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2018年11月7日水曜日

Polis Books新世代ハードボイルド探偵シリーズ特集 #1 -Alex Segura / Silent City-

なんだかずいぶん前にDave WhiteのJackson Donneシリーズ第1作『When One Man Dies』について書いて、「新世代ハードボイルド」とぶち上げたものの、結局読むのも書くのも遅くて永らく放置が続いてしまったのだが、Dave Whiteを始めとするPolis Booksのイカす面々については一日たりとも忘れたことはないのだ。そして遂に今回、随分前に読んだのだけどなかなか書けなかったアレと、アレとアレとアレの次こそは読むぞ、の繰り返しの後、遂に読んだアレの2作について書く時がやってきたのであります。というわけでPolis Booksの2大PIシリーズ、Alex SeguraのPete Fernandezシリーズ第1作『Silent City』と、Dave WhiteのJackson Donneシリーズ第2作『The Evil That Men Do』の2作をPolis Books特集として今回と次回の2回(まあ事情により延長の場合もあり)で紹介してまいります。まず今回は初登場のAlex Segura『Silent City』から。

Silent City / Alex Segura

マイアミの私立探偵Pete Fernandezシリーズ第1作なのですが、初登場のこの作品ではPete Fernandezはまだ探偵ではありません。地元マイアミの生まれで、父親は警察官。キューバ系ではあるけど、アメリカ生まれでそちらの言葉は話せず、キューバ系コミュニティともあまり接触のないまま育つ。大学卒業後、ジャーナリズムの道へと進み、早々にスポーツ関連のスクープを掴み、ニュージャージーの新聞社に勤める。が、その後はマスコミ業界の流れにもまれ、鳴かず飛ばずでくすぶり続けているうちに既に警官を引退していた父が亡くなり、一緒に一旦はマイアミを出た婚約者Emilyとともに故郷に戻る。そしてそのままマイアミにとどまり、地元の新聞社マイアミ・タイムスで編集者として働いている。というのがこの第1作が始まったところでの主人公Pete Fernandezの状況。
初登場のPeteは、まだ20代ながら、かなり酒に溺れ、無気力にやさぐれた青年として現れる。かつての婚約者EmilyもPeteを見限り、他の男と暮らしている。辛うじて新聞社に仕事はあるが、記者ではなく、編集者。生活も荒れる一方で、上司との折り合いも悪く、何とか職にとどまっているところ。唯一Peteを見捨てていないのは、同じ新聞社に勤める大学時代からの親友Mike。酔いつぶれたPeteを毎度のようにバーから回収し、連れ帰ってくれる。

いつものように二日酔いの頭を抱えながら、夕刻朝刊のシフトに少し遅れながら出社したPete。締め切りの迫るころ、Peteのデスクに一人の男が近づいてくる。マイアミタイムスの看板コラムニストChaz Bentley。盛りを過ぎ、現在は名誉職のような状態で社にとどまっているが、それでも有名人だ。スポーツ欄担当のPeteとは無縁の存在で、これまでも言葉も交わしたこともないのだが…。

「君のことは聞いているよ、Pete Fernandez。頼みがある。娘が行方不明になっているんだ。探してもらえないだろうか。」

彼の娘Kathyは、同じくマイアミタイムスに勤め、社会部の記者をやっている。一応、Peteも共通の友人を通じ面識はある。だが、なぜ俺に…?

仕事の終わった後、詳しく話を聞くために、Peteは指定されたバーを訪れる。だが、俺は警官でも、探偵でも、今は調査担当の記者ですらない。ただKathyと少し面識があるくらいだ。なんで彼は俺にそんなことを頼むのだ?なぜ俺がそんなことをやらなきゃならないんだ?釈然としないまま、Chazの話を聞くPete。
Chazの妻、Kathyの母親はすでに亡くなり、親子の折り合いは悪く、娘は別に暮らしている。電話をかけても取らず、何日も連絡も取れないこともしばしばだ。数日会社を休むこともあるだろう。だが今回は何かがおかしい。しかし娘ももう成人であり、このくらいの段階では警察もまだ失踪とも認めず、取り合ってくれない。他に頼めそうな人間は思いつかなかったんだ。頼む!手遅れにならぬうちに娘を捜してくれ!

気乗りはしないまま、とりあえず調べてみると返答するPete。そして彼は恐るべき事件に巻き込まれて行くこととなる…。

実は物語冒頭、プロローグで、Kathyが何者かの部屋に押し入られ誘拐される、というシーンが描かれており、我々読者はすでに彼女に事件が起こっていることを知っている。何が起こっているかわからないまま調査を始めたPeteも、少なくとも彼女が自発的に姿を隠しているのではないのではないかという疑いを抱き始める。Kathyが調査していた事件の中に手掛かりがあるのではないかと探り始めたPeteは、彼女のPCの中に、何年も昔から噂だけは聞こえるが、その存在すら確認されていない謎の殺し屋"Silent Death"に関する進行中の調査ファイルを見つける。更にPeteは、亡くなった彼の父が引退後もこだわり続け、退職時に警察からコピーして持ち出した未解決事件の書類の中にも同じ名前を見つける。Silent Death。見えない因縁に導かれるように、その名に出会ったPete。そして彼は、やがてその恐るべき殺人者との対峙を余儀なくされて行く…。

酒に溺れ、ちょっと負け犬然として登場するPete Fernandez。だが実は彼には、多くの負け犬ヒーローのようなそれまでの人生を破壊してしまうような事件を過去に持つわけではない。思い通りに進まない自分の人生に拗ねてふてくされているうちに婚約者にも愛想を尽かされ、ますます自暴自棄に酒に溺れるようになったというところだろう。こんな奴はアメリカまでいかなくてもそこら中にいる、ちょいとやさぐれた負け犬予備軍ぐらいかもしれない。なんだか等身大ヒーローみたいな言葉も浮かぶ。ただ日本ではこの「等身大」や「普通」みたいのがやたら好まれているようだけど、その一方でその「等身大」基準がひどすぎて日本のエンタテインメントのあちこちで大変魅力の乏しいものが作られてる気がするのだけど。まあ、みんなそんなのが好きならまあいいか、勝手にしてくれ。ただ、なんだかTVで見たリアクション芸人とやらのドタバタこそがリアルだというような考えで、「ハートボイルド」、「ソフトボイルド」なんて劣化便乗商売に乗り出すヌケ作が現れた日にゃあ、もう全力で罵倒すっからね。
さて、Pete Fernandezである。最初は気乗りしないまま引き受けた話だったが、Kathyが危機にあり、助けもないことを知ってからは、見捨てておけないという正義感に駆られ、周囲からの制止も聞かず事件にのめり込んで行く。そして自分のみならず、周囲をも巻き込む取り返しのつかない結果を迎える。甘っちょろい自己過信と、自分の非力さに打ちのめされるPete。だが彼はそのどん底から立ち上がり、圧倒的な恐怖をまき散らす伝説の暗殺者Silent Deathへと再び戦いを挑んで行く。打ちのめされた自分を取り戻すために。
これは負け犬再生の物語である。等身大の、我々の誰もがなれそうな負け犬の、無力感、敗北感、そして恐怖は自分のことのようによくわかる。そして負けたまま引き下がることを誰も非難しないどころか、誰もがそれが正しいことだと諭す。だが奴はもう一度立ち上がるのだよ。自分が負け犬で終わらないために。腕力を背景に体育会系正論説教ぶん回すマッチョが嫌いだからだって、へなちょこあるあるで安心したいわけじゃない。こういう「普通の男」の「無謀な蛮勇」こそ、自分もできればそうありたいと共感、応援できるものじゃないのかい。
物語の最後で、Peteは私立探偵免許を取るつもりであることを告げる。何故彼が私立探偵になることを選んだのか理解できない、という人もいるかもしれない。だが、そんな人は途中からついていけなくなっているか、何も考えずただ流されるように読んでしまった人だろう。奴は自分の意志でそれを決定したことが書かれているのだ。つまり物語後半で普通に考えれば退くべき敵に、自分の意志で闘いを挑んだように。普通に生きる人は、日々ある時は抗えない当然の理であったり、ある時は言い訳であったりというようなもので、いつの間にか追い詰められ気が付けば負け犬となってしまうときもある。そしてその敵であったり壁であったりの大小強弱に関わらず、そこから立ち上がって行くには一つの強い意志が必要なのだろう。こういう普通の男がそんな自分の意志によりそれを決意したならば、それがサラリと言われたものでも、自分の人生観やなんか思い込みのストーリーの整合性とかで照らして「理解できない」などと投げ出すのではなく、「ふーん、あんまり儲からなそうだし大変そうだけど、まあ頑張れよ。お前いいやつだから、きっといい探偵になるよ。」と応援してやるべきだろう。オレはもちろん応援するよ。私立探偵Pete Fernandez。奴の物語はこうして始まるのだ。

Pete Fernandezシリーズは現在まで4作。最新作『Blackout』は今年5月に出版されたところ。第1作、この『Silent City』は最初は2013年にCodorus Pressというところから出版されたが、ちょっとそこで止まってしまっていたところ、2016年にPolis Booksへ移籍し、同年第2作『Down the Darkest Street』が発表された後は、年1作ペースで順調に出版されています。以前にも書いたけど、作者Alex Seguraは同じくPolis BooksからPIシリーズを出版するDave White、Rob Hartとは大変仲が良く、それぞれの主人公が登場する共作の短編を2作出しております。なんかこんな感じでみんなで盛り上げて売れて行こうぜ、て感じはいいっすよね。あと、なんかうまく挟むタイミングが無くて、ここでなのだけどPete Fernandez君情報をもう一つ。近年読んでるあたりのハードボイルド派にはやたら犬好きが多いのだけど、このPete君猫派。自分も飼っているうえに、Kathyの家で置き去りにされていた猫まで連れてきてしまったりする。猫好きは要チェックですよ。

作者Alex Seguraは主人公Pete Fernandezと同じくマイアミ出身で、現在はニューヨーク在住。ちょっと年齢やら詳しい経歴などの記述が無いのだが、多分30代ぐらいかな。今のところPete Fernandez以外の小説は出版されていないのだけど、コミックのライターもやっていて、あの『Archie』を手掛けています。代表作は『Archie Meets Kiss』、『Archie Meets Ramones』。他のシリーズのキャラクターが登場する共作というのは、もしかしたらコミック好きでそちらともかかわりの深いSeguraの発案かもしれないですね。Alex Seguraさんについてもっと知りたい人は、下のリンクのホームページの他に、これについては前に書いたことあるかもしれないけど、昨年第3作発表時にCrimspree Magazineのホームページに掲載されたレゴ人形での大変愉快なインタビューも必見ですよ。

Alex Seguraホームページ

Crimspree Magazine:Lego Interview With Alex Segura

■Alex Segura / Pete Fernandezシリーズ
●長編

  1. Silent City (2013)
  2. Down the Darkest Street (2016)
  3. Dangerous Ends (2017)
  4. Blackout (2018)
●短編
  1. Bad Beat: A Pete Fernandez/Ash McKenna Joint (2016) Rob Hartとの共作
  2. Shallow Grave: A Pete Fernandez/Jackson Donne Joint (2017) Dave Whiteとの共作


というわけで、なんだかずいぶん休んでしまったのだが、やっと細々ながら復活です。なんかお盆明けぐらいにちょっと体調崩し気味になり、そこに色々と規定の物やらイレギュラーの物やら用事が重なってしまいぐらいのところだったのだけど、休み続いてなし崩しに不登校モードになりかかり、このままではいかんと思いながらもなかなか動けないでいるところに、前回のCarlos Ezquerra師匠の悲しいニュース。せめて師匠にはお別れのあいさつやお礼ぐらいは書かなければ、と思い何とか立ち上がれたという次第です。前回はああいう場なので、自分のことは控えたけど、まあこんな感じでまた頑張って行こうかと。
なかなか動けないところで考えていたのは、まず最近ちょっと1回が長くなりすぎてるってこと。長くなりすぎると書き出しや序盤ついモタモタしてしまったりなど、どうも遅れる原因となる要素が多いので、これからは今回のように2回やら3回やら、10回でも分けて、できた分をなるべく早めに更新して行くこと。あと、なんか性格的にやってしまうのだけど、これこれこういう理由で遅れました、みたいのはもういいかと。別に多くの人が更新を待ってるなどと思ってるわけではないのだけど、結局はもっとちゃんとやりたいという自分への言い訳でついついどうでもいいことを延々書いてしまったりね。それほどのもんじゃねえって。書けないときは仕方ないや。とりあえずやれるときにモタモタでも続けてれば、また書けるときもあるんじゃないの。そんでたまたま見つけた人が楽しく読んでくれればいいんじゃないの。そんなもんでしょ。まあそんな感じでまた細々ってことになると思うけどまた頑張って続けて行けるのではないかと。もうなんだか、多分日本で翻訳どころか紹介すらもされないだろうな、といういい本をあまりにも読みすぎているので、少しずつでも根気よく1冊でも多く書いて行きたいと思うのです。
というわけで、次回はPolis Books特集その2、Dave White Jackson Donneシリーズ第2作『The Evil That Men Do』について、なるべく早くお届けできるよう頑張りますです。


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■Alex Segura / Pete Fernandezシリーズ
●長編

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