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2025年8月10日日曜日

Adrian McKinty / The Island -マッキンティの明日はどっちだ?!-

さて今回はエイドリアン・マッキンティ『The Island』です。
2022年にLittle, Brown and Companyから出版。現在はMulholland Booksから。なんか前の『The Chain』も一旦Mulhollandから出てLittle, Brownに移って、現在またMulhollandに戻っている感じで、なんかこれが出た頃Mulhollandがバタバタしていた 時期だと思う。あ、Mulholland BooksはLittle, Brown and Companyのインプリントというポジションなので。

2016年に労働の対価に合わん(=俺に書かせたかったらもっと金を払え)として断筆宣言をして、ウィンズロウらの助けもあり復帰、その後ダフィの次当分出せないんで、その間に読者層を広げようという意図の元、2019年に『The Chain』を出版。 そして同じ読者増やそうシリーズの第2弾として2022年に出たのがこの『The Island』。
第1弾『The Chain』が出た頃か、少し前ぐらいは米AmazonのKindleミステリジャンルの中に「Kidnapping」なんてカテゴリもあり、誘拐ものは女性読者にかなり人気だったのだろう。現在はさすがになくなってるが、まだこんなタグ付けて 売りたい奴山ほどいそうだから使用禁止とかになったのだろうけど。ホントこの人あざといことするよな、と思ったが断筆後復帰の期待値に、このあざとい策もハマり『The Chain』は思惑通りかなり売れた。
それに続けての女性読者を重点的なターゲットとしたシリーズ第2弾がこの『The Island』。あ、シリーズ言うてるけど、両作に関連はないです。まあ大方の見方としてはこういう感じだと思うけど。まあ同じくニューヨークタイムズ ベストセラーに入ったんで、思惑はそれなりに成功したんだろけど。果たしていかなる作品となったのか?
…とか言ってみたけど、遅えよ!なんかさ、これくらい日本で出るんじゃねえの?とか思って先送りにしていてこんなに遅くなってしまった。本当ならまあ一昨年、遅くても去年頭ぐらいには読んでいるはずの作品だったのに…。まあもう今後は 日本の翻訳ミステリなんてところには何の期待もしてないし、そこで一旦ゴミ化して出されたもんなんて二度と読むことはないんで、こういうことも無くなるけどさ。
まあそんなわけでかなり今更感はありますが、とにかく『The Island』です。

The Island


懐疑的な黄色い眼のカラスが、雷に打たれたユーカリの枯れ木から彼女を見張る。
カラスは死。
鳴き声を上げたなら、彼女は死ぬ。Jackoに向かって飛び、振り向かせたら、彼女は死ぬ。
カラスは半分頭を傾け、彼女を窺っている。

彼女は脆い草の上を這い、切り株に辿り着き、そこで息を整える。
そして更に這い進み、ヒースの縁へ至る。もはや彼女とJackoの間には、遮るものも無くビーチが広がるだけ。これ以上這い進むメリットはない。
ゆっくりと、非常にゆっくりと、彼女は立ち上がる。
慎重に、彼女は左手のマチェーテを、右手に持ち替える。
自分を落ち着かせ、慎重に進みだす。
更に三歩、慎重に進み、彼女はマチェーテを振り上げる…。

この時点ではまったく状況不明だが、かなり不穏な感じのプロローグ。そして、物語はその数日前から始まる。

Heatherはオーストラリアの夜のハイウェイを、旅の疲れで眠ってしまった夫と二人の子供を乗せて走っていた。周囲には何もなく、行き交う車もない。
もしアリススプリングスへ向かうはずの道を間違えたのだったら、この先彼女たちが食事、水、あるいはガソリンを得るまで500キロの道のりになる。周囲には何もない光景が広がるばかりで、Heatherの不安を募らせる。
その時、不意に道の前に大型のカンガルーが現れる。慌ててブレーキを踏む。
大事故を免れ、ほっとしたものの、そのカンガルーは立ち止まったままで動く気配もない。途方に暮れているところで、近くの暗闇から声がかけられる。
「ヘッドライトに目が眩んでいるんだ。消しなさい」
周囲に何もない砂漠だと思っていたところからの突然の声に驚くHeatherだったが、害意のない様子にとりあえず落ち着いてヘッドライトを消す。そしてカンガルーは、そのまま夜の闇の中へと消えて行く。

声を掛けて来たのは六十年配のアボリジニの男だった。Rayと名乗ったその男は、家族らと共にアリススプリングで開かれる祭りのために徒歩で向かっているところだと話す。
少し闇にも慣れて来た目で見れば、彼の後ろには2~30人の老若男女が、その場でキャンプを張っていた。
Rayの家族に紹介され、その妻が美しいと褒めたイヤリングを、お礼に渡す。その代わりに、Rayからは祭りで売るために作ったというハードウッドのペンナイフをもらう。
Heatherはやはり道を間違えていて、Rayから正しい道を教わり、無事にアリススプリングへと到着する。
予定のフライトにも余裕をもって空港に着き、メルボルンへと向かう。ポケットに入れていたペンナイフは、空港のゲートでも止められることなく、通過できた。

このパートは、主人公Heatherたち家族がアメリカからの旅行者で、まったく勝手のわからない異郷オーストラリアにいる状況を示すところだが、まあもちろんの事、このペンナイフは後々重要アイテムとなる。
続いてメルボルンに到着し、そこで滞在する家へと案内され落ち着く過程で、前パートでは眠っていた家族についての概略が語られる。その辺の経緯は端折って家族について。
主人公Heatherは、シアトルでマッサージセラピストとして働いていて、店に客として訪れていた医師であるTomと結婚する。
Tomにはかつて妻がいたが、アルコールに問題を抱え、自宅の階段から落ちるという事故により近年死亡している。
Tomには、前妻との間に二人の子供、14歳の姉Olivia、12歳の弟Owenがいるが、まだ年も若い後妻であるHeatherとの関係は少しギクシャクした状態。
このオーストラリア旅行は、夫Tomの当地で開かれる学会への出席に同行する形での、初めての家族旅行である。
その他、Heatherには、元軍人の両親により世間からは少し隔絶したアーティスト・キャンプで育てられ、子供時代をそのキャンプがある島で過ごしたという過去があるのだが、序盤では軽く触れられるだけで深くは語られない。

メルボルン到着の翌朝、一家は届いたレンタカーのポルシェ カイエンで観光に出発する。Tomは新型のカイエンを望んでいたのだが、在庫がなく少し旧型のカイエンターボであることにやや不満だ。
それほど見るものもないまま、昼になり彼らは道端のフードスタンドに立ち寄る。
ピクニックテーブルで食事をしていると、やや古めかしいフォルクスワーゲンのキャンプヴァンがやって来て、60代前半の年頃の夫婦が降りて来る。挨拶を交わし、夫婦はオランダからの観光だと話す。
そして更に、トヨタ・ハイラックスが駐まり、地元の人間らしき二人の男が降りて来る。一人は35歳前後、もう一人は50代というところ。

スピーチ原稿の作成という仕事もあるTomは、そろそろ帰るかと腰を上げる。まだコアラも見てないよ!と抗議する子供たち。
それを聞きつけ、トヨタの若い方の男がやって来る。「立ち聞きしたようで申し訳ないんだが、子供たちはコアラを見たいかい?」
そして車の後ろに積んだ檻の中で眠っているコアラを見せてくれる。病気で弱っているから触らないでくれよ。
このコアラはどこから来たの?と訊くHeather。
「俺たちは港の向こうの、個人所有の島から来たんだ。コアラはそこら中にいるし、他の動物も沢山いる」年上の男が自慢するように言う。

なんとかその島に行けないかと父親にせがむ子供たち。若い方の男 -Mattは、申し訳ないが私有地だから、と断る。
「フェリーがあるのかい?いくらかなら払えるが」と財布を出して頼むTom。
頑として断るMattだったが、年長の男はこれに食いついて来る。「いくら払えるんだ?」
「4…500ドルでどうだ?ちょっと見て、いくつか写真でも撮らせてもらえれば?子供のために」Tomは言う。

尚も渋るMattを年長の男は引っ張って行き、離れたところで相談し始める。そして戻って来て言う。
「900ドルでどうだ?俺とこのMatt、それからフェリーを動かしてる奴に300ドルずつだ」
600ドルが限界だと抗議するTom。そこで近くでやり取りを見ていたフォルクスワーゲンの夫婦が、残りは出すので自分達も連れて行って欲しいと申し出る。
そして彼らは、フェリーでその島、-Duch Islandへ向かうこととなる。

島に着き、遅くとも45分以内には戻るよう告げられた彼らは、ポルシェで島の道を走り出す。
少し奥に進み過ぎ、帰り道を見失いかけ、アクセルを踏んだところで、横の道から青い服の自転車に乗った女性が現れる。
こちらに全く気付かない様子で道を横切る女性。
そしてブレーキも間に合わず、ポルシェのフロントは自転車の女性を巻き込んで行く。

車の勢いは止まらず、更に20ヤード進み、道端の溝に嵌まり込んで止まる。
エアバッグからなんとか起き上がり、家族全員の無事を確かめたHeatherは、まだ朦朧としているTomを残し、車から降りる。
自転車の女性は車の10フィート後方で、凄惨な姿になり横たわっていた。
携帯を取り出し、オーストラリアでの救急番号000にかける。だが、この島は圏外でそれが通じることはなかった。
必死に救命を試みるが、自転車の女性を救う術はなかった。

やっと車から脱出したTomにも女性を救うことはできなかった。
Heatherは、状況を考える。携帯は通じない。この島に通常の形での警察力が及んでいないのは、フェリーに乗っているときに、男たちの話から聞いた。
そして、とにかく本土へ戻り、それから警察に出頭し、島で事故を起こしたようだと通報するのが最善だという結論に至る。
Tomを説得し、女性の遺体と自転車を道端の丈の高い草の中に隠す。そして、車を何とか道に戻し、その場を去る。

船着き場に戻るとオランダからの夫婦はまだ戻っていなかった。
その場に一人残っていたフェリーの操舵手に、急ぎの用があるからと話し、50ドルを渡すことで彼らだけを乗せフェリーを出してもらう。
なんとか出発したフェリー。だがそこで操舵手のトランシーバーが、彼を呼び出す。
「聞こえねえぞ」と言った男は、船の後方に行きそこで話し始める。
会話を終えた男は、傍らのスポーツバッグから何かを取り出し、彼らの乗った車へと戻って来る。
そして古めかしいリボルバーを、Heatherの顔に向け言う。
「お前らの携帯を全部渡して、ゆっくりと車から降りろ」
そしてフェリーは島へと戻って行く。
果たしてここから、彼らがこの島から逃れる途はあるのか?

*  *  *

大体この辺まで読んできて、マッキンティが何をやるつもりなのかは薄々見えて来た。
絶望的な状況での監禁からの脱出、そして反撃。
まさにマッキンティの得意技ともいうべきところ。デビュー作であるMichael Forsytheトリロジー第1作『Dead I Well May Be』でのメキシコの刑務所からの脱獄。第2作『The Dead Yard』では、そこまでは書けなかったんだけど、最後に義足を 奪われた状態での監禁からの反撃。そしてダフィ第6作『Police at the Station and They Don't Look Friendly』では武装組織に捕まり山中でこれから処刑という感じで始まるとか、第7作『The Detective Up Late』でも ローソン、クラビー、プラスもうひとりと共に建物内でテログループに追いつめられ絶体絶命というのもあった。
それをこの作品では全編にわたってやろうということだ。女性読者ターゲットで?いや、面白かったけど、そっち的にはどうだったのかな?

紹介した最後の部分の、フェリーに乗ってこのまま逃げられるか?からの…、というような今度こそうまく行くかが潰える、というシチュエーションが様々に形を変えて繰り返し現れ、主人公たちを追い込んで行く。
この辺の盛り上げ方はうまいんだが、もしかすると、あまり追い詰めるとさすがにきついか?というような配慮からそこに置かれたのかもと思うのが、冒頭のプロローグ部分。
実はここがこのストーリーの大きなターニングポイントとなる。
ほら、最初にこういう感じでどこか必ず先で出てくるところを出されると、ちょっとどうかなと思いながら読んでても、あれが出てくるまでは読んでみようかという感じになるじゃん。とにかくここまで読んでみてくれよ、みたいな感じなのかもと 思った。まあその後の展開については、女性ターゲットとかと考えると、それぞれ意見あるかもとは思うけど。

全体的になるべく早く読ませる、という方向での書かれ方がされていて、378ページで前の『The Chain』とほぼ同じボリュームなんだが、その割にはかなり早く読めた感じ。
具体的には、風景やら心象描写などを控えめにして、とにかくキャラクターの行動で話を進めて行く感じ。主人公たちの背景というような情報も、ある程度進んで落ち着いたあたりで出される感じで、序盤からある程度まではかなり断片的にしか 語られない。
そういう簡単に読ませようという方向を、女性向きの作り方と考えてしまうのは少し安直だろうが、少なくとも前作『The Chain』とこの『The Island』に関しては、他のマッキンティ作品と比較してみれば、女性をターゲットとした作品に共通するような 世界観の範囲で切り取られるという形で書かれているように思った。おそらくこの人のことだから、以前の密室のアレと同様に、近年の女性に人気のミステリベスト5とか作れるぐらいまで、その辺の作品を読んで研究したんだろうね。
まあ、後半の主人公の行動の一部は、その範疇みたいなもんから少し逸脱してる部分もあるのかもしれないが、「ハッピーエンドが好き」層には結末のそれで相殺される範囲かもね。

といったところで、ここからはもしかするとネタバレ的カテゴリに属するところかもしれんので、やや注意されたし。
主人公たちは、明らかに悪行であるひき逃げを行うことで困難な事態に陥るわけだが、それについてはどうなるのかというところである。
例えば、ここまで真っ黒でなくても、意に反してグレーゾーンの行動をとらなければならなくなったというようなケースで、実はその相手が大変な悪党で、結果的に主人公の行為は正義になるというパターンがある。まあ読者に居心地よく読ませる方法。
この物語で行くと、実はこの島で本土の政治家も絡む大きな犯罪が行われており、主人公たちが轢いてしまった女性は実は誘拐され性奴隷として働かされていて逃亡中だったとか。
何か重要な政治的腐敗を知ってしまった女性ジャーナリストとかが、監禁されていて逃亡中だったとか。
もっと小さくなる形では、この島で違法なドラッグがかなり大掛かりに生産されていたとか。
まあ、女性をターゲットとしたというような意図で書かれた作品ゆえ、何らかのそういった読者を居心地よくさせるようななんかをやるんだろうなぐらいに思い、ある程度仕方ないかもしれんけどあんまりひどかったらさすがに突っ込んでやろう、 ぐらいに思って読んでいたんだが、結局なんもなかったな。
なんかこういう言い方してると、こいつはどうしようもなく心のねじ曲がった厨二病の成れの果てでダークで悪いことばかり読みたがってると単純に解釈する輩もいるんだが、そういうことじゃないよ。こっちが言ってるのは作品内モラルの一貫性ということ。 それがたとえ負の方向のものでも、そうやって始まったものは最後までそれを通してくれ、読者が居心地よく読めるように都合よく捻じ曲げるなんてのは白けて最後まで読む気すらなくなるんだよ、って話。
ここで主人公たちの敵となるこの島の島民は、ここが警察力の及ばない場所で最悪殺してしまっても大丈夫と思うような粗暴な者たちだが、発覚すれば即お縄になるような犯罪行為を日常的に行っているようなものではない。どこまで行っても 主人公たちが引き起こしたことが原因で危地に陥るわけだが、だからといってそのままおとなしく殺されるわけにはいかない、という闘いである。本当に最後の最後になっても、主人公たちは「お前らがこの島に来たのが悪いんだ!お前らが無茶苦茶にしたんだ」 という至極正論を吐きかけられるのだ。
実はこの作品、あとがきで言及されるのだが、マッキンティの実体験に基づくものだということだ。オーストラリアに住んでいた時、実際に私有地である島に同様の形かは知らんけど行く機会があり、そこを家族で車で走っているとき、横道から出て来た 耳の不自由な人を(この作品でも轢いてしまった女性が実は耳が聞こえなかったことが後ほど明らかにされる)引きそうになってしまったという経験をしたということ。その時冗談交じりに、ここで本当に事故を起こしたら俺たち生きてこの島出られなかったな、 といったのが作品の元となったということ。ちなみに島自体もその場所かは書かれていなかったが、実在のものをモデルにしており、ただし島民は善良な人たちだと書かれている。
あのさ、ここではっきり言っときたいのは、これがマッキンティのなんかの失敗で主人公が悪事を働いてしまうことになる物語になったのではないということ。いや、何か本当にそう思い込むレベルの奴っているじゃない。 作者は常に読者が居心地よく読めるように書かれた作品の方が売れやすいことぐらい当然にわかっている。これは当然そういった反感を買ってしまう危険を冒してもそういった方向で話を書きたいという作者の意図によるものである。
それが何によるものかは、例えばマッキンティはいかに冗談めかして話していても、その事故を起こしたときかなりの衝撃と恐怖を味わい、それを題材として選んだ以上はそこを都合よく曲げることはできなかったのだろう、とかいう想像が 精一杯ぐらいのとこなんじゃない?
結局のところ、読者が居心地よく読めることを最優先とするのがミステリーエンタテインメントで、一旦上げたモラルを最後まで貫くのがハードボイルドだってことなんじゃないのってとこかな。

はい!ここでネタバレ危険性パートは終わりましたんで、後は安心して読めるですよ。…いや、そもそもお前安心して読めるなんてもの書いてねーだろ、ではあるだろうけどさ…。
ここからは作者マッキンティの近況というか、現状について少し書いて行こう。
まあまず、こういう話自体があんまり好きじゃなくて気が進まず、先延ばしにして来た現在のショーン・ダフィシリーズの版元であるBlackstoneについて。
Blackstoneってのは元々はオーディオブック専門のパブリッシャーだったのだが、2015年あたりに書籍出版にも乗り出す。多分、その当時業界的にはこれから大きな市場となると期待された、オーディオブックのエキスパートという技術を持った会社として、 NYのビッグ5の系列となることは時間の問題ぐらいの見方もされていたのだろう。それにマッキンティもビッグ5へ至る最短ルートとして乗ってしまったわけだね。
そこからかなりモタついて、やっとダフィシリーズの再開となったわけだが、まあそういうパブリッシャーだけにまず最優先でオーディオ版が出て、あんまり規模もでかくなくハードカバーが出て、かなり時間がかかってペーパーバックが出て、 更にその後ぐらいになってKindle版が出るものの、旧作にしても販売はヨーロッパぐらいまでで、新作に至っては米国内のみの販売というような方法が取られ、日本にはほぼ手が届かないような形となってしまった。とにかく業界話みたいなもんに うんざりしてた私でもその辺までくれば、ああこういうことなんやろな、と見えてくるわけだ。
もうとにかく早くどっかビッグ5入りしてくれよ、そうすりゃもうちょっとまともな販売に変わるだろうが、とかなりうんざりしながら我慢、つーかほとんど見ないぐらいのスタンスでいたわけ。で、やっと第8作出て、それがまたペーパーバック版 1年後とかにイラっとしながら。
でも、どうもここへきてBlackstoneのその辺の思惑、コケたみたいだな。
オーディオブックの市場みたいなもんがどうなってるかは知らんけど、少し当初の勢いや期待は頭打ちとかになり、ビッグ5にとってはわざわざ新たに専門のパブリッシャーを構えるほどの魅力は減少してしまったというようなところかも。
それが無くなってしまえば、Blackstoneなんてただの弱小インディペンデント。Kindleやペーパーバック版のそんな販売方法が、そのくらいの力しかないのか、それとも単独ではやっていけないんでオーディオブックメイカーとしてどっかに少しでも 高く売るために少しでもその売り上げ実績を伸ばしたい戦略なのかは知らん。ただはっきりしてるのはここからダフィシリーズが出てる限り、こんな作品自体が手に入りにくい状況が続くというわけ。
日本ほどひどくないのかもしれんが、やや手に入りにくいという状況は少なくとも米国以外では続いているだろうし、さすがにうんざりしてきたファンの矛先は、作者マッキンティに向かうことになるよね。なんかとっくに完結しているはずの シリーズがなんでこんなにもったいつけてモタモタ出版されんの?みたいなのもあるかもしれんし。

第8作出て少しの後、マッキンティはXで日本のアマゾンのオーディオブックのなんかのランキングで一位を取ったぞ!みたいなのをちょい自慢げにアピールしてて、日本じゃそれとハードカバー以外のバージョン無いからだろ、みたいな私の気持ちをそのまま 代弁するようなツッコミが即座に入れられてたり。 その他、ランキングがあまり上がらないことで、今のこういうところ女性向け作品ばかりが強いんだよな、みたいにぼやいたら、あんたの『The Chain』と『The Island』もそうじゃんとか言われたり。
まー人気絶頂上り坂の作家はこんなのが見えちゃいけないんだけどね。
そんな状況で出てきたのが、少し前からちょこちょこ紹介してたSubstackのダフィシリーズの未発表中編の公開ということなんじゃないかと思う。

最初のが出た時に、現在オーディオ版のみの『God’s Away on Business: Sean Duffy: Year 1』と一緒に本にする予定のやつかな、と言ったのだけど、なんかもしかすると、これもオーディオ版単品として売ってその後作品集にするつもりだったのだけど、 今のBlackstoneの状況としてそれもご破算となったという事情なのかも。
そういった出版方面の思うようにいかない部分と、一方のもしかしたらこいつは金に汚いぐらいの方向の反感の芽生えに対してのアピールという部分が重なったのがこのSubstack無料公開なのかもしれない、ということ。あ、最初の『Jayne's Blue Wish』 だけは読んだので、それについては後で書きます。あーちょっと楽しい話パートとして。

なんかその辺が、割としつこくマッキンティを追い続けている私の感じている近況なのだが、それがあっているのかどうかは不明かもしれんけどね。
その辺を踏まえてのマッキンティの「次」という話。
『The Chain』と『The Island』の二作について感想を聞かれれば、ああ、面白かったよ、と答えるだろう。だが、エイドリアン・マッキンティという作家に求めているものとしちゃあ、少々物足りないけどね、と付け加えるよ。
エイドリアン・マッキンティという作家は、Michael Forsytheトリロジー、ショーン・ダフィ・シリーズという作品の積み重ねで、自身のファンを獲得し、評価を得てきた作家だ。
それらコアとも言える部分の読者は、断筆による中断もまあしょうがないなと許容し、次へのしばらくの間を埋めるものとしてこの二作をそれなりに評価できる作品としても読んだだろう。
それらの部分が、この出版関係の都合によるお粗末な供給に怒りを抱き始めているのだ。
マッキンティの次作がこれに続く第3弾だったとしたら、それらの読者層は必ず落胆する。自分にしたって、それがもしまともにすぐ手に入る形で出版されたとしても、それほど優先度は高くならんだろうし、Blackstoneから同様の形で出版されでもしたら、 いつか何年か後でも電子書籍で手に入るような機会があったら読めばいいや、ぐらいにしか思わないだろう。
マッキンティという作家の腕にかかれば、その第3弾もニューヨークタイムズベストセラーに入るかもしれんし、その次もうまく行くかもしれん。だが、そこまでマッキンティを押し上げて来たコアな部分の読者は確実に失う。バブル的に増えた 不安定な読者により、人気ベストセラー作家ぐらいになれるかもしれんが、二度とエドガーに引っかかるような栄光は訪れない。その手の「ベストセラー作家」っているだろ?
まあこれが売れたんで、これこそマッキンティの代表作、この方向を進めて行けばいいなんて思うのは、出版はビジネス!売れる作品にこそ意味がある!作家性なんて独りよがりのおままごとなんて話半分に聞いてりゃいい、ぐらいのこと言って憚らない、 作家を御立派な自社と自分のキャリアに貢献するための使い捨ての道具としか思わないクズ編集者サマレベルぐらいのもんだろう。

実はしばらく前ダフィ第8作が出版された直後ぐらいに、マッキンティは自分のXに、こうなって来ると次はなんだって話も上がって来るだろうが、そこは悩むとこなんだよなあというようなツイート(じゃないのかもしれんけど、今なんて呼べばいいのかわからん) を上げている。ここで言ってる「次」はもちろんただの次作ではなく、もう終わりが見えて来たダフィの次のことだ。
もしそんな方向に流れて、コアな読者を失えば、その「次」も失うだろうがね。
第8作出版より以前に、次のシリーズ外作品がそれより早く出るかもしれないみたいな話もしてたので、それ以前から何らかの作品に取り掛かっていたのは確かだろう。なんかいつ頃だったかはっきりしないんだが、次の作品の舞台がその辺なので、 1975年にヒットしたこの辺を全部聴かなきゃみたいなことを言って、その辺のアルバムがずらっと大量に並んだ画像を出してたのも憶えてる。
その後、次作についてのコメントはなくなり、現時点で新作のアナウンスはない。
ダフィ・シリーズについては作品については期待し続けるが、この状態では最終第9作までちゃんと読めるのは本当に当分先になるんだろうと諦めてる。
そっちではない次作が、どういう形でどこから出るのかは、本当に大事なところだと思うよ。

というところで、もしかするとやや苦渋の策という部分もあるのかもしれない、Substackのダフィ中編シリーズについて。
まず最初に出たのが、完全未発表作である『Jayne's Blue Wish』。続いてオーディオ版のみ発売されていた『God’s Away on Business: Sean Duffy: Year 1』。そして『Murder in The Barn』が現在進行中の作品として、週ごとにアップデートされているらしい。
『Jayne's Blue Wish』は、最初のところだけ読んだとき、ダフィのいる状況がよくわからなかったので、現在第8作ぐらいの時点の話かと思ったが、第5作ぐらいのとこらしい。ちなみに次の『God’s Away~』は第7作のプロローグの『Prelude in E-flat Major: Sean duffy, Year Zero』に続くあたりで、『Murder in The Barn』はまた第5作近辺ということ。
第7作の最後はここからどうなんのかな?という感じだったり、ダフィの立場も色々変化して行くようなので、第5作あたりのその辺が別の話を入れるのに都合がいいあたりということか。
ある銀行強盗に続いて起こった脅迫事件を、ダフィが個人的に報酬を提示されるという形で、非公式に捜査する。クラビーに手伝いを頼み、報酬は山分け。かなりラッキーに事件はスピード解決するが、その後…、という話。
第8作には、Michael Forsytheがアメリカへ渡るのをダフィが助けてやるというシーンがあるそうで、またXなんだけど、マッキンティ自身により「ダフィ・バース」と称する一連の作品がリストアップされ、そこにはダフィシリーズ9作に加え、 Michael Forsytheトリロジーが並べられていた。更に、単独作品として出ていた『Falling Glass』もそこに属する作品とされ、この中編にはその主人公KillianがForsytheと一緒に逮捕されているというファンサービスって感じのシーンも出てくる。 なんだかんだ言ったって、こういうの本人が一番楽しんでるんだろうけどさ。
まあ色々言ってきたけどさ、マッキンティがベストセラー作家世界のドリアンと、21世紀前半のハードボイルドに強い足跡を残す作家の岐路にあった、なんてのは結局のところ、停滞期にあったマッキンティのこの時期のネタギャグにしか ならんぐらいのもんだろ。
本気でそっちを目指すんなら、今頃第4弾ぐらいまで出てたっての。どこまで行ってもダフィ再開のために弾みをつけるための方策でしかない。ホントこれが順調に行ってればね、って話でしかないよ。
なんかさ、こっちの願望でそう言ってると思いたきゃ思えばいいが、少なくとも「島田ショック」や安定と成熟与太ほどひどくはないと思うけどね。

やっぱり面倒で長ったらしいくだらない話になっちまった。どうせ長い目で見りゃ、一時期のゴタゴタぐらいのもんでしかないだろうし。とにかく早くそういう面倒が収まって、作品だけを楽しく読めるような日が来るのを望んでるよ。
いくらややこしくても、エイドリアン・マッキンティは、現代ハードボイルドの最重要作家の一人として、当方だけはしつこく追い掛けて続けて行くからさ。そんだけだ。
なかなか新作に手が届くようにならないマッキンティだが、ここでダフィ・バースの一角であることが明らかにされた『Falling Glass』もそのうち読んだりして、気長に待つとしようか。やれやれっすよ。

■Adrian McKinty著作リスト

〇Sean Duffyシリーズ

  1. The Cold Cold Ground (2012)
  2. I Hear the Sirens in the Street (2013)
  3. In the Morning I'll Be Gone (2014)
  4. Gun Street Girl (2015)
  5. Rain Dogs (2016)
  6. Police at the Station and They Don't Look Friendly (2017)
  7. The Detective Up Late (2023)
  8. Hang On St Christopher (2025)
  9. The Ghosts Of Saturday Night 未定

〇Michael Forsytheトリロジー

  1. Dead I Well May Be (2003)
  2. The Dead Yard (2006)
  3. The Bloomsday Dead (2007)

〇The Lighthouseトリロジー

  1. The Lighthouse Land (2006)
  2. The Lighthouse War (2007)
  3. The Lighthouse Keepers (2008)

〇その他

  • Orange Rhymes With Everything (1998)
  • Hidden River (2005)
  • Fifty Grand (2009)
  • Falling Glass (2011)
  • Deviant (2011)
  • The Sun Is God (2014)
  • The Chain (2019)
  • The Island (2022)


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Adrian McKinty / The Detective Up Late


●Michael Forsytheトリロジー

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2025年8月6日水曜日

2025 スプラッタパンク・アワード 受賞作品発表!

2025年第8回となるスプラッタパンクアワードの発表です。今年もテキサス州オースチンにて8月1日-3日に開催されたキラーコンにて発表されました。
なんだかノミネート作品発表がもたついた感じのあった今年。そのせいか、こっちの発表は8月3日付でBrian Keeneのホームページできっちり発表されました。 やっぱキラーコン運営に任せてみたものの上手くいかなかった、というあたりだったのかな。
さて猛暑の続く中、いかがお過ごしでしょうか?とかいう柄にもないこと言いだしたのも、今年の猛暑に負けて、熱中症で3日ほどぶっ倒れていたからなのだけど…。にゃんかゴールデンウィークに虫垂炎で倒れ、やっと体力回復してきたかの ところでこの猛暑。すっかり自分の体力にも寿命残量にも自信の無くなってきた今日この頃。きっとクソ暑いのだろうテキサス州オースチンに集ってわっせわっせと押し合いへし合いする見るからに暑苦しそうなホラー関係者・ファンに 思いを馳せ…、ウエッ、そんなもんで元気出るわけねーだろ。
思いつく限りのえぐいことをてんこ盛りにしたエクストリーム・ホラー/スプラッタパンクの強力作品の数々、その熱量からまったく納涼には役立たんだろうけど、んーなんか元気かそれっぽく見える何かはもらえるかもね。
それでは本年のスプラッタパンクアワードです!

2025 Splatterpunk Award


【長編部門】

  • The Old Lady by Kristopher Triana (Bad Dream Books)
  • Benjamin by Aron Beauregard and Shane McKenzie (Bad Dream Books)
  • This Wretched Valley by Jenny Kiefer (Quirk Books)
  • American Rapture by C. J. Leede (Tor Nightfire)
  • The Home by Judith Sonnet (Madness Heart Press)※

【中編部門】

  • Living Death Race: Beauty & the Brains by John Everson (The Evil Cookie Publishing)
  • A Life of Crime by Aron Beauregard (Bad Dream Books)
  • Master of Bodies by Robert Essig (Infected Voices Publishing)
  • Nipping Them In the Bud by Edward Lee (Deadite Press)
  • For The Better by Daniel J. Volpe (Bad Dream Books)

【短編部門】

  • “Together Forever” by C.V. Hunt (from The Obituaries #6: Red Romance) (Bad Dream Books)
  • “The Old College” by Aron Beauregard (from Fear of Clowns) (Kangas Kahn Publishing)
  • “Genital Grinder 2.5” by Ryan Harding (from Y’all Ain’t Right) (The Evil Cookie Publishing)
  • “Fulfillment” by Sidney Shiv (from Where Devils Dance) (Independently Published)
  • “Baby, I’d Die 4 U” by Kristopher Triana (from The Obituaries #6: Red Romance) (Bad Dream Books)

【短編集部門】

  • This Skin Was Once Mine and Other Disturbances by Eric LaRocca (Titan Books)
  • Gold and Gore by Candace Nola (Uncomfortably Dark)
  • Every Night In The Bone Orchard by Judith Sonnet (Independently Published)
  • Sucking Chest Wound and Other Horrors by Daniel J. Volpe (Bad Dream Books)
  • Wrecks & Violets by Mehitobel Wilson (Cimarron Street Books)

【アンソロジー部門】

  • Splatology 2.0 edited by Sidney Shiv and Chisto Healy (Unveiling Nightmares)
  • Dethfest Confessions: The Devil’s Playlist edited by Mark Tullius and Lyndsey Smith (Vincere Press)
  • The Obituaries #6: Red Romance (Bad Dream Books)
  • Shocking Sojourns edited by Sidney Shiv (Independently published)
  • Y’all Ain’t Right edited by K Trap Jones (The Evil Cookie Publishing)

【J.F. GONZALEZ LIFETIME ACHIEVEMENT AWARD】

  • Joe R. Lansdale
  • Lucy Taylor


ノミネート発表の時も少し言ってたところなんだけど、昨年はそこそこ大手ぐらいのTor NightfireからのC. J. Leedeの『Maeve Fly』が長編部門受賞とか、このアワードも少し商業的みたいなところが強くなって行くのかなあ、と思っていたところで、 今年は従来のインディペンデント系の暑苦しい奴ら(偏見だが…)によるBad Dream Booksが押し返したという感じ。
長編部門受賞のKristopher Trianaの『The Old Lady』、短編部門受賞のC.V. Hunt「Together Forever」を始め、各部門に多数作品をノミネートされたBad Dream Booksは、Kristopher Triana、Aron Beauregard、Daniel J. Volpeの近年こちらの 常連三人衆で立ち上げられたパブリッシャー。今回短編部門を受賞したC.V. Huntをはじめとするこのジャンルの強者達をフィーチャーしたアンソロジー・シリーズ『The Obituaries』による注目という部分も大きいようなんだが、こちら 現在のところプリント版の自社販売のみという形のようで、なかなか入手困難となっている。
現在最注目のBad Dream Books!というところなんだが、なんか来年ぐらいになったら影も形も無くなっていたりということも起こり得るのがこのジャンルだったりするのだが…。とりあえず第2回の長編部門『Full Brutal』受賞以来常連のKristopher Trianaを始め、 一昨年受賞者のAron Beauregard、Daniel J. Volpeについては今後も要注目で間違いないだろうけど。
中編部門受賞のJohn Everson。そこそこ見る名前ぐらいのうろ覚えで少し調べてみたら、ブラムストーカーとかも受賞歴のあるそこそこ大物だったんだね。ホントホラージャンル知識貧弱で申し訳ないっす…。
短篇集部門では2022年第5回の中編部門を『Things Have Gotten Worse Since We Last Spoke』で受賞したEric LaRoccaが受賞。なんかもうちゃんとチェックしとかなきゃみたいなのばかり…。
アンソロジー部門『Splatology 2.0』は、新興Unveiling Nightmaresから。これは本当に去年出来たばかりの新興パブリッシャー。なんかアンソロジーとか少し気楽に読めそうかな、とか思うんだが、いざ書くとなると多勢の作家を 紹介するの大変か、みたいに躊躇っちゃうのだが、こういう時の基礎知識のために書けなくとも読んどくべきかと思う。
本年のJ.F. GONZALEZ LIFETIME ACHIEVEMENT AWARDはジョー・R・ランズデールとLucy Taylorの二人だが、早くも来年はChristine Morganとアナウンスされている。Christine Morganってそんな大物だったのか…。また知識貧弱を露呈…。

以上2025年第8回のスプラッタパンクアワードでした。なんかホラーの方もちゃんと読まなければ、と時々調べていたらNew Golden Age Horrorみたいな話も聞こえてきて、こちらのあずかり知らんところでホラージャンルも盛り上がっていたりするのだな、 と知りその辺の勢いが昨年あたりの商業的方向みたいなもんなのかなと気付いたり。ただそのNew Golden Age Horrorって辺り調べてみると、あんまりわからんけど自分にはあまり関係なさそうなベストセラー近辺もあり、まあ色々読んで 射程内に入ってくるようなことがあるまではまあいいかな、という感じ。当方ではスプラッタパンクとWonderland Book Awardというような辺境の方を追って行けばいいかな。
で、もう一方のWonderland Book Awardなんだが、そろそろノミネート発表あるかなと時々調べているんだが、まだ今年のBizzaroConの日程すら決まっていない感じ。とりあえずこの辺からまた「Nikke最強キャラ」と同じ頻度ぐらいで 毎日検索して行くべきかなと思う。
なんか知識不足を嘆いてばかりというところだったのだが、何とかここからきちんとホラー方向を補強するために頑張って読んで書いて行かねば、と思っている。とりあえず前に進む方向で、Bad Dream Books三人衆からか。 いや、今度こそちゃんと読むことを誓うっす。えっと、水着ドロシー様に!3凸できんかったけど…。

なんだか発表の方で少しバタバタした感じの今年のスプラッタパンクアワードだったが、とりあえずBrian Keeneからという形に戻ったようで、来年はもう少し早くノミネートも発表になるのではないかと思う。また来年発表の際には、 なるべく早くお伝えしますわ。ではごきげんよう。


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2025年7月15日火曜日

Jordan Harper / Everybody Knows -ジョーダン・ハーパーのL.A.!"誰もが知っている"ハリウッドの暗部!-

今回はジョーダン・ハーパーの『Everybody Knows』。2023年にMulholland Booksから出版された、ハーパーの長編第3作です。

確か2022年頭ぐらいのどっか、コロナ禍から色々回復し始めたころ、2022年9月にSimon & Schuster UKから出た『The Last King of California』と同時に出版がアナウンスされたため、どっちが先に書かれたかわからないかも、 ぐらいのことを書いていたが、読んでみれば、まあ出版順で間違いなかろうなという感じ。その辺については後述するか。
前作『The Last King of California』では、同じカリフォルニア州でもやや辺境の森林火災が押し寄せてくるあたりだったが、今作の舞台はLA。ハリウッドの芸能界の闇を動く二人の男女が主人公となる。
ハリウッド芸能界で日々起こる、様々なスキャンダルや揉め事。それらをもみ消し、すり替え、調停する、弁護士事務所を中心に様々な役割に枝分かれした巨大組織。二人の主人公はそれぞれ別の枝分かれしたセクションにいる。
ひとりはMae Pruett。主に広報関連担当の女性。問題発生の際に、記事・報道が出る前に交渉を行い、当事者のイメージを損なわない方向へと誘導する。
もうひとりはChris Tamburro。元刑事の男性。ダーティーな噂を売る密告屋への対処など、腕力が有効な場に赴く。
かつて短い期間に関係があったが、現在は別々の道を進む二人。だがある事件に関係し動くうちに、二人の道は再び交差し始める…。

Everybody Knows


Mae / Chateau Marmont
ロサンゼルスは燃えている。
何処かの病質者がホームレスのキャンプを焼いている。今夜は5号線近くのロス・フェリズにあるテント・シティ。炎はグリフィスパークまで広がる。
Maeはシャトーマーモントの秘密の出入り口の外で待っていた。サンセット・ブールバードを行き交う旅行者たち。彼らはサンセット・ストリップがキャンプファイアのような臭いがするとは思わなかっただろう。
Maeは、Danからの連絡を受け、あるスタンダップコメディアンとのデートをキャンセルしてここにやって来た。
Danからのメッセージは「Hannah シャトー ASAP」。続いてHannah Heardの新しいアシスタントの電話番号。Danからのメッセージはいつものように暗号めいている。

シャトーマーモントの秘密の入り口は、プライベートコテージ群の並ぶ洞窟へと、直接続いている。
グリーンクロスのドアが開き、アシスタントの女性が迎える。
「あなたが広報担当?」アシスタントが言う。
「その類いよ。彼女のところへ連れてって」

Hannahのプライベートコテージで、Maeは彼女と対面する。フーディーを深く被り、大きなサングラスを掛けたお馴染みのファッション。
「サングラスを外して、なぜ私がここに呼ばれたか話してくれる?」
Hannahはサングラスを外す。彼女の左目は紫に変色し割れたプラムのように腫れ上がっていた。
「撮影開始時間は?」
「AM4時にメイク」
「クソッ」

スキャンダルで地に堕ちた彼女のイメージ回復へのストーリーは慎重に作り上げられてきた。6か月のリハビリの後のインタビュー。健康的なイメージの頒布。そして明日からはドラマ撮影が開始される。
彼女の目はそのすべてを台無しにする。

MaeはHannahからその経緯を聞く。
Hannahの旅の流れはこういうもの。プライベートカーによりサンタモニカ空港へ行き、プライベートジェットに乗りフランスのどこかのプライベートの着陸地へ。50歩歩いてヘリコプターへ乗り換え、国際水域に浮かぶ100フィートのクルーザーへ。 そしてそのクルーザーがクライアントの待つ三階建てのメガヨットへと彼女を運ぶ。
不確かな噂として囁かれる、大金持ちが美女を侍らせる海上パーティー。だがそれは実在する。
「あいつは自分のことを如才ないとか思ってたんだ。あいつはあたしを撮ろうとした。…つまり、ヤッてるところを。それであたしはあいつの電話を窓から海に捨ててやったんだ。それで…」

段取りを終えたMaeは、シャトーマーモントのバーで結果を待つ。そこにDanから電話が掛かって来る。
「彼女の犬ってわけか?」心底楽しんでいる声。
「じゃあ彼女アップロードしたわけね?」
それは2分ほどのビデオ。サングラスを掛けたHannahが愛犬Mochiとじゃれる。Mochiの突然の頭突き。そしてサングラスを外したHannahの目に痣。
「スタジオは既にビデオをリツイートしてる。撮影開始はAM6時からだ」

「月曜の仕事の後、予定はあるか?」Hannahについての会話の後、Danがそう言って来る。
「エクササイズのクラスぐらいかしら」
「じゃあ、飲みに行こう」
Danは彼女にとって、これまでで最も好ましい上司だった。彼はこれまで彼女を誘うようなことはしなかった。
「ポロ・ラウンジで。いいな?」
嫌な雰囲気中の嫌な雰囲気。ポロ・ラウンジはビヴァリーヒルズ・ホテルにある。ホテルバーで一杯。エレベーターひとつでカリフォルニアキングベッドへ直行。
「何の件で?」
「俺の輝かしい未来のためのグランドヴィジョンを共有して欲しくてね。すなわち君の」
「分かったわ」不安な気持ちを抱えながらMaeは承諾し、電話での会話は終わる。

Chris / Mid-Wilshirer
Britのアパートは、カタログからの写真のようだが、場末の洗濯屋のような匂いがした。ビー玉でいっぱいのガラス瓶、アンティーク・トイがまさに、この全ての役立たずの出鱈目、という感じで陳列されている。チンケで安っぽいスローガンが でかでかと書かれた額入りのポスターがそこら中に掲げられている。「笑い続けて生きよう。君だけのマジックを作ろう。パースピレーションはインスピレーションを引き出す」リングライトと三脚がそこら中に。Britの世界の全てが まさにここに。

Chrisは明らかなその世界の真ん中に明確な侵入者として立っていた。41歳。オフェンシブラインマンタイプの大男。3XLのトラックスーツに身を包み。
彼は他の誰かの腕の拳だ。
携帯をチェックする。Patrickが10分前に、Britがリトル・トーキョーのバーを出たと連絡してきた。奴が戻るまでもう10分。
暇つぶしに部屋を探し回り、見つけたドラッグと現金をポケットに入れる。
そしてカウチに腰かけ待つ。
やがてホールに足音が響き、鍵がもたつきながら差し込まれる音が聞こえる。
ドアが開き、コカインに酔った眼の痩せたチビ助、Britが入って来る。

Britはすぐに自分のアパートの中に立っている大男に気付く。「誰だよ、お前?」平然を装うが、声はついて来ない。
「さて」Chrisは言う。「お前がどこでしくじったか、話してやろう」
ChrisはBritに向かって歩み出す。Britは動かない。もはや逃げ場はないことは理解できる程度の頭は持っている。Chrisは横を通り過ぎ、ドアを閉める。
「お前はいつもと同じパターンでしくじった。欲をかき過ぎたんだよ」
「しくじったのはてめえの方だよ。見た目通りの間抜けなんだろうな。俺が誰だか知ってるのかよ?」
「ああ。多分お前はゴシップサイトに下世話な噂を永久に売り続けることができたんだろう。だがお前は欲をかき過ぎた」

BritはD級の有名人、リアリティショーやインスタグラムのインフルエンサー程度の友人を多く持ち、仕入れた秘密をこっそりと、タブロイド紙など金を出す相手誰にでも売りつけて来た。
Britは先月、Bリストの俳優、Patrick DePauloがコカインで鼻柱に穴をあけたという情報を、タブロイド各紙に売りつけた。
恐らく、BritはPatrickの父親が誰だか、調べようとも考えなかったのだろう。Patrickのブガッティと尽きることのないコカイン供給が、散発的なシットコムのゲスト出演で賄われていると思っていたのだろう。
Patrickの父、Leonard DePauloは、L. A.最大の民間警備会社、BlackGuardの所有者だ。
BlackGuardからの下請け業務。Patrickの父親は、通例家族関係の仕事に自社は使わない。そして弁護士Stephen Ackerに依頼し、Ackerを経由してChrisに仕事が来た。

「お前は売ったのが誰か調べるという宿題を忘れたのさ」
Britの頭の中で、何かが繋がる。「これはPatrickの件だな、そうなんだろ?」
「俺はクソみてえな話を売ったさ。それがなんだ?みんな噂してることだ。それで稼いで何が悪い?」
「あいつの親父が兵隊と殺し屋を飼ってて、お前が送られて来たってわけか、ああ?ならず者部隊の一員が?」
「俺はこれからお前を痛めつける」
「顔は勘弁してくれよな。明日撮影があるんだ」
Chrisは頷く。誰もショーを止めることは望まない。
ChrisはBritの肩を掴み、腹に膝を打ちこむ。もう一発。
Chrisの仕事は終わった。Britを痛めつけている間、彼は何も感じなかった。Britもそうだったかはわからない。

とりあえず二人の紹介的なそれぞれの第1章。こういう形で名前/場所という感じで章タイトルが入り、基本交互に入れ替わり続いて行く。Maeの方は年齢は入っていなかったが、32歳。
物語はMaeサイドから動き始める。
不安を感じながら、上司Danに誘われたバーに向かうMae。Danは彼女に、現在付き合っている相手はいるか、住んでいるところの間取りは、などを尋ねてくる。
Maeは、自分は上司とそういう関係になるつもりはないと、明確に告げる。
Danはこれは一つのカバーストーリーさ、と話す。俺たちがこういうバーで会っていれば、誰でもそういう関係と見て疑わない。
そしてDanは、巨額の富を得る計画があると匂わせる。自分たちの仕事の外で。
「全ての富の源は犯罪だ。聞いたことがあるだろう」Danは言う。

「一旦入ったなら抜けることはできない。話を聞いただけでも。知ることはすなわち参加することだ。考え直すことはできない。俺たちはこれを最重要機密保全で実行する」
「明日の晩、同じバット・タイム、同じバット・チャンネルで。俺はこのテーブルに座り、ドリンクを注文し、飲む。もしお前が俺の向かいに座るなら、すべてを話す。もしそうでないなら、これはなかったことになる。そして人生はこれまで通りに続く」
「お前は既にこの汚泥であらゆる汚れ仕事をやって来た」Danは続けて言う。「一度は自分のためにやってみてもいいんじゃないか」

翌日、Danはオフィスには現れなかった。アシスタントによれば、一日中のミーティングということ。Danの不在中も、厄介な件が持ち込まれる。
夕方、渋滞にイラつきながら昨日のバーへと向かう。道の先で何かの事故があったようだ。時間には遅れそうだが、電話はするなと言われている。

やっと着いたホテルの前の交差点では黒のテスラが歩道に乗り上げ、その周りに警察の封鎖テープが張られている。
Danは黒のテスラに乗っている。ビバリーヒルズの半分はそうだ。Maeは自分に言い聞かせる。
フロントガラスに銃弾が撃ち込まれた蜘蛛の巣。窓ガラスに血でペイントされたジャクソン・ポロック。ストレッチャーに乗せられブランケットがかけられた死体。
風がブランケットをめくる。
MaeはDanの側頭部から溢れ出た灰色の脳髄を見る。

Danの事件はスピード解決を見る。Danにカージャックを仕掛けた人物は、監視カメラにより特定され、翌日に発見、射殺される。
そして、ChrisはAckerと共に、BlackGurdのLeonard DePauloに呼ばれ、その事件の捜査を依頼される。
「Dan Henniganは多くの非常にセンシティヴなクライアントの情報に通じていた。もし彼の死亡事件に更なる話があるなら、我々はそれを知らねばならん。それで我々は警察と並行し、独自の捜査を行うのが好ましいと考える」
「私の元の警察関係のコネクションを使い、内部情報を探れと言うことですか?」
「その通りだ」
昔の同僚たちに会い、事件とその後の解決について詳しく調べるChris。だが、彼はその中に巧妙に段取りされた匂いを感じてくる…。

Maeは謎の陰謀めいた話を聞いた翌日のDanの死亡という事態を不審に思い、独自に密かに調査を始める。
Danの最近の女性関係を調べ、一人の女性について調べ始めるMae。
そしてそこで、思わぬ形でMaeとChrisの道は交差することとなる。

MaeとChrisは、過去にある若手アイドル俳優の過剰摂取による死亡事件で出会う。
お互いに飾らず本音で話ができるという相性を感じ、その後しばらく関係を持つこととなる。
だが、噓に囲まれた世界で本音で語れるという関係に、危機感を抱いたMaeからの申し出で、二人の関係は終わっていた。

偶然出会ってしまった二人は、とりあえず同行して調査を続けるが、そこである秘密を目撃する。
彼女たちの属する組織には不利益をもたらすかもしれないその秘密を、二人は協力して秘密裏に探って行くことになる。
そして少しずつ明らかになるその秘密は、二人に組織の外に出て、それに反する行動をとる決断を迫る形をとって行く…。

*  *  *

まあしばらく前ぐらいになってるあたりだと思うが、翻訳ミステリよりもう少し広範囲ぐらいのところの評論・レビュー界隈で、犯罪ジャンル作品に対して「よくある話」だの「ありきたりの設定」だのというようなレッテルを貼り、自分の見識だか何だかを ひけらかしたつもりで格好付けられると思っている阿呆連中がふんぞり返っていた。
これの意味は、実際の警察官が在職中絶対に遭遇しないような不可能犯罪でも、どこか世界の全く関係ないところで起こっていることになっている「スケールの大きい」国際謀略でもなく、誰でも様々なところで目にするような組織犯罪や ドラッグ関連などの言ってみればリアルで日常的とも言える犯罪を描いた作品ということ。ホントバカじゃないの?
それぞれの「現在」におけるリアルな犯罪を通じて社会を描くという形で進化してきたハードボイルド/クライムジャンル作品が、こんな愚物の小手先の格好付けによって踏みつけられてきたことは本当に腹立たしい状況で、しかもそれを始めたのが 団塊世代ぐらいのいい年をした爺連中らしいというあたりにも本当に呆れるんだが、その辺のことは一旦置いておこう。
この作品『Everybody Knows』は、ハリウッド芸能界のスキャンダル、事件を、裏から様々な形で情報操作し、イメージを保つために動く組織集合体を中心に描いた作品。
日々浮かんでは消える芸能界のスキャンダル、それこそ言ってみれば(上記のような経緯であまり言いたくないところもあるが)よくある話。Everybody Knows -誰でも知っている。リアルな犯罪を描くハードボイルド/ノワールジャンルの後継者として ジョーダン・ハーパーが新たに選んだ作品舞台が、このハリウッド芸能界というわけなのだ。
映画・テレビ業界で長い経験を持つジョーダン・ハーパーが暴くハリウッドの闇!なんて激安暴露本モードのコピーなんて、果てしなく願い下げだよん。

双方の第1章はなるべく作品の雰囲気が伝えられるようにやったつもりだけど、それでもかなりスカスカな気分。それぞれの目を通して見える風景・人物に対する短く断片的に語られる印象が、現在のL.A.やハリウッド芸能界の多角的なパースペクティヴで 見える風景なのだろう。
そしてほとんど端折ったその後のあらすじの中では、同じような視点でからによる彼女たちが属する組織・状況が描かれて行く。そして主に移動を通して見える簡潔だが詳細に描かれる様々なL.A.の風景。
なんかほとんど飛ばしてしまった、それらをモザイクのように組み合わせて作られた描写の方がジョーダン・ハーパーのスタイルの本質かとも思ったりする。

今作では、というより以前からもそうだったように思うが、主に車による移動の際には、その道順であったり風景などが、前述のように簡潔かつ詳しく描かれる。
それはビバリーヒルズに立ち並ぶ豪奢な邸宅群から、観光客の多く集まるブロードウェイ、そして河岸のホームレス・キャンプまでに及び、現在のL.A.全体を俯瞰する地図として描かれて行く。
そしてその地図は、同様にハリウッドの暗黒面を多く描写した、かのジェイムズ・エルロイのL.A.四部作、現在進行中の新L.A.五部作と時代を挟んで重なるものなのかもしれない、なんてことも考えたりする。

さて、最初の方で言ってた第2作、3作って話。前の『The Last King of California』は、カリフォルニア田舎方面を舞台として、主人公Lukeのビルディングロマンス的ストーリーがメインとなり、そこからCallieのストーリーが枝分かれしていくような形と なって、最終的には二人の主人公それぞれのという感じの結末に至る。
それに対し、この『Everybody Knows』は、最初から二人の主人公のストーリーが明確に並行する形で始まり、舞台は近年のハードボイルド/クライム作品の田舎・ローライフという傾向に連なる方向性だった前2作から、都市部であるL.A.中心部へと 移動している。
この辺から、様々な外的状況から出版日時が接近してしまっただけで、第2作として『The Last King of California』を書いた後に、この『Everybody Knows』が第3作として書かれたのだろうと推測される。まあゴチャゴチャ余計なこと考えず、 出版日時順で考えればいいんだろ、ってことなのだけどね。
ここから、おそらくジョーダン・ハーパーは、ハリウッド芸能界的なところは分からんけど、都市部であるL.A.を描くというような方向性で進んで行くのではないかという予想も出てくる。まああくまで予想だけどな。
そして上で書いて伝わってるのかやや不安な感じの、ジョーダンの文章・記述方向でのスタイルだが、なんかトラヴィス・マッギーからずいぶん遠くまで来たよな、というような視点もこれからハードボイルドジャンル作品を読んで行く上で 持つべきなのかな、というようなことも考えさせられたとも思う。

この作品の結末については、やはり結果的には巨悪と闘うという感じの方向に進んでしまったためか、前作『The Last King of California』のような爽快感はなかったかも。まあどういうのが正しいとかいう方向の押し付け的考えは心底嫌いなんで、 あくまで一つの感想として。
あとまあちょっと余計なことかもしれんけど、全68章に細かく区切られ、その中で前述のようにやや緻密ぐらいに主人公のいる場所について書き込まれたこの作品を、読後俯瞰してみると、なんかポワ~ンと、DVDとかの小さな画面が ずらっと並んだチャプター選択画面みたいなのが浮かぶんだけど。なんかこういうのもこれからジョーダン・ハーパースタイルのひとつってことになるのかもね。

ジョーダン・ハーパーが現在のハードボイルド/クライムジャンルにおいて、今後のシーンを先導して行くような重要作家の一人であることは、もはや言うまでもない。ここで長編第3作。まあまだ「初期作品」と言ったところに 属する段階だろう。ここからどんどんこの国の状況と共において行かれないために、ここまでの初期3作『She Rides Shotgun』、『The Last King of California』、『Everybody Knows』は必ず読んでおくようにね。

さてジョーダン・ハーパー最新情報なのだが、とりあえず第4作に関するアナウンスは現時点ではなし。なのだが、関連情報は二つ。
まず、現時点では進行中らしく実物は見えてこないのだけど、この作品『Everybody Knows』はコミカライズされ、Comixology Originals作品として出版されるとのこと。これしばらく前にジョーダンが自分のXで言うてたんで間違いの類いではないと思う。 Comixology Originalsは、現在はそれ自体が出版社というものではなく、インディーパブリッシャーや個人出版のものがそのブランドを通じて出版されるという形らしいんで、ジョーダンの個人出版という形で進んでいるのだろうか? いずれにしてもこの作品を120~50ページぐらいのコミックにまとめるのは少し難しそうだが。そちらについては実物が出たらコミック支店の方でやると思うので、その際にはこの中にリンクを付けますので。
そしてもう一つ、こっちの方が直近なのが、『She Rides Shotgun』映画版が8月に公開というニュース。これがあるんで早くやっとかなきゃとなってたんだが。監督ニック・ローランド、主演タロン・エガートンで、アメリカでは8月1日から。 日本で劇場公開というような情報はまだないみたいだけど、何らかの形では観れるようになるんじゃないかと思う。
そこで気になるのは邦題…。日本での翻訳出版の際の邦題は、いつの西部劇だよみたいな酷いもんで、二度と書く気も起らんやつだが、まさかそれが使われることはないと思うが…。ただ劇場公開にならなかった場合は、さらにひどく扱われて 割と最近やった『ドニーブルック』みたいな、これまた二度と書く気が起こらんぐらいの酷いバカタイトルつけられる可能性もあり。本当にシンプルに原題通り『シー・ライズ・ショットガン』でやってくれと祈るばかりっす。
トレーラーはこちら。面白そうっしょ?

原作出版の際に、助手席をショットガンとか言うの知らないってことで英国・日本とタイトルを変えられてしまい、こんなカッコイイタイトルを!と不満の多いジョーダン・ハーパーは、今回の『Everybody Knows』でも隙あらばぐらいに その普及に努めている。少なくとも犯罪小説ジャンルではかなりよく見るのだけど、なんか日本でもギャングスタラップみたいな経由で入ってきてないんかね?
ちなみに、途中で出て来た「同じバット・タイム、同じバット・チャンネルで」は、昔のテレビの『Batman』のエンディングナレーションの最後のお馴染みのセリフらしいけど、日本でもテレビ放送されたらしいこれを観ていた世代よりも、今では DVDやブルーレイのボックスセット持ってる人ぐらいのところぐらいでお馴染みなのかも。まあこっちの普及はいいよね…?

*  *  *

さて、最後にジョーダン・ハーパーと同時代というような、現在の米国のハードボイルドジャンルの重要作家の新作というあたりをいくつか挙げておこう。本当はこういう視点って常に必要なんだけど、どうせ日本の翻訳ミステリなんてところは、 青息吐息でなんか賞とったとか言うのを一個ずつ拾って来るのがやっとのうちに、この辺も全部途切れてわかんなくなっちまうだけが精々なんだし。
まず、S・A・コスビー。今年6月に新作『King of Ashes』が出ましたー。コスビーでももう出るか出ないかわかんないぐらいの状況なんだろな。確実に出るの年末の紅白クイズ合戦向けだけなんだろ。
そしてちょっと厄介なのが、ルー・バーニー。昨年11月に『Double Barrel Bluff』が出たのだけど、これ『ガットショット・ストレート』のシェイク・ブション・シリーズのまさかの第3作。もうこれやんないと思って油断してたんだが。 まあ2012年の第2作『Whiplash River』が出てないし、なんか賞みたいなとこにも引っ掛かってないので、バーニーももう出ないんでしょ。今年9月には新作『Crooks』も出るんで、早く読んどかなきゃ。まず『Whiplash River』最優先か。
続いてロブ・ハート。なんか『Assassins Anonymous』が翻訳出てるらしいんだけど、邦題調べる気も起きず。Assassins Anonymousシリーズ第2作『The Medusa Protocol』が6月に出ました。なんかSubstuckに書いてたの見ると、第3作も ほぼ完成してるらしい。ロブ・ハートについては、今は亡きPolis BooksのAsh McKennaシリーズからやろうと思ってたんだけど、もたついてるうちに終わってしまった…。今のところ再版についてのアナウンスなし。そろそろ出ないかな。
日本で出てないもんとしては、最近やって衝撃的だったGabino Iglesiasが今のところ2024年『House of Bone and Rain』が最新だが、そろそろ新作来るかも。
あとはBull MountainシリーズのBrian Panowich。新作『Long Night Moon』は来年予定だが、シリーズ4作早く追いついとかなきゃならんし。
パッと思いついたあたりこんな感じまでで申し訳ないんだけど、まだまだ掘れば出てくると思うよ。
なんかこの辺のクラスのやつとか、もしかしたら日本で出るかもみたいなの考えて後回しにして遅れてたりというようなところがあった。しかしもはやその可能性ほとんどなくなってるだろうし、翻訳ミステリ業界気持ち悪すぎて出ても一切見る気も起こらんしで、 もうすべて原書で読むことにしたわけだ。だが、ん~そうなってみると、この辺基本的には優先度の高いものばかりなんで順番もつけがたく、上記の感じで遅れてるのが多過ぎて、やや渋滞気味。持ってるけど翻訳出たから急がないでいいやとか思って後回しにしてた イーライ・クレイナーとかもう3作も出てたりとか…。なんか最近さっぱり思うようにはいかんけど、もっと書く量増やさなきゃみたいにしきりに言ってたのも、これが一因なんだろうと思う。今気付いたんだが。
とにかく片っ端から読んで、出来るだけ書いて行くつもりだけど、やっぱりどこかで個人的に優先度つける感じになるのかも。どこで線引きするかはわからんけど。何にしてもこういう「今」ってところを、常にこれがどこに位置するのか、 何処から繋がるのかを明確にして見て行くのは一番必要なことだと思う。結局、過去にも未来にも繋がるのは「今」で、そこから歴史が構成されて行くわけだし。
ただねえ、なんか自分ってどうしても知らないものやら正体不明みたいなもんにやたら惹かれる傾向みたいなもんがあって、こういう次第でここのところやや確実、鉄板ぐらいのところばかり読んでて、あーもうちょっと正体不明のもんを 読みたいなー、みたいなのが起こって来て、いくらか予定されてる既読のものの先でそういうものに流れて行ってる今日この頃です。なんか根本的にそういうメジャーなことをやるのに向いてないんだろ、わし。
そんなわけで、最新注目作品が出るか、それを押しのけて何か聞いたことも無いものが出てくるのかはその時の気分次第ぐらいだけど、とにかく自分的に面白い本について頑張って伝えて行きますので。


■Jordan Harper著作リスト

●長編

  • She Rides Shotgun (2017)
  • The Last King of California (2022)
  • Everybody Knows (2023)

●短篇集

  • Love and Other Wounds (2015)


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Jordan Harper / The Last King of California -ジョーダン・ハーパー長編第2作!-



●短篇集

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2025年6月26日木曜日

Ken Bruen / The Devil -ジャック・テイラー第8作!-

今回はケン・ブルーウンの『The Devil』。2010年に出版されたジャック・テイラー・シリーズ第8作です。

つい先日お伝えしたように、今年3月29日、74歳で亡くなったケン・ブルーウン。
そりゃあ人間誰でも永遠に生きられるわけじゃないし、74歳と言えばそこそこ長生きぐらい。同じ3月の頭に最新刊が出たということで、最後まで書けたという、それほどは悪くなかった最期なのだろう。それでも悲しいよ。
なんかねえ、書いては消して書き直しての繰り返し。
どうしたって沸き起こって来る、現在までに至ってもブルーウンすら理解できず、一世紀以上前の基準でぬくぬくしてきた日本のミステリーシーンへの怒り。
でももう何書いたって虚しいだけだよな。
ケン・ブルーウンがいかにすごい作家であるかを話そうとすれば、ハードボイルドが捻じ曲げられた最初まで戻り、どういう馬鹿な考えによりこの国がそれを理解できないほど痴呆化したか説明しなきゃなんない。
なんかもううんざりだわ。
もうまともにハードボイルドなんてものが出されることもないのなら頑張らなきゃならないというのと、こんなになっちまった国で、何言ってもしょうがないんだからやっても意味ないぐらいの気持ちを行ったり来たり。
そんな中で、自分にとって一番ぐらいにマイナス方向に振れるのがブルーウン作品なんだろう。

でもね、一方でケン・ブルーウンという人について考えると、とにかく自分が本を楽しく読んで、それが面白かったぞと伝えて、それで少しの人でもそれを楽しめればいいんじゃないかと思えるんだ。
どれほど救いのない状況でも、分かるやつだってどっかに必ずいるさと。

例えばいくらかのお金を払って本を買って読んで、それがその払った分までの価値しかないと思ったらそれまで。
だが、それにその金以上の価値があると思ったら、それはその本を書いた作家にいくらかの借りがあるってことなんだろう。
なんかブルーウンならそんなことを言いそうに思う。

シンプルに楽しく読んだ本について、誰かが読みたくなるように頑張って語るか。きっとそっちの方がブルーウンに対する追悼になるんだろう。
なんとかいくらかでも借りを返せるように。


The Devil

少し戻って第6作『Cross』で、ミス・ベイリーが遺産に残してくれたアパートが意外に高く売れると知り、それを売ってアメリカ行きを決めたジャック。だが出発直前で、数少ない友人の一人、女性警官のリッジが乳癌に罹ったことを知り、 それを取りやめる。
続く7作『Sanctuary』についてはその辺についてはネタバレするが、ジャックが請け負った仕事をリッジに任せた結果、それを見事に解決し、依頼主の結構な金持ちからプロポーズされることとなる。リッジが実際にはレズビアンであることは了承済みで。 リッジもそれを受け、落ち着く形へ。また長い間罪悪感により彼の重荷となっていた、かつての友人ジェフとキャシーの娘セリーナを死なせてしまった件が、実はジャックのせいでなかったことがわかり、ずっと続いていた断酒も解禁に。 更には、メインの事件に関係して、長年ジャックをゴミクズ以下ぐらいの扱いをして来た警察署長クランシーからの印象が、ほんの少しだけ回復したりということもあったり。何か色々な重荷を整理できた感じの最後で、ジャックは リッジとスチュアートの二人から航空券をプレゼントされ、アメリカへ向かって旅立つ。
そして第8作『The Devil』はアメリカ編となる、…のかなと思ったのだが…?

俺はアメリカにいるはずだった。
頑張ったんだ。
畜生。そうだったろう?
空港へ行った。
免税品を買った。
行儀よくやった、そうだろう?
スーツを着てった。黒の葬式用に見えすぎるやつ。
白いシャツ、地味なタイ。

国土安全保障のセクションに向かう。
入国審査。
問題ないように行動しろ。まともに見えるように。セキュリティカメラの前で。そして人差し指。
「では、左手を出して下さい」
そして、犯罪者のように汗を書かないようにしろ。
そして躊躇い。
そして、怖れていた言葉がやって来る。「列の外に出ていただけますか?」
お前は駄目だ。

過去に、児童虐待者を窓ガラスを破って叩きだし、短期間刑務所に入っていたのがまずかったらしい。
それについては後悔していない。その後も、今も。
それが記録として残ってしまったことについては、遺憾に思う。
そして、合衆国への再入国を申請することは可能です、と言われる。でも、今はサヨナラ。

…というわけで、空港まではたどり着いたものの、入国は敵わず…。
出入国エリアに戻り、そこのバーに入るジャック。「ジェムソンをダブル、氷なし、黒ビール」
一杯飲んで、いくらか気分も変わってきたところで、いつの間にか隣のスツールに座っていた男が話しかけてくる。
「今日この場所はまさに地獄だな」

背が高く痩せた男。高級スーツを着ている。アルマーニかなんか、その手の手の届かない類い。
髪は長く、ハイライトの入ったブロンド。そしてそう認めざるを得ない、ハンサムな顔。だが何か…その中にある品を落とすもの…。
これは、かなりろくでもないバッド・ニュースだと知る。
男は二本の曲がり過ぎた歯で、壊滅的に損なわれた笑みを浮かべる。

「今日は旅行かな?」男は尋ねる。
知ったことか、と言いたいところだが、「いや、予定を変えた」と答える。
男は例の殺し屋スマイルを再び浮かべ、言う。「おや、それは罪なことだな」
男は、明らかに意図的に「罪」を強調した。

「何か飲むかね、ジャック?」男は自分の飲み物を注文した後、声を掛ける。
「なんで俺の名前を知っている?」
バーにあった無効になったチケットを指さしながら男は言う。「チケットにそう書いてあるよ」

「飛行機である男と会ったんだ。君もわかるだろう?一杯かそこら飲んで、雑談を始めると言うやつさ」
「その男は精神科医でね、君もこれを聞けば笑ってしまうと思うんだが、彼は何と悪について研究しているそうだ」
「それで私は尋ねたんだよ。君は悪には誘因となるものがあると考えるのかね、と」
「その男が言うには、悪というものを的確にとらえると、それは救済にかなり近いものだそうだ」
ジャックは言う。「それなら俺は除外してくれ」
「君は救いがたい人物なのかね、ジャック?」

ジャックは声にできる限りの敵意を込めて言う。
「経験から言わせてもらえるなら、そんなフリーランチみたいなもんはないね。ドリンクもだ」
男は上機嫌というような声を上げて、そして話す。
「私が思うに、悪というものが一人の人物に集中するなら、君こそが理想的な候補者ではないかね。君は悪が巣を作り増殖するためのすべての要求を満たしているよ。敵意、不信、そしてそれらがいかに機能するかへのシニカルな無関心」
「興味深い見解なんだろうが、俺は"善悪の庭園"って気分じゃないんでね。…ところであんたの名前を聞いてないが?」
「Kurtだ。Kの。出身について君に話しても退屈だろうが、ドイツのパスポートを持っている」
「休暇なのか、仕事か?出発するのか、到着したのか?」
「仕事だな。いつも仕事さ。あまりにも多くの案件が私を待っているのでね。私はゴールウェイという都市に向かっているところなんだ。そこには馴染みがあるかね?」
「いいや」ジャックはそれだけ答える。

そして立ち上がり、去ろうとすると、男が手を伸ばし握手する。
「私たちはまた会うことになる気がするよ」
「そのときは俺の奢りだ」

ターミナルに出ると、エアリンガスの女性がジャックを注視し、話しかけてくる。
「つかぬことをお伺いして申し訳ありませんが、バーで一緒にいた方はお友達ですか?」
「何か問題かね?」ジャックは聞き返す。
「私は出発ロビーに一年以上務め、多くを観察し人の様相を読むのに長けてきたつもりです。少し前に、私はあの印象的な見かけによりあの方に気付きました。そして、奇妙に聞こえ過ぎなければいいのですが、あの方はあなたに注目しているように思えました」
「そしてあなたが入国審査に向かって行くと、彼は本当に微笑んでいたんです。まるで知っていたように…、あなたが戻って来るのを」

ジャックは彼女の言い草から来るイラつきをなるべく抑えて言う。「言ってみなよ。何が起こってると思うんだよ?」
彼女はそれを無視して言う。「私はその種の人々に大変慎重なんです。私はウエストコークで育ち、古くからの人々は信じています…」
「悪意は生きて、呼吸しているもので、それはうろつき、ターゲットを待ち続け、そして捕まえ、あなたを我が物とするまで放しません。そして狙われるのは、悲しんでいたり、落胆している人々です。おかしなことを言ってると思われるのはわかっていますが、 あの男はあなたが…、意気消沈しているのを喜んでいるように見えました」
「お嬢さん、あんた気をしっかり持つか、病院に行ってみた方がいいよ」ジャックはそう言い、来たバスに乗る。
その時、それは単なる光による誤認かもしれないが、ジャックはKurtが出入り口のガラスの向こうにいるのが見えた。彼を見ているのではなかった。
ジャックと話した女性を見ていた。

住んでいた場所を引き払いアメリカに向かったジャックだったが、ゴールウェイに戻って間もなく、運よく移住を考えていてアパートの借り手を探している知り合いを見つけ、そこに落ち着く。
レストランで食事をしていたジャックは、店主に渡された新聞を見て、そこに見覚えのある人物の写真が入った記事を見つける。
シャノン空港の駐車場で、不明の車によりはねられ死亡した女性。
それは空港でジャックに話しかけて来たエアリンガスの女性だった…。

*  *  *

その後、ジャックは同じレストランで依頼を受ける。大学生の息子が2週間行方不明で、探して欲しいという中年女性。警察に行ってもその年代の学生の失踪など真剣に捜査してもらえない。
大学近辺で聞き込みを進めるうちに、失踪した学生Noelの友人の女学生Emmaと出会う。
彼女の話では、学生の間にMr.Kなる人物を指導者とするカルト的なグループが広がっており、Noelもそこに参加していたのではないかということ。
「背が高く、にこやかに笑い、髪を剃ってる。ドイツ人か、フランス人じゃないかな?」
だが、その後捜索を続けても、Noelにも、そのMr.Kという人物にもたどり着けない。
そして、彼はボートクラブの近くのフラッグポールに足から吊るされ、身体に逆十字を刻まれた姿で、死体となって発見される。
依頼料の返金も申し出たジャックだったが、母親はその金で息子を殺した犯人を見つけて欲しいと頼む。

その後、ジャックはスチュアートと共に、リッジの夫が屋敷で開く夜会に招待される。
気が進まないながらに行ったジャックだったが、そこで彼女の夫と話しているある人物に目が留まる。
禿頭の背が高い男。
男がジャックの視線に気づき、振り向くと、それは髪がなくとも紛れもなく、空港で出会ったKurtだった。
あの男は誰だと、リッジに尋ねるジャック。リッジは夫とビジネスをすることとなったCarl Franzだと答える。
Carl…Kの?
あいつがMr.Kなのか?

リッジの夫は、ジャックにCarlを紹介する。
「ジャック、君については色々と訊かせてもらっているよ。実物とこうして対面できるのは素晴らしい喜びだ」手を差し出して、そう語りかけてくるCarlと名乗る男。
その手を握るジャック。だがその握手からは何も感じられなかった。
誰の手でも、握れば何かしらを伝えてくるはずだ。汗。震え。温かさ。冷たさ。
そして、古い人々からの言い伝えを思い出す。「悪魔と握手しても、何も感じられない」
「会ったことがあるかね?」尋ねてみるジャック。
「残念ながら、そうは思わないね。それなら憶えているはずだ」Carlは答える。

そしてその夜会の翌日、ニュースが近くの公園で女学生の遺体が見つかった事件を報じる。
それは、ジャックにMr.Kの話をしたEmmaだった…。

*  *  *

ここではっきりばらしてしまうが、今作のジャックさんの敵は悪魔。
そこにどういう理屈付けも無く、そういう奴が来てしまったというだけ。
最後に「現実的に」とやらで説明できる辻褄合わせや、実は正体はそれを装うこういう奴でした、なんてのも無く、ハゲのCarlとフサのKurtが実は双子の入れ替えトリックとかも無いからね。

シリーズ第1作から5作までは大雑把に分ければ、探偵役ジャック・テイラーが事件の真相やら犯人やらを見つけることなく、事件が更に悪い方向へと破綻するというような方向のものだったが、6作『Cross』、7作『Sanctuary』では、この世界から 排除する以外に解決方法がないという「悪」と対峙するという形へと微妙にシフトしてきた。
それを踏まえてのここでの、対処のしようすらわからない悪である「悪魔」の登場というわけだ。
アイルランドという国とカソリック教会との深い関わりを、ひとつ裏のテーマぐらいに描き続けて来たこのシリーズで、今作でもそれは多く現れるのだが(ジャックの新しい住居は、修道女の島と呼ばれるような区域にある)、この悪魔は そういった宗教的な方法が及ぶような相手ではなく、そもそも平気で教会にも入って来るし、十字架やら聖水みたいなものを怖れることもしない。宗教的な方法などでは対処できない「悪魔」なのだ。
時折挟まれるジャックの一人称でない、短い悪魔視点のパートで、過去にジャックが関わった事件で彼が悪魔の目論見を知らぬまま邪魔し、遺恨を持っていることは語られるのだが、悪魔がジャックをどうしたいのかは明確には語られない。
そしてこの先も、まるでジャックをからかうかのように、彼とちょっした接触のあった人間を、いともたやすく次々と殺して行く悪魔。
いつものようにリッジやスチュアートなどの仲間に頼ることすらできない。
これは俺が一人で殺す以外の手段はないだろう。
だが、「悪魔」は殺せるのか?


作者の死去により全18作にて終了したジャック・テイラー・シリーズ。
ここでやっと第8作でまだ折り返し点にも届いていないが、ここでこういった「悪」を登場させてしまったシリーズがこの先どんな展開をして行くのか?まあ気負ったところで肩透かしを喰らったり、そうかと思えば忘れたころに また持ち出してきたりと翻弄されるようなもんだろうな。
ブルーウンさんの素晴らしい遺産、この先もそんな風に楽しく読ませてもらいます。

ケン・ブルーウンが日本で理解されるまで3世紀かかると言ってきたけど、ここで訂正。そんな未来は絶対来ないよ。
この国では常にドイルやクリスティだけ読んで、そこでミステリの勉強終わりで、一人前のミステリ通ぶりたいお子様や幼稚な大人が現れ続け、そして日本でしか通用しない「本格ミステリ」などと言う信仰を掲げるカルト宗教団体がその考えで良しと補強し続けるんで。 この国のミステリなんてところは未来永劫19世紀あたりで足踏みを続け、海外とのずれは拡大し続けガラパゴス化だけが進み、ケン・ブルーウンまで届くことは決してないから。
これ以上被害を拡げないために、評論家、編集者、出版社までひっくるめ、一日も早く消滅してくれだけが願いだよ。

この作品の中でも、ブルーウンはいつものようにジャックの口を通じて、多くの書籍について言及している。お馴染みとなっているいつもの本屋に本を注文するシーンでは、シェイマス・スミスから始まり、当時まだ新人だったエイドリアン・マッキンティや、 Tony Blackなどの名前を次々と並べている。
ケン・ブルーウンはいつでも、これから出てくる作家・作品、未来に期待し、楽しみにしていたのだろうと思う。
お前もそうだろう?それが続けて行く理由でいいんじゃねえのか。


最後にちょっとお知らせ。前回の最後でマッキンティがSubstackでダフィの新作短編を無料公開という話を書いたけど、その後、現在オーディオのみで販売されている「God’s Away on Business: Sean Duffy: Year 1」、続いて更に新作短編(中編?)の 第1章ぐらいがそちらにポストされました。マッキンティ/ダフィが無料で読めるのは単純にはありがたいんだが、うーん、もしかすっと当てが外れたんかもな、とちょっと気になったり。今回はそういうことごちゃごちゃ書く気分じゃないんで、 『The Island』の時に。ちょっと繰り上げてそっち先に書こうかなと一瞬考えたけど、元々の次予定のも早く書かなきゃならないやつなんで次々回ということで。マッキンティSubstackの方は前回のリンク辿ってください。

■Ken Bruen著作リスト

●Jack Taylorシリーズ

  1. The Guards (2001)
  2. The Killing of the Tinkers (2002)
  3. The Magdalen Martyrs (2003)
  4. The Dramatist (2004)
  5. Priest (2006)
  6. Cross (2007)
  7. Sanctuary (2008)
  8. The Devil (2010)
  9. Headstone (2011)
  10. Purgatory (2013)
  11. Green Hell (2015)
  12. The Emerald Lie (2016)
  13. The Ghosts of Galway (2017)
  14. In the Galway Silence (2018)
  15. Galway Girl (2019)
  16. A Galway Epiphany (2020)
  17. Galway Confidential (2024)
  18. Galway's Edge (2025)

●Tom Brantシリーズ

  1. A White Arrest (1998)
  2. Taming the Alien (1999)
  3. The McDead (2000)
  4. Blitz (2002)
  5. Vixen (2003)
  6. Calibre (2006)
  7. Ammunition (2007)

●Max Fisher and Angela Petrakosシリーズ (ジェイソン・スターと共作)

  1. Bust (2006)
  2. Slide (2007)
  3. The Max (2008)
  4. Pimp (2016)

●長編/中編/短篇集

  • Funeral: Tales of Irish Morbidities (1991)
  • Shades of Grace (1993)
  • Martyrs (1994)
  • Sherry and Other Stories (1994)
  • All the Old Songs and Nothing to Love (1994)
  • The Time of Serena-May & Upon the Third Cross (1994)
  • Rilke on Black (1996)
  • The Hackman Blues (1997)
  • Her Last Call to Louis MacNeice (1998)
  • London Boulevard (2001)
  • Dispatching Baudelaire (2004)
  • A Fifth of Bruen: Early Fiction of Ken Bruen (2006) (Tales of Irish Morbidities、Shades of Grace、 Martyrs、Sherry and Other Stories、 All the Old Songs and Nothing to Love、 The Time of Serena-May & Upon the Third Crossの合本)
  • Once Were Cops (2008)
  • Killer Year (2008)
  • Merrick (2014)
  • Callous (2021)


●関連記事

Magdalen Martyrs -ジャック・テイラー第3作!-

The Dramatist -ジャック・テイラー第4作!-

Priest -ジャック・テイラー第5作!-

Ken Bruen / Cross -ジャック・テイラー第6作-

Ken Bruen / Sanctuary -ジャック・テイラー第7作-

Ken Bruen / A White Arrest -White Trilogy第1作!トム・ブラント登場!!-



●Max Fisher and Angela Petrakosシリーズ

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