
ここからは作者マッキンティの近況というか、現状について少し書いて行こう。
まあまず、こういう話自体があんまり好きじゃなくて気が進まず、先延ばしにして来た現在のショーン・ダフィシリーズの版元であるBlackstoneについて。
Blackstoneってのは元々はオーディオブック専門のパブリッシャーだったのだが、2015年あたりに書籍出版にも乗り出す。多分、その当時業界的にはこれから大きな市場となると期待された、オーディオブックのエキスパートという技術を持った会社として、 NYのビッグ5の系列となることは時間の問題ぐらいの見方もされていたのだろう。それにマッキンティもビッグ5へ至る最短ルートとして乗ってしまったわけだね。
そこからかなりモタついて、やっとダフィシリーズの再開となったわけだが、まあそういうパブリッシャーだけにまず最優先でオーディオ版が出て、あんまり規模もでかくなくハードカバーが出て、かなり時間がかかってペーパーバックが出て、 更にその後ぐらいになってKindle版が出るものの、旧作にしても販売はヨーロッパぐらいまでで、新作に至っては米国内のみの販売というような方法が取られ、日本にはほぼ手が届かないような形となってしまった。とにかく業界話みたいなもんに うんざりしてた私でもその辺までくれば、ああこういうことなんやろな、と見えてくるわけだ。
もうとにかく早くどっかビッグ5入りしてくれよ、そうすりゃもうちょっとまともな販売に変わるだろうが、とかなりうんざりしながら我慢、つーかほとんど見ないぐらいのスタンスでいたわけ。で、やっと第8作出て、それがまたペーパーバック版 1年後とかにイラっとしながら。
でも、どうもここへきてBlackstoneのその辺の思惑、コケたみたいだな。
オーディオブックの市場みたいなもんがどうなってるかは知らんけど、少し当初の勢いや期待は頭打ちとかになり、ビッグ5にとってはわざわざ新たに専門のパブリッシャーを構えるほどの魅力は減少してしまったというようなところかも。
それが無くなってしまえば、Blackstoneなんてただの弱小インディペンデント。Kindleやペーパーバック版のそんな販売方法が、そのくらいの力しかないのか、それとも単独ではやっていけないんでオーディオブックメイカーとしてどっかに少しでも 高く売るために少しでもその売り上げ実績を伸ばしたい戦略なのかは知らん。ただはっきりしてるのはここからダフィシリーズが出てる限り、こんな作品自体が手に入りにくい状況が続くというわけ。
日本ほどひどくないのかもしれんが、やや手に入りにくいという状況は少なくとも米国以外では続いているだろうし、さすがにうんざりしてきたファンの矛先は、作者マッキンティに向かうことになるよね。なんかとっくに完結しているはずの シリーズがなんでこんなにもったいつけてモタモタ出版されんの?みたいなのもあるかもしれんし。

第8作出て少しの後、マッキンティはXで日本のアマゾンのオーディオブックのなんかのランキングで一位を取ったぞ!みたいなのをちょい自慢げにアピールしてて、日本じゃそれとハードカバー以外のバージョン無いからだろ、みたいな私の気持ちをそのまま 代弁するようなツッコミが即座に入れられてたり。 その他、ランキングがあまり上がらないことで、今のこういうところ女性向け作品ばかりが強いんだよな、みたいにぼやいたら、あんたの『The Chain』と『The Island』もそうじゃんとか言われたり。
まー人気絶頂上り坂の作家はこんなのが見えちゃいけないんだけどね。
そんな状況で出てきたのが、少し前からちょこちょこ紹介してたSubstackのダフィシリーズの未発表中編の公開ということなんじゃないかと思う。

最初のが出た時に、現在オーディオ版のみの『God’s Away on Business: Sean Duffy: Year 1』と一緒に本にする予定のやつかな、と言ったのだけど、なんかもしかすると、これもオーディオ版単品として売ってその後作品集にするつもりだったのだけど、 今のBlackstoneの状況としてそれもご破算となったという事情なのかも。
そういった出版方面の思うようにいかない部分と、一方のもしかしたらこいつは金に汚いぐらいの方向の反感の芽生えに対してのアピールという部分が重なったのがこのSubstack無料公開なのかもしれない、ということ。あ、最初の『Jayne's Blue Wish』 だけは読んだので、それについては後で書きます。あーちょっと楽しい話パートとして。

なんかその辺が、割としつこくマッキンティを追い続けている私の感じている近況なのだが、それがあっているのかどうかは不明かもしれんけどね。
その辺を踏まえてのマッキンティの「次」という話。
『The Chain』と『The Island』の二作について感想を聞かれれば、ああ、面白かったよ、と答えるだろう。だが、エイドリアン・マッキンティという作家に求めているものとしちゃあ、少々物足りないけどね、と付け加えるよ。
エイドリアン・マッキンティという作家は、Michael Forsytheトリロジー、ショーン・ダフィ・シリーズという作品の積み重ねで、自身のファンを獲得し、評価を得てきた作家だ。
それらコアとも言える部分の読者は、断筆による中断もまあしょうがないなと許容し、次へのしばらくの間を埋めるものとしてこの二作をそれなりに評価できる作品としても読んだだろう。
それらの部分が、この出版関係の都合によるお粗末な供給に怒りを抱き始めているのだ。
マッキンティの次作がこれに続く第3弾だったとしたら、それらの読者層は必ず落胆する。自分にしたって、それがもしまともにすぐ手に入る形で出版されたとしても、それほど優先度は高くならんだろうし、Blackstoneから同様の形で出版されでもしたら、 いつか何年か後でも電子書籍で手に入るような機会があったら読めばいいや、ぐらいにしか思わないだろう。
マッキンティという作家の腕にかかれば、その第3弾もニューヨークタイムズベストセラーに入るかもしれんし、その次もうまく行くかもしれん。だが、そこまでマッキンティを押し上げて来たコアな部分の読者は確実に失う。バブル的に増えた 不安定な読者により、人気ベストセラー作家ぐらいになれるかもしれんが、二度とエドガーに引っかかるような栄光は訪れない。その手の「ベストセラー作家」っているだろ?
まあこれが売れたんで、これこそマッキンティの代表作、この方向を進めて行けばいいなんて思うのは、出版はビジネス!売れる作品にこそ意味がある!作家性なんて独りよがりのおままごとなんて話半分に聞いてりゃいい、ぐらいのこと言って憚らない、 作家を御立派な自社と自分のキャリアに貢献するための使い捨ての道具としか思わないクズ編集者サマレベルぐらいのもんだろう。

実はしばらく前ダフィ第8作が出版された直後ぐらいに、マッキンティは自分のXに、こうなって来ると次はなんだって話も上がって来るだろうが、そこは悩むとこなんだよなあというようなツイート(じゃないのかもしれんけど、今なんて呼べばいいのかわからん) を上げている。ここで言ってる「次」はもちろんただの次作ではなく、もう終わりが見えて来たダフィの次のことだ。
もしそんな方向に流れて、コアな読者を失えば、その「次」も失うだろうがね。
第8作出版より以前に、次のシリーズ外作品がそれより早く出るかもしれないみたいな話もしてたので、それ以前から何らかの作品に取り掛かっていたのは確かだろう。なんかいつ頃だったかはっきりしないんだが、次の作品の舞台がその辺なので、 1975年にヒットしたこの辺を全部聴かなきゃみたいなことを言って、その辺のアルバムがずらっと大量に並んだ画像を出してたのも憶えてる。
その後、次作についてのコメントはなくなり、現時点で新作のアナウンスはない。
ダフィ・シリーズについては作品については期待し続けるが、この状態では最終第9作までちゃんと読めるのは本当に当分先になるんだろうと諦めてる。
そっちではない次作が、どういう形でどこから出るのかは、本当に大事なところだと思うよ。

というところで、もしかするとやや苦渋の策という部分もあるのかもしれない、Substackのダフィ中編シリーズについて。
まず最初に出たのが、完全未発表作である『Jayne's Blue Wish』。続いてオーディオ版のみ発売されていた『God’s Away on Business: Sean Duffy: Year 1』。そして『Murder in The Barn』が現在進行中の作品として、週ごとにアップデートされているらしい。
『Jayne's Blue Wish』は、最初のところだけ読んだとき、ダフィのいる状況がよくわからなかったので、現在第8作ぐらいの時点の話かと思ったが、第5作ぐらいのとこらしい。ちなみに次の『God’s Away~』は第7作のプロローグの『Prelude in E-flat Major: Sean duffy, Year Zero』に続くあたりで、『Murder in The Barn』はまた第5作近辺ということ。
第7作の最後はここからどうなんのかな?という感じだったり、ダフィの立場も色々変化して行くようなので、第5作あたりのその辺が別の話を入れるのに都合がいいあたりということか。
ある銀行強盗に続いて起こった脅迫事件を、ダフィが個人的に報酬を提示されるという形で、非公式に捜査する。クラビーに手伝いを頼み、報酬は山分け。かなりラッキーに事件はスピード解決するが、その後…、という話。
第8作には、Michael Forsytheがアメリカへ渡るのをダフィが助けてやるというシーンがあるそうで、またXなんだけど、マッキンティ自身により「ダフィ・バース」と称する一連の作品がリストアップされ、そこにはダフィシリーズ9作に加え、 Michael Forsytheトリロジーが並べられていた。更に、単独作品として出ていた『Falling Glass』もそこに属する作品とされ、この中編にはその主人公KillianがForsytheと一緒に逮捕されているというファンサービスって感じのシーンも出てくる。 なんだかんだ言ったって、こういうの本人が一番楽しんでるんだろうけどさ。
まあ色々言ってきたけどさ、マッキンティがベストセラー作家世界のドリアンと、21世紀前半のハードボイルドに強い足跡を残す作家の岐路にあった、なんてのは結局のところ、停滞期にあったマッキンティのこの時期のネタギャグにしか ならんぐらいのもんだろ。
本気でそっちを目指すんなら、今頃第4弾ぐらいまで出てたっての。どこまで行ってもダフィ再開のために弾みをつけるための方策でしかない。ホントこれが順調に行ってればね、って話でしかないよ。
なんかさ、こっちの願望でそう言ってると思いたきゃ思えばいいが、少なくとも「島田ショック」や安定と成熟与太ほどひどくはないと思うけどね。

やっぱり面倒で長ったらしいくだらない話になっちまった。どうせ長い目で見りゃ、一時期のゴタゴタぐらいのもんでしかないだろうし。とにかく早くそういう面倒が収まって、作品だけを楽しく読めるような日が来るのを望んでるよ。
いくらややこしくても、エイドリアン・マッキンティは、現代ハードボイルドの最重要作家の一人として、当方だけはしつこく追い掛けて続けて行くからさ。そんだけだ。
なかなか新作に手が届くようにならないマッキンティだが、ここでダフィ・バースの一角であることが明らかにされた『Falling Glass』もそのうち読んだりして、気長に待つとしようか。やれやれっすよ。

■Adrian McKinty著作リスト

〇Sean Duffyシリーズ

  1. The Cold Cold Ground (2012)
  2. I Hear the Sirens in the Street (2013)
  3. In the Morning I'll Be Gone (2014)
  4. Gun Street Girl (2015)
  5. Rain Dogs (2016)
  6. Police at the Station and They Don't Look Friendly (2017)
  7. The Detective Up Late (2023)
  8. Hang On St Christopher (2025)
  9. The Ghosts Of Saturday Night 未定

〇Michael Forsytheトリロジー

  1. Dead I Well May Be (2003)
  2. The Dead Yard (2006)
  3. The Bloomsday Dead (2007)

〇The Lighthouseトリロジー

  1. The Lighthouse Land (2006)
  2. The Lighthouse War (2007)
  3. The Lighthouse Keepers (2008)

〇その他

  • Orange Rhymes With Everything (1998)
  • Hidden River (2005)
  • Fifty Grand (2009)
  • Falling Glass (2011)
  • Deviant (2011)
  • The Sun Is God (2014)
  • The Chain (2019)
  • The Island (2022)


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Adrian McKinty / The Detective Up Late


●Michael Forsytheトリロジー

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