今回はIain Ryan作『The Strip』。2023年に出版されたオーストラリア、ゴールドコーストを舞台としたGold Coast四部作の第1作です。1980年代、オーストラリアのクィーンズランド州警察では組織的な大規模な腐敗が広がっていて、80年代末になりそれについての調査が行われ実態が明らかにされ、オーストラリア国内に大きな衝撃を与えることとなった。この四部作は、 それをモデルとして、同じく1980年代を舞台に、オーストラリア、ゴールドコーストでの警察の腐敗、犯罪を描いた作品である。
こういう作品があることを知ったのは、今年の初めぐらいだったと思うが、結構長い間オーストラリア犯罪小説事情では唯一の頼りとしてきた作家Andrew Nette氏のSubstackから。こいつはオーストラリアのエルロイのアレだぞ!という情報を聞き、 えっ、そんなのあるなら今すぐ絶対に読まなきゃ!、となり直ちにアマゾンで検索したんだが、なんか事情は分からんがその時はKindle版でこの第1作『The Strip』は販売されてなかった。どーすっかな、2作目から読むか、それともプリント版を 買っちまうかと、考えながら時々思い出したように見ていたところ、5月ゴールデンウィーク期頃にこの作品のKindle版も販売されているのを発見!即購入し、その時点での読書予定リストの先頭にねじ込み読み始めたという次第。 だってオーストラリアのエルロイのアレだぞ。そんなの絶対に読みたいだろ。
まずは作者Iain Ryanについて簡単に紹介。生年などは公開されていないのだが、最近のSubstackで自身が作家になるまでの経歴というようなのを書いていて、40歳で2017年の『The Student』を出版と書いているので、逆算すれば 1977年ということになる。公式なもんではないので、まあ大体その辺ということで。
若い頃はミュージシャンで、音楽評論家としても活動。現在もそちらは続いているらしい。30代後半でメルボルンの大学で現代音楽の講師の職を得たともあるので、結構アカデミックな方向もあるのかも。
2015年、最初の中編小説『Four Days』を出版し、ネッド・ケリー賞Best Debut Crime Novelにノミネートされる。だが、そこで出版社が閉鎖となり、Tunnel Island三部作となる続く2作を自費出版にて出版。だが、その辺の困難さにより自費出版は断念する。
そして2017年に『The Student』をまた別の出版社から出版し、再びネッド・ケリー賞Best Crime Novelにノミネートされる。
そして長編作『The Spiral』(2020)を挟み、2023年に『The Strip』を出版し、ここからこのGold Coast四部作が始まる。
影響を受けた作家としては、ウィンズロウ、エルロイ、デイヴィッド・ピース、サラ・グランらの名前を挙げているが、その他最近にあのDerek Raymondが加わっている。Raymondってやっぱり最近の再発掘により再評価が高まってる作家なのかね。
The Strip
というところでいくらか外枠的情報が見えてきたところで、今回の『The Strip』へ。なのだが、どうすればいいか若干悩んでいるところ。
というのは、この作品特に読む難易度が高いとかいうことではないのだが、単純に最初からあらすじを書いて行こうとすると、少々わかりにくい。まずそこのところを説明すると、例えば物語の語られ方を説明するのに、ジグゾーパズルのようなという例えがある。 一つ一つのエピソードをパズルのピースに見立て、それぞれがどうつながるのか物語が進むにつれ見えてくるというもの。それに対し、この『The Strip』という作品は、テレビのクイズ番組とかで昔からあるパネル式みたいなもんじゃないかという気が、 読んでる間ずっとしていた。つまり一枚の絵が多くの碁盤目で区切られ並べられたパネルでカバーされてて、それが少しずつ引っ繰り返されて行くうちに次第に下の絵が何なのか見えてくるというような。同じようだと思われるかもしれんけど、 結構違うのだよな。うーん、かえって混乱させたか?
私はこの作品、この四部作を何とかして、なるべく多くの人に読ませたいと強く思っている。この四部作については大変期待しているし、オーストラリアというちょっと目が届きにくいところで、困難な中頑張っている作者Iain Ryanを応援し、 日本からでも一人でも多くの読者を獲得させられればと願っている。
と、ちょっと大仰に構えすぎたかもしれないが、そんな思いもあるので今回はちょっと作者の意図と違うかもしれないが、最初から順にというよりは、もう少しパネルの下の全体像がぼんやりとでも見えるというような形で紹介して行きます。 もしかすると、ややネタバレかなあというところまで踏み込んでしまうかもしれんけど、とにかくこの第1作を読ませて、続く四部作へと進めたいという意図なので。ただまあ、今回の最初の数行ぐらいで食いついて現物検索しに行くような人も いるかもしれんけど。私がそうだし。
それでは概要から、というところだったのだが、まずその前に作品内容にもかかわってくるところなので、オーストラリアの警察について、少し簡単に説明しとく。今回前置き多くてすまんが、もう少し待て。
オーストラリアの警察機構は、まず国全体を統括するオーストラリア連邦警察(AFP)があり、一般的な法執行業務は、6つに分かれた各州の州警察によって行われている。まあ、日本の道府県、アメリカの州といった感じで、どこの国も割と同じようだが。 この作品で描かれるのは、州警察というところなので、連邦警察がどういうポジションなのかはよくわからない。んーつまり、警察庁なのかFBIなのかみたいなところ。
この作品の中心となるのはゴールドコーストのあるクィーンズランド州警察なのだが、隣の州であるニューサウスウェールズ州も関わって来る。自分が読んだ感じ、位置関係とかわかっていた方がいいかと思ったんで、地図を作っときました。 まあ既存の良さげな地図をなぞって描いて、関連する地名書き込んだ程度だけど。
ストーリーの中心となるのは、1980年時点で、数年にわたりゴールドコーストで勃発している連続殺人事件の捜査。
現在までに6人の犠牲者があり、7人目が発見されるところからこの物語は始まる。
この連続殺人事件には、Diaboloと呼ばれる専従捜査班があてられている。だが、実体としてはその専従捜査班にいるのは、特に捜査能力が高いわけではなく、むしろ無能とされるような刑事ばかり。
更に、この「連続殺人事件」は最初の3件と続く事件では明らかに犯行の手口が違っている。
何を持ってこの事件は同一の実行犯による連続殺人事件とされているのか?そしてこの事件に、なぜ解決能力が低いと言わざるを得ない専従捜査班が当てられているのか?
そして主人公となるのは二人の刑事。
ひとりはニューサウスウェールズ州警察の女性刑事Lana Cohen。連続殺人7人目の事件と同時にクィーンズランド州警察へ出向という形で、その事件の捜査のみという条件でDiabolo捜査班に加わり捜査に当たる。
だが、それは公式の形であり、実際には非公式の秘密任務としてDiaboloの内情を探るように命じられている。しかし、彼女自身はあまりそれには乗り気ではなく、上司からそちらはどうでもいいと言われている表向きの殺人事件の捜査に注力して行く。
もうひとりは、クィーンズランド州警察の刑事Henry Loch。基本的にはパートナーのLowell Sennettと共にDiaboloに属している。
犯行現場で目撃されたものと関係がありそうな車両の調査というようなことを型通りに行っているが、実際にはある事情から警察上層部のある勢力から、非公式の汚れ仕事を強制される立場にある。警察内にコネクションを持つ売春組織の 失踪した女性の捜索を命じられ、本来の仕事の方を片手間に、単独でそちらの捜査を行う。
それぞれに立場の違う二人だが、非公式の任務としてそれぞれの警察上層部の意図により動かされているというところが共通している。だが、両者ともに何らかの秘密捜査班的なものに属しているわけではなく、それぞれの末端として手ごまとして使われて いるだけで、命ぜられた任務の意味や思惑といったところは全く伝えられず、従っているだけ。それぞれにある種の弱みを握られているというような事情。
そしてもう一人、作中で重要な役割を果たすキャラクターがいる。Emmett Hadesという人物。まず作品の冒頭、更に「何日目」という形で分けられている章の最初に彼の手記、「Jounal of Emmett Hades」からの引用が入る。最初は何者なのか 全くわからないのだが、話が進むにつれ噂話として伝えられ、やがて本人も登場して来る。
二人の刑事(多分20代後半ぐらいだったと思う)より一回り年長で、そもそもはクィーンズランド州警察の数々の難事件を解決した有能で知られる刑事だったが、精神的な問題で仕事を離れ、自宅に引きこもっている。あんまり詳しく書くとネタバレになりすぎそうだが、 とりあえずミステリ超後進国民が変な風に期待する、自宅から出ないまま主人公たちに的確な捜査のヒントを与える「安楽椅子探偵」みたいなもんではないことだけは言っとく。
いくらか登場人物及び周辺情報を伝えたところで、ここからは序盤あたりのあらすじを少し詳しく。そしてその後に続くある程度の展開という感じでやって行く。
* * *
Lana Cohen刑事は誰も知らなかった。全ての眼は彼女に向けられるが、ここは彼女の管轄区域ではなく、彼女の地元でさえなかった。助かったのは、現場周辺の保持に派遣された古株のパトロール警官が、彼女の出で立ちから彼女に気付くことが出来たことだった。 髪は後ろにまとめられている。きちんとプレスした私服は制服のように着られている。警官は彼女のバッジを簡単に一瞥しただけだった。「あんただけで来たのかい?」
「そのようね」Lanaは言う。「SIB(Special Investigation Branch:特別捜査班)はまだ?」
「向かってるところだ。あんたが一番乗りさ」
古株のパトロール警官に、通報を受けて最初に来たのは誰かと尋ねる。警官は二人の若い制服警官を呼ぶ。
二人に話を聞くと、通報してきたのは車で通りかかり発見した女性とのこと。女性には後ろで待ってもらっていると話す。
Lanaは立ち入り禁止のテープをくぐり、事件現場に足を踏み入れる。
周囲を見渡す。
テラノラ入江、クィーンズランドの境界の地、川を渡ったところ。
今日は頭上に晴れ渡った青い空が広がる。
ユーカリを吹き抜ける一筋の風。
潮の香り。
楽園。
そしてその中に、ひとつの死体。
Lanaは死体を検分する。白人男性、30代か40代前半。額と左目下に銃創。おそらくは、犯人は樹々の陰から歩み出て、至近距離から撃ったのだろう。
身分証なし。現金、時計、宝石類なし。見えるところにタトゥーはない。犯罪にかかわりのない、一般の社会人のようだ。
やがて、科学捜査班もやって来て、鑑識医も続く。
Lanaは、事件通報者の女性に話を聞く。車で通りすがりに死体を発見した、近所に住む70代の女性。被害者は近隣の住人で、顔は見たことはあるが名前は知らない。
そしてゴールドコーストの刑事たちがやって来る。粗野な犬の群れのようにやって来て、現場内を騒々しく歩き回る。
医療班が死体を運び出そうとしているところで、太鼓腹の白髪の刑事が声を掛ける。「あんたら魔法医者先生たちは一休みしろや。一服するなり何なり」
そして鑑識班たちは手を止め、その場から離れる。
Lanaには何が起こっているのか理解できなかった。
同じ太鼓腹刑事が、彼女を指さし喚く。「レポーターを入れたのはどこの馬鹿だ?何なんだ?とっとと出て行け」
Henry Loch刑事は遺体を検分する。横の草むらにしゃがみ込み、静かな熱意を持って見つめる。世界は彼の周囲で静寂になって行く。同僚たちの冷笑と押し合い、連中の罵りと失望のすべて。
後頭部に二発。以前のものと同じ。
早朝のジョギング。
練られた計画。
シンプルに。
周囲のざわめきがフェードバックして来る。
彼のパートナーであるLowell Sennettが、Henryの肩越しに覗き込んで言う。「同じMO(Method of Operation:手口)だな」
「人を撃つのにMOなんてありゃしねえよ」Ron Binghasmが言う。Ronは捜査班のボス(あるいは自身がそう思い込んでる)だが、それは重要じゃない。彼ら全員が、既にこれは自分たちの事件だと知っている。
もうひとりの捜査班のリーダーが到着する。Mark Evans。ノートパッドを片手に、金属フレームの眼鏡をかけ、世界を道に迷った簿記係のように見回しながら。
死体を検分したEvansは、「薬莢はなかったのか?」と女性の刑事に尋ねる。彼女の名前はLanaといったか。シドニーCIB(Criminal Investigation Branch:犯罪捜査部)の刑事だ。Bringhamはついさっき彼女をマスコミの人間と間違え、気まずい思いをしている。
Lanaは首を振る。なかった。
「こりゃ何なんだ、トンマども」捜査に割り込まれた地元の捜査チームのリーダーが噛みついて来る。
「落ち着けよ、坊主」とBingham。「よし、俺たちがここで何をしてるかはっきりさせた方が良さそうだな」
Evansは入り江を眺めながら言う。「これを見過ごすことはできんな。つまり…」
「これは奴の仕事だ」捜査班の一人Pete Reynoldsが引き継いで言い、地面につばを吐く。鑑識の仕事など無視して。
Binghamは直ちに警官たちに命令を始め、現場には混乱した空気が広がって行く。
Henryは歩き去る。
Lanaの前を通り過ぎるとき、彼女が呟く。「何なのこれは?」
「悪夢さ」Henryは言い、歩き続ける。
Henryが運転し、パートナーのLowellと共に現場を去る。
パートナーではあるが、二人は大きく違っている。Henryは肩幅の広い威圧的な、オールドタイプの警官を思わせる26歳。それに対しLowellは、背が高くいかがわし気、見た目はよく女性にもてる。見かけはよいが中身は腐っているというタイプ。
二人はゴールドコーストのコンソーディング・スクワッドからDiabloに引き抜かれた。Lowellにとってはコンソーディング・スクワッドは居心地の良いところだったが、Diabloは関わる全員にとって沈みゆく船、経歴を汚すものでしかない。 2年で6件の殺人。すべて未解決。
そして今、7件目。
※コンソーディング・スクワッドは、オーストラリア警察で1929年に凶悪犯罪防止のために立ち上げられた特別部門で、常習犯、アンダーグラウンド人脈、および共犯関係にある既知の犯罪者に関する監視および情報収集を任務としていた。
最初のDiabloの犠牲者はTeddy Adams。Teddyはサーファーパラダイスのグリッター・ストリップでマッサージパーラーを経営していた。2番目の犠牲者、売春館のバーテンダーEddie Edgarの時、HenryとLowellは性産業の視点からDiabloの補助として 加わった。そして、死体が積み上がり抜け出すことが出来なくなった。
「Emmettはまだ、俺たちは二人の別の犯人を追ってると考えてる」Henryは言う。
「Emmettだって?そんな話をまた持ち出すのは勘弁してくれよ」とLowell。
「お前だって彼が正しいのは分かってるだろ。今日の死体を見て、78年のTeddy Adamsを見たなら、本当にそれが繋がってると思うか?」
最初の二人のDiabloの犠牲者については理解できる。Teddy AdamsとEdiie Edgar。彼らはビジネスパートナーとして繋がっていた。Teddyの事件の前夜、二人でいるところが目撃されていて、Eddieは参考人として尋問さえされている。 さらに重要なところは、両者が同じ手口で殺されていることだ。両者とも夜に路上で拉致され、ロープあるいはサッシュで絞殺されている。そして両者ともにそれぞれ別の住宅街の路上にカーペットに巻かれた状態で捨てられていた。
三人目の犠牲者Barton Westerbyは、事前に痛めつけられた様子はあったが、同じ手口で絞殺され捨てられていた。違う雰囲気はあったが同一犯によるものだ。Bartonは55歳のアル中で、TeddyとEddieの繋がりはないようだった。
だが、Lenny Gibbsで軌道は外れ始める。Lennyは地元の名士であり、彼の死は他とは全く違っていた。カーペットで巻かれていなかった。路上で頭を撃たれ、その場に放置された。
Lenny Gibbsの死が報じられると、騒ぎは大きくなり、「連続殺人鬼」という呼称がマスコミにも現れ始める。政治家も介入し騒ぎは大きくなる。Diablo捜査班は24時間操業となり、どこにも行き場はないまま忙しく見せ続けた。
正体不明の殺人者。手掛かりなし。指紋なし。動機不明、可能性のある容疑者なし。
情報提供ラインはカオスと化す。犯人の車は赤。犯人のヴァンは緑。犯人のトラックは黒。
伝えられた目撃情報は、背の高い男と背の低い男。黒人、アジア人、そして白人。
かくして、その矛盾にもかかわらず、Violet Burkeの死もDiabloの捜査に追加される。
彼女はLennyの数か月前にタガンの茂みの中で射殺されていた売春婦だった。そこで公式に彼女が四番目の犠牲者、Lennyが五番目となった。
一夜にして、連続殺人鬼はそのMOを変えたとみなされた。それまでの絞殺から、銃による暗殺へ。
そして新年二日目、Joel Delaneyが同一の手口で殺される。サーファーパラダイスの会計士。釣りをしているときに頭部を至近距離から撃たれる。
Diablo捜査班は成果も出ないまま働き続ける。
そして1980年の夏、-Diablo第2の夏、噂は流れ始める。上層部は彼らのクビを切る。おそらくはBingham、Reynolds、Evans。残りは元の配置に戻されるか、早期退職を勧告される。
そこから逃れるためのHenryのチケット?オリジナルの事件を解決することだ。
Teddy Adams。Ediie Edgar。Barton Westerby。
計画に従え。Emmettの計画。Henryの先導者。
Henryがオリジナルの事件に決着をつけられれば、望むところに行ける。彼は蘇生する。なぜなら、この全て以前に、彼の人生は糞の山だったからだ。Diabloは彼の最後の命綱だった。
遺体はBrian Amstellと彼の妻により確認される。地元の開業医。3人の10代の娘を持ち、犯行現場からさほど離れていないところに家を持つ。
Amstellの家へ行ったLanaは、彼女たちが少し落ち着くのを待ち、妻のErinと娘たちから話を聞く。
Erinは専業主婦。二人は共にカソリック教徒だった。金については、Brianの仕事は順調であり、財政的な問題はなかった。
Brianは、平日の常として早起きし、走りに出た。長年にわたりジョギングを習慣としてきたわけではなかったが、チャリティハーフマラソンのために鍛えていた。彼は今日は少し遅く起きたが、異例というほどではなかった。
「あなたは車を運転しているところで、道路封鎖で停められたそうですね」LanaはErinに尋ねる。「彼を探しに行ったのですか?」
「いえ、ミルクを切らしてしまったので」
Erinの知る限り、夫には問題を抱えている人物はいなかった。酒は飲まず、煙草も吸わず、働き過ぎ以外には健康上の問題もなかった。
Brianの部屋を調べるが、彼の診療所の従業員の女性から連絡があったというメモを見つけたぐらい。
居間へ戻り、家族とともに連絡を待つ。Lanaに今できることはない。
お茶を入れるため、台所へ行く。冷蔵庫の中には充分なほどのミルクがあった。
周囲の家への聞き込みの手伝いで一日の仕事を終え、Lanaは当地での裁判に出廷するためにに宿泊していた、マーウィルンバのモーテルに戻る。
深夜、ニューサウスウェールズのDwain Gorst警視がやって来る。
裁判について尋ねた後、Gorstは切り出す。「Amstellの事件について聞きたい」
「私にこれを担当させるおつもりですか?どう地元の者たちをよけるか考えていましたが」Lanaは言う。
「我々には確実な誰かが必要なのだ」
「わかりました。Amstellは地元の医師です。朝のジョギングの最中に頭部を撃たれました。それらしい理由は見当たりません。証拠が見つかる可能性は低そうです。容疑者はありません」
殺人課出身であるGorstは要領よくLanaの説明を聞く。「ゴールドコーストCIBの連中が割り込んできて、事件を持って行ったそうだな。そうなのか?」
Lanaは現場で見た状況を説明する。Gorstは言う「連中は所詮田舎者だからな。コーストはクィーンズランド警察が役立たずを送り込むところだ。あそこは退職を強要するための場所だ、あるいは最近までそうだったと言うべきか。 君はDiablo捜査班の内情について詳しく知っているか?」
GorstはDiablo捜査班について説明する。無能警官が問題解決に充てられた。大問題に。死体が6つに逮捕者なし。そして今7つ目。
「Emmett Hadesがブリスベンからコーストに移動になったと聞きましたが?」Lanaは言う。
「Emmettは精神を病んだという話だ。彼がDiabloの一員だったことは明らかだ。そして今、彼の主導が失われ、全てはバラバラになっている。連中は重要な容疑者を何か月も見つけられていない、今朝に至っても。上層部は全ての プラグを抜く準備に入った」
「ではなぜ、Diabloが役に立たないとわかりつつ彼らに事件を任せるのですか?」
Gorstは言う。「そのために私がここに来たのだ。私はサーフパラダイス署でRon Binghamと話し、彼も承諾した。君には州境を越えて、あの現場で我々側の人間として動いてもらいたい」
「わかりました」
「これは共同捜査ということになるだろう。連中は特別な手助けを求めていて、我々はそれを提供することになるだろう」
「それで?」Lanaは言う。「私は実際には何をすればいいんですか?」
「Diabloは正体不明だ。あそこでは、今何かが起こっているに違いない。腐敗があるとの噂もある。我々は君に、そこに行き事件を捜査するとともに、ごく近くで様子を観察して欲しいと望んでいる」
「観察ですか?」「ごく近くでな」
Gorstは言う。「我々は遺族のために正しいことをする必要がある、もちろんな。だが我々は同時に問題個所について知らねばならん。そこには戒められるべきものがあるはずだ」
「君に一線を越えることを頼んでいるわけではない、Cohen。これは純粋に内部調査だ。君はそこへ行き、事件を捜査し、その過程で見つけたものをなんであれ報告すればよい。それだけの話だ」
「そして、あなたと局長はその情報を政治的に利用するというわけですね?」
「そういうことになるな。単にそこの状況について知るだけで、現場に対しての反動はないだろう。何もな」
「そして、私への見返りは?」Lanaは言う。
Gorstは、この件がうまく行ったら、次の改編で君自身がトップとなるチームを持たせる、と答える。「警察は有能な女性を求めている。実利的な女性。君のような」
そして、Lanaはその仕事を承諾する。「書面での報告はなし。あなたのみに話します。もし私が深入りしすぎて問題が起きるようなら、私は外れます。私は彼らがみんな能無しでも気にしません。彼らが警官であることに変わりはありません」
彼らは握手する。
「私が常に君に好感を持っていることは分かっているな、Cohen」Gorstは言う。
「そうであることを願うべきでしょうね」Lanaは応える。
サーフパラダイスの外れの売春館、Tropical Touch。HenryとLowellは女主人のTrinaとの約束の時間、夜10時半にそこを訪れる。
Lowellはバーで酒を受け取った後、早々に二人の売春婦と裏の部屋に消えて行く。
Henryはバーテンダーに、「Trinaに俺が来たと伝えてくれ」と告げ、店を奥に進む。
通路わきの掃除用具入れ。奥の壁を取り外したところに小さな隠し部屋がある。
部屋には大きな窓、そして革張りのソファ、コーヒーテーブルの上にはフィルムのカメラが置かれている。
Henryはカメラを手に取り、窓の前に立つ。その窓はLowellが二人の女と共に入って行った部屋を覗くマジックミラーだった。
Henryがマジックミラー越しにLowellの痴態を撮影しているところで、女主人のTrinaが入って来る。
TrinaはHenryに、ここで働いていたSarah Uttonという女を探して欲しいと頼む。
「いなくなってどのくらい経つんだ?」Henryは尋ねる。
「大体6か月ね」「6か月だって?辞めたんじゃないのか」
「ええ、明らかに辞めたわね」Trinaは言う。「あの子はここから出て行くときに、レジを空にして行ったの。3000ドル。私が補填した」
Trinaは報酬として、一割の300ドルを持ち掛けるが、Henryは600ドルに吊り上げる。
「Colleenはこのことを知ってるのか?」Henryは問う。Colleen VintonはこのTropical Touchのオーナーで、他にもこの界隈で複数の売春館を経営している。いずれも鉄の拳により。
「そんなわけないでしょう。本気で言ってるの?」
「その娘を見つけたら、どうするんだ?」
「金さえ戻れば何もしないわ。だからColleenでなく、あんたに頼んでるのよ」
Henryは、Trinaからの頼みを引き受け、カメラを渡し、Lowellを残したままタクシーで帰る。
翌朝、Lanaはサーフパラダイス署に行き、Ron Binghamと会う。そしてAmstellの事件に限り、Diablo捜査班の一員として参加し、捜査することが確認される。
そして、Diablo捜査班の一人である刑事Bruno Karrasとパートナーを組むこととなる。
翌朝、Henryはバーリー・ヘッズの公園に向かい、そこでJack the Bagmanと会う。
Jack the Bagmanは、人当たりの良い男だが、その裏で"Joke"と呼ばれる秘密組織を警察内部で動かしている。
昨日のAmstellの件について少し話した後、Lowellの件はどうなった、と尋ねてくるJack。
「来週にはあんたの所に写真が届くはずだ」HenryはLowellは何をやったのかと尋ねるが、裏で私腹を肥やすことをしたというぐらいに曖昧に答えられる。
Jokeはこうやって動く。収賄と腐敗のシステムが明白に動かされているが、全体像を知るのはほんのわずかの者たちだけだ。
Jackは報酬の入った封筒をテーブルに置いた後、自分たちの方で探している女がいる、とポケットから出した写真を見せる。
それは昨夜、Trinaから探すように頼まれたSarah Uttonの写真だった。一緒に写っているのはブリスベン免許部のRay Blintiff。腐敗官僚として広く知られる人物。
見覚えはないが、憶えておこうと答えるHenry。そして彼女は何をしたんだ?と尋ねる。
「知らないな。Rayのチンポを嗤ったとかじゃねえのか」適当に答えるJackだが、明らかにそれ以上のことがあるはずだ。
そして、Henryは報酬の封筒を手に取り、Jackに別れを告げ去って行く。
LanaはBrunoと共に、Amstellの殺害に至る事情を探るべく、彼の背景を調べ始める。
一見真っ当な地元の開業医に見えたAmstellだが、隠されていた過去の従業員の女性との愛人関係などが明らかになるにつれ、後ろ暗い商売に関わっていたのではないかという疑いが浮上して来る。
一方、Henryは、相棒Lowellが「病欠」という形になり、単独で目撃情報として伝えられた車種の持ち主を当たるという捜査をしつつ、主には失踪したSarahの捜索に動く。
そして、Amstellの背景を追跡するLanaと、Sarahを捜索するHenryとの動きがある地点で交差したとき、Henryは両方の事件に繋がりがあると考え、LanaにDiabloを介さない相互の情報共有を持ち掛ける。
二人の捜査は、やがて連続殺人の被害者の、明らかにされて来なかった裏の繋がりを浮き彫りにし始める。
そこで、思いがけぬところからひとりの犯人が現れるのだが…?
* * *
このゴールドコースト四部作のモデルとなっている1980年代のオーストラリア クィーンズランド警察の汚職問題については、こちらのウィキペディアのFitzgerald Inquiryを参照のこと。数々のマスコミ報道を受け、元判事であるトニー・フィッツジェラルドを委員長とする調査委員会が立ち上げられ、その調査の結果、当時のクィーンズランド州首相が辞任、3人の元大臣と警察長官が投獄されることになる。
この四部作はノンフィクション的な作品ではないのだが、とりあえずこの最初の第1作では、紹介した部分でもいくらかその腐敗といったものが垣間見えるが、その内情・実態については続く作品以降ということになると思われ、深く描かれることはなくわかりにくいかと思われるので、その詳細までは必要ないにしても、そういうことがあったという認識ぐらいは持っていた方が理解しやすいやすいかと思う。まあオーストラリア国民からすると、誰でも知ってるくらいの大事件ということなので。
この第1作『The Strip』では、最終的に連続殺人事件については解決されるが、無能なDiablo捜査班の秘密については明らかにされない。いくらか想像はできるんだが、第2作以降で明かされたり重要になるのかもしれないので、ここでは書かないでおく。
また、紹介した部分の最後の方で登場するJack the Bagmanと謎の警察内組織"Joke"についても、もう少し明確に見えてくるのは次作以降になると思われる。
このスタイルの元祖であるエルロイと同様、本作も複数の主人公の視点により物語が語られて行くが、やはりエルロイ同様に次作『The Dream』では交替した別の主人公たちによる物語となり、その一人は今作でLana Cohenとパートナーを組んだDiablo捜査班の一員であるBruno Karrasになるらしい。
英語Kindle版で425ページとそこそこの大作なんだが、二人の主人公が交替する短い章の積み重ねによるスピーディーで緊張感のある展開で、結構早く読めた感じ。
オーストラリア英語は、基本的にはイギリス英語をベースとしているが、時々オーストラリア独自の意味表現があったりするので、知ってる単語でも少し意味に悩むところでは一応調べてみるべきかと思う。
2023年から開始され、現在第3作まで出ているこの四部作だが、ごく最近作者Iain RyanのSubstackで、既に第4作も脱稿し、2027年には全四作が揃うことになると告げられている。作者によれば、これは四部作で完結するが、スピンオフ的な形で さらに広げて行きたいとの希望もあるとのこと。
オーストラリアの地にこんな作品があると聞いて、今すぐ読まなければと思わないようじゃミステリファンとは言えない、と言いたいところだが私なんぞこの国じゃ「邪道ミステリファン」ぐらいのもんなんだろう。このミステリ超後進国で、 歪んだミステリ認識に阻まれ続けながらも、それでも世界のどこかに本当に面白い作品があるはずだと信じる「邪道ミステリファン」諸君は、直ちにこのIain Ryanゴールドコースト四部作へ向かうべし!
私もこの四部作については最優先…、いや最優先多すぎて身動き取れなくなってるぐらいなんだが、その中でも最々優先ぐらいの気持ちで取り組んで行くつもりである!
というところなんだが、うむむ…、ここで私の大失態を告白せねばならん。今回のを書くにあたり、Iain RyanのSubstackの記事を遡って調べていたところ、「The Best Things I've Read in 2026 So Far」というタイトルで昨年のお気に入りを紹介しているものがあり、その一番最初に出ているのがGarry Disherの『PEACE』という作品。 この人のおススメならチェックしとかなきゃなあ、と思って調べてみたところ、私この作家既に知ってて、もっとずっと前に読んでおかなければならないものだった…。
なんかもう調べてみたら2022年とかだったのだが、ここではお馴染みのPaperback Warrior師匠のサイトでDisherの『Kickback』という作品が、こいつはオーストラリアのパーカーだぞって感じで紹介されてた。そんなの絶対読まなきゃ!と直ちにチェックしアマゾンの自分の欲しいものリストに入れといたんだが、ちょっとその時忙しかったんだかほとんど調べないまま放置…。時々見てこれいつか絶対読まなきゃと思いつつ、ちゃんと調べたなかったせいで、カバーのイメージと、主に旧作を扱うPaperback Warrior師匠のところからの情報というのが重なり、なんとなく70~80年代頃の作品だと思い込み、見ればいつもこれ読んでみたいなと思いつつ新しい作品を先にやらねばと後回しにし続けてきてしまったのだ…。
改めてちゃんと説明すると、Garry Disherは1987年にデビューし、現在まで40作以上の作品を出しているオーストラリアの犯罪小説の大家。代表的なシリーズとしては、1992年にその『Kickback』から始まるプロフェッショナルの犯罪者Wyattを 主人公とするWyattシリーズ。そして警察小説というところに属するらしいPeninsula Crimesシリーズと、Paul Hirschシリーズがある。Iain Ryanが推してた『PEACE』は、2019年のPaul Hirschシリーズ第2作。
ちゃんと調べてこんな作家だと知ってたら、少なくともWyattシリーズの一作ぐらいは読んでいたはずなのに…。今からでも最優先ぐらいで読まなければ!と思うんだが、先に書いたように現在オーストラリア枠ではゴールドコースト四部作が 最々優先となっており、下手にとにかくその枠ではGarry Disherを読んでからゴールドコーストの次を読むみたいな縛りを掛けてしまうと、その続きが延々先延ばしになりそうだし。実際そういう縛りをかけてしまったせいでなかなか次に進めない シリーズあるし…。とにかくゴールドコースト四部作の最々優先は忘れないまま、Garry Disherもなるべく早く読むぐらいしか今は考えられんが、必ずや早いうちにそちらも読んで紹介に向かう所存であります。
ここで更に!オーストラリア・ノワール情報を重ねちまう!最初に情報源として名前を出したAndrew Netteの新作情報が、これを書き始めた直後に伝えられた!
長らく新作の情報がなく、失礼ながらもう新しく作品を書く意図はないのかなと思ってたし、まあ本人ももう新作を発表する機会はないと思ってたぐらいのこと言いながらの告知だったのだが。
こちらはメルボルンの過去の犯罪事件に基づいた2作品を出版する契約を結んだということで、1作目の1960年代を舞台とした作品が来年2027年に出版とのこと。1980年代クィーンズランド州を描くゴールドコースト四部作を読んだなら、 これも絶対読みたくなるものだろうと期待している。
今、オーストラリアが熱い!などと陳腐な決まり文句を並べるつもりはない。いや実際にはこっちが暑いなら、今オーストラリアは寒いんだろうし。だがちょっと掘ってみれば読むべき作品はいくらでも出てくる。なんか最優先で読まなくては作品が バカみたいに山積みになってる現状で、あんまり見つけちゃうのもまずいんだが、また今回のGarry Disherみたいなことをやらかしてはいかんと悩ましいところ。とにかくなんか見つけたらきちんと調べておかなければというぐらいが限界か。 とにかくオーストラリア・ノワールについては確実にまだ読まなければならん作品が埋もれているはずなので、見つけたら一つでも多く紹介して行かねば。だが、とにかくまずはこのIain Ryanゴールドコースト四部作!必読だからな!
■Iain Ryan著作リスト
●Tunnel Island
- Four Days (2015)
- Harsh Recovery (2016)
- Civil Twilight (2017)
●Gold Coast四部作
- The Strip (2023)
- The Dream (2024)
- The Casino (2025)
●長編
- The Student (2017)
- The Spiral (2020)
●短篇集
- What Living And Dying Is Like (2022)
なんかここでエルロイ以降のクロニクル的クライム作品についてまとめとこうかと思ってたんだが、ちょっと長くなりすぎてるしまた別の機会に。これはハードボイルドジャンルに於いて、今後も重要になって来るスタイルであることは確実なのだしね。 リー・バークのHolland Familyサーガにも早く辿り着かなければだし、未完に終わってしまったジェイムズ・カルロス・ブレイクのWolfeファミリーも出たものについては最後までやらねばと思ってるし、過去のものとしては ローレン・D・エスルマンのデトロイトシリーズとかもちゃんと見ておかなければと思ってるのだが。あーまたあれもこれも読めない話に流れて行ってしまった。今後もまだ多くの作品が出て来るであろうこのジャンルについては、 常に注目して行かねばと思っている。
あと、ちょっと書いておかなければと思ってた再版情報。12周年のところでハードボイルドジャンル重要作家108人の中にも入れたジョニー・ショーなんだが、その後しばらくしてアマゾンでの作品の販売がすべて消えて、どうなるんかな と思ってた。だがここに来て新たなパブリッシャーから過去作品が順次という感じで再版され始めている。Highline Booksというパブリッシャーがどういうところなのかまだ不明なんだが、カバーも一新し、Blake CrouchやChrista Faustの序文を付けての再版なので、そこそこしっかりしたところなのではないかと思うんだが。とにかくJimmy Veeder Fiasco3作揃ったらあちこち修正しなきゃならんし、何か新情報あればまたということで。
なんかさあ、読んでもない本について色々とおススメしたりもしているんだが、結局そういうものについてはある程度確実という範囲のもので、実際にはこれどうなんかな、読んでみないとわからんなあというものも山積みとなっているわけで。今回のゴールドコースト四部作もそういう一つだった。なんか続きともいうことでこれは読んで書かなきゃという山の中にそれらを何とか隙間を見つけたり強引にとかでねじ込んで行っている。そうやって色々読んでる一方で、とにかく書くのが遅く、あんまり書く予定のものが溜まってしまうのもまずいなあと思い、とりあえずこれは書けなくても仕方ないかというのを挟んで個人的に読んで行くはずだったのだが、なんかこれについては早く読んで書かなければと思うものでギチギチになりそういう余裕もなくなってるような状態になってたり。Walt Longmireの続きも読みたいんだがなあ、と日々思いつつ手が付けられなかったり。 とにかく読むためにも早く書かなきゃと思うところなんだが、あー今回も結局長くなっちまったなあ。なんかそういうわけわかんない使命感的なものに駆られても意味ないじゃん。お前の執着だよとわかってはいるんだが、 こんなゴールドコースト四部作みたいなすごい作品が、日本からはほぼ目が届かないところにあるとなれば、そりゃあ使命感にも駆られちゃうじゃんというものですよね。別にオレが頭おかしいとか思われても、自分でもアホじゃないかと思っても、とにかくこの作品が誰かに一人でも多く読まれれば満足だよ。それでいいじゃん。







0 件のコメント:
コメントを投稿