えーと、なんかいろいろすみませんでした。と、必要あるのかないのかわからんけどまず謝っておこう。少し、日本の間違ったハードボイルド観を修正せねば、という考えにのめり込み過ぎていたのですが、ここから 方針を戻し、日本でまず翻訳されないだろう作品、翻訳が止まってしまったシリーズの続きを紹介する、という本来の路線に戻して行くつもりです。
まあそれにぼんやり気付いてきたらしかったのは前回なのですが、元々は1950年代ぐらいのミステリ評論により「通俗」扱いされている類の作品の再評価、的なことを予定していたのですが、なんか違うなという気分がして その次のつもりだったロビショーを持ってきたわけです。で、それが終わって次は、と続きを書き始めたわけですが、やっぱりなんか違う感じがしてきて、そこでよく考えてみたわけです。
つまりはコミックの方で、何とか一つでも多くの作品を紹介したいと頑張っているうちに、結局自分が本当にやりたかったことというのは、こういうことなんだなあと気付いたということ。
もう一昨年前になるのか、あの現在ハードボイルド最前線ぐらいに位置するエイドリアン・マッキンティの著作の出版物に属する「解説」などという重要なところに、全く見当違いの法月綸太郎ごときが現れ、 見当違いも甚だしく読者を間違った自分の考える方向に誘導しかねないようなゴミ文章を尊大に並べるというような事態に心底憤慨し、なぜこのような蛮行が平然と行われるのかと考慮してみたところ、何よりも 本格ミステリを頂点に抱くようなクイズオタクカルトの幻想がミステリ全体に押し付けられていることが最大の問題なのだが、それに加えて「本格ハードボイルド」などという愚考から今日に至る間違いの積み重ねだらけで セニョール・ピンクみたいなもんにしかたどり着けないところにまで迷い込んだ、日本のハードボイルド言説にそれを許した原因があるのだ、と気付きそこを正さねば、と躍起になっていたのですが、まあ自分のやりたいことって それじゃないよな。
まあそんなわけで、ご覧の通り全く怒りは収まっていないし、問題は何一つ解決されていないわけだから、まあ折に触れ日本のミステリ評論については罵倒するし、法月綸太郎は馬鹿にし続けるけど、基本的には作品紹介を第一に 頑張って行きたいと思います。
まあ色々遅れ続けて結局何もやってないも同然なので、謝るほどのこともないのかもしれんけど。とりあえず自分に。
そんなわけで今回は、せっかく読んだのに書けていなかったAdam Howe『One Tough Bastard』。まあAdam Howe君の書くものはもれなく大傑作ですから。
■One Tough Bastard
この作品については、そこのところがやや複雑なので物語開始以前の状況・キャラクターについて先にまとめておきます。実際には話を進めながら説明されて行く事項なので、若干本来の形を崩してしまうかもしれないけど。主人公の名はShane Moxie。落ちぶれた80年代の筋肉俳優。南部のレッドネック出身のクズの中のクズである。
80年代の筋肉スターに憧れ、見当違いの思い込みで突っ走っているうちに、大まぐれで幸運をたまたま引き当てて映画主演デビュー。実は税金対策のための損失を作る失敗映画を意図した制作側の思惑とも反するぐらいの 中の下ぐらいのヒットを収める。
だが、そんな幸運がいつまでも続くわけもなく、続く数作は低迷を続ける。しかし、そこで彼のキャリアでも最大の、本物のヒット作と巡り合う。
それが『Copsicle』。
石器時代の警官とその相棒のチンパンジーが、悪漢を追ってタイムスリップし、現代のニューヨークで大暴れするという映画は、大スクリーンにて大成功を収める。
相棒のチンパンジーBoo役のDukeの人気により…。
Dukeは、ある実験施設で遺伝子操作などにより産み出された天才チンパンジー。人間の言葉を理解し、手話によりコミュニケーションも可能。
しかし、その施設では単に実験動物として扱われ、劣悪な環境で悲惨な生活を送っていた。
それを救い出したのは、その研究施設の違法性、動物虐待の実態を調査していた環境保護団体。その主催者である女性Lornaは、以後パートナーとしてDukeに付き添い、後には結婚にまで至る。
人間の言葉を完全に理解し、コミュニケーションもとれるチンパンジーDukeは、各マスコミでも大きく取り上げられ大人気となり、そして映画俳優としてデビューとなったわけである。
だが、持ち前の傲慢と頭の悪さで、あくまでも人間様が主演であると思い込むMoxieは、撮影現場でも何かにつけDukeに嫌がらせを謀り、両者の関係は最悪となる。
映画は大ヒットとなったにもかかわらず、Moxieは続編への出演を拒み、以後は駄作以下レベルの作品に出演を続け、下降の一途をたどる。
一方Dukeは、人気も衰えることなく様々な映画への出演を続け、すっかりハリウッドスターへの仲間入りを遂げている。
だが、3か月前、彼の最愛の妻Lornaが交通事故により死亡するという不幸が起こり、以来Dukeは公の場には現れず、引きこもっているらしい。
とまあ、以上のような状況から、この物語は始まる。
まず登場するのは堕落した私立探偵Harry Dorfman。
彼は今、往年の筋肉系スターKlaus Kaiserの経営するレストランの、大ヒットサメ映画に出演したサメの泳ぐ巨大水槽の横の席で、Kaiserと向かい合っている。
Klaus Kaiser、生きた伝説。元東ドイツの、柔道、レスリング、ウェイトリフティングの3種の競技を制覇したオリンピック選手。1976年のモントリオール大会で、選手宿泊先ホテルを警護する1ダースのKGBと、さらに1ダースの スペツナズ(特殊任務部隊)を素手で始末し、西側へと亡命してくる。
亡命後、彼が向かったのはハリウッド。80~90年代を通じ、数々の興行記録を塗り替えるヒット作を連発し、巨万の富と名声を築いて引退。現在は自身のレストランチェーンのフランチャイズを中心とした実業家として、 政界にも手を伸ばし始めている。
現在は60代後半に差し掛かっている今も、フランク・フランゼッタのイラストから抜け出てきたような体躯を、John Phillips of Londonのスーツに包んでいる。
彼の隣に座る金髪ショートヘアの美女は、Malina Kaminski。全米ボディビルチャンピオンの身体を、マイクロドレスで包み、ダイアモンド・ダガーのイヤリングを玩んでいる。
Kaiserに向かい、ひとしきりお世辞を並べた後、では商談を、とDorfmanがポケットにあるものを取り出そうと手を入れた時、「動くな!」の声とともに頭にデザートイーグルが突きつけられる。
Kaiserのボディーガード、Nelson Rhodes大佐。数々の残虐行為で群を不名誉所帯となった後、以前より関係の深かったKaiserのもとで警備会社を営んでいる。
「心配するな、Rhodes大佐。Dorfman氏は私の大ファンだと言っていたのが聞こえただろう。」
Kaiserのとりなしで、ポケットから恐る恐る携帯を取り出し、テーブルに置くDorfman。
「そちらの録画映像をご覧ください。」
Malinaがイヤリングのダイアモンド・ダガーを携帯に突き立て、Kaiserに手渡す。
Kaiserは、携帯の録画映像をしばらく無表情に眺め、やがてそれをそのまま握り潰す。
「オリジナルは安全なところに保持されています。」やっとで言うDorfman。
「これで何が欲しいのかね、Dorfmanさん。」
「私は強欲な人間ではありません。適正価格にてお譲りします。」
Malinaが声を立てて笑い、KaiserはDorfmanの言葉を繰り返す。
「適正価格…か。」
「しばらく考える時間をもらえるかね?」
「もちろんですとも!ゆっくりお考え下さい。」安心したように立ち上がるDorfman。
DorfmanはRhodes大佐の後に従い、地下階からの階段を上って姿を消す。
スーツのポケットから出した葉巻に火を点けるKaiser。
しばらくの後、彼らの横のサメの水槽に、下着姿でアキレス腱を切られたDorfmanが沈められてくる。
直ちにサメが襲い掛かり、手足から食いちぎり始める。
戻ってきたRhodes大佐が、Kaiserに映画館のチラシを手渡す。
「閣下、Dorfmanがこれを持っていました。」
『COPSICLE』
20周年記念上映!The Lazarusにて!
Duke&Shane Moxie来場!
Kaiserはそのチラシに葉巻の火を移し、燃やす。
「手配しろ。」とRhodesに告げ、視線をサメの食事に戻す。
Shane Moxieは劇場The Lazarusの裏で、Bobの到着を待っていた。
「どこにいるんだ?Bob?」電話に向かって怒鳴るMoxie。開演までもう時間もない。
「着いたぞ!」声が電話と、後ろから聞こえる。振り向くとBobの汚いトラックがこちらに向かって近づいて来ていた。トラックの横腹には「ネイチャーボーイ ボブ 動物教練&野生動物派遣」その他宣伝文句が、掠れた ペンキの文字で辛うじて読める。トラックの中からは動物の唸り声と、壁を叩く音。
劇場の裏口が開き、若い従業員が顔を出す。「あと5分ですよ。Moxieさん。Dukeさんはまだですか?」
「ああ、大丈夫だ。Dukeなら今到着した。」
疑わしげな目でトラックを一瞥するが、何も言わず戻る従業員。MoxieはBobに金の入った封筒を手渡す。
The Lazarusに『COPSICLE』20周年上映の企画を持ち込んだのはMoxieだった。
渋るオーナーのPapadakisを、Dukeと揃ってステージに立つことを条件にやっと説得した。
今夜のThe Lazarusは満員だった。様々な『COPSICLE』のコスプレをした観客たちが、上映とそれに先立つ出演者たちの登場を待ちかねている。
MCとしてステージに登場したPapadakisが、簡単な紹介の後、Moxieを呼ぶ。
自身のテーマ曲、リック・デリンジャーの「リアル・アメリカン」が響き渡る中、颯爽と登場!これほどの観客の前に立つのは、コミコンに出入り禁止になって以来だ!
微妙なざわめきと、おざなりの拍手の中、唯一人の熱狂的なMoxieファンの、かなりヤバめな女性のみが大盛り上がりし、「お子様のお客様もご来場なので…」とたしなめられる。
続くPapadakisによるMoxieへのインタビュー。
微妙なざわめきと、おざなりの拍手の中、唯一人の熱狂的なMoxieファンの女性のみが盛り上がる…。
そして、いよいよDuke登場となり、客席はにわかに活気立つ。「Duke!Duke!Duke!」
最愛の妻であるLornaの突然の死以来、一切公の場に姿を現さなくなったDuke。呼び声に答えてステージに現れた彼は…。
かつて黒々と光っていた毛並みは乱れ、灰色のものが目立つようになり、その顔は一気に老いたようにしわが増え、練り歯磨きのCMにも起用されたトレードマークの白い歯はすっかり黄色くなり、一度はGQマガジンの ベストドレッサーに選ばれた彼が大人用紙おむつ一枚という姿でステージの中央に進んできた。
妻の死は彼をここまで打ちのめしたのか…。変わり果てた彼の姿に、観客席が息をのむ…。
Moxieは彼に歩み寄り、手を差し出す。「やあ、Duke。」
チンパンジーは、その手の匂いを少し嗅いでいたかと思うと、いきなり恐るべき力で握りしめる!
関節の外れる音!痛みに思わずその場に膝をつくMoxie。チンパンジーはそのMoxieに馬乗りになり、首を絞め始める!
袖からBobがステージに駆け込んでくる。「やめろ!Jojo!Jojo!」
「誰だJojoって…?Moxie、お前…!」
Papadakisがステージ上のDukeの正体に気付いた時、客席の入り口ドアが開き、二人の男が入ってくる。
ダスターコートを翻し、二人の男は中央通路をまっすぐステージに向かって駆けて来る。顔にはMoxieのラバーマスク?
これは何かの演出?戸惑う観客。Papadakisは混乱しながら言う。「サインが欲しいなら上映後にしてくれ!」
「こいつがサインだ!」
Moxieマスクの男はそう叫ぶと、ダスターコートに隠していたヘッケラー&コッホ サブマシンガンをステージに向かって乱射する!
Papadakisがペキンパー映画のように血を見き散らしながら倒れ、続いてBob!
館内はパニックに襲われた観客たちにより、大混乱へ…。
「やあ、Shane。」
聞き覚えのある声に、Moxieは病院のベッドで目覚める。
まず自分のベッドの上での状態を見る。あちこちに包帯、手には点滴が繋がれ、横では心拍系のモニターが音を立てている。痛む頭に手を当てると、そこには包帯がターバンのように巻かれている。
「俺の髪…?」自慢の独特の髪形を心配するMoxie。
「君の髪は無事だ。」訪問者が応える。
一体誰が見舞いに来たのだろうと、逆光ででよく見えなかったシルエットに目を凝らす。Duke?
そこにはチンパンジーのDukeが、ツイードのジャケットに黒のタートルネックという、『ブリット』のマックイーンのようなファッションで座っていた。
「気分はどうだ?」心配げに見つめるDuke。
Moxieは横にある水の入ったジャーを指さす。Dukeはそこからコップに水を汲み、Moxieを助けてそれを飲ませ…。
Moxieはその水を盛大に噴き出し、驚愕の目でDukeを見つめる。
「お前…喋ってる!な、なんで…?なんでお前が喋ってるんだ??」
Moxieの知っているDukeは、人間の言葉を理解し、コミュニケーションが取れると言っても、手話を使ってという方法で、発声することなどはできなかったはずだ?
「最新技術の成果だ。私も開発に協力した。手首にマイクロチップが埋め込んであり、手話を翻訳して音声で出力する。」
「それで、その声。それは…、おい、そりゃケヴィン・スペイシーか!」
Dukeは赤面する。「うむ、最近の、その、事件の前にだな。今クリストファー・プラマーに再録音してもらっているんだが、遅れていてな。」
「で、何しに来たんだ、Duke?俺にとどめを刺しに来たのか?」
「いや、君に謝罪しなければと思ってな…。今回の映画館の事件、あれは私を狙ったものだと思う。」
そしてDukeはその理由をMoxieに説明する。彼の妻Lornaの死は事故ではなく、仕組まれたものだ。ボランティア団体の主催者として活動するLornaは、ある調査の過程で重大な問題を発見し、それが公表されることを 恐れた者により殺された。今、その犯人はその事実を知っているかもしれない自分の殺害をも謀っている。
それを聞いたMoxieは憤慨する。今回の事件は、相手が俺のマスクを被っていたことからわかるように、俺に向けた個人的なものだ。
「お前は暗殺未遂から生還したという、俺の新しい功績を横取りするつもりか!」
「そうは思わないがな…。」
Dukeは顔をしかめてそう言い、リモコンを取って病室のテレビをつける。
テレビではThe Lazarusの銃撃事件が報道されていた。現在の現場の状況に続き、劇場の観客が撮影した事件当時の映像が映し出される。
襲撃者の銃弾に、Papadakis、Bobが倒れる!そして襲撃者はMoxieとチンパンジーJojoに銃を向ける!その時!
Moxieは躊躇いなく、チンパンジーJojoを自分の前に抱え、盾とする!Jojoはすべての銃弾を受け、血と肉片が飛び散る!
その勢いに押され後方へ吹っ飛び、MoxieはJojoの死体を抱えたまま、スクリーンを突き破って消える…。
「捜査本部によると、殺害されたチンパンジーはDuke本人ではなく、Moxieが記念上映開催のために雇った容姿の似ているチンパンジーで…」
Moxieはテレビを消す…。
点滴などを勝手に外し始めるMoxieに、Dukeは「どうするんだ?殺し屋が待ち構えているんだぞ?」と心配するが、
「自分のことは自分で面倒みられる!」と強引に退院する。
Moxieが戻ったのは自身が経営するバーF. U. B. A. R.。
数々の自身が出演した映画の記念品が飾られているその店を任せているMannyが、今となっては唯一の味方か。
現在はその2階を住居兼ジムに改造して暮らしている。
だが、やっと戻った自宅も再び新たな二人組の殺し屋に襲撃される。
「奴は何処だ?」
絶体絶命のMoxieを救ったのは、殺し屋たちが探していたDukeだった…。
こうしてなんだかんだで、人間の基準で言ってもインテリに属するチンパンジーDukeと、猿基準で言っても底辺ぐらいのMoxieは、仕方なく共闘し、彼らに迫る脅威へと立ち向かって行く。
敵は地位名誉資産腕力、あらゆる面でMoxieを遥かに凌駕するKlaus Kaiser!
Kaiserが求める秘密とは何なのか?MoxieとDukeはこの窮地から脱出できるのか?
今回も結構苦労した…。
実は物語としては単純だ。かつてヒット作を産み出したコンビ。片やその知性と演技力でスター街道を進み続けたチンパンジーと、落ちぶれ続けた筋肉俳優。今は実業家としても成功を収めている、往年のトップスターの 重大な秘密に関わってしまったために命を狙われる羽目になり、元々仲が悪かった二人が共闘して行くアクション・コメディ。
なーんかあらすじだけをハリウッドにもっていけば、都合よくあちこち整形されて、笑いあり涙ありのそこそこヒット作が狙えるかもぐらいの話。
だが、天才Adam Howeはそんな温いところで満足する男ではない。
ありとあらゆるところに下品でブラックな毒をぶち込み、激笑劇薬バイオレンス作品として仕上げている!
何とかその片鱗ぐらいでも、輪郭ぐらいでも伝えなければ紹介する意味もない!
大幅にカットせざるを得なかったものとしては、初登場時に1ページ半にわたって描写されるShane Moxieの奇怪極まりないファッション。病院で目覚めたMoxieが、まず自分の髪を心配したのが何故なのか、本当は ここを省略してしまうとわからないのだが…。あと常に首から下げている手榴弾、…型のウィスキーが入っている水筒というのも重大な伏線だったりするのだが。
その他、ネイチャーボーイBobや、Mannyについても相当ブラックな笑いどころが仕込まれているのだが。あと、中盤から活躍する唯一の熱狂的女性ファンとか。
この作品、実はHowe君の前作となる『Tijuana Donkey Showdown』のあとがきに書かれている、それより先に手掛けられていたが難航して中断していた作品とみて間違いないだろうと思うのだが、こっちの序盤を説明する 苦労などから見ても、その難航が少し垣間見えるように思える。
そりゃ当然ここでは省略せざるを得ない1ページ半にわたるMoxieのファッションの描写にも代表されるような、意図的な冗長な記述も随所にあり、また、MoxieとDukeの過去についても挟まれながら進行して行くので、 私のようにHowe君を絶対的に信頼している読者以外には、ここまで紹介した辺りの序盤はやや展開がもたついているように感じられるかもしれない。
だが、ここからは怒涛の展開だ!ここまで読んでHowe君の文体にも慣れた我々を止めるものなどない!
この先の展開として、二人がKaiserのレストランに乗り込む場面があるのだが、その入り口に展示された数々の80~90年代のアクション映画からの武器の描写にはなんと2ページが割かれる。
通常の読者なら、こいつ本当にその辺の映画が好きなんだろうな、と思うところだろうが、Howe作品のファンなら直ちに別の展開を察する。
こいつこれ使う気だな。
それがどうなったかについては、終盤に登場する爆笑もんの以下の描写を紹介しよう。
Already Shane looked like the bastard offspring of one-man army and one-man band.
後半には「THE WORLD IS YOURS」の飛行船で逃げるKaiserを、『スピード』のバスで追跡する激アツ展開もあり!
次々と立ち塞がる強敵、Nelson Rhodes大佐!Malina Kaminski!を乗り越え、遂に奴らはKlaus Kaiserにたどり着く!
この物語の主人公、我らがヒーローShane Moxieは、物語全体を通じ結末に至るまで一切の人間的成長など遂げることはなく、クズの中のクズでい続ける。
だが、この物語を最後まで追って行った我らはその結末で、あるキャラクターと同様に、いささかの賞賛と愛情を込めて呟くだろう。
「Shane... fuckin'... Moxie,」
巻末には「特典」として、作品解説を含むShane Moxieフィルモグラフィーもあり!
あとがきではやや自嘲的に、この作品をメジャー出版社に持って行ったが、断られ自費出版で出版したことが語られる。
かつては国営放送で『モンティ・パイソン』を放送した大英帝国の出版社も、これほどの天才の作品を出版できず、安全安心作品を垂れ流すリーマン保護地帯に堕したというわけだ。悲しいねえ。
2021年に出版された今作以降、自費出版としても出たAdam Howe作品はReggie Levineものの中編『Of Moose And Men』のみ。
何とか年一作ぐらいでもAdam Howeの長編が読める体制にならんもんかね、と思うと同時に、これほどの大傑作を紹介することも怠り、法月ごときにかまけていた自身の愚行も深く深く反省するものである。土下座もんだよ。 これからは心を入れ替えるぐらいの勢いで作品紹介を第一に頑張って行くものでありますよ。ホントに。
■その他
台北プライベートアイ (紀 蔚然:2011)
一昨年翻訳が出版され、本来ならこのハードボイルド廃人としては早急に押さえるものだったのだが、まあ例の近年のクイズオタクカルトを中心としたマッチポンプ的な華文ブームがあり、すっかり華文アレルギーとなって しまい、こんなの読んだらくしゃみ鼻水止まんなくなるかもで、私同様なかなか手を付けてない人も多いかと思うこの作品。しかしながら、なんかうっかりでおススメに紛れ込んできたこれをぼんやり眺めているうちに、もしかしたら日本の間違った「本格ハードボイルド」思想に歪められていない、新しいアジアン・ハードボイルドが読めるかも、 という可能性が浮かんできた。とりあえず恐る恐るレビューなど見てみると、「ミステリーとしてはイマイチ」とか「ハメット、チャンドラーを考えると」とかの方向でやや否定的評価。それこそこちらの望むところだ!参考になるレビュー。 と結構な期待を持って、割と安い古本もあったんで早速購入したわけである。
あ、一応先に書いとくと、レビューに関してはその時点でざっと見ただけで、その後は見てない。これから書くことが野良レビューの人たちへの個人攻撃になるのも良くないんで、あくまで曖昧な記憶の上での、 その辺からのイメージということで。
で、感想としては、んーまあ、普通に楽しめる一般的な良作だと思うけど、こっちの期待に応えてくれるものではなかったか…。
前半の方、依頼人を前にしている場面で、なんか白昼夢のように自身についてのモノローグが始まっちゃったり、喫茶店から町を眺めていたりするあたりじゃ結構期待させてくれたんだけど、後半犯人を探して行くあたりからは、 なーんかひたすらミステリ。ミステリすぎるよ。
こんなミステリなミステリ作品がどうして「ミステリとしてはイマイチ」的なレビューをされているかはすぐわかる。要するに、なぞなぞルール違反。「この中に犯人はいない!」とか「ササエルの中には誰もいない」とかの 類い。この辺までに出てきた人以外から犯人出してきたんでクイズしっかくー、という話っすよ。
「ミステリとして云々」だとか、「筆が走りすぎー」みたいなどうとでも取れる上から批評目線みたいなのは、本当に風評被害としか言いようがない。最初にこういうのがあれば、後から来た人はミステリ弱者と追われたくない、 みたいな心理が働き、なんか自分で考えたミステリとして弱い部分を持ち上げてみたり、素直に楽しく読んだのにやや及び腰みたいになったりと、風評被害の連鎖が続いて行くわけだ。全く迷惑行為としか言いようがない。 クイズオタクカルトによる迷惑行為撲滅!STOP!THE クイズオタク!やりたかったら大昔作品かルールに従って書いてる国内作品だけにしてくれよ、てとこじゃない?
で、ハードボイルドってとこなんだがな。ほら、よくいるじゃん、ハルキ翻訳のチャンドラー一冊読んで、『マルタの鷹』は映画版を観て、ハードボイルドわかった!って思う人。まあ、あんたがそういう人だとは言ってない、 ようで言ってるかもしれんけど、ハメット、チャンドラー言えばハードボイルド認否定できると思われてもな。ハードボイルドってもう1世紀近く延々と進化発展し続けてるんだからさ。美空ひばりで現代の J-POPとか全否定するようなのと大差ないこと言ってるってわかってる?
まあハードボイルドある程度でもわかってれば、この呉誠先生がルーザー探偵の一つのバリエーションだなんて当たり前。頭っからハードボイルド否定されるようなもんじゃない。ただ、先に書いたように、後半ひたすら一本道 ぐらいに犯人探索するのはねえ…。
例えば、まあ今どき、よりかなり以前くらいからのハードボイルドでも後半のこれ、半分以上は捨てて、もっと話が動く別の展開考えるだろう。ケン・ブルーウンなら8割がた以上捨てるんじゃない?
ブルーウン/ジャック・テイラーなら、こいつが絶対に犯人だ!と決めつけて(そのくらいの思考で決めつけられる容疑者いるよね)、誤爆でシャレにならないぐらいの暴力沙汰引き起こすとか。バーク/ロビショーなら、 重大事実発覚!で章が終わり、次の章でそれ追っかけるのかと思ったら、翌朝起きて釣り餌店の用意をしていると…、みたいな感じでルービックキューブをぐるんとひっくり返すような感じでまた別の面から始めさせられるような展開になったりとか。 マッキンティなら、事件現場が繋がり縦横の線が引けたあたりで、「わかりやしたぜ!この野郎ベルファストにでけえFUCKを書こうとしてるんでさ!」「いや待てよ、このサイズでFUCKだと、Kが海に落ちちまわねえか?」 みたいに脱線させてみたりとか。そういやこの分類の事件で、ジャック・テイラーで、「そんなこと考えて人殺す奴いるわけねえだろ。バーカ!バーカ!だからおめえはジャック・テイラーなんだよ!」ぐらいに言われて、 警察全然取り合ってくれなくて、仕方ないから自分で始末しに行く、みたいなのあったな。
ちょっときつい言い方で悪いんだけど、やっぱこれじゃあハードボイルド未満の「ミステリ」にしかなってないと思う。
なんとなく想像できるんだが、この人ミステリというのは基本的に好きで色々読んでいて、ハードボイルドも日本みたいな偏見なく、それこそブルーウンぐらいまで読んでて、自分で書いてみようと思ったとき、自分と重ね合わせやすい 一人称で、台湾の自分が見た風景なんかを描きながらという感じで、そういうスタイルの多いハードボイルド型を選んだのだと思う。ただ、あんまりうまく言えないけど、どこかハードボイルドを書き続ける人とは 異質なのではないかと思う。あー別に男の生き様セニョール・ピンクみたいなもんじゃねーから。なんか社会の歪みとかを犯罪を通じて表現しようとかかな。別にそういうことを考えていない人とは思わないけど、 そっちの方向で表現を考える人ではないのではないかと。
デビュー作なんてそんなにうまく書けるもんじゃないのだから、割り引いて読むぐらいが正しいと思うのだけど、なかなかハードボイルド方向で期待できるとは言い難い。やっぱ後半半分捨てて…とかいう感じになっちゃう。
おそらく今後作家活動を進めて行く過程で、もっと謎解きに特化した方向か、それとも逆に文学方向に向かうかどちらかで、ハードボイルドという方向で進化して行く可能性は、あまりなさそうに思えるのだが。
まあどこまで行ってもハードボイルドという基準で、みたいな話のことで、そういうことを言わなければ、大抵の人が楽しく読める「ミステリ」なので、あんまり突っ込んだ口やかましい感じのことをくどくど書くのも やや気が引けるんだが。しかしまあ、一応帯とかにもハードボイルドとか書いてあるんだし、「ハメット、チャンドラー云々」みたいな話にもなんないところからじゃなくて、今のハードボイルド視点からのレビューも 一つぐらいあってもいいんじゃないの?
とりあえず、同じ呉誠シリーズで第2作も出ているそうで、翻訳されるなりで読むことができるなら読んでみたいぐらいには思ってます。別に私が読みたい作品を書いてくれなさそうと言うだけで、悪い作家ではないと思うので、まあ頑張ってください。
新刊情報
遂にあれが出ます!エイドリアン・マッキンティ ショーン・ダフィ第7作『The Detective Up Late』!2023年8月8日!現在発表されているのは、旧X-BOX並みサイズの殴れば人も殺せるアメリカ巨人族向けハードカバー版と、 オーディオCD盤のみですが、秋ぐらいには通常人類向けペーパーバック版も出てくるかと思うので、もう日本でちゃんと出るのかわからん状況ゆえ、なるべく早く読んでお伝えしたいものだと思っています。日本で、早くて再来年ぐらいに仮に出るとしても、もう法月大先生出したんであとはどうでもいいぐらいの認識で、「解説」みたいなところに、昔あったような僕のベルファスト滞在記ー誰だお前的な適当なもんや、下手すれば ジャニーズか歌舞伎俳優でも連れてきそうなところではなく、それがその作家の日本版書籍の一部として、いずれ絶版になって古本でしか流通しなくなるぐらいの将来になっても残り続けるものなのだ、という一般常識がある 出版社から出版されることを切に望みます。だから簡単な作者近況と著作リストぐらいありゃいいんだって。
その他、6月6日に出たコスビー『All The Sinners Bleed』。今作も各方面より絶賛の嵐で、コスビー快進撃はまだまだ続行中。これは翻訳出るんじゃないの?
翻訳の方では、やっと日本で出たんかいのドナルド・レイ・ポロック『悪魔はいつもそこに』。まあ文庫の方が安いし流通も多いだろうから文句ないんだけど、そもそもは白水社あたりの文学枠で出るべき作家なのだと思うのだが。 まあ大昔にホレス・マッコイ『彼らは廃馬を撃つ』が角川文庫の映画枠で出たような現象かと。あと、ロス・トーマスはこっちでどうこう言う必要もないか。どっちも新潮文庫で、翻訳末期ぐらいの状況で頑張ってくれてる とこですかね。ロス・トーマスまだ未訳あるし出せばそこそこ売れるだろうから、新潮ブランドぐらいの顔してまた出せばいいんじゃない?その他、若干気になってるのも出てますが、読んで必要あると思ったらなんか書きます。
戸梶圭太最新情報
すいません、最近こっちのほうバタバタしていて、年が明けてから戸梶先生情報の方が抜け落ちていました。他意は全くないです。ごめんなさい。多元宇宙りんご町シリーズは1月(もう半年前じゃん!)に最新刊6巻が出て、そこから一旦執筆活動は中断のようで、最近はアニメーション製作に注力しているそうです。小説が出なくても戸梶先生の活動については、極力 追って行きたいと思っています。
では13分の大作アニメ『Multiverse Apple Town Japanese Independent Animation 多元宇宙りんご町 民生委員とヒマラヤタワー with English Subtitle』をご覧ください。
まあそんなこんなで(適当まとめ慣用句)、またこちら本店の方も元に戻す感じで頑張って行きたいと思います。なんかちゃんと考えれば、書かなきゃいけないのに書けてなかったもんも山ほどあるわけで。なんか仕事を辞めて 憑き物が落ちたのか、眠ってた奴が勢力を取り戻したのかはわかりませんが、まあ他に誰も考えてくれないハードボイルドの現在や未来について伝えられるというような方向でやっていければと思います。中断しているあれとか あれも復活できないかと。
当面、コミックサイトの方を何とか早く形にできないもんかと注力する方針なので、あんまり早い更新はできないかと思いますが、なんとか時間作ってこちらはこちらで頑張りますので。まあクラシック作品についてはまた考えます、という感じで。
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