【あらすじ】
主人公Paul Dunnは、元教師の四十代ダメ男。妻はドラッグ・ディーラーに取られ、現在は母親の家に居候中。ソファで好きなテレビ番組を観ること、そして咳止め薬Robitussinでトリップすることが数少ない楽しみ。今夜もRobitussinを手に入れ部屋にこもるが、あいにくのバッド・トリップ。そして、悪夢から目覚めると警察が訪れ、彼の妻と愛人が殺されたと告げる。
突然の悲報にうろたえるPaul。だが、警察は彼を最も可能性のある容疑者として連行する。
そして、このModestoに暮らす、彼の一族たちもさまざまに動き始める…。
六十代になっても色気の衰えぬ、警官好きの母親Mavisは、早速刑事Faganに誘いをかけ始める。
Paulの姉Bethanyは夫Peteとともに町で不動産会社を経営するが、内情は火の車。夫Peteは最近商店街に教会を建て、そこで神父を名乗っている。彼の教会にはキリスト教原理主義に基づいた過激な思想の怪しげな男たちが出入りしている。
BethanyとPeteの娘Mirandaはセルビア孤児の不良少年Loganと同棲中。そして、この二人こそがPaulの妻Tinaと愛人のドラッグディーラーMikeをショットガンで殺害し、大量のヘロインを持ち去った犯人だった。
ちょっといきなりネタバレをしてしまったように見えるのだけど、実はこの作品、この二人による犯行シーンから始まり、あらかじめ犯人が分かっているという状態で進んで行きます。主人公であるダメ男Paulを中心に、さまざまなキャラクターの行動が入れ替わりで描かれるというタイプのストーリーで、そのまま上から書くと分かりにくくなりそうだったので若干整理しました。物語は犯行を押し付けられ殺人犯にされそうになる哀れなPaulの災難を軸に、次第にそれぞれのキャラクターの正体、思惑が明らかになって行くという展開になって行きます。
舞台となっているModestoはカリフォルニア州に属しているとは思えない田舎、という風に書かれているのだけど、調べてみたら人口は20万以上だったり。日本とは人口密度なども違うのだろうけど。作者Mike MonsonはこのModesto在住だそうで、アンソロジー『All Due Respect』収録の作品「Criminal Love」でもModestoが舞台となっています。
救いようのないダメ男のPaulとそのかなりイカれた血縁たち、さらに危ないキャラクター達も絡まり、スラップスティック的ともいえるストーリー。日本で言えば戸梶圭太あたりに近い感じかも。どこに向かって行くのかわからないストーリーが、最後には初期ガイ・リッチー風にすとんと収まり、終わってみると少しいい話に見えてきたりもしました。前後して語られるさまざまなエピソードが、少しバランスが悪かったり全体のリズムが不安定なところもあるのだけど、その辺はこの先書き慣れるにつれ上達して行ける部分でしょう。
なーんかこの手のチープな犯罪を描いたものを見ると「よくある話」みたいなレッテルを張る利口ぶった輩をよく見かけるけど、大掛かりな国際的陰謀とかいう話でも結局巨悪の動機とか意図なんてわかりやすい紋切り型のまたこの手のねって退屈なやつも多いじゃないですか。私はこんな考えも展望も浅いけど個性的なチープな悪党や馬鹿者が、取り繕い走り回る「よくある話」が大好きです。
Mike Monsonは前述のとおりカリフォルニア州モデスト在住で、弁護士事務所で働いていて、現在58歳だそうです。ADRBの共同設立者であるChris Rhatiganが見た感じ若いので同年齢ぐらいかと思っていた。作家として活動を始めたのは割と最近のようで、現在のところ他に中編数本と作品集を出しています。その辺の苦労について書かれた「My indecent proposal to writers: never quit your day job」という記事が最近のブログに掲載されていて、ちょっと長いのでまだざっとしか読んでいないのだけど、なかなか興味深いものもあります。この作品はわりとユーモアを多く含んだものですが、他のものはもう少しダークなもののようです。現在、このシーンのインディー・パブリッシャーとしては最も勢いのあるADRBとともに、これからも色々な作品を書いてくれることを期待しています。
さてそのAll Due Respectなのですが、こちらがもたもたしているうちにも次々と新作を出版し、もう20作以上に達しています。ただその一方で、最初に始まった同名のアンソロジーは昨年8月の第7集で終了しています。編集に手間がかかる割には売れ行きが今一つということで、断念し、今後はBooksのほうの出版に専念する旨が同9月ホームページ上でRhatigan氏によって告げられました。新しい作家を見つける場として注目しつつも、実際にはなかなか読めていない現状で、自分としても耳が痛いところ。気になるアンソロジーも随分あるし、とにかくこれはと思っている『Thuglit』にしてもさっぱり進んでいないし。まあそちらの方は自分が努力するにして、All Due Respectは実際その空いた力を注入し、怒涛の勢いでBooksに絞り出版を続けています。別にここから未来のアメリカを代表する作家が出るとかどうとか関係ない。ADRB及びRhatigan&Monson氏は確実に信頼できる私の読みたい本を出してくれるのだ!こーなったら次からは2冊ずつ行くぞ、などとひそかに思いつつ、今後もADRBには最注目し、応援して行くつもりであります。
Mike Mansonホームページ
All Due Respect
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【おまけ】
たまには少し翻訳された本についても書いてみようかと。今年4月末にハヤカワ・ミステリ文庫から発行されたトム・ボウマン作『ドライ・ボーンズ』、2014年MWA賞最優秀新人賞を受賞した作品です。あらすじについては面倒なのでアマゾンとかを見てください。「厳しい自然に囲まれた…」とか書いてあって、C・J・ボックス風のやつかなと思って読み始めたのですが、ちょっと違いました。で、どういう作品かというと、アパッチ野球軍みたいな山奥のど田舎で人情派の駐在さんが歩き回って事件を解決するというような話。まあ、日本では人情派みたいなのは人気に見えるけど、この国のテレビ屋などのモラルがオレオレ詐欺レベルで「もういい人でいるのはおやめなさい」が信条のせいか、とかく人情家や正直者は少し頭が弱いように描かれがちですが、実際には他者への思いやりっていうのは人間の知性の大変重要な部分なのは言うまでもありません。そしてこの作品の舞台ワイルド・タイムは、田舎といってもほのぼのとした人情あふれるところではなく、貧富の差やらさまざまな長年の因縁やらで結構ギスギスしたところでもあります。そんな町で、この主人公ヘンリー・ファレルは、悲しい過去を持ちながらも、こんなところじゃ俺ぐらいでも人情で考えないと悪くなるばかりだろう、というのを男の生きざまとして声高に標榜することも、百数十ページごとに「あなたは立派な人だ」と確認してもらうこともなく、当たり前の信条として持ち続ける素晴らしいハードボイルドな人物なのです。
そしてそのファレルさんが、「あのジジイも相当の変人の上随分呆けちまってるけど、まさか人殺しはせんだろ」とか、「あいつらも仲は悪かったけど、だからって殺したりはせんだろ」というような具体的な根拠には欠ける人情のみに基く思いを抱きながら、事件現場の山を巡回し途中で昼寝したり、しょっちゅう滑ったりぬかるみにはまったりして機会があれば靴を脱いで臭そうな足を拡げ、関係ありそうな人に話を聞きに行き、関係はないけど悪い人を捕まえたりと、なんか樹でも揺すって手掛かりが落ちてこないかというような大雑把な捜査を繰り広げて行くわけです。雄大で美しい自然というものも描かれますが、その一方で不法投棄物や倒壊寸前のあばら家などもある意味同じ目線で描かれ、そしてそこに住む人々とともにワイルド・タイムという田舎町を形作って行きます。そして事件は解決しても曖昧な謎も残り、それが過去数多くの様々な傷を負ってきたこの土地の新たな傷となって行くことが示されながら物語は終わって行きます。
カントリー・ノワール/ハードボイルドの秀作!昨今の出版事情から鑑み、賞の肩書付きの人気ジャンルの安パイ狙いかニャなどと疑ってすみませんでした。印象深いシーンも多いのだけど(おお「スティル・ハンター」!)、少し全体的に平板に感じられるところもあり、まあ、そこはデビュー作ゆえに話を進めるのを急ぎすぎちゃったのかなと思ったり。この先作品を重ねていくうちにさらに優れたものを生み出し、トム・ボウマン風とか表現されるぐらいの大作家になる可能性を垣間見せてくれる作品です。いわゆる「ミステリー」の本道みたいなところからは少し外れている作品だけど、ちゃんとそういうものを見出し選定するのはさすが。そうでなくてはミステリに未来なんて大してないよ。こういう作品の翻訳が出たのは大変喜ばしいことですが、まあ予想されるC・J・ボックスみたいなのだと思い込んだまま読んだ人や、偏狭なミステリ分類家、認定家による風評被害がなるべく広がらないことをとりあえずは願うばかりです。
…とはいったものの、やっぱりあんまり売れないかな?可能性は低そうだけど続きも翻訳が出るのを願うばかりですが、まあ出るにしろ出ないにしろ、2作目が出版されればなるべく早い機会に読むつもりです。今のところ2作目については予定もアナウンスされていないのだが、遅筆なのか?それともパブリッシャーとの新しい契約に時間がかかっているのか?いずれにしても今後もトム・ボウマン氏については目を離さずに行きたいと思っています。
Tom Boumanホームページ
ここでもう少し、カントリー・ノワールについて。ちょっと最近気になっているそれについて書く振りのつもりが案外長くなってしまったのだけど。解説で霜月 蒼氏も書いている通り、この『ドライ・ボーンズ』は『ウィンターズ・ボーン』のダニエル・ウッドレルなどに代表されるカントリー・ノワールに属する作品です。で、それが気になりだしたきっかけというのは、少し前から読み始めているImage Comicsの近年のヒット作『Revival』の冒頭の紹介文でJeff Lemirieがこの作品をそのジャンルだと指摘し、僕もこういうのが書きたかったんだよなあとか書いているのを見たことなのです。ちなみにここでLemirieが使っていたのはRural Noirという言葉で、実はボウマンもそっちを使っていて最近はその言い方の方が主流になりつつあるのかもしれないのだけど、カントリーの方もそれほど定着してるとも思えず、混乱を招くばかりなので、当面はカントリー・ノワールでよいのではないかと。で、その『Revival』というのは田舎町を舞台とした超常ホラーというような話なのですが、それを読んでこういうのもそのジャンルに入るのかと認識を新たにしたようなところがありました。そこから広げて考えると、同Imageの『Nailbiter』とかVertigoの『Coffin Hill』(未紹介のものについてはいずれちゃんと書きますので…)や、個人的にも結構推してる『Southern Bastards』もTPB2巻辺りからその傾向出てきたかな、みたいなことにも思い至ったりもしたわけです。この中で『Southern~』以外は基本的に地元警察などの捜査というのが話の軸となっていて、そういう基本パターンみたいなのを持った上でのカントリー・ノワールというのが、小説以外のところでも人目を惹くジャンルとして広がっているのかもしれないなと思っています。
ホラーが出たので小説の方でまた考えてみると、以前に書いたエドワード・リーの『Header』とかも、ホラーとしての評価はよくわからないのだけど、カントリー・ノワールとしてはかなり評価できる作品なのではないかと思います。そこからさらに広げると『テキサス・チェーンソー』みたいなのも入るのではないかと考えてみたりもしたのですが、本のデータでよくわからないことがあると時々見に行くアメリカの読書サイトGoodreadsの読者投票によるカントリー・ノワール・リスト(Goodreads/Listopia:Country Noir)を見てみると、『Header』までは入っていないようでした。さすがに「田舎者は怖い」ジャンルまで入れるのは強引なのかな。
ちなみに1位はDonald Ray Pollockの『The Devil All The Time』なのですが、この辺いつか新潮か白水社辺りの文学シリーズとかで翻訳出るんじゃないかと待ってるのですが、やっぱり原書で読むしかないのかな。他には当然のダニエル・ウッドレルやこの『ドライ・ボーンズ』、随分前から1日も早く読もうと狙っているFrank Bill作品などが上位に並んでいます。ウッドレルといえば、翻訳の出たデビュー作『白昼の抗争』が続く2作と3部作になっていたのを最近知り、読んでみたいのだけど、うーんもう3部作枠はあれやこれで随分先まで埋まってるしなあ、みたいな状態だったり。その他にもトム・ボウマン氏が以前Modern Farmerという農業系のサイトらしきところに寄せたRural Noirに関する一文もあり(Modern Farmer:Bloody, and Bucolic 本人のホームページNEWS内からもリンクあり)、内容についてはちょっとまだ読んでいないのですが(今回後回し多し、反省。)、お薦めのRural Noirリストもあり、この辺を手掛かりに、コミックなども含め、さらに深くカントリー・ノワールについては探って行きたいと思います。
と、今回も本編、おまけを含めまーた色々読みたいなあと、本を積み上げるお話になってしまいました。お山の天辺に寝そべり、うめーもんを腹がはちきれるぐらい食いてーなあ、あの雲おにぎりみたいだべー、という感じで今回は終わりにします。ではまた。
●Mike Monson
●All Due Respect
●トム・ボウマン/ドライ・ボーンズ
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