まず、パット・ミルズとは何者なのか?とりあえずこの国ではそこからはじめにゃならんだろう。最近創刊41周年を迎えた英国コミックを代表する週刊コミック誌2000ADの初代編集長にしてライター、そして41年を経た今でもメインライターのひとりとしていくつもの人気シリーズを持って活躍するコミック・レジェンドである!代表作には神話世界の混在する原始の地の無敵の”歪み”能力を持つ戦士の物語『Slaine』、食糧危機に陥いりタイムゲートを使い原始の恐竜を食料に供給し始めた未来社会が舞台の恐竜ウエスタン『Flesh』、さらに最近のものでは17世紀の魔術が横行する架空のロンドンを舞台に元水平派の闘士がゾンビと闘う『Defo』など、まだまだ私も届いていない名作・代表作も数知れず。しかし、その優れた作品の数々が日本では翻訳はおろかろくに紹介すらされていない現状。これでいいのか?日本はマンガの国ではないのか?ならばもっと広く様々な国のすぐれたマンガ=コミックについて知るべきではないのか?
そして今、巨匠パット・ミルズはその最も知られる代表作である『ABC Warriors』を中心に様々な作品の統合・再構成に取り組んでいるのである。これは、それらをパット・ミルズ未来史とみなし、それらを構成する膨大な作品群を読み、語ることにより、このパット・ミルズ後進国である日本に巨匠の偉大な業績を知らしめようという遠大な試みである。覚悟せよ!
ではまずこの未来史の現在進行中の概要についてから始めよう。まず、Volgan戦争である。ABC Warriorsの物語は21世紀末、長く続いたこの戦争の末期から始まる。ABC Warriorsのロボットたちはこの戦争の過程で作られた者たちなのである。ABC Warriorsの物語はそこから未来に向かって語られて行くわけだが、もう一方でそこから遡るVolgan戦争についての物語がある。それがVolganと闘う戦士Bill Savageを主人公とした『Savage』。現在の2000ADでは過去について語られながら進行して行く『ABC Warriors』と『Savage』が交互に1年おきに四半期12~3回の1シリーズずつ書かれている。自分も結局まだ2000ADを読み始めて日が浅いので、現在進行中の両者の関係を完全に把握して説明できるところまでは至っていないのだけど、『Savage』では『ABC Warriors』に至るまでのVolgan戦争について語られ、現行『ABC Warriors』ではその始まりから物語の現在時点に至るまでの語られてこなかった関係などを整理統合しながら物語が進んでいる、というような考え方で多分大丈夫だと思う。まあ、自分もそこのところをちゃんとわかるようになろうということでこれをやっているというところなのだけど。そしてそれら全ての物語が始まるのが、1999年のVolganによるイギリス侵略。そしてそれを描いたのが今回の『Invasion!』というわけなのであります。
この『Invasion!』という作品は、かの2000ADのまさに創刊号から約1年にわたって掲載されたのですが、ではこの作品はいかにして始まったのか?それについて、巨匠パット・ミルズがこのTPB版『Invasion!』まえがきにおいて詳しく語ってくれています。これはそもそもは2000AD創刊時のパブリッシャーIPCのジョン・サンダースという人の発案だとのこと。「ミルズ君、イギリスがソ連に侵略されちゃうって話をやろうよ!24時間の電撃的侵略で、空港とか制圧されてサッチャーも殺されちゃってさー!」「えー?なんでソ連がイギリスを侵略するんですか?」「石油だよ!奴らは我が国の油田を狙ってくるんだ!」ふーむ、なるほど。しかしイギリスが侵略されちゃうって話はなかなか読者にも受けそうで面白そうじゃないか。そして最初の数エピソードに英国屈指のアーティストJesus Blascoを起用し、着々と製作は進行して行くところで、サンダースからバッド・ニュース。「ごめん、ミルズ君。ソ連ダメだって…。」まあ、今の目から見ればそりゃそうだろ、もっと早く気づけよ、ってとこですが、1977年当時はそれでいけると思えた時代だったんだろうね。2000ADではジャッジ・ドレッドでも敵対勢力は東側SOVということだし、この時期のイギリスの国際情勢・国民感情とか研究するとちょっとした論文ぐらいになりそうだが、まあそれは置いといて、そういうことでそのつもりで進行していた侵略してくる「敵国」が使えなくなってしまったという事態である。そこで急遽作られたのが架空の敵国Volgan共和国!前にVolgan帝国とか書いちゃったけど、正しくは共和国です。だってVolgan Empireとか言ってるしさあ。場所はアジアの奥深くのどっか!おいっ!とまあアジアの一員である我々としてはツッコミも入れたくなるが、逆に考えればそんな謎の国が出てくるところ他に考え付かなかったんだろう。しかしまあそんなわけでVolganの兵士や将軍やらはアジアっぽい顔で出てくるのだが、それは最初のうちだけ。悪いやつの名前とかもモロにロシア風になってくるし、お金の単位がヴォルガマルクとか、アジアで侵略してくる国がそんな通貨単位使わんだろ。ともあれ、かくして誰もがこれ本当はソ連と思ってる架空の悪の国家Volganが創り上げられたのであった。さてこのVolgan、本当に悪い国である。何しろ国のマークがドクロ!俺たちは悪いことをする怖い国だぞ、と威嚇しているようなものである。1999年、20世紀の終わりに侵略してきたこんな悪い国を誰が止めるのか?結構前置きが長くなっちゃったけど、それではいよいよ『Invasion!』の始まりです!
1999年1月1日、アジアの奥深くからヨーロッパを侵攻してきたVolgan共和国が、電撃的にイギリスを侵略する!イングランド中部地方に撃ち込まれた5メガトン核ミサイル!そして続いて飛来した降下部隊により瞬く間にヒースロー空港は制圧。要人は次々と殺害され、英国王室はカナダへと避難、そしてVolgan共和国によりイギリスの征服が宣言される!
仕事で北部へ向かっていたトラックドライバーBill Savageは、この事態にロンドンストリートの自宅で待つ妻と我が子の元へと急ぎ帰宅する。だが、そこで彼が見たものはVolgan軍の無差別爆撃により崩壊した我が家だった。瓦礫の中から唯一無事だったショットガンを拾い上げるSavage。「俺に残されたのはこれだけか。」そこに現れたVolgan兵をただちにそのショットガンで射殺!おい!Savage、気でも違ったか?もう戦争は終わったんだ。イギリスは降伏したんだぞ!「ならここから再開させるまでだぜ!俺の戦争は今始まったんだからな!」
かくしてわれらがヒーローBill Savageは登場する。粗野で武骨、不作法、冷笑的だが人情、友情には篤い大変格好いい男である。あっちはアイルランドでごっちゃにしちゃうと失礼なのだろうが、かの『ザ・ボーイズ』ビリー・ブッチャーにも似たテイストがあったり、あとマイケル・ケインの映画は名作だけど、原作小説だけ読んでる時点では『ゲット・カーター』のジャック・カーターもこんな感じの人をイメージしてたりもしたのだが、まあ英国方面の男の中の男典型という感じなのかもしれませんね。高倉健より菅原文太だね。あと、話の流れで言うのが後になってしまったのだけど、巨匠パット・ミルズ未来史第1回って始めたけど、実はこの作品巨匠は編集長業も忙しく原案のみで、実際のライターはあの『Rogue Trooper』のGerry Finley-Dayだったりします。あと、今更だけど今回は多分最後まで書いちゃってネタバレすることになると思うので気を付けてね。一応ちゃんと全部書かないと先わかりにくくなるだろうからさ。なんか今回は色々と段取りが悪くて申し訳ない。
こうしてワンマンアーミーとしてVolganへの戦争を開始したSavageだったが、その腕と機転を見込んで、地下に潜ってレジスタンスとして動き始めた英国正規軍が接触を図ってくる。決まりだらけで上品な軍隊のやり方でVolganと闘えるか!まあレジスタンスにゃあ参加するが、俺は俺のやり方でやらせてもらうぜ。SavageをリクルートしたSilk中尉は、少し線の細いところはあるのだが、Savageには絶対の信頼を置くようになり、彼の相棒として活躍して行く。更にSavageは、港湾労働者、炭鉱夫らタフな労働者階級の猛者たちによる独立愚連隊Mad Dogsを率い、各地でVolgan相手の戦争を繰り広げて行くことになる。
序盤から中盤くらいまでは主に1話~2話構成でSavageとMad Dogsの活躍が描かれて行くという展開。まあとにかく独立愚連隊ものというのは燃えるし、実は実際には無い国の実際には無い侵略で、実際に起こったわけではないイギリス国民への暴虐に怒り、Savageの報復に快哉を叫ぶという、よく考えるとうむ?な状況ながらもテンションの高い話は大変楽しく読めるのだが、それゆえ1話当たりの熱量も高く4~5ページにもかかわらず割と1話読むとおなか一杯になっちゃって、という感じでなかなか進まなかったりしていたのだが、先は長いのだしこのままではいかん!とペースを上げ始めた中盤、スコットランドの構築された壁で囲まれた収容所になった町での戦い辺りから、基本的には1話完結ではあるけど、少し話が続いていく感じで読みやすくなってくる。と、書いてて今気付いたのだけど、こっちがあまりにイギリスの地理に不案内でわからなかっただけで、もしかしたら物語は最初から後半の地点まで移動して行く形で進んでいたのかもしれない。うむむ、こういうのって結構難しいよね。例えば『ドラゴンヘッド』とかも日本に住んでない人から見ると関東-東京に向かって移動して行く感じあまりわからないのかもしれないし、水戸黄門の1シーズンのここからここへの旅感もなかなか伝わらないのではないかと思ったり。いや、自分の失態を一般化してごまかそうとか言う意図ではないのだが。
そして物語は、Savageも危機に陥る恐るべきVolgaska大佐との闘い、頼りになるネッシー姐さんの登場などを経て高地地方にたどり着き、そこから終盤への展開が始まる。カナダに避難中の英国王室からレジスタンスへの支援物資を密かに運ぶ潜水艦に王子が同乗していたのだが、艦が撃沈、王子はカナダへと戻る手段を失い、あとはSavageらが王子を護衛しながらカナダへと戻す手段を模索して行くという展開になって行く。
そして最後は洋上の闘いで相棒Silkは命を落とし、さらに続く死闘の末、Savageは海を渡り無事に王子をカナダへと戻す。そして、その闘いの中、公海上でVolganの乗った船がアメリカの艦船を攻撃したことから、この戦争にアメリカの参戦が決定されたことが告げられ、物語は終わる。
なんかまた今現在の目から見ると、もっと早くアメリカが介入してきそうに思われるけど、1977年当時はこういう形になるだろうと思えたのか、それともあんまり早くアメリカが出てくると占領された国で侵略者と戦うという話になりにくいと思ってのストーリー展開なのかは、また今になってしまうとよくわかりにくかったり。なんか安全保障とかのことを考えると、後者で、第2次大戦ぐらいの感じでやりたかったということのような気もするけど。まあ基本的にはあんまり「今の目」とかでよく考えないでツッコミ入れて利口ぶるのは無粋ってことですね。
こういう国が侵略占領されちゃうっていうようなコミックって他にあるのかな、とちょっと考えてみたところ、我が国の第2次大戦中の実話を基にした沖縄の話のとか思いついて、ちょっとうーん…と思ったり。実際この『Invasion!』もイギリスではそういう方面から批判もあったというようなことも巨匠のまえがきにも記されています。でも戦争というのはひとつの極限状態での人間ドラマでフィクションとしては常に大変魅力のあるジャンルなのだよね。戦争についての物語を書く人は大抵はそれを通じて人間の勇気や誇りといったものを書きたい人で、戦争をしたがっている人ではないでしょう。まあ時には本気で戦争をしたがっているヤバいタカ派の人の本が世に出てしまうこともあるのだけどね。前のスプラッタパンクの時も言ったけど、こういうのを頭ごなしに批判して、自分が「悪」だと思ったものを自らの「正義」を振りかざし徹底的に攻撃し、撲滅しようなどと考える人たちこそが、実際には間接的にせよ戦争って言うようなものを引き起こしてるんだよ、っていうのが私の意見です。子供が見たら悪影響を、とか言うんだったら、自国が負けちゃったら競技の続きを一切放送しないオリンピック中継みたいなのだってスポーツの楽しさより歪んだ愛国心植え付けちゃうんじゃねーの、ぐらいの悪態はつかせてもらいましょうか。まあでもこの辺のジャンルは特にコミック/マンガではどんどんやりにくくなって、今はSF方面に舞台を移してるというところなのでしょうね。あと世界が侵略されちゃうみたいなテーマはもしかしたらゾンビものといった方向にシフトしてるのかも。ついでに言っとくと、この度の引っ越しでめでたく発掘された望月三起也著『夜明けのマッキー』は戦争物のナミダ物の名作だよーん。馬鹿者!望月先生の著作はすべて名作だっ!Kindle版ありますよ。
さてこちらの『Invasion!』、作画の方はと言うと、最初のJesus Blascoを始めとして大変すばらしい力強い白黒画のアーティストが続くのだが、2000AD以前から活躍のアーティストが多いのか、ちょっと現時点では当方ではわからない人ばかり。申し訳ない。もっと深くイギリスコミックについて学ばねば。中でIan Kennedyとかは私も朧気に知ってる英国コミック・レジャンドか。あとシャープで陰影のコントラストの強いCarlos Pinoとかもきっと人気あったんだろうな。デジタル時代の今ではめったに見られないガーゼ・テクニックによる迫力ある描写など、大変見どころも多い作品です。
ストーリーの方は、途中で思い出して付け加えたように、巨匠ミルズは編集長も兼ねていて多忙ゆえに原案のみで、実際のシナリオは『Rogue Trooper』のGerry Finley-Day。しかし『Rogue Trooper』の双方化学兵器やらを使いすぎて防護服なしでは人間が生存できない星での戦争なんて、安直なお題目だけの「反戦主義者」が絶対思いつかない究極の反戦SF設定だよね。Gerry Finley-Dayはその後、1979年に『Disaster 1990』という『Invasion!』以前のSavageの活躍を描いた(Volgan戦争とは関係ないらしい)シリーズを手掛けています。全20話ということなので80~100ページぐらいになるのか。今調べたところによると、一度単行本化されて、その後2013年にJudge Dredd Megazineにも再録されたらしい。その後、最近の増刊やらで見るような形でワンショット的な復活はあったのだろうが(このTPB版にも一編収録。しかしライター、作画ともUnknownって…?)本格的に巨匠ミルズがSavageを復活させるのは2004年から。こちらはまだちゃんと読めていないので、物語がどこから始まるのかもわかってないのだけど、2015年冬期のBook Ⅸでこの『Invasion!』では終わっていなかったイギリスの占領からの解放が描かれるというあたりだけは目撃しております。こちらについてはいずれちゃんと最初から読む予定ですので、今回はシリーズがそのような形で書き継がれているという情報だけ。
それから、2000ADでは過去と現在の名作を紹介するThe 2000AD ABCというのもYOUTUBEの方でやっており、今回の『Invasion!』と続く『Savage』を紹介してるのがこちら。っていうかそれをもっと先に見せるべきだったか?
もうちょっと画を見せられればなー、というときにこういうのがあるといいですね。また機会があったら使わせてもらおう。
それではこの巨匠パット・ミルズ未来史第1回、最後に未来史らしく年表を掲載いたしましょう!
巨匠パット・ミルズ未来史 | |
---|---|
1999年 | Volgan共和国がイギリスを侵略。 Bill Savageレジスタンスとして立ち上がる。 |
こんだけ?、ってこれから増えるんだよっ!まだ第1回なんだから!というわけで、何とか始まりました巨匠パット・ミルズ未来史シリーズ!やってるのがホント当てにならないやつで大丈夫かよ、と思われる向きも多いと思いますが、何とか全力を尽くしこの英国コミックの至宝について詳しく語って行く所存であります。そして次回第2回はいよいよABC Warriorsが登場!巨匠ミルズによる未来史再構成が始まる『Volgan War』!えーと、引っ越しで色々中断して遅れてるところもあるのだけど、ここから頑張りなるべく早くの登場を目指しているところでありますので、ご期待ください。で?お前まえにご期待くださいとか言ってたアレとかアレはいつやんの?ううううるさいっ!ちゃんとみんなやるんだよっ!待っとれ!ごめん…。
今回、もうちょっとこのブログも何とかすべきだろうか、とぼんやり色々見ていたところ、なんか翻訳機能というのがあるのに気が付いたので、装備してみました。これで東北や九州出身の皆さんもお故郷の言葉でこのブログも読めるようになるでごんす。あれ?そういう機能はないの?まあ、なんぼか少なからずぐらいは海外からのアクセスもあるので、いろんな人にいくらか読みやすくなるのではないかと思います。それにしてもそもそも日本語として相当出鱈目でまともに変換されない言葉を多用する私の文章がちゃんと翻訳できるのだろうか?どうせなら全部語尾に”だっちゃ”を付けてもっと翻訳されにくくするのはどうだっちゃ?お前読んでもらいたいのかよ?もらいたくないのかよ?…外国で放送されているラムちゃんはきっとだっちゃって言ってないのだろうな、と思いながら今回は終わります。ではまた。
あと、今回につきましてはアマゾンでのプリント版で入手困難なものも多く、またKindle版でも日本ではかもしれないけど発売されていないものもあり、ちゃんとリストを作るのが困難ではあったりするのですが、どうしても画像の並んだかっこいいリストを作りたかったので、2000AD Onlineからの画像を使って無理矢理作ってみました。一応デジタル版に関しましては同Webショップまたは各機種でリリースされている2000ADアプリショップからすべて入手可能です。
●関連記事
2000AD 2015年冬期 [Prog 2015,1912-1923] (後編)2000AD 2016年秋期 [Prog 2001-2011]
●巨匠パット・ミルズ未来史関連
■Savage
Invasion! |
Savage: Taking Liberties |
Savage: The Guv'nor |
■ABC Warriors
■Ro-Busters
Ro-Busters Vol 1 |
Ro-Busters Vol 2 |
■Nemesis The Warlock
The Complete Nemesis The Warlock: Volume 01 |
The Complete Nemesis The Warlock: Volume 02 |
The Complete Nemesis The Warlock: Volume 03 |
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