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2026年11月1日日曜日

Adrian McKinty / Hang on St. Christopher -ショーン・ダフィ第8作!-

今回はエイドリアン・マッキンティ『Hang On St Christopher』。2025年にBlackstoneから出版された、ショーン・ダフィ・シリーズ第8作がやっとで登場です。

まあとりあえずここまでの道のりも長かったか。今年2026年3月にペーパーバック版がやっと出版され、予約注文はしたもののやっぱり在庫不足で届かず。そこからなんだかんだで3か月かかってやっと入手し、やっと読めたという次第。 さて色々と書きたいことはあるんだが、まず最もうんざりするこの件から先に片付けとくか。

結局また日本でマッキンティ/ダフィシリーズがいかに酷い状態で出版されたかってところはどうしても言わなきゃならんだろう。もうその馬鹿さ加減にはいい加減気持ち悪くなってくるし、クソ時間の無駄なんで、手早くやってあとは 普通に書いてくつもり。だがこれはちゃんと告発しておかなければならんことだし、まだそんな考えの阿呆なミステリご意見番気取りもいると思うんで、そういう奴らをなるべく不快にさせて早々に追っ払うという目的のものである。
そもそもは、前々回の最後にちょっと暴発したところで書いた、読書のプロ・ミス研人脈・本格ミステリカルトの三悪により翻訳ミステリが食いつぶされた21世紀になってから現在まで続く読書のプロ暗黒時代に、いかにして 本格ミステリなる安直かつ幼稚な愚考が業界周辺までに浸透していったかというところから始まる。
(※注:このページで書かれている「本格ミステリ」という文言は、本格的なミステリを意味するものではなく、クラシックなミステリのトリック・謎解きなどを最重視したミステリ作品を指す、日本国内のみで使用されているミステリ用語です。)
発端となるのは、マッキンティが英ガーディアン紙に出した、密室ミステリベストいくつかとかいう記事。これに島田荘司の『占星術殺人事件』が2位にランクインしていたということ。まあ日本の作品が高く評価されてよかったね、で済めば 良かったんだが、日本の本格ミステリカルト信者はこれを、華文に続き島田ショックによる追随者が欧米にも現れた!日本の本格ミステリが今後多く出版されればやがて日本発の本格ミステリが世界を席巻するだろう、マッキンティはその最初の一人だ! ぐらいまで、極大解釈したわけだ。作家の作品を高く評価したら、即その作家の弟子扱いとは、ミステリ超後進国のミステリ原始人恐るべし、としか言いようがないわな。
そして日本では一部の勢力が、マッキンティを島田ショックによる本格ミステリへの転向者と完全に決めつけ、それに執着する。欧米の評価なんて全く関係ない。なぜなら日本では、海外作品を日本以外には存在しない本格ミステリとして指定するための方便、 「日本の見方」なる裏ワザが作られていたからだ。「欧米ではハードボイルドと言われているが、日本の見方ではこれは本格ミステリである」。これで解決。
翻訳ミステリ出版社早川書房にも浸透したカルト信者たちは、翻訳出版が進み、明らかにそうでないとわかってもその考えに執着し続ける。そして日本での翻訳最終作となった第6作『Police at the Station and They Don't Look Friendly』には 本格ミステリカルトの首魁である法月綸太郎を「解説」に起用することとなる。
長年続いて来た、海外作品は作者本人が絶対に見ることはないので何を書いても許されるという悪習を引き継いだ「解説」全体も酷いものだが、中でも特に許せないのが、このシリーズは主人公ダフィに子供も生まれたことで、安定と成熟から ハードボイルド路線は変更され、署員が協力して事件を解決して行く警察小説になるだろう、というような勝手な決めつけをしているところだ。つまりさ、ここで日本での翻訳が終わるのをいいことに、「ダフィシリーズが本格ミステリになるのはこれからだ!」 というような打ち切りエンディングを勝手につけたわけだ。そしてこれにつけられた帯のコピーは「仲間と家族ができ、怖いもの知らずのショーン・ダフィは弱くなった-」。こんなん明らかにこの打ち切りエンディングへ持ってくための誘導だろ。ふざけんな!
その他にも、『The Chain』の杉江松恋のオフザケ解説も本当に酷いもんだが、中でも最悪なのは島田ショックによる影響みたいなものを完全に既成事実として書いているところ。あのさあ、作者自身の本に「解説」なんて形で、「評論家」を名乗る人間が 書いたら、みんな公式のものだと思うんだよ。こいつらも出版社編集部ってところも、もうそういう責任ってもんを全く考えてない。
マッキンティ/ダフィシリーズに島田ショックによる影響も、「本格ミステリ」に向かう傾向もないなんてことは、読めば誰にだってわかる。こいつらは専門家を名乗りながら、そもそもマッキンティという作家にそうなり得るような傾向があるのかと考え、 きちんと作品を読んで検証しなければ迂闊に結論付けることが出来ないだろうという、至極普通の考えすら浮かばなかったってわけだ。
もうこんな奴らに少なくとも国産以外のミステリに関わる資格なんてないんじゃない?あーそうか、資格云々以前に、そもそも日本において「ミステリ評論家」なんてものは、必要スキルが出版編集部とのコネのみの職業だからねえ。

あまりにも幼稚で馬鹿の極みとしか言いようがない。まあ日本の翻訳ミステリってところが、最後にはどこまで劣化して終わったかっていう見本にはなるだろうが、そんなことは他の作品でやってくれりゃよかったのにな。
もはや日本の翻訳ミステリなんてもんについて書くこと自体が時間の無駄でしかないんだが、どうせ無責任体質で知らんぷりを決め込む連中ばっかりなんだから、誰かが言っとかなきゃなんないってだけだろ。
結局何を言ってみてもさ、大方がパズラー派対ハードボイルド派みたいな、カビが生えてミイラ化したような構図で解釈して終わりなんだろ。パズラー派が考える対立してるハードボイルドは、いつまで経っても大好きな『名探偵登場』の ピーター・フォークでな。日本はパズラー派の方が多いんだから、最後にはこっちが勝つって?何に勝つの?勝ったら世界のミステリがパズルミステリ中心になるの?結局その「勝ち」って思い込みの結果が、このあまりにも悲惨な マッキンティ/ダフィの翻訳出版なんだろうね。
だからさ、こっちはエルロイやウィンズロウの先のミステリって話をしてるんだよ。そもそもがパズラー派なんてものを対抗勢力だとすら考えてない。パズラー派を批判することで、現在のハードボイルドを語る上で意味がある事なんてもはや 何もない。その考えや基準じゃ、そもそも現在のミステリってものを全く理解も説明もできないだろって言うだけの話。もはやトリックも謎解きも、現代のミステリではそれほどには重視されていない。そこにこだわりその基準で選んだものを並べても それが世界の現代のミステリの状況を表しているものにはならない。いつまで「日本の見方」なんてエクスキューズが通用すると思ってんの?まあ結局最後は自分が思うミステリを守るために、ミステリ鎖国すればいいなんて結論に至るような 阿呆について考えるだけ無駄なんだよ。
例えばさ、ポピュラーでなんちゃってミステリファンに人気なのが、例のお手軽な謎解き娯楽としての鍵穴本ぐらいのところなんてことに何の問題もない。あーひと昔前のMWナントカみたいに洋書ミステリKindle買ったぐらいの 理由でしつこくアマゾンのおススメを埋めてくる本国版カバーはもう鍵穴じゃなくなってんのか? 一般的なミステリの人気の水準なんて日本以外でも、昔からあのくらいのもんだろ。売りたい書店員も、出版社も精々売ればいい。常に問題なのは、日本で専門家を自称する連中までがその水準だって話。 「ジム・トンプスンを一位にしたのはマズかったネ」で、実質的には海外作品がダン・ブラウンで、国産作品が『変な家』程度と同じランキングを、それより高級なミステリがあるような顔をして振り回してきたわけだ。 「本格ミステリ」なんていう、ミステリ初心者が簡単にミステリ全てがわかったような気分になる理屈を振り回して。
何度も言ってることだが、自分は「本格ミステリ」と呼ばれてきたような作品が書かれることを批判してはいない。だがそれは「本格的なミステリ」というようなもんじゃない。それを「本格」と言い続けることで、日本のミステリ理解は、いつまで経っても それが「本格」であったかもしれない遥かな昔に留まり続ける。あーどっかの揚げ足取ってロンパくんが、「それならハードボイルドがミステリの本格だというのか?」みたいなどこにも進まない足踏み論議吹っ掛けようとしてるんじゃない? 馬鹿々々しい。ミステリであろうが文学まで広げようが、そういう場では新しい作家が常に前のものを越えよう、価値観すら引っ繰り返そうと苦闘している。そんな場で、目先小手先で分かったつもりになってる「本質」や「定義」なんかで 縛りをかけようと考えること自体が、最低の害悪でしかないんだよ。「本格ミステリ」なんて呼ばれる概念があると考えること自体がクソだって話。
翻訳ミステリなんてそもそもが大して売れるもんじゃないだろ。そこで自分たちが思い込んでる日本で売れる形みたいなもんに見せかければ売れるなんて考えは最低最悪。これ以上海外作品を捻じ曲げるようなことで商売するつもりなら もう一日でも早く出版なんてやめてくれとしか言いようがない。どーせ翻訳ミステリなんて売れないんだからさ、もう諦めろって。うん、最後に鍵穴でちょっと稼げばいいが、間違ってもミステリの世界最高峰とか言い出さないようにね。

まあ何言っても意味ないし、時間の無駄でしかない。お前らのためにこんなことやってんじゃないから。どうせ今回のだって「こいつは「ハードボイルド派」だからその方向で書いてるだけで、「日本の見方」で見れば「本格ミステリ」になってるに 違いない」とか考えて、行間からそれを読み取ろうとか思ってんじゃない?無駄だからとっとと帰れよ。
あー、そうだ、お前らが気に入りそうなのをここに書いといてやるから、もうそういうもんだと思い込んで、それで帰れよな。

「子供も生まれ成熟・安定したショーン・ダフィは、キャリックファーガス署の面々の先頭に立ち、ベルファスト最大の密室殺人事件の捜査に当たる。神のごとき推理で真相を見抜いたダフィは言う。「ローソン、ファミマ(新キャラ)、イレブン(新キャラ)、 関係者を集めてくれたまえ」」

ほーら、もう帰った、帰った。

*  *  *

というところで阿呆どもは完全に追っ払ったと解釈し、あとはなるべく通常運転で好き勝手に書いて行きます。ちなみに、本編には新キャラファミマもイレブンも、誰も勝てない最強のコンビニ店員も登場しませんので。
あと、日本でのマッキンティの翻訳出版について語ると、どうしてもそういう腐った部分にばかり話が向かってしまうのだが、その一方で、大変優れた日本版の武藤陽生氏による翻訳に言及せず、そこに巻き込んでしまっていたのではないか というところには少々反省している。
武藤氏の翻訳は、ダフィのキャラクターや語りについての、原文からの再現度は非常に高く、翻訳されたものから未訳のものを続きで原文で読んでもほとんど違和感を感じさせない。言っとくけどそれ出来てない翻訳も多いからね。 中でも特筆すべきは、お馴染みクラビーのところ。原文で読むと、生真面目だが武骨でややぶっきらぼうな田舎者タイプで、その中にダフィの目を通してちょっと癖のあるユーモアが滲み出るというようなキャラクターなんだが、 そこに独特の喋り方を加えることでより親しみやすいキャラクターとなっていると思う。そしてお馴染みとも言える、メインカルチャーからサブまで広範囲に渡るかなりの量の言及を、ちょこまか小さい文字で注釈を入れることなしにそのまま進めてるところも 好感が持てる。まあこういうところで誰かさんみたいな、安直に物事に上下を付けられるような世界でぬくぬく暮らしてきたロートルは、無様に狭量な俗物っぷりを曝しちまうもんだがね。
そりゃあ翻訳ってものにも良し悪しはあるんだが、基本的にはあんまりその辺についての、特に批判になるような事は言いたくないというのが私のポリシーなんで。別の言語で書かれた本一冊を日本語の文章で書き直すというのは、それこそ作家に 準ずるぐらいの仕事だと思うが、その割に立場も弱くて相応の金ももらえてないんだろうというところなのだろうし。少し前には、まあ一番反発も来なくて攻撃しやすく、その一方で自分は色々分かってる面できるんで、翻訳の揚げ足取って叩いて ドヤ顔のクズレビュアーがかなりいて腹立ってたところもあるしね。
そんなわけでかなり不満をまき散らす一方でそちらについてはちゃんとフォローできなかったんで、ここで最後に(これでこういうこと言うのも最後になりゃいいんだが…)その辺について改めて書いておきました。日本版マッキンティ/ダフィについては、 編集部の駄目さにより解説・帯などのコピーについては本当に腹が立つが、作品自体の翻訳とカバーについては優れているので、クソ部分を無視すれば安心して楽しめる本になっていますので。

さて、第8作『Hang On St Christopher』に取り掛かる前に、第7作『The Detective Up Late』についてから始めなければならん。2024年にそちらについて書いた時には、その直前にそれまではハードボイルドについては一線を守ってきたはずの 翻訳ミステリ出版が、いともあっさりその線を踏み越え、テレビやマンガレベルでの出鱈目なハードボイルド指定を始めたことにブチ切れ、もう日本でハードボイルドなんて言ってもどうにもならんのだろうという絶望感の中、 その出版社が上記のような出鱈目な出版をしてきたことを改めて振り返らざるを得ないというところで、かなり荒れてしまった。
またその一方で、作品自体の解説がやや難しかったところもあるのだよね。
この作品は、まず序章として過去のダフィが制服警官から刑事に昇格した日の回想、「Sean duffy, Year Zero」から始まり、ストーリー上の現在、捜査の一線から引退する"ダフィ最後の事件"へと続いて行く。序章では小さな事件や社会的地位も高くない 犠牲者が深く顧みられない警察の状況の中で、自分はそういう者も護れる正しい警官になりたいという思いが描かれる。そして現在引退に際し、自分は良い警官でありえたのかという自身への問いかけが、『The Detective Up Late』の主題となる。
それは読めば明らかなんだが、前の時も書いたように、その思いというものが表立ってダフィの一人称による語りの中で語られることはない。そこんところをどう書くかという時点でまず悩んだ。
自分は英語で書かれた原書を読ませるのは、翻訳であれ日本語で書かれた本を読ませるより遥かに敷居が高いと思ってる。ゆえに作品について書くときは主題に沿ってまとめたあらすじではなく、より実際のストーリーの流れに合わせた書き方で説明し、 読み手をきちんと軌道に乗せなければ、その主題に辿り着く以前に本を放り出されてしまうケースも多いのではないかと考えている。
まあその二つの理由から、とにかくこの序章は長くなってもなるべく詳しく説明しなければならないという感じで始まるわけ。
そこから更にダフィがその最後の事件に取り掛かるまでも長かったりするのだが、そこから更にクラシックミステリの手法を使った、容疑者を3人並べたフーダニットの形が作られるところまでは紹介しなければならないということになる。
そしてそれが見事にこの作品のテーマと繋がって行くところが一番書きたいぐらいだったのだが、そこまで書くとネタバレになるよなあ、もうそこまでで半分過ぎてんだし…、という感じで自分としても少々やりきれなかったという気持ちが 強く残る結果となってしまった。
で、今回はそれに続く作品ということで、前回のネタバレもそこそこ許されるということにして、その続きについてやって行くので。

先に書いたような思いから、自身の最後の事件となったジプシー少女の失踪に、ある種の執着とも見えるような熱意を持って取り組んで行くショーン・ダフィ。そしてそれは殺人事件の様相を現す。
少女のそれ以前の足取りを探るうち、三人の容疑者が浮かび上がり、クラシックミステリでは一つの定番であるフーダニットの形が作られる、ってところまでは前に書いた。
そして、この中の二人は、一人が政府側から武装組織に潜入していたスパイ、もう一人は外国から送り込まれ潜入していたスパイであることが発覚し、容疑者から外される。そこでダフィが真相に気付き、真犯人が逮捕されるという流れになる。
例えば、クラシックな謎解きにこだわるようなところでは、スパイであることが発覚してもそれが犯人でないという理由にはならない、な~んてこと言いだす奴もいるだろう。だがこれはそもそもがそういうクラシックミステリの形式を形として 作っただけで、それに沿ったアリバイ崩しやらなんやらといった方法で解決に向かうためのものではない。つまりこれはこれまで書いてきたこの第7作のテーマ、自分は良い警官でありえたのだろうかというダフィの自身への問いかけに 直結するものだったのだ。
日本でも翻訳された第6作の結末で、上司でもあったJohn StrongがIRAからのスパイであったことを突き止め、Strongを二重スパイとして使うためのハンドラーという立場になり、表向きは捜査課を引退し、パートタイムの警官となって 年金を受け取れるまでの期間を過ごすというポジションにいたダフィ。
そこでこの結果は、結局は自分もこの二人と同じレベルの「悪党」なのではないかという思いを強く突きつけることとなるという形で、この第7作のテーマと直結することになる。クラシックミステリの謎解き犯人当てとしては不十分に見えても、 これはそもそもの使用目的が違うのだ。こんなやり方もあるのかと結構感心したもんだがね。

そしてこの思いは終盤、John StrongがIRAと秘密会合を持つというシーンに、ダイレクトにつながって行く。
自身の行動は既に相手方にばれているのではないかと、度々不安を訴えるStrongをなだめ、この秘密会合へと至ったが、精神的にも追い詰められているStrongの態度は相手にも不信を抱かせ、彼は危機に陥る。盗聴マイクを通じてその様子を 聴いていたダフィは、作戦の失敗も顧みず、周囲の制止を振り切り単身突入し、Strongを救い出す。
ちょっとここまで書いてしまうのはネタバレが過ぎるかとも思ったが、マッキンティは自身のSubstackに、最近この26章を公開してるので、まあいいかと思って書いてしまった。(adrian mckinty’s Substack / Chapter 26 A Short Film About Killing)
あと、前回『The Detective Up Late』で、紹介したかったがそこまで手が回らなかったところで、まだ前半ぐらいの7章の中だが、家族でスコットランドへ引っ越した後、仕事の際には一人で寝泊まりしているベルファスト側の元の家で、 壁に飾っているシュルレアリスムの大家ジョルジョ・デ・キリコの「The Return of Ulysses」(1968)について言及するところ。
部屋の中の絨毯の海でボートをこぐオデュッセウスの姿は、自分は何処かに辿り着けたのだろうかという、その時のダフィの心情を表しているように感じた。
本当はここに画像を載せたかったんだが、キリコの晩年のそれほど有名ではない作品で、使っていい画像が見つからなかったので、Wikiartへのリンクだけ付けたんで、そちらで見てください。

捜査課から引退するショーン・ダフィの心情という非常に明確なテーマながら、その思いを決してストレートに口にせず行動によって描くという、ハードボイルドクラシックの原点に則ったような作品。それがショーン・ダフィ第7作 『The Detective Up Late』である。
ということで、既に短いもの一回分ぐらいの長さになってしまっているんだが、ここからやっと第8作『Hang On St Christopher』です。

Hang On St Christopher


No Alibis書店は混んでいた。八つの席は埋まっていて、六人がその後ろに立っていた。キアラン・カーソンは、紅茶のマグカップ、数枚のA4紙、一冊の詩集を携え、控室より現れた。

そしてカーソンは詩の朗読を始める。聴衆の中には、シェイマス・ヒーニー、デレク・マホン、ポール・マルドゥーンらの姿もあった。そして詩オタクと作家志望たち。 「今夜のこの場はまるで、セックス・ピストルズがマンチェスターのレッサー・フリー・トレード・ホールで演奏したときのようですな」ダフィは言ってみるが、彼の戯言を理解した者はその場にはいないようだった。
そして朗読者への質問などが続き、数冊の本にサインをもらい、ダフィは書店を出る。
まだ時間は早い。7時。席を予約した帰りのフェリーは真夜中。
とりあえず、近くの電話ボックスからスコットランドの自宅のベスに電話をかける。今日の出来事や、帰りのフェリーの予定などの雑談。

ダフィは現在月に6日だけ働いている。それが退職時年金資格を得るまでの最小限の労働。ダフィは今は、3日連続で出勤した後、スコットランドで2週間は主夫として暮らし、それからフェリーで渡り、また3日出勤している。
一年前までは、退屈な書類仕事は、本来の警察内のIRAの二重スパイJohn Strongのハンドラーという仕事の偽装だった。だが、Strongがそのストレスから自宅での庭仕事の最中に卒中を起こし、死亡するまでの事。
偽装の書類仕事は、本物の書類仕事になり、時折交通整理に駆り出されるぐらいで、本格的な捜査関連の仕事に関わることもなくなっている。1995年、または1996年に年金資格を得るまで。

「退屈は良いことよ」ベスは言う。「退屈だと言ってるときは、あなたが暴動鎮圧や国境近辺のパトロールをしていないということだもの」
「もうそういうことに駆り出されることもないさ」ダフィは言う。「医者の診断書があるからな。俺の膝は痛み過ぎていてそういう仕事には適当じゃない」
「今夜は署に行くの?」
「少しだけね。勤務記録を提出しなけりゃならん」

ベスとの電話を終えたダフィは、時間つぶしにグレート・ヴィクトリア・ストリートの映画館へ向かう。
マルチプレックスのはずだが、かかっている四つの映画は、いずれもハリウッド製のアイルランド紛争を扱ったものばかり。興ざめして映画は諦める。
そしてダフィは、グレート・ヴィクトリア・ストリートにある1826年創業の歴史的な名物パブ、クラウン・バーへと向かう。
ギネス1パイントと店の奥に座っていると、モロトフが投擲され路上で爆発する、聞き違えようのない音が聞こえてくる。
通路を進み、大柄のバーキーパーに尋ねる。「何かあったのか、John?」
「暴動の類いさ。警察がオレンジ党の行進をオルモー通りで阻止した。それで奴らはレンガやボトルを持ち出してきた。お祭り騒ぎってやつさ」

これが今時のベルファストの7月。
以前はオレンジ党は北アイルランドのどこでも自由に行進し、警察もそれを保護してきた。だがここ数年は警察はオレンジマンたちのパレードがベルファストのカソリック地区に入ることを阻止している。
大抵はオレンジ党は伝統的なルートを平穏に進むが、時折警察の道路封鎖を破ろうと試み、結果暴動に至る。
しばしばカソリック住民の自警グループはオレンジマンを攻撃し、警察はその板挟みになる。そしてその結果、いつもそうであるように、双方の暴動グループ全員が警官を攻撃することになる。

非番の、パートタイムの警部としては、出て行って助力を申し出るのが義務だろう。
知ったことか。
ダフィはもう一杯ギネスを注文し、席に戻って一時間ほど買ったばかりの詩集を楽しむ。
外に出ると、通りは不気味に静まり返っていた。
ヘリコプターは街の西側を動き、辺りには燃えたタイヤと車からの煙が漂っていた。映画館の傍にはひっくり返った新車のメルセデス。目出し帽とデニムでめかし込んだ男たちが、通りを我が物顔で闊歩する。
王立アルスター警察隊の姿を探してみると、暴動地帯から遥か後ろに後退している。警察があんな後ろにいるなら、誰が通りを仕切ってるのか?

映画館の傍の立体駐車場に行くと、出入口の防壁は破壊され、料金所の係員はとっくに逃げ出していた。一階層の車は明らかに荒らされている。
自分のBMWが無事だったことに安堵し、車の下に爆弾が仕掛けられていないことを確認してから、乗り込みエンジンをかける。ラジオからはニルヴァーナが流れてきて、それと最近の音楽シーンについてのもはやお馴染みのひとくだり。
グレート・ヴィクトリア・ストリートを少し走ると、武装勢力による道路封鎖にぶつかる。目出し帽の男たちが燃えたタイヤを路上に放り、北への進行を妨げている。男たちは揃いのデニムジャケットを着込み、金属バット、ナイフ、マチェーテ、 最後の二人はソーンオフ・ショットガンで武装している。
武装勢力は停めた車の運転者に尋問し、答えが気に入ればそのまま行かせ、そうでない場合は車から降ろし、車をハイジャックし、歩いて帰させる。

Uターンできないかと思うが、後ろは渋滞していてそんな余地はない。誰もが市街から脱出しようとしている。警察と軍隊の姿はどこにも見えない。
もし武装勢力がプロテスタントで、彼がカソリックであることを知れば、彼を車から引き出し殺そうとするだろう。もし武装勢力がIRAで、彼がカソリックの警官であることを知れば、彼を車から引き出し殺そうとするだろう。
これがベルファストの7月だ。詩の朗読会、静かに落ち着き黒を一杯、バットと銃で武装したリンチ集団…。

そしてダフィの番がやって来る。銃を持った男が車の窓を開けるよう促し、尋ねてくる。「お前、どこへ行くんだ?」
「誰が訊いてるんだ?」ダフィは言う。
男は後ろを振り返り、ショットガンを持った男に言う。「こいつが誰が訊いてると言ってる」「それを訊いてるそいつは誰だ?」ショットガンを持った男が返す。
「私は君たちがIRAなのか、UVEなのか知りたいだけだ。君たちは明かに警察じゃないだろう」ダフィは言う。
ショットガンの男が進み出て、ウィンドシールドを叩く。「質問してるのは俺たちなんだよ!」
くそっ、いつものように俺の大口が事態をややこしくしてしまったか。
ショットガンの男を注意深く観察する。首にアルスターの文字が入った金のチェーン。ロイヤリスト準軍事組織、UVFあるいはUDA。

そして最初の男がもう一度尋ねてくる。「よし、質問に答えろよ。お前どこへ行くんだ?」
「キャリックファーガスだ」
「キャリックファーガスのどこだ?」
「コロネーション・ロード、ヴィクトリア・エステート」
「ヴィクトリア・エステートって言ったのか?お前ボビー・キャメロンを知ってるか?」
「ボビーならよく知ってる」
「どんな奴だ?」
「太ったブライアン・クラフって感じだ」
「ハッ、そうだ!そいつだ。いいだろ、行っていいぜ。ちなみにいいBMWじゃねえか」

ボビー・キャメロンと知り合いだったことで運よく災難を逃れたダフィ。
次に当たった道路封鎖では、とことん下出に出てつまらない会計士だと言って、嘲笑されながら抜け出す。
三番目の道路封鎖を抜けた時、まっすぐ北に向かい市街から抜け出すことを諦め、西のカソリック住民地域を迂回して行くことにする。
やっと安全地帯へと抜けた時、ダフィのハンドルを握る手は震えていた。バックミラーをのぞくと、ブルーグレーの目の中に恐怖が浮かぶ。怖れたことなんてなかったんじゃないのか?それがあの小僧たちにやられたことだ。突如として、 お前はリスクを背負う。失う何かが。

なんとかベルファストを抜け出したダフィは、ジョーダンズタウンのパブに立ち寄る。地元民以外お断りといった風情のパブ。
まだ俺には神経をなだめ、渇きをいやす一杯が必要だ。バス・ペールエール半パイントだけでいい。
ダフィはスツールに座り、大柄なバーマンに向かい半パイントのバスを注文する。
「時代は変わったもんだな」バーマンは言う。
「どういうことだい?」
「昔は、よそ者がパブに入って来て、半パイントを注文すりゃ、誰もがそいつをオカマ呼ばわりしたもんだがな」
ダフィに酒を注ぐ気もなく追い払おうとするバーマン。一番簡単な選択は、このまま去ることだ。そして二番目は警察官の身分証を出すこと。そうすればこいつは酒を注ぐ。
だが、ダフィはそのどちらもやる気分ではなかった。

「あんた俺を他の誰かと勘違いしてるようだな」
「これは俺の店―」
「俺の目を見て、そこに何が見えたか話して欲しいんだがね」
そしてダフィはバーマンに、その目の中の彼が殺した男たち、追いつめた男たち、追い払った男たちを見せる。
こんな場所のバーマンになるなら、人間の本質というものについて少々学んでいなければ勤まらない。
バーマンは半パイントを注ぎ、「くつろいでくれ」と付け加える。
「感謝する」ダフィは一息に飲み干し、パブを出る。

ここまでが14ページの第1章「Never Go To Belfast In July」。ベルファストとダフィの、ストーリー時点での現在について描かれる。やっとのことでキャリックファーガス署に到着し、ここからが本編ということになる。

駐車場にBMWを駐めたダフィは、勤務記録提出のために上階へ向かう。パートタイムとなったダフィには、もはや自身のオフィスはなく、捜査本部の片隅の机をクラビーと共同で使っている。
勤務記録を事務のMabelに渡すと、マッカーサー主任警部が探していると言われる。
帰りのフェリーの時間もあり、面倒事は避けたいダフィ。捜査課の仕事ならローソンに言えばいいだろうと言うと、ローソンは休暇でテネリフェ島に行っていて来週まで戻らないとのこと。
自分のことは見なかったことにしてくれと言い置いて、急いで署を出てコロネーション・ロードの家に帰る。

コロネーション・ロードの家はもう一年以上「売地」の看板を出しているが、いまだに売れない。値段を下げれば売れるのは分かっているが、この家への愛着といったものがダフィにそれを躊躇わせている。
時間は9時15分。フェリーの時間まではまだある。トマトスープの缶を温め、ブライアン・イーノの「Music For Airports」をかけながら寛いでいると、ドアに乱暴なノック。
用心のため銃を携え、玄関の覗き穴から見てみると、そこに立っていたのはマッカーサー主任警部だった。
静かに戻ろうとすると、マッカーサーが言う「そこにいるのは分かってるぞ、ダフィ。車もあるし、音楽も聞こえる!」
「ダフィ、開けろ!そこにいるのは分かってるぞ!君以外にそんなレコードをかける奴などおらん!」
しぶしぶドアを開けるダフィ。「やっぱりいたな!私は君が家にいて、電話もとらないことはわかってたんだ!」

マッカーサーの用事とは、ダフィも薄々感付いていた通り、ローソン不在の状況で起こった事件、おそらくは殺人事件の捜査を仕切って欲しいということだった。
前作から登場したローソンの直属の部下となり、巡査から刑事に昇格した女性刑事Warrenも、まだ訓練中ということで担当させられない。クラビーも、奥さんの言うところでは、農産物の品評会に行っていて不在とのこと。
彼が引き受けてくれなければ、捜査はラーン署が担当することになる、と言うマッカーサー。それはダフィにとっても望むところではない。

事件については、単純な殺人事件と思われる。車を盗んで乗り回す連中が、ベルファスト・ロードの男の家の前から車を盗もうとして、男が抵抗したため胸を撃った。近所の話では男は画家だったらしい。
ダフィは、捜査に携わっている時間の給与を超過勤務手当として出すこと、そしてスコットランドで待っている妻ベスからの許可が出たならという二つを条件として出す。
最初の件についてはマッカーサーが了承し、ダフィは自宅に電話をかける。
ベスは、ダフィがパートタイムとなりスコットランドの家にいる間、ずっと内心では警察捜査に関わりたくて仕方なかったことを見抜いており、夢がかなったじゃない、ぐらいのことを言って了承する。
更にクラビーも捜査に加われるようなら、同条件の給与が払われることをマッカーサーに確認させる。電話に出た奥さんにそのことを話し、事件現場の住所も伝える。
そしてダフィは、マッカーサーと共に事件現場へと向かう。

被害者のエドワード朝風の邸宅が建つ地域は、医師や弁護士などが暮らす暴力事件とは無縁の場所だ。だがいかす車をかっぱらおうとするガキどもにとっては格好の場所とも言えるだろう。
マッカーサーは、ダフィに任せて現場を去り、クラビーが現れる。近況を話し合った後、現場に来ていた鑑識のフランクに会いに行く。
しばらく姿を見ないんで、副署長の女房に手を出したかなんかで、自殺ものの国境パトロールに飛ばされたかと思ってたぞ、とフランク。
フランクの所見でも、単純な事件とのこと。車を盗もうとした奴がいて、それを阻止しようとして撃たれた。12ゲージのショットガン、4フィート以内の距離から撃たれた。

ダフィとクラビーは現場を見に向かう。遺体にはシートが掛けられ、周囲のショットガンの弾が飛んだ地点にはチョークでマーク。盗まれた車が発車するときのスキッドマークを現場証拠写真として撮影している。
遺体のシートをめくってみる。胸に大穴が空き、顔が半分なくなった陰惨な死体。
着衣はスポーツジャケットに白いシャツ、ブラウンのスラックス、靴はナイキのスニーカー。ジャケットを触って見ると、コットンリネンの高級な手触り。ラベルを見ると、Thomas Browne and Company。ダブリンの老舗の高級テーラーだ。
ダフィとクラビーは、一見単純な現場の状況に疑問を持つ。
被害者の財布は残されていたが、ショットガンの薬きょうは見当たらず、犯人が持ち去ったと思われる。衝動的な行動としては疑問が残る。
被害者は胸を撃たれた後、頭部を撃たれているが、車の前で撃たれたのならあるはずの、割れたガラスや塗料の破片といったものはない。
周囲の弾の状況から見て、被害者は倒れた後に地面に向けたショットガンにより頭部を撃たれている。処刑。これは意図を持った殺人だ。
同日に自身もカージャックの被害に遭いそうになったダフィ。この地では頻繁に起こる事件だが、実際に殺人にまで発展するのはまれだ。これはこの地での暴力犯罪事件の激化なのか?

被害者の名前は、Quentin Townes。とりあえずは近隣の聞き込みから始める。
Townesは独身の一人暮らし。近所と問題を起こすこともない良き隣人だが、家族・親戚関係などが訪ねてきたところを見た隣人はいない。
画家として実際にどのような活動をしていたのかは不明だが、近所の人の肖像画を描き、気に入ったらそれに対し料金を払ってもらうというような活動をしていたらしい。評判についてはまちまち。
だがその中で、隣人の男性は彼にちょっとした違和感を持っていたと話す。Townesは銀行口座を持っておらず、電気料金などはわざわざ市街まで行き現金で支払っており、身分証明書の類いも所持していないようだったということ。

ダフィは現場の制服警官の一人に、Townesの電気料金の支払い状況、一般的な人物調査として、パスポート、運転免許証、そして犯罪歴などについて調べるように命じて、家の中の捜索に移る。
Townesの家の中は、多くの彼が描いたそれほど印象的ではない肖像画などはあるものの、基本的には没個性な様子。運転免許証などの身分証は見つからない。
その中で、壁にかけられたピカソのエッチングがダフィの目を惹く。これは本物か?
やがて、基本的な人物調査の結果が伝えられてくるが、電気料金は常に現金で支払われている他、Quentin Townesの名で登録されたパスポート、運転免許証もない。
Quentin Townesとは被害者の偽名なのか?

そこでマッカーサー主任警部が現場に戻って来る。
ダフィは被害者Townesが偽名を使っていたらしいと告げる。その理由は様々に考えられるが、現在のところは不明。
マッカーサーからのニュースは、盗まれたTownesの車が見つかったということ。だが、火炎瓶を放り込まれ完全に焼けていて、指紋等が見つかる可能性は低い。あらかじめガソリンをかけてからと念入りに燃やされており、遊びの車泥棒としては 手が込み過ぎているが、殺人に発展してしまったために証拠隠滅に注意深くなったとも想像はできる。

現場に向かおうとしたところで、Townesの家の電話の通話記録が届けられる。
一目でわかる不審な様子。多くの通話がダンドークのポイント・ロードの公衆電話からかかり、こちらからも発信されている。
ダンドーク?現在IRAの軍事評議会本部がある、国境の向こうのアイルランド共和国の町だ。多くのIRA主要人物は、ベルファストを去り、ダンドークを拠点としている。地元警察も手を出せない、IRAの町とも言っていい状況だ。
殺害された人物は、IRAの関係者だったのか?

疑問を抱えたまま、ダフィ、クラビーとマッカーサーは、盗まれた車が燃やされた現場へと向かう。
ダフィの住むヴィクトリア・エステートから数キロと離れていない場所だが、荒れた地域で、あからさまに警察に向けて敵意を向けてくる、若者を中心とした住民に囲まれながら捜査は進められる。
ダフィとクラビーは、燃やされた車の近くのアスファルトにタイヤ痕を見つける。大型のバイクか?
住民たちともめながら、ダフィは車を燃やした男があらかじめノートンと思われる大型バイクを近くに駐めておき、車に火をつけた後それで走り去ったことを訊きだす。
目出し帽にレザージャケット。それ以外の特徴は分からない。

事後の逃走手段まで用意して、車泥棒に見せかけた計画的殺人。
殺害されたのは、素性を偽装したIRAとの繋がりも疑われる謎の人物。
単純な暴走した若者による突発的殺人と思われていた事件は、複雑な様相を現して行く…。

*  *  *

と、導入部分のあらすじを紹介すればこういうところなんだが、うーん…、また次を紹介するまでここから見えるそこまでじゃないんだけどなあ、みたいな気分を抱えるのも嫌なので、なるべくネタバレにならんよう気を付けてもう少し先の展開まで 書いておく。まあ極端な話、真相やら結末を書かなきゃネタバレにならんのだろう?勝ち負けだけは伏せて試合展開を話すのと同じ、という都合のいい拡大解釈で。

被害者Quentin Townesの正体、そしてIRAとの関係と、素性を隠しそこに潜伏していた目的は、次第に朧気ながら見えてくる。
そしてダフィたちは国境を越え、アイルランド共和国へと赴き、そこでIRA武闘派の大物と対峙することとなる。
事件に関する大まかな輪郭は見えたが、殺害犯についてはベルファストのプロテストの対抗勢力のいずれかで、多くのこの地での事件と同じように特定できないまま終わるのだろうという思いを抱きながら、休暇から戻ったローソンに 事件を引き継ぎ、ダフィはスコットランドの家族の元へと戻る。
だがそこで、ダフィ個人に向けて新たな情報がもたらされ、その手掛かりを単身で追うことになるのだが…。

うん、色んな真相とか結末とかは書いてないからこのくらいはいいよな。
事件を追ううちに見えてくる、この時期のアイルランドのある地点へと向かう状況、そして一方では事件を追えば相変わらずの無鉄砲な猟犬ぶりを発揮するが、時には完全にパートタイムとなり引退を待つ身となった自分の状況に鬱々とする ダフィというような、次作で完結となる直前という感もある第8作。
タイトルはトム・ウェイツの『Hang On St Christopher』から。安全な旅を司る聖クリストファーに、ちょっと待てよと呼びかけ、途上で起こってるカオスを伝えるというような曲かと思う。安全な向こう岸にアイルランド情勢を導いている 聖クリストファーに、ちょっと待てよ、と呼びかけるといったところか。"750ccのノートンが一月のドアをぶち破る"なんてまんまの歌詞も出てくる。
ちょっと待てよ、助手席の聖クリストファー/今夜そこを開けると悪魔が乗り込んでくるぜ

後半には、もはやマッキンティのお家芸といった感じもある絶体絶命状況からの脱出もあり。
えーと、日本的にはどうだか知らんけど、自分のようなファンには嬉しいMichael Forsythe(Michael Forsytheトリロジー)とKillian(『Falling Glass』)のカメオ出演もあり。『Falling Glass』については、結局まだ未読なんだけど…。 Forsythについては、既にアメリカに渡った後で、その際に旅費が足らなかった彼に少し都合してやったことなどで、直接の登場はないが、Killianについてはそこそこ重要な役割をする。あ、これ詳しく言っちゃうとネタバレ案件なのだけど。

一年ほどまともな警察の捜査からは離れており、その辺のブランクを指摘されたりすると、俺はまだ錆びついちゃいないしそんなジジイでもないぞ、と怒りを燃やす一方で、暴走の挙句、俺はこんないい年して何やってんだと両極端を 揺れ動くこの時期のショーン・ダフィ。
というところで、ここでマッキンティが描く、ショーン・ダフィの格好悪さって言うところに触れておきたい。
ハードボイルドというところでは、まずクラシック時代には、例えば日本でそういうものがハードボイルドだと思い込まれてきて、今でもそう思い込んでるような、ある種マッチョ的でもある鉄面皮な格好付けというようなものがある。
そして時代を経てからは、そこをもう少し柔らかく、人間的に見せようという意図から、そこからの自嘲というようなものが盛り込まれていったり、その方向ばかりで書かれるような作品も登場する。
このシリーズでも、その両者の手法は使われているんだが、更にその上を行く、なんかのきっかけで思い出しチクショー!となるようなタイプの、自嘲でなあなあにできないようなダフィの格好悪いやらかしが挟み込まれるのも このシリーズの特徴とも言える。

まず翻訳されたところでは、第6作の気取ってアルヴォ・ぺルトをかけたらゲイで誘ってると思われたとか。
前作第7作では、冒頭から得々とワーグナーとナチスの関係について語るのだが、中盤あたりだったと思うが、引っ越しのなんだかんだで会った同じくレコードマニアである父親が、全く同じことを言い始めて、ちぇっとなったり。
この作品では、最初の方の「今夜のこの場はまるで、セックス・ピストルズが~」と話すが全く同意されず無視されるという場面がある。ここではそういうことがあったぐらいに一見さらっと流しているんだが、ダフィは内心では かなり悔しかった気持ちが残っていたようで、しばらく後、もう中盤近くかと思うが、車でセックス・ピストルズを流していたチンピラに、「ゴッド・セイヴ・ザ・クイーン」についての自分の解釈を、延々と語るシーンが出てくる。 実はこれ1ページ目のところで、後のちょっと違和感のあるそのシーンが出てくるときには忘れていたんだが、今回再読してあーこれがあってのか、と気付いた。
他にも、マッカーサー主任警部から今回の事件を頼まれるときにも、表向き、読者に対してもそんな面倒なことはやりたくないというような態度をとってみせるのだが、奥さんに指摘されるまでもなく内心ウキウキなのが見え見えだったり。
更に、冒頭第1章のやっとのことでベルファスト市街から抜け出し、入ったパブで酒を出してくれないバーマンに凄んでみせるところなど、まあ日本の間違いだらけの「ハードボイルド精神」から見るとこれぞハードボイルド!ぐらいに 見えるかもしれんけど、実際には市街で暴れてた武装集団に散々脅された腹いせだからね。
これがハードボイルドの新しいスタイルなんぞと大仰にまで言うつもりもなく、まあエイドリアン・マッキンティって人の独特の底意地の悪いユーモアに由来する部分だろうが、こういうのがショーン・ダフィという人物を より親しみやすく見せているというところは間違いないだろう。

あと、音楽を使ったネタとしては、一旦コロネーション・ロードの家に帰ったダフィが、イーノの「Music For Airports」を聴いているととマッカーサーがやって来てドアを叩くというシーンがある。
「Music For Airports」といえば、言わずと知れたぐらいのアンビエントミュージックの草分け的名盤だが、よっぽどの大音量でかけなきゃ家の外まで聞こえるものではないし、そもそもそういう聴き方をするものでもない。 うーん、これも時々ちょっとわかりにくい音楽ギャグの一つなのかなあと思うけど、なんかいまいちそう断言もできない。もしかしたらマッキンティは「Music For Airports」を大音量で楽しんでいて、そういう聴き方を 奨励したいと思ってるのかもしれんしね。まあここは、「効果的に使われている」とか言ってお茶を濁しとこうか。

マッキンティという作家の上手さの一つとして、時として不意に読者の足をハッと止めさせるような、美しかったり印象的だったりするシーンを挟み込めるというところがある。
この作品で自分的に最も印象的だったのは、もう終盤あたりなのだが、ある手掛かりを追い、飛行機を乗り継いでアイスランドに降り立った中でのシーン。その地で完全に手掛かりを見失ったと思ったダフィは、失意の末にスコットランドの家に帰ろうと 諦め、深夜空港に向かう。だが、その時期白夜であったアイスランドでは、明け方に近い真夜中でも真昼のように明るく、その一方で空港はその時間ゆえ人気が全くなく、眠そうな警備員がポツンといるだけというシュールな場面に遭遇する。
その他にも、ベルファストと、スコットランドの自宅の双方からそれぞれその方向を眺め、その物理的な近さと状況的な遠さに思いをはせるなんていうところも印象深かった。

最近マッキンティは、自身のSubstackで自分が作家になるきっかけや助言を与えてくれた心の師というような作家たちについて語っているのだが、その筆頭に挙げられておるのが詩人シェイマス・ヒーニーで、冒頭の詩の朗読会に出席している。 その後に続くのがケン・ブルーウン、ダニエル・ウッドレル、ジェイムズ・サリス、ダン・シモンズ、そしてロースクール時代にSF研の講演会に来てくれたSF作家テリー・プラチェットとなっている。
あと、そこまで書けなかったのだが、燃やされた車の残骸を見て、J・G・バラードが見たら喜ぶだろうなと思う場面もある。調べてみたらクローネンバーグの『クラッシュ』はこの作品の時点よりもう少し先か。マッキンティは バラードについても度々言及してるんだが、そのたびにバラードというのも生きてる間にちゃんと読んどかなきゃならない作家だよなと思わされる。いや『ヴァーミリオン・サンズ』については常に手近なところに置いとくぐらい好きだったりするのだが、 バラードの主要な問題作ぐらいのところは色々タイミング合わなくてことごとく読み逃してるんだよな…。ここらで本格的に取り組むか。なんかバラードとか、Stephen Graham Jonesとか、ハードボイルド作品でぎちぎちの読書予定リストに なんとか割り込ませて読まなければならんと思うような作家も山ほどいるよねえ。

最後に問題のクラッシックミステリネタというところについて。
マッキンティがなぜこのシリーズにそれを持ち込んだかについては、前作『The Detective Up Late』について書いた時、ケン・ブルーウンがどうとかとかない知恵絞って書いてみたりもしたが、最近は結局アレかなと思っている。 ほら、ジョセフ・ノックスが使ったあの手。
英国のミステリ読者というのは、ポピュラーなという言い方が正しいのかわからんけど、まあ日本のテレビミステリが断崖絶壁解決なのと同レベルで、いまだにクラシック的な謎解きを好むところがあるようで、まあまず新人の時は その手で売り上げや知名度を伸ばし、ある程度のところに落ち着けたら本当に自分の好きな作品を書くという手段。
近年の英国ではノックスが成功例となるんだろうが、多分その他にもこの手を使おうとしている作家は多いんじゃないかな。まあ近い状況でもある日本でもこの手が使えんかと思う人はいるのかもしれんが、このミステリ超後進国では ロートルミステリご意見番気取りのみならず、自称ミステリ評論家なんてとこまで行ってみても、「作風を変えた四作目以降は駄作」とかふんぞり返って言うレベルなんで、まず無理だろうがね。
今でこそまだ苦労しつつも米国に基盤を置くマッキンティだが、ダフィ・シリーズを始めるときにはまだ英国作家で、一部では評価も高まりつつあってもまだそこまでの知名度はなく、このくらいのことは考えただろうしね。 まあこの人がそういうことをやりかねん人だというのは、米上陸の2作を見ればわかることだしね。

SNSなどでも度々言ってるところだが、マッキンティはこのシリーズを最初は三部作として考え、それが六部作、最終的には九部作ということになったということ。
最初から見て行けば、第1作は見立て殺人と時刻表ミステリというクラシックネタ。第2作については何というのか知らんが、前々世紀とまではいかんけどそこそこ古いトリック。そしてこの第1作、2作については、トリックが解決した結果が 直接結末に繋がるような古いミステリ形式をとっている。
その辺の九部作までの構想の拡大がどの時点であったのかは不明だが、この辺りでマッキンティはこのシリーズを全作この形にしては自分の考えるストーリーが語れないだろうと考えたのではないかと思う。そこで、そういった クラシックミステリ的手法をを作中にガジェット的なものとして使うという方向にシフトしたのではないか。
第3作における密室トリックは、直接結末に繋がるものではないし、第5作の密室もトリックそのものよりなぜそれが仕掛けられたかという方向が重要になっている。そして前述のように、第7作ではクラシックミステリ風に容疑者を 並べて見せるが、それはアリバイや動機といったクラシック方向の謎解きに進むわけではなく、作品のテーマという方向で使われる。
シリーズ全体の流れを見れば、第3作という時点で当初のクラシック手法を取り入れたというところからシフトチェンジをしたのは明らかに見える。そしてまあ自分の憶測が正しいなら、英国市場で売り上げを伸ばすためという目的も、 さほど意味をなさなくなってきたと思われる。そして言うまでもないことだが、ミステリ超後進国が期待するようなクラシックなパズルミステリ方向の作品を目指す意図もないのも明らかだ。
ではなぜ、作者マッキンティはこのシリーズにクラシックネタを持ち込み続けることに執着したのか?
そこで注目すべきは、前作の時にも書いたこのシリーズの中でクラシックネタが使われているのが、1、3、5、7の奇数巻だというところ。あーわざわざ言うまでもないが、もちろんこの第8作ではそういうのはないからね。そして 次に来るのは奇数巻である最終作の第9作。これは最後に何か大掛かりなクラシックネタを使おうという意図で、これまでのはそのための布石だったのではないか?と私は考える。神のごとき推理でw。
あれじゃないかな、という予想はあるんだが、ここでは書けない。いや、間違ってたら恥ずかしいからということじゃなく、当たってても絶対言えないやつだから。まあ予想ついた人もいるんじゃない?そんなわけで、第9作が 出て、私の予想が当たってたら、ただ当たってたとだけ言うし、間違っていたら、神のごとき推理wで何を考えていたかちゃんと書きますので。んーまあ外れる確率は高いんじゃない?作家っていうのは、常にただ読んでるだけの奴なんかの 上を行くもんだからねえ。

…というところだったんだが、ここに来てマッキンティから気になる発言が。9月上旬ぐらいのSubstackに掲載されたものなんだが、続く第9作はこれから書き始める所だが、新しいアイデアが浮かんでどちらを書こうか考えている ということ。両方書くという選択もあり得るとのことだが。
元々考えていたものは、ダフィが完全に警察から引退する前に遭遇した最後の事件というものだったようだが、新しいアイデアの方は更に後、2000年代初頭、北アイルランド紛争が終結し、平和になった時代にスコットランドで暮らしている ダフィのもとに昔の友人が助けを求めてやってくるというものらしい。
つまり元々考えていた構想はお蔵になるかもしれないということ。えー、私の神のごとき推理は…?
まあそんなもんはどうでもいいんだが、私の意見を言わせてもらえれば、そりゃあどっちも書いてくれよということに尽きる。
Michael Forsytheトリロジーの最終作で、平和になったベルファストに立ったForsytheが、様々な感慨を持ってその未来にも思いをはせるシーンに感動した自分としては、そこに立つダフィも見たいという気持ちは大変に強い。 だが元々の形がどんなものだったのかも絶対に見たい。両方書いてくれよ。
でもねえ、作家本人の立場として見れば、元々終わりだと考えていたものを終わりでなくして、そこに新しい終わりを繋げるというのもどうかという感じになってしまうのだろう。九部作じゃなくて十部作になっちゃうし。 しかしまあそこのところは実力派で、いい意味でもちょっと悪い意味でも器用なマッキンティのことだから、うまく持って行ってくれるんじゃないかなあと思う。どっちもお願いしますよ、が私の希望である。

ただなあ…、ここで一言言わせてくれ。
第9作もうとっくに書いてて出版待ちだと思ってたけど、これからかあ…。
これから書いて、出版されるのは早くて2028年。そこから更にこちらの手に届くようになるのは2030年とかかも…。そこから更に続巻があるとなると…、それまでこれ続いてるかね?
唯一の希望としては、そろそろ現在のBlackstoneとの契約が終わって、シリーズ丸ごともっとまともな別のパブリッシャーに移籍して、出版当日に日本からでも電子書籍でも読み始められるということになってくれないかということだが、 まあ世の中ってなかなかそういう風に上手く動かんからねえ。うん、きっとぼんやり生きてりゃ2030年なんてすぐだよと思うようにしようっと。 ジェイムズ・クラムリーが80年代ぐらいにはもう新しい作品は出ないんじゃないかぐらいに思われてて、90年代になって少し精力的に書き始めたり、ジョー・ゴアズのDKAも80年代ゴアズがTVとかの仕事で忙しくて10年以上ブランクがあったり ということもあったんだが、今となって見ればそれほどのことにも思えない。マッキンティのこの停滞も、後になって見れば、アメリカに渡りしばらく出版に苦戦したぐらいのものでしかないんだろうと思うが、リアルタイムで次作を待ってる 当事者となってしまうときついものではあるよね。とにかくなんにしてもショーン・ダフィ第9作は必ず出ます。気長に待とう。

Xでも頻繁に近況を伝えてくれるマッキンティだが、特にSubstackでは長文が使えるということで、ダフィ中編作3本を始めとして注目すべき記事は多い。その中でも最近の注目は、書かれなかったジェームズ・ボンド作品のあらすじを紹介した 「James Bond: The Last Agent」。
これは数年前に英国の出版社からボンドの新作を書かないかという話があり、そのために作ったストーリーで、本人もGOサインが出るだろうと思っていたのだが、最終的にもっと伝統的で華やかなものに決まり、没となってしまったので こちらにあらすじを発表したということ。
書かれていればいい作品になっていただろうな、と残念だが、まあそれほどボンド作品に思い入れもない私の言うことだし、この新ボンドシリーズって、読書のプロ暗黒時代の「日本の見方」による世界のミステリの二大巨頭が 書いてたりするもんだしね。
もし書かれていたら、他の作家なら書かないボンドのちょっと格好悪いやらかしとかもあったかもしれないしね。
とにかくこういう形でも、マッキンティ作品を少しでも多く読みたいと思っている身としてはありがたいですよ。もしかしたらダフィの最後もどちらか没にしたら、こんな形であらすじ教えてくれるかもね。

長くなったし遅くなった…。うんざりする部分は先にさっさと終わらせて、あとはどう書くかさほど悩むこともなく順調に進んだのだけど、物量的に長くなったのと、用事やら体調やらでもたついた結果だろう。とか言っても、寝込んだり それほど長く中断することもなかったのだが、ちょこまかとしたマイナスの積み重ねか。
前の第7作『The Detective Up Late』がかなりひどいことになってしまったので、何とかそこのところは取り戻せたかぐらいには書けたんだが、先に積み重なってる書かねばならんことが多すぎて、いまいち一山越えた気分には なれないんだが。次のダフィが早く読めるといいですね、ぐらいで早く次に進まねば。書かなきゃならないものも、とりあえず書けないものもどんどん読んで行かなきゃ、って感じで終わります。

Sean Duffyシリーズタイトル引用曲一覧

シリーズの各タイトルは、全てトム・ウェイツの曲の歌詞から引用されている。以下はその一覧。第9作に関しては未出版だが、既にタイトルは発表されているので対応する曲、アルバムを掲載している。

タイトル 曲名 収録アルバム
The Cold Cold Ground Cold Cold Ground

Franks Wild Years

I Hear the Sirens in the Street A Sweet Little Bullet from a Pretty Blue Gun

Blue Valentine

In the Morning I'll Be Gone I'll Be Gone

Franks Wild Years

Gun Street Girl Gun Street Girl

Rain Dogs

Rain Dogs Rain Dogs

Rain Dogs

Police at the Station and They Don't Look Friendly Cold Water

Mule Variations

The Detective Up Late Bad as Me

Bad as Me

Hang On St Christopher Hang On St Christopher

Franks Wild Years

The Ghosts Of Saturday Night The Ghosts Of Saturday Night

The Heart of Saturday Night



■Adrian McKinty著作リスト

〇Sean Duffyシリーズ

  1. The Cold Cold Ground (2012)
  2. I Hear the Sirens in the Street (2013)
  3. In the Morning I'll Be Gone (2014)
  4. Gun Street Girl (2015)
  5. Rain Dogs (2016)
  6. Police at the Station and They Don't Look Friendly (2017)
  7. The Detective Up Late (2023)
  8. Hang On St Christopher 未定
  9. The Ghosts Of Saturday Night 未定

〇Michael Forsytheトリロジー

  1. Dead I Well May Be (2003)
  2. The Dead Yard (2006)
  3. The Bloomsday Dead (2007)

〇The Lighthouseトリロジー

  1. The Lighthouse Land (2006)
  2. The Lighthouse War (2007)
  3. The Lighthouse Keepers (2008)

〇その他

  • Orange Rhymes With Everything (1998)
  • Hidden River (2005)
  • Fifty Grand (2009)
  • Falling Glass (2011)
  • Deviant (2011)
  • The Sun Is God (2014)
  • The Chain (2019)
  • The Island (2022)


●関連記事



●Michael Forsytheトリロジー

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2026年9月9日水曜日

Iain Ryan / The Strip -1980年代オーストラリア警察の暗黒を描くゴールドコースト四部作 第1作!-

今回はIain Ryan作『The Strip』。2023年に出版されたオーストラリア、ゴールドコーストを舞台としたGold Coast四部作の第1作です。
1980年代、オーストラリアのクィーンズランド州警察では組織的な大規模な腐敗が広がっていて、80年代末になりそれについての調査が行われ実態が明らかにされ、オーストラリア国内に大きな衝撃を与えることとなった。この四部作は、 それをモデルとして、同じく1980年代を舞台に、オーストラリア、ゴールドコーストでの警察の腐敗、犯罪を描いた作品である。

こういう作品があることを知ったのは、今年の初めぐらいだったと思うが、結構長い間オーストラリア犯罪小説事情では唯一の頼りとしてきた作家Andrew Nette氏のSubstackから。こいつはオーストラリアのエルロイのアレだぞ!という情報を聞き、 えっ、そんなのあるなら今すぐ絶対に読まなきゃ!、となり直ちにアマゾンで検索したんだが、なんか事情は分からんがその時はKindle版でこの第1作『The Strip』は販売されてなかった。どーすっかな、2作目から読むか、それともプリント版を 買っちまうかと、考えながら時々思い出したように見ていたところ、5月ゴールデンウィーク期頃にこの作品のKindle版も販売されているのを発見!即購入し、その時点での読書予定リストの先頭にねじ込み読み始めたという次第。 だってオーストラリアのエルロイのアレだぞ。そんなの絶対に読みたいだろ。

まずは作者Iain Ryanについて簡単に紹介。生年などは公開されていないのだが、最近のSubstackで自身が作家になるまでの経歴というようなのを書いていて、40歳で2017年の『The Student』を出版と書いているので、逆算すれば 1977年ということになる。公式なもんではないので、まあ大体その辺ということで。
若い頃はミュージシャンで、音楽評論家としても活動。現在もそちらは続いているらしい。30代後半でメルボルンの大学で現代音楽の講師の職を得たともあるので、結構アカデミックな方向もあるのかも。
2015年、最初の中編小説『Four Days』を出版し、ネッド・ケリー賞Best Debut Crime Novelにノミネートされる。だが、そこで出版社が閉鎖となり、Tunnel Island三部作となる続く2作を自費出版にて出版。だが、その辺の困難さにより自費出版は断念する。
そして2017年に『The Student』をまた別の出版社から出版し、再びネッド・ケリー賞Best Crime Novelにノミネートされる。
そして長編作『The Spiral』(2020)を挟み、2023年に『The Strip』を出版し、ここからこのGold Coast四部作が始まる。
影響を受けた作家としては、ウィンズロウ、エルロイ、デイヴィッド・ピース、サラ・グランらの名前を挙げているが、その他最近にあのDerek Raymondが加わっている。Raymondってやっぱり最近の再発掘により再評価が高まってる作家なのかね。

The Strip


というところでいくらか外枠的情報が見えてきたところで、今回の『The Strip』へ。なのだが、どうすればいいか若干悩んでいるところ。
というのは、この作品特に読む難易度が高いとかいうことではないのだが、単純に最初からあらすじを書いて行こうとすると、少々わかりにくい。まずそこのところを説明すると、例えば物語の語られ方を説明するのに、ジグゾーパズルのようなという例えがある。 一つ一つのエピソードをパズルのピースに見立て、それぞれがどうつながるのか物語が進むにつれ見えてくるというもの。それに対し、この『The Strip』という作品は、テレビのクイズ番組とかで昔からあるパネル式みたいなもんじゃないかという気が、 読んでる間ずっとしていた。つまり一枚の絵が多くの碁盤目で区切られ並べられたパネルでカバーされてて、それが少しずつ引っ繰り返されて行くうちに次第に下の絵が何なのか見えてくるというような。同じようだと思われるかもしれんけど、 結構違うのだよな。うーん、かえって混乱させたか?

私はこの作品、この四部作を何とかして、なるべく多くの人に読ませたいと強く思っている。この四部作については大変期待しているし、オーストラリアというちょっと目が届きにくいところで、困難な中頑張っている作者Iain Ryanを応援し、 日本からでも一人でも多くの読者を獲得させられればと願っている。
と、ちょっと大仰に構えすぎたかもしれないが、そんな思いもあるので今回はちょっと作者の意図と違うかもしれないが、最初から順にというよりは、もう少しパネルの下の全体像がぼんやりとでも見えるというような形で紹介して行きます。 もしかすると、ややネタバレかなあというところまで踏み込んでしまうかもしれんけど、とにかくこの第1作を読ませて、続く四部作へと進めたいという意図なので。ただまあ、今回の最初の数行ぐらいで食いついて現物検索しに行くような人も いるかもしれんけど。私がそうだし。

それでは概要から、というところだったのだが、まずその前に作品内容にもかかわってくるところなので、オーストラリアの警察について、少し簡単に説明しとく。今回前置き多くてすまんが、もう少し待て。
オーストラリアの警察機構は、まず国全体を統括するオーストラリア連邦警察(AFP)があり、一般的な法執行業務は、6つに分かれた各州の州警察によって行われている。まあ、日本の道府県、アメリカの州といった感じで、どこの国も割と同じようだが。 この作品で描かれるのは、州警察というところなので、連邦警察がどういうポジションなのかはよくわからない。んーつまり、警察庁なのかFBIなのかみたいなところ。
この作品の中心となるのはゴールドコーストのあるクィーンズランド州警察なのだが、隣の州であるニューサウスウェールズ州も関わって来る。自分が読んだ感じ、位置関係とかわかっていた方がいいかと思ったんで、地図を作っときました。 まあ既存の良さげな地図をなぞって描いて、関連する地名書き込んだ程度だけど。

ストーリーの中心となるのは、1980年時点で、数年にわたりゴールドコーストで勃発している連続殺人事件の捜査。
現在までに6人の犠牲者があり、7人目が発見されるところからこの物語は始まる。
この連続殺人事件には、Diaboloと呼ばれる専従捜査班があてられている。だが、実体としてはその専従捜査班にいるのは、特に捜査能力が高いわけではなく、むしろ無能とされるような刑事ばかり。
更に、この「連続殺人事件」は最初の3件と続く事件では明らかに犯行の手口が違っている。
何を持ってこの事件は同一の実行犯による連続殺人事件とされているのか?そしてこの事件に、なぜ解決能力が低いと言わざるを得ない専従捜査班が当てられているのか?

そして主人公となるのは二人の刑事。
ひとりはニューサウスウェールズ州警察の女性刑事Lana Cohen。連続殺人7人目の事件と同時にクィーンズランド州警察へ出向という形で、その事件の捜査のみという条件でDiabolo捜査班に加わり捜査に当たる。
だが、それは公式の形であり、実際には非公式の秘密任務としてDiaboloの内情を探るように命じられている。しかし、彼女自身はあまりそれには乗り気ではなく、上司からそちらはどうでもいいと言われている表向きの殺人事件の捜査に注力して行く。

もうひとりは、クィーンズランド州警察の刑事Henry Loch。基本的にはパートナーのLowell Sennettと共にDiaboloに属している。
犯行現場で目撃されたものと関係がありそうな車両の調査というようなことを型通りに行っているが、実際にはある事情から警察上層部のある勢力から、非公式の汚れ仕事を強制される立場にある。警察内にコネクションを持つ売春組織の 失踪した女性の捜索を命じられ、本来の仕事の方を片手間に、単独でそちらの捜査を行う。

それぞれに立場の違う二人だが、非公式の任務としてそれぞれの警察上層部の意図により動かされているというところが共通している。だが、両者ともに何らかの秘密捜査班的なものに属しているわけではなく、それぞれの末端として手ごまとして使われて いるだけで、命ぜられた任務の意味や思惑といったところは全く伝えられず、従っているだけ。それぞれにある種の弱みを握られているというような事情。

そしてもう一人、作中で重要な役割を果たすキャラクターがいる。Emmett Hadesという人物。まず作品の冒頭、更に「何日目」という形で分けられている章の最初に彼の手記、「Jounal of Emmett Hades」からの引用が入る。最初は何者なのか 全くわからないのだが、話が進むにつれ噂話として伝えられ、やがて本人も登場して来る。
二人の刑事(多分20代後半ぐらいだったと思う)より一回り年長で、そもそもはクィーンズランド州警察の数々の難事件を解決した有能で知られる刑事だったが、精神的な問題で仕事を離れ、自宅に引きこもっている。あんまり詳しく書くとネタバレになりすぎそうだが、 とりあえずミステリ超後進国民が変な風に期待する、自宅から出ないまま主人公たちに的確な捜査のヒントを与える「安楽椅子探偵」みたいなもんではないことだけは言っとく。

いくらか登場人物及び周辺情報を伝えたところで、ここからは序盤あたりのあらすじを少し詳しく。そしてその後に続くある程度の展開という感じでやって行く。

*  *  *

Lana Cohen刑事は誰も知らなかった。全ての眼は彼女に向けられるが、ここは彼女の管轄区域ではなく、彼女の地元でさえなかった。助かったのは、現場周辺の保持に派遣された古株のパトロール警官が、彼女の出で立ちから彼女に気付くことが出来たことだった。 髪は後ろにまとめられている。きちんとプレスした私服は制服のように着られている。警官は彼女のバッジを簡単に一瞥しただけだった。
「あんただけで来たのかい?」
「そのようね」Lanaは言う。「SIB(Special Investigation Branch:特別捜査班)はまだ?」
「向かってるところだ。あんたが一番乗りさ」
古株のパトロール警官に、通報を受けて最初に来たのは誰かと尋ねる。警官は二人の若い制服警官を呼ぶ。
二人に話を聞くと、通報してきたのは車で通りかかり発見した女性とのこと。女性には後ろで待ってもらっていると話す。

Lanaは立ち入り禁止のテープをくぐり、事件現場に足を踏み入れる。
周囲を見渡す。
テラノラ入江、クィーンズランドの境界の地、川を渡ったところ。
今日は頭上に晴れ渡った青い空が広がる。
ユーカリを吹き抜ける一筋の風。
潮の香り。
楽園。
そしてその中に、ひとつの死体。

Lanaは死体を検分する。白人男性、30代か40代前半。額と左目下に銃創。おそらくは、犯人は樹々の陰から歩み出て、至近距離から撃ったのだろう。
身分証なし。現金、時計、宝石類なし。見えるところにタトゥーはない。犯罪にかかわりのない、一般の社会人のようだ。
やがて、科学捜査班もやって来て、鑑識医も続く。
Lanaは、事件通報者の女性に話を聞く。車で通りすがりに死体を発見した、近所に住む70代の女性。被害者は近隣の住人で、顔は見たことはあるが名前は知らない。

そしてゴールドコーストの刑事たちがやって来る。粗野な犬の群れのようにやって来て、現場内を騒々しく歩き回る。
医療班が死体を運び出そうとしているところで、太鼓腹の白髪の刑事が声を掛ける。「あんたら魔法医者先生たちは一休みしろや。一服するなり何なり」
そして鑑識班たちは手を止め、その場から離れる。
Lanaには何が起こっているのか理解できなかった。
同じ太鼓腹刑事が、彼女を指さし喚く。「レポーターを入れたのはどこの馬鹿だ?何なんだ?とっとと出て行け」

Henry Loch刑事は遺体を検分する。横の草むらにしゃがみ込み、静かな熱意を持って見つめる。世界は彼の周囲で静寂になって行く。同僚たちの冷笑と押し合い、連中の罵りと失望のすべて。
後頭部に二発。以前のものと同じ。
早朝のジョギング。
練られた計画。
シンプルに。
周囲のざわめきがフェードバックして来る。

彼のパートナーであるLowell Sennettが、Henryの肩越しに覗き込んで言う。「同じMO(Method of Operation:手口)だな」
「人を撃つのにMOなんてありゃしねえよ」Ron Binghasmが言う。Ronは捜査班のボス(あるいは自身がそう思い込んでる)だが、それは重要じゃない。彼ら全員が、既にこれは自分たちの事件だと知っている。
もうひとりの捜査班のリーダーが到着する。Mark Evans。ノートパッドを片手に、金属フレームの眼鏡をかけ、世界を道に迷った簿記係のように見回しながら。
死体を検分したEvansは、「薬莢はなかったのか?」と女性の刑事に尋ねる。彼女の名前はLanaといったか。シドニーCIB(Criminal Investigation Branch:犯罪捜査部)の刑事だ。Bringhamはついさっき彼女をマスコミの人間と間違え、気まずい思いをしている。
Lanaは首を振る。なかった。

「こりゃ何なんだ、トンマども」捜査に割り込まれた地元の捜査チームのリーダーが噛みついて来る。
「落ち着けよ、坊主」とBingham。「よし、俺たちがここで何をしてるかはっきりさせた方が良さそうだな」
Evansは入り江を眺めながら言う。「これを見過ごすことはできんな。つまり…」
「これは奴の仕事だ」捜査班の一人Pete Reynoldsが引き継いで言い、地面につばを吐く。鑑識の仕事など無視して。
Binghamは直ちに警官たちに命令を始め、現場には混乱した空気が広がって行く。
Henryは歩き去る。
Lanaの前を通り過ぎるとき、彼女が呟く。「何なのこれは?」
「悪夢さ」Henryは言い、歩き続ける。

Henryが運転し、パートナーのLowellと共に現場を去る。
パートナーではあるが、二人は大きく違っている。Henryは肩幅の広い威圧的な、オールドタイプの警官を思わせる26歳。それに対しLowellは、背が高くいかがわし気、見た目はよく女性にもてる。見かけはよいが中身は腐っているというタイプ。
二人はゴールドコーストのコンソーディング・スクワッドからDiabloに引き抜かれた。Lowellにとってはコンソーディング・スクワッドは居心地の良いところだったが、Diabloは関わる全員にとって沈みゆく船、経歴を汚すものでしかない。 2年で6件の殺人。すべて未解決。
そして今、7件目。

※コンソーディング・スクワッドは、オーストラリア警察で1929年に凶悪犯罪防止のために立ち上げられた特別部門で、常習犯、アンダーグラウンド人脈、および共犯関係にある既知の犯罪者に関する監視および情報収集を任務としていた。

最初のDiabloの犠牲者はTeddy Adams。Teddyはサーファーパラダイスのグリッター・ストリップでマッサージパーラーを経営していた。2番目の犠牲者、売春館のバーテンダーEddie Edgarの時、HenryとLowellは性産業の視点からDiabloの補助として 加わった。そして、死体が積み上がり抜け出すことが出来なくなった。
「Emmettはまだ、俺たちは二人の別の犯人を追ってると考えてる」Henryは言う。
「Emmettだって?そんな話をまた持ち出すのは勘弁してくれよ」とLowell。
「お前だって彼が正しいのは分かってるだろ。今日の死体を見て、78年のTeddy Adamsを見たなら、本当にそれが繋がってると思うか?」

最初の二人のDiabloの犠牲者については理解できる。Teddy AdamsとEdiie Edgar。彼らはビジネスパートナーとして繋がっていた。Teddyの事件の前夜、二人でいるところが目撃されていて、Eddieは参考人として尋問さえされている。 さらに重要なところは、両者が同じ手口で殺されていることだ。両者とも夜に路上で拉致され、ロープあるいはサッシュで絞殺されている。そして両者ともにそれぞれ別の住宅街の路上にカーペットに巻かれた状態で捨てられていた。
三人目の犠牲者Barton Westerbyは、事前に痛めつけられた様子はあったが、同じ手口で絞殺され捨てられていた。違う雰囲気はあったが同一犯によるものだ。Bartonは55歳のアル中で、TeddyとEddieの繋がりはないようだった。
だが、Lenny Gibbsで軌道は外れ始める。Lennyは地元の名士であり、彼の死は他とは全く違っていた。カーペットで巻かれていなかった。路上で頭を撃たれ、その場に放置された。

Lenny Gibbsの死が報じられると、騒ぎは大きくなり、「連続殺人鬼」という呼称がマスコミにも現れ始める。政治家も介入し騒ぎは大きくなる。Diablo捜査班は24時間操業となり、どこにも行き場はないまま忙しく見せ続けた。
正体不明の殺人者。手掛かりなし。指紋なし。動機不明、可能性のある容疑者なし。
情報提供ラインはカオスと化す。犯人の車は赤。犯人のヴァンは緑。犯人のトラックは黒。
伝えられた目撃情報は、背の高い男と背の低い男。黒人、アジア人、そして白人。

かくして、その矛盾にもかかわらず、Violet Burkeの死もDiabloの捜査に追加される。
彼女はLennyの数か月前にタガンの茂みの中で射殺されていた売春婦だった。そこで公式に彼女が四番目の犠牲者、Lennyが五番目となった。
一夜にして、連続殺人鬼はそのMOを変えたとみなされた。それまでの絞殺から、銃による暗殺へ。

そして新年二日目、Joel Delaneyが同一の手口で殺される。サーファーパラダイスの会計士。釣りをしているときに頭部を至近距離から撃たれる。
Diablo捜査班は成果も出ないまま働き続ける。

そして1980年の夏、-Diablo第2の夏、噂は流れ始める。上層部は彼らのクビを切る。おそらくはBingham、Reynolds、Evans。残りは元の配置に戻されるか、早期退職を勧告される。
そこから逃れるためのHenryのチケット?オリジナルの事件を解決することだ。
Teddy Adams。Ediie Edgar。Barton Westerby。
計画に従え。Emmettの計画。Henryの先導者。
Henryがオリジナルの事件に決着をつけられれば、望むところに行ける。彼は蘇生する。なぜなら、この全て以前に、彼の人生は糞の山だったからだ。Diabloは彼の最後の命綱だった。

遺体はBrian Amstellと彼の妻により確認される。地元の開業医。3人の10代の娘を持ち、犯行現場からさほど離れていないところに家を持つ。
Amstellの家へ行ったLanaは、彼女たちが少し落ち着くのを待ち、妻のErinと娘たちから話を聞く。
Erinは専業主婦。二人は共にカソリック教徒だった。金については、Brianの仕事は順調であり、財政的な問題はなかった。
Brianは、平日の常として早起きし、走りに出た。長年にわたりジョギングを習慣としてきたわけではなかったが、チャリティハーフマラソンのために鍛えていた。彼は今日は少し遅く起きたが、異例というほどではなかった。
「あなたは車を運転しているところで、道路封鎖で停められたそうですね」LanaはErinに尋ねる。「彼を探しに行ったのですか?」
「いえ、ミルクを切らしてしまったので」
Erinの知る限り、夫には問題を抱えている人物はいなかった。酒は飲まず、煙草も吸わず、働き過ぎ以外には健康上の問題もなかった。
Brianの部屋を調べるが、彼の診療所の従業員の女性から連絡があったというメモを見つけたぐらい。
居間へ戻り、家族とともに連絡を待つ。Lanaに今できることはない。
お茶を入れるため、台所へ行く。冷蔵庫の中には充分なほどのミルクがあった。

周囲の家への聞き込みの手伝いで一日の仕事を終え、Lanaは当地での裁判に出廷するためにに宿泊していた、マーウィルンバのモーテルに戻る。
深夜、ニューサウスウェールズのDwain Gorst警視がやって来る。
裁判について尋ねた後、Gorstは切り出す。「Amstellの事件について聞きたい」
「私にこれを担当させるおつもりですか?どう地元の者たちをよけるか考えていましたが」Lanaは言う。
「我々には確実な誰かが必要なのだ」
「わかりました。Amstellは地元の医師です。朝のジョギングの最中に頭部を撃たれました。それらしい理由は見当たりません。証拠が見つかる可能性は低そうです。容疑者はありません」
殺人課出身であるGorstは要領よくLanaの説明を聞く。「ゴールドコーストCIBの連中が割り込んできて、事件を持って行ったそうだな。そうなのか?」
Lanaは現場で見た状況を説明する。Gorstは言う「連中は所詮田舎者だからな。コーストはクィーンズランド警察が役立たずを送り込むところだ。あそこは退職を強要するための場所だ、あるいは最近までそうだったと言うべきか。 君はDiablo捜査班の内情について詳しく知っているか?」
GorstはDiablo捜査班について説明する。無能警官が問題解決に充てられた。大問題に。死体が6つに逮捕者なし。そして今7つ目。

「Emmett Hadesがブリスベンからコーストに移動になったと聞きましたが?」Lanaは言う。
「Emmettは精神を病んだという話だ。彼がDiabloの一員だったことは明らかだ。そして今、彼の主導が失われ、全てはバラバラになっている。連中は重要な容疑者を何か月も見つけられていない、今朝に至っても。上層部は全ての プラグを抜く準備に入った」
「ではなぜ、Diabloが役に立たないとわかりつつ彼らに事件を任せるのですか?」
Gorstは言う。「そのために私がここに来たのだ。私はサーフパラダイス署でRon Binghamと話し、彼も承諾した。君には州境を越えて、あの現場で我々側の人間として動いてもらいたい」
「わかりました」
「これは共同捜査ということになるだろう。連中は特別な手助けを求めていて、我々はそれを提供することになるだろう」
「それで?」Lanaは言う。「私は実際には何をすればいいんですか?」

「Diabloは正体不明だ。あそこでは、今何かが起こっているに違いない。腐敗があるとの噂もある。我々は君に、そこに行き事件を捜査するとともに、ごく近くで様子を観察して欲しいと望んでいる」
「観察ですか?」「ごく近くでな」
Gorstは言う。「我々は遺族のために正しいことをする必要がある、もちろんな。だが我々は同時に問題個所について知らねばならん。そこには戒められるべきものがあるはずだ」
「君に一線を越えることを頼んでいるわけではない、Cohen。これは純粋に内部調査だ。君はそこへ行き、事件を捜査し、その過程で見つけたものをなんであれ報告すればよい。それだけの話だ」
「そして、あなたと局長はその情報を政治的に利用するというわけですね?」
「そういうことになるな。単にそこの状況について知るだけで、現場に対しての反動はないだろう。何もな」
「そして、私への見返りは?」Lanaは言う。
Gorstは、この件がうまく行ったら、次の改編で君自身がトップとなるチームを持たせる、と答える。「警察は有能な女性を求めている。実利的な女性。君のような」
そして、Lanaはその仕事を承諾する。「書面での報告はなし。あなたのみに話します。もし私が深入りしすぎて問題が起きるようなら、私は外れます。私は彼らがみんな能無しでも気にしません。彼らが警官であることに変わりはありません」
彼らは握手する。
「私が常に君に好感を持っていることは分かっているな、Cohen」Gorstは言う。
「そうであることを願うべきでしょうね」Lanaは応える。

サーフパラダイスの外れの売春館、Tropical Touch。HenryとLowellは女主人のTrinaとの約束の時間、夜10時半にそこを訪れる。
Lowellはバーで酒を受け取った後、早々に二人の売春婦と裏の部屋に消えて行く。
Henryはバーテンダーに、「Trinaに俺が来たと伝えてくれ」と告げ、店を奥に進む。
通路わきの掃除用具入れ。奥の壁を取り外したところに小さな隠し部屋がある。
部屋には大きな窓、そして革張りのソファ、コーヒーテーブルの上にはフィルムのカメラが置かれている。
Henryはカメラを手に取り、窓の前に立つ。その窓はLowellが二人の女と共に入って行った部屋を覗くマジックミラーだった。

Henryがマジックミラー越しにLowellの痴態を撮影しているところで、女主人のTrinaが入って来る。
TrinaはHenryに、ここで働いていたSarah Uttonという女を探して欲しいと頼む。
「いなくなってどのくらい経つんだ?」Henryは尋ねる。
「大体6か月ね」「6か月だって?辞めたんじゃないのか」
「ええ、明らかに辞めたわね」Trinaは言う。「あの子はここから出て行くときに、レジを空にして行ったの。3000ドル。私が補填した」
Trinaは報酬として、一割の300ドルを持ち掛けるが、Henryは600ドルに吊り上げる。
「Colleenはこのことを知ってるのか?」Henryは問う。Colleen VintonはこのTropical Touchのオーナーで、他にもこの界隈で複数の売春館を経営している。いずれも鉄の拳により。
「そんなわけないでしょう。本気で言ってるの?」
「その娘を見つけたら、どうするんだ?」
「金さえ戻れば何もしないわ。だからColleenでなく、あんたに頼んでるのよ」
Henryは、Trinaからの頼みを引き受け、カメラを渡し、Lowellを残したままタクシーで帰る。

翌朝、Lanaはサーフパラダイス署に行き、Ron Binghamと会う。そしてAmstellの事件に限り、Diablo捜査班の一員として参加し、捜査することが確認される。
そして、Diablo捜査班の一人である刑事Bruno Karrasとパートナーを組むこととなる。

翌朝、Henryはバーリー・ヘッズの公園に向かい、そこでJack the Bagmanと会う。
Jack the Bagmanは、人当たりの良い男だが、その裏で"Joke"と呼ばれる秘密組織を警察内部で動かしている。
昨日のAmstellの件について少し話した後、Lowellの件はどうなった、と尋ねてくるJack。
「来週にはあんたの所に写真が届くはずだ」HenryはLowellは何をやったのかと尋ねるが、裏で私腹を肥やすことをしたというぐらいに曖昧に答えられる。
Jokeはこうやって動く。収賄と腐敗のシステムが明白に動かされているが、全体像を知るのはほんのわずかの者たちだけだ。
Jackは報酬の入った封筒をテーブルに置いた後、自分たちの方で探している女がいる、とポケットから出した写真を見せる。
それは昨夜、Trinaから探すように頼まれたSarah Uttonの写真だった。一緒に写っているのはブリスベン免許部のRay Blintiff。腐敗官僚として広く知られる人物。
見覚えはないが、憶えておこうと答えるHenry。そして彼女は何をしたんだ?と尋ねる。
「知らないな。Rayのチンポを嗤ったとかじゃねえのか」適当に答えるJackだが、明らかにそれ以上のことがあるはずだ。
そして、Henryは報酬の封筒を手に取り、Jackに別れを告げ去って行く。

LanaはBrunoと共に、Amstellの殺害に至る事情を探るべく、彼の背景を調べ始める。
一見真っ当な地元の開業医に見えたAmstellだが、隠されていた過去の従業員の女性との愛人関係などが明らかになるにつれ、後ろ暗い商売に関わっていたのではないかという疑いが浮上して来る。
一方、Henryは、相棒Lowellが「病欠」という形になり、単独で目撃情報として伝えられた車種の持ち主を当たるという捜査をしつつ、主には失踪したSarahの捜索に動く。
そして、Amstellの背景を追跡するLanaと、Sarahを捜索するHenryとの動きがある地点で交差したとき、Henryは両方の事件に繋がりがあると考え、LanaにDiabloを介さない相互の情報共有を持ち掛ける。
二人の捜査は、やがて連続殺人の被害者の、明らかにされて来なかった裏の繋がりを浮き彫りにし始める。
そこで、思いがけぬところからひとりの犯人が現れるのだが…?

*  *  *

このゴールドコースト四部作のモデルとなっている1980年代のオーストラリア クィーンズランド警察の汚職問題については、こちらのウィキペディアのFitzgerald Inquiryを参照のこと。
数々のマスコミ報道を受け、元判事であるトニー・フィッツジェラルドを委員長とする調査委員会が立ち上げられ、その調査の結果、当時のクィーンズランド州首相が辞任、3人の元大臣と警察長官が投獄されることになる。
この四部作はノンフィクション的な作品ではないのだが、とりあえずこの最初の第1作では、紹介した部分でもいくらかその腐敗といったものが垣間見えるが、その内情・実態については続く作品以降ということになると思われ、深く描かれることはなくわかりにくいかと思われるので、その詳細までは必要ないにしても、そういうことがあったという認識ぐらいは持っていた方が理解しやすいやすいかと思う。まあオーストラリア国民からすると、誰でも知ってるくらいの大事件ということなので。

この第1作『The Strip』では、最終的に連続殺人事件については解決されるが、無能なDiablo捜査班の秘密については明らかにされない。いくらか想像はできるんだが、第2作以降で明かされたり重要になるのかもしれないので、ここでは書かないでおく。
また、紹介した部分の最後の方で登場するJack the Bagmanと謎の警察内組織"Joke"についても、もう少し明確に見えてくるのは次作以降になると思われる。
このスタイルの元祖であるエルロイと同様、本作も複数の主人公の視点により物語が語られて行くが、やはりエルロイ同様に次作『The Dream』では交替した別の主人公たちによる物語となり、その一人は今作でLana Cohenとパートナーを組んだDiablo捜査班の一員であるBruno Karrasになるらしい。

英語Kindle版で425ページとそこそこの大作なんだが、二人の主人公が交替する短い章の積み重ねによるスピーディーで緊張感のある展開で、結構早く読めた感じ。
オーストラリア英語は、基本的にはイギリス英語をベースとしているが、時々オーストラリア独自の意味表現があったりするので、知ってる単語でも少し意味に悩むところでは一応調べてみるべきかと思う。

2023年から開始され、現在第3作まで出ているこの四部作だが、ごく最近作者Iain RyanのSubstackで、既に第4作も脱稿し、2027年には全四作が揃うことになると告げられている。作者によれば、これは四部作で完結するが、スピンオフ的な形で さらに広げて行きたいとの希望もあるとのこと。
オーストラリアの地にこんな作品があると聞いて、今すぐ読まなければと思わないようじゃミステリファンとは言えない、と言いたいところだが私なんぞこの国じゃ「邪道ミステリファン」ぐらいのもんなんだろう。このミステリ超後進国で、 歪んだミステリ認識に阻まれ続けながらも、それでも世界のどこかに本当に面白い作品があるはずだと信じる「邪道ミステリファン」諸君は、直ちにこのIain Ryanゴールドコースト四部作へ向かうべし!
私もこの四部作については最優先…、いや最優先多すぎて身動き取れなくなってるぐらいなんだが、その中でも最々優先ぐらいの気持ちで取り組んで行くつもりである!

というところなんだが、うむむ…、ここで私の大失態を告白せねばならん。
今回のを書くにあたり、Iain RyanのSubstackの記事を遡って調べていたところ、「The Best Things I've Read in 2026 So Far」というタイトルで昨年のお気に入りを紹介しているものがあり、その一番最初に出ているのがGarry Disherの『PEACE』という作品。 この人のおススメならチェックしとかなきゃなあ、と思って調べてみたところ、私この作家既に知ってて、もっとずっと前に読んでおかなければならないものだった…。
なんかもう調べてみたら2022年とかだったのだが、ここではお馴染みのPaperback Warrior師匠のサイトでDisherの『Kickback』という作品が、こいつはオーストラリアのパーカーだぞって感じで紹介されてた。そんなの絶対読まなきゃ!と直ちにチェックしアマゾンの自分の欲しいものリストに入れといたんだが、ちょっとその時忙しかったんだかほとんど調べないまま放置…。時々見てこれいつか絶対読まなきゃと思いつつ、ちゃんと調べたなかったせいで、カバーのイメージと、主に旧作を扱うPaperback Warrior師匠のところからの情報というのが重なり、なんとなく70~80年代頃の作品だと思い込み、見ればいつもこれ読んでみたいなと思いつつ新しい作品を先にやらねばと後回しにし続けてきてしまったのだ…。
改めてちゃんと説明すると、Garry Disherは1987年にデビューし、現在まで40作以上の作品を出しているオーストラリアの犯罪小説の大家。代表的なシリーズとしては、1992年にその『Kickback』から始まるプロフェッショナルの犯罪者Wyattを 主人公とするWyattシリーズ。そして警察小説というところに属するらしいPeninsula Crimesシリーズと、Paul Hirschシリーズがある。Iain Ryanが推してた『PEACE』は、2019年のPaul Hirschシリーズ第2作。
ちゃんと調べてこんな作家だと知ってたら、少なくともWyattシリーズの一作ぐらいは読んでいたはずなのに…。今からでも最優先ぐらいで読まなければ!と思うんだが、先に書いたように現在オーストラリア枠ではゴールドコースト四部作が 最々優先となっており、下手にとにかくその枠ではGarry Disherを読んでからゴールドコーストの次を読むみたいな縛りを掛けてしまうと、その続きが延々先延ばしになりそうだし。実際そういう縛りをかけてしまったせいでなかなか次に進めない シリーズあるし…。とにかくゴールドコースト四部作の最々優先は忘れないまま、Garry Disherもなるべく早く読むぐらいしか今は考えられんが、必ずや早いうちにそちらも読んで紹介に向かう所存であります。

ここで更に!オーストラリア・ノワール情報を重ねちまう!最初に情報源として名前を出したAndrew Netteの新作情報が、これを書き始めた直後に伝えられた!
長らく新作の情報がなく、失礼ながらもう新しく作品を書く意図はないのかなと思ってたし、まあ本人ももう新作を発表する機会はないと思ってたぐらいのこと言いながらの告知だったのだが。
こちらはメルボルンの過去の犯罪事件に基づいた2作品を出版する契約を結んだということで、1作目の1960年代を舞台とした作品が来年2027年に出版とのこと。1980年代クィーンズランド州を描くゴールドコースト四部作を読んだなら、 これも絶対読みたくなるものだろうと期待している。
今、オーストラリアが熱い!などと陳腐な決まり文句を並べるつもりはない。いや実際にはこっちが暑いなら、今オーストラリアは寒いんだろうし。だがちょっと掘ってみれば読むべき作品はいくらでも出てくる。なんか最優先で読まなくては作品が バカみたいに山積みになってる現状で、あんまり見つけちゃうのもまずいんだが、また今回のGarry Disherみたいなことをやらかしてはいかんと悩ましいところ。とにかくなんか見つけたらきちんと調べておかなければというぐらいが限界か。 とにかくオーストラリア・ノワールについては確実にまだ読まなければならん作品が埋もれているはずなので、見つけたら一つでも多く紹介して行かねば。だが、とにかくまずはこのIain Ryanゴールドコースト四部作!必読だからな!

■Iain Ryan著作リスト
●Tunnel Island

  1. Four Days (2015)
  2. Harsh Recovery (2016)
  3. Civil Twilight (2017)

●Gold Coast四部作

  1. The Strip (2023)
  2. The Dream (2024)
  3. The Casino (2025)

●長編

  • The Student (2017)
  • The Spiral (2020)

●短篇集

  • What Living And Dying Is Like (2022)


なんかここでエルロイ以降のクロニクル的クライム作品についてまとめとこうかと思ってたんだが、ちょっと長くなりすぎてるしまた別の機会に。これはハードボイルドジャンルに於いて、今後も重要になって来るスタイルであることは確実なのだしね。 リー・バークのHolland Familyサーガにも早く辿り着かなければだし、未完に終わってしまったジェイムズ・カルロス・ブレイクのWolfeファミリーも出たものについては最後までやらねばと思ってるし、過去のものとしては ローレン・D・エスルマンのデトロイトシリーズとかもちゃんと見ておかなければと思ってるのだが。あーまたあれもこれも読めない話に流れて行ってしまった。今後もまだ多くの作品が出て来るであろうこのジャンルについては、 常に注目して行かねばと思っている。
あと、ちょっと書いておかなければと思ってた再版情報。12周年のところでハードボイルドジャンル重要作家108人の中にも入れたジョニー・ショーなんだが、その後しばらくしてアマゾンでの作品の販売がすべて消えて、どうなるんかな と思ってた。だがここに来て新たなパブリッシャーから過去作品が順次という感じで再版され始めている。Highline Booksというパブリッシャーがどういうところなのかまだ不明なんだが、カバーも一新し、Blake CrouchやChrista Faustの序文を付けての再版なので、そこそこしっかりしたところなのではないかと思うんだが。とにかくJimmy Veeder Fiasco3作揃ったらあちこち修正しなきゃならんし、何か新情報あればまたということで。
なんかさあ、読んでもない本について色々とおススメしたりもしているんだが、結局そういうものについてはある程度確実という範囲のもので、実際にはこれどうなんかな、読んでみないとわからんなあというものも山積みとなっているわけで。今回のゴールドコースト四部作もそういう一つだった。なんか続きともいうことでこれは読んで書かなきゃという山の中にそれらを何とか隙間を見つけたり強引にとかでねじ込んで行っている。そうやって色々読んでる一方で、とにかく書くのが遅く、あんまり書く予定のものが溜まってしまうのもまずいなあと思い、とりあえずこれは書けなくても仕方ないかというのを挟んで個人的に読んで行くはずだったのだが、なんかこれについては早く読んで書かなければと思うものでギチギチになりそういう余裕もなくなってるような状態になってたり。Walt Longmireの続きも読みたいんだがなあ、と日々思いつつ手が付けられなかったり。 とにかく読むためにも早く書かなきゃと思うところなんだが、あー今回も結局長くなっちまったなあ。なんかそういうわけわかんない使命感的なものに駆られても意味ないじゃん。お前の執着だよとわかってはいるんだが、 こんなゴールドコースト四部作みたいなすごい作品が、日本からはほぼ目が届かないところにあるとなれば、そりゃあ使命感にも駆られちゃうじゃんというものですよね。別にオレが頭おかしいとか思われても、自分でもアホじゃないかと思っても、とにかくこの作品が誰かに一人でも多く読まれれば満足だよ。それでいいじゃん。

■Iain Ryan
●Gold Coast四部作

●Tunnel Island

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2026年8月2日日曜日

Anthony Neil Smith / Slowest Bear -Slow Bearシリーズ第3作!-

今回はAnthony Neil Smithの『Slowest Bear』。2024年に英Fahrenheit Pressのノワール部門であるFahrenheit Thirteenから出版された、片腕の元インディアン居留地の警官Micah 'Slow Bear' Crossを主人公とする Slow Bearシリーズの第3作です。

いや、Slow Bearシリーズについては早くやるつもりで始めたんだが、ここでやっと第3作か。これでも色々積み上げてる中ではかなり優先的に読んだのだけど…。
とりあえずサクサク進めなければというところで、まずは前2作のおさらいから。第2作『Slower Bear』については、前にやった時書かなかった後半ネタバレもあるのでご注意を。

Slow Bear:インディアン居留地の警官だったMicah 'Slow Bear' Crossは、職務中に片腕を失い、退職した後はカジノのバーに日がな入り浸り、厄介事を相談してくる相手の問題を解決してやることでいささかの収入を得ながら暮らしていた。
ある日どうしようもない不倫三角関係の相談を持ち込まれ、適当に追っ払ったところ殺人事件に発展し、当事者を始末することで片を付ける。だがその杜撰なやり口は従兄弟でもある警察署長Trevor Crossに直ちにばれ、それをネタに居留地の酋長 The Hatから、居留地から追放されているかつての彼の政敵で、現在は外で石油関連の利権で勢力を伸ばし再び脅威となり始めているSantanaの組織への潜入捜査を命じられる。
居留地からの追放という形を作るため、Trevorに散々殴られた後、カジノのバーのバーテンダーである馴染みのの女性Ladyに送られ、Santanaの本拠地へと向かったSlow Bear。だが最初の面会にて潜入捜査はあっけなく破綻する。
あとは野となれで、翌朝地元に戻るつもりで、駐車場に駐めた乗ってきた車で眠るSlow BearとLady。だが、深夜謎の集団の襲撃に遭い、Ladyは連れ去られる。
当地の裏社会にも広く顔が利くSantanaに助けを求め、その調査の間、Santanaの組織で働くことになるSlow Bear。しかし、その中で真の黒幕はSantanaであり、Ladyは人身売買組織により既に何処かへ連れ去られたことを知ることとなる。
命からがらSantanaの組織から逃亡したSlow Bear。だがやっと帰った自身の居留地でも、彼は指名手配犯となっていた。
警官隊の取り囲まれ、自身が暮らしたトレーラーを爆破し、死を偽装するSlow Bear。そして連れ去られたLadyを見つけ出し、奪還するため、旅立って行く。

Slower Bear:物語はネブラスカの牧草地帯で、Slow Bearが人身売買組織の一員であるGerardoという男と泥まみれ、牛糞まみれで死闘を繰り広げるとこらから始まる。
そこで第1作の物語の後、Santanaの組織を破壊し、昔の知り合いの犯罪者をバックアップの相棒として、Santanaから繋がっていた大規模な人身売買組織の追跡に取り掛かったことが、やや雑に説明される。
死闘の末、Gerardoを叩きのめし、彼から更に上に繋がる次の目標を聞き出したSlow Bear。その場から去り次へと向かうために車(元々はLadyの車だったコンパクトカー)を駐めていた場所に戻ると、おなじくその場に残されていたGerardoの キャデラックエスカレードの中に、彼が「商品」として運んでいた二人の幼い少女たちが乗せられているのを発見する。
少女たちを安全に保護する手段も思いつかず、途方にくれたSlow Bearは、前夜カジノで出会い一夜だけの関係のつもりで軒を借りた、60歳の赤毛の女性Abelineの家へと戻る。
そんな厄介事を持ち込まれたことに怒るAbelineだったが、説得する間もなくSlow Bearが乗ってきたGerardoのキャデラックをGPSで追跡した組織の者がAbelineの家を突き止めてくる。
巻き込んでしまったAbelineと、二人の少女を連れ家を離れるSlow Bear。だが、ただ逃げても何解決には向かわないと考え、Gerardoから聞き出したこの地の組織の拠点である一味の一人が経営するファーストフード店へと向かう。
そこで、世間の事情から離れていたSlow Bearは、店員が全員マスクをしていることを奇妙に思い、初めてCOVID-19の存在を知る。半ば半信半疑の状態で。
店の奥には一人の女性を含む四人の悪漢。無策でやってきたSlow Bearだが、当然簡単に情報をくれるはずもなく、かなり荒っぽい乱闘・銃撃の末、生き残った男から「商品」はソルトレイクシティを経て、カリフォルニアへ送られるとの情報を引き出す。
駆け付けた警官隊から逃れ、とりあえずはAbelineと二人の少女と共にホテルに宿をとる。
だがホテルをしらみつぶしに調べた追手は、その晩のうちに彼らに辿り着く。運よくその動きを早めに察知したSlow Bearは、敵を一人ずつ始末し、そこから逃亡。
しかし、次の目的地へ向かうこともままならぬうち、Slow BearはCOVID-19を発症する。
郊外のキャンプ場に隠れ、Abelineに看病されるSlow Bear。だがその症状は悪化の一途をたどる。そこに現れる組織の者たち。
四人は車に乗せられ、ソルトレイクシティの組織のボスであるMiles Tornの屋敷へと運ばれて行く。
もはや身動きもできないSlow Bearには厳重な見張りも付けられず、その隙を突き手近なありあわせの武器で突破口を開く。屋敷に火を放ち、その中でほとんど身動きできない身体で敵を倒して行く。
そして遂にSlow BearはAbelineと少女達を救い出すが、もはや自力では動けず、3人を逃がし炎上する屋敷の地下室に倒れる。
なんとか逃げ延び、家に戻り二人の少女と共に新たな生活を始めたAbline。
そしてある日、一枚のポストカードが届く。サンバーナーディーノの風景を映した絵葉書。裏にはAbelineの住所と、一文だけが書かれていた。
"Wish You Were Here"

第1作ではある種の定型をひっくり返し続けるように負け続け、追いつめられ続けるアンチヒーローとして登場するSlow Bear。
第2作ではそこから大ジャンプでパルプヒーローアクションのフォーマットに、その場に存在し得ないようなポンコツ主人公と60歳のヒロインという設定で飛び込み、箍の外れたようなブラックユーモアとスラップスティックすれすれをかすめる アクションが展開される。その辺の見どころも書きたかったんだがまあ無理か。実物読んでくれよ。
そしてそこから続く第3作『Slowest Bear』!やっと始まります。

Slowest Bear


Micah "Slow Bear" Crossは、疲れ果て、児童強姦者の血に塗れ、プールサイドのラウンジチェアに倒れ込み、息を整えようとしていた。肉叩きハンマーが彼の一本しかない腕から滑り落ちる。指から脳の残骸を振り落とす。
競泳用パンツの小児性愛者は顔を下に浮き、-顔がほとんど残っていない状態で言うのは妙な話だが-、プール全体にルビーレッドが花盛りとなっていた。
今は静かだ。前からそうだったわけじゃない。変態野郎はSlow Bearが咽頭を潰すまで、助けてくれと喚き続けていた。カリフォルニア、サンバーナーディーノの心地良い夕方近く。ひんやりとした空気。まだ春なのか?それとも今は夏か?秋ってこともあるか?

変態野郎の豪邸は、丘の上にあった。豪華な外観。あちらもこちらも豪華に作られた家の中。そして多すぎるほどのおもちゃ。
そして奴は今、ルビーレッドのプールに浮いている。
運良く、変態野郎は競泳用パンツ一丁で家に一人きりだった。配達を待っていたからだ。二人の少女。Slow Bearが、その運搬の途中で救い出した少女達を。

ラウンジチェアに座り込んだSlow Bearは、そのまま眠りに落ちる。
そして、夢の中で起き上がり、去って行く…、クソッ、どこへ行くっていうんだ?
居留地に彼の帰る場所はない。おそらくはもう彼が死んだと思っているはずだ。
ネブラスカ。彼はAblineの家へと戻る。彼が助けた少女たちは、そこでその歳の少女がそう在るべき姿で幸せに暮らしている。明るく笑って。
離れたところで鳴らされた車のクラクションが彼を目覚めさせる。

一瞬、自分が捕まったかと錯覚するが、そうではないと安堵する。
だが、夢はその二人の少女が運ばれてくるのを、この変態野郎が待っていたことを思い出させ、死体に向かって罵り散らしたい怒りがこみあげてくる。
この男は、映画産業で現場で必要なあらゆる機器をレンタルすることでひと財産を築いた。
現在事業の方は、彼の息子が取り仕切っている。この場の段取りといったことまで含めて。
そして、この男の娘もこれに関わっている。事が終わり、男が"完了"のメールを送ると、娘がやって来て少女達を回収する。
そして少女たちは、婉曲的に言えば「食物連鎖の下」へと送られることとなる。

Slow Bearは、"完了"のメールを送り、肉叩きハンマーを手に娘を待ち構えることを考える。
だが、あまりにも疲れすぎ、ハンマーをプールの水中に落としてしまったことを思い出す。
自分は疲れすぎている、休みが必要だ、Slow Bearは考える。
去る前に現場を片付けておくべきかと考え、結局やったのは備品倉庫から持ってきた漂白剤をありったけプールにぶち込むこと。
立ち昇る悪臭に、植え込みで嘔吐し、這いずるように家の中へと戻る。
そして一番近くにあったベッドの枕に頭を乗せると、Slow Bearはそのまま意識を失う…。

そして、ここから前作『Slower Bear』の最後からこの物語の現在に至る経緯が語られる。前作の流れで行くと、ここはまた大雑把に飛ばされるのかと思っていたら、今度はそこのところが丁寧に語られる。この辺、こっちの予想を常に引っ繰り返して 我が道を行く感じがSmith先生の魅力なわけだが、まあ、裏の裏で普通の形になってるとも言えるんだけど。
実はここからその過去の経緯と、現在の状況が交互に描かれて行くことになるのだが、ちょっとその形だとあらすじ説明が長くなりすぎそうなんで、ここではその過去の方を先にまとめます。

燃え盛る屋敷の地下室で、Covidにも苛まれSlow Bearは完全に自分は死んだと思った。だが、次に意識を取り戻したとき、彼は消防士により運び出され、外の草地に寝かされていた。
状況的に、彼は何らかの犯罪に関わっているという可能性があり、担架に手錠で繋がれ逮捕という形で救急車に乗せられる。救急車の担当は白人の若者と、もっと若い頃はレスラーだったのではないかという見かけの黒人の女性。
全身を苛む痛みと苦痛に、自分の魂が肉体を離れ、天に昇って行くことさえも望みながらSlow Bearは運ばれて行く。

意識を再び失ったSlow Bearは、病院に到着し担架が救急車から降ろされる揺れで目覚める。
言い争う声。Covidで患者が溢れる病院は受け入れを拒否し、ERの職員と救急車の女性が言い争っている。
「こいつはあの火事現場から来たんだろう?あそこは小児性愛者の巣窟だったって聞いてるぞ。こんな奴は砂漠の中にでも放り出してくりゃいいんだ」
警官までもが、こんな奴いなくなった方が面倒が減るだろ、と銃に手を伸ばす。
Slow Bearは必死に頭を持ち上げ、救急車の女性に訴える。「小児性愛者なんかじゃない。俺が奴らをみんな殺したんだ。女の子たちを救ったんだ」
警官はそれを聞き、こいつ自白したのかと色めき立つ。
「この人は変態共の仲間じゃないと言ってる。あたしたちが助けなきゃ、この人は死んで何があったのか誰にもわからなくなるんだよ」
別の病院へ向かうという話になり、運転手は病院内に場所を調べるために入って行く。 救急車の女性はSlow Bearに、嘘は言ってないだろうね、と念を押す。「インディアン、嘘つかない」
警官の助けを借り、移動の準備のためSlow Bearの担架は車内へ戻される。警官は、女性に頼まれ病院内にコーヒーを買いに行く。
後部ドアが閉められる。運転席のドアが開かれ、閉じられる。担架が固定されていない状態で、激しく揺られながら、救急車が発車する。

Slow Bearを救った女性の名はToni。彼を救った理由については"Jesus thing"とシンプルに告げる。
軍隊を除隊後、アーティストである女性と同性結婚した後、彼女の死に直面するといった重い人生を経て来た女性。
Slow Bearは、まず彼女の母親の家に連れて行かれた後、彼女の妻が遺したコンドミニアムに匿われる。
だが、やがてそこにも警察による追及が迫り、なんとか建物から抜け出したSlow Bearは、彼女にこれ以上の迷惑はかけられないと別れを告げ、ひとりバスに乗りカリフォルニアへと向かう。

そして、彼が殺した男の屋敷の中のベッドで意識を失ったSlow Bearのその後、続きから。
Slow Bearは男の携帯が鳴る音で目を覚ます。
画面表示を見ると、"Lulu Doll"、男の娘の名があった。電話は放置し、そのままヴォイスメールに行かせる。
部屋はずいぶん暗くなっており、携帯の画面を見ると時刻はPM:8:21。変態野郎を殺したのが何時だったかも思い出せないが。
やっとで起き上がり、灯りを点けてキッチンに向かう。
彼の命綱であるオレンジジュースは見つからなかったが、冷蔵庫にあったエッグロールをレンジに放り込み、手近にあったシリアルを手づかみで食いながら、ヴォイスメールをチェックする。
「父さん?これを聞いたらすぐにあたしに電話して。いずれにしてもそっちに向かってるけど。どうも良くない話を聞いたの。ユタから。そちらについたら話すから。10分ほどで着くからね」
Slow Bearは、携帯の履歴をチェックする。彼女は何度も掛けてきており、最後のそのヴォイスメールは11分前。
11分前。10分ほどで着く…。
その時、玄関で鍵を回す音が聞こえてくる。

電話に出ない父親に対して文句を言いながら家に入って来るLulu Doll。
Slow Bearはキッチンでとにかく武器になりそうなものを探す。が、見つかったのは金属製のひしゃくのみ。
角を回って現れたLuluにひしゃくを投げつける。口に命中。折れた歯が飛ぶ。
一旦は倒れたが、口の血をぬぐいSlow Bearを罵りながら立ち上がる。LuluはまだSlow Bearのことを、父の同好のいかれた客の一人だと思っている。
そして父を呼びながら家の中を探し始める。その後を給仕用の大型フォークを手に歩くSlow Bear。
「もっと慎重になってよ、父さん。あたしもDarwinもいつも言ってるでしょう。お金じゃ解決できないこともあるのよ。あたしがユタから聞いた話、信じられないと思うわ。ヤバい話。あたしたちは急いで備えないと…」
そこで後ろにいる男に気付く。腕を数える。一本だけ…。
「あんた…、あんた父を見なかった?」
Slow Bearはフォークを裏庭の方向に振る。「プールを探してみな」

Lulu Dollは、プールに浮かぶ父の死体を呆然と見下ろす。
「あんたが…、ユタから来た片腕のインディアンなのね?」
「元はノースダコタだけどな」
「あんたが…、あんたがみんな殺した…」
「それほどのもんじゃない。多分みんなの半分ぐらいだな」
「あんた、あたしも殺すのね」
「ムム…ウム」

「あたしが、父さんの最初の犠牲者だった」そこでLuluは自分と父親、家族の関係を話し始める。
彼女は14歳の時、父親にレイプされる。誰にも言うことが出来なかった彼女にとって、唯一の救いが年上の義兄Darwinだった。
やがて彼女はDarwinと関係を持つようになる。だがその一方で、Darwinは父親の性癖を利用し始める。
父親に幼い少女達を供給し始め、密かにその様子を隠し撮りする。そしてそれを使い、父親から全てのビジネスの実権を奪い取る。
父親はもはや常に酔っ払い、息子が供給する悪徳に耽るだけの飾りとなっていた。

Darwinが全ての人身売買ビジネスを取り仕切っているのか?と問うSlow Bear。
その中の一人だ、とLuluは言う。かなり大手の。彼は自身のワイン醸造所を通して資金洗浄を行っている。ワインは彼が最も熱意を傾けているものだ。
尚も自分の家族の醜聞について語り続けるLuluだったが、もはやSlow Bearは嫌悪で聞く気も起きない。
Luluは、今起こっていることは彼女たちの家族にとっても頭痛の種となっていた父親を殺しただけなのだから、Darwinと交渉は可能だと説得しようとする。
「俺はあんたの兄貴と話さなきゃならん」Slow Bearは言う。
そしてすぐに電話をかけようと言うLuluに、直接会うということだと告げる。
「そいつは俺が奪われた友達を見つけるのを助けてくれるかもしれん」

Slow Bearは、Luluを屋敷の中を引き摺って行き、見つけたゲームルームにあっった接続コードで縛り上げ、自分はシャワーを浴びる。
ここに来るまでの道のりを思い出しながら、シャワーを浴びるSlow Bear。
だが、呼びかけに応えないLuluを不審に思い、シャワーから外を覗くと、彼女は既に拘束を解き逃げ出していた。
慌てて裸のままシャワーから飛び出しLuluを探すSlow Bear。玄関のドアは既に開いていた。外から聞こえる声?
「お願いよ、話を聞いてよ!あいつは危険なのよ、あたしをレイプしようとしたのよ!あいつはあたしの父さんを殺した!あたしの歯を折ったのよ!なんで聞いてくれないのよ?放してよ!」
そこでLuluを押さえ込んでいたのは、Slow Bearを救った救急車の看護師Toniだった。

匿われていたコンドミニアムに警察の手が及び、何とか逃げ出しひとり次の目的地へ向かったSlow Bearだったが、彼を心配するToniはバス停で待ち伏せ、彼がバスに乗った後追跡し、ここに辿り着いたのだという。
Toniのお陰でLuluを見張る必要から解放され、病み上がりの身体で人を殴り殺し疲弊しきっていたSlow Bearはしばしの休息を取れる。
この屋敷には、様々な悪事の証拠も揃っているのだから、匿名で警察に通報して全てを片付ければいいのではないかと言うToni。
だが、Darwinが探し続けていた友人を見つけ出す手掛かりとなると確信するSlow Bearは、その提案を拒む。
彼女をこれ以上巻き込みたくないと思うSlow Bearだったが、Toniも同行を主張し、彼らはLulu Dollの運転でDarwinのワイン醸造所へと向かう…。

*  *  *

うむむ…、またあらすじ説明がえらく長くなってしまったのだが…。
ここのところを短くすれば、もっと多くの記事が書けるはずだと常々思うんだが、やはり翻訳されて日本語ですぐ読めるというわけではない作品を説明するためには、自分でこのくらいまで書けば続きを読もうと思う人もいると納得できるまでやるしかない。
まあ今回は特に、Smith先生の話が好きだからという部分も多いんだが。それにしても、標的を殴り殺したはいいが疲れて眠ってしまい、やっと起きたら娘がすぐそこまで来ていて、とにかく手近にあった金属製のひしゃくを投げつけて…、なんて展開を どう短く説明すればいいのか?

「ソルトレイクシティでの死闘の後、燃え盛る屋敷から救出されたSlow Bearは、彼の闘いに共感する救急車の看護師Toniに命を救われる。救い出した少女たちの最終的な目的地であったカリフォルニアの富豪の屋敷に向かい、主を撲殺したSlow Bear。 しかし病み上がりで疲弊しきった彼は、その屋敷内で眠りに落ちてしまう。携帯の呼び出し音でやっと目覚めるSlow Bear。だがそれは屋敷の主の娘がそこへと向かっているというメッセージだった。慌てて臨戦態勢を取ろうとするSlow Bear。 その時、正面ドアの鍵を回す音が聞こえてくる…。」
みたいなあらすじではどうにもならんと思うんだが…。

Anthony Neil Smithという作家の特徴の一つとして、クライム・ノワールというところを中心としたフィクションのパターンというものを、幅広く熟知しているというところがあると思う。
その多くのパターンの上に、短編作品などに多く見られる文学といった部分の境界線に位置する資質も加味されて作り出された、独自のヒーローたり得ないヒーロー/主人公たり得ない主人公といったキャラクターを乗せ、その方法論が陥りがちな パロディであるとか、批評的な方向とは全く違う方向で、その知識から引き出された様々なフォーマットを可塑的に自在に変化させながらオリジナルの物語として編み上げて行くところが、Anthony Neil Smithという作家の凄さだと考える。
例えば、今回紹介した『Slowest Bear』の序盤部分だが、ゆるヒーローSlow Bearのドタバタ展開なんだが、最終的には敵方の美女を裏切りの危険性を秘めながら味方に懐柔するというパルプクライム作品の一つのパターンへと着地しているわけだ。
第1作『Slow Bear』では、居留地のはみ出し者である主人公が望まぬ政争の道具として巻き込まれて行くという一つのフォーマットに、全くフィットしないダウナーな主人公Slow Bearが、ことごとく本来あるべきストーリーを裏切る行動を 取り続け、迷走を続けた挙句に、最終的にはエンディングの見せ場というような花火を上げて終わる。
第2作『Slower Bear』では第1作のパターンではあっただろう書かれなかった結末を追加した上で、例えば初期マック・ボランでもあったような、ある目的を持った主人公がある街に現れ激しい闘いの末、その街の組織を壊滅させるというパターンを、 まったくそこにフィットせず、泥と牛糞まみれでダーティーな闘いをするヒーローをぶち込み、最終的には新型コロナによりほとんど身動きもできないという状態にまでなりながらなぞって行く。
そしてこの第3作。前作からの続きという少しイレギュラーな形を取りながら、新キャラクターを加え、ここから悪の本拠地へと乗り込んで行くという定型パターンへと進むのだが。

Anthony Neil Smithの、代表作であるBilly Lafitteシリーズでは、田舎町の小悪党であった主人公Billy Lafitteが、物語が続いて行きそこで生き延びて行くために凶悪な暴力装置へと変貌して行く。その特徴としては主人公Billy Lafitteが その変貌すらも含めて常にその状況に対する犠牲者であることだった。ちょっとまだ第3作までしか読んでない自分の考えではあるんだが。
このSlow Bearシリーズは、Anthony Neil Smith作品の中では、ある意味Billy Lafitteの対極にあるとも言えるだろう。主人公は全く強くなることもなく、戦略的になる事さえせずに自身の目的のため全く無計画に能動的に動き、最終的には生き延びることで 物語を続けて行く。
Billy Lafitteシリーズが、その独自のキャラクターにより独自のストーリーへと沈下して行った(何か少し変な表現のようだが、自分的にはこの言い方がフィットするように思う)のに対し、このSlow Bearシリーズはその定型を崩しながらも、 よりパルプフィクションのパターンに沿った形で書かれていると思う。
だが、この『Slowest Bear』後半では、その定型から外れるようにSlow Bear独自のストーリーへと展開し、結末へと向かう。
ロマンチックで悲劇的な終盤の展開は、そのメロディを背負ったまま凄絶な戦いへと至り、そして緞帳を叩き落とすように幕を閉じる。なんか時間経ってあらすじとか曖昧になって来ても、このエンディングは生涯忘れんだろうなあ。

現在このSlow Bearシリーズはここまでの3作をまとめた合本版『Ghost Dance: The Complete Slow Bear Collection』としてもFahrenheit Pressから出版されている。
だが、Anthony Neil Smithのやや緩めの追っかけぐらいである私の知る限り、彼がこれが三部作であると発言しているのを見た覚えはない。そして、近年ぐらいには、来年ぐらいには第4作書くかもよー、ぐらいのことを度々言っている。 そしてそれはついに決定事項となったようで、つい最近のSabstackで『No Bear』(多分仮題)として、現在執筆中のBilly Lafitte第5作の脱稿後、2027年より取り掛かることが言及された。あ、なんか発表というよりはいつもの調子で、 これからの予定ぐらいでついでっぽく言われただけだけど。今作の衝撃の結末の後、いかにしてSlow Bearが生還するのか?今度こそ出版されたらすぐぐらいに読むからね!
あ、ちょっと書き方が悪かったかと思うんで補足しておくと、これはFahrenheit Pressが勝手に既刊3冊を合本にしちゃったとかいうものではないので。多分はAnthony Neil Smithが第4作の執筆の意図を固めたがゆえに、ここまでのところを合本でまとめておこう ということになったのだろうという方が正しいのだろう。そこから考えると、『No Bear』は単独の続編ではなく、ここから新たな三部作ぐらいに拡がる構想になっているということもあり得るのかもしれない。あと、Smith先生はこれまでこれが 三部作だとは発言してないと先に書いたが、この合本版出てからは三部作と言ってるんだけどね。
実際のところ、この3作については三部作という形にまとまっているので、そのつもりで読む分には全く問題はない。作者Anthony Neil Smithの考えとしては当初から、これは三部作という形でまとめるが、そこでSlow Bearの物語は終わるわけではない、 というものだったのだろうと思う。

*  *  *

さてここで作者Anthony Neil Smithの近況について。
引き続き大学で教鞭をとる傍ら、精力的に執筆をつづけ、大学のお休みシーズンには奥さんと楽しく旅行に行くといった日々を過ごしておられる。
直近では、近くで開催されたState Fair Book Fairに、初めて出店というような形でテーブルを出して参加し、自作を自ら販売して読者と交流し、充実した体験をされたとのこと。
その際には、来たるBilly Lafitte第5作出版に備え、過去作で素晴らしいカバーを描いて来たアーティストSteven Fainとコラボレーションして、「Guilty Crime Story Magazine: Issue 002」に掲載された現在のところ唯一のBilly Lafitte短編作を掲載した 小冊子やしおりを作成し、配布したということ。行きたかったなあ…。
今後の既に決定している出版予定としては、以前別の出版社からの出版が一旦アナウンスされたが、理由不明のまま立ち消えとなってしまっていた『Trooper Down!』が、10月にShotgun Honey Pressから。そして昨年 Uncharted Magazineで開催されたNovel Excerpt Contest(未出版の作品のあらすじコンテスト、というようなものだと思うんだが)で優勝し、執筆に臨んだ『The Prison Nurse』が来年2027年春に Cowboy Jamboree Pressからというところが現時点では発表されている。
また、Billy Lafitteシリーズは、昨年より文庫化という感じで、現在は既刊4作全てがFahrenheit Pocket Noirより出版されているが、第5作についてはどこから出版されるかは未定。自費出版という形になるかもという話もしていた。これについては Steven Fainのカバーによる自身の望む形で出版したいというところなんだと思う。

さてやっとでSlow Bearシリーズ初期三部作(というところになるのかな?)の紹介が終わったわけだが、当方としては次はいよいよBilly Lafitte第4作『Holy Death』!…いや、こんなに遅くなった理由としては、ハードボイルド作品の出版がきわめて 乏しい日本でハードボイルドファンを続けていた長年の間にしみついてしまった貧乏性故なんだが…。もうこれ読んじゃったら、続きいつ読めるか…、みたいなのの積み重ねの中で…。心から愛するBilly Lafitteの第4作『Holy Death』出版後、 次はもうでないかも、という状況が続き、手を出せない状態が続いていたわけで。だが、近年になり、遂にその貧乏性も克服!いやまあ、こんなに今すぐ読まなきゃならない今すぐ読める本が山積みになってりゃ、そうなるって。ここからは なるべく早い機会にまず『Holy Death』を読み、第5作出版の際にはまたなるべく早いうちに読み、Slow Bearシリーズ第4作も出たらすぐ読むものである!今度こそは!
いやまあ、それはそれとしても、結局のところ私、Anthony Neil Smithファンを自称するにはとても足りないほどしかSmith先生作品読めてないんだよな…。Lafitte3作に、単発作品『The Butcher's Prayer』、それでやっとSlow Bearシリーズ初期三部作かよ…。 ともかく『Holy Death』読破後、次が出て来る間にまず読めればと思うのは2015年の『Worm』。最近Smith先生の言及により知ったんだが、実はこの作品でSlow Bearは初登場してるらしい。その後、当初はドイツの出版社から出た2018年の『The Cyclist』。 そして昨年出版の『Murderapolis』。なんとか初期作を置いといても近くのからと思ってるうちに『Trooper Down!』、『The Prison Nurse』も出てきちゃうんだよな。えーい、全部必ず読むぞ!ワシはAnthony Neil Smithの素晴らしい作品を日本に紹介するために これをやってると言ってもそれほど過言じゃないんだからな。Anthony Neil Smith先生、まだまだ続きます!


■Anthony Neil Smith著作リスト

〇Billy Lafitteシリーズ

  1. Yellow Medicine (2008)
  2. Hogdoggin' (2009)
  3. The Baddest Ass (2013)
  4. Holy Death (2016)

〇Mustafa & Ademシリーズ

  1. All The Young Warriors (2011)
  2. Once A Warrior (2014)

〇Castle Danger (The Duluth Files)シリーズ

  1. Castle Danger - Woman on Ice (2017)
  2. Castle Danger - The Mental States (2017)

〇Slow Bearシリーズ

  1. Slow Bear (2020)
  2. Slower Bear (2022)
  3. Slowest Bear (2024)

〇長編・中編

  • Psychosomatic (2005)
  • The Drummer (2006)
  • Choke on Your Lies (2011)
  • Sin-Crazed Psycho Killer! Dive, Dive, Dive! (2013)
  • Worm (2015)
  • The Cyclist (2018)
  • The Butcher's Prayer (2021)
  • Murderapolis (2025)

〇短篇集

  • Skull Full (2024)
  • The Ticks Will Eat You Whole (2006)

・Red Hammond名義

  • XXX Shamus (2017)

・Victor Gischlerと共作

  • To the Devil, My Regards (2011)

・Dead Manシリーズ (with Lee Goldberg and William Rabkin)

  • 16. Colder than Hell (2013)


えーと、ここ数年ぐらいのスパンで私が読んで大きく衝撃を受けたぐらいのところの一冊であるGabino Iglesiasの『The Devil Takes You Home』が、なんか翻訳されてたみたいです。Gabinoそろそろ新刊出ねえのかな、と思ってアマゾンの Gabinoの著者ページに行ってみてたまたま見つけました。今のこの業界の底辺までの劣化・退化具合から、またぞろクソ「日本の見方」で作品方向を勝手に歪めたコピーが付けられたり、巻末の広告ページより役に立たない自称ミステリ評論家による 「本を読んで資料を見て感想を書くだけの簡単なお仕事です」なやっつけ感想文解説が載せられてる可能性が高く、それ見てブチ切れて時間を無駄にしたくないため、アマゾンの商品ページも見てないし、わざわざ本屋まで行って現物を確認する気もなく、 邦題も把握しとらんし、リンクをつける気もないけどね。Gabino Iglesiasで検索すれば見つかるんじゃない?もうこんなところから出て来るものについて宣伝的なことをするのも心底嫌だけど、これほどのものが出たならやっぱり言っとかなきゃならんだろ。 これを読んで理解する努力もしない程度の奴は、「ジム・トンプスンを一位にしたのはマズかったネ」モードでジェフリー・ディーバーぐらいの温いとこ浸かって、一生ミステリ超後進国民として暮らせばいいんじゃないの?オレは買わないけど、 必読だよ、バカヤロー!

ミステリについての理解において、シンプルなトリックや謎解きで作られたクラシック作品に、ミステリの本質や、ミステリ法則のようなものがあると思い込むことは、最も安直で幼稚な方法である。
ミステリはその歴史の中で、様々な試行錯誤の末、その話の作り方自体が大きく変化してきた。クラシックなミステリがいかなるトリックにより謎が作られ、いかにしてその謎が解かれるかという形で、パズルやクイズと同様の方向で考えられ作られているのに対し、 現代のミステリ作品では、最終的に犯罪の真相が明らかとなった時にそこに現れる悲劇であったりというような、よりリアリティのあるドラマ性に重点を置いて話が作られ、場合によってはそのリアリティを損なうようなトリックといったものは軽視、というよりは もはや使われない方向に動いて来ているなどというのは基本中の基本だろう。
クラシックなミステリと、現代のミステリでは、プロットという形で単純化してみれば似たような構造であったとしても、物語の重点となるものが全く違っており、クラシックを基本とするような形で解釈できるものではないのは当たり前のことだ。
「本格ミステリ」というクラシックタイプのミステリを指すミステリ用語が日本で産まれたのは、この国の特殊な事情によるある種の誤解に近いものだ。第二次大戦終戦後、かなり遅れた形で、日本には海外のミステリが、前世紀のクラシックと、その当時の現代である マイク・ハマータイプのハードボイルドミステリなどが同時に流入し、紹介され普及し始めた。その時点でそういったクラシックタイプの謎解きを中心としたミステリを日本で作りたいと考えた層が、そういったクラシック作品を「本格ミステリ」と呼称し始めた というような事情なんだと思う。
日本にはかつて江戸川乱歩を始めとするような、日本という土壌の上に独自の世界観を持って、日本オリジナルのミステリを創り上げた作家たちがいた。次の世代がこれらを継承発展しようと考えるのは至極当然のことだろう。
こういった作品が作られていくことに全く問題はない。だが、ここで起こった一番の問題は、その次の世代がその「本格ミステリ」という呼称もそのまま継承したことだ。もうその時代には世界のミステリ状況ももっと見えてきて、これを「本格ミステリ」 と呼称し続けることにより、もはやそんな作品が作られていない海外のミステリについての理解の間に齟齬が生じるかもしれないぐらいのことを考えるべきだった時代に、それを変えることを考えるどころか、それがミステリの正統で、真髄であるかのような 理屈を振り回し始めたわけだ。
それは今から見た過去の話であり、その時点では誰もそんなことは思いつかなかったというかもしれない。私だって当事者みたいなもんではなかった視点で言ってるわけだしね。だがそこから時間が経ち、その違いはどんどん大きくなってきて、 ミステリに関わる人間ならその齟齬は確実に見えていただろうにもかかわらず、そこを何とかしようと思うものが誰もいなかっただけではなく、実際に起こったのはその逆のことだった。
次世代の「本格ミステリ」作家が台頭し始めた前世紀末頃は、そこから優れた作家も現れジャンルとしても人気を博して行った。それらの作品に感銘を受け「本格ミステリ」の深く傾倒する若い世代もやがては出版社に入社するなどして、業界に入って来る。 最初に言ったクラシック作品を基準にミステリを理解するというような、「本格ミステリ」から提唱されたような稚拙な方法は、ミステリの歴史の中の多くのミステリ作品を読んでその変遷を考える必要もなく、クラシック作品と「本格ミステリ」を読むだけで ミステリについてわかった気になれるまだ若くて読書経験も狭い若い世代が容易に飛びつきそこに陥りやすい理屈だってことも言っとくべきだろう。 そして、それらが日本と海外のミステリの間で以前よりさらに広がった齟齬、解離を見た時そいつらがやったのは、日本を正とし、入ってくる海外作品の方をその基準に合わせるということだったわけだ。それがクソ馬鹿々々しい「日本の見方」ってわけ。
こうして日本の翻訳ミステリというところは、海外のミステリ作品の動向などは全くわからないレベルの惨状に陥ったわけだが、ほら、本来ならその状況を何とかしなきゃならないと考えるべき人間たちが、その業界にはいるだろう?ミステリ評論家ってやつさ。
どんな業界だろうと、海外作品に関わる様なところで、「評論家」を自称している人間なら、自力で独自に海外作品の動向を誰よりも先んじて見て情報を得ようとするもんじゃないの?だが、日本の「ミステリ評論家」様はそんな努力を一切せず、 そんなものは出版社任せで、渡された作品に感想文を付けるだけ、ミステリ専門家の人気者としてイベントに呼ばれてヘラヘラするだけ、「解説」を集めて中途半端な評論集っぽい本を出して小銭を稼ぐだけ、過去の評価の決まった人気作を並べて 馬鹿々々しいブックガイドを作って小銭を稼ぐだけだったわけだ。
こうしてこんな状態の出版社が選んで出版した作品を、こんな評論家が評価する、馬鹿々々しいランキングが業界を動かし、もうどうしようもない現在の状況に至ったというわけだ。翻訳ミステリの売り上げの右肩下がりが止まんないのは、他に様々な 娯楽が増え、読書をする人間が減ったせいでお前らには全く責任がないとか、もっと言えば自分たちは時代の犠牲者だなんて本気で思ってる?そんな奴らはとっとと右肩下がりの坂を転げ落ちて、海中か地中にでも沈没しちまえよ。
このランキングが出来た以前と、現在の状況を比べれば、日本でミステリの専門家面した奴らなんて、結局は一番簡単なクラシック型に当てはめる評価法に戻ってしまうなんてことはもはや自明だろ。こんなもんいくらリブートしてみたって同じ。 もしかして過去にトレヴェニアンの『シブミ』や船戸与一作品が選ばれたのをまだ憶えてて、そんな時代がまた来るかもと思ってこれに執着してる人とかいるの?もう諦めろって。
日本のミステリってものについて、同じジャンル小説であるSFとの比較を時々考える。SFというのは過去にグレッグ・イーガンであるとかコニー・ウィリスであるような先進的で優れた作家が紹介されてきて、それを読んだ意欲的な作品を書く 新しい作家が日本でも多く登場している。例えば、日本SFの黎明期の小松左京や光瀬龍というのがそれぞれに優れた作家であっても、これだけ読んでいたのではこんな新しい作品群は産み出されなかっただろう。日本のミステリってのはそれと真逆で、 まともな海外作品の紹介が止まってしまったために、SFで言えば小松左京らの再生産しかできていないというのが現状なんじゃないのかね。あのさ、SFってものについて勘違いしてるかもしれないけど、英米みたいなところを上っ面だけ見れば、スターウォーズや スタートレックぐらいのもんなんだよ。そこからもっと探って優れた作品を持ってこれる人たちがいたから現在の状況があるわけだ。日本の翻訳ミステリなんてところは、そういったスターウォーズぐらいの上っ面しか出てないベストセラーリストだけ見て これ日本には売れないってことにして来ただけなんだろ。まあそうやって新しいものが供給されて来なかった日本のミステリなんてところは、どんどん魅力がなくなってもうすぐ終わるんだろうけどね。
ここまでひどいことになった日本の翻訳ミステリに望むことは、もうこれ以上被害を広げないうちに消滅してくれの一択ですよ。これが完全になくなった後どうなるか?まあよっぽど大きな書店に行かなきゃ手に入らない程度の規模でも、日本に本当の 現在の世界のミステリを伝えなくてはならないという意志を持った出版社が、地味に少部数のハードカバー本とか出すとか?それさえもなくなるとか?
たださあ、現在のAIの発達みたいなもんで、英語作品ぐらいは即時翻訳されて、日本語として読めるようなもんが出て来るだろうと思うよ。つーかそのくらいもうできるんだろうがそんなもん大して需要もなく儲けにもならんので出てないだけだろ。まあいずれはそういうものも、これで少々小銭拾えるかもな感覚で搭載されてくるんじゃないのかな。
せっかくそうなったとしても、馬鹿な「日本の見方」で海外作品の動向を無視してきた日本じゃ、何読んでいいかわからない。ベストセラーリストなんて見てみても本当に読みたいもんなんて見つからない。まあ日本のベストセラーリストで満足できる程度の人なら それでええんやろけど。そういう時代のために偏った一部の人のためでも、現在のハードボイルドの動きってものを示していると確信する作品を、一つでも多くせっせと紹介して行くものでありますよ、ってこと。

結局のところ、せっかくGabino Iglesiasの『The Devil Takes You Home』のような重要作が翻訳されたとしても、この救いようもない状況の翻訳ミステリなんてところじゃ、杜撰に扱われるだけなんだろみたいな気分やら怒りやらフラストレーションが、この猛暑でよれよれになってる一日潰して、思いっきり不満を並べ立ててやろうということになったんだろう。
この作品をちゃんと扱えということは、別に馬鹿ランキングの上位に持って来いなどという話ではもちろんない。この作品が現代のミステリってところで一つ重要な位置にある作品だぐらいのことは最低限認識しろよ、ってとこだろう。
『The Devil Takes You Home』という作品はノワールというジャンルに於いても、少し異色の作品だ。だが、現在のノワールというジャンルで中心となっているようなテーマの上に、作者自身の視点による社会の歪み、更にその上にラテンアメリカ文学のマジックリアリズムの手法も含んだホラーをミックスし、見たこともない世界にまで昇華させた現代の、そして未来へと繋がりるノワールジャンルの必読作品である。まあ言った傍からこんな国じゃ誰も読まなくってもいいや、ぐらいの気分になってしまうのだが…。
まあこれに加えて、次の次ぐらいに予定しているマッキンティ/ダフィ第8作について、また日本でこのシリーズがなんであんな悲惨な状態で出たのかについて、やっぱ言及しなきゃならんけど、前作みたいになるのは嫌だなあ、みたいな憂鬱も乗っかっているのだろうけど。
結果的にはAnthony Neil Smith先生作品についての末尾のところを汚すようなことになってしまい申し訳なく思ってる。ただまあ、なんかの偶然でSmith先生がこのページを見ることが万が一あったとしても、Smith先生なら俺も時々この手の暴発するよな、と苦笑い混じりで許していただけるんじゃないかと思うんですけど。…いや、変な言い訳かまして申し訳ありませんでした…。
まあ前回最後に予告した通り、今回も最後には次のSmith先生作品を一刻も早く読まなければ!になりました。次回登場作品も、まあ必ずそうなります。
なんかもうここで熱中症とかなったら後がないんじゃないか、ぐらいの危機感で気を付けていて、ややペースダウンな感じなんだが、どなたもこの夏は気を付けてくださいね。あー、翻訳ミステリ関係者はどうでもいいや。


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