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2026年5月11日月曜日

Steve Goble / City Problems -Ed Runyonシリーズ第1作!-

今回はSteve Gobleの『City Problems』。2021年に出版されたEd Runyonシリーズの第1作。Matt Coyle/Rick Cahillシリーズと同じOceanview Publishingより出版されているPI小説シリーズです。

前からしつこく言ってる現代のPI小説というのをもっとよく見て行かねば、というのの第1弾というところなんだが。
ところで、12周年のところでハードボイルドの本流っていうところがあって、それとは別の流れとしてPI小説というのがあるというようなことを言って、まあ伝わらんだろうけど説明するスペースもないしな、と投げっぱなしだったんだが、 今頃は、ハードボイルドの本流って何?お前がそう思い込んでるだけだろ、はい論破、とか言ってる奴もいるかもしれんので少しは説明しておこう。
つまりさ、S・A・コスビーが『Blackktop Wastland』一作でなぜジャンルのトップぐらいまで昇り詰めたかってところ。コスビーの『Blacktop』は、まず仲間の作家から高く評価され、それがその友人の作家、さらにその友人と広がり、最終的に ジャンルの大物作家達からの高評価を得るという形でトップへ上って行った。まあこっちはその様子をリアルタイムでスゲーなと眺めていたようなもんなんで。で、そんなことがなぜ可能だったかと言えば、そこにはマイナー作家から大物作家まで、 簡単につながるようなラインがあったからだ。そういったところをハードボイルドの本流という部分と見るのは間違ってないと思うがね。
そしてハードボイルドというジャンルの中で、それらと別の流れとなっているのが主に私立探偵を主人公としたPI小説。PI小説という呼称・概念っといったものは1980年代半ばごろに出来たという経緯は既に書いた。そもそもは、色々なイメージが付いて 使いにくくなってしまったハードボイルドを、私立探偵ものに特化した形でその呼称により新たに進めて行こうというような意図のものだったのだろう。
だが一方で、その頃よりハードボイルドジャンルのメインストリームは、エルロイやエルモア・レナードといった作家の強い影響により、クライムノベル傾向へとシフトして行く。
当初は両者の間に大きな隔たりはなかっただろうが、その時代における「現代」の私立探偵を描こうとして進んできたPI小説は、そこから実質的には道を分かつことになったハードボイルドのメインストリームとはかなり違う独自のジャンルと 言ってもいいようなものになっている。そこに至る経緯ももっと追って行きたいところもあるんだが、とにかく現代のPI小説からもっときちんと把握して行きたいというのが私の考え。

と説明はしてみたものの、思い込みの「ハードボイルド精神」に歪められる一方で、ハードボイルドの変化をきちんと見ることもせず、ミステリの進化を止めるどころか退化へと向かってきたこのミステリ超後進国でこんなこと言っても、全然 分かんねえんだろうな、と絶望感に捕らわれるばかり…。ハードボイルド=私立探偵という考えに凝り固まり、私立探偵が主人公ならそっちがハードボイルドの本流なのではないか、ぐらいのこと言いだす阿呆が自称「専門家」レベルでも ゴロゴロいるのがこの国なんだろ。全く通じてないことを承知で、PI小説ジャンルの作家たちの考えは、「ハードボイルド精神」の継承でも、チャンドラーの模倣でもなく、現代を生きる私立探偵像を描くことにある、というところで、 この徒労としか思えない説明を一旦終わる。

とにかくそういうポジションにあるPI小説なわけだが、ではPI小説の注目作はどこで見つければいいか?
前述のハードボイルド本流というところでは、相互に繋がりのあるその辺の作家の動きを見ていれば、色々な作品が見つかって来る。だが、PI小説の作家というのは、また独自のコミュニティに属していたりして、概してその辺の作家との繋がりが あまりない上に、それぞれの作家同士の繋がりも薄く、そういった関係からは今ひとつ見つけにくい。
そこで一番頼りになりそうなのが、結構長く80年代ぐらいから続いているThe Private Eye Writers of Americaによるシェイマス賞(The Shamus Awards)かと思う。
…いやまあ、結構前からそうだろうな、と思ってはいたんだけど、結局のところは他に色々あってなかなか手が回らなかったというところか。とにかくここから片っ端から拾って読みたいなあが、読んで行かなければならんという使命感ぐらいに変わってから、 更に一年ぐらいかかってると思うし…。
ただまあ、シェイマスってところも100%信用してるってもんじゃない。っていうのは例えば世の中には、シャーロック・ホームズも私立探偵であるみたいな考えもあるんで。まあそういった賞というのも数多あるんで、棲み分けはできてるんだろうなと思うけどね。 とりあえずは現代というところを舞台としてれば、8割がたは問題ないだろうとか。

そんなわけで、その辺の受賞作、ノミネート作品から選んだのを色々とリストアップしてたところ、2025年のBest PI Novelにシリーズ第3作『Go Find Daddy』がノミネートされたSteve Gobleが引っ掛かって来た。あ、いや、Oceanview Publishing作品はよくセール やってるんで、たまたま安くなってるの見かけて買ったので、じゃあこれから行くかという感じだったんだが。
で、こちらはそのEd Runyonシリーズの何の賞にも引っ掛かっていない第1作である。別に自分は、賞とかとったのがそのシリーズの最高傑作で、それから読むべきなんて考えは持ってない。1作目から読めるならそうすべき。
で、その第1作だが、実はこの時点では主人公Ed Runyonは私立探偵ではなく、ある田舎町の保安官事務所の刑事。つまりどういう経緯で主人公が私立探偵になったかについて描かれた、まあ昨今の一部での流行り風に言えば、Ed Runyon : Zero Yearみたいな話。
元々はNYの刑事だったが、ある事情により田舎町へと移って来たEd Runyonは、いかにして私立探偵となったのか?ではEd Runyonシリーズ第1作『City Problems』です。

City Problems


俺はOllie Southardの頭を右の脇で抑え込んだ。奴のやかましい吠え声を止められるのに充分な圧迫を加えて。それは肋に向かってくすぐったいような振動を引き起こすが、警官はその手のことを無視することを必然的に学ぶ。
Ollieは通常は温厚な大男で、俺に向かって怒鳴り散らすような奴ではない。彼は自分をイラつかせた奴に対して喚いていたのだ。
そいつは、Ollieにたぶんは折られたのだろう鼻から血を流し、バーの床に倒れていた。痩せた見たこともないその男は、俺とOllieから逃れるために、ブーツの踵で木の床を掘り起こすようにもがいている。男の手はベルトに向かって彷徨う。 あたかも「ナイフ」と言っているように。

というわけで、物語は田舎ポリス物の定番とも言える、主人公がバーの喧嘩に巻き込まれるというところから始まる。
主人公Ed Runyonはその日、朝にしばらく取り組んでいた事件に決着をつけ、その日の残りは休みとして、まず馴染みのTuckのバーで楽しく過ごすつもりだった。
事件は、ヘロイン中毒の妻が夫に階段から蹴落とされ、両足と片腕骨折を始めとする大怪我を負ったというもの。夫は、犯人はヘロインの代金の足しに妻と寝ているドラッグ・ディーラーだと主張し、その時間はあるバーにいたと他の客も証言する アリバイもあった。だが、それが妻から盗んだヘロインで買収した偽証であることを突き止め、夫を起訴するまでたどり着いたというところ。
そしてその解決に気分よくTuckの店にやって来て、最初のコモドア・ペリー IPAが注がれる前に、騒動は起きる。
その始まりは、よそ者のその痩せた男が、テレビで喋っていた男に対して、ホモ野郎と罵ったことだった。
タイミングの悪いことに、近くでダブルのバーボンを飲んでいたOllieは、彼の兄弟にも見える髭面の大男Rushとの結婚に臨もうというところだった。
ホモセクシュアルへの偏見に怒ったOllieとその男の口論が始まり、それは乱闘へと発展。
そしてそのよそ者は、ナイフを抜いた。

そのタイミングでポケットの携帯が鳴り出す。とりあえずはそれを無視して言う。
「俺は警官だ。そいつを捨てろ」
「くそくらえだ」男は言い、立ち上がろうとする。
格闘で押さえつけることも一瞬考えてみたが、Edは腰のホルスターから銃を抜く。
「俺の方が射程が長いぞ。刃物を捨てろ」
男はナイフを落とし、言われた通りにそれを手の届かないところまで蹴る。

そして、騒動の最中にTuckが通報しておいたパトロール警官たちが到着する。彼らに二人の逮捕を任せ、事態が落ち着いたところで、改めて携帯を見る。
電話は保安官のJohn Daltryからだった。
Daltryにかけ直すと、すぐに電話を取らなかったことに文句を言った後、本来の要件を話してくる。
オハイオ州コロンバスの刑事が、失踪人の捜査のためにやって来る。ブロンドの可愛い十代の少女だ。そちらの刑事は少女がこちらに来たと考えているようだ。Edにはその刑事のこの土地での捜査を手伝ってもらいたいということ。
「失踪した十代の少女」…。それはEdが再び聴くことになるのを恐れていた言葉だった。
なんとかその仕事を避けたいと思うが、保安官事務所のもう一人の刑事Bobは別の件にかかりきりで手が離せない。
渋々承諾し、後で署に向かうと話し電話を終わり、そこから逃げるようにTuckにさらにビールを頼む。

Ed Runyonはかつてはニューヨーク、ブルックリンの刑事だった。
ある十代の少女の失踪事件の担当になるが、様々に起こる他の事件に追われ、そちらに時間を割けないうちに最悪の結果を迎えることになる。
少女はブルックリン近郊で連続していたサイコキラーによる被害者の一人となり、陰惨な死体として発見される。
それにより心を病んだEdは、ニューヨークから逃げ出し、半ばアル中状態でこのミフリン郡に流れ着き、ここでのリハビリで立ち直り現在保安官事務所の刑事となっていた。
「失踪した十代の少女」は、彼にとって最も関わりたくない事件だった。

ミフリン郡の警察だって簡単な仕事じゃない。ドラッグの問題。ドラッグを手に入れる金のための強盗事件。だが少なくとも、大都市で起きるような狂人による理解不能な事件は起こらない。
それは都市の問題だ。そしてコロンバスは、ニューヨークほどではなくても、それなりの大都市だ。
「都市の問題」を持ち込まないでくれ。

しばらくの後、重い腰を上げ、署に向かったEdは、保安官のオフィスでコロンバスから来た刑事と会う。
Michelle Beckworthという女性の刑事。Edは彼女から事件の詳細を聞く。
失踪した少女の名前は、Megan Beemer。地元の有力者の娘ゆえ、早期に大掛かりな捜査に至ったのだろう。学校の成績も優秀で、品行方正。補導歴などもない。家出の可能性は低い。
交際していたボーイフレンドとは、最近別れており、その少年には確かなアリバイもある。
Meaganは、土曜の夜、パーティーに出かけた。倉庫を借りて一夜限りで開催される類いのパーティー。一つか二つのバンド演奏があり、ダンスフロアがあり、そして少々の酒やドラッグなど。
そして彼女はそのまま帰らなかった。
現在は火曜日。数日間の失踪だ。EdはMichelleから少女の写真を見せられる。青い目で金髪、明るい笑顔の!6~7歳の少女。
その少女は、彼がニューヨークを去った夜、やっと見つけた少女を思い起こさせる。彼がその後、多くの時間を費やしてそれについて考えない方法を学んだあの夜。

Meaganがこちらに来たのではないかとMichelleが考える理由としては、まず彼女が当夜、友人に「田舎から来た子と会った」とメールを怒っていること。そしてその夜のパーティーの駐車場には、ミフリン郡のナンバーの車が多く見られたこと。
更に強力な手掛かりとしては、その倉庫からこちらに向かう道の途中で、Meaganの携帯が捨てられているのが発見されたこと。
だが、その道は近くの他の町へも続いており、Michelleのパートナーの刑事がそちらに調査に赴いているということだった。

EdとMichelleは手始めに地元の高校に、彼女の知り合いがいないか、当夜パーティーにいった者がいないかなどの手掛かりを求めて向かう。
そこで、そのパーティーにはそこの生徒であるJimmy Norrisという少年がやっているバンドが出演していたという情報を得る。地元の若者にはそれなりに人気で、彼らの演奏を聴くためにそのパーティーに行った者もいるだろうとのこと。
Jimmy Norrisは、母親と二人でトレーラーハウスに住んでいて、その敷地内でバンド練習をしており、騒音に対する苦情が度々通報されていた。署に連絡を取ると、その日も通報があったところで、その対応という形で向かっていたパトカーの代わりに Edたちが行くことになる。
屋外で轟音を響かせ演奏をしている彼らを止め、話を聞く。Meaganの写真を見せるが、見覚えはないという彼ら。
だが、その倉庫に来ていた客の中に、同じ高校でフットボールチームのスターである、Jeff Cottonを見たことを話す。

Jeff Cottonは、多くの大学も注目しているフットボールの花形選手であると同時に、地元ではかなり知られる私設民兵組織のリーダーであるCotton家の息子だった。彼の父、Brian Cottonは、地元の"愛国者"達を集め、重武装し独自の活動を行っている。 道すがらMichelleに彼について説明し、話を聞くだけでも困難なことになると思いながらCotton家の地所へと向かう。
周囲を1ダース以上のスクールバスで囲い、壁面に下の地が見えないほどに鉄板を打ち付けられ、さらに廃車のフードやドアを防護壁として取り付けた、要塞化したCotton家。
ショットガンを手にして現れるBrian Cotton。事情を説明するが、案の定、息子はそんなものに一切関係ないとして、強硬に追い返される。

再び高校に戻り、グラウンドへ行くと、そこで練習中のJeff Cottonを見つけ話を聞くことが出来た。
父親から警察とは話すなと言われているというJeffだったが、非協力的ながら、Meaganを見かけたが接触はなかったこと、Norriのバンド演奏を聴くため一人で行ったことだけは訊きだせた。

まだ実際にこの町がMeaganの失踪と関係があるのかは不明で、それほどの情報も得られなかったまま、Michelleはコロンバスへと帰って行く。
Edは、自分とこの土地と一切関係ないまま、事件が解決してくれることを切に望むのだが…。

*  *  *

実は最初にどこかに閉じ込められているらしい女性、まあ明らかに失踪した少女Meaganなのだが、の一人称による切迫した感じの短い章が冒頭に入り、その後事件発覚を恐れている複数の正体不明の犯人たちの会話といった章が、Ed Runyonの 一人称によるメインの章の間に挟まれるんだが、その辺は省略した。サスペンスを盛り上げる感じの近年…って程でもなく、多分90年代ぐらいからだと思うが、よく使われる手法。

過去に関わった事件により大きなトラウマを負い、それが原因でアル中などの方向で身を持ち崩し、司法関係の職から退き、そこから立ち直ってという、現在までに作られてきた感じのPI小説の典型的パターン。
そこにまた別方向で人気である、多分Craig Johnson/Walt Longmireに代表されるのだろう田舎ポリスものの要素を加えたあたりが特徴というところか。
ただ田舎ポリスものと言っても、言葉から想像されるような牧歌的な部分だけではなく、Longmireの方でも、それこそヘビーなノワールコミック『Scalped』で描かれたのと同じ、アルコール問題で深刻なネイティブアメリカン社会で糖尿病のまま放置され、 両足を失ったようなキャラクターが出てくるように、ただ愉快で暢気なスローライフではないのが現代の田舎ポリス物というところなのだろう。
この作品でも、まず最初に主人公Ed Runyonが関わってきた事件として、ドラッグが関係する夫婦間の暴力事件について語られる。こういった現代のアメリカの田舎町でのドラッグ問題については、作者自身の経験も交えて書かれたJoe Cliffordの Jay Porterシリーズもある。まあS・A・コスビーとかも主に舞台となるのは、地方都市というよりこの手の田舎町に近いあたりだしね。
作中に登場するBrian Cottonの、過激な愛国者による民兵組織みたいなものも、この手の作品ではお馴染みのものだろう。ここではそういう言われ方はしていないが、コミックの方でやった『Beneath』という作品で出て来た 「スリーパーセンターズ」(アメリカ独立戦争時にイギリス軍と戦ったのは植民地のわずか3パーセントだったという主張に由来する)と同様の、現代アメリカの田舎的ところで多数発生している動きなのだろう。

そういった田舎町の問題というものについては対応できるが、理解不能な狂人により犯罪に一切関わりがないような少女が無残に殺されるような「都市の問題」により深いトラウマを負い、そのような事件が自分のいるこの町に持ち込まれるのを 何よりも恐れるのが、主人公Ed Runyon。
だが、事件が進むにつれ苦悩も深くなり、深酒に溺れるようなところもあるが、全体的な主人公の一人称の語りによる物語は、それほど鬱々としたものではなく、どこかバランスを維持していて、ノワール傾向の強い作品の主人公のように 自己破壊的な行動に向かうことはない。ジャック・テイラーさんみたいに気が付いたら精神科病院に入れられてたとかさ。
その助けになっている一つかと思うのが、彼の音楽的趣味。ハンク・ウィリアムズ(ジュニアかな?)、ウィリー・ネルソンなどの少し古いカントリーミュージックに深く傾倒し、自宅ではギターも弾いている。とは言っても日本の主人公=オレで 自分の音楽趣味を作中で正義としてゴリ押しするようなものではなく、あちこちでその趣味をやや生暖かい目で呆れられる。最初から出てくるTuckの店では、ジュークボックスでそれらの曲を流す度に店主Tuckに嫌がられ、捜査に当たり 彼の車に同乗したMichelleにも苦笑交じりで受けとめられる。
また、作中に登場する容疑者の一人になるJimmy Norrisのバンドは、三人編成のオルタナティブ、パンク傾向のものだと思われるが、Edにとっては音楽以前の騒音にしか思えないのだが、Michelleを始め、登場する多くの人物は、結構いいバンドだと いう感想だったり。
こういったところがそれなりのユーモアを帯びて、この物語が暗くなりすぎるのを救っているのだろうと思う。
まあ、現代のハードボイルドジャンルの、音楽ってものの使い方はこういうものだからね。なんかクラシックミュージックを聞いてるからポピュラーミュージック全般をガキっぽいと見下せると思い込んでた学生時代の考えそのままから成長できてない、 「ガキっぽい」老害なんて話にもならんしね。

過去のトラウマを乗り越えたと思っていたEd Runyonの前に、再び現れた悪夢。そして物語の最後では、Edはある思いから保安官事務所を辞め、私立探偵となることを決意する。
こういった田舎を舞台とした私立探偵ものというのはあまり読んだことがないのだけど、現在のアメリカのクライム・ノヴェルぐらいの枠で舞台がこちらの方に移っている傾向があるので、探索を進めて行けばまた出てくるんだろうと思う。 まだホントこれからで、色々なもんを読んで行かなければというところなんだが、なんとかこのEd Runyonシリーズももっと追って行ければと思うんだが。そういえば、今更ながらに思い出したんだが、色々先駆的だったり、ちょっと別格として 考えてしまいがちになるんだが、かのジェイムズ・クラムリーも田舎私立探偵ものだったな、と思ったりもする。思い起こされるとかいうのが…、あ、やっぱクソだせえや。

*  *  *

作者Steve Gobleは、オハイオ州在住のジャーナリストから転身した作家。なんか主人公Ed Runyonの感じからして、これがデビュー作ぐらいなのかと思っていたが、これ以前にSpider Johnシリーズという18世紀を舞台とした海洋冒険小説 シリーズがある。アガサ・クリスティ ミーツ パトリック・オブライアンなんて評もあるんで、結構ミステリ色の強いやつなのかも。2017~21年にそちらを4冊出した後、2021~23年にEd Runyonシリーズを3冊。前述のように、第3作 『Go Find Daddy』がシェイマス賞にノミネートされている。
歴史という方向にも関心は高いようだが、ジャーナリストとしての経験というようなものがEd Runyonシリーズに活かされているのだろう。今後については両方やって行ければ、というのが本人の希望なんだろうね。

■Steve Goble著作リスト
●Spider Johnシリーズ

  1. The Bloody Black Flag (2017)
  2. The Devil's Wind (2018)
  3. A Bottle of Rum (2019)
  4. Pieces of Eight (2021)

Ed Runyonシリーズ

  1. City Problems (2021)
  2. Wayward Son (2022)
  3. Go Find Daddy (2023)


Down & Outが帰ってきたぞ!

というところで、ちょっとしたお知らせ。昨年秋、Pablo D'Stairの『this letter to Norman Court』についてやった直後、その版元であるDown & Out Booksが終了という、かなりトホホな事態となったわけだったのですが、そのDown & Outが 帰って来ました!…えーと、いつ帰ってきたのかは正確には分からんのだけど…。
かなり多くのクライムノヴェルを出版していて、結構急にぐらいに終了したDown & Out。その後、あれとかどうなったのかな?とか時々思い出し調べていて、先月末ぐらい今結構こだわっていて今回やっとやったPI小説の流れで、Down & Out初期から 出ていたJ. L. AbramoのJake Diamondとかどうなったんかな?とアマゾンで調べてみたところ、Kindle版が販売されてるのを発見。自費出版とかで頑張ってるのかな、と思ってさらに出版社を調べてみたところ、なくなったはずのDown & Out? えー?なんで?と思って検索してみると、新たなDown & Out Booksのサイトがあった。
実際のところ、元のDown & Outが終わった経緯なんてものもよくわからないんだが、とにかくどうにもならなくなって会社自体を整理倒産という形にしなければならなくなって、終わったが、これほどの短期間での復帰を見ると、その時点で 新会社として立ち上げ、ある程度の出版を引き継ぐということは決まっていたのだろうと想像できる。まあ、会社経営的な知識なんてないんで、全くの素人想像だけど。
さて、新たなDown & Outだが、とにかくサイトを作ったまでで、まだ本当に作りかけという感じ。メニュー項目一番左の「Authors」なんてページがあるだけでまだ白紙。次の「Books」も、現在出版されているのだろう過去に出ていたものの 画像をいくらか並べただけ。できているのは「Staff:The Lineup」と「Submissions」だけぐらいの状態。Down & Outが復活した手掛かりとなるような「About」というような項目もない。だが、注目すべきはその「Submissions」。 というか根本的にこの「Submissions」ページがサイト全体のトップページになっているんだが。その辺を一部引用してみよう。あーGoogleのAI翻訳を修正程度のもんだけど。

我々が求めているもの。
我々は、道徳の影に潜むような作品、つまり主流社会の快適さの裏側や周縁部を描き、その居心地の良さに収まっている層に自分たちの快適さの真の意味を理解させるような作品を求めている。
コージーミステリー、ヤングアダルト、あるいはティーンエイジャーが主人公の犯罪小説、午後のシャルドネやピノ・グリージョを楽しむ層をターゲットにした家庭内スリラー、あるいは使い古されたお決まりのパターンにとびきりユニークなひねりを加えたものでない限り 警察小説には興味がない。シャーロック・ホームズはコカインを吸う狂人だった。そういった類の探偵小説を投稿したいと考えるなら、保護者の助言が必要な、あるいは露骨な描写のあるシャーロック・ホームズを求めている。
我々が尊敬する作家たちとは:ドナルド・レイ・ポロック、William Gay、ジム・トンプスン、フラナリー・オコナー、ギリアン・フリン、Will Christopher Baer、Craig Clevenger、Breece D’J Pancake、パトリシア・ハイスミス、ハリー・クルーズ、 マーガレット・ミラーなど。
作品の登場人物は、クリート・パーセル、エイミー・ダン、ミスフィット、モイラ・ラングテリー、フィニアス・ポー、ダニエル・フレッチャーといった人物がそうであるように、道徳的な重みと危険性を背負うべきである。彼らの選択によって、 読者は彼らがこれまで取ってきた安全な選択に疑問を抱いたり、肉体や魂に、物語的に意味のある傷跡を残すべきであったのかどうかを考えさせられたりする。何か不安を掻き立てるもの、人間の本質を突くもの、真実を我々に見せて欲しい。

まあ、日本の状況を考えると本当に暗澹たる気分になってしまうんだが、とりあえずあらゆる意味で日本の出版業界が小手先で「売れる」と思ってるものの真逆を行ってるんで、ここから出てくるものが日本語で読めるような機会は絶対に来ないぐらいのところは言っておこう。 それにしても、かつてFahrenheit PressのボスChris McVeighが、お前らもう警察小説送って来るんじゃねえ!と吠えてたのも思い出すんだが、日本でそのレッテル貼っとけば大丈夫ぐらいに思われてる「警察小説」が、こっちジャンルでどう思われてるのかを、 改めて認識するよね。
一旦は破綻し、過去作一部の出版継続のために再開されたように見えてしまうDown & Outだが、そこが一番強く打ち出しているのが現在の「売れる」に迎合しない新しい才能の募集なのだ。こんな奴らを応援せずにいられるものかい!今のところはまだ どんなものが出てるのかすらよくわかんない状況の新生Down & Outだが、これからの展開に期待しつつ追って行くものである。
さて、かなり多くの作品を出版していた旧Down & Outなのだが、まあどう考えても過去のものがすべて再版されることはないだろうというところで、その他の動きみたいなもんにもできるだけ目を向けて行かねばと思う。
かつてFrank Zafiroが作った設定で、多くの作家たちが参加したシリーズ『A Grifter's Song』については、いつかやるからと延々言い続けてそのままになってしまったいたんだが、あれがなくなってしまうのは惜しいなと思って探してみたところ、 Frank Zafiroの個人出版社であるCode 4 Pressより、全35巻が再版されていた。Frankさん、今度こそはちゃんとやるからね。とりあえず、現在の『A Grifter's Song』はこちら
例えば、この間書いたJoe CliffordのSquare Tire Booksのように、出版不況にさらにコロナを乗せたような困難な状況に、様々な動きが起こってるわけで、色々な意味でも過渡期と思われる今の時期、そういったところになるべく多く 目を向けて行かないと、次の展開なんて絶対見えてこないよね、と思うものである。あー、あっちもこっちもだ。

Down & Out Books
Code 4 Press


なんかもっと短く書くつもりだったのだけど、結局そこそこの長さになってしまった。まあDown & Outのことは置いとくにしても。
現在のPI小説というあたりの流れを見るために、そっち方向の作品をなるべく多く紹介していかねばならん、そのためにはもっと短くなるべく早く書いて行くこと。という考えだったのだけど、やっぱり日本的にはほぼ知られていないだろう作家・作品を紹介 するには、このくらい書かねばということになってしまう。なんかそこから、例えばリー・バークみたいにある程度は知られているものについては、もっと簡単なあらすじでもいいのかも、という考えも出て来たりもしているのだが?
自分がここでPI小説と言ってるものについては、まだまだ説明が足りんのだろうなと思っている。ハードボイルドジャンルの現在の本流というところが、犯罪小説傾向にあり、傍流というようなところに私立探偵を主人公としたような作品群があり、 それは単純にクラシックなものと照らし合わせるような形ではわからないある種の傾向を持っている、なんてことはそもそも近年というか2000年代以降のハードボイルド作品が、系統的に以前にほぼまともに紹介されて来なかったこの国では 簡単に飲み込めるものじゃないんだろ。
だが、それはか細くながら日本にも翻訳されたジョナサン・キングやピーター・スピーゲルマンといった2000年代近辺の作品から、今は亡きPolis BooksのDave Whiteらの作品を経て、Matt Coyle/Rick Cahillといった現代の私立探偵小説=PI小説を 読んできた自分の感触である。まだまだ足らないところも多くもっと多くの作品を読んで行かなければならないというところなんだが。とにかく多くの作品を紹介して、しつこく言って行けば、なんとなく伝わって行くんじゃないかなあ、と期待しつつ 続けて行くしかないか。いや、最近はもう一方のコミックの方はどうやったって時間かかるから仕方ないか、という気分でコツコツやりつつ、こちらの時間を多めに増やしているところなんだが。
こちとらハードボイルド廃人である。ちょっと気になったものを追っかけてみると、すぐにこれは何だというものを見つけてしまう。しばらくぶりに思い出したものを見てみれば、またこれについては書かなければというものを見つけてしまう。 あーもうあっちもこっちも。とにかくPI小説2冊読んでみたが、その間に次から次へと押し寄せるものに、一体色々ねじ込んだ間のどこに次のをねじ込めば次のを読んで書けるのかと思案するばかり。ゴチャゴチャゆーとらんと、早く次から次へと進めてくしかないっす。


●関連記事:PI小説
Matt Coyle / Rick Cahillシリーズ


■Steve Goble
●Ed Runyonシリーズ

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2026年4月18日土曜日

Ramón Díaz Eterovic / Dark Echoes of the Past -チリ サンティアゴの私立探偵Heredia登場!-

今回はチリの私立探偵小説作品、Ramón Díaz Eterovicの『Dark Echoes of the Past』。チリの私立探偵Herediaを主人公とした作品で、初の英訳作品となるが、本国でのシリーズでは2008年に出版された、シリーズ第13作『La oscura memoria de las armas』が オリジナルとなる。英語への翻訳はPateick Blaine。

というところが基本情報なんだが、そこまで来るのにやや手間がかかったり…。私立探偵Herediaはチリでは人気のシリーズで、TVシリーズやグラフィックノベルまであるそうなのだが、やはり英語圏では知名度も低く、Wikiもスペイン語のものしかない。 まあそれでも今や直ちにページ全体が日本語訳される時代なんで、そこにさほどの苦労はない。だが、問題はその作品リストについて。なんだか文中には12作出ているとあるんだが、作品リストはどう見てもそれより多い。こういう場合、Wikiの製作者が 短編作品などもごっちゃにしているというケースもあるので、リストにあるのが単行本として出ているかを照らし合わせるという作業で、最初に著作リストを作ってということになってしまった。結果としては、リストにあった2024年までのすべて、 全21作が長編作として出版されているのが確認できた。Herediaシリーズは、実はオリジナルのスペイン語版も日本からKindle版で結構な数入手可能なんだが、プリント版のみしか出てなく、日本からは全く手に入らないものもあったりして。まあ そんなわけで、これがオリジナルのシリーズ第13作だと確認するまで少々大変だったみたいな話なんだがね。
結局、「12作」というのは、多分最初にこれが作られた時の話で、その部分の文章は書き換えられないまま、新刊が出ると追加されてったみたいなよくある話だけど、他に情報源ないと今でも確認に苦労するものですな。とにかくこの作品 『Dark Echoes of the Past』は、2008年に出版された私立探偵Herediaシリーズ第13作というところからまた始めます。

さて、このシリーズについては、まずチリという国の現代史についてのある程度の理解が必要となる。1970年の大統領選挙により、アジェンデ大統領による社会主義政権が誕生するが、続く政治・経済的混乱の中、1973年第2のキューバ化を怖れる 合衆国からの介入もあり、アウグスト・ピノチェト将軍らによる軍事クーデターが起こる。以降1990年までピノチェトによる軍事独裁体制が敷かれることとなる。多くの反体制派の市民が弾圧され、後の政府公式発表によれば約3,000人、人権団体の 調査によれば約3万人が殺害され、数十万人が強制収容所に送られる。国民の10分の1である100万人が国外亡命し、その中にはロベルト・ボラーニョらの作家も多く含まれる。
このチリ・クーデターについては、当時世界的な注目を浴び、五木寛之の『戒厳令の夜』といったそれに関わるテーマの小説・映画なども多く作られ、知ってる人も多いかと思う。
そして、この私立探偵Herediaシリーズは、1956年生まれの行政官でもある作家Ramón Díaz Eterovicにより、その軍事独裁政権が衰退し、民政化へ移行する時期、1987年に登場する。
まあ、前置きとしてそのくらいの事情は把握してればというところなので、とりあえずあらすじの方を始めます。では『Dark Echoes of the Past』。

Dark Echoes of the Past


最悪とは、何もやることが無いことだ。あるいはほぼ無いということ。つまり、私が仕事に向かい、煙草に火を点け、プレイヤーのカセットテープを換え、そして右手の人差し指を湿らせ、読んできた本のページをめくり、その間ずっと事務所のドアに ノックがないだろうか耳を傾けているようなしばしばのこと。

こんな感じで、物語は主人公の私立探偵Herediaの、まあこの手の作品ではお馴染みのような仕事が来ない探偵の一人称のぼやきから始まる。
私立探偵Heredia (姓以外不詳)。年齢50代。多分作者と同じ。しばらく依頼人はなく、言ってるところの「仕事」とは副業である大学時代の友人に紹介してもらった、主に実用書といったあたりの本の書評。
長年交際している女性、13年前彼女が学生の時に知り合い、現在は精神科医(精神分析医?)のGrisetaがおり、作中にも登場するが、基本的には独り暮らし。Simenonという名前の飼い猫がいて、時々会話しているが、実際に喋れるニャンコ先生ではない、と思うけど。 あっ、夏目友人帳の方ね。風大左衛門はネコ語が話せるので会話しているのであり、ニャンコ先生が人語を話しているわけではない!とツッコミを入れてるぐらいのオールドタイマーもいそうだから…。
その他の友人としては、彼の事務所兼住居の建物の前で新聞売りのスタンドをやってるAnselmo。競馬仲間で、時々飯を食いに来たり、Herediaが怪我をしたり動けない時は様子を見に来てくれたりする仲。事件について相談したりもする。

しばらく自身の周辺の独り語りが続いた後、仕事のないHerediaは気晴らしに散歩に出かける。彼の住んでいるサンティアゴの周辺について少し語られるが、その辺は省略。
そして、自身の住む建物へと戻って来ると、ドアマンに呼び止められ、自分に来た郵便を手渡される。このドアマンの名前がFelix Domingoというのだが、毎度ワザとのようにFelizと間違えるというネタが繰り返されることになる。
自身の事務所兼住居に戻り、まず手渡された郵便物を改めるのだが、その中に707に住むDesiderio Hernandezという人物の郵便物が紛れ込んでいた。親切心からそこへ届けに行くのだが、ずいぶんとつっけんどんな対応をされて、やや不快になる。
まあこの「感じの悪い隣人」というのは、想像される通り一つの伏線だったりするのだが、その後も度々見かけることはあるが、実際に意味を持ってくるのはかなり後半。

そしてほとんど何もないまま第1章が終わり、第2章へ。
まずは友人の作家から電話が掛かって来る。Herediaの扱った事件の話を元に小説を書いている姓名不詳の作家。何かいいネタはないかね?
この作家はこの後も何回か出てくる。実際のところ主人公Herediaは作者自身が投影されている部分が多いと思われるのだが、それとは別の、商売として小説を書いている部分の自分ってところかと思う。

そしてその後、先に話だけ出て来た恋人Grisetaが、年配の女性を伴って現れ、そこから本編の事件が始まって行く。
女性の名前はVirginia Reyes。Grisetaの学生時代の教師で、最近再会し、それ以来食事などをして旧交を温めていた。
ごく最近、弟Germanを亡くしその状況に疑問を持っているところで、GrisetaからHerediaの話を聞き、調査を依頼するために彼女とともに訪れたということ。

彼女の弟Germanは、仕事からの帰り道で二人の銃を持った男に襲われ死亡する。警察は路上強盗とみて当てのない捜査をしているが、彼女から見ると疑問が多い。
その日Germanは給料日で、もらった給料の入った封筒を所持していたが、それには手を付けられておらず、またそれなりに高価な腕時計もそのまま残されている。警察の見方としては、手慣れた強盗の仕業ではなく、相手を殺した後パニックになって 何も取らずに逃走したというもの。
だがVirginiaよると、弟は殺される一週間前、何者かに尾けられているようだと話していたという。
「Germanはよく行くいくつかの場所で数人の男たちを見かけたそうよ。そして家の外の路上でも。はっきりわかっているのは、弟が恐れていたということ」
「弟は最近様子がおかしかった。家に帰ると自分の部屋に閉じこもっていたわ。弟が何か問題を抱えていたとしたら、それは勤めていたホームセンターで起こったことに関係すると思う」
Virginiaは、そのホームセンターで、従業員が関わる盗難事件が起こっていたようだが、詳しくはわからないと話す。

German Reyes。死亡時の年齢は60歳。若い頃結婚したが、短期間で別れその後は独身。子供はいない。2年ほど前、メディカルセンターで働くナース、Gendilda Roosと交際を始め、一時期一緒に暮らしていたが、最近はVirginiaの住む実家に戻っていた。
友人関係についてもわからないが、最近は多く何かのクラブ、あるいは団体の会合に出ていたようだ。
Germanは父の後妻の子供で、年も7歳離れており、結局自分たちはそれほど近しい間柄ではなかったのだろう、とVirginiaは付け加える。
二人の男に殺害されたとわかっている事情は、目撃者がいたからということ。Germanと同じホームセンターで働いていたDario Carvilloという人物。

一通り話を聞き終えた後、GrisetaはHerediaにVirginiaを助けてくれるかと問う。
少し考えた後、Herediaは言う。「最大の謎は、貴方の弟のようだ」
「もし、彼が怖れていたものが何か分かれば、それは何者が彼を殺したかを見つけ出せるかもしれない」
「調査はしてみるが、それが警察とは番う結果を導き出せるとは保証はできませんが」
そしてHerediaは彼女からの依頼を受けると告げる。

まずHerediaは、死亡したGermanの部屋、所持品の調査から始める。特にこれといった収穫はなかったが、残されていた雑誌の間から「Werner Ginelli、拷問医師」と書かれた謎のチラシを見つける。
あまりに片付いた部屋の印象に違和感を抱き、事務所に戻ってからVirginiaにGermanは最近所持品を整理したのではないかと電話で尋ねる。
Virginiaは、彼がしばらく前に大量の雑誌や新聞からの切り抜きを捨てていたと話す。
そこで、German Reyesがかつて軍事政権により拘束されていた者の一人であったことを知る。Germanはそれらに関する記事の切り抜きを集めていたということだった。
一方、Herediaは友人のジャーナリストに「Werner Ginelli、拷問医師」の調査を頼む。確かにWerner Ginelliは軍関係の医師だったが、既に死亡したと聞かされる。

そしてHerediaは、Germanが働いていたホームセンター、The Leon Lumberyardへと向かう。
目撃者であるDario Carvilloは、元警官でホームセンターでは警備として働いていた。10年勤めた後、警察を辞めた理由は地方転勤が嫌だったからと話す。
姉Virginiaの依頼により調べている私立探偵だと話すHerediaに、勤務終了後近くのバーで話すことを承諾する。

ホームセンター近くの一旦破壊された後、適当にテーブルや椅子を集めて作ったようなバーで、HrediaはCarvilloと会う。
あまり人付き合いの多くないGermanだったが、店ではレジ係として信用があり、Carvilloとは彼が元警官であることに興味を持ち、給料日などにはこのバーで話すことも多い友人関係だった。
Germanの興味は、彼自身の経験にも関わるかつての軍事政権による拘束についての犯罪だったが、民主政権後に警官になったCarvilloは、彼の話を聞くだけで、それ以上こちらから深堀りするようなことは話さなかったと言う。

そしてCarvilloが目撃した殺害状況について尋ねる。
その日その時間にCarvilloは店の出口で警備に当たっていた。殺害犯たちは、閉店30分前頃に赤いピックアップに乗ってやって来た。最初は彼にとって気にかかるところはなく、単に客が購入したものを運ぶために待っているのだろうと思ったとのこと。
だが、一旦用事で店内に入り、再び出入り口に戻ってもその車の中に居続けたことからCarvilloの注意を引き始める。車に乗っていた二人は両方とも60代と思われる年配者だった。
しかし、Germanが退勤するときには特に動きのない二人のことは忘れかけていた。Germanは今日は交際している女性と会いに行くと話し、Carvilloに別れを告げ去って行った。
Germanが道を渡った時、二人の男が車から出て、素早く駆け寄りそれぞれ二発ずつ銃を撃った。
あまりに早い出来事で、Carvilloは何もすることができず、倒れたGermanに駆け寄っている間に二人の男はトラックに乗りその場を去った。ナンバーを見ようとしたがプレートが泥で汚れていて、認識できなかった。

連中は何も盗んでいかなかったと聞いているが、とHeredia。
「奴らは標的に弾が当たる事だけしか気にしてなかったさ」Carvilloは答える。
事件の目撃者であり、Germanの友人でもあるCarvilloも事件については疑問に思っているが、警察の見方としては無作為な路上強盗の線で固まっており、何もすることはできない。
Herediaは、何か気が付いたことがあれば連絡してくれ、と名刺を置いて、Carvilloと別れる。

その後、HerediaはGermanが交際していた女性、Gendilda Roosと会い、彼が仕事の後週に二回、Caltural Center of the Americasで開かれる会合に出ていたことを知る。
そこで行われていたのは、軍事政権による拘束の非人道的行為を訴追するための市民団体の活動だった。
そこでGermanは、その拘束時代に残虐な拷問を行いながら、その訴追を逃れている人物たちの発見追及に熱心に取り組んでいたという。

German Reyesの殺害は行きずりの路上強盗によるものでないことは確かだ。彼が殺された理由は何で、彼を殺害しようと企んだのは何者なのか?
私立探偵Herediaの捜査は、Germanの過去によるものと、勤め先であったThe Leon Lumberyard内での何らかの事情の両面で進んで行く…。

*  *  *

以上、私立探偵Herediaシリーズ第13作、『Dark Echoes of the Past』の序盤のあらすじなんだが、まあ日本的には全く知られていないシリーズでもあり、ここはHerediaというキャラクターから始めた方がいいかと思う。
探偵のタイプから言うと、アメリカ1970年代デビューのマイクル・Z・リューイン/アルバート・サムスンあたりが一番近いかと。アルバイトで実用本の書評なんぞをやっているように結構な読書家なんだが、プライベートでビル・プロンジーニの 名無し探偵とかを楽しみに読んでいるようなシーンもあるので、大体そのあたりがお手本なのかと思う。飼い猫がSimenonなので、クラシックなパズルミステリみたいなのも好きなのかもしれんが、この作品の中には出てこなかった。読書については、 他には地元チリの作家の詩集だとか、どっかでジョルジョ シェルバネンコを買ったら最後の解決部分だけなくなってたみたいな話もあったりする。
作者Ramón Díaz Eterovicは、チリという国の中で、とりたててどういう方向にも突出していない普通の存在として生きる人物として探偵Herediaを創造したということなのだと思う。そして、主人公がなぜそういう人物として創られたのかを 考察してみるのがこのシリーズを理解することに繋がるのではないかと考える。

「普通」の人物としての探偵とは言っても、彼が生きるチリという国の「普通」は、日本の「普通」ともアメリカの「普通」とも違っている。
少しでも危険があると思えば、当たり前のように拳銃を携帯して向かう。また、物語後半ぐらいには、普通の方法では情報が得られなかったり、相手を拘束しておく必要があると思えば、容赦なく暴力を使うというような、前述の 「アルバート・サムソン」タイプの探偵とは違うような行動もとる。
では紹介した序盤のあらすじ部分では直接は関わって来なかった警察はどうか?
序盤4分の1ほど進んだあたりで、ある事情でHerediaの知り合いであるBernals刑事が事務所を訪ねてくる。友人といった関係ではないが、過去に何度か同じ事件に関わったという知り合い。「お前はちょっと間抜けではあるが、それなりに評価 している」というのがBernalsのHerediaに対するスタンス。
この作品から透けて見える感じからして、チリの大都市であるサンティアゴであっても、その警察力はあまり高くなく、日本の子供向けマンガのようにしょっちゅう警察が「○○くん」と探偵を頼りにするようなあり得ないフィクションほどではないが、 とりあえず信用できるなら私立探偵でも捜査のあてにするぐらいのものなのだろうと思う。
物語後半、犯罪にも関わっているような人物から情報を得るため、協力関係にある人物とある場所に赴いた際、銃を出してきた相手を射殺することとなってしまうのだが、一旦現場を離れ、事務所からBernalsに電話し、あれは自分がやったが 正当防衛だったと話せば、お前が言うんならそうなんだろう、捜査の手間が省けたぜ、となったり。Herediaに対する信用という部分はあってのことだが、当地の治安というものがそのくらいということなんだろう。
この作品に登場するBeranal刑事は、結構荒っぽいところもある大雑把な警官だが、それでも善良な警察官なのだろう。都市部においてもそれほど犯罪抑止に強く働いているように思われないこの国の警察には、悪徳警官も多く存在するのだろう。
一方で、民主化されたといっても、過去の拘束拷問といった犯罪的行為には目を瞑り、過去の軍事政権を強く支持するような元軍人達も多く存在し、作品内にも登場する。その一方で、過去のそういった行為に従わざるを得なかったことで心を病み、 現在も酒に溺れ続けるような人物も描かれる。

例えばチリという国も、極端な話をすればロジャー・スミスが描いた南アフリカみたいに、かなりダークで陰惨なノワールが書けるような部分もまだ多い国なのかもしれない。だがそこで、おそらくはこの国が普通の国であって欲しいという願いも 込めつつ、普通の人物がこの国の犯罪という形で現れる様々な問題に立ち向かって行く物語の主人公として、作者Ramón Díaz Eterovicが創り上げたのが、まさに軍事独裁政権から民主政権へと移行する時期に登場した、「普通の男」である 私立探偵Herediaだったのだろうと思う。
この作品を読んでいて特徴的だと思ったのが、Herediaが移動中だったり散歩に出てりして見る風景の中に、通りすがりに見る普通の市井の人々の日常の姿が多く描かれるところ。暗い時代を過ぎて来たこの国の中では、それはとても 美しい風景なのかもしれないと思った。
南米のハードボイルド/私立探偵作品としては、メキシコをその内部から鮮烈に描いたパコ・イグナシオ・タイボ二世の私立探偵エクトル・ベラスコアラン・シェインがあり、それほどの衝撃ではなかったが、それでもこのRamón Díaz Eterovicの 私立探偵Herediaは別の意味で現代のチリという国が見えてくる優れた作品だった。まあおそらくはこっちの方がとっつきやすいと思うしね。

唯一つ残念だったのが、この作品シリーズ第13作目ということで、できればもっと初期のところから読みたかったなあ、ということなんだが、前述のように情報が少なくわかりにくいところで後から調べてみたら、英訳版第2作になってる 『Angels & Loners』が1995年出版のオリジナルのシリーズ第4作だった。こっちから読めばよかった…。まあそんなわけで、もしこの私立探偵Herediaを読んでみたいという人がいるならそっちからの方がおススメかもしれない。
以下は前述のように少々苦労して、結局Wikiのまんまじゃんで作ったRamón Díaz Eterovic/Herediaのリストなんだが、こういうものとしては珍しくオリジナルのスペイン語版も大半ぐらいのところでKindle版で日本からも入手できるので、 スペイン語に堪能な人はそちらを読んでみるのもいいかも。TVシリーズやグラフィックノベルにもなっているHerediaシリーズだけに、主人公の見た目も固まってて、それぞれの表紙に描かれているのでイメージしやすいかも。また、 グラフィックノベルがあるといっても、どーせ日本からは手が届かんもんだろ、と思っていたら、こちらもKindle版で入手可能!うーん、スペイン語読めないけど、どうすっかな?

■Ramón Díaz Eterovic/私立探偵Herediaシリーズ

  1. La ciudad está triste (1987)
  2. Solo en la oscuridad (1992)
  3. Nadie sabe más que los muertos (1993)
  4. Ángeles y solitarios (1995) 英訳版『Angels & Loners』(2018)
  5. Nunca enamores a un forastero (1999)
  6. Los siete hijos de Simenon (2000)
  7. El ojo del alma (2001)
  8. El hombre que pregunta (2002)
  9. El color de la piel (2003)
  10. A la sombra del dinero (2005)
  11. Muchos gatos para un solo crimen (2005)
  12. El segundo deseo (2006)
  13. La oscura memoria de las armas (2008) 英訳版『Dark Echoes of the Past』(2017)
  14. La muerte juega a ganador (2010)
  15. El leve aliento de la verdad (2012)
  16. La música de la soledad (2014)
  17. Los fuegos del pasado (2016)
  18. La cola del diablo (2018)
  19. Los asuntos del prójimo (2021)
  20. Imágenes de la muerte (2022)
  21. Dejaré de pensar en el mañana (2024)

●グラフィックノベル

  • Heredia detective: Narrativa gráfica (2011)


なんかしばらくぶりになってしまった、と思っていたが結果的にはそれほどじゃなかったか。個人的事情が云々とかブツブツ言ってたが、実は12周年とか言ってた2月ごろに親族が亡くなり、しばらくは忙しかった。なんかこんなところでお葬式があるので~、とか書く気がしないぐらいの近しいところで。
12周年というタイミングで、先にやってたり、書きかけである程度進めてたのもあって、実際には前の『He Died with His Eyes Open』以後ほぼ一か月近くどちらのサイトもほとんど触ってなかったぐらいの状況だったが、結果的にはいつも通りの一か月少々ぐらいの中断だったので、あんまり個人的なこと書くの好きじゃないし、こんなの書かなくていいかなとも思ったが、後々なんかのタイミングで見て、あまりにも知らんぷりして書いてると自分的にきつくなるかもと思って、少々「個人的事情」について書かせてもらいました。
3月後半ぐらいにはなんとか一区切りついたんだが、体力気力共に底を尽き、しばらくは力も出なかった。急なことというわけではなく、気持ちの整理もついてるつもりだったが、それでも人並みにショックだったんだろな。なんか力でないんで、ちょっと画とか描いて遊び始めたら、そっちが楽しくなって、そろそろこっちもやらなきゃと思ってもここまで描いとこうと一週間ぐらい引っ張り、そのタイミングでスマホが壊れて、機種変更に4~5日えらい苦労させられたりみたいな感じで、やっと復帰という次第。なんかそんな事情の真っただ中で、コミックのサイトの方が3周年になり、とことんやる気のない挨拶になってしまい、そっち見てる人には申し訳なかったんだが…。
そんなわけで、こちら的にはやっと再開ぐらいの気分です。書かなきゃならんこと山積みです。山積みにしながらぼんやりしているうちにも世の中や作家は動きます。なんかしばらく音沙汰ないと思ってたら、ちゃんと情報出してるところを見てなかっただけで、Eric Beetnerの2024年から始まってたCarter McCoy三部作が最近完結と最後になって知ったり。ああEric Beetner、今度こそはちゃんと書かなきゃ。他にもずっと目を付けてたけどなかなか書けなかったNick Kolakowskiの去年終わったJake Halligan三部作なんてのもあるしな。あれもこれも、とにかく書かなきゃと思うものは、先に積まれたのを片付けなきゃ手も付けられない。ともかく頑張らなきゃと思うけど、またなんかあるんだろうな…。人生そんなもんだよね。まず自分本体が倒れないようにだけは気を付けようぐらいがやっとなのかもね。



■Ramón Díaz Eterovic/私立探偵Herediaシリーズ
●英訳版

●グラフィックノベル (スペイン語版)

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2026年3月10日火曜日

Derek Raymond / He Died with His Eyes Open -"英国ノワールの父"による衝撃作!Factoryシリーズ第1作!-

今回は、英国ノワールの父と称されるDerek Raymondの『He Died with His Eyes Open』です。1984年に出版されたFactoryシリーズの第1作。

まず先に言ってしまえば、これには驚いた。こんな作家がいたのか!まだまだ世界は広いわ。ここに来てこんなに凄いもんに出会えるとは。
こんな作家がこれから日本に紹介される可能性などまずなく、自分でやって行くほかなく、今後手に入る限りの作品を紹介して行く最初の一冊となるその最初に、このくらいのことは言っておくぞ。

というところで、まずは「英国ノワールの父」という呼び名に首をかしげてるかもしれない、まあいてもごく少数の人のためにそこんところを説明しておこう。
とりあえず、確実にわかるぐらいでの範囲の近年、英国クライムノヴェル界隈でも「英国ノワールの父」と言えば、『ゲット・カーター』の作者として知られるテッド・ルイスと言われていた。だが、このDerek Raymond、実は本名のRobin Cookで ルイスよりも早い1962年から作家活動を開始していた。まあそういう事情で、時代的に先の方の人が「父」ということになったということなんだが。
えーと、実はこの辺の事情についてはいまいちわからない…。一番考えられるケースとしては、Derek Raymondが近年発掘されるまであまり知られていなかった作家だったというケースなのだが、調べてみるとそうでもなく、特にフランスではそれ以前より人気で、 この『He Died with His Eyes Open』が出版されてすぐにそちらで映画化されたほど(そちらの詳細は後述)。更にシリーズ第4作『I Was Dora Suarez』はその内容の過激さからそれまでの出版社から出版を拒否され、当時エージェントだったマクシム・ジャクボウスキーの 奔走により他の出版社から出版されるという騒ぎも起こしていたり。その後Raymond自身が朗読した作品と同名のCDまで発売されている(詳細は後述)。どう考えても近年発見された「幻の作家」みたいなものとは思えないんだが?
なんか考えられるのは、Derek Raymondという名前はこのFactoryシリーズが開始される1980年代になってからのもので、それ以前に本名Robin Cookで作品を発表していたという事実が、あまり知られていなかったということではないかぐらいなのだが。
どうもその辺の経緯は不明なのだが、とにかく近年、改めて英国ノワールの父と呼ばれているDerek Raymond。だが、ちょっと変な後付けみたいな形となったとしても、これほどの作家ならそう呼ばざるを得ない。というのがこのDerek Raymondなのだろう。

自分がDerek Raymondという名を初めて知ったのは、以前ジャック・テイラー第6作『Cross』のところで紹介した、2015年にブルーウンがパブリッシャーウィークに出したノワールベスト10で。その時書いたように、定番ものを並べ替えただけの退屈なものではなく、 ホントに手近にあった新しいお気に入りを並べたようなブルーウンらしい痛快というようなリストなんだが、その中にあった数少ないクラシックというところで、初めて見る名前でかなり気になり早く読まねばと思い続けているうちにずいぶん時間が経ってしまった。 ホントに気になったもんは最優先で読まなきゃね、と大いに反省している次第。もしかしたらこれまでも書いてあって、知らない名前ゆえに見落としていたのかもしれないが、ブルーウンはRaymondを大変リスペクトしていて、作品の中でも度々言及しているらしい。
とまた少々長々と前置きしたところで、「英国ノワールの父」Derek Raymondによる衝撃のFactory第1作『He Died with His Eyes Open』です。

He Died with His Eyes Open


まずこの作品、基本的に全編にわたり主人公の名前を明らかにされない刑事の一人称で書かれている。三人称のあらすじとして説明する便宜上、主人公は「私」と記述して行く。

その男はアルバトロスロード西5丁目の、神の言葉の家の前の植え込みの中で発見された。3月30日、夕方のラッシュアワーに。非常に寒い日で、ある通勤者が近道を使って帰宅しようとした際に、遺体に出くわした。
私が現場に到着したときには、東風に乗った激しい雨が降り注いでいた。重犯罪課のBowmanが、トーチを手に死体の前に立ち、遺体を見つけた男からの通報でやって来た道から外れて立つ二人の制服警官と話しているのを見つけた。
Bowmanはトーチを無言で渡し、私は死んだ男の上にかがみこんだ。彼の眼は開いていて -一つだけだったが-、その表面にはロンドンの街角で西風に吹き付けられてくる砂に覆われていた。着衣は前に煙草の焦げ跡が付いた安物のグレイのスーツに、 みすぼらしいレインコート。中背で、薄くなった髪はグレイに変わり、酒飲みの鼻、歳は50から60の間。両腕は折られていて、片足の骨がズボンの生地を破って突き出ていた。男の頭はヘアラインの下で破壊され、脳が左の頬を伝って泥の中に滑り落ちていた。 その損傷具合にもかかわらず、彼は即死したのではないという印象を受けた。その濁った眼の中に、彼がどこへ行ったにしろそこへ持って行きたいと望んだ、記憶のちらつきが残っていた。
検分を終え、私は一歩下がってもう一度彼の顔を見た。連中はそこに何かを残していたと言うことになるだろ、連中が誰にせよ。強い顔ではない、だがそれはすべてを見て、そして手遅れになるまでそれを理解できなかった顔だ。多くの暴力的な死を見て来たが、 これほど酷いものは無かった。彼の傷は多数だが、ランダムなものではない。これらはひき逃げや偶発的な強盗によるものとは一致しない(誰がこんな男から盗もうとするんだ?)。否、彼はどうやればいいかを熟知した、一人、あるいは更に可能性が高い二人の 実行者により、系統的に痛めつけられている。専門家、そう呼ばれるものだろう。悪党、そう呼ばれるものだろう。

「どう思う?」Bowmanが尋ねてくる。
「洒落にならん奴らの仕業だと思うな」
「奴ら?」
「一人以上はいたはずだ。単独でできる犯行じゃない。そして何処でやられたにしろ、ここじゃあない。-遺体の下にはほとんど血がない」

「監察医はもう来たのか?」
「鑑識連中はもう来て、全員帰った。俺たちはあんたが来るのを待ってただけだ」Bowmanは言う。
身元は分かっているのか?と「私」は尋ね、Bowmanが答える。
「ポケットの中に身分証があった。Charles Locksley Alwin Staniland、51歳だ」
「50ポンドのために人を殺す奴がいるとは思えないがな」
「知ったことか」Bowmanは言う。「近頃の若い奴らはやけくそだからな。何にしろ、あんたが思うように進めればいい。こいつはあんたの事件だ。俺は一切首を突っ込むことはないからな」
彼はごく最近、32歳で主任警部へと昇進した。陽気で残忍、賢く、図太くて自信過剰だ。「こいつは見捨てられた死ってやつさ、結局のところ」

既に帰り支度を始めたBowmanが、もう一度「私」に向き合って言う。
「あんた本当に巡査部長の地位に留まっていたいんだな?」
「私は正義を見たいものでね」
「正義だって?阿呆らしい」Bowmanは言う。「あんたは40で、巡査部長だ。で、あんたは昇進を心底嫌ってる」
「私は君のようには上階へ向かっていない」「私」は言う。「こういった事件ではな」
「上には報告されさえもしないだろうな」
「ああ、分かってる」「私」は言う。「そして君にはその手のことが重要なわけだ」
「もちろんそうさ」
「だが、君の問題はそれがショーだってことだ」
「自分の道を進めばいいさ」Bowmanは言う。「あんたは"説明不可死亡事件課"に終わるまで留まってりゃいい、俺の知ったこっちゃない。何にしろ、俺はいかなきゃならないんだ。もうすでに遅れてるんでね」

去り際、Bowmanは被害者の所持品を送ってあるので"Factory"に連絡しろ、と伝える。「結構な量がある」
「もう彼の住居へ行ったのか?」
「もうやっておいたさ。後で住所を教える」
そしてBowmanは、待たせてあった車に乗り、現場を去って行く。

"説明不可死亡事件課"。実際のところA14は警察組織の中でも最も人気が無く、疎んじられた課だ。政治に出入りしている流行りの左翼寄り、あるいは崖っぷちの連中は我々を嫌っている。だが、彼らがやらない仕事を誰かがやらなければならない。
制服連中は、我々を嫌っている。ロンドン警視庁犯罪捜査部も。特別情報部門も。我々は、曖昧で、重要ではなく、明らかに問題にならない重要ではなくそうであったこともない人々の死に関して捜査する。
我々に対する予算は最も低く、配給の列の最後尾であり、昇進も極めて遅く、我々のほとんどは巡査部長以上に昇格することはない。我々は、階級や給与、恩給がどうであろうが、あらゆるBowmanと同等の能力を持って殺人事件を解決できる。 違いはその姿勢というところだ。
多くの警察官とは違い、我々は人手不足を言い訳にすることはない。我々の捜査する事件が決して新聞に載ることが無いことも。全国規模の指名手配にならないことも。
私の友人であったMacintosh巡査部長が昨年、エディスグローブの一間のアパートに追いつめられた男に殺され、殉職した時、彼にはジョージメダルは授与されなかった。
いかなる殺人も我々にとってお座なりのものではない。重要でない殺人などない。このような殺人が街で常に起こり続けているものであったとしても。

被害者の遺体がやっと到着した救急車により搬送され、その後、「私」はその臨検を担当した警察医に会いに行く。
「死因は何だ?」「私」は尋ねる。
医師はうんざりしたように答える。「全部さ」
「外傷はあまりにも早くそれぞれに重なり合って加えられたもので、どれが最初と判別するのは困難だ。不可能ではないが、現時点では明言できないということだがね。だが、連中が腕と足から取り掛かったことは言えるだろう、そして指もね。 そして前頭葉に加えられた決定的な一撃は、建築用の2ポンドのハンマーのようなものによってもたらされたのだろう」
「この男はなんでそこまで憎まれたのかと思うな」「私」は言う。
そんなことを私に訊かないでくれ、私は警官じゃないんだ。医師はそう言う。

そして遺体は冷蔵室に戻される。
建築労働者を見つけたまえ、医師は薄笑いを浮かべ言う。「ハンマーを見つけるのさ。私が髪と血液が一致するか調べてやるよ」
その態度に「私」は怒りを覚える。「ある日、多すぎる彼女と付き合うことを想像してみろよ、先生。それで嫉妬した恋人にハンマーで殴り殺されることを。彼女じゃなくて、彼氏でもいいが」
「待ってくれ、何か意味があって言ってるんじゃないと思うが…」
「そして想像してみろ、私たち、法の人間があんたの死体に対してシャーロックホームズの真似事をやってるところを」

*  *  *

シリーズタイトルとなっているFactoryとは、主人公が属する警察署の通称。かつてはかなり暴力的な取り調べが行われ、それを怖れた犯罪者たちの間で呼ばれていた通称で、現在ではその手のことは改善されたがその呼び名は残り、そこに属する警察官たちも 自分の署をその名で呼んでいる。
殺人事件の報せを受け現場に向かい、捜査をこれから開始するというここまでの様子、そしてそういうシリーズタイトルが付けられているにもかかわらず、ここから先の展開は通常の警察小説と全く違っている。
警察官が主人公ならあまりにも無造作にそう呼ばれ、実際には例えば図書館の書籍分類名レベルやAmazonの分類タグぐらいのものでしかないにもかかわらず、そう呼べば何かを示したかのような使われ方をしている「警察小説」だが、実は大雑把に見ても、 2または3種類に分けることができるだろう。あー、念のために言っとくが、ここでは警察小説に属する何がハードボイルドだとか、警察小説とハードボイルドの線引きなんて、自称ミステリ評論家じみた説明なんてものをするつもりはないからね。 その手の感想屋がしょっちゅうやらかす、「ありきたりの警察小説ではない」みたいな言い方で何か説明した顔をするんじゃなく、比較すべき対象の「通常の警察小説」を明確にするためのものだからね。
1).複数の警察官により捜査が行われ解決に至るもの。2).一人の警察官が主人公として物語が進むが、情報、人的支援として警察組織のバックアップがあるもの。3).一人の警察官が主人公になり、事件捜査に当たるが、並行して、またはその事件の一部として 警察内部の腐敗や利権構造といったものとの戦いを余儀なくされるもの。
集団と個人、という考えで1).と2).3).の二つに分ける考えもあるし、犯人逮捕のための捜査がメインとなるものと警察組織そのものが敵となるものという考えでは、1).2).と3).の二つという考えもできるかと思う。
まあ、この2ないし3のパターンをベースとして、そこから様々に複雑に作家独自の考えで作品が構成されて行くのが警察小説というジャンルだろう。いずれにしても、警察小説というのは、警察という組織を背景・前提として書かれた作品ジャンル ということはできるだろう。
そしてこの『He Died with His Eyes Open』という作品、更におそらくはFactoryシリーズ全体がこれらの警察小説とは大きく異なっている。

ここからこの主人公「私」は、情報、人的支援などのバックアップなしで、完全に単独で捜査を行って行く。警察署に赴くことすらほとんどなく、ここまでの展開から予想されるような、"説明不可死亡事件課"の同僚の面々と事件に対して意見を交わしたり、 雑談をするような場面は一切ない。"説明不可死亡事件課"の他の刑事なんて全く出てこないから。
それではここから改めて、ここから先この作品がどういった物語となって行くのかを説明し、そのような形に作品を作った作者の意図は何なのかについて考察して行こう。

その後、「私」は自身の一人暮らしの自宅へ帰り、Bowmanから届けられた古いスーツケースに入ったStanilandの住居から持ってこられた所持品に目を通してから眠る。
足場が崩れるテラスから崖下に落下しながら、Stanilandから「君は彼らに終わりへと追い込まれる。なんにしても、無意味に終わりなんてものは無いがね」と語り掛けられるという悪夢を見て目覚める。
暗い天井を見上げながら、Stanilandに集中し、しばらく傷もなく生きて歩いている彼の姿を思い浮かべようと試みる。
朝の5時になり灯りを点け、Stanilandの所持品の中にあった大量のカセットテープの一つをプレイヤーに入れ、スイッチを入れる。

人々はバターシーパークの中で、あたかもそれが常にあるもののように犬の糞の間をぶらつく。彼らは公園の中をひたすら歩き回り、やがて踵を返し、境界となっている平らな地へと戻る。そこで彼らは座り、自身の問題について思い悩み、そして パブが開くのを待つ。その衣服の様子に関わらず、彼らは借家に住み、社会保障の下にある。もし彼らに自分は作家であると話したなら、自分達もそうだと言うだろう。彼らが1オンスの才能もなく、憎しみと悪意のみしか持たなかったにしても。

公園をうろつく、彼と同様の人々を描写する語りが続く。やがて日が昇り、カーテンのない窓から「私」の部屋を照らしてくる。そして「私」は次のテープを聞く。

フランス。家族が去った後、デュジュールに戻った私が最初にしたことは、娘の衣服を燃やすことだった。後に残された娘の全てのオモチャと本を。それらを見ていることが耐え難くなり、私はすべてを家の後ろの中庭に運び、大きな炎で燃え上がらせた。 それは8月のことで、その熱は非常に激しく、私はすべてが燃えてしまうのではないかと怖れた。家、村全体、空が。

長い時間をかけて、人々にとって人生の意味を説明することはできるだろう。だが、その生が終わる時が来ても決してそれを理解することはできないだろう。思うに、疑問として、君はいかにして死ぬのか?誰もがそれに直面することとなる。 問題となるのは、いかにしてその最後の瞬間を意識的に、熟慮して迎えるか計画し、すべてを記録することだ。最良のケースとしては、私が最後の時何が起こったかを記録できることだろう。そしてその後を。だが、他の誰かがその空隙を埋めるだろう。 それが埋められることがあるならば。

朝になり、Stanilandの所持品を調べているうちに間違った住所を知らされていることに気付き、電話してBowmanの杜撰な仕事を責める。
そして、警察医から解剖の結果が電話で伝えられ、その陰惨さに改めて心を痛める。
そこで、Stanilandの所持品の中に、ある書付を見つける。

私はBarbara Sparkに決して再び会いたくない。彼女は私を死に至らしめる。私の心は空っぽで、頭も空っぽだ。最後に私がオーガズムに達したとき、彼女は私を笑い飛ばした。

そこに続くくだりは後から追加されたものだろう。何にしろ、それは別のペンで書かれていた。

あのように美しい誰が、いかにしてあれほど残酷になれるのか?いかなる愛が、私のようにこの氷に対して死ぬほどの強い思いを抱けるのか?

そして、更にテープからは、あるバーでそのBarbaraとLayghing Calavierという人物が彼の目の前で戯れて見せることに対する怒りと焦燥・嫉妬が語られる。殊更に彼を嘲り、敵対するLayghing Calavierへの怒り。
それを最初の手掛かりとして、「私」はそれらの中に名前が出て来たバーへと向かう。

*  *  *

そして「私」はそこからStanilandの所持品、テープ、書かれた文章などを手掛かりに、そこから見つけた場所、人物を訪ね捜査を始めて行く。
彼の行きつけのバー、あまり仲の良くなかった兄弟、しばらくの間勤めていたタクシー会社など。
そして署や自分の住居に戻ると、Stanilandの遺したテープを聞き、手紙や書付など彼が書いたものを読む。
そしてそれらからStanilandという人物が徐々に浮かび上がって来る。
元々は作家を目指していて、妻子とともにフランスへ渡り、田舎の村で雑用を手伝い少々の収入を得て暮らしていた。彼自身はその生活に満足していたが、妻はその暮らしになじめず、彼と別れ娘を連れて故国イギリスへと戻ってしまう。 やがて彼もイギリスへと帰るが、そこでの生活は苦しく、借金を重ね酒に溺れて行く。その生活の中で美しいが残酷な女、Barbara Sparkに出会い、救いのない恋情に振り回されて行くことになる。
やがて「私」の探索はStanilandが憎んでいたLayghing Calavierへとたどり着き、更にBarbara Sparkを見つけ出すに至るが…。

こうやって簡略化したあらすじを書くと、普通の警察捜査によるミステリ作品に見えてしまうのだが、この作品については書かれ方という部分で大きく違う。
まず被害者であるStanilandの遺したテープや、様々な書付について。
これは作品の中でもかなりの部分を占めるものだが、実は一般的なミステリ作品の中にあり、あらすじを読んだ人の多くが想像しただろう、その中に断片的なヒントが隠されていて、それらを読んで行くことで最終的にこの犯罪が行われた理由や、 犯人像といったものが見えてきて、最終的に事件解決に繋がるという種類のものではない。まあ少しはその部分もあるけど、一般的な「ミステリ的手法」みたいなものとは大きく異なる。
これらは殺害されたStanilandが、どんな人物であったか、何を考えていたのかということを、本人の言葉によりある種文学的というような手法で、深くその内面を描き出して行くためのものである。
紹介した中で囲みになっている部分がそれだが、書いたのはほんの出だしだけで実際にはかなり長い。何とか少しでも伝わらないかと思ってやったのだけど、こんなんじゃ無理だろうな…。

何か違和感を感じながら読みながら、自分的にそれが決定的に見えてくるのはほぼ真ん中ぐらいに出てくる、Stanilandのテープで語られるフランス時代の寒村での豚の屠畜を手伝うエピソードだった。
フランスでそれらの素朴な肉体労働に従事することに、少し歓びに近い感情を抱いていたStanilandにとって、それは嫌悪というものではないがいささかの畏れを持ちながら、その豚の死と村民たちの食糧、自身の生活といった生を同等に並べる、 詩的・文学的といった方向のこのエピソードは、ミステリ作品という中に置くにはあまりに違和感が大きく、この作品のStanilandの言葉によるパートは、ミステリヒントの断片ではなく、そういった方向で読むべきなのだろうと気付かされた。
特にこの部分については、英国の人によるのだろうと思われるWikiの中でもフランスの象徴主義的というような方向で指摘されている。大変引用も多く、評論かよと思ってしまうようなWikiなんだが、自分でやってみてもこのDerek Raymondという 作家について説明するのは普通のやり方ではやや困難かと実感させられてしまう。

そういった傾向のStaniland自身の言葉により彼の内面、その人物像を深く描いた結構な量になるパートがあり、そしてもう一方の捜査のパート。
まず主人公の「私」だが、部分的に紹介した以外にも省略した現場にいた制服警官とのやり取りや、後に電話でBowmanと話す場面などで、こういった残虐な事件が警察のシステムの中で軽く扱われたり、きちんと捜査が行われないことに対する怒りを表し、 被害者であるStanilandに深く感情移入する。キャラクターとしてはハードボイルド方向の組織やシステムに背を向け、個人の正義に基づき誰に対しても不遜で反骨的という人物だろう。だがこの人物、単に名前が明らかにされないだけでなく、その内面について ほとんど語られることはない。例えば離婚して子供がいるということは序盤で語られるが、その家族と会ったり連絡を取ることはない。表層的に怒りを表したり、その陰惨さに沈鬱になったりということはあるが、内面的に深く掘り下げられたり、それにより 何らかの行動を起こすようなところはほとんどない。つまりこの陰惨な事件とその捜査というところで読者のクッションになるような部分がほとんどない。
その捜査の形としては、関係する人物への尋問、あるいはインタビューというものがほとんどで、被害者に悪意を持ち隠していると思われる人物から情報を引き出すためなら暴力的な行動も辞さない一方、被害者に対して好意を持っていたり、ただ事実関係についての 情報を確認したいだけの相手には、ときには同情的に丁寧に接する。だがいずれの場合もそこに至る過程は書かれるが、実際の会話はちょっとジョージ・V・ヒギンズを思わせるような、録音してきたテープのような省略編集のない、I said、He saidだけで 繋がれるようなものとして書かれる。

この二つの手法の組み合わせにより、この作品ではその人なりの人生があった被害者Stanilandの人物像と、その人物をあまりにも無残に殺害した悪意、残虐さが、非常に強く読者の前に示されることになる。
これは、結果的ということかもしれないが、ドキュメンタリー作品と似たような効果だと考える。いや、フィクションを実際にあったことに見せるフェイクドキュメンタリー的なことを言ってるのではないよ。
映画などのドキュメンタリー作品においてある人物、事件などを扱う場合、既に亡くなっているその人物についてよりリアルに詳しく伝えるために、あれば映像・音声、そして本人の手による文章の朗読などの方法が使われることは多い。 その一方で、インタビューなどの取材パートでは、伝える方向は明確であっても、製作者たちは極力前に出ずに、事実のみを伝えようとする。
この作品においては、その手法により、そういったドキュメンタリー作品に近いような形で、この殺人で何者の命が失われ、そしてそれがどれほど悪意に満ち、残虐であったが強烈に現されてくる。

一見ミステリ作品の一つのパターンとして書かれているように見えるこの作品だが、そこに沿った形で読み、そういったものと照らし合わせるような読み方では決して理解することすらできない。
英国もある意味日本と同様に、クラシックな謎解きミステリをミステリの本質と見て偏重するような古い考えが多く残るところのある国だ。作者Derek Raymondはおそらくはそういった傾向に反感を持っていたのだと思う。いかなる形であれ殺人とは暴力の 究極の結末である。にもかかわらず、その部分から目を背け、そういったものが書かれた物に対し、「暴力的だ」「血なまぐさすぎる」と日常的な道徳を背景に安直に批判できると思い込み、その一方でその部分を除いた結果としての死体を、 謎解きミステリーのアイテムとして「客観的・科学的」にのみ分析するのが高尚なインテリジェンスによる「娯楽」だと思うような。その辺が現れているのが、序盤の部分の警察医の死体の扱いに怒りを覚えて「私」が発する「シャーロック・ホームズの真似事」 というような言葉なのだろう。
ここにあるのは、世間から見捨てられたようなものであってもその中には様々な美しく理知的な考えを持った一人の人物が、恐るべき悪意と残酷さにより、残虐に殺害されたという「殺人事件」だ。

"説明不可死亡事件課"(Unexplained Deaths)という「私」が所属する課の名前から何を想像しただろうか?見捨てられた捜査に真剣に誠意を持って取り組む主人公を理解する数少ない人物からの「あなたは素晴らしい人だ」的な小さな激励と称賛? 僅かに存在する力無き市民である被害者に愛情を持つ者からの感謝の涙による人情エンディング?そんなものはこの作品にはありゃあしない。作者はそんなことを書くためにこの設定を作ったわけではない。
これはこの作品の形から逆に考えれば想像できるだろう。事件捜査部分をなるべくシンプルに削り落とすためには、主人公は捜査権限を持った警察官であることが望ましい。そして作品テーマから、大掛かりな警察捜査から見捨てられた殺人、 そして他からの横やりも、助力も入らない捜査というところから、この誰も行きたがらない"説明不可死亡事件課"という部署が設定されたのだろう。
そしてこの主人公は、その被害者に深く感情移入し、その残虐さに怒りながら、新聞で大きく報道されることもなく、出世を望む警察官が手を出したがらない、見捨てられた殺人事件へと臨んで行く。

終盤、「私」はStanilandのテープを聞きながら、不意に「脈絡なく思い出した」昔の友人であった老彫刻家について語り始める。
左翼思想に傾倒し、スペイン内戦に参加し聴力を失い、世間からは疎まれている老人。精神を病んだ妻を献身的に介護し、やがて自身も最期を迎える彼の作品は、誰からも顧みられることなく無残に粉砕される。
無関係と言いつつ、やはりStanilandへの想いと無関係とは思えない、ほとんど描かれることのない「私」の内面が垣間見える非常に印象的なエピソード。作中唯一、「私」=作者Derek Raymondに最も近付くところなのかもしれない。
その後、すべての捜査が終わったと考えた「私」は、出発の時間を待ちながら再びStanilandのいくつかのテープを連続して聴き、最後の行動へと向かって行く…。

「ほとんどの人間は目を閉じて生きている。だが、私は目を開いたまま死のうと思う」
序盤の方でStanilandのテープの中で語られる一節。
『He Died with His Eyes Open』というこの作品のタイトルは、被害者Stanilandの死体の状況についてのみならず、こういったこの人物の思い、更には事件を追って行く「私」、そして読者が直面する開いたまま死んだ彼の目が最後まで見た、 あまりにも残酷に終わらせられた彼の人生についてを表すものである。
これは本当に凄い作品だ。結局自分なんて、手法についてこねくり回してその一部ぐらいを伝えるのが限界程度のもんだよな、と情けなくなる。いくら書いてみたって、あらすじ以外に何パーセントぐらいこの作品から受けた衝撃が伝わるかというもんだよ。 Derek Raymondというのは本当に凄い作家だ。少なくとも自分の中では、ノワールというジャンルに於いて、かのジム・トンプスンとも並ぶぐらいの重要作家となっている。これほどの作家と出会ったからには何が何でも読み続けなければならない。 あまり数は多くないのだが、このDerek Raymondの著作については手に入る限り集め、今後も紹介して行くつもりである。

*  *  *

作者Derek Raymondについて。
1931年生まれ。本名Robert William Arthur Cook。結構名家の出身だったらしいが、17歳で名門イートン校をドロップアウト。その後兵役に就き、除隊後短期間デパートの下着売り場で働いた後、1950年代の大半をチェルシーで暮らし、その体験は 1962年に本名Robin Cookで出版されたデビュー作である半自伝的小説『The Crust on Its Uppers』に語られているらしい。
71年までに6作の作品をRobin Cook名義で発表した後、事情は分からんがしばらく沈黙。そして1984年からDerek RaymondのペンネームでFactoryシリーズを開始する。
この改名については、米国の同名のベストセラー医療ミステリ作家や、イギリスの政治家と混乱されるのが嫌で変えたということ。だが、フランスにおいては本名で出版された過去作の人気が高かったため、FactoryシリーズもRobin Cook名義で 出版されたらしい。
特にフランスでは出版後すぐに高く評価され、翌1985年には同題『On ne meurt que deux fois』でジャック・ドレー監督、シャーロット・ランプリング主演で映画化されている。日本での公開タイトルは『トレンチコートの女』。これについては、 過去に観た覚えはあるんだがもうほとんど思い出せず、現在ではちょっと観るのが困難になってる様子。あらすじを見る限りでは刑事をStanilandにして色々ごちゃまぜにして、悪女を演じるランプリングを中心にした感じの話にまとめられているのではないかと思われる。なんかあんまり無理して観ようという気にはならんが…。
なんかさあ、これ見ててまたノワールクラシックみたいな話で、この原題の意味重要性をまるで無視して、日本で過去に付けられた『トレンチコートの女』なんてタイトルをそのままつけて、延々と悪女シャーロット・ランプリングのことばかり語ってる ようなゴミ解説をケツに付けたクソ本が出るのを思い浮かべてしまったよ。なんか悪夢に出そう…。まあ今時そんなこと絶対に起こらんとは思うがね…。

そして彼の最高傑作にして最もおぞましい作品と言われているのが、シリーズ第4作『I Was Dora Suarez』。その過激さゆえに前3作の版元からは出版を断られ、そこでエージェントとなった作家マクシム・ジャクボウスキーの奔走により別の出版社から 1990年に出版されることとなる。出版後も賛否両論というところだったが、またフランスでは非常に高く評価され、Raymondにはフランス政府から91年に芸術文化勲章シュヴァリエが贈られる。
1993年には英国のインディーズロックバンドGallon Drunkの演奏をバックに、Raymondがこの作品を朗読する同名のCD『I Was Dora Suarez』もリリースされる。これについてはApple Musicでも聴けるよ。

1993年第5作『Dead Man Upright』が出版されるが、前作までの勢いは衰えてしまったらしい。この作品については現在Serpent's Tailから出ているシリーズには含まれていないんだが、評価ということよりまた版権の問題なんだろ。
1994年、Derek Raymondは癌により死亡。同年、死後に出版された遺作となった『Not Till the Red Fog Rises』は各方面から高く評価されている。

■Derek Raymond著作リスト
●Factoryシリーズ

  1. He Died with His Eyes Open (1984)
  2. The Devil's Home on Leave (1985)
  3. How the Dead Live (1986)
  4. I Was Dora Suarez (1990)
  5. Dead Man Upright (1993)

長編

  • The Crust on Its Uppers (1962) : Robin Cook名義
  • Bombe Surprise (1963) : Robin Cook名義
  • The Legacy of the Stiff Upper Lip (1966) : Robin Cook名義
  • Public Parts and Private Places (1967) : Robin Cook名義
  • A State of Denmark (1970) : Robin Cook名義
  • The Tenants of Dirt Street (1971) : Robin Cook名義
  • Nightmare in the Street (1988)
  • Hidden Files (1992)
  • Not Till the Red Fog Rises (1993)


昨年12月末にいざ!と書き始めたものの、あー12周年間に合わねえと中断し、なんだか余計に苦戦したような気もするんだが、何とかこの衝撃作について伝えることができた。ここからDerek Raymondを読んで行くぞ!と意気込んだんだが、 そこでそういやもう一人の「英国ノワールの父」であるテッド・ルイスだって日本にはほとんど伝わってないんだよな、と思い出したり…。また、この作品で、ちょっとネタバレあるかも?ながら熱い序文を書いてる、今年1月に亡くなった ジェイムズ・サリスについてだってもっと読まれて伝えられなければと思う。読まなければならない作品、書かなければならない作家は果てしないよな。
とにかく目の前のことから言えば、12周年の中でも書いたチリのRamón Díaz Eterovicについて直ちに書き始めなければというところで、その一方でエルロイとPI小説2冊が待機中だったり。そういや、12周年でこいつ復活しねえのかな、 とか言ってたピーター・スピーゲルマンも今月頭ぐらいに思いついて見たら新作発売予定で過去のなんか半分絶版状態だったジョン・マーチもきちんと復刊されてたり。こいつも読みたいんだが…。
本当に読まなければならない作品は果てしなく、なんか自分もどうせ生きているうちにすべて読むことなんてできないその中の最後の一冊を、最期まで目を開いて読みながら死にたいと思ったりするよ。…まあ、ここんとこ体調不安定で よく本読みながらぐーと寝ちゃう私には無理な話だろうけどさ…。



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2026年2月20日金曜日

2026 スプラッタパンク・アワード ノミネート作品発表!

今年2026年、第9回となるスプラッタパンクアワード、ノミネート作品が発表されました。いや、発表されてた…。
例年、前年大晦日に自薦、他薦による応募が締め切られ、2月初旬ごろに発表されるというペースだったのだけど、今年はなんと1月15日とずいぶん早いところで、本選発表となるキラーコンのサイトにて (2026 Splatterpunk Awards - KillerCon)。
昨年、毎年ノミネート作品発表は2月初旬ということで、いつものようにこっちの周年が終わったところからチェックし始めたんだが、いつまで経ってもどこからも発表がなく、結局4月末になってやっとBrian Keeneのホームページで発表された。 まあその間こちらは虫垂炎で入院と輪をかけるようにバタバタしてしまったのだが…。前年の本選発表などの様子から、本来そっちでやるはずだったキラーコンのサイトの方の事情ではないかと察せられ、今年はどうなるんだろうかと思っていたのだけど、 なんかいつもより早く1月半ばにそちらのサイトで発表。サイトのデザインも一新され、昨年ごろのバタバタを踏まえ、スタッフを強化しきちんとやって行こうという意図が感じられる。いや、良かったっすね。
当方、なーんかあれこれ拗らせた感じで12周年かなり手間暇かかることをやってしまい、更に1月寒冷期のお約束のような体調不良、まあ去年のようなことにならんようにという予防的なところもありでペースダウンし、そこに加えて個人的な事情などもあり全然そっちに気が回る余裕がなかったのだが、その辺の遅れはまあ例年通りぐらいのというところで勘弁してください。
というところで、昨年のゴタゴタを乗り越え、ここからまた頑張るぞと気合を入れて、いち早く発表された感じの今年2026年第9回のスプラッタパンクアワード、ノミネート作品です。

2026 Splatterpunk Award ノミネート作品


【長編部門】

  • At Dark, I Become Loathsome by Eric LaRocca (Blackstone Publishing/Titan Books)
  • Janitors vs. The Living Dead by Sisters of Slaughter – Melissa Lason and Michelle Garza (Death’s Head Press)
  • Music To Sacrifice Virgins To by Kristopher Triana (Bad Dream Books)
  • The Buffalo Hunter Hunter by Stephen Graham Jones (Saga Press/Titan Books)
  • The Home by Judith Sonnet (Madness Heart Press)

【中編部門】

  • Disco Rice by Robert Essig (Infected Voices Publishing)
  • Playground 2: Child of Divorce by Aron Beauregard (Bad Dream Books)
  • Runts by Daniel J. Volpe (Bad Dream Books)
  • Strange Stones by Edward Lee and Mary SanGiovanni (Clash Books)
  • The Freakshow: Rebirth In Drayton Falls by Bryan Smith (Grindhouse Press)

【短編部門】

  • “And She Was Made of Glass” by Lucas Milliron (from Full Throttle) (Uncomfortably Dark)
  • “Executive Decision” by Christine Morgan (from Full Throttle) (Uncomfortably Dark)
  • “Red Womb” by C.M. Guidroz (Independently Published)
  • “The Tripps” by Wrath James White (from The End of the World As We Know It: New Tales of Stephen King’s The Stand) (Gallery Books)
  • “Wrong Fucking Place, Wrong Fucking Time” by C. Robert Cargill (from The End of the World As We Know It: New Tales of Stephen King’s The Stand) (Gallery Books)

【短編集部門】

  • Let Not Your Sorrow Die by Bracken Macleod (Bad Hand Books)
  • Teenage Girls Can Be Demons by Hailey Piper (Titan Books)
  • The Essential Horror of Joe R. Lansdale by Joe R. Lansdale (Tachyon Publications)
  • This Is Splatterpunk: The John Skipp Primer by John Skipp (Fungasm Press)
  • Violent Nights by Candace Nola (Uncomfortably Dark)

【アンソロジー部門】

  • Choices: An Anthology of Reproductive Horror edited by Dianna Gunn (Renaissance Press)
  • Full Throttle edited by Candace Nola (Uncomfortably Dark)
  • Splatterpunk’s She Dotted Her Eyes edited by Jack Bantry (Independently Published)
  • Stories From the Motel Sick edited by Michael Allen Rose (Roshambo Publishing)
  • The Rack II: More Stories Inspired by Vintage Horror Paperbacks edited by Tom Deady (Greymore Publishing)

【J.F. GONZALEZ LIFETIME ACHIEVEMENT AWARD】

  • Christine Morgan
  • Ryan Harding


まず長編部門から。
Eric LaRoccaはデビューは2020年代でまだ新鋭というところだが、結構お馴染みで常連になり始めてきてる。ブラムストーカー賞などでもノミネート歴は多く、スプラッタパンク枠を超えたホラージャンルで大物になりつつある作家なのか。 早めに要チェックだろうな。
Sisters of Slaughterは、二人の女性作家Melissa LasonとMichelle Garzaの共同ペンネームということなんだと思われるが、実はこの二人2017年頃よりより連名のコンビ作家として活動しているが、このペンネームはまだあまり使われていないよう。 今後この名義でやって行くつもりなのかは不明。Sisters of Slaughterについて検索すると、有名なゲームウォーハンマーに登場するユニットとして出てくるが、このくらい有名なもんになるとそこから使ったぐらいのことはあるのかもしれん。
そしてこのアワード常連のKristopher Triana。昨年、ここでちょっとした旋風を巻き起こしたBad Dream Booksは健在で、三人衆の残り二人も中編部門でノミネートされている。
そして、Stephen Graham Jonesがスプラッタパンクアワードにも登場。なんか名前が引っ掛かって来る度に日本で出てないか調べるのだけど、現在までのところその様子はない。去年やっと一作読んだぐらいの自分が言うのもなんだが、Stephen Graham Jonesも 出ないようじゃ、日本の翻訳出版業界もう終わりじゃない?
Judith Sonnetの『The Home』は昨年ミスによりフライングでノミネートされてしまい、本選考から外れることが告げられたが、今年は正式にノミネート。

続いて中編部門。
前述の通り、Bad Dream Books三人衆のAron BeauregardとDaniel J. Volpeが、こちらの中編部門でノミネート。Beauregardの『Playground 2: Child of Divorce』は、2023年の長編部門を受賞した『Playground』の続編。
Robert Essigは昨年に引き続きの、中編部門でのノミネート。
まだまだ頑張るEdward Leeと『Strange Stones』を共作したMary SanGiovanniは、こちらでは初登場だと思うが2000年代初頭からブラムストーカー賞ノミネートを含む多くの著作があるホラー作家。
そして常連Bryan Smithは、こちらもまだ健在のGrindhouse Pressから。

短編部門では、アンソロジー『Full Throttle』と『The End of the World As We Know It: New Tales of Stephen King’s The Stand』から2作ずつがノミネート。
ニューヨークタイムズベストセラーの『The End of the World As We Know It: New Tales of Stephen King’s The Stand』とかは翻訳される可能性もあるのかもね。

短篇集部門。
『Let Not Your Sorrow Die』のBracken Macleodはなんか見覚えのある名前だな、と思っていたら、クライム方面で『ThugLit』や『Shotgun Honey』といったところにも作品を出してる人だった。
『Teenage Girls Can Be Demons』のHailey Piperは、2020年代からのまだ新鋭というところだが、作品数もそこそこあり英大手Titan Booksから出てるところを見るとEric LaRocca同様にもう少しメジャーなとこでも人気の作家なのかも。なんだか そっちの方の情報が全くない奴なんで申し訳ない。
『The Essential Horror of Joe R. Lansdale』はリストの中で唯一ペーパーバックのみなんだが、ランズデール作品ハップ&レナードの短篇集などを出してるお馴染みのTachyon Publicationsからで、まああんまり大きくないとこなんで電子書籍版は 出ないと思う。
そして2021年のJ.F. GONZALEZ LIFETIME ACHIEVEMENT AWARDにも選ばれたスプラッタパンクの重鎮ジョン・スキップの短篇集『This Is Splatterpunk: The John Skipp Primer』。このカッケーカバーを今回のトップ画像に。
短篇集『Violent Nights』と編集したアンソロジー『Full Throttle』がノミネートされているCandace Nolaも、2020年代登場の新鋭作家。この辺ちゃんとチェックしていかんとね。

アンソロジー部門。
『Choices』は作家・編集者であるDianna Gunnのセレクトによるアンソロジー。あまり知った名前はないんだが、彼女が注目する新しい作家というところが多いのだろうと思う。
『Splatterpunk’s She Dotted Her Eyes』はSplatterpunk Zine編集者であるJack Bantryセレクトによる過去作品のベスト的なものらしい。このジャンルのビッグネームも多く、入門用にもいいのかも。
『Stories From the Motel Sick』は、ワンダーランド・ブック・アワードの方でも結構常連のビザールフィクション作家Michael Allen Rose編集による、架空のモーテルMotel Sickで起こった出来事というくくりで様々なジャンルにわたる 作家の作品を集めたアンソロジーということ。なんか個人的には一番気になるかも。
『The Rack II: More Stories Inspired by Vintage Horror Paperbacks』はタイトル通りヴィンテージホラーペーパーバックからインスパイアされた作品によるアンソロジーの第2集。第1集『The Rack: Stories Inspired By Vintage Horror Paperbacks』は 前年2024年に出版。どちらも結構ビッグネームもあり、楽し気なアンソロジー。

最後にJ.F. GONZALEZ LIFETIME ACHIEVEMENT AWARD。
もはやこのアワードでも常連お馴染みの、スプラッタパンク/エクストリームホラーの重鎮Christine Morgan。本業は精神科医の女性作家であることを昨年のワンダーランド・ブック・アワードまで知らず、根拠もなしにむさくるしい髭のおっさんだと 思い込んでいた…。
Ryan Hardingもお馴染みの名前だが、実はEdward Lee、Jack Ketchum、Brian Keeneなどの大物作家との共作が多く、ジャンルを下支えしてきた重要な人という感じ。

ニューヨークタイムズベストセラーから俺たち出版社までが並ぶこれは、まあ色んな意味で健全なアワードと言えるのではないか。扱ってるものは世界有数の不健全だが。2020年代登場の新鋭作家達も足場を固めつつあることが見て取れる今年の スプラッタパンクアワード、いかなる作品がその頂点となるのかに注目せよ。
本選の発表は、今年は11月6-8日にテキサス州オースチンで開催されるキラーコンにて。例年8月開催だったのが今年は11月に変わり、その理由も今後は11月になるのかも現在のところは不明。結構運営の方がバタバタしていたような昨年の状況による 遅れとも考えられるが、猛暑の盛りにこんないかにもむさくるしい危険人物たちを一か所に集めるのが危険行為だと気付かれたのかもしれん。同時期のワンダーランド・ブック・アワードとも重なり、年の瀬辺りにバタバタしそうだが、発表の際には こちらでもなるべく早くお伝えします。

9年もやっててさすがに記憶も曖昧になって来て、いちいち探すのが面倒になりコピペで全部並べて一覧を作ったところ、読んでる人もこういうのがあった方が便利だろうと気付いて、そちらもとりあえず形にして、下にアップしました。 まあ、早く気づけよだろうけど…。
12周年の後、発表されているのを発見しすぐに取り掛かり、精々3日ぐらいでアップできるだろうと思ってたんだが結局一週間というような体調と諸般の事情というような状況だが、何とかやっとここで一区切り。ここからはこっちの本店も コミックの方も通常運転に戻して行ければというところ。まあまだ色々とモタモタしそうではあるが…。ホントDerek Raymondいつになったらできるんだろう…。できるだけ頑張るですよ。


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