このブログも遂に5周年を迎えました!…とかなんか盛大に盛り上げる気分にもならんよなあ…。なんせこの一年、お引っ越しやら、体調不良モロモロのしばしの沈黙を含めなくても、ホント大して書けてないからなあ。なんか書こうと思ってる小説やらコミックやら溜まりすぎてどれから手を付けていいかわかんなくなってるよ…。しかしまあ、なんにしても5周年っす。あんまり書けなくても、「オレやめてないよ!まだ続いてるかんね!」と言い続けてるうちに5年経てば5周年にもなるものですよね。しかし、5年というのもそれなりに重みのある歳月、この前産まれたばかりの赤ちゃんも、5年もたてばアルコールとドラッグに溺れたいっぱしのルーザーとなっているものですよね。え?地球人の成長ってそんなに早くないの?オラサイヤ人だからよくわかんねーなあ。と、いつものように思いついたしょーもないギャグをそのまま書き続けて5周年だよ。ワシも5歳年を取るはずじゃのう。あー、今思いついたけど、ほら、世間にはよく「永遠の18歳」とか標榜してる人いるじゃない。ワシもそれに倣って永遠の70歳ってことにしようと思うのよ。これなら当分アップデートいらないし楽じゃん。へへっ、みんなオラのマネすんなよ~。とかなあ、なんだよこの5周年、お前これまで思い付きしか書いてねーじゃん!
とりあえずまずは5周年記念の画像の説明から行くか。なんか今年は全然ネタが思いつかなかったので、私の一番好きな食べ物ロールちゃんに登場してもらいました。
[せつめい]
ロールちゃんはつつじょうのスポンジケーキのなかにクリームのつまったとてもおいしいたべもの。ぼくのうちのちかくではうってない。ひっこすまえのうちのちかくにもなかったし、ひっこしたうちのちかくにもうってない。となりスーパーなのに。こんどうまれてくるときは、ロールちゃんがちかくにうってるところがいいなとおもいます。あと、うちのまどからだいぶつがみえるところにすんでみたいな、ともときどきおもいます。(画像はロールちゃん公式ホームページより。あとロール村にもすみたい。)
そんなわけで、ここからやっと5周年本文です。…で?、5周年って何書けばいいのかなあ?うーん。思いつかないのでちょっと先の予定やらから始めます。えーと、まず今月初めやっとゾンビ・コミック特集の第1回始めたところなんですが、すんません、これちょっと中断します…。実は昨年、まあ結果的に、最後の『パンダの理論』という本について書いたのの最後で、色々な経緯から「オラ日本で21世紀ぐらいになってから出たハードボイルド/ノワールの名作リストを作らなきゃなんねえ!」と思い立ち、でもそうは言ってもそろそろコミックのことも書かなきゃ、というわけでとにかく両方とも並行してボチボチ進めまーす、ということにしたわけです。だが、ご想像の通りこのバカ者にそんな器用な真似ができるわけなし。どっちも最初のところだけ立ち上げて、とりあえずまだ形も見えてない名作リストをある程度まで、と思ってやってたら正月休み全部使っちゃって、結局成人の日過ぎたあたりでとにかく一旦区切りをつけてコミックの方をやらなければ、とそこから頑張って何とか2月初めにゾンビ・コミック特集の第1回を仕上げたという次第です。で、考えてみたのだけど、このゾンビ特集色々考えているところもあり、結構長くなりそうなので、やっぱここはいったん中断して21世紀名作リストの方に集中して早く終わらせ、そこからじっくりとやろうじゃないの、ということにさせてもらいました。誠に申し訳ない。名作リストが完成した暁には、そちらに集中し、全力で頑張りますので。もうしばらくお待ちください。それでその21世紀ハードボイルド/ノワール名作リストなのですが、まあ私のことなので、例えばなんか見やすくチョチョーンとスッキリテーブルに並べたリストを掲示し、これが僕の選んだ21世紀に翻訳の出たハードボイルド/ノワールの名作リストです。みんなこういう作品ももっと読んでくださいね。などとわかりやすくお行儀よくやるわけがなく、いつも通りのスタイルで一作ごとに、それぞれへの思い入れや各方面への罵倒や呪詛、思い付きのしょーもないギャグを交えつつ、延々と語るという形で、いつまでたっても終わりません。やっと半分ぐらいできたのかなあ…。何とか2月中完成ぐらいのつもりで頑張っておりますので、どちらを読んでいる方ももうしばらくお待ちくださいませ。とまあ、とりあえず頑張ってはいるのだけど、目の前にやらねばならんこと山積み状態で、あー、5周年来ちまったかー、5周年だから一応なんか言わなきゃなあ…、ぐらいのテンションで来ちゃったのがこの5周年なのだよ。ごめんよー。
その他、アレはその後どうなってるのか、等々にについて少し。まず、割と最近の方、第1回スプラッタパンクアワード長編部門受賞で、次読みまーす、と言ってたエドワード・リーの『WHITE TRASH GOTHIC』。まあこれは言った通りすぐに読みました。大変素晴らしい作品でこれについては語らねばならんことが本当に山ほどあるので、なるべく早期に。先に第2回のノミネート発表になっちゃうかも…。あと、ずっと中断しているグレッグ・ルッカQueen & Countryシリーズの続きですが、これも結構前に読んではいるのですが、なかなか書けないだけ。あれちょっと大変だからさあ…。うーん、なるべく早くやるですよー。それから私のライフワークであると言い続けているデストロイヤー・シリーズに関しても、とうに次のを読んでいるのだけど、現状なかなかそちらについても書けず。これもなるべく早くやりますが、その頃には次のも読んじゃってるかも。他にも書かなきゃならないのいっぱいあるけど、とりあえず言っちゃったのや続きのからなるべく早くやるです。
で、コミックの方なんだがこれがなあ…。ちょっともうどうしようにもならなくなってる2000ADなのですが、とりあえず2017年のジャッジ・ドレッド、2017年の2000AD注目作、という形に分けて早急に何とか空いてしまったところを埋めて行くつもりです。うーん、2018年までそうなっちゃうかな。何とかなるべく早めの正常化を。少しまた読む方も遅れていたりするけど、2000ADは本当に面白いし何とか語らねばなあ、といつも思っているのですよね。その他、HellbrazerやらValiantやら、まあちょっと今更かなあ、と思いながらもできれば何とか続けて行きたいものだと思っています。しかし、コミックの世界はあまりにもに膨大で、その一方情報はあまりに少なく、いったいどうやればその俯瞰や輪郭レベルのものでも伝えられるのかと悩むばかりです。とにかく一個か二個でも情報を増やせれば、なんか先に続いて行けないかと。いつまでたってもそんな感じだなあ。まだまだ日本未紹介の語るべき作家や作品も、もっと続けて語らねばならない作家も山ほどいるのですよね。うーん、全然書けなくてごめんよー。とりあえずやりたいなあとずっと思ってること。その名前ぐらいは知ってる人も多いだろうけど、日本的にはその実態はあんまり伝わっていない伝説のオルタナティブ・コミック(今も継続中)『Love & Rockets』について。みんなその姿は見たことあるし、もっと見てみたいと思う人も多いと思うのだけど、どれ見たらいいのかちょっとわかりにくいヴァンピレラ姐さんの遍歴について。日本人も絶対知っておくべき偉人ジャッジ・ドレッドさんの人生について。などなど。まあどれも考えてみればコミックの基礎知識みたいなもんだよね。なんかそういうところにも日本で海外のコミックを語る難しさがあるようにも思えるわけです。努力せねばなあとひたすら思う毎日であります。
なんか書いてくと結局罵倒方向にシフトしそうな話もいくらかあるけど、この辺にしといたほうがきれいに終わるかな。いやホント今やらなきゃならないこと山積みで早く戻んなきゃいけないしね。なんかね、とにかく5周年。さすがに5年付き合ってくれてる人はいないだろうし、自分の更新頻度から考えると、割と短めのスパンで読んでくれる人が入れ替わって続いてるというところなんでしょうが、とにかくここまで続けてこられたのは、どんな形にしても見てくれる人達がいてくれたおかげなので、素直に本当に感謝しています。いや、ホントに素直に。信じない人もいそうだけど、ホントに素直に。まあ最近では、とにかくやらなきゃと思いつつ開いといたものの結局できなかったり2~3行がやっとだったりみたいになると、なんかプレッシャーになっちまうんで本日のページビュー数とかも確認しないで閉じちゃったりするのだけどね。なんかさ、自分的なそういう部分も改善できるよう今後は何とか頑張って、たくさん書いて更新して行きたいなと思うわけです。つーわけで、これから5年目もっと頑張りますです。とりあえず予定中のが少しでも早くアップできるように。ありがとうございました。ではまた。
ロールちゃんはたいへんおいしいお菓子です。みんなも食べよう。
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2019年2月14日木曜日
2019年2月2日土曜日
ゾンビ・コミック特集 第1回 The Last Zombie: Dead New World
というわけでまたしてもやっちまったか言い訳前置きから気を取り直し、Brian Keeneである。日本では一向に作品が翻訳されないが、米エクストリームとかスプラッタパンクとかホラー界ではもはや重鎮というべきポジションの人気作家である。しかも、ゾンビ物の大家であり、彼の作品のいくつかは殿堂入り的なゾンビ・クラシックとなっているのである。(その辺については後ほど紹介。)そんなKeeneのオリジナル・ゾンビ・コミックとはいかなるものか。ここからじっくりと解説して参ろう。あ、最初に言っとくが今回の作品ここから続く『The Last Zombie』シリーズの第1シーズンであり、最後まで話さないとその方向性が掴めないため、今回に関しては全面的にネタバレしちゃうのでご注意を。では始まりまーす。
■The Last Zombie: Dead New World
コロラド州 フォート・コリンズ
世界の終わり 27日目
物語は既にゾンビで覆われた世界から始まる。未知のウィルスによる爆発的な感染により、人類の大半はゾンビと化してしまっている。
大量のゾンビたちが蠢く市街地。一台の軍の装甲車がその中をかき分けながら進む。車内には細菌学の権威Scott博士が保護され、軍施設のシェルターへと向かっている。人類最後の希望。そして装甲車はシェルターへとたどり着く。
コロラド州 ロッキー・マウンテン地下1マイルのシェルター
2年後
同施設にてゾンビ化ウィルスのワクチンの研究に携わっていたScott博士は、ある朝ミーティングに召集される。米国内に残された数少ない拠点の一つであるヴァージニア州のコマンドセンターからの連絡が途絶えているとのこと。ワシントンから事態の確認に向かったヘリも到着はしたが、その後通信に応じなくなっている。そして、最も近い拠点であるこの基地より地上部隊による調査隊の派遣が決定される。
ミーティング後、Scott博士は調査隊への参加を志願する。急がれるワクチン開発の途上、本来ならScott博士が基地を離れることはできない。しかし、ヴァージニア州のコマンドセンターには同じく研究者であるScott博士の婚約者Jenniferがいた。事情を考慮され、参加を許可されたScott博士は、調査隊とともにヴァージニア州へ向け出発する。
というのが、第1話のあらすじ。こんな感じで設定や話の向かう方向が示されます。現在では主流の感染によって広がるゾンビに覆われた世界から逃げ、2年間地下のシェルターに籠りワクチン開発に従事していた主人公Scott博士。衛星からの映像などを通じて外を断片的に見ることはできるのだが、実際に外の世界がどうなっているのかは、はっきりとはわかっていない。そして実は最近の外部からの映像ではゾンビを目にすることが無くなっている。ひょっとするとゾンビはもう絶滅してしまったのか?Scott博士たちが向かうのはそういう世界である。
戦車、装甲車両を連ね目的地へと向かう調査隊は、廃墟となった街で幼い少女の姿を発見する。そして続いて現れた母親。保護された二人は、ゾンビ禍を逃れ移動を続けながらこの町にたどり着いたところだという。
車両を下りた調査隊メンバーは、空気に腐臭を嗅ぎ、街にゾンビが潜んでいる可能性を考え、調査に動く。研究に役立つ現在のゾンビの状態を知る機会と考え、Scott博士も同行する。街の中へ向かい進んで行く彼らの前に、近づいてくる集団がある。ゾンビ?発砲し始める兵士達。突然の事態にパニックを引き起こしたScott博士はやみくもに走り出し、地面に彫られた大きな穴へと落下する。そこは腐臭の元となる処分する当てもなく大量の死体が投棄された穴だった…。
発砲する兵士たちの前、集団の中の一人が両手を上げ声を上げる。
「撃たないでくれ!俺たちはゾンビじゃない!」
彼らはハンセン病患者の集団だった。避難所などにも行くことができなかった彼らは寄り合い、この廃墟となった街でひっそりと暮らしていたのだった。
早計な判断により被害者を出してしまったことを謝罪する部隊長。そして彼らは多くの遺体が投棄されてきた穴の中で、落下の際頭を打ち意識を失っていたScott博士を発見する。
博士を救出した後、日も落ち、調査隊はその街で野営をする。深夜、その武器弾薬、食糧などを狙い、法の手が届かなくなったその世界を暴力で生き残ってきた武装集団が襲い掛かる。
一方、Scott博士は落下による怪我は軽傷だったが、急な吐き気など、怪我とは無関係に思える体調不良を覚える。不安を感じながら、念のためにと行った自分への検査。その結果、Scott博士は自分がゾンビウィルスに感染していることを発見する…。
調査隊にも大きな犠牲は出たが、武装集団は制圧できた。一夜明け、目的地へとむけて出発する調査隊。Scott博士は感染については黙したまま、車両に乗り込む。
これまでの行程では一体のゾンビも目撃されていない。もしかするとゾンビはもう絶滅したのかもしれない。彼は最後のゾンビになってしまったのか?
未完成のワクチンは進行を遅らせられはするが、完全に治癒することはできない。果たして彼は婚約者Jenniferと人間として再会できるのだろうか…?
以上が『The Last Zombie』シリーズVol.1『Dead New World』のあらすじです。シリーズタイトルである『The Last Zombie』の意味ももうお分かりいただけただろうか。「最後のゾンビ」、つまりこれは世界を脅かした感染によるゾンビ禍が終焉に向かい、ゾンビが絶滅した時に「最後のゾンビ」となってしまったのかもしれない男の物語なのである。
現代では主流となっている感染によるゾンビ・ホラー、ジョージ・A・ロメロ以降ということになるのだろうか、この手のゾンビ物語は必然的に人間ドラマまたは人間との戦いの物語となる。それは何故か?この手の物語では最後にそれを倒すことによって物語を終わることができるラスボスを作ることが難しいからである。ゆえに現代の多くのゾンビ物語は、意思を無くしたゾンビよりも、極限状態下での人間の暗黒へと向かう。そしてこの物語の舞台はそのゾンビ禍が終わりを告げているのかもしれない世界。2年間に亘るゾンビ脅威は世界をどのように変えたのか?ゾンビ・ジャンルの巨匠ともいえるBrian Keeneは、このゾンビ禍後の世界をどう描くのか?Scott博士の運命とともにとても楽しみでありますね。
ここでハンセン病について少し。あらすじの中の、ハンセン病患者がゾンビと間違えられて撃たれた、という記述には不快感を感じた人もいるかと思います。Keeneの意図としては、決して差別的なものではなく、困難な状況でより苦難を強いられた犠牲者として描いているものであり、また、後半武装集団に襲撃された時には、元々は普通の市民であったが保身のために犯罪者的なリーダーたちに従い非道なことも行う者たちよりも矜持を持ち、そして勇気と誇りを持った人たちとして描かれています。ゾンビ・ジャンルでは代表的な作家であるKeeneゆえ、心無い人たちによりハンセン病の方がゾンビ呼ばわりされるというようなことも当然聞いており、何かそういう差別行為を正せるような一石を投じたいという気持ちもあったのかもしれません。しかし、いくら言ってみたところでこれは啓発目的のものではなく、エンターテインメント作品ゆえ、当事者の方々が見て不快に感じたとしてもそういう理屈で説得できるものではないのでしょう。ただ病気に罹っているだけでも大変なのに、いくら優生保護法などの差別的政策が廃止され、教育現場などでも啓発への試みがなされていても、やはりいまだに偏見の目を向けられることも多いだろう方たちの苦しみは私などには計り知れないものだと思います。自分は日本では人気もなく翻訳される機会もほとんどないホラー・ジャンルの作家の作品のせめて一端だけでも伝えたいという気持ちでやったものですが、あらすじの中では全体のバランスもあり細部をきちんと書けず、雑な記述に気持ちを傷つけられた方がおられましたら、それはKeeneより以前に私の筆力の乏しさゆえのことであり、私の責任です。申し訳ありませんでした。
こちらのシリーズ、Vol/1『Dead New World』が始まったのが2010年で、2013年に発行されたVol.5『The Last Zombie: The End』で完結しているようです。カバーから察すると、やはり最後には博士はゾンビになってしまったようですな。
作者陣については、まず作画のJoseph Wightから。と言ってもあまり情報が見つからずほとんどわかっていないのだが…。まあ、この作品を発行しているAntarctic Pressでは主要な作家のようで、そちらからは結構多くの作品を出している。実はこの作品第2号から巻末に第2次大戦中ナチスが密かに研究していたゾンビをめぐる短いコミックが続き物として掲載されていて、あまりちゃんとクレジットもなくてよくわからず、このシリーズのサイドストーリーでゾンビの起源がそこにさかのぼり、いずれこのストーリーとつながるということなのだろうか、と思っていたのだけど、このJoseph Wightのオリジナル作品で『Nazi Zombies』というのがあるので、そっちと関係のあるJoseph Wightのみのオリジナル作品なのかもしれない。それほど特筆すべき印象のある画ではないけれど、それなりに画力はあり、Brian Keeneのストーリーを堅実に描いております。こちらの作品はモノクロで、アメリカのコミックでよくみられるグレートーンを多用したものなのですが、巻末のナチスの方のやつは線とベタだけの白黒で、結構エッジの効いている感じで、私はむしろそちらの方が好きだったりします。
そしてBrian Keene。結構な大御所だと思ってたけどなんだかんだ言っても21世紀になってからの作家なのね。と言っても2000年代ももう19年なのだけどね。長編デビューは2003年の『The Rising』でいいのかな。以降多数のシリーズ作品なども含め、50作近い長編小説を発表しているのだが、ちょっとアンソロジーなどの短編については不明なのだけど、少なくとも長編小説に関してはいまだに日本未紹介の作家である。えーと、ちょっと代表作もよくわからないところなのだけど、とりあえずデビュー作から続くThe Risingシリーズはゾンビ物として人気のシリーズらしい。とりあえず下に並べときます。そして、作家Wrath James Whiteとともに昨年より始まった、かのスプラッタパンク・アワードを主催。スプラッタパンク・アワードについては第2回へ向けての選考も進行中とのことで、ノミネート作品が発表の際にはまた急いでお伝えするようにします。コミック分野に関してはDC、マーベル、MAXなどでのホラー系シリーズへの短期の参加がいくつかあるが、一番まとまったオリジナルのコミック作品はこのThe Last Zombieシリーズというところです。
Antarctic Pressはかなり初期からComixologyにも参加していて、現在も精力的に新作をリリースしているパブリッシャーですが、やはり小さいところで『The Last Zombie』シリーズもプリント版は現在は絶版で入手困難のようですが、Comixology、及びKindle版では簡単に入手できます。ここだけの話やけどComixologyの方がかなりお買い得でっせ。あれ?ごめん、5だけKindle版が見つかんない…?
Brian Keeneホームページ
Antarctic Press
さて、ここからはせっかくゾンビ・コミック特集ということなので、取り上げた作品以外にももうちょっと幅広く、アメリカのゾンビ・コミック状況をComixologyあたりで見られるものを中心に、ざっと見て行きましょう。第1回の今回は、アプリショップも出してるあたりの大手とやや大手の5社プラス1について。アメリカのコミックというのは例のビッグ2が大手過ぎるので、なんか言い方が微妙になるなあ。あと、自分の使ってるのはiOSなのでそっちの事情しか分かりませんが、ついでにアプリショップについても軽く説明しときます。
まあそんなわけで、何とか次やろうとずっと考えてたのがやっと始められました、という次第です。なんとか1月中には、と思ってたけど結局果たせなかったな…。なんだかずっと遅れているうちにいくらか構想も広がり、書いてる途中で思いついてまた増やしたりで、どんどん膨らみ長くなって遅れ続けているわけですが、なんか読んだもの以上に深くゾンビ・コミックの世界を探りお伝えして行ければいいかな、と思っております。まあやっと始めたもののまたしても第2回は少し遅れてしまいそうなのですが、何とかそこからはちょっと集中してゾンビ・コミック特集を続けていきたいと思っていますので、またよろしくね。とやや脱力気味に今回は終わるのであった。
■Brian Keene/The Last Zombie (Comics)
■Brian Keene/The Risingシリーズ (Novel)
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2018年12月20日木曜日
パスカル・ガルニエ / パンダの理論 -珠玉のフレンチ・ノワール-
今回はフランス暗黒小説、パスカル・ガルニエの『パンダの理論』。翻訳作品です。これまで翻訳物は、おまけ的にやってきたのだけど、昨今の遅れから、またそれをやってるうちに更新が遅れてしまうのも何なので、とりあえずはそっちの方も外に出して、こんな感じでやって行きます。さてまずこの作品に私がいかにして出会ったかというと、しばらく前のことになるのだけど、かのエイドリアン・マッキンティ先輩のTwitterから。
「おめーら、パスカル・ガルニエ読めよ。モテるぞ!」
…と、正確にも不正確にもそんな内容ではなかったと思うけど、もう私の脳内ではマッキンティ先輩はそういうキャラになってしまってるので…。
「えっ、そんな人全然知らなかったっす。フランスの方っすか?先輩のおススメなら絶対読んでみるっすよ!あっしも先輩みたいにモテモテになりたいっす!」
とただちにチェック。英訳版ならなんとかなるかなあ、と調べてたところ、なんと翻訳が1冊出てるじゃないですか!というわけで読んでみたのがこの『パンダの理論』なのです。
こちらの作品、本国フランスでの出版は2008年。日本では近代文藝社から2017年の1月に翻訳出版されている。…のだが、どうも今のところはあんまり売れてなさそう…。私が前にアマゾンで見てた頃には、これを見た人は他に…、ってところには黒柳徹子さんのパンダの本や、パンダの図鑑らしきやつ、これを見た後にはこんな商品が買われてます、とか言うところではその手の心温まるパンダ本とシャープペンの芯とか…。なんか今日見に行ったらもはや何にも表示されずひたすら広い空間が広がっているのだが…。えー、オレ一冊買ったじゃん。あっ、そうか、ワシ以外の人にはワシの買ったものとかが表示されてるのかな?Kindle無料でただちに入手したえっちっぽいマンガとか…。まあもしかしたらフランス文学専門店とかどこかにあるユートピアではテラフォーマーズの最新刊もぶっちぎるぐらいの勢いで売れてるのかもしれないが、ともかく少なくともアマゾン的にはあまり売れてなさそうなのは確か。いや、それはいかんだろうということで、私がプッシュしようと立ち上がったのである!いやまあ…、近代文藝社さんから見れば、こんな奴にプッシュされても有難迷惑も甚だしいかもしれんが、一旦出版されてしまえば誰に何を言われるかわからんのは世の常。場合によっては、マーク・グリーニーに比べればとか、スケールが小さいとか、あの辺がピークだったので終わってよかったのである、などの本当に心無いことを適当に書かれることだってあるのだ。それに比べれば、少なくとも私はこの本に大変感銘を受けているので、基本的には褒めるから。まあ、通勤途上で出前の原付にぶつけられちゃったぐらいに思って、諦めてもらうしかないですな。というわけでパスカル・ガルニエ『パンダの理論』です。
■パンダの理論
男はブルゴーニュ地方の小さな駅に降り立つ。十月のある金曜日。夕方。ただ一人で。駅に人影はない。
男の名はガブリエル。何のためにこの町を訪れたのかはわからない。彼は町のホテルに投宿し、そこから少しずつその町にいる人々と交わりを持って行く。
町の小さなレストランの店主。入院中の妻の容態に心を痛め、妻の母親に預けた子供たちを心配している。店は開けているが、心労で料理を作る気力がなく、開店休業状態だ。
ホテルのフロントの若い女性。孤独な彼女は、ガブリエルとのつながりを求めてくる。
同じホテルに滞在しているカップル。この町に住む病院のベッドで死を待つ父親の許を訪れた男と、その愛人。
ガブリエルは彼らに卓越した腕で料理をふるまい、そして彼らの「不幸」に寄り添い、人々を癒して行く。そして誰もがガブリエルに信頼を寄せ、愛情を抱いて行くが…。
この男が何者なのか、いったいなぜこの町に来たのかも一切語られないまま、物語は進み、読者はこの奇妙な男の行動を追って行くことになる。クッキング・パパ的行動で人々を優しく励まし続けるが、一定の線を越えるまで自分自身の内面に触れさせることは避け続けているように見える。静かな、という調子で語られるこの奇妙な親切な男の物語だが、時折、非常に断片的な彼の過去が物語の合間に挟まれて行く。大変暗く、不穏で、何人もの死にも立ち会っていることもうかがわれる。そしてそれらがこの優しい男の静かな物語に、暗く、不穏な影を落とし続ける。だが実はこれらの断片は最後までパズルのピースのように組み立てられることはなく、最後までガブリエルが何者だったのかをはっきりと知ることはできない。しかし、終盤になり、ある決定的な断片が姿を現し、読者はそれぞれの断片の配置もはっきりしないままにおぼろげな形の核となるものを知る。彼の失ったもの。彼の悲しみ。絶望。そしてそれらがその後の彼の行動につながって行く。彼のそれまでの行動と全く矛盾しない地続きのままに…。そして我らは、彼がそのあまりにも深い悲しみと絶望の谺の中を歩いていたことを知るのである。
タイトル『パンダの理論』のパンダは、まだ序盤のあたりでガブリエルが町のお祭りの射的でゲットする大きなパンダのぬいぐるみに由来する。そのパンダが登場するシーンがオビにも書かれているので、ここでちょいと引用させてもらいます。
アザラシの毛でも敷いたみたいに、歩道は光っていた。
夜、雨が降ろうが降るまいが、街の空は黄色だ。
ガブリエルは手にしたぬいぐるみをごみ容器の蓋の上に置いた。
誰でも拾ってくれる人に手を広げ、安心しきって、幸せそうな表情のパンダを。
(中原毅志・訳)
こんな美しい文章で語られる「パンダの理論」が物語を何処へ導くのか?そりゃあ読まなきゃいかんじゃろ。
まあここまで書いてくれば大抵の人は察しはついてるだろうけど、わかんない人のために念のために言っとくけど、この作品一応ミステリジャンルには属しているようだけど、まあかなり「文学」寄りの作品である。謎解きもトリックも一切ないし、前述の通り、主人公ガブリエルの過去の断片も並べ直し、再構成してこれがこうしてこうなったと明確に分かるものではない。と、そういうものを求める人には向いてないという注意で書いてみたが、現実に何でもかんでも前の文のような基準で判断し、前の文まんまで書いて自信満々に「批判」しているバカもホントに後を絶たないよね。「ミステリ」なんちゅうもんの読者の世界では、さる高名な評論家が明言していたように、「純文学乗り」であることが「いちゃもんをつけ」る理由になるのが当然のことのようだしね。もう「ミステリ」ファンお断りぐらいでいいか。どーせ、フランスっちゅうことで「ピエール・ルメートルに比べれば」みたいなこと言い出すのが出てくるのが関の山だしな。…と、いつの間にか結局こーなっちまってるし…。こーゆー奴は読むな、とか言ってちゃプッシュにもなんねえよな…。あ、そうだ、なんかハードボイルドが好きな人にアピールするらしいのがあるから一応やっとこうか。えーっと、パンダのぬいぐるみがホークで、レストランの親父がスーザンね。なんかハードボイルド好きな人にはこの指定が効くらしいよ。んー…、近代文藝社さん、ごめん…。せっかくいい本出したのにね。
パスカル・ガルニエさんに関しては、こちらの本の解説を丸写しで。青少年向けのノベルを書く一方で、この手のノワール小説を書き続けたとのこと。2010年に亡くなっているそうで本当に残念なことです。かくして作者の死後ながらやっと日本にも紹介された素晴らしいパスカル・ガルニエ作品だが、やっぱ他の作品が続いて出るのは果てしなく難しそうか…。しかし、安心されよ、このパスカル・ガルニエ作品、英語では結構沢山翻訳されている。(全部かどうかは不明。)しかも現在はそれらの3作ぐらいずつをまとめたお得な合本が3冊も出ているのだ!さあ皆の衆、パスカル・ガルニエを読み給え。あっしもお陰でモテ度が2パーセントぐらい上がったでゲスよ。マイナス500%がマイナス498%ぐらいに!ありがとう、マッキンティ先輩!
しかしなんだよね、こんないいのを読んじゃうと、フランス本国の方にはこういうヤバいノワールが山ほどあるんじゃないかと期待してしまう。何しろジム・トンプスンを見出した国だし、オイラはボリス・ヴィアン=バーノン・サリヴァンの『墓に唾をかけろ』をオールタイムベストいくつかに入れてたりするものだしな。更に言やあまた一つのコミック大国でもあるわけで、日本じゃあフランスのコミックについて語る人は、とかく「バンド・デシネは芸術である」ばっかなんだけど、こっちは芸術じゃねーのも読みたいんだよって人なのである。うーん、超初歩の段階で錆び付いたままのフランス語を起動すべき時か?とか思うけど、英語で読めるもんも山どころか大陸ぐらいあるという始末で…。うむむ、いつの日にかはどっかの何かにたどり着くのだ、と心に抱きつつ精進を重ねるしかないのじゃ。
さて今回何度も名前が出てきてるマッキンティ先輩だが、先輩の絶対に面白いに決まってるショーン・ダフィシリーズ第2作『サイレンズ・イン。ザ・ストリート』が早川書房からとうに出版されているのは皆の衆もご存じのことであろう。だが…、まだこれが読めてないのだ、実は…。なんか色々ゴタゴタしていてなかなか手を付けられないでいるうちに、うっかり洋書の方で某大作を読み始めてしまい、しばらくは読書時間の大半をここにつぎ込まねばならない、という事態になっており、そっち読み始められるのはそれを読み終わった年明けぐらいか?ということになってしまっておる。いや、誠に申し訳ない。先輩にも合わす顔がないっすよ。だがちゃんと読んだ暁にはなるべく早い機会にそちらについてもちゃんとした感想を書く予定であります。いや、第1作の時はとにかく出たのが嬉しくて浮かれて、ちょいと粗雑な感想だったかもと反省もしているので。ああ、そっちの大作の方もなるべく早くな。ワシ、遂にアレ読んじゃったぞ!(まだ途中だけど…。)
などとモタモタしているうちにもう年末、例のなんかがすごいとかすごくないとかいうのも出る時期になってしまった。どーでもいいけど一応見とこうかな、と本屋でパラパラ見てみたところ、案の定マッキンティ先輩の超傑作が三十何位とか。まあどうせ「読書のプロ」の選んだランキングなんてこんなものだろ。あの辺じゃあハードボイルド読みなんて壊滅しとるしな。ショーン・ダフィも4作目以降は原書で読むしかねえんだろうな、ケッ。とふてくされてたが、なんかふてくされてばかりもいられないんじゃ、と思い始めたり。延々と続くこの惨状を見るにつけ、もしやこのままでは次世代のハードボイルド読みは現れないのでは、と心配になってくる。今や日本の若人が「ハードボイルドとか読んでみようかな。」とか思いついても指針となるものが全くないのではないか。うっかりヤプー知恵袋とか言うところに「おススメのハードボイルドを教えてください」とか書き込んだ罪もない若者がマッチョ説教家畜人の手により『初秋』とか押し付けられて、「こんなクソつまらねーのしかないならもう一生ハードボイルドなんて読まなくていいや。」とかいうことになる次世代ハードボイルド読みの芽を潰すばかりの惨事が日々繰り返されているのではないか。ここは日本で絶滅が危惧されている真性ハードボイルド/ノワールバカの数少ない生き残りである私の手により、21世紀ハードボイルド名作リストくらいのものを早急に作っておく必要がある!だって誰もやってくんないじゃん。オレ勝手にやっちゃうかんね。とは言ったものの、そろそろコミックのことも書かねばならず、まあボチボチという感じでしか進まなそうだが、何とか正月休みなども活用しつつ、そっちと並行しつつ、年明け早いぐらいの時期までには発表するのでお楽しみに。いや、あんたがお楽しみにしなくても勝手にやる!そんなわけでこれからちょっと忙しいので今回はこの辺で終わります。さいなら。
■パスカル・ガルニエ/パンダの理論
2018年12月2日日曜日
Polis Books新世代ハードボイルド探偵シリーズ特集 #2 -Dave White / The Evil That Men Do-
前回に続きましてPolis Books特集、第2回はDave WhiteのJackson Donneシリーズ第2作『The Evil That Men Do』です。前回のAlex SeguraのPete Fernandez同様、20代くらいのニュージャージーの若き私立探偵。元警官なのだが、潜入捜査中ある問題を起こし、警察署内全体を敵に回す形で辞職。この辺は前回は書いてなかったけど、このくらいまではバラしちゃってもいいか。そして私立探偵事務所を立ち上げるが、警察の方からはかなり恨まれていて、チャンスがあれば何時でも潰そうぐらいに思われている。特に元相棒Bill Martinからの怨恨は深い。なかなかうまくいかない私立探偵稼業に見限りをつけ、大学への復学を考えている。という状況から始まったのが前作、Jackson Donneシリーズ第1作『When One Man Dies』。そして、前作では年長の元俳優の友人の殺害事件を調査しているうちに、ニュージャージーに巣食う闇に巻き込まれ、その中で絶好のチャンスと待ち構えていたBill Martinに私立探偵免許も取り上げられてしまう。事件は解決し、ひとつの真相にはたどり着いたものの、あまりにも多くのものを失い、そしてまた一つ心に深い傷を負ったJackson Donne。現在は大学への復学への意欲も失い、夜警の仕事で家賃と酒代を賄っている。というところでこの第2作は始まります。■The Evil That Men Do
無気力になり、ただその日を漫然と暮らしているだけになっているDonneのアパートを、姉Susanが訪ねてくる。遠く離れて暮らしているわけではないが、様々なわだかまりにより家族と距離を置いているDonne。姉の顔を見るのも随分と久しぶりになっている。
「母さんがもう長くはないわ…。」
かなりの歳になってからSusanとJacksonを生んだ母。高齢でアルツハイマーを発症し、入院しているということだ。
「母さんがずっと私たちが聞いたこともないことを話しているの。母さんのお父さん、私たちのお祖父さんについて…。本当なのかわからない、でもあなたなら…。あなたは探偵でしょう。」
俺はもう探偵じゃない。できることなんて無いんだ。俺は忙しいんだ、もう帰ってくれ。
「お願い、助けてよ。母さんはもうそのことしか話さない…。お祖父さんは殺されたって…。」
だがDonneの心は動かない。今更俺に何ができるっていうんだ…。
シリーズ第2作は、こうしてDonneの家族が関わる事件として始まって行く。そして、実はこの始まりの前に短いプロローグがあり、そこではSusanがDonneに調べてくれと持ち掛けた彼らの祖父、Joe Tenantを主人公とする物語が始まっている。
-1938年-
埠頭ではしけの船頭として働くJoe Tenantは、ある夜勤明けの朝、海岸でギャングと思しき男たちが一人の男を殺害する現場を目撃する。そして彼はそこからニュージャージーの政財界の陰に潜む暗黒に、愛する家族もろとも巻き込まれて行くことになる…。
今作では現代のDonneの物語の合間に、度々この1938年の祖父Joe Tenantの物語が挟まれる形で展開して行くことになる。
そして一方、現代のDonne。
Donneの倉庫での夜警の仕事の最中、Susanの夫Franklinが訪ねてくる。地元では有数の資産家の息子で、Susan、Donneとも同じ学校に通っていた幼馴染とも言うべき間柄だが、子供の頃からDonneとはそりが合わない。現在も近郊に数件のレストランを経営する事業家だ。
「姉さんを助けてやれ。」
そしてFranklinはポケットから小切手帳を取り出す。
「お前の料金は幾らだ。」
こうしてDonneは今回の事件に関わって行くことになる。
一方、この義兄Franklinは時を同じくし、謎の人物から脅迫を受け、法外な額の金を要求されていた。やがてそれは彼のレストランの一つの爆破という現実の脅威となり、更に彼自身の身を危機にさらす事態へと発展して行く。思いがけぬ様相を呈してきた家族の事件に、Donneも巻き込まれて行くことになる。そして、その事件は病床の母がうわごとのように語る過去に祖父が巻き込まれた事件に端を発するものであることが見え始め、家族の一人であるDonneも当事者として関わらざるを得ないことになってくる…。
第1作『When One Man Dies』では、しきりに破滅型を強調していたJackson Donneなのですが、今作では事件を通じて失われかけていた家族とのつながりを取り戻す、という前向きな方向に。前作ですべてを失い、無気力になっていた今作の始まりから考えると、立ち直り、再生といった物語となって行きます。しかしながら、この先からは少しななめ読みしたぐらいのレビューからも、苦難の破滅型としての道を歩いてゆくことがうかがわれたりするのですが。少し例外的な初期方向性に迷ってたあたりの作品なのかもしれません。とか言ってると何か失敗してる作品のように聞こえてしまうかもしれないが、別にそういうことではないのだけどね。
前作について以前書いた時、自分でも珍妙なこと言ってるな、と思いながら、この作品はミステリだから、としきりに強調していたのですが、この第2作を読んでやっとわかった。要するに第1作は構成やらテンポやらがあまり上手くなかったのだ…。戻って1作目について説明すると、かなり偶然の一致としては不自然というようなことが続き、それは最後ではそれぞれに必然であったことがわかるし、そこでタイトル『When One Man Dies』の意味が響いたりもするのだけど、どうも当の主人公Donneがそれをあまり不自然に思わないまま話が進んで行く感じがあり、それが理由で途中でぶん投げられたりしないだろうか、というのが心配になりちょっと珍妙な但し書きを連発してしまったというわけなのですよ。最後まで読んでみると、結構ロス・マクドナルドかも、みたいな感じもあり、そりゃもったいないだろ、ちゃんと最後まで読んでよね、という気持ちが強く表れたというようなものなのでした。しかしまあ、この第2作を読んでみて結局そういうのって色んな所があまり上手くないところから見えるスキなのだな、と気付いたり。ホントのところ言っちゃうと、今作では過去と現在をつなげるというところがちょっと強引なところもあったりもするのだけど、読んでる間はそんな無粋なツッコミを入れる気にならないぐらいにサスペンスで引っ張って行きます。いや~Whiteさん腕上がったじゃん。何度でも繰り返して言うが、第1作はそんなちょっとした欠陥があっても読むべき価値のある作品であり、そしてこの第2作は勢いのある展開で引っ張り、見せ場のアクションシーンの舞台仕立てなんかも1作目同様に上手い。さあますます腕も上がって先も楽しみなDave White、Jackson Donneシリーズ!読まなきゃ損だよん。
Jackson Donneシリーズは現在まで5作が発表されており、最新作は昨年出版の『Blind to Sin』。今作『The Evil That Men Do』は、2008年に一旦出版された後、しばらくの雌伏期を挟み、2014年に第1作『When One Man Dies』とともにPolis Booksより再リリース。そして翌2015年からシリーズも本格再開され、以後年1作ペースで出版されてきたが、今年はお休み。しかしご心配召されるな。ご覧のようにここまでも苦節を重ねながらも続けられてきたシリーズ、多少のインターバルはあってもまたすぐに戻ってきてくれるはず。それにしても最新作『Blind to Sin』のあらすじの最初辺りをちょこっとカンニングしてみたところ、その第5作ではDonneは遂に刑務所で懲役を務めているらしい。いやはやDonneさんも今後はかなりの茨の道を進むことになるようですね。
作者Dave Whiteについては第1作の時に書いたので…、とちょっと手を抜かせてもらおう。まあ相変わらずニュージャージー在住で、Rutgersとバスケットボールをこよなく愛するナイスガイ。よくわからないのだけど、まだ学校の先生は続けてるんじゃないかと思う。
Dave Whiteのホームページ、いつの間にかリニューアルされてて、URLも変わってたので、新しいのをリンクしときます。長編のリストには、前作の時に内容不明のままちょっと書いた「幻」の第1作『Borrowed Trouble』もとりあえずそのまま載っけています。でも多分これがこのままの形で復刊することはないのではないかなと思うけど。短編の方は、前回の時以前のDave Whiteのホームページに載ってたのを写してきたやつなのだけど、一部はリンクが無くなっちゃっていました。多分これは以前のホームページにあったやつかな?あと、Jackson Donneシリーズは最近お得な1~3作合本も出ています。
Dave Whiteホームページ
■Dave White / Jackson Donneシリーズ
●長編
- Borrowed Trouble (2001; Rutgers; 絶版)
- When One Man Dies (2007)
- The Evil That Men Do (2008)
- Not Even Past (2015)
- An Empty Hell (2016)
- Blind to Sin (2017)
- God Bless the Child (March 2000, The Thrilling Detective Website)
- More Sinned Against(March 2002, HandHeldCrime.com--UPDATED, Reprinted at David White's Official Website, May 2005)
- Closure (Autumn/Winter 2002, The Thrilling Detective Website./Winner of the Derringer Award for Best Short Story of 2002.)
- Get Miles Away (Summer 2003 The Thrilling Detective Website.)
- God's Dice (Spring 2004 The Thrilling Detective Website.)
- Darkness on the Edge of Town (Summer 2004 The Thrilling Detective Website.)
- Reptile Smile (February 2005 Shred of Evidence.)
- My Father's Gun (2006, Damn Near Dead: An Anthology of Geezer Noir)
- Shallow Grave: A Pete Fernandez/Jackson Donne Joint (2017) Alex Seguraとの共作
さて、2回に分けてモタモタとやってきたPolis Books新世代ハードボイルド探偵シリーズ特集もようやっと一区切りなのですが、まあ何とかやっとそのうちの2人目を読めたというところ。時々名前を挙げている仲良しグループ第3の男Rob Hartについても一日も早く読まねばと思うばかりです。ホント読みたい本は尽きず、結局数パーセント読めたぐらいのところでワシも寿命が尽きるのじゃろうな。トホホ。
ところでここでまた持ち出してきた新世代ハードボイルドについては、またちょっと書いておこう。なんか活きのいい若手の探偵ぞろぞろ出てきたじゃん、と嬉しくなってぶち上げてみたのだが、なんかさあ、結局これって日本のみの感覚なのだよね、と気付いた。なんかよう、若手とか言ってみたけど、まあこん位の歳のハードボイルド私立探偵なんてアメリカのハードボイルド・リーグじゃ普通だろ。ところが日本じゃ中年以上の探偵ばかりが人気なのか、もうそう決めつけて「ハードボイルド探偵と言えば中年の独身男と相場が決まってる。」ぐらいのこと断言する奴そこら中にいるし、かつてはハードボイルドは40過ぎじゃないと書けないぐらいのこと言ってた先生もいたわけだしね。実際には日本だって若手の探偵だって紹介されてきたが、ほとんどがそういう連中に無視されてきただけ。ホントにトラヴィス・マッギーなんてやっと半分ぐらいが翻訳されてて、それもかなり昔にほぼ絶版でしょう。図書館とかでやっと見つけたのを読んでたけど、順番出鱈目になってる上にもうどれ読んでてどれ読んでないのかわからない始末。アメリカンから見たら私なんぞ、お前トラヴィス・マッギーもちゃんと読んでなくてハの字語ってんのかい?って笑い物もいいとこかもしんない。ロバート・クレイスだってあれほどアメリカで大人気のハードボイルドっすよ!って言って何度出しても無視されるしね。なんと悲惨な国だ。そんな狭量な認識で「ハードボイルドとは何ぞや」とか別に一切結論が出る見込みもないいらんことを考えた挙句にこじらせて、「現代に於いてはハードボイルド探偵などというものはパロディとしてしか存在し得ない。」みたいなたわごとにたどり着いたりな。そんな救いもない国でいつの間にか歪んだ思想を刷り込まれていた私をも含めたかわいそうな人々以外には、このくらいの歳の探偵は普通なのだろう。実際20代30代ぐらいの方が当たり前に体も動くのだしね。最近でホントに若い探偵として書かれたのは、Ray Banks先生のマンチェスターのアニキ、Cal Innesぐらいのところかもしれない。じゃあどうなの?そっちがフツーなら「新世代」とかいうほどのことじゃ無いんじゃないの?と言われれば、ん~まあそうっすね、というところなのだけど。でもさあ、このPolis Booksの仲良しグループ見てるとさあ、こっからオレたちの新しいハードボイルド打ち出してくんだぜ、って感じの気概が伝わってきてさあ、新世代ぐらいに言って応援してやりたくなるじゃないの。我々みたいにか細くしか入ってこないものを思い込みで捻じ曲げて伝えられるんじゃなく、奴らは好きなものを読んで育ち、そして今はまっすぐにオレのハードボイルドを清々しく書いとるんだよ。よーし、お前らは新世代ハードボイルドだぜ。誰が何と言おうとワシはこいつらを応援すっからね!
ということで今回はこれまで、というところですが最後に文中でもぼやいていた、トラヴィス・マッギーも与えられなかった我が同輩の皆様に、ちょっとお手頃なのを紹介しときます。英国からの1~3巻、4~6巻の合本2冊。こちらの第2集の第4作辺りからは早くも未訳なのではなかったかな?私も前からマッギーぐらいはちゃんと読んどかなければと、モタモタとやっと1作目『The Deep Blue Goodbye』(邦訳題:濃紺のさよなら ハヤカワ・ポケミスより)を読んだぐらいなのですが、前述の通り結構前にかなり雑な感じでしか読めなかったので、読んだやつも含めて一から順に読んで行くつもりです。しかしながら、残念なことにこのお手頃価格の合本シリーズかなり前から続きの出る気配はなく第2集で打ち止めのようで、その先はいつまでたってもちょっとお高い米Random House版で読んでくしかなさそうですね。しかしこれずっとBlack Lizardから出てたと思ってたのだけど…、と調べてみたらBlack LizardがKnopf傘下でさらにその上がPenguin Random Houseなのか。で、いまは親のそのまた親のところから出てるわけね。え~い、ややこしい!もうどうでもいいわっ!昔は合本以外のシリーズももう少しお手頃価格で英国版が出てたのだけど、今は日本からは買えないようです。しかしまあ、そこまでたどり着くのもまだ先か。その時に考えて、その時になんかなと思いつつ高いの買えばいいか…。古くは、本格・通俗って何?え?ハメット-チャンドラー-ロスマク以外全部通俗なの?みたいな雑な分類に始まり、マッギーも含む多くの作品を粗雑に扱っているうちに、「ハードボイルドとはマッチョ説教と認めたり」な勢力が横行の挙句、ハードボイルドについて語る奴なんていなくなった留守宅で、未来にも新しい作品にも全く展望のないノワール原理主義者が我が物顔をしてしまうような救いのない日本のハードボイルド言説の歴史と現状。もう日本のハードボイルド言説に夜明けなんて来ないんでしょうかねえ、天国の小鷹信光大先生。内藤陳大師匠。我らはそんな一切合切をとっととトイレに流し、蓋をして、一旦はトラヴィス・マッギーまでさかのぼりつつ、「新世代」とかも読んで、正しい新たなハードボイルドの道を見つめるのだ!
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Dave White / When One Man Dies -新世代ハードボイルド Jackson Donneシリーズ第1作-Polis Books新世代ハードボイルド探偵シリーズ特集 #1 -Alex Segura / Silent City-
■Dave White / Jackson Donneシリーズ
●長編
■その他のDave Whiteの著作
2018年11月7日水曜日
Polis Books新世代ハードボイルド探偵シリーズ特集 #1 -Alex Segura / Silent City-
なんだかずいぶん前にDave WhiteのJackson Donneシリーズ第1作『When One Man Dies』について書いて、「新世代ハードボイルド」とぶち上げたものの、結局読むのも書くのも遅くて永らく放置が続いてしまったのだが、Dave Whiteを始めとするPolis Booksのイカす面々については一日たりとも忘れたことはないのだ。そして遂に今回、随分前に読んだのだけどなかなか書けなかったアレと、アレとアレとアレの次こそは読むぞ、の繰り返しの後、遂に読んだアレの2作について書く時がやってきたのであります。というわけでPolis Booksの2大PIシリーズ、Alex SeguraのPete Fernandezシリーズ第1作『Silent City』と、Dave WhiteのJackson Donneシリーズ第2作『The Evil That Men Do』の2作をPolis Books特集として今回と次回の2回(まあ事情により延長の場合もあり)で紹介してまいります。まず今回は初登場のAlex Segura『Silent City』から。Silent City / Alex Segura
マイアミの私立探偵Pete Fernandezシリーズ第1作なのですが、初登場のこの作品ではPete Fernandezはまだ探偵ではありません。地元マイアミの生まれで、父親は警察官。キューバ系ではあるけど、アメリカ生まれでそちらの言葉は話せず、キューバ系コミュニティともあまり接触のないまま育つ。大学卒業後、ジャーナリズムの道へと進み、早々にスポーツ関連のスクープを掴み、ニュージャージーの新聞社に勤める。が、その後はマスコミ業界の流れにもまれ、鳴かず飛ばずでくすぶり続けているうちに既に警官を引退していた父が亡くなり、一緒に一旦はマイアミを出た婚約者Emilyとともに故郷に戻る。そしてそのままマイアミにとどまり、地元の新聞社マイアミ・タイムスで編集者として働いている。というのがこの第1作が始まったところでの主人公Pete Fernandezの状況。
初登場のPeteは、まだ20代ながら、かなり酒に溺れ、無気力にやさぐれた青年として現れる。かつての婚約者EmilyもPeteを見限り、他の男と暮らしている。辛うじて新聞社に仕事はあるが、記者ではなく、編集者。生活も荒れる一方で、上司との折り合いも悪く、何とか職にとどまっているところ。唯一Peteを見捨てていないのは、同じ新聞社に勤める大学時代からの親友Mike。酔いつぶれたPeteを毎度のようにバーから回収し、連れ帰ってくれる。
いつものように二日酔いの頭を抱えながら、夕刻朝刊のシフトに少し遅れながら出社したPete。締め切りの迫るころ、Peteのデスクに一人の男が近づいてくる。マイアミタイムスの看板コラムニストChaz Bentley。盛りを過ぎ、現在は名誉職のような状態で社にとどまっているが、それでも有名人だ。スポーツ欄担当のPeteとは無縁の存在で、これまでも言葉も交わしたこともないのだが…。
「君のことは聞いているよ、Pete Fernandez。頼みがある。娘が行方不明になっているんだ。探してもらえないだろうか。」
彼の娘Kathyは、同じくマイアミタイムスに勤め、社会部の記者をやっている。一応、Peteも共通の友人を通じ面識はある。だが、なぜ俺に…?
仕事の終わった後、詳しく話を聞くために、Peteは指定されたバーを訪れる。だが、俺は警官でも、探偵でも、今は調査担当の記者ですらない。ただKathyと少し面識があるくらいだ。なんで彼は俺にそんなことを頼むのだ?なぜ俺がそんなことをやらなきゃならないんだ?釈然としないまま、Chazの話を聞くPete。
Chazの妻、Kathyの母親はすでに亡くなり、親子の折り合いは悪く、娘は別に暮らしている。電話をかけても取らず、何日も連絡も取れないこともしばしばだ。数日会社を休むこともあるだろう。だが今回は何かがおかしい。しかし娘ももう成人であり、このくらいの段階では警察もまだ失踪とも認めず、取り合ってくれない。他に頼めそうな人間は思いつかなかったんだ。頼む!手遅れにならぬうちに娘を捜してくれ!
気乗りはしないまま、とりあえず調べてみると返答するPete。そして彼は恐るべき事件に巻き込まれて行くこととなる…。
実は物語冒頭、プロローグで、Kathyが何者かの部屋に押し入られ誘拐される、というシーンが描かれており、我々読者はすでに彼女に事件が起こっていることを知っている。何が起こっているかわからないまま調査を始めたPeteも、少なくとも彼女が自発的に姿を隠しているのではないのではないかという疑いを抱き始める。Kathyが調査していた事件の中に手掛かりがあるのではないかと探り始めたPeteは、彼女のPCの中に、何年も昔から噂だけは聞こえるが、その存在すら確認されていない謎の殺し屋"Silent Death"に関する進行中の調査ファイルを見つける。更にPeteは、亡くなった彼の父が引退後もこだわり続け、退職時に警察からコピーして持ち出した未解決事件の書類の中にも同じ名前を見つける。Silent Death。見えない因縁に導かれるように、その名に出会ったPete。そして彼は、やがてその恐るべき殺人者との対峙を余儀なくされて行く…。
酒に溺れ、ちょっと負け犬然として登場するPete Fernandez。だが実は彼には、多くの負け犬ヒーローのようなそれまでの人生を破壊してしまうような事件を過去に持つわけではない。思い通りに進まない自分の人生に拗ねてふてくされているうちに婚約者にも愛想を尽かされ、ますます自暴自棄に酒に溺れるようになったというところだろう。こんな奴はアメリカまでいかなくてもそこら中にいる、ちょいとやさぐれた負け犬予備軍ぐらいかもしれない。なんだか等身大ヒーローみたいな言葉も浮かぶ。ただ日本ではこの「等身大」や「普通」みたいのがやたら好まれているようだけど、その一方でその「等身大」基準がひどすぎて日本のエンタテインメントのあちこちで大変魅力の乏しいものが作られてる気がするのだけど。まあ、みんなそんなのが好きならまあいいか、勝手にしてくれ。ただ、なんだかTVで見たリアクション芸人とやらのドタバタこそがリアルだというような考えで、「ハートボイルド」、「ソフトボイルド」なんて劣化便乗商売に乗り出すヌケ作が現れた日にゃあ、もう全力で罵倒すっからね。
さて、Pete Fernandezである。最初は気乗りしないまま引き受けた話だったが、Kathyが危機にあり、助けもないことを知ってからは、見捨てておけないという正義感に駆られ、周囲からの制止も聞かず事件にのめり込んで行く。そして自分のみならず、周囲をも巻き込む取り返しのつかない結果を迎える。甘っちょろい自己過信と、自分の非力さに打ちのめされるPete。だが彼はそのどん底から立ち上がり、圧倒的な恐怖をまき散らす伝説の暗殺者Silent Deathへと再び戦いを挑んで行く。打ちのめされた自分を取り戻すために。
これは負け犬再生の物語である。等身大の、我々の誰もがなれそうな負け犬の、無力感、敗北感、そして恐怖は自分のことのようによくわかる。そして負けたまま引き下がることを誰も非難しないどころか、誰もがそれが正しいことだと諭す。だが奴はもう一度立ち上がるのだよ。自分が負け犬で終わらないために。腕力を背景に体育会系正論説教ぶん回すマッチョが嫌いだからだって、へなちょこあるあるで安心したいわけじゃない。こういう「普通の男」の「無謀な蛮勇」こそ、自分もできればそうありたいと共感、応援できるものじゃないのかい。
物語の最後で、Peteは私立探偵免許を取るつもりであることを告げる。何故彼が私立探偵になることを選んだのか理解できない、という人もいるかもしれない。だが、そんな人は途中からついていけなくなっているか、何も考えずただ流されるように読んでしまった人だろう。奴は自分の意志でそれを決定したことが書かれているのだ。つまり物語後半で普通に考えれば退くべき敵に、自分の意志で闘いを挑んだように。普通に生きる人は、日々ある時は抗えない当然の理であったり、ある時は言い訳であったりというようなもので、いつの間にか追い詰められ気が付けば負け犬となってしまうときもある。そしてその敵であったり壁であったりの大小強弱に関わらず、そこから立ち上がって行くには一つの強い意志が必要なのだろう。こういう普通の男がそんな自分の意志によりそれを決意したならば、それがサラリと言われたものでも、自分の人生観やなんか思い込みのストーリーの整合性とかで照らして「理解できない」などと投げ出すのではなく、「ふーん、あんまり儲からなそうだし大変そうだけど、まあ頑張れよ。お前いいやつだから、きっといい探偵になるよ。」と応援してやるべきだろう。オレはもちろん応援するよ。私立探偵Pete Fernandez。奴の物語はこうして始まるのだ。
Pete Fernandezシリーズは現在まで4作。最新作『Blackout』は今年5月に出版されたところ。第1作、この『Silent City』は最初は2013年にCodorus Pressというところから出版されたが、ちょっとそこで止まってしまっていたところ、2016年にPolis Booksへ移籍し、同年第2作『Down the Darkest Street』が発表された後は、年1作ペースで順調に出版されています。以前にも書いたけど、作者Alex Seguraは同じくPolis BooksからPIシリーズを出版するDave White、Rob Hartとは大変仲が良く、それぞれの主人公が登場する共作の短編を2作出しております。なんかこんな感じでみんなで盛り上げて売れて行こうぜ、て感じはいいっすよね。あと、なんかうまく挟むタイミングが無くて、ここでなのだけどPete Fernandez君情報をもう一つ。近年読んでるあたりのハードボイルド派にはやたら犬好きが多いのだけど、このPete君猫派。自分も飼っているうえに、Kathyの家で置き去りにされていた猫まで連れてきてしまったりする。猫好きは要チェックですよ。
作者Alex Seguraは主人公Pete Fernandezと同じくマイアミ出身で、現在はニューヨーク在住。ちょっと年齢やら詳しい経歴などの記述が無いのだが、多分30代ぐらいかな。今のところPete Fernandez以外の小説は出版されていないのだけど、コミックのライターもやっていて、あの『Archie』を手掛けています。代表作は『Archie Meets Kiss』、『Archie Meets Ramones』。他のシリーズのキャラクターが登場する共作というのは、もしかしたらコミック好きでそちらともかかわりの深いSeguraの発案かもしれないですね。Alex Seguraさんについてもっと知りたい人は、下のリンクのホームページの他に、これについては前に書いたことあるかもしれないけど、昨年第3作発表時にCrimspree Magazineのホームページに掲載されたレゴ人形での大変愉快なインタビューも必見ですよ。
Alex Seguraホームページ
Crimspree Magazine:Lego Interview With Alex Segura
■Alex Segura / Pete Fernandezシリーズ
●長編
- Silent City (2013)
- Down the Darkest Street (2016)
- Dangerous Ends (2017)
- Blackout (2018)
- Bad Beat: A Pete Fernandez/Ash McKenna Joint (2016) Rob Hartとの共作
- Shallow Grave: A Pete Fernandez/Jackson Donne Joint (2017) Dave Whiteとの共作
というわけで、なんだかずいぶん休んでしまったのだが、やっと細々ながら復活です。なんかお盆明けぐらいにちょっと体調崩し気味になり、そこに色々と規定の物やらイレギュラーの物やら用事が重なってしまいぐらいのところだったのだけど、休み続いてなし崩しに不登校モードになりかかり、このままではいかんと思いながらもなかなか動けないでいるところに、前回のCarlos Ezquerra師匠の悲しいニュース。せめて師匠にはお別れのあいさつやお礼ぐらいは書かなければ、と思い何とか立ち上がれたという次第です。前回はああいう場なので、自分のことは控えたけど、まあこんな感じでまた頑張って行こうかと。
なかなか動けないところで考えていたのは、まず最近ちょっと1回が長くなりすぎてるってこと。長くなりすぎると書き出しや序盤ついモタモタしてしまったりなど、どうも遅れる原因となる要素が多いので、これからは今回のように2回やら3回やら、10回でも分けて、できた分をなるべく早めに更新して行くこと。あと、なんか性格的にやってしまうのだけど、これこれこういう理由で遅れました、みたいのはもういいかと。別に多くの人が更新を待ってるなどと思ってるわけではないのだけど、結局はもっとちゃんとやりたいという自分への言い訳でついついどうでもいいことを延々書いてしまったりね。それほどのもんじゃねえって。書けないときは仕方ないや。とりあえずやれるときにモタモタでも続けてれば、また書けるときもあるんじゃないの。そんでたまたま見つけた人が楽しく読んでくれればいいんじゃないの。そんなもんでしょ。まあそんな感じでまた細々ってことになると思うけどまた頑張って続けて行けるのではないかと。もうなんだか、多分日本で翻訳どころか紹介すらもされないだろうな、といういい本をあまりにも読みすぎているので、少しずつでも根気よく1冊でも多く書いて行きたいと思うのです。
というわけで、次回はPolis Books特集その2、Dave White Jackson Donneシリーズ第2作『The Evil That Men Do』について、なるべく早くお届けできるよう頑張りますです。
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●長編
●短編
2018年10月24日水曜日
英国コミックの巨星、Carlos Ezquerra逝去
去る10月1日、私が常々敬愛してやまない英国コミックレジェンドの最重要人物のひとりであるCarlos Ezquerra氏が亡くなられました。享年70歳。2010年より肺癌を患い、闘病を続け、最近の経過は良好だったところでの突然の悪化ということだそうです。最後まで作品を創り続け、ちょっと私の方でまた2000AD誌を読むのが遅れていて未確認なのですが、多分本年春期のJohn Wagnerとの『Strontium Dog』が遺作となったのだろうと思います。
Carlos Ezquerraは1947年、スペインの生まれ。スペインのコミック界でキャリアを積んだ後、2000ADの最初のパブリッシャーであるIPCにヘッドハンティングされ、英国コミック界に進出。そして1976年、創刊間もない2000ADにて2号から連載開始された『Judge Dredd』で、今にも続くドレッドのキャラクターデザインをしたのが、このCarlos Ezquerraなのです。『Judge Dredd』の中でも大変多くの作画を担当していますが、その代表的なもののひとつで私がやっと追いつけたのは、ジャッジ・ドレッド・サーガの中でも最大の問題作と言っても過言ではない「The Apocalypse War」。全25話、半年間にわたるこのシリーズの作画をEzquerraは一人で担当しています。これは2000ADの中でも結構異例のことなのではないかと思います。その他にもEzquerraのドレッドの代表作としては「Necropolis」、「Origins」などがあるそうですが、当方ではまだそちらまで追いついていないので、申し訳ないのですが内容の方まではわかりません。「The Apocalypse War」については以前に「Day of Chaos」について書いた時、その原因となったエピソードとして少しだけ触れています。
そして2000ADでのもう一つの代表作がJohn Wagnerとの『Strontium Dog』。核戦争後、ミュータントとして生まれ、それが唯一の生きる手段だった賞金稼ぎStrontium Dog。スペースオペラ要素もありのSFアクション。1978年に短命に終わった2000ADの姉妹誌Starloadにて始まり、同誌休刊後は2000ADにて、他のライター、アーティストによって描かれたり、中断もありましたが、2000年代に入ってからのリバイバルではオリジナルのWagner/Ezquerraコンビにより本年春期まで描き続けられてきました。ちょっと中断しておりますが、私の2000ADレポートにも登場の際には度々紹介しております。
ここからはいつものようにCarlos Ezquerra師匠と呼ばせてもらいましょうか。なんだかんだ言っても私が師匠の作品と出会ったのはまだほんの数年前。デジタルの発達により日本からでも簡単に英国2000AD誌が読めるようになってからのこと。最初に見たのはドレッドだったかもしれないのだけど、師匠の画を強烈に意識しだしたのはやはり『Strontium Dog』だったと思います。本当に失礼ながら最初の印象は、この人あんまり上手くない、みたいなものだった思います。しかし、少し読んでいるうちになんだか妙に気になってくる。なんだこれは?なんとも形容しがたい独特のテイスト。毒を含んだユーモアなどという生易しいものではない。ユーモアの味がする毒!なんだかそんなものがページ(正確にはiPadの表面)から滲み出して来るのだ。
Carlos Ezquerraという人が、結構ベテランのアーティストだ、ということはその時点では薄々わかっていた。では一体どういう経緯を経ればこのような画にたどり着くのか?そんな思いに駆られ過去作を探ってみると、恐るべき作品群が現れる。濃縮度100%の毒に満ちたどす黒いアートの数々!なんだかあんまり「毒」とか言ってると師匠の画が悪いもの、または悪意を表現したもののように聞こえてしまいそうなのだが、ここで言ってるのはそういう意味ではなく、また単純にホラー方向のものということでもない。たとえば画を完成させる方向性として、デッサン力を背景としたリアルさ、線やタッチ、カラーなどの誰でも共感できる意味での美しさ、動きの表現などの迫力・かっこよさ、などの基本要素があり、アーティストは自分の個性の上にそれらの要素を拡げ、更に自分の表現したいものを加味して画を作り上げて行くわけです。そして師匠が表現したかったのは、激しい闘いの迫力や、その中でのキャラクターたちの強さ、誇りという基本要素であるものを拡大したものと、更により強い人間の怒りや情念、そして単純に敵役だけではなく、主人公の中にも外にもある醜さだったのではないか。これらをより強く求めた師匠の画は先に挙げた表現の基本要素の一般的に感じられる「美」の部分すらも圧倒し、それらを基準とした概念からは負の要素にも見えるどす黒い「毒」を放出し始める。ああ、これはもう「毒」だ!繰り返し言うが、師匠の画はホラー的な怖がらせ方を意図したものではなく、また読者に向けて悪意や害意を向けられたものではない。だがその画はもはや「毒」の域まで達した恐るべきどす黒い迫力を放出する。このページ食ったら死ぬんじゃないか?
前述のようにCarlos Ezquerra師匠はスペインの出身。スペインのコミックでもキャリアを積んだアーティストである。日本からはスペインのコミック状況がほとんどわからないのだけど、歴史もあり層も厚く多くの優れた作家を輩出しているのだが、出版状況が悪く、多くの優れた作家が海外に流出してしまっているということも聞く。本当に少ししか見られてないけど、アメリカのコミックで活躍するスペイン出身のアーティストも同じような「毒」方向のダークなテイストを持っているのを見たこともあり、それらはスペインコミックの歴史の中で培われてきたものもあるのかもしれない。また師匠の年齢からすると、どこかでアメリカのアンダーグラウンドコミック、ロバート・クラムらの作家から影響も受けたのかもしれない。色々な想像・推測はできるけど、どうにもスペインのコミック状況がわからんのは本当にもどかしいところであるのですが。
いかにしてそのような作風を完成させたのかはわからなくとも、その恐ろしいどす黒い迫力に満ちたアートを40年以上にわたり創り続けてきた末のこの画風に現在出会ったのである。過去の作画から現在の作画への流れ、これはもう発酵か?40年以上にわたり自己のスタイルを貫き通し描き続けたアーティストのみが到達できる境地!もはや師匠とお呼びするしかない。長年の付き合いであるJohn WagnerがEzquerraならこう描くだろうという狙いがまんまとはまったような絶妙のパネルをみつけにやつくこともしばし。その長いキャリアからするとほんの短い間でも、リアルタイムでその唯一無二のテイストのアートをを楽しませてもらえたことは本当に幸運だったと思う。なんだか私の性格の悪さや、特に文章を書いていると調子に乗ってしまうような悪い癖で、ともすると時には師匠の画を揶揄するような印象を与えてしまったことも多かったかもしれない。またしばらくは師匠の名前をスペル間違いのまま延々とコピペして使用してしまったりなど、随分と失礼の限りを尽くしてしまい本当に面目ない。しかし短い間ながら、不肖私、師匠の素晴らしいアートを心より愛し、お慕いしておりました。70歳の年齢まで一線で作品を創り続けたアートへの情熱は心底畏敬に値し、そして、亡くなるその年まで描き続けられたことは師匠にとっても幸いだったことと思います。長い間ご苦労様でした。ありがとうございました。
Carlos Ezquerra氏のご冥福を心よりお祈り申し上げます。
安らかにお休みください
2000AD公式ホームページには10月1日、Ezquerra氏の死亡記事が掲載され、氏の功績、多くの追悼の文章が綴られています。[Carlos Ezquerra 1947-2018]
また、17日には2000ADよりEzquerra氏を追悼するポッドキャストが配信され、そちらにはEzquerra氏とのコンビの作品も多いガース・エニスなど多くのコミック関係者からも追悼コメントが寄せられているそうです。[The 2000 AD Thrill-Cast: A Tribute to Carlos Ezquerra]
日本では残念ながらCarlos Ezquerra氏の『Judge Dredd』、『Strontium Dog』などのメインワークは翻訳されていませんが、ガース・エニスの『ヒットマン』や『ザ・ボーイズ』の中で少しですが作画を担当した作品を読むことができます。
●Carlos Ezquerra
'君のせいで猫も失くした'はamazon.co.jpを宣伝しリンクすることによって サイトが紹介料を獲得できる手段を提供することを目的に設定されたアフィリエイト宣伝プログラムである、 Amazonアソシエイト・プログラムの参加者です。
Carlos Ezquerraは1947年、スペインの生まれ。スペインのコミック界でキャリアを積んだ後、2000ADの最初のパブリッシャーであるIPCにヘッドハンティングされ、英国コミック界に進出。そして1976年、創刊間もない2000ADにて2号から連載開始された『Judge Dredd』で、今にも続くドレッドのキャラクターデザインをしたのが、このCarlos Ezquerraなのです。『Judge Dredd』の中でも大変多くの作画を担当していますが、その代表的なもののひとつで私がやっと追いつけたのは、ジャッジ・ドレッド・サーガの中でも最大の問題作と言っても過言ではない「The Apocalypse War」。全25話、半年間にわたるこのシリーズの作画をEzquerraは一人で担当しています。これは2000ADの中でも結構異例のことなのではないかと思います。その他にもEzquerraのドレッドの代表作としては「Necropolis」、「Origins」などがあるそうですが、当方ではまだそちらまで追いついていないので、申し訳ないのですが内容の方まではわかりません。「The Apocalypse War」については以前に「Day of Chaos」について書いた時、その原因となったエピソードとして少しだけ触れています。
そして2000ADでのもう一つの代表作がJohn Wagnerとの『Strontium Dog』。核戦争後、ミュータントとして生まれ、それが唯一の生きる手段だった賞金稼ぎStrontium Dog。スペースオペラ要素もありのSFアクション。1978年に短命に終わった2000ADの姉妹誌Starloadにて始まり、同誌休刊後は2000ADにて、他のライター、アーティストによって描かれたり、中断もありましたが、2000年代に入ってからのリバイバルではオリジナルのWagner/Ezquerraコンビにより本年春期まで描き続けられてきました。ちょっと中断しておりますが、私の2000ADレポートにも登場の際には度々紹介しております。
ここからはいつものようにCarlos Ezquerra師匠と呼ばせてもらいましょうか。なんだかんだ言っても私が師匠の作品と出会ったのはまだほんの数年前。デジタルの発達により日本からでも簡単に英国2000AD誌が読めるようになってからのこと。最初に見たのはドレッドだったかもしれないのだけど、師匠の画を強烈に意識しだしたのはやはり『Strontium Dog』だったと思います。本当に失礼ながら最初の印象は、この人あんまり上手くない、みたいなものだった思います。しかし、少し読んでいるうちになんだか妙に気になってくる。なんだこれは?なんとも形容しがたい独特のテイスト。毒を含んだユーモアなどという生易しいものではない。ユーモアの味がする毒!なんだかそんなものがページ(正確にはiPadの表面)から滲み出して来るのだ。
Carlos Ezquerraという人が、結構ベテランのアーティストだ、ということはその時点では薄々わかっていた。では一体どういう経緯を経ればこのような画にたどり着くのか?そんな思いに駆られ過去作を探ってみると、恐るべき作品群が現れる。濃縮度100%の毒に満ちたどす黒いアートの数々!なんだかあんまり「毒」とか言ってると師匠の画が悪いもの、または悪意を表現したもののように聞こえてしまいそうなのだが、ここで言ってるのはそういう意味ではなく、また単純にホラー方向のものということでもない。たとえば画を完成させる方向性として、デッサン力を背景としたリアルさ、線やタッチ、カラーなどの誰でも共感できる意味での美しさ、動きの表現などの迫力・かっこよさ、などの基本要素があり、アーティストは自分の個性の上にそれらの要素を拡げ、更に自分の表現したいものを加味して画を作り上げて行くわけです。そして師匠が表現したかったのは、激しい闘いの迫力や、その中でのキャラクターたちの強さ、誇りという基本要素であるものを拡大したものと、更により強い人間の怒りや情念、そして単純に敵役だけではなく、主人公の中にも外にもある醜さだったのではないか。これらをより強く求めた師匠の画は先に挙げた表現の基本要素の一般的に感じられる「美」の部分すらも圧倒し、それらを基準とした概念からは負の要素にも見えるどす黒い「毒」を放出し始める。ああ、これはもう「毒」だ!繰り返し言うが、師匠の画はホラー的な怖がらせ方を意図したものではなく、また読者に向けて悪意や害意を向けられたものではない。だがその画はもはや「毒」の域まで達した恐るべきどす黒い迫力を放出する。このページ食ったら死ぬんじゃないか?
前述のようにCarlos Ezquerra師匠はスペインの出身。スペインのコミックでもキャリアを積んだアーティストである。日本からはスペインのコミック状況がほとんどわからないのだけど、歴史もあり層も厚く多くの優れた作家を輩出しているのだが、出版状況が悪く、多くの優れた作家が海外に流出してしまっているということも聞く。本当に少ししか見られてないけど、アメリカのコミックで活躍するスペイン出身のアーティストも同じような「毒」方向のダークなテイストを持っているのを見たこともあり、それらはスペインコミックの歴史の中で培われてきたものもあるのかもしれない。また師匠の年齢からすると、どこかでアメリカのアンダーグラウンドコミック、ロバート・クラムらの作家から影響も受けたのかもしれない。色々な想像・推測はできるけど、どうにもスペインのコミック状況がわからんのは本当にもどかしいところであるのですが。
いかにしてそのような作風を完成させたのかはわからなくとも、その恐ろしいどす黒い迫力に満ちたアートを40年以上にわたり創り続けてきた末のこの画風に現在出会ったのである。過去の作画から現在の作画への流れ、これはもう発酵か?40年以上にわたり自己のスタイルを貫き通し描き続けたアーティストのみが到達できる境地!もはや師匠とお呼びするしかない。長年の付き合いであるJohn WagnerがEzquerraならこう描くだろうという狙いがまんまとはまったような絶妙のパネルをみつけにやつくこともしばし。その長いキャリアからするとほんの短い間でも、リアルタイムでその唯一無二のテイストのアートをを楽しませてもらえたことは本当に幸運だったと思う。なんだか私の性格の悪さや、特に文章を書いていると調子に乗ってしまうような悪い癖で、ともすると時には師匠の画を揶揄するような印象を与えてしまったことも多かったかもしれない。またしばらくは師匠の名前をスペル間違いのまま延々とコピペして使用してしまったりなど、随分と失礼の限りを尽くしてしまい本当に面目ない。しかし短い間ながら、不肖私、師匠の素晴らしいアートを心より愛し、お慕いしておりました。70歳の年齢まで一線で作品を創り続けたアートへの情熱は心底畏敬に値し、そして、亡くなるその年まで描き続けられたことは師匠にとっても幸いだったことと思います。長い間ご苦労様でした。ありがとうございました。
Carlos Ezquerra氏のご冥福を心よりお祈り申し上げます。
安らかにお休みください
2000AD公式ホームページには10月1日、Ezquerra氏の死亡記事が掲載され、氏の功績、多くの追悼の文章が綴られています。[Carlos Ezquerra 1947-2018]
また、17日には2000ADよりEzquerra氏を追悼するポッドキャストが配信され、そちらにはEzquerra氏とのコンビの作品も多いガース・エニスなど多くのコミック関係者からも追悼コメントが寄せられているそうです。[The 2000 AD Thrill-Cast: A Tribute to Carlos Ezquerra]
日本では残念ながらCarlos Ezquerra氏の『Judge Dredd』、『Strontium Dog』などのメインワークは翻訳されていませんが、ガース・エニスの『ヒットマン』や『ザ・ボーイズ』の中で少しですが作画を担当した作品を読むことができます。
●Carlos Ezquerra
■Judge Dredd / The Apocalypse War
■Strontium Dog
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2018年9月3日月曜日
2018 スプラッタパンク・アワード 受賞作品発表!
先月末8月24~26日、テキサス州オースティンにて開催されたキラーコンにて、第1回にあたる2018 スプラッタパンク・アワードの各賞受賞作が発表されました。ちょいとお盆明けからの残暑バテで遅れてしまったのだが、取り急ぎ各賞受賞作についてお知らせいたします。まず、スプラッタパンク・アワード及び2018年度のノミネート作品についてはこちらから(2018 スプラッタパンク・アワード ノミネート作品発表!)。ちょっとこちらがいっぱいいっぱいでお知らせもできなかったのですが、春頃だったか主催者の一人Brian Keeneが詳細は不明なのだけど何かの事故で大火傷を負い、心配した有志により治療費の募金が募られるほどの事態に陥ったりしていたのですが、その後は順調に回復し、Keeneも出席し無事に発表が行われたようです。
そして第1回スプラッタパンク・アワードの栄冠を勝ち取った作品は、以下の通り!
2019 Splatterpunk Award
【長編部門】
- WHITE TRASH GOTHIC by Edward Lee (Deadite Press)
- CONTAINMENT by Charlee Jacob (Necro Publications)
- EXORCIST FALLS by Jonathan Janz (Sinister Grin Press)
- THE HEMATOPHAGES by Stephen Kozeniewski (Sinister Grin Press)
- SPERMJACKERS FROM HELL by Christine Morgan (Deadite Press)
【中編部門】
- HEADER 3 by Edward Lee and Ryan Harding (Necro Publications)
- THE BIG BAD by K. Trap Jones (Necro Publications)
- DAMN DIRTY APES by Adam Howe (Thunderstorm Books)
- KILLER CHRONICLES by Somer Canon (Thunderstorm Books)
- THE LUCKY ONES DIED FIRST by Jack Bantry (Deadite Press)
【短編部門】
- “The Tipping Point” by Jeff Strand, from Everything Has Teeth (Thunderstorm Books)
- “Dirty Desk” by Jeffrey Thomas, from Chopping Block Party (Necro Publications)
- “Extinction Therapy” by Bracken MacLeod, from Splatterpunk Fighting Back (Splatterpunk Zine)
- “Melvin” by Matt Shaw, from Splatterpunk Fighting Back (Splatterpunk Zine)
- “Molly” by Glenn Rolfe, from Splatterpunk Fighting Back (Splatterpunk Zine)
【短編集部門】
- GORILLA IN MY ROOM by Jack Ketchum (Cemetery Dance Publications)
- 2017: A YEAR OF HORROR AND PAIN, PART ONE by Matt Shaw (Amazon Digital Services)
- EVERYTHING HAS TEETH by Jeff Strand (Thunderstorm Books)
- THE GARDEN OF DELIGHT by Alessandro Manzetti (Comet Press)
【アンソロジー部門】
- SPLATTERPUNK FIGHTING BACK, edited by Jack Bantry and Kit Power (Splatterpunk Zine)
- CHOPPING BLOCK PARTY, edited by Brendan Deneen and David G. Barnett (Necro Publications)
- DOA III, edited by Marc Ciccarone and Andrea Dawn (Blood Bound Books)
- VS:X: U.S. VS U.K. EXTREME HORROR, edited by Dawn Cano (Shadow Work Publishing)
- YEAR’S BEST HARDCORE HORROR VOLUME 2, edited by Randy Chandler and Cheryl Mullenax (Comet Press)
【J.F. GONZALEZ LIFETIME ACHIEVEMENT AWARD】
- David J. Schow
第1回スプラッタパンク・アワード、果たしてどのくらいの盛り上がりや手応えがあったのかは不明ですが、今後も第2回、3回と長く続きこのジャンルの盛り上げに貢献していってもらいたいものですね。ホラーと一口に言っても、吸血鬼ものだったり、悪魔とかの宗教ジャンルだったり、ゴーストものだったりがメインストリームで、やっぱりその辺のファンからはちょっと見下されているというのがこのスプラッタパンクというところなのではないかなと思います。まあアメリカでどうかはわからないけど、日本国内的な見方ではそのあたりではないのかな。日本国内的にミステリ内におけるハードボイルド/ノワールジャンルに近いポジションでもあり、そっちのファンである私としてはそういう意味でも余計に親近感がわき、応援せねばと思うジャンルであります。まあそんなこと置いといても、こっちに近いいい作家も多いわけだしね。どうにも力不足にもほどがありすぎぐらいのレベルですが、何とか草の根的にでもできる限りこのジャンルも応援して行きたいと思っております。とりあえず、せっかく決定した受賞作、なるべく早い機会にできるだけ読んでいきたいと思うところです。まず長編部門エドワード・リー『WHITE TRASH GOTHIC』については、今読んでる本読み終わったら次に読んで、なるべく早く書く予定。なんだけど中編の『HEADER 3』がな。まだ『2』を読んどらんのだよね…。いや、ずーっと読もうと思ってたのだけど。そんなわけで、それだけはまだしばらく先になるとは思いますが、短編やらアンソロジーについてもなるべく早く読みたいもんだなあ、とは思っています。とまあ、毎度おなじみのとにかく読みたいんだよなあモードになってきた辺りで、今回はこの辺で。心ある人はこのやる気満々のスプラッタパンクジャンルを一人でも多く応援してやってくれよう、というところです。
今回は、アマゾンへのリストは省略させてもらいましたが、一応受賞作については画像からアマゾンのKindle版商品ページに行けるリンクはついています。ただ、ノミネートのお知らせ時にも書いたようにケッチャム『GORILLA IN MY ROOM』だけは限定版出版で、Kindle版はなく、プリント版も日本のアマゾンからは購入できないのでリンクはありません。その他のノミネート作品については、ノミネートのお知らせの回にリンクのリストがあります。
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