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2018年12月20日木曜日

パスカル・ガルニエ / パンダの理論 -珠玉のフレンチ・ノワール-

今回はフランス暗黒小説、パスカル・ガルニエの『パンダの理論』。翻訳作品です。これまで翻訳物は、おまけ的にやってきたのだけど、昨今の遅れから、またそれをやってるうちに更新が遅れてしまうのも何なので、とりあえずはそっちの方も外に出して、こんな感じでやって行きます。
さてまずこの作品に私がいかにして出会ったかというと、しばらく前のことになるのだけど、かのエイドリアン・マッキンティ先輩のTwitterから。
「おめーら、パスカル・ガルニエ読めよ。モテるぞ!」
…と、正確にも不正確にもそんな内容ではなかったと思うけど、もう私の脳内ではマッキンティ先輩はそういうキャラになってしまってるので…。
「えっ、そんな人全然知らなかったっす。フランスの方っすか?先輩のおススメなら絶対読んでみるっすよ!あっしも先輩みたいにモテモテになりたいっす!」
とただちにチェック。英訳版ならなんとかなるかなあ、と調べてたところ、なんと翻訳が1冊出てるじゃないですか!というわけで読んでみたのがこの『パンダの理論』なのです。
こちらの作品、本国フランスでの出版は2008年。日本では近代文藝社から2017年の1月に翻訳出版されている。…のだが、どうも今のところはあんまり売れてなさそう…。私が前にアマゾンで見てた頃には、これを見た人は他に…、ってところには黒柳徹子さんのパンダの本や、パンダの図鑑らしきやつ、これを見た後にはこんな商品が買われてます、とか言うところではその手の心温まるパンダ本とシャープペンの芯とか…。なんか今日見に行ったらもはや何にも表示されずひたすら広い空間が広がっているのだが…。えー、オレ一冊買ったじゃん。あっ、そうか、ワシ以外の人にはワシの買ったものとかが表示されてるのかな?Kindle無料でただちに入手したえっちっぽいマンガとか…。まあもしかしたらフランス文学専門店とかどこかにあるユートピアではテラフォーマーズの最新刊もぶっちぎるぐらいの勢いで売れてるのかもしれないが、ともかく少なくともアマゾン的にはあまり売れてなさそうなのは確か。いや、それはいかんだろうということで、私がプッシュしようと立ち上がったのである!いやまあ…、近代文藝社さんから見れば、こんな奴にプッシュされても有難迷惑も甚だしいかもしれんが、一旦出版されてしまえば誰に何を言われるかわからんのは世の常。場合によっては、マーク・グリーニーに比べればとか、スケールが小さいとか、あの辺がピークだったので終わってよかったのである、などの本当に心無いことを適当に書かれることだってあるのだ。それに比べれば、少なくとも私はこの本に大変感銘を受けているので、基本的には褒めるから。まあ、通勤途上で出前の原付にぶつけられちゃったぐらいに思って、諦めてもらうしかないですな。というわけでパスカル・ガルニエ『パンダの理論』です。

■パンダの理論

男はブルゴーニュ地方の小さな駅に降り立つ。十月のある金曜日。夕方。ただ一人で。駅に人影はない。

男の名はガブリエル。何のためにこの町を訪れたのかはわからない。彼は町のホテルに投宿し、そこから少しずつその町にいる人々と交わりを持って行く。

町の小さなレストランの店主。入院中の妻の容態に心を痛め、妻の母親に預けた子供たちを心配している。店は開けているが、心労で料理を作る気力がなく、開店休業状態だ。
ホテルのフロントの若い女性。孤独な彼女は、ガブリエルとのつながりを求めてくる。
同じホテルに滞在しているカップル。この町に住む病院のベッドで死を待つ父親の許を訪れた男と、その愛人。

ガブリエルは彼らに卓越した腕で料理をふるまい、そして彼らの「不幸」に寄り添い、人々を癒して行く。そして誰もがガブリエルに信頼を寄せ、愛情を抱いて行くが…。


この男が何者なのか、いったいなぜこの町に来たのかも一切語られないまま、物語は進み、読者はこの奇妙な男の行動を追って行くことになる。クッキング・パパ的行動で人々を優しく励まし続けるが、一定の線を越えるまで自分自身の内面に触れさせることは避け続けているように見える。静かな、という調子で語られるこの奇妙な親切な男の物語だが、時折、非常に断片的な彼の過去が物語の合間に挟まれて行く。大変暗く、不穏で、何人もの死にも立ち会っていることもうかがわれる。そしてそれらがこの優しい男の静かな物語に、暗く、不穏な影を落とし続ける。だが実はこれらの断片は最後までパズルのピースのように組み立てられることはなく、最後までガブリエルが何者だったのかをはっきりと知ることはできない。しかし、終盤になり、ある決定的な断片が姿を現し、読者はそれぞれの断片の配置もはっきりしないままにおぼろげな形の核となるものを知る。彼の失ったもの。彼の悲しみ。絶望。そしてそれらがその後の彼の行動につながって行く。彼のそれまでの行動と全く矛盾しない地続きのままに…。そして我らは、彼がそのあまりにも深い悲しみと絶望の谺の中を歩いていたことを知るのである。

タイトル『パンダの理論』のパンダは、まだ序盤のあたりでガブリエルが町のお祭りの射的でゲットする大きなパンダのぬいぐるみに由来する。そのパンダが登場するシーンがオビにも書かれているので、ここでちょいと引用させてもらいます。

アザラシの毛でも敷いたみたいに、歩道は光っていた。
夜、雨が降ろうが降るまいが、街の空は黄色だ。
ガブリエルは手にしたぬいぐるみをごみ容器の蓋の上に置いた。
誰でも拾ってくれる人に手を広げ、安心しきって、幸せそうな表情のパンダを。
(中原毅志・訳)

こんな美しい文章で語られる「パンダの理論」が物語を何処へ導くのか?そりゃあ読まなきゃいかんじゃろ。

まあここまで書いてくれば大抵の人は察しはついてるだろうけど、わかんない人のために念のために言っとくけど、この作品一応ミステリジャンルには属しているようだけど、まあかなり「文学」寄りの作品である。謎解きもトリックも一切ないし、前述の通り、主人公ガブリエルの過去の断片も並べ直し、再構成してこれがこうしてこうなったと明確に分かるものではない。と、そういうものを求める人には向いてないという注意で書いてみたが、現実に何でもかんでも前の文のような基準で判断し、前の文まんまで書いて自信満々に「批判」しているバカもホントに後を絶たないよね。「ミステリ」なんちゅうもんの読者の世界では、さる高名な評論家が明言していたように、「純文学乗り」であることが「いちゃもんをつけ」る理由になるのが当然のことのようだしね。もう「ミステリ」ファンお断りぐらいでいいか。どーせ、フランスっちゅうことで「ピエール・ルメートルに比べれば」みたいなこと言い出すのが出てくるのが関の山だしな。…と、いつの間にか結局こーなっちまってるし…。こーゆー奴は読むな、とか言ってちゃプッシュにもなんねえよな…。あ、そうだ、なんかハードボイルドが好きな人にアピールするらしいのがあるから一応やっとこうか。えーっと、パンダのぬいぐるみがホークで、レストランの親父がスーザンね。なんかハードボイルド好きな人にはこの指定が効くらしいよ。んー…、近代文藝社さん、ごめん…。せっかくいい本出したのにね。

パスカル・ガルニエさんに関しては、こちらの本の解説を丸写しで。青少年向けのノベルを書く一方で、この手のノワール小説を書き続けたとのこと。2010年に亡くなっているそうで本当に残念なことです。かくして作者の死後ながらやっと日本にも紹介された素晴らしいパスカル・ガルニエ作品だが、やっぱ他の作品が続いて出るのは果てしなく難しそうか…。しかし、安心されよ、このパスカル・ガルニエ作品、英語では結構沢山翻訳されている。(全部かどうかは不明。)しかも現在はそれらの3作ぐらいずつをまとめたお得な合本が3冊も出ているのだ!さあ皆の衆、パスカル・ガルニエを読み給え。あっしもお陰でモテ度が2パーセントぐらい上がったでゲスよ。マイナス500%がマイナス498%ぐらいに!ありがとう、マッキンティ先輩!
しかしなんだよね、こんないいのを読んじゃうと、フランス本国の方にはこういうヤバいノワールが山ほどあるんじゃないかと期待してしまう。何しろジム・トンプスンを見出した国だし、オイラはボリス・ヴィアン=バーノン・サリヴァンの『墓に唾をかけろ』をオールタイムベストいくつかに入れてたりするものだしな。更に言やあまた一つのコミック大国でもあるわけで、日本じゃあフランスのコミックについて語る人は、とかく「バンド・デシネは芸術である」ばっかなんだけど、こっちは芸術じゃねーのも読みたいんだよって人なのである。うーん、超初歩の段階で錆び付いたままのフランス語を起動すべき時か?とか思うけど、英語で読めるもんも山どころか大陸ぐらいあるという始末で…。うむむ、いつの日にかはどっかの何かにたどり着くのだ、と心に抱きつつ精進を重ねるしかないのじゃ。

さて今回何度も名前が出てきてるマッキンティ先輩だが、先輩の絶対に面白いに決まってるショーン・ダフィシリーズ第2作『サイレンズ・イン。ザ・ストリート』が早川書房からとうに出版されているのは皆の衆もご存じのことであろう。だが…、まだこれが読めてないのだ、実は…。なんか色々ゴタゴタしていてなかなか手を付けられないでいるうちに、うっかり洋書の方で某大作を読み始めてしまい、しばらくは読書時間の大半をここにつぎ込まねばならない、という事態になっており、そっち読み始められるのはそれを読み終わった年明けぐらいか?ということになってしまっておる。いや、誠に申し訳ない。先輩にも合わす顔がないっすよ。だがちゃんと読んだ暁にはなるべく早い機会にそちらについてもちゃんとした感想を書く予定であります。いや、第1作の時はとにかく出たのが嬉しくて浮かれて、ちょいと粗雑な感想だったかもと反省もしているので。ああ、そっちの大作の方もなるべく早くな。ワシ、遂にアレ読んじゃったぞ!(まだ途中だけど…。)
などとモタモタしているうちにもう年末、例のなんかがすごいとかすごくないとかいうのも出る時期になってしまった。どーでもいいけど一応見とこうかな、と本屋でパラパラ見てみたところ、案の定マッキンティ先輩の超傑作が三十何位とか。まあどうせ「読書のプロ」の選んだランキングなんてこんなものだろ。あの辺じゃあハードボイルド読みなんて壊滅しとるしな。ショーン・ダフィも4作目以降は原書で読むしかねえんだろうな、ケッ。とふてくされてたが、なんかふてくされてばかりもいられないんじゃ、と思い始めたり。延々と続くこの惨状を見るにつけ、もしやこのままでは次世代のハードボイルド読みは現れないのでは、と心配になってくる。今や日本の若人が「ハードボイルドとか読んでみようかな。」とか思いついても指針となるものが全くないのではないか。うっかりヤプー知恵袋とか言うところに「おススメのハードボイルドを教えてください」とか書き込んだ罪もない若者がマッチョ説教家畜人の手により『初秋』とか押し付けられて、「こんなクソつまらねーのしかないならもう一生ハードボイルドなんて読まなくていいや。」とかいうことになる次世代ハードボイルド読みの芽を潰すばかりの惨事が日々繰り返されているのではないか。ここは日本で絶滅が危惧されている真性ハードボイルド/ノワールバカの数少ない生き残りである私の手により、21世紀ハードボイルド名作リストくらいのものを早急に作っておく必要がある!だって誰もやってくんないじゃん。オレ勝手にやっちゃうかんね。とは言ったものの、そろそろコミックのことも書かねばならず、まあボチボチという感じでしか進まなそうだが、何とか正月休みなども活用しつつ、そっちと並行しつつ、年明け早いぐらいの時期までには発表するのでお楽しみに。いや、あんたがお楽しみにしなくても勝手にやる!そんなわけでこれからちょっと忙しいので今回はこの辺で終わります。さいなら。



■パスカル・ガルニエ/パンダの理論

■パスカル・ガルニエ英訳版

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