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2025年2月14日金曜日

11周年、ということで。

11周年っす!11年続きました!
これもひとえにまだ生きてんのか時々確認しに来てくれた親切な方々のお陰と、もう誰も読んでくんなくてもいいから好き勝手に続けるで進んできた私の馬鹿の一念のお陰と感謝しております。 いや、馬鹿の一念には常々迷惑しててひとたびも感謝したことはないけど。
11年と言えば、サッカー大好きバカ夫婦が生まれてきた子供達で最強の兄弟チームを作ると決意し、遂に11人目が生まれたと思ったら女の子でやや落胆し、いや幼少時からドラッカーで英才教育をして最強の女子マネージャーに育てればいいのだ! と思い直し、新たに12人目に取り掛かったというようなころ。
私もそのような心持でここからの12年目を頑張りたいと思います!

と、一旦はテンションを上げてみたものの、この一年を振り返ると…。うーん…。まあ、あんまりやる気でないけどやっとくか…。

ここ数年来ぐらいのスパンで、当方ではエイドリアン・マッキンティ/ショーン・ダフィが現代ハードボイルド最前線のマイルストーンとなる作品である、という当たり前の常識を打ち立てるべく頑張っていたのですがねえ…。
例えば、その前の道では当然そうあるべきケン・ブルーウンがそうなっていないのは、誰もそういう声をあげなかったからだという思いが常にあり、こんなもんでも大声で騒いでいれば、なんかの手掛かりになる跡ぐらいは残せるのではないか、 と頑張り、遂に待望の最新作が出て、いざと臨んだのだけど…。なーんかその直前にあまりにひどすぎる現状を見て、改めて「解説」なんてところに並んでんのが「本格ミステリ」みたいなもんばかりという馬鹿さ加減を見て、もう書いてる途中でこんな国にはハードボイルドなんて絶対だめだわと気付いてしまったというわけ。

日本でも昔、結構長い間に亘って素晴らしいハードボイルド作品が多数出版されました。ちゃんと読んでる人間だっていっぱいいただろう、「解説」なんて書いてたんだし。でもそれらの本はそういう連中の記憶と共にすべて失われたんだろ。
今じゃなんもわかんなくなって、ただハメットだー、チャンドラーだー、でごまかしてる奴や、根本的にそれしかお勉強してなくて、それだけで知ったかぶりできると思ってる奴ばかり。
結局今の翻訳ミステリ、その周辺のハードボイルドに対する考えなんて、ビートルズだけでロック全部説明できるとか、手塚治虫だけ言ってりゃマンガを全て語れると思ってるようなのと同等の奴ばっかりなんだよね。
自分が思うハードボイルド、自分が理想とするハードボイルドなんて言い草の元、ハードボイルドは永久に連中にとって都合のいい『名探偵登場』のピーター・フォークのポジションに留められる。
欧米と日本の見方の違い、日本人が思うハードボイルド。そんなもっともらしく並べられたエクスキューズで、捻じ曲げられこじつけられ見当違いの指定をされた先に生まれるのは、第2、第3のセニョール・ピンクだけだよ。

仮にこの国の「ミステリの権威」みたいなもんが、マッキンティ/ダフィを現代のハードボイルドの最先端と認定したとしよう。それに続くのは結局、ハメットだー!チャンドラーだー!のこじつけが精々。
またかっこつけセリフ抜き書き集でも作る?ハメット、チャンドラー、ロスマクにロバート・B・パーカー、あとはロス・トーマスにギャビン・ライアル?その次にマッキンティ?
またぞろ『カサブランカ』8:『マルタの鷹』2ぐらいのイメージででっちあげ、団塊世代が一番格好いい音楽だと思うという理由だけで流れてるジャズ(実際にそんなジャズが出てくるハードボイルド作品なんて1パーセントにも届かない)みたいなもんを背景に格好つけて呟いてろよ。あほらしい。

もう諦めました。どうでもいいよ。
テレビやマンガ、アニメみたいなとこで扱われる出鱈目なハードボイルドなんてものにわざわざ怒るなんてことは大昔に諦めてる。翻訳ミステリなんてとこもそれと同列に成り下がっただけって話でしょ。
もう自分の中で、うっかりもしかしたら面白いのかもなんて思って読んだらひどい目に遭う、日本のゲス本と同列になりましたから、書店に行っても売り場にもあんまり寄らないし。なんか先週ぐらい久しぶりに寄ったら結構まともなもん出てるみたいだったけど、またゲロレベルの「解説」と称するもんで台無しにされてるかもと思ったら、手を触れる気も起こらんかったわ。そのうち表に出てる帯ぐらいのところでまた最低のことやられて、売り場に行く気さえなくなんのだろうね。

何だろう。今あるハードボイルドの姿を正しく伝えようと思い、それを邪魔しているこの考えが違う、これをこう考えなければどうしようもないと、何とか軌道修正できないかともがいて来たこの11年だ。ハードボイルドを身動き取れなくしていた あほらしい男の生き様ハードボイルドホークがスーさんがハマちゃんがを罵倒し、ノワールを狭い思い込み定義で固めていたノワール原理主義者を罵倒し、ハードボイルドの根本的な考え方を歪めていた本格通俗を罵倒し、どんどん遡れば そもそもありもしない本格ミステリなんて考えがミステリ全体を百年以上遅らせていると罵倒し、もうきりがない。その一方で、これから出てくる奴はもはやお勉強でわかる範囲のハメットだー!チャンドラーだー!で簡単お手軽安直に、 結局同じあほらしいハードボイルド精神ルートをなぞるだけ。なんかもうどーでもいいわ、疲れたよ。
もはや読書なんてものが娯楽の低位に下がってるなんて世界的な状況で、アメリカでもベストセラーしか考えない大手出版社、出版状況からは追いやられ、ハードボイルド/ノワールは優れた作品でも中堅どころから出るのも難しくなってきている。 そんな状況で見つけにくくなっているそういった作品を紹介したいが自分の元々のやりたいことなんだがな。
もう腹が立ったり状況に絶望することにしかつながらないなら、この国の翻訳ミステリなんてところから出てくるものを読む気もない。オレの言ってることがこの国で言われてきたこと、言われてることとどれほど違っていても、そこのところをわかりやすく説明する気もない。 丁寧に礼儀正しくかなんかでやればよかったとか言われても、こっちはそんな出鱈目野郎共に心底腹立ってんだから無理な話だろ。なんか権威みたいなところが言ってるのが正しいと思うんならそういう話だけ聞いてろよ。

なんかさあ、どこまで行っても、結局のところ日頃から「ミステリ知識」みたいなもんで自分を特別だと思ってるミス研やら、ミステリご意見番気取りみたいなもんなんて、オレが自分の「ハードボイルド知識」みたいなもんひけらかしてあんたらお得意の「揚げ足取ってロンパ」やってるぐらいにしか思わんのだろうな。
オレは、原書を漁らなくてもちゃんと日本で出た作品だけだってわかるマッキンティ/ダフィに至るハードボイルドの道を、評論家やら編集者みたいな「専門家」が揃って、誰一人として示す努力さえしなかったことに怒ってるんだよ。そもそもが「ミステリ」なんてもんどーでもいいが、そんな中に組み込まれているせいでハードボイルドがまともに語られることができないなら、ミステリそのものを攻撃するしかないだろ。あんたらの一員としてミステリにご意見してるなんてつもり、あったためしもねえから。
もうこんなこと言ってみても虚しいだけだわ。時間の無駄。どうせ誰にも通じねえんだろ。バカバカしい。もうハードボイルドがこの国でまともに出ることさえ期待してないから、翻訳ミステリみたいなもんだってどうでもいい。あ~早く全面的に消滅してくれないかねえ。

例えば、今自分がここで紹介しているような作家作品のほとんどは、強くハードボイルドなんてことを標榜していないだろう。だがそれでも問われれば、自分の書く作品はいわゆるハードボイルドというものと大きく違っているだろうが、 自分はハメット、チャンドラーらにより始まった犯罪小説ジャンルを引き継ぐ作家の一員である、と誰もが答えるだろう。そしてそれらはこれまでこの国でも出版されてきたそのジャンル作品だけでも、正しく追ってみれば明白なことなのだ。
それがこんな国で自分があくまでも「ハードボイルド」と言い続ける理由だし、このまま勝手に続けてくから。
あんたらは精々次のセニョール・ピンクへの道でも進み続けてください。できればこっちがあんまり見ないところでやってくれると助かるよ。さいなら。


…くだらねえ。もうどうもならんもんの話なんかしても時間の無駄にしかならん。でもこの一年を考えればこういうことになるんだろう。なんかさあ、これを書いて終わりにしようとか思っても、これを書いたことで後になってあれを 書いておかなかったみたいなことを思い出し、また来年にとかなるのかもしれんし。そういうスパイラルに引き摺られて来たような部分だってあるのぐらいは気付いとるし。
いっそ11周年そのものスキップしたろうかいとか鬱々としていたしばらく前、毎日の日課であるPaperback Warrior師匠のサイトを見に行ってみたところ、「この馬鹿もん!何を下らんことにうじうじしとるんじゃい!」と活を入れられたよ。 以下は、まあ11周年の本編として、そちらの記事でで紹介されていたBrian G. Berryの『Sharpshooter Terror』について書いて行きます。

Brian G. Berry / Sharpshooter Terror


1分間、Julie-Ann Peltzerは、頭上の陽光を浴びながらブランコに揺られていた。
次の瞬間、彼女の頭は肩に向かって強く振られ、顔面が弾け飛んだ。爆発のエネルギーは彼女の身体をブランコからすくい取り、草の上にきりもみ落下させた。背が反り返り、身体は痙攣し、血が噴き出し、赤い泡が弾ける。

父親、Jim Peltzerは手にしていたビールを落とし、娘の名を呼びながら駆け寄る。娘を抱き上げ、頭を抱えようとするが、そこにはもう頭は無く、皮膚と髪の切れ端と頭蓋骨の欠片と赤い内容物が手のひらに溢れ出すのみ。
「Meredith!!」妻の名を叫ぶ。家から出て来た妻は、そこでその様子に気付く。
警察を呼べ!と叫ぶが、パニックを起こした彼女の耳には入らず、血まみれの娘を抱く彼に向かって走り出してくる。
Crack! -どこか遠くで聞きなれない音が響く。
Crack!次の瞬間、妻の背が爆発し、血と肋骨の欠片が噴き出してくる。
妻の名を叫び駆け寄ろうとしたとき、 -Crack!- また音が響く。そしてJimは、まさに同じその音をかつてベトナムで耳にしたことを思い出す。
スチールのバーベキューグリルの陰に走り込む。完璧なカバーだ。
だがいつまでもそこに隠れていても埒が明かない。奴もこちらを撃てる位置へと移動するのも時間の問題だ。意を決して、ポーチに向かって駆け出す。
Crack! -Jimはガラス窓に頭から突っ込む。撃たれた尻から血が噴き出す。
Crack! -彼が首をあげた瞬間、その頭が破裂する。

屋外のピクニックテーブルに集い、ランチを食べていた若者たちを、謎の狙撃手の銃弾が襲う。
フェンスを越えて、隣の駐車場に逃げ込む若者たち。だが、車の陰を通って必死に逃げ道を捜す彼らも、ひとり、またひとりと銃弾の餌食となって行く。

夜の海岸。横暴なボーイフレンドRickと別れたStaceyは、新しく付き合い始めたTerryと、彼の車の中でネッキングに耽っていた。
そこにどうやって彼らのことを知ったのかRickが現れる。体格に勝るRickはTerryを車から放り出し、Staceyを殴り、のしかかろうとする。
助けを求め、外のTerryを目で捜すStacey。だが、彼女が見つけたTerryは首から上が無くなっていた。その後ろに立つ黒い影。悲鳴を上げるStacey。
車に歩み寄り、Rickを引き摺り出す黒い影。その時やっとその存在に気付くRickを、装備していた拳銃で射殺する影。
車から走り出て逃げるStacey。Crack! -そして彼女の身体が血に染まる。

その陰惨な殺戮が行われた直後、その現場に一人のライフルを手にした男が現れる。
Clint Olson。復讐者。一週間前、彼の家族は謎の狙撃者により全員殺害された。
休日、ビーチで過ごしていた彼の家族。まず息子が射殺され、駆け寄って来た妻が銃弾に倒れる。そして、泣きながら彼に向かって走って来た7歳の娘が彼の3歩手前で銃弾により破裂する。
全身に娘の血と肉片を浴び、その場に倒れた彼を、狙撃者は既に死亡したと思いそのまま立ち去る。
Clintは家族の復讐を誓い、保安官補の職を辞し、ライフルを手にこの町に潜む殺人鬼を探し求めていた。

現場の状況からClintは、狙撃者がまだ近くにいると確信し、見つけた足跡を近くの森の中へと辿って行く。
その森の中、彼は独りではないと直感したとき、狙撃者の銃弾が襲い掛かる。
息詰まる銃撃戦の末、狙撃者は逃亡し、森に彼のみが残される。

やがて、通報により三人のティーンエイジャーの殺害現場には地元警察が到着し、保安官Roy Newmanの指揮の元捜査が始まる。
そこに森の中で殺人犯を取り逃がしたClintが現れる。保安官Royは、Clintの気持ちを汲み、辞表を受け取り彼の町の中での行動には目を瞑っている。だが事件が大きく報道され始め、政府が介入してくるとなると、もうClintを庇うことは難しいだろう。
今からでも保安官補に復帰し、合法的に犯人を追うべきではないかと話すRoyだったが、Clintの自らの手で報復するという意志を動かすことはできない。

数日後、またしても発生した謎の狙撃者による殺害事件の、現場を捜査する保安官とその部下。そこに政府組織から派遣されてきた黒い軍服の一団が到着する。
外部からの人間が強権的に捜査の指揮を奪おうとすることに反発する保安官Royだったが、その指揮者からの話を聞いて愕然とする。
謎の狙撃者の正体は、彼らの指揮下にあった行方不明となっている兵士だった。

一方、謎の狙撃者を追い続けるClintは、直感的に選んだ待ち伏せ場所に潜み、遂に仇敵を捕捉する。
黒い影に撃ち込んだ銃弾には確かに手ごたえがあったが、傷を負いながら狙撃者は逃走する。
彼が路上に残した血痕を見て、それにより追跡が可能だと走り寄るClint。だがそこに落ちていたのは赤い血液ではなく、正体不明の黄色い液体だった…?


作者Brian G. Berryは、1980~90年代のホラー、アクション、SF映画から深く影響を受け、創作としてアウトプットしている人だそうで、93ページでお手軽に読めるこの中編作にもそいったテイストが溢れている。

まずPaperback Warriorでの記事を見て、2024年と最近の作品であることもあり、すぐにリンクからAmazon.comのページを見に行ったところ、作品タイトルに続き(VHS Trash Book 8)と入っていて、結構多数の作品を出しているように見える このBrian G. Berryがどんな人なのか気になり、作者ページを見に行った。
すると、このVHS Trashシリーズだけでも現在9巻までとそこそこあるんだが、その他にも多くのシリーズを打ち出し、そのほとんどがKindle Unlimitedとして出版されている。とりあえずそのAmazonの作者ページで調べてみたところ、2021年から 現在までの4年と少しで、55作もの作品を基本個人出版により出版!
50ページぐらいの短い作品もあるし、映画のノベライゼーションなども多数あるが、4年と少しで55作は尋常な量ではない。ノベライゼーションにしても、商売的なヒット映画とかではなく、おそらくはコンベンション的なところで会って コネを作って出版関連全部自分でやるからやらせてくれよ、と直談判的なもんでないかと思われるし。まあ詳細については、著作リストも作ろうかと考えたんだが、この下に55行とかちょっときついかと思い、最後のアマゾンへのリンクだけにしたので そちらを見て下さい。これがBrian G. Berryだ!
この情熱は何なのか?俺は面白いのを知ってるぞ!俺はそこからいくらでも面白いのを作れるぞ!いくらでも楽しませてやれるぞ!読みやがれ!

なんかね、そういうことなんだろうね。俺の面白いを信じて、俺の面白いを放ち続ける。他は何も関係ねーよ。
そんな力も才能もない自分みたいなもんができるのは、こんなスゲー大バカ様がいるぞと少しの人にでも訴えることなんだろう。他は何も関係ねーよ。
つーか、オレ自身のことだってどうでもいいよな。ホントに。

例えば、クエンティン・タランティーノだって、こういうものの自分なりのアウトプットというところから始まったわけだし、Black Lizardのバリー・ギフォードだって、言ってみれば50~60年代のペーパーバック黄金時代オタクってとこだってあるわけだし、 マックス・アラン・コリンズやら、エド・ゴーマンやら、ロバート・ランディージなんかもそういうもんだし、このBrian G. Berryもここから何かすごいものを創り出す可能性だってある。
あるいは、数年後には下にいっぱい並べた本が全部リンクなしになってる場合だってあるかも。
たとえそうなったとしてもこういうものには価値があるよ。大昔にやって今では跡形もないインチキノベライゼーションの話も今でもやってよかったと思ってるしな。
あー、そういえば昨年たまたま見つけてコミックの方でやった、日本の『鉄男』みたいな映画や、『多重人格探偵サイコ』とかに影響を受けて、英訳された日本のマンガを装って描かれた Peter Richardsonの『Zombie Makeout Club』っていうのもかなり面白かったんで気が向いたら見てやってください。
こういう人達って結構横のつながりが大きくて、そういうところを探って行くと、また面白い動きとか見えてくるのかもしれない。もしかすると、次回になるスプラッタパンクみたいなのともまた別の動きなのかも。
世界のあちこちでは色んな考えの人が、現実であれフィクションであれ、様々なものからインスパイアされて自分の創作に向かい、そういった考えが影響し合い複雑に絡み合い、新しいものを創り出して行く。浅知恵で定義で固めて簡単安直に知ったかぶりしたい奴なんて、無様に取り残されて行くだけだよ。
ここまでもう絶望的にしか見えない国で、こんなことを続けて行く理由は、いつだって情熱を持って面白いものを作りたい、新しいものを作りたいと思う作家がいて、作品があるということが、あらゆるクソを圧倒するほどのものだということのみだ。
もう特に言うこともないか。また余計に引っ張って無駄な時間遣わされるのもやだしね。これからは基本分かろうが分かるまいが知ったこっちゃないスタンスで、勝手に面白いと思うものについて書いて行くことに注力しますので。まあ親切な人は時々まだ生きてるか様子見に来てください、ぐらいのもんかもね。

いかん、勢いで締めてしまいそうになったが、もう少しBrian G. Berryの方のことも書いておかんと。
SRS Cinema LLC Novelization BookシリーズのSRS Cinema LLCというのはアメリカの映画製作配給会社で、サイトに行ってみるとトップバナーに「Underground Movies」とか書いてあるようなところです。映画関連までは手が回らず、ちょっと良く調べてないので詳細は不明なんだけど、いかにもありそうな日本語でその辺の作品について書いているような関連ページも見つからないところを見ると、ちょっと前はそこら中にいた映画言いたがりももう死滅したのかも。押切蓮介の『ミスミソウ』映画版なども米国で配給しているところらしい。
シリーズの中ではなんか思いついたネタを次々にやってみてる感じの、その辺の映画テイスト溢れるThe Shark Files Bookシリーズあたりがまず注目か。どれも50ページ前後ぐらいと短めで、どんどん読めるかも。
後の方にあるSplatter Fiend Seriesは、今のところ『Splatter Fiend』一冊のみだが、初期(と言っても最大で4年前ぐらいだが)にプリント版のみで出てたシリーズ3作の合本。
なんかモタモタ書いてる間に新しいのが出ちゃうんじゃないかぐらいの、破竹の勢いで創作を続けるBrian G. Berryの作品、一度は読んで見るべし!なんかもう一度締め直すのも面倒になったので、もうこれでいいか。終わり。


●Wild Eye Releasing Novelization

●Splatter Fiend Series

●その他 (プリント版のみ)

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