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2025年9月28日日曜日

Pablo D'Stair / this letter to Norman Court -Trevor Englishシリーズ第1作-

今回はPablo D'Stairの『this letter to Norman Court』。2011年に出版された全5作からなるTrevor Englishシリーズの第1作です。

しばらく前だったけど、なんかここに書くこと考えてメジャーなやつばっかり読み過ぎてて、なんかもっと売れてなくてわけわかんないの読みたい、みたいな妄言を最後の方で吐いてた回があったと思うんだけど、その時読んでたのが前回の『Mongrels』までで、 そこでそういう気分で手に取ったのがこれ。…実はもう1冊あったんだけど、また先が渋滞し始めてどうしようもなくなってきたんで、そっちはいずれぐらいになってしまうのだけど、これについては何としても書かなければならん。

と、また要領を得ない感じの個人的妄言から始まってしまったのだが、まずは作者Pablo D'Stairについてから。
さあ、Pablo D'Stairだ!
といっても大半の人は分からないだろうけど、実はこのPablo D'Stairの作品については、一度取り上げてる。えーっと11年近く前に…。
当時から、現在に至るまで注目している…、とりあえず時々様子を見に行ってるChris RhatiganのAll Due Respect Books。その第1作として出版されたのがChris RhatiganとPablo D'Stairの同一テーマによる中編2本の競作?というのが正しいのかわからんけど、 その2作収録の『you don't exist』という作品だった。
Rhatiganの作品も悪くなかったけど、そこでかなり強い印象を受けたのがPablo D'Stairの作品。前に書いたのを久しぶりに読み返してみたんだが、その時あまりそういう言い方で安直に方向性みたいなものを決定づけるのも良くないと思ったんだと思うが、 結局その時に思ったのが「カフカ的」というような印象。うーん、今ならもう少しうまく書けるか?
何か恐怖であるとか、大きな不安に押しつぶされそうというようなものではなく、ちゃんと目的を持って動いているのだけど、決してそこにはたどり着けないのではないか、というような疑いから逃れられない主人公の行動を見ている感じ。 迷宮とか大袈裟なものではないけど、なんかゴールも無いすごろくのコマにされて、いつも足りない目のサイコロに合わせて動かなければならないような。
夢の中のような、といってみても夢というもの自体が個々人で違っているものなのだろうから、きちんと伝わるかわからんのだけど、自分は昔から電車やバスなどの交通機関を使って、いつまでたっても目的地にたどり着けない、大抵は帰れないなのだが、 というような夢を時々見る。ただそういう夢の中では、現実だったら当然感じるような焦りとかがあんまりなく、何とか方法を考えつつもしょうがないなあ、と半ばあきらめながら行動していたり。例えば、うっかり違う路線の電車に乗ってしまい、このままだと 東北の方をぐるっと回って帰りは明日の午前中ぐらいになるのだけど、まあ座れたからいいかとか。数駅で自分の降りる駅に辿り着くのだけど、そちらの路線に分岐して行く電車がいつまでたっても来ない様子で、そのための対策としてなぜか延々と 反対方向に行く電車に乗って行ったりとか。T字路のバス停にいて、正面の道を行けば駅に辿り着けるのだけど、そっちから来るバスはあるけど向かうバスはいつまでたっても来なくて、左右どちらかから回って駅に着くバスをに乗る方法を延々考えてたりとか。 現実だとかなり慌てたり焦ったりする状況なんだが、それが当たり前のように行動している感じ。
あれ?うっかり夢の話とか書いちゃったけど、これ勝手に心理分析とかされて、私かなり危険な変態性欲を持ったサイコキラーと判断されちゃったりするやつ?じゃあ、たまたま出て来たんで、夢と迷宮をキーワードに評論ポエムでも作って、 「知性的な危険な変態性欲を持ったサイコキラー」ぐらいに認定してもらおうかな?

常に書いてるうちに色々ずれて行ってしまうのはもはや通例なんだが、まあ自分の思う「カフカ的」というのはそういう感じで、その感じが好きでとりあえず長編全部読む程度ではあるけど、一時期カフカにははまり、今でも好きな作家の上位。 そういう自分のカフカ好きみたいなところを刺激するような作家がPablo D'Stairという人。
例えばSFとかホラーみたいな方向性でもなく、シュールで理解困難な展開があるわけでもなく、主人公の考え、続く行動みたいなものは理屈は通っているのだけど、全体的に考えると何かうまく説明できないような違和感が付きまとうような。 Pablo D'Stairの作品というのはそんな感じなのだと思う。

この作品は、2011年にちょっと今ではどうだったのかわからない形で出版され、その後シリーズ全作をまとめた合本版が出てるのを見たのだが、電子書籍版は割と短命で絶版となり、2020年に現在のAll Due Respect Booksから再版されている。
All Due Respect Booksからはその前年2019年に『Man Standing Behind』という中編作も出版されており、Chris RhatiganにとってPablo D'Stairというのはかなりこだわりのある作家なのだろうなと思う。
あーでも、Pablo D'Stairが好きなのはChris Rhatiganと私だけではなく、ブレット・イーストン・エリスや、前回やったStephen Graham Jonesといった作家からも好評が寄せられてるからね。
Pablo D'Stairがどんな作家でどういうところを評価するのかまず書かなければと長々やって、いつも通り要領を得ない感じになってしまったが、とにかくこのくらいにして『this letter to Norman Court』です。

this letter to Norman Court


この作品は一人称形式で書かれていて、主人公のTrevor Englishという名前も後半ぐらいでやっと出てくるぐらいなのだけど、あらすじにまとめる便宜上、最初からTrevor Englishの三人称で行きます。

Trevorが街のファーストフード店で、列に並んでいた時一度目が合ったカウンターの中の女の子は、自分に気があるのだろうか、などと考えながらハンバーガーを食べていると、一人の男が彼に向かって笑顔で頷きながら、目の前の席に座る。
何か用なのか?と尋ねる前に、彼はその男が二日前に財布を盗んだ相手だと気付く。
「60、70ドルってところかな、大した額じゃない」男は言う。
Trevorは咳込み、ドリンクを一口飲んで、口を拭いてから答える。「40ドルだったぞ」
この男に知らぬふりをする意味があるとも思えない。
「40ドルか?」男は辛うじて気にしているぐらいにしか見えず、40ドルという言い方も質問にすら聞こえない。
「40、42ドルかその辺だった。なあ、そいつはもう無くなった。使っちまったよ。あんたはクレジットカードやら全部をキャンセルしたと思うが、俺はそんなものに構っちゃいないし、他のやつが見つける所にも放り出したりしてないからな」
「なんでだ?あんたはその手の連中にそれを売れないのか?」
「すぐにキャンセルされるクレジットカードなんて、誰が買うっていうんだ?」

「よかろう、40ドルなんてのは、はした金ってところだろう」
Trevorがハンバーガーに注意を戻し、再び食べ始める前で、男は続ける。
「それよりもっと大金を稼ぐつもりはないかね?そのことについて話すのはどうだい?」
Trevorは、曖昧な関心で、ため息をつく。少なくともそれは彼が想像していたことではなく、ありきたりでもなかった。
「どうかっていうのかい?いいじゃないか、話せよ」
「私の兄弟に手紙を届けてくれたら2千ドル払おう」
Trevorはにやりと笑う。
「ちょっとした大金だな。だが、他には?」
「他には何もないさ。そうだな。彼に私からだと話さないという条件ぐらいか」

奇妙な話だとは思ったが、金をくれると言ってる。ただ手紙を届けるだけだ、もしおかしなことになってると思えば、金だけ持って逃げればいい。
「それで、誰かがあんたの財布を盗まなかったら、この手紙はそいつにどうやって送られたんだい?」
男は含み笑いをして言った。わからないな、そのことをしばらくの間ずっと考えていたんだ。

こうしてTrevorは、奇妙には思いながらこの仕事を引き受けることにする。
そしてその後、指定されたコーヒーショップで2千ドルと手紙を用意してきたその男と会う。
Trevorがそこに着くと、男は外のテーブルで新聞を読みながら待っていた。手紙と金はそれぞれ厚い封筒に入れられ、ハッピーバースデイ・ギフトバッグの中に収められテーブルの上に置かれていた。
「私の兄弟は、ミル・クリークに住んでいる。メリーランドだ」男は言う。
「俺はメリーランドまでどうやって行けばいいんだ?」
「君は2千ドル持ってると思うんだが、そうだろう?」
「それが交通費込みとは思わなかったんだがね」
「なら昨日はっきりさせればよかったんだ。そうすれば私は君に、手紙を届けるのに1500ドル払う、兄弟はメリーランドに住んでいる、考えるにそこへの旅費として500ドル払う、と言っただろうね」
納得いかない気持ちは持ちながらも、兄弟の名前と住所を聞き、男とそこで別れる。

メリーランドへは鉄道で一日半かかる。料金もバスより少し高いが、バスはよく使うが鉄道はこれまで使ったことがない。
しばらく車窓からの風景を眺めていたが、すぐに飽き、気持ちは届ける手紙へと向かう。そしてTrevorはそれを開けてみることにする。
財布を盗んだ男に仕事を依頼するような奴なら、当然中を見るだろうと思っているはずだ、と自分に言い聞かせ。
手紙は薄い何枚もの紙に書かれた非常に長いものだった。日付は2年前。手紙を届ける相手Herman Flakeの妻、KliaからNorman Courtという人物へ宛てられたもの。
手紙の内容は、KliaのLawrence Stephanie Glassという人物との交際と彼に対する恋情を綴ったものだった。
妻の不倫の証拠の手紙を兄弟に届ける?Norman CourtとKliaの関係は?どうもわからないことだらけだ。

列車から降りたのは翌日の午後3時ごろ。Trevorは男から聞いたHerman Flakeの勤め先の住所へと向かう。
受付へ行き、Hermanと会いたい旨を告げる。
「Flake氏は外出しています。会議で。お約束はありますか?」
予定を間違えたようだ、と誤魔化し、いつ戻るのかと尋ねる。
会議は州外で行われていて、戻るのは明後日になりそうだとの答えが返って来る。

このままこの町に2泊するか?Trevorは元の2千ドルがさらに減って行くのを腹立たしく思う。
とりあえず、留守とはわかっていてもHermanの家へ行ってみることにする。
手紙を書いた当人、妻のKliaが迎える。だが、手紙の内容から妻にこれを託して帰るわけにもいかないだろう。
一旦町へと戻り、バーに入り2~3杯飲んでいるうちに、Trevorの頭にある考えが浮かぶ。
この手紙でKliaを脅迫し、更に金を増やすことはできないか…?

そしてTrevorは、Kliaから脅迫により金をせしめる。そしてそれは不倫相手であるLawrence、更には元々の手紙の送り先の相手、Norman Courtまでにも広がって行くのだが…。

*  *  *

130ページほどの中編作品にしては、少し書き過ぎたところぐらいまでなんだが、ここから物語は更に謎また謎!どんでん返しに次ぐどんでん返し!wwっぽく展開して行く。
そして少し書き過ぎたと言ってるところで、更にネタばらし的なことをしてしまうと、ここまでに出て来た数々の謎、そして新たな展開により深まって行く謎また謎は、ほとんど明らかにされず終わる。最後にTrevorが関係者一同の前で延々と説明トークをする ようなクイズの解答ページも巻末についてない。結末としては、主人公Trevor Englishが、この事態から何とか脱出できたと感じるという形。
つまりこれはそういう小説。そもそもそういう意図をもって書いてないのに、謎が解決されていない!なんてことで批判されるのは見当違いでしょ。そのためのネタバレ。まあそれさえちゃんとわかっていれば、実際にはストーリー的なネタバレには なってないから。

なんか書き方が悪くて、勘違いしてる人がいるかもしれないけど、この作品別に「謎解きミステリ」みたいなものの"パロディ"みたいな底の浅いもんじゃない。いや、書いてるうちにちょっとそんな感じでおちょくれるかもと、私が思いついただけだし。
ただこの作品、ちょっとそういうことを思いついてしまうような感じに、ほら、その辺の連中がもっともらしく言う「プロット」?みたいなもんが良く出来てる。
最初に主人公Trevorからすればまあいい金ぐらいの2千ドルを提示され気軽に引き受ける。→結構遠いところだったのだが、経費込みだと言われる。→行ってみるとまた面倒が重なり、さらに経費がかさむ見込みになる。→脅迫で金を稼ぐ。という風に。 遠いところだったので、時間が余り、中の手紙を読んでしまう、というのもストーリー的に納得できる必然だったり。
なんか「謎解きミステリ」みたいなのよりは、60~70年代のフランスのサスペンス、ジャプリゾとかに近いのかも。いや、その辺ジャプリゾぐらいしか知らんのでそれしか出てこないんだが。
そういった何気に論理的に整合性のありそうに組み立てられた話ながら、それが積み重ねられるばかりで、あちこちに解けたままの結び目が残されるというのが、この人の作品の面白さなのかもしれない。というより、その辺の不安定な居心地の 悪さみたいなもんが読んでてある種の快感なのかも。やっぱこいつ変態か…?

また、以前『you don't exist』のときにあんまりうまく表現できてない感じで書いたこの人の少し癖のある文体。意図的なものかは知らんが、文章を繋げたり、文章の中に文章を入れるような書き方を多用し、それがある種の回りくどいというのか、 何かまっすぐ読めないような読み方をさせる。少し文学方向のクラシックというような感じなのかもしれない。
また、主人公Trevorが、少なくともアメリカの小説ではあまり見ない感じに、鉄道での移動を、最初だけではなく繰り返すようなところもクラシック風というのを意図したところなのかと思う。実際のところはファーストフード店みたいなところから 話が始まったり、Trevor自身は持っていないのだが、普通に携帯電話が使われているという感じで、全然現代なのだけど。
また、これは明らかに意図的なんだろうけど、時々微妙な不快感というような方向の記述が挟まれるのも特徴だろう。それほど目をそむけたくなると言うほどのものではなく、ちょっとやな感じというような。例えば煙草を吸うんだが灰皿が無く、 考えた末に変なところで消したりとか、何か空気の悪い地域に行き鼻水が止まらなくなり、話している途中で袖で拭いたりみたいな感じ。この辺については、明らかに「変な小説」というような方向を意図したものなんだろう。まあただこういう感じのも 古典文学ぐらいのもの読んでると、なんでこんなこと書くんだろうという感じで時々出て来るものだったりするけど。

まあはっきり言ってしまえば、少し変な本です。そうじゃなかったら、ただあらすじ書けばいいんで、こんなにくどくど説明してない。
「人を選ぶ」とかいう言い方は根本的に好きじゃない。なんかワシ選ばれた人間みたいな傲慢さ感じない?
だがこういう変わった作品が好きな人は、とことん気に入り、Pablo D'Stairというのは忘れられない作家となるだろう。実際に私も10年以上忘れられずに、やっと読んだのだから。
とりあえずこれを読んで気になって、読んでみたいと思った人は、先に書いた『you don't exist』から読んでみるのがおススメ。値段も100円ぐらいとかで、Kindle Unlimitedでもあるし。
何にしても、11年前ぐらいに読んで、こんな犯罪小説もあるのかと驚かされ、結局今に至ってもそんな犯罪小説他になかったという作家なので。

作者Pablo D'Stairについて。とりあえず世界最大の読書サイト、Goodreadsの著者ページの履歴によると、小説家、映画監督、エッセイスト、コミックブック・アーティスト、インディペンデント・パブリッシャーと数々の肩書がある。このうち、 コミックアーティストについては、どうも画像の断片の類いも見つからないのだけど、映画についてはIMDbに9作がリストアップされている。どうもいずれも簡単には視聴できないようだが。
小説作品については、電子書籍しかちゃんと見てなかったのだが、プリント版ペーパーバックまで広げると、かなりの作品が出版されていて、そちらを見ると出版しているVillage Idiot Pressによりこれまでよくわからなかった結構詳細な 経歴も記載されている。いやごめん、ついさっき思い付きで調べてやっと気づいたのだけど。どうもこのVillage Idiot Pressにより、絶版となっていた過去作品などが、プリント版のみではあるけどすべて出版予定ということらしい。とりあえず詳細は最後の著作リストで。
電子書籍版の方で現在出ているAll Due Respect Books以外のものは、Late Marriage Pressというところからで、これは多分Pablo D'Stairの個人出版社。まず2023年の『Lucy Jinx Trilogy』。これは全3巻からなる大長編らしい。その後、今年2025年3月に、 『The Goldberg Mutilations』、『Pilfer』の2作が出ていて、156円という安価ゆえ短編かと思ったら、両方とも結構な長編作品。更にこちらは現時点ではプリント版のみのアナウンスだが、10月1日には新作『John I've Been Bad And They're Coming After Me』が 出版予定。
なんだよ、あんまりないからゆっくり読めばいいやと思ってたPablo D'Stair作品、結構あるじゃんか。とりあえず、またメジャーなもんばかり読んで疲れたら少しずつ読もうかと思ってたTrevor Englishシリーズ残り4作少し急いで読んで、いつかは大作 『Lucy Jinx Trilogy』に至らなければ。需要があろうがなかろうが(まああまりなさそうだけど)Pablo D'Stairは私の特別推し作家の一人なんで、読んだら必ず書いちゃうからね。多分ほとんどはクライム作品には属さないやつだと思うけど、別にいいよな。


さてここでAll Due Respect Booksの最近の情報を…、という予定だったんだが、これに際し少し久しぶりにそちらのサイトの方を見に行ったら、無くなってしまっていた…。つい数か月前ぐらいに行った時にはまだあったのだが…。大変寂しいことだが、 電子書籍黎明期ごろから頑張って来たAll Due Respectも遂に終わってしまったということなのだろう。
なんかここでAll Due Respectこれまでご苦労さん的にしんみりした感じで何か書こうかとも思ったけど、それも違うんかなとも思った。
Chris Rhatiganここで終わるやつじゃないだろ。それが編集者なのか、それとも作家なのかはわからんが、必ずまた何らかの形で現れる人なんだろうと確信している。なんかここでしんみりしてるとChris Rhatiganまで終わったことにしてしまう気がする。 また頑張ってください、Rhatiganさん。あんたのことは本当に信頼しているんで。
All Due Respect Booksからの作品は、引き続きDown & Outより販売中。過去のアンソロジーなどもAmazon Kindleより100円ぐらいとかで入手できます。

ということで、前回の最後でも言ってたけど、ここでそっちのDown & Out Booksの方のことを少し。
かなり前から名前ばかり出てきて一向にそちらの紹介も進まんDown & Outなのだが、かなりある出版物の中からどのように掘って行くか色々方法を考えているうちに、ここ数年ぐらいの単位で何気に弱ってきている様子が見えて来たり。そのうち あのEric Beetnerが抜けて、Shotgun Honeyもインプリントから抜けるという事態になり、いよいよここも駄目かなあと思ってしばらくあんまり見てなかったのだけど、最近Eric Beetnerが復帰してるのを見て、何とか立て直したんか、Beetner戻ったんなら もう大丈夫ということなんだろうなという感じになって来た。いや、Beetnerも炭鉱のカナリアみたいな扱いばかりしてないで、ちゃんと作品紹介しろよなんだが…。
そんなわけで、前に計画だけしておいて放置されていた、Down & Out作家をよく知って行こう、カタログ的なとこから計画を再開して行きたいと思ってる。
その第1が、結構前ぐらいに少し書いたかと思うんだが、以前よりDown & Outで前面に押してる感じで続いている、色々な作家が交代して書いているシリーズ。
これには『GUNS + TACOS』と『A GRIFTER’S SONG』の2シリーズがあり、どちらも初期設定みたいなもんだけ作られ、ストーリーはそれぞれの作家のオリジナルで書いて行くという形になっており、シーズン1とか2とか、テレビシリーズを イメージした感じになっている。担当する作家は主にDown & Outから本を出してる作家なので、そこからカタログ的に見て行けるということ。
第2が『MICKEY FINN : 21ST CENTURY NOIR』という2020年から年1回出ているアンソロジー・シリーズ。21世紀のスピレーンとも呼ばれているらしいMichael Brackenによる編集。あー、この人のもちゃんとチェックできてない…。 ちょっとあまりよくわかってないけど、Down & Outのカタログ的なところはあるはずだと思う。
かなり量も多いDown & Outのライブラリーの中から、そんな方法でまだ知らない新しい作家を見つけられれば、というのが現在の目論見。まあ、よく見ると名前だけは知ってるけど読めてないというのも多いんだけど。結局どうやって探して行くか という段階でまだ新しい作家を紹介できるところまでは至らなくて申し訳ないんだが、せっかく立て直ったようだし今度こそは現在のクライムフィクションの重要な拠点の一つであるDown & Outを深く探って行かねばと思うところです。


あー…、これからPablo D'Stair作品色々読みたいなあ、と思っていたところで、最後にDown & Outの話とかして、あー先にあれとあれと読まなければなあとまたちょっと遠のいてしまった気分になったり…。こんなことばっかりやってるねえ。 まあそんな山積みの中に、Stephen Graham JonesやPablo D'Stairや色々ねじ込んで、とにかく読んで少しでも多くの本について書いて行ければと思います。いつも同じ結論で終わるなあ…。


■Pablo D'Stairs著作リスト


  • October People (2000)
  • Confidant (2000)
  • kill Christian
  • Regard (2003)
  • miscellaneous language
  • Piano Forte
  • Dustjacket Flowers (2005)
  • this letter to Norman Court:Trevor English #1 (2011)
  • Mister Trot from Tin Street:Trevor English #2 (2011)
  • Helen Topaz, Henry Dollar:Trevor English #3 (2011)
  • The Akerman Motel/Apartments per week:Trevor English #4 (2012)
  • this gun from Norman Court:Trevor English #5 (2020)
  • You Don't Exist (with Chris Rhatigan) (2014)
  • Man Standing Behind (2019)
  • The Disembodied Parts: a rhapsody (2020)
  • Lucy Jinx (2023)
  • The Goldberg Mutilations (2025)
  • Pilfer (2025)
  • John I've Been Bad And They're Coming After Me (2025)

詳細に、とかいった割に著作リストちゃんとできてなくてごめん…。初期のを復刻してるVillage Idiot Pressのオリジナルの作品出版年とかがいまいちわからなかったのでこのくらいまでで…。Village Idiot PressのCollected Works of Pablo d'Stairは まだ予定の全巻は出てない様子なのでまだ増えるかもと思います。あと、Trevor Englishの第5巻『this gun from Norman Court』はコピーライトのところが2020年しかなかったので、All Due Respect Booksでシリーズ復刻された際に初めて出たやつなのかも。 カバーデザインちょっと違うし。

●関連記事

you don't exist -ADR Books第1弾!-



○Village Idiot Press
●Collected Works of Pablo d'Stair

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2025年9月3日水曜日

Stephen Graham Jones / Mongrels -現代アメリカ社会の陰を放浪する人狼たち-

今回はStephen Graham Jonesの『Mongrels』。2016年にHarperCollinsより出版されたホラージャンルの作品です。
ホラー関連のある部分では、もはや定番の必読書となっているような作品で、しばらく前からもはや強迫観念による譫言の様にもっとホラーを読まなくてはと言い続けている私として、とにかくまず手に取ったのがコレ。

ブラムストーカー、ローカスといったあたりでも受賞歴も多く、本当なら代表作数冊ぐらいがハードカバーぐらいで翻訳されていてしかるべきぐらいの作家だが、ほぼ未紹介ということなので、とりあえずは簡単な経歴から。
1972年生まれ、ネイティブ・アメリカンブラックフット族の出身。フロリダ州立大学在学中に博士論文指導教員によりHoughton-Mifflin社の編集者に紹介され、博士論文として書いた小説『The Fast Red Road』が2000年にデビュー作として出版される。
実験小説、ホラー、犯罪小説、SFといった様々なジャンルで多くの作品を出版しているが、彼の作品はその出自に深く関係するNative American Gothicまたは、Rez Gothicと形容されることが多い。
代表作として挙げられるのは、実は今回の『Mongrels』以後の作品が多いのだけど『Night of the Mannequins』(2020)、『The Only Good Indians』(2020)、The Indian Lake Trilogyの『My Heart Is a Chainsaw』(2021)、『Don't Fear the Reaper』(2023) といったところ。つまり現在注目度、評価が高まり続けている作家という感じ。
なんか改めて経歴書いてみると、『Mongrels』読まなきゃで延々止まってる間に作家的評価どんどん上がってったような気もするが…。

で、この『Mongrels』なのだが、実は経歴に見られるようなネイティブ・アメリカンについて書かれた作品ではない。うーん、色々通ずる部分はあるのかもしれないけどね。
人狼テーマの作品で、ホラージャンルに属するんだけど、怖くはない。これ読んで夜中にトイレに独りで行けなくなる人はいないと思う。まあでも分類すればホラージャンルだよな。
これは最初は8歳で登場する人狼一族の少年が、故郷を離れ、同じく人狼の叔父と叔母の三人で、アメリカ各地を放浪して暮らし、16歳になるまでの物語。
とりあえず、ブコウスキー風に書かれた人狼物語という感じに言っておこう。実はある事情によりブコウスキー風というのはややゴリ押し的に入れたので、かなり異論のある人も多いかと思っているのだが、とりあえずその「ある事情」については、 後ほど説明します。
では、『Mongrels』です。

Mongrels


爺ちゃんは僕にいつも、自分は人狼だと言っていた。
彼はLibby叔母さんと、Darren叔父さんを説き伏せ、自分の20年前のことを頷かせようと試みていた。風車少し上ったところで、自身の爪で雨を裂いた時のことを。彼は四つ足を降ろしブーンヴィル郊外の下り坂道で列車と競争し、そいつを打ち負かした。 彼は満載されたアーカンサスの田舎者よりも早く田舎道を駆け抜けた。生きて羽ばたく鶏を口にくわえて、その全てからのスリルに眼を濡れ輝かせながら。爺ちゃんの物語では常に月は満月で、彼を後ろからスポットライトのように照らしていた。
Libbyはそれにうんざりしてたようだった。
Darrenは、その横長の口を本当には浮かべたくない笑みの類いの形に縮めていた。特に爺ちゃんがリビングルームをゆっくりとのし歩き、いかにして羊をフェンス際に一団にして追い詰め仕留めたかを演じる時には。
Libbyは大抵は、爺ちゃんが群れを突っ切り、羊が叫び、爺ちゃんの口があらゆる狼がそうであるように、大きく開き、飢えてその黄色い歯が暖炉の光に鈍く照らされる前に去っていた。
Darrenは、ただ首を振り、椅子の横に置いてあったストロベリー・ワイン・クーラーを持ち上げた。
そして僕。僕は8歳になりかかっているところで、母さんは僕が生まれた日に亡くなっていて、父さんについては誰も話すことはなかった。

LibbyとDarren、主人公「僕」の母親とは三つ子だった。
Libbyは主人公の亡くなった母代わりに彼を育ててきたが、「母さん」と呼ばれるのは嫌っていた。
Darrenは22歳になったその年、6年の放浪生活から戻ったところだった。彼らの一族の男は16歳になると、一匹狼として旅立つ。

「なぜ16歳なの?」と僕は爺ちゃんに訊いた。
なぜなら16は8の二倍なのを知っていた。そして僕はもうすぐ8歳。それは出て行くまでほとんど半分が過ぎたということだ。でも僕はDarrenのように出て行かなければならなくなるのが嫌だった。そのことを考えると腹が空っぽになるような気分だった。 僕がこれまでの人生で知っているところは爺ちゃんの家だけだった。

Darrenが家に戻ったのは、Libbyの粗暴な元夫Redのためだった。祖父は年を取り過ぎていて、Redと彼女の間に立つことはできなかった。
「ある種の連中は人間社会にうまく溶け込めないのさ」Darrenは言う。
「そしてある連中はそれを望むこともしない」祖父は言った。

祖父と叔父叔母との四人の生活。ちょっとほら吹き爺さんの気もある祖父により、様々な人狼話が語られて行く。
「人狼には剃刀は必要ない」なぜなら狼に変身して、人間形態に戻る時、のびていた髭はその体毛と一緒に全て引っ込んでしまうからだ。
「でも、でも爺ちゃんは人狼なんでしょう?」「僕」は髭の生えた祖父に言う。
「俺の歳になるとな、もう狼に変わるのは死刑宣告なのさ」

そして腕の傷を指して言う、これは何の傷だと思う?撃たれた跡?違う、こいつはダニだ。
狼から人間に戻る時、ダニがそのまま体の中に入ってしまった。そして町の医者へ行き、先を熱したコートハンガーで抉り出してもらった。
「なぜこんな傷跡がまだ残ってるかわかるか?傷をちゃんと塞いだり、縫ったりもせず?」祖父は言う。
それは彼らの中にある血のためだ。
「もしその医者が爪の甘皮に一滴でも血を零したら、そいつは撃ち殺されるしかないムーンドッグに変わってしまう」

「もしそいつが噛まれたら、あるいは血を浴びたら、それはそいつの中を小さな子犬みたいに素早く走り回り、焼き、痛めつける。そいつにできるのは苦しむことだけだ。あの手のやつ、頭が狼で身体が人間。奴らは自分に何が起こったのか決して理解できない ただ走り回り、よだれを垂らし、噛みつき、自分自身の皮から抜け出そうと試みる。時には自分自身の腕や足を噛みちぎって、痛みを止めようとさえする」
祖父はそのまま黙り、窓の外を見つめた。
そしてLibbyもDarrenも何も言わなかった。

「話を真に受けないようにね」後に「僕」を学校へ送る車を運転しながらLibbyが言った。
「あたしもあの傷がいつ付いたのか知らない。あたしたちが生まれる前の話だもの」
「お婆ちゃんがいたからだね」彼の祖母は母と同じように、出産の際に死亡している。彼ら一族にかけられた呪いであるかのように。
「次に爺さんがあの馬鹿話をするときには、ダニはもう腕の後ろにはいないでしょうね。それは肘の古傷になって、医者はコートハンガーじゃなくてポケットナイフを使ったことになってるんじゃないかしら。昔一度あたしたちに話したときには口の横にある傷だったのよ」
人狼の物語とはそういうものさ。
いかなる証拠もない。変わり続ける話があるだけ。自身に捩じり戻り、毒を吸い出そうとその腹に噛みつくように。

その翌週、彼らは野原の中に裸でいる祖父を見つける。膝と手は血だらけで。彼らを見返す目には何も映っていないようだった。
Darrenと「僕」が彼を見つけた。「死んでないよ」「僕」は言った。それが本当になるように。
Darrenは2歩下がり、持っていたボトルを割った。
「親父はいくつだと思う?」「僕」に問いかけた。
「55歳さ」Darrenは言った。「そうなるのさ」
Darrenがボトルを割った音を辿って、Libbyが駆け付けた。
「親父は変わったと思ったんだ」Darrenは顔を歪めて、言った。
「助けて!」Libbyはそう言うと祖父の横に跪き、頭を膝に乗せようとした。

その週、「僕」は学校へ行くのをやめた。祖父を生かしておくために。彼に物語を話させ続けることで。
祖父が「僕」に話した最後の話は、彼のすねにあるへこみについてだった。
その日はLibbyが、やってきた元夫のRedともめている日だった。Libbyは顔の殴られた痣をステーキ肉で冷やし、また外へ出て行った。
そして家の外からはまた争う音が聞こえて来た。
「Redだよ」と「僕」は言い、「Redか」と祖父は応えた。

「あいつは悪い狼じゃない」祖父は首を振りながら続けた。
「だがいい狼は大抵はいい人間じゃない。憶えておけよ」
それは「僕」を別の考えに導く。いい人間は、悪い狼なのか?それはいいことなのか悪いことなのか?
「あの子にはそれがわからん」祖父は言った。「だがあの子は母親にそっくりだ」

Darrenは祖父のすねのへこみを指さして言う。「こいつそれがどうしてできたか知りたがってるぜ」
そして祖父は笑いながら話す。それは狂犬病にかかった犬。寝ていたLibbyを起こすまいと、祖父は丸頭ハンマーを使ってその犬を始末しようとした。
だが犬は祖父の周りをぐるぐると周り一向に捕まらない。
そして思い切って振り下ろしたハンマーは犬から外れてすねを打ったという話。
祖父は最後に短く笑った。
そして「僕」はそれは笑いじゃなかったと思った。

次の月曜日、Libbyは「僕」を強引に学校に戻した。
だがそれは二日で終わった。
火曜日、Libbyの運転する車に送られて学校から帰ると、祖父が正面ドアから身体を半分外に出し、そのまま止まっていた。曇った眼は開かれ、口の周りをハエと蜂が飛び回っていた。
Libbyが止めるより早く「僕」は車から飛び出し、祖父に駆け寄った。
だがその足が止まり、そして後退した。
祖父は単に身体を半分外に出しているわけではなかった。彼は人間と狼の半ばにあった。
腰から上、ドアから出ている部分は、同じだった。だが彼の足、まだキッチンのリノリウムの上にある部分は、絡み合った毛が生え、形が異なり、違う筋肉がついていた。足は、踵が犬の後ろ向きの膝に変わるまで、二倍の長さに伸びていた。太ももは 前向きに膨らんでいた。
祖父はいつも言っていた通りのものだった。
「父さんは森に行こうとしていたのね」Libbyが言い、そちらを見た。
「僕」もそうした。

家に入ることもできず、二人が車のテールゲートに座って、食べそこなった昼のサンドイッチを分けて食べているところに、Darrenが帰って来た。
「駄目だ」祖父の姿を見て言うDarren。「駄目だ、駄目だ、駄目だ、駄目だ!」彼は叫んでいた。その声が充分に大きければ、それが真実になるかのように。

やがて、Darrenは盗んだホイールローダーに乗って帰って来た。
家の前にそれを乗り付けたDarrenは、前のシャベルに祖父を乗せた。
二人もそれに乗り込み、ホイールローダーは森の先の小川まで行った。
Darrenは祖父を持ち上げ、乾いた草の上に寝かせた。それからホイールローダーのシャベルで、急な土手に穴を掘った。

Darrenは祖父を抱き上げ、Libbyを見て、それから「僕」を見た。
「お前の爺さんだ」彼は言い、祖父を持ち上げた。「俺がこのジジイについて一つ言えることはだ。かれはいつも自分の夕飯を店で買うより、追い掛けて捕まえる方が好きだったってことさ、そうだろう?」
Darrenは泣きながらそう言い、Libbyは唇を噛み、髪で顔を隠した。

Darrenは祖父を新しい穴に降ろした。そしてシャベルで土を戻して被せた。更に土を掘って被せ、小川を掬って水をかけた。そしてその小山を何度も激しくつぶした。祖父の骨がバラバラになり、誰かが掘り出すことがあっても決してわからないように。
これが人狼を葬るやり方だ。

帰り道、車の上で「僕」は言った。「僕はどうなの?」
Darrenはすぐには意味がわからなかったようだが、Libbyはまだ幼く狼に変わったことのない彼が、そのことについて尋ねているのだと気付いた。
「人狼から生まれたすべての子供が人狼なわけではないわ」Libbyは言った。「あなたのママ、彼女はお爺ちゃんから受け継がなかった」
「受け継がないやつもいる」Darrenが言った。
「そういう幸運な者もいるわ」Libbyが付け加えた。

その晩、Darrenは家を出て行き、翌朝裸で帰って来た。肩に黒いベルトを掛けて。
警官のベルト。拳銃さえもまだ入っている。
父の死の悲しみから、酔ったのか、自暴自棄になったのか?狼になって暴れた彼が何をやったのかはわからない。
だがもうここにはいられない。
彼らは荷物を車に積み込み、育った家に火を放ち、旅立って行く。

*  *  *

………いや、ごめん。本当にごめん。なんか色々申し訳ない。本当に駄目だわ。
実はこの後、祖父の話の回想から続く、主人公の母の死にまつわる非常に美しく悲しい話が3ページほどにわたって書かれているのだが、書けなかった。理由はもう省略できず、全部書く以外の方法見えなかったから。
なんかいつもそんなことばっか言ってるみたいだけど、今回は本当に苦労した。とにかく最初祖父の家に四人で住んでいて、祖父が亡くなり旅立つまでの一章分紹介しようと決めたのだけど、なんかあちこち拾って短くまとめるというのが 本当に難しかった。なんか一旦書いてからやっぱこのことも書いておかなきゃと思って戻って書き足したりするばかり。
祖父の話の中で、彼の妻、主人公の祖母のいい話が色々出てくるのだけど、あちこちに断片的に散らばってて、ちゃんとまとめられなくて、結局全部省略。
最後、事件を起こして帰って来たDarrenに怒り、Libbyが手だけ狼に変身して攻撃する良いシーンもあったのだけど、同じく中途半端に書くのは気が引けて省略。というか最後にはできるのこんなもんかみたいな気分で諦めモードだったり…。
結局、このくらいの作品になってしまうと、一章全部完全に日本語にするぐらいじゃないと無理なのかも…。なんかこれでもこの素晴らしすぎる作品の一部でも伝わればと願うばかりっす。

物語はこの後、「僕」とLibby、Darrenの三人が各地を転々として暮らして行く話となる。ある土地でトレーラーハウス的なところでしばらく暮らすが、やがて様々な事情によりまた旅立って行くというような。
時系列的に並んではいるが、各章のつながりは比較的希薄で、短編連作というのに近いような構成。
時系列的に語られる本編というような章のそれぞれの間に、短いワンショット的な章が挟まれる。これらはその前の章の終盤ぐらいで出てきたキーワード的なものが主人公の人称となり、それに関する出来事が語られるというもの。例えば、 第1章の最後近くで、叔父Darrenが「僕」に「お前ヴァンパイアになりたいと言ってたよな」と話すところがあり、第2章はハロウィンの話で「僕」のところが「ヴァンパイア」という形で語られてたり。あれ?それほど難しくないと思ってたのだが、 なんか説明しようとするとややこしくなってる?まあ、とにかくそういう短い章が間に挟まれ、比較的幼い頃の話が時系列の本編の方とは別に語られるという形になっているということ。

第1章に出て来た重要なところでは、彼ら人狼種の血の問題があり、それゆえ人間とは深く関わることはできない。彼らの血を浴びるなどの接触を持った人間は「ムーンドッグ」と祖父が呼んでいたような理性を待たない半人半獣となり、命を絶つしか 救いようがなくなる。
語られていなかったところでは、人狼は長く狼の姿でいると、人間であったことも忘れ完全に狼となってしまう。
また、彼らは人間の姿のままでも、多くの動物にとっての脅威の対象であり、犬猫はもちろんの事、虫もあまり寄り付かない。
多くの人狼物語に出てくるように、銀は彼らの弱点。祖父のように年齢による衰弱以外はほぼ不死身の彼らだが、銀についてはうっかり触れるだけでも回復不能なほどのダメージを与える。
そして、第1章で語られているように、主人公の「僕」はまだ幼く狼に変わることはできない。いつかは祖父や叔父叔母のように狼に変わる日を夢見ながら、少年はひとところには定住できない流浪の生活を続けて行く。
様々な土地で、彼らは様々な同族と出会う。社会の陰で生きる者。人狼であることを捨てて人間として生きる者。
アメリカ社会の底辺というようなところで暮らしながら、ひとつの揺るがない誇りを持って生き続ける彼らの姿は、作者Stephen Graham Jonesのネイティブアメリカンという出自に通じるところのあるものだろう。なんてのはあまりにもお勉強臭い 優等生的感想文かね?
本当に美しく、素晴らしい、ホラーファンであろうがなかろうが、誰もが一度は読むべき名作です。必読!

と、まあそこそこ綺麗に終わったところで、ちょっと面倒なことを書こう。なんでそのまま終われないかね、というとこだけど、こういう奴なんで。
この作品、なんかで日本で広く読まれるようになると、ある問題が発生するかもしれないという懸念。あー、もちろん作品自体の問題ではないのだけど。
それは第9章Layla。14歳になった主人公の美しく悲しい初恋を描いた話。
なんかこの章の美しさと、作品全体的にはやや読みにくいと思う人も多いかもしれないというところが相まって、この作品についてここばかりが強調されることになってしまうかもという心配。
まあ具体的に言えば、「ウィリアム・ギブスンが読めないのはボクたちの頭が悪いからではなく翻訳が悪い」を数の力であたかもそれが正論定説であるかのようにゴリ押しした層によって。
なんかさあ、その挙句に「9章のみが名作!なんで全部この感じにしなかったのか理解できない」みたいなこと言いだすバカや、「評判を聞いて9章から読んだ。泣いた。あとは自分に向いてないと思ったので読まなかった」みたいなことを 当たり前の感想のように言いだすバカやらが横行するのが目に浮かぶ。
こんな出版状況では、日本で翻訳されることなんてまず起こらないから心配ないなんて言いきれない。英語が読めるバカなんて山ほどいるから。
まあそんなわけで、最初にブコウスキー風みたいなことを被せてみたわけです。異論がある人も多かろうが、この本読んで素晴らしいと思った人は、自分なりの考えでいいからこういうバカを寄せ付けない方法を念頭において薦めるようにしてください。
あー…、結局自分がこう言ったことでなんかのきっかけを作ってしまったかもという心配も起きてしまうんだが、本当にこういうことが起こってしまう前に言っておくべきなんだと思う。とにかく本を全部きちんと読めないやつ、 ちゃんと自分の頭を使わずに都合のいい他人の意見に乗っかってわかった風な口をきくやつなんてのには、本を語る資格なんてねえんだってこと。

さてStephen Graham Jonesについてなのだが、いやまずどうしようかという感じ…。最初の方で書いたように、この人この後に代表作といわれるようなのを続々と出してるわけだし、こんなことになった経験もないもんで…。 まあ、とにかく自分がこれだけはいつか読まなくてはと思いつつ放置し、そっちの方ちゃんと見てなかったのが悪いんだけど。
これほどの作家になれば、とにかくこの先の代表作ってところから読んで行くのは確定なんだが、うーん、いやここハードボイルドのこと書いてるところだからね、というのがこのくらいになっちゃうと出てきてしまう。結局、どこかで線引きしないと、本来の目的からそれてしまう、というような事。
まあそんなわけで、このStephen Graham Jonesに関しては、個人的に読んで行くことになると思うので、また次に書くことがあるかどうかはあんまり期待しないでください。ということになっちゃうと思います。そもそもが読んだ本 全部書いてるわけでもないしね。とか言ってもこれほどの作家では読んだら何か言いたくなってしまうところもありそうなんだがね。とりあえずは『The Only Good Indians』(2020)、そんでThe Indian Lake Trilogyに進むという感じかな。
またホラージャンル作品についてもやって行く予定ですが、なんか改めてこれハードボイルドのこと書くところだからな、と自分の中で再確認させられるぐらいの作品でしたということかな。

新刊情報、その他


なんかこの回こういうの入れにくいな、とかで先延ばしにしてきたら色々溜まって来てしまったので、ちょっと今回もホラージャンルだったりするけど、ハードボイルド関連の新作情報などを短くやっておきます。
まずは最新、ジョーダン・ハーパー新作。『A Violent Masterpiece』が来年2026年4月に発売予定!まだ結構先なのもあるけど、ジョーダン今先月頭公開の映画の方で忙しそうで、あんまり自分で宣伝しとらんけど。
前々作ぐらいで開眼したのか前作『Everybody Knows』では主人公を二人立てるパターンをやって来たのだが、新作はなんと主人公が三人になるらしい。トリプル主演ww。また読後全体を俯瞰するとDVDのチャプター選択画面が頭に浮かぶ ジョーダン・ハーパースタイルになるのは多分確実なんだろう。

続いて、早く書かなきゃと思いつつ先延ばしにしてたのが、今年5月から始まった英国Fahrenheit PressからのFahrenheit Pocket Noirシリーズ。こちらは過去に出版された作品を安価、お手頃サイズで出版するというシリーズで、日本の文庫本 的な企画。というかサイズ10X15cmぐらいで、ほぼ文庫本と同じ。最初にあの10th Rule Booksでお馴染みの…、えっとしばらくご無沙汰だけどまだ憶えてる人いるよね?のTodd Morrの過去作3作がリリースされ、なんか消えたタイミングからして これかな?と思っていたAnthony Neil SmithのBilly Lafitteシリーズ第1作『Yellow Medicine』が7月に第2弾として登場。今のところ1冊だけだが、Billy Lafitteシリーズについては現在出ている4作までがこのFahrenheit Pocket Noirシリーズから 再販されるらしい。その発表の際、Smith先生のSubstackほぼ撤退でどうなるのかなと思っていた第5作も無事進行中であることが明らかにされた。多分Fahrenheit Pressから出るのではないかと思われるけど、このポケットシリーズなのかは不明。
その他、このポケットシリーズからは、これも早く読まなきゃとずっと思ってたJo PerryのDeadシリーズ(Charlie & Rose Investigateシリーズ)第1作の『Dead Is Better』が8月に第3弾として出版されている。
未訳おススメのところで消えてるBilly Lafitteシリーズもいくらか揃ってきたら修正するっす。あと、もう続き出ないのかもでもったいなくて読めなかったLafitte第4作も早く読まねばだし、第5作は出たらすぐ読む!
あと、もうだめなんかと思ってあんまり見てなかったDown & Outが持ち直して、いつまでたっても書けないEric Beetnerが復帰してるじゃん、とかの話もあるんだが、それは多分次回に。


なんかね、世界に読むべき本なんてもう途方もないくらいあるよね。ホラーもっとなんとかしなくちゃ、Stephen Graham Jonesもっと読みたいとか考えながらこれ書いてる一方で、最近のPI小説方面もっと読まなければ等々で、7~8冊以上は 積み上げてるしな。いつまで暑いのか知らんけど、何とか生き延びたらまたいい本の話しますですよ。


■Stephen Graham Jones著作リスト


  • The Fast Red Road: A Plainsong (2000)
  • All the Beautiful Sinners (2003)
  • The Bird Is Gone: A Manifesto (2003)
  • Seven Spanish Angels (2005)
  • Bleed into Me: A Book of Stories (2005)
  • Demon Theory (2006)
  • The Long Trial of Nolan Dugatti (2008)
  • Ledfeather (2008)
  • It Came from Del Rio (2010)
  • The Ones that Got Away (2011)
  • The Last Final Girl (2012)
  • Growing Up Dead in Texas (2012)
  • Zombie Bake-Off (2012)
  • Zombie Sharks with Metal Teeth (2013)
  • Three Miles Past (2013)
  • The Least of My Scars (2013)
  • States of Grace (2014)
  • Flushboy (2013)
  • Not for Nothing (2014)
  • After the People Lights Have Gone Off (2014)
  • The Gospel of Z (2014)
  • My Hero (2016)
  • Mongrels (2016)
  • Mapping the Interior (2017)
  • Night of the Mannequins (2020)
  • The Only Good Indians (2020)
  • The Indian Lake Trilogy
    • My Heart Is a Chainsaw (2021)
    • Don't Fear the Reaper (2023)
    • The Angel of Indian Lake (2024)
  • I Was a Teenage Slasher (2024)
  • The Buffalo Hunter Hunter (2025)
Stephen Graham JonesについてはコミックでマーベルのXメンのワンショットのシナリオを一作書いたことが割と知られているんだが、その後2023年にIDWから全16話TPB全3巻のもうちょっと本格的なオリジナルのコミック作品『Earthdivers』も手掛けている。こちらについては最初の2巻がKindle Unlimited。できればコミックの方で紹介しようと思っているので、そっちの記事書いたらここにリンク張ります。



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