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2026年8月2日日曜日

Anthony Neil Smith / Slowest Bear -Slow Bearシリーズ第3作!-

今回はAnthony Neil Smithの『Slowest Bear』。2024年に英Fahrenheit Pressのノワール部門であるFahrenheit Thirteenから出版された、片腕の元インディアン居留地の警官Micah 'Slow Bear' Crossを主人公とする Slow Bearシリーズの第3作です。

いや、Slow Bearシリーズについては早くやるつもりで始めたんだが、ここでやっと第3作か。これでも色々積み上げてる中ではかなり優先的に読んだのだけど…。
とりあえずサクサク進めなければというところで、まずは前2作のおさらいから。第2作『Slower Bear』については、前にやった時書かなかった後半ネタバレもあるのでご注意を。

Slow Bear:インディアン居留地の警官だったMicah 'Slow Bear' Crossは、職務中に片腕を失い、退職した後はカジノのバーに日がな入り浸り、厄介事を相談してくる相手の問題を解決してやることでいささかの収入を得ながら暮らしていた。
ある日どうしようもない不倫三角関係の相談を持ち込まれ、適当に追っ払ったところ殺人事件に発展し、当事者を始末することで片を付ける。だがその杜撰なやり口は従兄弟でもある警察署長Trevor Crossに直ちにばれ、それをネタに居留地の酋長 The Hatから、居留地から追放されているかつての彼の政敵で、現在は外で石油関連の利権で勢力を伸ばし再び脅威となり始めているSantanaの組織への潜入捜査を命じられる。
居留地からの追放という形を作るため、Trevorに散々殴られた後、カジノのバーのバーテンダーである馴染みのの女性Ladyに送られ、Santanaの本拠地へと向かったSlow Bear。だが最初の面会にて潜入捜査はあっけなく破綻する。
あとは野となれで、翌朝地元に戻るつもりで、駐車場に駐めた乗ってきた車で眠るSlow BearとLady。だが、深夜謎の集団の襲撃に遭い、Ladyは連れ去られる。
当地の裏社会にも広く顔が利くSantanaに助けを求め、その調査の間、Santanaの組織で働くことになるSlow Bear。しかし、その中で真の黒幕はSantanaであり、Ladyは人身売買組織により既に何処かへ連れ去られたことを知ることとなる。
命からがらSantanaの組織から逃亡したSlow Bear。だがやっと帰った自身の居留地でも、彼は指名手配犯となっていた。
警官隊の取り囲まれ、自身が暮らしたトレーラーを爆破し、死を偽装するSlow Bear。そして連れ去られたLadyを見つけ出し、奪還するため、旅立って行く。

Slower Bear:物語はネブラスカの牧草地帯で、Slow Bearが人身売買組織の一員であるGerardoという男と泥まみれ、牛糞まみれで死闘を繰り広げるとこらから始まる。
そこで第1作の物語の後、Santanaの組織を破壊し、昔の知り合いの犯罪者をバックアップの相棒として、Santanaから繋がっていた大規模な人身売買組織の追跡に取り掛かったことが、やや雑に説明される。
死闘の末、Gerardoを叩きのめし、彼から更に上に繋がる次の目標を聞き出したSlow Bear。その場から去り次へと向かうために車(元々はLadyの車だったコンパクトカー)を駐めていた場所に戻ると、おなじくその場に残されていたGerardoの キャデラックエスカレードの中に、彼が「商品」として運んでいた二人の幼い少女たちが乗せられているのを発見する。
少女たちを安全に保護する手段も思いつかず、途方にくれたSlow Bearは、前夜カジノで出会い一夜だけの関係のつもりで軒を借りた、60歳の赤毛の女性Abelineの家へと戻る。
そんな厄介事を持ち込まれたことに怒るAbelineだったが、説得する間もなくSlow Bearが乗ってきたGerardoのキャデラックをGPSで追跡した組織の者がAbelineの家を突き止めてくる。
巻き込んでしまったAbelineと、二人の少女を連れ家を離れるSlow Bear。だが、ただ逃げても何解決には向かわないと考え、Gerardoから聞き出したこの地の組織の拠点である一味の一人が経営するファーストフード店へと向かう。
そこで、世間の事情から離れていたSlow Bearは、店員が全員マスクをしていることを奇妙に思い、初めてCOVID-19の存在を知る。半ば半信半疑の状態で。
店の奥には一人の女性を含む四人の悪漢。無策でやってきたSlow Bearだが、当然簡単に情報をくれるはずもなく、かなり荒っぽい乱闘・銃撃の末、生き残った男から「商品」はソルトレイクシティを経て、カリフォルニアへ送られるとの情報を引き出す。
駆け付けた警官隊から逃れ、とりあえずはAbelineと二人の少女と共にホテルに宿をとる。
だがホテルをしらみつぶしに調べた追手は、その晩のうちに彼らに辿り着く。運よくその動きを早めに察知したSlow Bearは、敵を一人ずつ始末し、そこから逃亡。
しかし、次の目的地へ向かうこともままならぬうち、Slow BearはCOVID-19を発症する。
郊外のキャンプ場に隠れ、Abelineに看病されるSlow Bear。だがその症状は悪化の一途をたどる。そこに現れる組織の者たち。
四人は車に乗せられ、ソルトレイクシティの組織のボスであるMiles Tornの屋敷へと運ばれて行く。
もはや身動きもできないSlow Bearには厳重な見張りも付けられず、その隙を突き手近なありあわせの武器で突破口を開く。屋敷に火を放ち、その中でほとんど身動きできない身体で敵を倒して行く。
そして遂にSlow BearはAbelineと少女達を救い出すが、もはや自力では動けず、3人を逃がし炎上する屋敷の地下室に倒れる。
なんとか逃げ延び、家に戻り二人の少女と共に新たな生活を始めたAbline。
そしてある日、一枚のポストカードが届く。サンバーナーディーノの風景を映した絵葉書。裏にはAbelineの住所と、一文だけが書かれていた。
"Wish You Were Here"

第1作ではある種の定型をひっくり返し続けるように負け続け、追いつめられ続けるアンチヒーローとして登場するSlow Bear。
第2作ではそこから大ジャンプでパルプヒーローアクションのフォーマットに、その場に存在し得ないようなポンコツ主人公と60歳のヒロインという設定で飛び込み、箍の外れたようなブラックユーモアとスラップスティックすれすれをかすめる アクションが展開される。その辺の見どころも書きたかったんだがまあ無理か。実物読んでくれよ。
そしてそこから続く第3作『Slowest Bear』!やっと始まります。

Slowest Bear


Micah "Slow Bear" Crossは、疲れ果て、児童強姦者の血に塗れ、プールサイドのラウンジチェアに倒れ込み、息を整えようとしていた。肉叩きハンマーが彼の一本しかない腕から滑り落ちる。指から脳の残骸を振り落とす。
競泳用パンツの小児性愛者は顔を下に浮き、-顔がほとんど残っていない状態で言うのは妙な話だが-、プール全体にルビーレッドが花盛りとなっていた。
今は静かだ。前からそうだったわけじゃない。変態野郎はSlow Bearが咽頭を潰すまで、助けてくれと喚き続けていた。カリフォルニア、サンバーナーディーノの心地良い夕方近く。ひんやりとした空気。まだ春なのか?それとも今は夏か?秋ってこともあるか?

変態野郎の豪邸は、丘の上にあった。豪華な外観。あちらもこちらも豪華に作られた家の中。そして多すぎるほどのおもちゃ。
そして奴は今、ルビーレッドのプールに浮いている。
運良く、変態野郎は競泳用パンツ一丁で家に一人きりだった。配達を待っていたからだ。二人の少女。Slow Bearが、その運搬の途中で救い出した少女達を。

ラウンジチェアに座り込んだSlow Bearは、そのまま眠りに落ちる。
そして、夢の中で起き上がり、去って行く…、クソッ、どこへ行くっていうんだ?
居留地に彼の帰る場所はない。おそらくはもう彼が死んだと思っているはずだ。
ネブラスカ。彼はAblineの家へと戻る。彼が助けた少女たちは、そこでその歳の少女がそう在るべき姿で幸せに暮らしている。明るく笑って。
離れたところで鳴らされた車のクラクションが彼を目覚めさせる。

一瞬、自分が捕まったかと錯覚するが、そうではないと安堵する。
だが、夢はその二人の少女が運ばれてくるのを、この変態野郎が待っていたことを思い出させ、死体に向かって罵り散らしたい怒りがこみあげてくる。
この男は、映画産業で現場で必要なあらゆる機器をレンタルすることでひと財産を築いた。
現在事業の方は、彼の息子が取り仕切っている。この場の段取りといったことまで含めて。
そして、この男の娘もこれに関わっている。事が終わり、男が"完了"のメールを送ると、娘がやって来て少女達を回収する。
そして少女たちは、婉曲的に言えば「食物連鎖の下」へと送られることとなる。

Slow Bearは、"完了"のメールを送り、肉叩きハンマーを手に娘を待ち構えることを考える。
だが、あまりにも疲れすぎ、ハンマーをプールの水中に落としてしまったことを思い出す。
自分は疲れすぎている、休みが必要だ、Slow Bearは考える。
去る前に現場を片付けておくべきかと考え、結局やったのは備品倉庫から持ってきた漂白剤をありったけプールにぶち込むこと。
立ち昇る悪臭に、植え込みで嘔吐し、這いずるように家の中へと戻る。
そして一番近くにあったベッドの枕に頭を乗せると、Slow Bearはそのまま意識を失う…。

そして、ここから前作『Slower Bear』の最後からこの物語の現在に至る経緯が語られる。前作の流れで行くと、ここはまた大雑把に飛ばされるのかと思っていたら、今度はそこのところが丁寧に語られる。この辺、こっちの予想を常に引っ繰り返して 我が道を行く感じがSmith先生の魅力なわけだが、まあ、裏の裏で普通の形になってるとも言えるんだけど。
実はここからその過去の経緯と、現在の状況が交互に描かれて行くことになるのだが、ちょっとその形だとあらすじ説明が長くなりすぎそうなんで、ここではその過去の方を先にまとめます。

燃え盛る屋敷の地下室で、Covidにも苛まれSlow Bearは完全に自分は死んだと思った。だが、次に意識を取り戻したとき、彼は消防士により運び出され、外の草地に寝かされていた。
状況的に、彼は何らかの犯罪に関わっているという可能性があり、担架に手錠で繋がれ逮捕という形で救急車に乗せられる。救急車の担当は白人の若者と、もっと若い頃はレスラーだったのではないかという見かけの黒人の女性。
全身を苛む痛みと苦痛に、自分の魂が肉体を離れ、天に昇って行くことさえも望みながらSlow Bearは運ばれて行く。

意識を再び失ったSlow Bearは、病院に到着し担架が救急車から降ろされる揺れで目覚める。
言い争う声。Covidで患者が溢れる病院は受け入れを拒否し、ERの職員と救急車の女性が言い争っている。
「こいつはあの火事現場から来たんだろう?あそこは小児性愛者の巣窟だったって聞いてるぞ。こんな奴は砂漠の中にでも放り出してくりゃいいんだ」
警官までもが、こんな奴いなくなった方が面倒が減るだろ、と銃に手を伸ばす。
Slow Bearは必死に頭を持ち上げ、救急車の女性に訴える。「小児性愛者なんかじゃない。俺が奴らをみんな殺したんだ。女の子たちを救ったんだ」
警官はそれを聞き、こいつ自白したのかと色めき立つ。
「この人は変態共の仲間じゃないと言ってる。あたしたちが助けなきゃ、この人は死んで何があったのか誰にもわからなくなるんだよ」
別の病院へ向かうという話になり、運転手は病院内に場所を調べるために入って行く。 救急車の女性はSlow Bearに、嘘は言ってないだろうね、と念を押す。「インディアン、嘘つかない」
警官の助けを借り、移動の準備のためSlow Bearの担架は車内へ戻される。警官は、女性に頼まれ病院内にコーヒーを買いに行く。
後部ドアが閉められる。運転席のドアが開かれ、閉じられる。担架が固定されていない状態で、激しく揺られながら、救急車が発車する。

Slow Bearを救った女性の名はToni。彼を救った理由については"Jesus thing"とシンプルに告げる。
軍隊を除隊後、アーティストである女性と同性結婚した後、彼女の死に直面するといった重い人生を経て来た女性。
Slow Bearは、まず彼女の母親の家に連れて行かれた後、彼女の妻が遺したコンドミニアムに匿われる。
だが、やがてそこにも警察による追及が迫り、なんとか建物から抜け出したSlow Bearは、彼女にこれ以上の迷惑はかけられないと別れを告げ、ひとりバスに乗りカリフォルニアへと向かう。

そして、彼が殺した男の屋敷の中のベッドで意識を失ったSlow Bearのその後、続きから。
Slow Bearは男の携帯が鳴る音で目を覚ます。
画面表示を見ると、"Lulu Doll"、男の娘の名があった。電話は放置し、そのままヴォイスメールに行かせる。
部屋はずいぶん暗くなっており、携帯の画面を見ると時刻はPM:8:21。変態野郎を殺したのが何時だったかも思い出せないが。
やっとで起き上がり、灯りを点けてキッチンに向かう。
彼の命綱であるオレンジジュースは見つからなかったが、冷蔵庫にあったエッグロールをレンジに放り込み、手近にあったシリアルを手づかみで食いながら、ヴォイスメールをチェックする。
「父さん?これを聞いたらすぐにあたしに電話して。いずれにしてもそっちに向かってるけど。どうも良くない話を聞いたの。ユタから。そちらについたら話すから。10分ほどで着くからね」
Slow Bearは、携帯の履歴をチェックする。彼女は何度も掛けてきており、最後のそのヴォイスメールは11分前。
11分前。10分ほどで着く…。
その時、玄関で鍵を回す音が聞こえてくる。

電話に出ない父親に対して文句を言いながら家に入って来るLulu Doll。
Slow Bearはキッチンでとにかく武器になりそうなものを探す。が、見つかったのは金属製のひしゃくのみ。
角を回って現れたLuluにひしゃくを投げつける。口に命中。折れた歯が飛ぶ。
一旦は倒れたが、口の血をぬぐいSlow Bearを罵りながら立ち上がる。LuluはまだSlow Bearのことを、父の同好のいかれた客の一人だと思っている。
そして父を呼びながら家の中を探し始める。その後を給仕用の大型フォークを手に歩くSlow Bear。
「もっと慎重になってよ、父さん。あたしもDarwinもいつも言ってるでしょう。お金じゃ解決できないこともあるのよ。あたしがユタから聞いた話、信じられないと思うわ。ヤバい話。あたしたちは急いで備えないと…」
そこで後ろにいる男に気付く。腕を数える。一本だけ…。
「あんた…、あんた父を見なかった?」
Slow Bearはフォークを裏庭の方向に振る。「プールを探してみな」

Lulu Dollは、プールに浮かぶ父の死体を呆然と見下ろす。
「あんたが…、ユタから来た片腕のインディアンなのね?」
「元はノースダコタだけどな」
「あんたが…、あんたがみんな殺した…」
「それほどのもんじゃない。多分みんなの半分ぐらいだな」
「あんた、あたしも殺すのね」
「ムム…ウム」

「あたしが、父さんの最初の犠牲者だった」そこでLuluは自分と父親、家族の関係を話し始める。
彼女は14歳の時、父親にレイプされる。誰にも言うことが出来なかった彼女にとって、唯一の救いが年上の義兄Darwinだった。
やがて彼女はDarwinと関係を持つようになる。だがその一方で、Darwinは父親の性癖を利用し始める。
父親に幼い少女達を供給し始め、密かにその様子を隠し撮りする。そしてそれを使い、父親から全てのビジネスの実権を奪い取る。
父親はもはや常に酔っ払い、息子が供給する悪徳に耽るだけの飾りとなっていた。

Darwinが全ての人身売買ビジネスを取り仕切っているのか?と問うSlow Bear。
その中の一人だ、とLuluは言う。かなり大手の。彼は自身のワイン醸造所を通して資金洗浄を行っている。ワインは彼が最も熱意を傾けているものだ。
尚も自分の家族の醜聞について語り続けるLuluだったが、もはやSlow Bearは嫌悪で聞く気も起きない。
Luluは、今起こっていることは彼女たちの家族にとっても頭痛の種となっていた父親を殺しただけなのだから、Darwinと交渉は可能だと説得しようとする。
「俺はあんたの兄貴と話さなきゃならん」Slow Bearは言う。
そしてすぐに電話をかけようと言うLuluに、直接会うということだと告げる。
「そいつは俺が奪われた友達を見つけるのを助けてくれるかもしれん」

Slow Bearは、Luluを屋敷の中を引き摺って行き、見つけたゲームルームにあっった接続コードで縛り上げ、自分はシャワーを浴びる。
ここに来るまでの道のりを思い出しながら、シャワーを浴びるSlow Bear。
だが、呼びかけに応えないLuluを不審に思い、シャワーから外を覗くと、彼女は既に拘束を解き逃げ出していた。
慌てて裸のままシャワーから飛び出しLuluを探すSlow Bear。玄関のドアは既に開いていた。外から聞こえる声?
「お願いよ、話を聞いてよ!あいつは危険なのよ、あたしをレイプしようとしたのよ!あいつはあたしの父さんを殺した!あたしの歯を折ったのよ!なんで聞いてくれないのよ?放してよ!」
そこでLuluを押さえ込んでいたのは、Slow Bearを救った救急車の看護師Toniだった。

匿われていたコンドミニアムに警察の手が及び、何とか逃げ出しひとり次の目的地へ向かったSlow Bearだったが、彼を心配するToniはバス停で待ち伏せ、彼がバスに乗った後追跡し、ここに辿り着いたのだという。
Toniのお陰でLuluを見張る必要から解放され、病み上がりの身体で人を殴り殺し疲弊しきっていたSlow Bearはしばしの休息を取れる。
この屋敷には、様々な悪事の証拠も揃っているのだから、匿名で警察に通報して全てを片付ければいいのではないかと言うToni。
だが、Darwinが探し続けていた友人を見つけ出す手掛かりとなると確信するSlow Bearは、その提案を拒む。
彼女をこれ以上巻き込みたくないと思うSlow Bearだったが、Toniも同行を主張し、彼らはLulu Dollの運転でDarwinのワイン醸造所へと向かう…。

*  *  *

うむむ…、またあらすじ説明がえらく長くなってしまったのだが…。
ここのところを短くすれば、もっと多くの記事が書けるはずだと常々思うんだが、やはり翻訳されて日本語ですぐ読めるというわけではない作品を説明するためには、自分でこのくらいまで書けば続きを読もうと思う人もいると納得できるまでやるしかない。
まあ今回は特に、Smith先生の話が好きだからという部分も多いんだが。それにしても、標的を殴り殺したはいいが疲れて眠ってしまい、やっと起きたら娘がすぐそこまで来ていて、とにかく手近にあった金属製のひしゃくを投げつけて…、なんて展開を どう短く説明すればいいのか?

「ソルトレイクシティでの死闘の後、燃え盛る屋敷から救出されたSlow Bearは、彼の闘いに共感する救急車の看護師Toniに命を救われる。救い出した少女たちの最終的な目的地であったカリフォルニアの富豪の屋敷に向かい、主を撲殺したSlow Bear。 しかし病み上がりで疲弊しきった彼は、その屋敷内で眠りに落ちてしまう。携帯の呼び出し音でやっと目覚めるSlow Bear。だがそれは屋敷の主の娘がそこへと向かっているというメッセージだった。慌てて臨戦態勢を取ろうとするSlow Bear。 その時、正面ドアの鍵を回す音が聞こえてくる…。」
みたいなあらすじではどうにもならんと思うんだが…。

Anthony Neil Smithという作家の特徴の一つとして、クライム・ノワールというところを中心としたフィクションのパターンというものを、幅広く熟知しているというところがあると思う。
その多くのパターンの上に、短編作品などに多く見られる文学といった部分の境界線に位置する資質も加味されて作り出された、独自のヒーローたり得ないヒーロー/主人公たり得ない主人公といったキャラクターを乗せ、その方法論が陥りがちな パロディであるとか、批評的な方向とは全く違う方向で、その知識から引き出された様々なフォーマットを可塑的に自在に変化させながらオリジナルの物語として編み上げて行くところが、Anthony Neil Smithという作家の凄さだと考える。
例えば、今回紹介した『Slowest Bear』の序盤部分だが、ゆるヒーローSlow Bearのドタバタ展開なんだが、最終的には敵方の美女を裏切りの危険性を秘めながら味方に懐柔するというパルプクライム作品の一つのパターンへと着地しているわけだ。
第1作『Slow Bear』では、居留地のはみ出し者である主人公が望まぬ政争の道具として巻き込まれて行くという一つのフォーマットに、全くフィットしないダウナーな主人公Slow Bearが、ことごとく本来あるべきストーリーを裏切る行動を 取り続け、迷走を続けた挙句に、最終的にはエンディングの見せ場というような花火を上げて終わる。
第2作『Slower Bear』では第1作のパターンではあっただろう書かれなかった結末を追加した上で、例えば初期マック・ボランでもあったような、ある目的を持った主人公がある街に現れ激しい闘いの末、その街の組織を壊滅させるというパターンを、 まったくそこにフィットせず、泥と牛糞まみれでダーティーな闘いをするヒーローをぶち込み、最終的には新型コロナによりほとんど身動きもできないという状態にまでなりながらなぞって行く。
そしてこの第3作。前作からの続きという少しイレギュラーな形を取りながら、新キャラクターを加え、ここから悪の本拠地へと乗り込んで行くという定型パターンへと進むのだが。

Anthony Neil Smithの、代表作であるBilly Lafitteシリーズでは、田舎町の小悪党であった主人公Billy Lafitteが、物語が続いて行きそこで生き延びて行くために凶悪な暴力装置へと変貌して行く。その特徴としては主人公Billy Lafitteが その変貌すらも含めて常にその状況に対する犠牲者であることだった。ちょっとまだ第3作までしか読んでない自分の考えではあるんだが。
このSlow Bearシリーズは、Anthony Neil Smith作品の中では、ある意味Billy Lafitteの対極にあるとも言えるだろう。主人公は全く強くなることもなく、戦略的になる事さえせずに自身の目的のため全く無計画に能動的に動き、最終的には生き延びることで 物語を続けて行く。
Billy Lafitteシリーズが、その独自のキャラクターにより独自のストーリーへと沈下して行った(何か少し変な表現のようだが、自分的にはこの言い方がフィットするように思う)のに対し、このSlow Bearシリーズはその定型を崩しながらも、 よりパルプフィクションのパターンに沿った形で書かれていると思う。
だが、この『Slowest Bear』後半では、その定型から外れるようにSlow Bear独自のストーリーへと展開し、結末へと向かう。
ロマンチックで悲劇的な終盤の展開は、そのメロディを背負ったまま凄絶な戦いへと至り、そして緞帳を叩き落とすように幕を閉じる。なんか時間経ってあらすじとか曖昧になって来ても、このエンディングは生涯忘れんだろうなあ。

現在このSlow Bearシリーズはここまでの3作をまとめた合本版『Ghost Dance: The Complete Slow Bear Collection』としてもFahrenheit Pressから出版されている。
だが、Anthony Neil Smithのやや緩めの追っかけぐらいである私の知る限り、彼がこれが三部作であると発言しているのを見た覚えはない。そして、近年ぐらいには、来年ぐらいには第4作書くかもよー、ぐらいのことを度々言っている。 そしてそれはついに決定事項となったようで、つい最近のSabstackで『No Bear』(多分仮題)として、現在執筆中のBilly Lafitte第5作の脱稿後、2027年より取り掛かることが言及された。あ、なんか発表というよりはいつもの調子で、 これからの予定ぐらいでついでっぽく言われただけだけど。今作の衝撃の結末の後、いかにしてSlow Bearが生還するのか?今度こそ出版されたらすぐぐらいに読むからね!
あ、ちょっと書き方が悪かったかと思うんで補足しておくと、これはFahrenheit Pressが勝手に既刊3冊を合本にしちゃったとかいうものではないので。多分はAnthony Neil Smithが第4作の執筆の意図を固めたがゆえに、ここまでのところを合本でまとめておこう ということになったのだろうという方が正しいのだろう。そこから考えると、『No Bear』は単独の続編ではなく、ここから新たな三部作ぐらいに拡がる構想になっているということもあり得るのかもしれない。あと、Smith先生はこれまでこれが 三部作だとは発言してないと先に書いたが、この合本版出てからは三部作と言ってるんだけどね。
実際のところ、この3作については三部作という形にまとまっているので、そのつもりで読む分には全く問題はない。作者Anthony Neil Smithの考えとしては当初から、これは三部作という形でまとめるが、そこでSlow Bearの物語は終わるわけではない、 というものだったのだろうと思う。

*  *  *

さてここで作者Anthony Neil Smithの近況について。
引き続き大学で教鞭をとる傍ら、精力的に執筆をつづけ、大学のお休みシーズンには奥さんと楽しく旅行に行くといった日々を過ごしておられる。
直近では、近くで開催されたState Fair Book Fairに、初めて出店というような形でテーブルを出して参加し、自作を自ら販売して読者と交流し、充実した体験をされたとのこと。
その際には、来たるBilly Lafitte第5作出版に備え、過去作で素晴らしいカバーを描いて来たアーティストSteven Fainとコラボレーションして、「Guilty Crime Story Magazine: Issue 002」に掲載された現在のところ唯一のBilly Lafitte短編作を掲載した 小冊子やしおりを作成し、配布したということ。行きたかったなあ…。
今後の既に決定している出版予定としては、以前別の出版社からの出版が一旦アナウンスされたが、理由不明のまま立ち消えとなってしまっていた『Trooper Down!』が、10月にShotgun Honey Pressから。そして昨年 Uncharted Magazineで開催されたNovel Excerpt Contest(未出版の作品のあらすじコンテスト、というようなものだと思うんだが)で優勝し、執筆に臨んだ『The Prison Nurse』が来年2027年春に Cowboy Jamboree Pressからというところが現時点では発表されている。
また、Billy Lafitteシリーズは、昨年より文庫化という感じで、現在は既刊4作全てがFahrenheit Pocket Noirより出版されているが、第5作についてはどこから出版されるかは未定。自費出版という形になるかもという話もしていた。これについては Steven Fainのカバーによる自身の望む形で出版したいというところなんだと思う。

さてやっとでSlow Bearシリーズ初期三部作(というところになるのかな?)の紹介が終わったわけだが、当方としては次はいよいよBilly Lafitte第4作『Holy Death』!…いや、こんなに遅くなった理由としては、ハードボイルド作品の出版がきわめて 乏しい日本でハードボイルドファンを続けていた長年の間にしみついてしまった貧乏性故なんだが…。もうこれ読んじゃったら、続きいつ読めるか…、みたいなのの積み重ねの中で…。心から愛するBilly Lafitteの第4作『Holy Death』出版後、 次はもうでないかも、という状況が続き、手を出せない状態が続いていたわけで。だが、近年になり、遂にその貧乏性も克服!いやまあ、こんなに今すぐ読まなきゃならない今すぐ読める本が山積みになってりゃ、そうなるって。ここからは なるべく早い機会にまず『Holy Death』を読み、第5作出版の際にはまたなるべく早いうちに読み、Slow Bearシリーズ第4作も出たらすぐ読むものである!今度こそは!
いやまあ、それはそれとしても、結局のところ私、Anthony Neil Smithファンを自称するにはとても足りないほどしかSmith先生作品読めてないんだよな…。Lafitte3作に、単発作品『The Butcher's Prayer』、それでやっとSlow Bearシリーズ初期三部作かよ…。 ともかく『Holy Death』読破後、次が出て来る間にまず読めればと思うのは2015年の『Worm』。最近Smith先生の言及により知ったんだが、実はこの作品でSlow Bearは初登場してるらしい。その後、当初はドイツの出版社から出た2018年の『The Cyclist』。 そして昨年出版の『Murderapolis』。なんとか初期作を置いといても近くのからと思ってるうちに『Trooper Down!』、『The Prison Nurse』も出てきちゃうんだよな。えーい、全部必ず読むぞ!ワシはAnthony Neil Smithの素晴らしい作品を日本に紹介するために これをやってると言ってもそれほど過言じゃないんだからな。Anthony Neil Smith先生、まだまだ続きます!


■Anthony Neil Smith著作リスト

〇Billy Lafitteシリーズ

  1. Yellow Medicine (2008)
  2. Hogdoggin' (2009)
  3. The Baddest Ass (2013)
  4. Holy Death (2016)

〇Mustafa & Ademシリーズ

  1. All The Young Warriors (2011)
  2. Once A Warrior (2014)

〇Castle Danger (The Duluth Files)シリーズ

  1. Castle Danger - Woman on Ice (2017)
  2. Castle Danger - The Mental States (2017)

〇Slow Bearシリーズ

  1. Slow Bear (2020)
  2. Slower Bear (2022)
  3. Slowest Bear (2024)

〇長編・中編

  • Psychosomatic (2005)
  • The Drummer (2006)
  • Choke on Your Lies (2011)
  • Sin-Crazed Psycho Killer! Dive, Dive, Dive! (2013)
  • Worm (2015)
  • The Cyclist (2018)
  • The Butcher's Prayer (2021)
  • Murderapolis (2025)

〇短篇集

  • Skull Full (2024)
  • The Ticks Will Eat You Whole (2006)

・Red Hammond名義

  • XXX Shamus (2017)

・Victor Gischlerと共作

  • To the Devil, My Regards (2011)

・Dead Manシリーズ (with Lee Goldberg and William Rabkin)

  • 16. Colder than Hell (2013)


えーと、ここ数年ぐらいのスパンで私が読んで大きく衝撃を受けたぐらいのところの一冊であるGabino Iglesiasの『The Devil Takes You Home』が、なんか翻訳されてたみたいです。Gabinoそろそろ新刊出ねえのかな、と思ってアマゾンの Gabinoの著者ページに行ってみてたまたま見つけました。今のこの業界の底辺までの劣化・退化具合から、またぞろクソ「日本の見方」で作品方向を勝手に歪めたコピーが付けられたり、巻末の広告ページより役に立たない自称ミステリ評論家による 「本を読んで資料を見て感想を書くだけの簡単なお仕事です」なやっつけ感想文解説が載せられてる可能性が高く、それ見てブチ切れて時間を無駄にしたくないため、アマゾンの商品ページも見てないし、わざわざ本屋まで行って現物を確認する気もなく、 邦題も把握しとらんし、リンクをつける気もないけどね。Gabino Iglesiasで検索すれば見つかるんじゃない?もうこんなところから出て来るものについて宣伝的なことをするのも心底嫌だけど、これほどのものが出たならやっぱり言っとかなきゃならんだろ。 これを読んで理解する努力もしない程度の奴は、「ジム・トンプスンを一位にしたのはマズかったネ」モードでジェフリー・ディーバーぐらいの温いとこ浸かって、一生ミステリ超後進国民として暮らせばいいんじゃないの?オレは買わないけど、 必読だよ、バカヤロー!

ミステリについての理解において、シンプルなトリックや謎解きで作られたクラシック作品に、ミステリの本質や、ミステリ法則のようなものがあると思い込むことは、最も安直で幼稚な方法である。
ミステリはその歴史の中で、様々な試行錯誤の末、その話の作り方自体が大きく変化してきた。クラシックなミステリがいかなるトリックにより謎が作られ、いかにしてその謎が解かれるかという形で、パズルやクイズと同様の方向で考えられ作られているのに対し、 現代のミステリ作品では、最終的に犯罪の真相が明らかとなった時にそこに現れる悲劇であったりというような、よりリアリティのあるドラマ性に重点を置いて話が作られ、場合によってはそのリアリティを損なうようなトリックといったものは軽視、というよりは もはや使われない方向に動いて来ているなどというのは基本中の基本だろう。
クラシックなミステリと、現代のミステリでは、プロットという形で単純化してみれば似たような構造であったとしても、物語の重点となるものが全く違っており、クラシックを基本とするような形で解釈できるものではないのは当たり前のことだ。
「本格ミステリ」というクラシックタイプのミステリを指すミステリ用語が日本で産まれたのは、この国の特殊な事情によるある種の誤解に近いものだ。第二次大戦終戦後、かなり遅れた形で、日本には海外のミステリが、前世紀のクラシックと、その当時の現代である マイク・ハマータイプのハードボイルドミステリなどが同時に流入し、紹介され普及し始めた。その時点でそういったクラシックタイプの謎解きを中心としたミステリを日本で作りたいと考えた層が、そういったクラシック作品を「本格ミステリ」と呼称し始めた というような事情なんだと思う。
日本にはかつて江戸川乱歩を始めとするような、日本という土壌の上に独自の世界観を持って、日本オリジナルのミステリを創り上げた作家たちがいた。次の世代がこれらを継承発展しようと考えるのは至極当然のことだろう。
こういった作品が作られていくことに全く問題はない。だが、ここで起こった一番の問題は、その次の世代がその「本格ミステリ」という呼称もそのまま継承したことだ。もうその時代には世界のミステリ状況ももっと見えてきて、これを「本格ミステリ」 と呼称し続けることにより、もはやそんな作品が作られていない海外のミステリについての理解の間に齟齬が生じるかもしれないぐらいのことを考えるべきだった時代に、それを変えることを考えるどころか、それがミステリの正統で、真髄であるかのような 理屈を振り回し始めたわけだ。
それは今から見た過去の話であり、その時点では誰もそんなことは思いつかなかったというかもしれない。私だって当事者みたいなもんではなかった視点で言ってるわけだしね。だがそこから時間が経ち、その違いはどんどん大きくなってきて、 ミステリに関わる人間ならその齟齬は確実に見えていただろうにもかかわらず、そこを何とかしようと思うものが誰もいなかっただけではなく、実際に起こったのはその逆のことだった。
次世代の「本格ミステリ」作家が台頭し始めた前世紀末頃は、そこから優れた作家も現れジャンルとしても人気を博して行った。それらの作品に感銘を受け「本格ミステリ」の深く傾倒する若い世代もやがては出版社に入社するなどして、業界に入って来る。 最初に言ったクラシック作品を基準にミステリを理解するというような、「本格ミステリ」から提唱されたような稚拙な方法は、ミステリの歴史の中の多くのミステリ作品を読んでその変遷を考える必要もなく、クラシック作品と「本格ミステリ」を読むだけで ミステリについてわかった気になれるまだ若くて読書経験も狭い若い世代が容易に飛びつきそこに陥りやすい理屈だってことも言っとくべきだろう。 そして、それらが日本と海外のミステリの間で以前よりさらに広がった齟齬、解離を見た時そいつらがやったのは、日本を正とし、入ってくる海外作品の方をその基準に合わせるということだったわけだ。それがクソ馬鹿々々しい「日本の見方」ってわけ。
こうして日本の翻訳ミステリというところは、海外のミステリ作品の動向などは全くわからないレベルの惨状に陥ったわけだが、ほら、本来ならその状況を何とかしなきゃならないと考えるべき人間たちが、その業界にはいるだろう?ミステリ評論家ってやつさ。
どんな業界だろうと、海外作品に関わる様なところで、「評論家」を自称している人間なら、自力で独自に海外作品の動向を誰よりも先んじて見て情報を得ようとするもんじゃないの?だが、日本の「ミステリ評論家」様はそんな努力を一切せず、 そんなものは出版社任せで、渡された作品に感想文を付けるだけ、ミステリ専門家の人気者としてイベントに呼ばれてヘラヘラするだけ、「解説」を集めて中途半端な評論集っぽい本を出して小銭を稼ぐだけ、過去の評価の決まった人気作を並べて 馬鹿々々しいブックガイドを作って小銭を稼ぐだけだったわけだ。
こうしてこんな状態の出版社が選んで出版した作品を、こんな評論家が評価する、馬鹿々々しいランキングが業界を動かし、もうどうしようもない現在の状況に至ったというわけだ。翻訳ミステリの売り上げの右肩下がりが止まんないのは、他に様々な 娯楽が増え、読書をする人間が減ったせいでお前らには全く責任がないとか、もっと言えば自分たちは時代の犠牲者だなんて本気で思ってる?そんな奴らはとっとと右肩下がりの坂を転げ落ちて、海中か地中にでも沈没しちまえよ。
このランキングが出来た以前と、現在の状況を比べれば、日本でミステリの専門家面した奴らなんて、結局は一番簡単なクラシック型に当てはめる評価法に戻ってしまうなんてことはもはや自明だろ。こんなもんいくらリブートしてみたって同じ。 もしかして過去にトレヴェニアンの『シブミ』や船戸与一作品が選ばれたのをまだ憶えてて、そんな時代がまた来るかもと思ってこれに執着してる人とかいるの?もう諦めろって。
日本のミステリってものについて、同じジャンル小説であるSFとの比較を時々考える。SFというのは過去にグレッグ・イーガンであるとかコニー・ウィリスであるような先進的で優れた作家が紹介されてきて、それを読んだ意欲的な作品を書く 新しい作家が日本でも多く登場している。例えば、日本SFの黎明期の小松左京や光瀬龍というのがそれぞれに優れた作家であっても、これだけ読んでいたのではこんな新しい作品群は産み出されなかっただろう。日本のミステリってのはそれと真逆で、 まともな海外作品の紹介が止まってしまったために、SFで言えば小松左京らの再生産しかできていないというのが現状なんじゃないのかね。あのさ、SFってものについて勘違いしてるかもしれないけど、英米みたいなところを上っ面だけ見れば、スターウォーズや スタートレックぐらいのもんなんだよ。そこからもっと探って優れた作品を持ってこれる人たちがいたから現在の状況があるわけだ。日本の翻訳ミステリなんてところは、そういったスターウォーズぐらいの上っ面しか出てないベストセラーリストだけ見て これ日本には売れないってことにして来ただけなんだろ。まあそうやって新しいものが供給されて来なかった日本のミステリなんてところは、どんどん魅力がなくなってもうすぐ終わるんだろうけどね。
ここまでひどいことになった日本の翻訳ミステリに望むことは、もうこれ以上被害を広げないうちに消滅してくれの一択ですよ。これが完全になくなった後どうなるか?まあよっぽど大きな書店に行かなきゃ手に入らない程度の規模でも、日本に本当の 現在の世界のミステリを伝えなくてはならないという意志を持った出版社が、地味に少部数のハードカバー本とか出すとか?それさえもなくなるとか?
たださあ、現在のAIの発達みたいなもんで、英語作品ぐらいは即時翻訳されて、日本語として読めるようなもんが出て来るだろうと思うよ。つーかそのくらいもうできるんだろうがそんなもん大して需要もなく儲けにもならんので出てないだけだろ。まあいずれはそういうものも、これで少々小銭拾えるかもな感覚で搭載されてくるんじゃないのかな。
せっかくそうなったとしても、馬鹿な「日本の見方」で海外作品の動向を無視してきた日本じゃ、何読んでいいかわからない。ベストセラーリストなんて見てみても本当に読みたいもんなんて見つからない。まあ日本のベストセラーリストで満足できる程度の人なら それでええんやろけど。そういう時代のために偏った一部の人のためでも、現在のハードボイルドの動きってものを示していると確信する作品を、一つでも多くせっせと紹介して行くものでありますよ、ってこと。

結局のところ、せっかくGabino Iglesiasの『The Devil Takes You Home』のような重要作が翻訳されたとしても、この救いようもない状況の翻訳ミステリなんてところじゃ、杜撰に扱われるだけなんだろみたいな気分やら怒りやらフラストレーションが、この猛暑でよれよれになってる一日潰して、思いっきり不満を並べ立ててやろうということになったんだろう。
この作品をちゃんと扱えということは、別に馬鹿ランキングの上位に持って来いなどという話ではもちろんない。この作品が現代のミステリってところで一つ重要な位置にある作品だぐらいのことは最低限認識しろよ、ってとこだろう。
『The Devil Takes You Home』という作品はノワールというジャンルに於いても、少し異色の作品だ。だが、現在のノワールというジャンルで中心となっているようなテーマの上に、作者自身の視点による社会の歪み、更にその上にラテンアメリカ文学のマジックリアリズムの手法も含んだホラーをミックスし、見たこともない世界にまで昇華させた現代の、そして未来へと繋がりるノワールジャンルの必読作品である。まあ言った傍からこんな国じゃ誰も読まなくってもいいや、ぐらいの気分になってしまうのだが…。
まあこれに加えて、次の次ぐらいに予定しているマッキンティ/ダフィ第8作について、また日本でこのシリーズがなんであんな悲惨な状態で出たのかについて、やっぱ言及しなきゃならんけど、前作みたいになるのは嫌だなあ、みたいな憂鬱も乗っかっているのだろうけど。
結果的にはAnthony Neil Smith先生作品についての末尾のところを汚すようなことになってしまい申し訳なく思ってる。ただまあ、なんかの偶然でSmith先生がこのページを見ることが万が一あったとしても、Smith先生なら俺も時々この手の暴発するよな、と苦笑い混じりで許していただけるんじゃないかと思うんですけど。…いや、変な言い訳かまして申し訳ありませんでした…。
まあ前回最後に予告した通り、今回も最後には次のSmith先生作品を一刻も早く読まなければ!になりました。次回登場作品も、まあ必ずそうなります。
なんかもうここで熱中症とかなったら後がないんじゃないか、ぐらいの危機感で気を付けていて、ややペースダウンな感じなんだが、どなたもこの夏は気を付けてくださいね。あー、翻訳ミステリ関係者はどうでもいいや。


●関連記事


■Anthony Neil Smith
●Billy Lafitteシリーズ

●Mustafa & Ademシリーズ

●Slow Bearシリーズ

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2026年7月6日月曜日

James Ellroy / Widespread Panic -ハリウッドで最も悪名高き私立探偵の回想録!-

今回はジェイムズ・エルロイ『Widespread Panic』。2019年出版の新L.A.5部作第2作『This Storm』と2023年出版の第3作『The Enchanters』の間、2021年に出版された、アンダーワールドUSA三部作に登場した実在したL.A.の私立探偵 フレッド・オターシュを主人公とした作品。うわ説明長っ。

フレッド・オターシュ(Fred Otash)、1922-1992年。元ロサンゼルス市警警察官。ハリウッドで最も悪名高い私立探偵。映画『チャイナタウン』のジャック・ニコルソン演じる私立探偵ジェイク・ギテスのモデルとなったことでも知られている。
エルロイの一連のサーガでは、L.A.四部作の最後『White Jazz』に「スターの私立探偵」として登場。Underworld USA三部作では、主に物語の背景的なところで行動する。
エルロイの作品としては、2012年に電子書籍のみで出版された『Shakedown』という中編作品がフレッド・オターシュを主人公としたもので、この作品を元にデヴィッド・フィンチャー監督でHBOでTVシリーズが企画されていたそうなんだが、 これはお蔵になっている。今回の『Widespread Panic』はこの中編小説を元に作られた長編作品ということらしい。『Shakedown』の方はもう販売終了となっているので比較はできないんだが。あーちゃんと目を光らせて買っときゃよかったなあ…。
だがこれは単純に過去の中編を焼き直して長編として出し直したというだけのものではない。実はこの時期にこの作品が出たのには理由がある。これはこのフレッド・オターシュというキャラクターを、現在進行中の新L.A.5部作に取り込んで行くための ワンステップだったのだ。

2023年『The Enchanters』の出版に際し、事前に発表されていた序盤のあらすじは、60年代マリリン・モンローの死についてフレッド・オターシュが捜査するというもので、当初は前作『Widespread Panic』の続編的なものと思われていたようだが、 出版直前にこの作品が『This Storm』に続くシリーズ第3作であり、そこまでは四部作として予定されていたものが五部作となったことが発表された。
まだその『The Enchanters』を読んでいないし、フレッド・オターシュが物語の中でどう動いて行くかはわからないんだが、新L.A.5部作第1作『Perfidia』、第2作『This Storm』を読んだところでは一つその理由が想像できる。
新L.A.五部作の、とりあえず最初の2作の中心となるのは、第二次大戦中から始まるロサンゼルス市警内のダドリー・スミスとウィリアム・パーカーの暗闘だ。おそらくはこの続きでもその二人がストーリーの中の重要な位置を占めてくることに なるのだろう。だが、旧L.A.四部作においてダドリー・スミスが様々な事件の裏側で暗躍する黒幕的存在だったのに対し、その時点で本部長だったパーカーについてはほぼ名前が出てくるだけでその人物についても具体的に書かれることは少ない。 そこで新五部作の中でパーカーの物語を今後新たに動かして行くためのファクターとして取り込まれたキャラクターが、このフレッド・オターシュなのだろう。

この『Widespread Panic』は、オターシュの架空の回想録という形で、1940年代末オターシュが警察を辞め、私立探偵となるところから始まり、その後の1950年代について語られる。その中でパーカーとの関係も多く語られて行く。
エルロイの英語版のWikiを見ると、その著作リストの中で新L.A.五部作はその第3作と、今年6月出版されたばかりの第4作は、括弧付きでFred Otash #2、#3という形で、この『Widespread Panic』の続編でもあるように記述されている。その意味は多分、 この『Widespread Panic』の続きとなるようなオターシュの回想が、エルロイが一連のサーガで使っているスタイルである、交互に入れ替わる複数の人物の視点(新L.A.五部作についてはこれまでのところは四人)の一つとして使われて行くと いうことなのだろうと思う。
いや、まだ読んでないところなんで想像されるとか思われるとかばっかりで申し訳ないんだが、とにかくまだそっちに進んでないこの時点で新L.A.五部作の一つという形になってないこの作品を、その一部として読む意味みたいなもんを 説明しようとしてるところなんで、その辺は勘弁して。

さてこの『Widespread Panic』という作品、もう少し具体的に見て行くと、テイストとしては同様に実在の人物を主人公とした『ハリウッド・ノクターン』(1994)収録の中編「ディック・コンティーノ・ブルース」に近いかと思う。
架空の回想録という形で、一人称で書かれるが、私立探偵というところから想像されるハードボイルドスタイルというようなものではなく、オターシュが深く関わっていた50年代の有名なスキャンダル誌コンフィデンタルのような文体で書かれる。 エルロイ作品の中ではそれをモデルとしたハッシュハッシュの記事が引用として多く挟まれているが、あんな感じ。頭韻を強引に多用し、名詞・動詞を形容詞的に使ったりその逆もありで、まああんまり読みやすくはないよ。実際のところ、 本編5部作の方でもその手の「変形語」みたいなのはざらなんで、まあ本編原書で読んでる人なら大丈夫でしょ。
内容としては、まずプロローグ的な40ページほどの短い第1部「Shakedown」から始まり、ここではオターシュが警察を辞め(クビ?)私立探偵を開業するまでが書かれる。その後は「Pervdog」と「Gonesville」の2部に分かれ、それぞれに1950年代前半、後半が オターシュの一人称により語られる。
「Pervdog」の50年代前半は、ハリウッドとそこに関わる当時の左翼活動が中心となり、50年代後半の「Gonesville」はニコラス・レイ監督の『理由なき反抗』の撮影・製作過程の裏側というようなものが主となり、その中でそれぞれでオターシュと 関わりのある人物の殺害事件が起こる。
あれ?もう説明終わったか?みたいな感じあるんだが、もう少し詳しくやってくよ。とりあえず今回はそれぞれの章についてざっとあらすじを紹介するという形でやってく。もちろん殺人事件の結末までは書かないが。あんまり長くならないといいんだがな…。 とにかくそんな感じで『Widespread Panic』始まります。

Widespread Panic


Shakedown


監房2607号 贖罪刑務所 無謀破壊者収容ブロック 背教者煉獄 2020年7月16日
俺はこの地獄の底で28年暮らしている。そして今、奴らは俺が自分の失敗の連続の人生の回想録地図を作り、そこからの抜け道を書き記すことが出来ると告げた。
俺が軽蔑し、従ってこなかった全ての宗教的なクソが本物として動いてる。善人たちのための天国があり、畜生並みのクズ悪党のための地獄がある。俺みたいな奴のための煉獄がある。-病んで狂ったシステムにつけ込み、大災難を引き起こす腐食性の下種。 俺は自身の罪により20年以上焼かれてきた。俺は地上での人生の破滅的な詳細を追体験してきた。俺の悪賢い看守達は報酬をぶら下げ続ける。:
お前の歪みきった旅を記録しろ。真実を吹き鳴らし、勝ち誇れ。天国まで跳び上がり、その高音を打ち鳴らせ。
ベイビー、告解の時間だぜ。

オターシュが死亡したのは先に書いた通り1992年。以来死後28年に渡って投獄されてきた煉獄の贖罪刑務所の監房で書かれた手記という形で物語は始まる。
前述の通り、この作品は全3章に分かれているが、それぞれの冒頭に、導入部としてこの贖罪刑務所の「現在」のオターシュの前文が挟まれて行く。いや、オカルトや、宗教的な話にはならないから。ただの設定か、エルロイがあの世のオターシュから 何らかの手段で受け取った回想録の前文ということだから。
そしてその前文的な第1章に続き、死の直前である1992年8月14日にビバリーヒルズのNate & Al's Deliでの昔の仲間と馬鹿話をした後心臓発作を起こす様子が挟まれ、続いて本編の過去へ。ちなみにオターシュの命日は、1992年の10月5日、70歳で亡くなっている。

フレッド・オターシュは元海兵隊員で、45年の復員後LAPDに勤め始める。腐敗した警官ながらマイペースで暮らしていたオターシュに、転機が訪れる49年4月2日から物語は始まる。
その日の署内は騒然としていた。強盗事件が発生し、犯人は逮捕されたが、警官が一人撃たれて重体だ。そこでオターシュは強盗課のハリー・フレモントに声を掛けられる。
「役に立て、小僧。ジョージア・ストリートに警官殺しが出た。ホラル署長はお前が対処するのがいいと考えてる。お前にとっちゃ逃せない機会だろう」
ガレージに向かい、言われたパトロールカーに乗りジョージア・ストリートの拘置所へ行く。そして後部座席の新聞の下にあった32口径スナブノーズリボルバーを手に取る。

内勤の警官が配管に手錠で繋がれた男を指さす。左腕には添え木があてられている。
オターシュはその男の手錠を外し、拘置所の外へと連行して行く。ジョージア・ストリートに通行人はいなかった。
オターシュはポケットに入れていた銃を頭の上で撃つ。
慌てて振り返る男。何かを言おうと口が動く。オターシュは自分の拳銃を抜き、男の口を撃つ。そして銃を男の右手に握らせる。
奴は「頼む」と言おうとした。同じ展開で繰り返されるこの夢。細部については向きを変え変更される。「頼む」は常に変わらず留まり続ける。俺は生きている。奴は死んでいる。そいつが悪意ある結末だ。

撃たれた警官は生き延びた。一週間ほどで内勤で勤め始める。フレモント、ホラル署長は、オターシュを褒めたたえた。
Ralph Mitchell Horvath。1918-1949。自動車泥棒/強盗/へなちょこクズ野郎。
Ralphは未亡人と二人の子供を遺した。
オターシュは罪悪感に駆られ、ここから月に一度彼女たちにいくらかの金を匿名のまま届け続けることとなる。

1950年、ウィリアム・パーカーが署長に就任。モラルに厳しいパーカーは、オターシュを呼び出し、お前には常に目を光らせとくからな、と警告する。
そしてオターシュは、ある撮影現場で離婚を承諾しない夫に悩まされていた女優、Joi Lansingを助けたことから知り合い、その離婚に手を貸す。
「ハリウッドはあんたみたいな男を必要としてるわ」Joiとの出会いはオターシュを新たな裏道へと引き込んで行くことになるが、またその一方で、彼女とは多くの愛憎をその後に繰り返して行くことになる。
Joiの伝手により、オターシュはL.A.ランチマーケットの用心棒となり、様々な裏商売にも手を染めて行く。
その中で、オターシュはエリザベス・テイラーといい仲になり、彼女のビヴァリーヒルズホテルのバンガローの屋根の上で、並ぶバンガローに住む映画スターたちと共に、ネバダで行われた核実験を花火気分で見物する。
藤色とピンクの混ざった光に照らされる空。この藤色とピンクのイメージは作中で何度となく繰り返されて行くことになる。

そしてオターシュは、ランチマーケットを徘徊する売れない俳優の卵の青年と知り会う。ジェームズ・ディーン。
ランチマーケットのオターシュのオフィスに入り浸るようになったディーンは、愛読書であるスキャンダル誌を読みながら言う。「ビビった予想屋の戯言だな」
「こんなもんより遥かにえげつないもんを手に入れられるぜ、フレディ。俺ならCockpit Loungeの一晩で三冊分の価値のあるものを提供できる」
窓の外ではニューススタンドに新たな雑誌が補充される。『コンフィデンタル』。
その夜、運命は俺を裏切り始めた。オターシュは回想する。

エリザベス・テイラーからの紹介で離婚専門の弁護士Arthur Crowleyから電話。新たな方面への仕事の展開を話し、電話を切ったところでオフィスのドアが開けられる。
入ってきたのは二人の部下を引き連れた、ウィリアム・パーカー。
年貢の納め時と知り、バッジをパーカーに放り、ガンベルトを外し、椅子に落とす。
「殴れよ、ビル。俺の卑しさの遥か上に鎮座し、ルールをそこここで捻じ曲げ、後生大事に職務を守りやがれ。俺の頭はまな板の上、さあギロチンを落としやがれ」
啖呵を切るオターシュに嘲りの笑みを浮かべ、パーカーは話す。
オターシュが懇意にしていたスチュワーデスのBarbara Jane Bonvillainが麻薬密輸で捕まった。彼女はコミュニストのエージェントでユーゴスラヴィアのアカの親玉チトーの個人大使だった。
そしてパーカーは更に付け加える。「ミスBonvillainは本当は性転換した男だったんだよ。お前は男とファックしたんだ、フレディ。お前はホモ野郎さ。とっとと俺の警察から失せろ」

パーカーの糾弾はオターシュを打ちのめす。"お前は男とファックした"、"お前はホモだ"。
酒を飲み続け、床に倒れ、やってきたカブトムシと延々対話を重ね、やっとで立ち直る。
役所の知り合いに電話し、2000ドルで最速で私立探偵免許を得られるように交渉する。
海兵隊時代の仲間を集め、本格的にArthur Crowleyからの離婚商売を開始し、荒稼ぎする。
その間も、ディーンなどからハリウッドの醜聞は集まり続ける。
そこで、『コンフィデンタル』誌の発行者である、ロバート・ハリソンから協力を求める手紙が届く。

オターシュはハリスに、ハリウッドのあちこちに盗聴器を仕掛ける提案をする。
そうして集めた情報で『コンフィデンタル』とオターシュは急激にのし上がって来る。
だがそれは、様々なところで軋轢も生み出してくる。

オターシュに訴訟を起こそうとしたジョニー・レイを、怒りに任せ殴りつけた夜。深夜のランチマーケットでディーンとオールドクロウを酌み交わしていたオターシュは、ディーンから『エデンの東』の役が決まったと告げられる。
はぐれ者の軍団。奴らはすぐそこにいる。奴らは俺を罵る。俺に呪いをかける。奴らは俺の混沌の中の同志だ。お前は俺たちの同類だと語り掛ける。
「ジミー、お前は自分がなんでイカレてるか知ってるのか?」
「さあな、フレディ。あんたこそどうなんだい?」
俺は言った。「俺にもわからん、だがそいつはしばしば俺をひどくイラつかせるんだ」

Pervdog


1954年2月。再び有名人たちと共にビヴァリーヒルズホテルのバンガローの屋根の上でネバダの核実験を見物することになったオターシュは、その隙を見てジョン・F・ケネディのバンガローを探る。狙いは招待客たちのアドレスブック。
盗み出したそれらを探るうちに、多くのハリウッドの左翼活動家と繋がりがあるConnie Woodardという女性のアドレスブックを見つける。その手の記事も『コンフィデンタル』誌の売り物の一つ。
そしてその中から、ブラックリストには載っていないSteve CochranというB級俳優の名を見つける。
直感からその名を探してみると、ケネディらのアドレスブックにも見つかる。こいつは何者なのか?オターシュは探りを入れることにする。

Steve Cochranの留守を狙い、盗聴器を仕掛けるべくその道の専門家であるBernieと共に家へ忍び込む。壁に飾られたナチスの旗や日章旗。またいかれた誇大妄想が一人。
一方で、ディーンから持ち込まれた仕事、ロック・ハドソンのホモセクシュアル疑惑を抑え込むための偽装結婚の相手探しが始まる。
そして、パーカー直属の強面軍団、LAPDの"ハット班"がオターシュの前に現れる。「署長がお前に会いたいそうだ、フレディ」
パーカーは外の駐車場に駐められた車の中で待っていた。
「お前が職務中に殺した男の未亡人、Joan Hubbard Horvathが、昨夜自宅で殺害された。子供たちは学校の遠足で留守だった。様子からはレイプ強盗殺人に見える。女は首を絞められ、刺されていた」
「現場からお前の指紋が付いた14枚の封筒が発見された。うち二つには250ドルが入っていた」

彼女の爪に残された皮膚と血液型から、オターシュへの容疑は消えた。だが、封筒の指紋についてでっちあげの説明はしない方がいいぞ。
オターシュは彼女の夫を殺した経緯の真相を話し、罪悪感から5年間金を渡し続けていたと告白する。だが彼女とは一度も話した事はない。
パーカーは、オターシュがケネディのバンガローの盗難を警察から盗み出した犯罪者の指紋で偽装していたことも感付いていた。
「捜査に協力しろ。ビヴァリーヒルズ署に逮捕されたくなければな」

殺害されたJoanについて詳しく調べると、結構な高学歴だったことがわかって来る。なぜ彼女はRalph Mitchell Horvathのような安物のチンピラと結婚したのか?
そしてロック・ハドソンの偽嫁探しの候補者として、ディーンがClaire Kleinを紹介して来る。小学校の教師として勤めながら、女優もやっているという女性。
謎のSteve Cochranについての調べも進む。あいつは左に傾いてるって噂だが?
ロック・ハドソンの偽装結婚の仕込み。バーの駐車場でチンピラ集団に絡まれたClaireをハドソンが助ける。待機していた『コンフィデンタル』のカメラマンが仕込みの警察が犯人を連行するまでを撮影する。
Joanの家に忍び込み、家探しをしたオターシュは、寝室の壁に盗聴器が仕掛けられていたのを見つける。

『コンフィデンタル』誌のために、まだ表に出ていないハリウッドの左翼系スキャンダルをあぶり出せないかという目的での謎のB級俳優Steve Cochranの調査は、通話記録から頻繁に連絡を取り合っているConnie Woodardにも向かい始める。
ロック・ハドソンの偽嫁候補Claire Kleinは、自分もConnieに興味を持っていると言う。自分はL.A.にある男を殺すために来た。その男の名前はわからないのだが、おそらくConnieが知っている。
そしてConnie Woodardについて調べ、接近したオターシュは、彼女と恋仲になり関係を持つようになる。そして彼女と繋がりのある左翼活動家の人脈を知る。
その中で、オターシュは殺されたJoan Hubbard Horvathが、実はそういった左翼活動に深く関わっていたことを知るのだが…。

第2部「Pervdog」についてはこの辺で。
物語の軸となる、Joan Hubbard Horvathの殺害に関する調査と、ウィリアム・パーカーとの関係というところを中心に拾ってきた感じで、かなり省略した人間関係なども多いのだが。パーカー直属の"ハット班"の面々については、 L.A.四部作で出てきた名前もあったかな、とか今後の新L.A.五部作で重要になるのもあるかな、と気にはなったのだが。
ロック・ハドソンの偽嫁候補探しは、ここで予定していたClaire Kleinが失敗することとなり、第3部へと引き継がれる。
第2部の最後に、オターシュは"ハット班"に連行され、数々の犯罪行為について取調室で絞られた末、留置場に放り込まれる。
そして現れたパーカーに告げられる。これまでの行為での訴追から逃れたければ、今後は俺の情報屋密告者となり、囮になり、『コンフィデンタル』の廃刊に協力しろ。

Gonesville


第3部の中心となるのは、ニコラス・レイ監督の『理由なき反抗』の撮影・製作現場の状況。
ディーンはレイ監督に深く傾倒し、結果オターシュとは袂を分かつこととなる。レイのメソッド演技法思想により、出演者・撮影クルーはある種のカルト化し、酒場を襲うなどの乱行、犯罪を繰り返すようになって行き、オターシュは親友ディーンが そこに巻き込まれて行くことを危惧する。
一方、ハリウッドに流れる海賊ラジオ放送に、『コンフィデンタル』やオターシュを激しく非難する匿名の女性Miss Blind Itemが登場し、オターシュはその素性を調べて接触して行く。そして数々の犯行により投獄されている Carryl Chessmanに激しく憎悪を抱くその女性Lois Nettletonに惹かれて行く事となる。
オターシュは、レイ監督がディーンがChessmanを演じる次回作も予定していることを知る。
ロック・ハドソンの偽嫁選びには、Claire Kleinの失敗により、もう少し信頼のおける相手が選ばれる。話題性を盛り上げるため、記事のための三角関係を演ずる女性Janey Blaineも用意されるが、その直後、Blaineは路上で陰惨な 殺害遺体として発見される。
Carryl Chessmanを模倣したかのような犯行。オターシュはニコラス・レイ配下の集団、そしてディーンが関与しているのではないかと不安を抱く。

第3部についてはこのくらいで。こちらの軸となるのは『理由なき反抗』だが、それと絡み合うようにCarryl Chessmanに関する動向が描かれている。
Carryl Chessmanは実在した犯罪者で、強盗、誘拐などの罪で1948年に逮捕・投獄され、死刑判決を受けた。この事件は大きな反響を呼び、死刑制度廃止、彼の恩赦を求める運動も起こっていて、作中でもマーロン・ブランドが その先頭に立つエピソードも描かれている。
獄中作家として四冊の著作があり、そのうち1954年に出版された回顧録『Cell 2455, Death Row』は55年に同名でウィリアム・キャンベル主演で映画化されている(日本公開時のタイトルは『死刑囚2455号』)。ニコラス・レイ監督、 ジェームズ・ディーン主演の企画が本当なのかは不明。
ディーンの死についても描かれるが、そこに特別な独自の考察といったようなものは無い。
第3部については、パーカー配下の"ハット班"と行動する場面も多くなっている。

*  *  *

というわけで、まあ予想通り結構長くなったが、とりあえず『Widespread Panic』一通り説明できたんじゃないかと思う。
ここで、2021年の『Widespread Panic』出版時にThe Soluteという多分映画や関連カルチャーなどの情報・評論サイトだと思われるところに掲載された、Grant Nebel氏による 「Freddy Got Fungooed: Widespread Panic by James Ellroy (with John “Son of Griff” Anderson)」という記事を紹介する。
投稿者であるGrant NebelがJohn Andersonというもう一人のライターと、対談形式ではなくリレー方式という形でそれぞれの考えを交互に語った、かなり長文の評論。現在はブラウザでAIがかなりちゃんとした翻訳をやってくれるので、 誰でも簡単に読めると思う。まあそれでもじっくり読めば一時間やそこらはかかるけど。もはやエルロイの翻訳さえも途絶え、自称評論家による「本を読んで、資料を参照し感想を書くだけの簡単なお仕事です」レベルの粗雑な やっつけ感想文ばかり読まされ、もう評論自体にうんざりしているている我々からすれば、これくらいきちんと読んで考えられたまともな評論は、久しぶりに出会えた極上のごちそうぐらいの物である。もうこんなのあるなら自分の拙い感想とかいいや と思ってしまうよ。所詮自分なんか作品紹介までが精々だよな。

他人の功績や努力みたいなもんに便乗横取りするような気分になりそうなんで、特に引用みたいなことをするつもりはないんだが、ひとつこれは自分でたどり着けてなかったところだよなと思ったのが、二人が当たり前のように言ってる 『Blood's a Rover』以後という認識。これはエルロイ読者というところではもう当然の認識だったのだろう。ホント言われてみればぐらいの感覚でやっと気づいたんだが、どうしてもL.A.四部作、アンダーワールドUSA三部作とシリーズごとで 区切って考えてしまいがちになるエルロイ作品なんだが、アンダーワールドUSA三部作の最終作『Blood's a Rover(邦題『アンダーワールドUSA』)』は、その作風として前の二作とは少し異質なものがあり、それが新L.A.五部作 『Perfidia』、『This Storm』へと引き継がれているという印象がある。L.A.四部作の最終作『White Jazz』で用いられた変化が、続くアンダーワールドUSA三部作前半2作へ引き継がれているのと同様のこと。この『Blood's a Rover』以後の 変化というのは、そちらでは道徳観やロマンティシズムという言葉で表現され、なるほどなあと思うんだが、エルロイ読者以外には全く違った方向に誤解されがちな言葉かとも思う。まともな評論の継続みたいなもんがない地域における弊害だよな。 なんかもうちょっとうまく説明できる言い方を今後の課題として考えとくよ。

以上のような『Blood's a Rover』以後という地点でこの『Widespread Panic』が様々な方向から考察されているが、この2021年時点では、少し例外的な作品と位置づけられているように思う。だがその後、前述のようにこのフレッド・オターシュの 回想は、その次の作品『The Enchanters』で、エルロイのメインワークである新L.A.五部作へと合流して行くという新たな動きも起こっている。
だが更に、こちらがモタモタ書いている間に前述のエルロイの英語版のWikiでは、この『Widespread Panic』と『The Enchanters』、更に先月出版されたばかりの新L.A.五部作第4作とされていた新作『Red Sheet』を加えた三作がFred Otash Trilogyとして新L.A.五部作とは別に記述されている?この三作でオターシュの回想が完結するのは分かるが、もう新L.A.五部作とは別になったのか?一体エルロイ作品で何が起きているのか?これについてはきちんと続く作品を読み続けることで探って行きたい。だから読むまで調べないので。

その他ネット、オンラインというあたりで見つけたものを少々捕捉。
エルロイの新作発表に合わせて(便乗?)、エイドリアン・マッキンティが自身のSabstackで『This Storm』出版時、自身がエルロイに行ったインタビューについての記事を書いている (Interviewing The Demon Dog)。エルロイの色々な意見も面白いが、エルロイVSマッキンティというところで見えてくるところもなかなか興味深かったり。 マッキンティサイドの話ではその中で、エルロイが彼のデイヴィッド・ピースについてのレビューを興味深く読んだという話が出てくる。マッキンティはあちこちでピースのRed Riding四部作を高く評価する発言をしている。なんかピースというのは 当然そういうぐらいのポジションだろうと思ってきたんだが、英国作家でもしかするとアメリカではそれほど知られていないぐらいのことがあるのかも、それゆえのマッキンティのピース推しRed Riding推しってところもあるのか?と今更ながら気づいた。
その記事からマッキンティによるGuardianに掲載の『This Storm』のレビューSteven Powellによるエルロイの伝記『Love Me Fierce In Danger: The Life of James Ellroy』のレビュー などへのリンクも張られている。あー、エルロイの伝記も読まなくちゃ。
そんなところをウロウロしているうちにGuardianに、ホント最新、先月最新作『Red Sheet』出版直前のエルロイへのインタビューを見つけた! (James Ellroy: ‘It’s satanic to me, the dependency people have on computers') 記事では結構変わったエルロイの執筆スタイルや連絡方法、監督 カーティス・ハンソンの死去までは気を遣って黙っていたが、映画『L.A.コンフィデンシャル』にはかなり不満があることなど、興味深いことが多数発言されている。フレッド・オターシュについては、死の前年に一度会ったことがあるが、 信用できない詐欺師の類いという印象を受け、『American Tabloid』では一旦別の名前で書いていたが、死去したので本名に直したということ。
なんかね、探せば興味深いことが色々見つかる作家もいるんだから、そういうものもちゃんと調べて紹介して行かなければ、と改めて思ったよ。

ジェイムズ・エルロイは、現代のミステリなんて範疇を越えて、アメリカ文学ぐらいの範囲でも絶対に読まれなければならない最重要作家の一人である。なんて至極当然のことをわざわざ声高に言うことさえ虚しい。もう日本の翻訳ミステリなんてところが いかに劣化・退化・幼稚化・老衰化してエルロイすら出版できなくなったかなんてくどくど言うのも時間の無駄としか思えない。読書のプロ・ミス研人脈・本格ミステリカルトの三悪により食いつぶされ、出版不況の中壊滅状態の翻訳ミステリ業界が 完全に消滅し、「本格ミステリ」などという思い込みとそんな妄想概念はそもそも存在すらしない海外ミステリのつじつまを合わせるためにでっちあげられた「日本の見方」なる腐食が完全に浄化され、世界の現代ミステリ史に対する視点が 日本の中で再構築されて、エルロイの重要性を再認識するなんてことが実際に起こったとしても、50年後かい?百年後かい?
今や新しい読者がエルロイに辿り着く道筋すらほぼ失われた状況なんだろ。映画『L.A.コンフィデンシャル』を観た中の1パーセントぐらいが原作を手に取り、大半が「思ってたのと違う―、読みにくーい」とぶん投げる中、最後まで読み正常に 感銘を受けた数人か?どんな形にせよエルロイに出会い、その凄さを理解した人は絶対に読み続けろ。もうじき80歳になるエルロイが、あとどれくらいの作品を書き続けられるのかはわからない。だが、このあまりにも偉大な アメリカ文学の狂犬、悪魔の犬が作り出した唯一無二の作品群は、何が何でもその最後まで読み続けられなければならんのだ。

■James Ellroy著作リスト


(2026年7月時点での英語版Wikipedia掲載の作品リストを基に作成)

●Lloyd Hopkins三部作

  1. Blood on the Moon (1984)
  2. Because the Night (1984)
  3. Suicide Hill (1986)

●L.A.四部作

  1. The Black Dahlia (1987)
  2. The Big Nowhere (1988)
  3. L.A. Confidential (1990)
  4. White Jazz (1992)

●アンダーワールドUSA三部作

  1. American Tabloid (1995)
  2. The Cold Six Thousand (2001)
  3. Blood's a Rover (2009)

●新L.A.五部作

  1. Perfidia (2014)
  2. This Storm (2019)

●Fred Otash三部作

  1. Widespread Panic (2021)
  2. The Enchanters (2023)
  3. Red Sheet (2026)

●その他の長編

  • Brown's Requiem (1981)
  • Clandestine (1982)
  • Killer on the Road (1986)

●短篇集・エッセイ

  • Hollywood Nocturnes (1994)
  • Crime Wave (1999)
  • Destination: Morgue! (2004)
  • Shakedown (2012)
  • LAPD '53 (2015)

●自叙伝

  • My Dark Places (1996)
  • The Hilliker Curse: My Pursuit of Women (2010)


いやホントに今すぐにでも次を読まなければぐらいの気分になってるのだが、あーあれの続きも読まなければ、これ一体何なんだろうみたいなのを次から次へと押し込んでるうちに時間が経ってしまう。本当なら最新作が出たら早急に読んで 次を待つぐらいの態勢にしたいんだが…。まあ次にやるのもその次にやるのも最後には次のを一刻も早く読まなければ、ということになるんだろうしな。イージー・ローリンズの続きも予定してるんだが、ホントに年内に始められんだろうか?
前に『This Storm』やった時は、まだ日本の翻訳ミステリとかどうにかしてくれ、みたいな気分はあったんだが、もはやそんな気分すらなくなったな。なんかさあ、そもそも「本格ミステリ」なんて思想自体が幼稚なもんで、そういうの好きな奴らに勝手にやらせときゃいいだろ、ぐらいがまともな大人の対処だったんだろうが、放置されてる間に調子乗って、もうどうにもなんないところまで来ちまって、その清算のためにオレ程度のガキっぽい大人が文句を喚かされてると思うとホント不快でうんざりするんだけど。そもそももう今の時代「本格ミステリ」なんて誤解を招く言葉を使いたかったら、
(※本書で使用している「本格ミステリ」という表現は、本格的なミステリを指すものではなく、古典的なトリックなどを重視した作品を示す、日本国内のみで使用されているミステリ用語です。)
ぐらいの但し書きが必要だろうが。アホらしい。なんだか次の『The Enchanters』読もうと思う頃には、日本にいくらかでも残ってるエルロイが理解できる人に続きを読むよう促すために、なんて気分すらなくなってないといいけど。 まあ別にどうなっても自分は必ず次も読むし、誰も読まなくっても多分書くけどさ。


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■James Ellroy
●Fred Otash三部作

●アンダーワールドUSA三部作

●新L.A.五部作

●Love Me Fierce In Danger: The Life of James Ellroy / Steven Powell

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