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2024年11月18日月曜日

2024 ワンダーランド・ブック・アワード 受賞作品発表!

今回はこちらでは初になるのだけど、2008年以来今年で16回目となるワンダーランド・ブック・アワード 2024の発表です。2023年に出版されたビザーロ・フィクション作品の中から短篇集部門と長編/中編部門の2部門で候補作が選ばれ、10月ごろだったかに ファイナリスト各5作品に絞られた後、投票により選ばれ今年は初の米オレゴン州アストリアでの開催となったBizarroConにて11月9日に発表となりました、…はず…。

前回すぐやると言った割には遅くなって申し訳ない。どうもワンダーランド・ブック・アワード関連の情報、去年までBizarro Centralの中に掲載されてたんだが、今年から BizarroConのホームページということになったようで、そちらを毎日チェックしてたんだが、いつまでたっても更新されず、11月の14日深夜ぐらいになって、File770の方に掲載されやっとわかったという次第。
File770というのは、もしかしたら自分より良く知ってる人も多いのかもしれないのだけど、結構歴史のあるらしいSF系のファンジンのサイトで、現在はMike Glyerという人がやっているらしい。なんかもう一方でやってる スプラッタパンク・アワードもなかなか発表されないうちにこちらで教えてもらうことも多いんだが、ちょっといい加減な説明になってしまっていたらごめんなさい。SFやホラー系のコンベンションや、賞の情報などかなり手広く教えてくれる 大変ありがたいところ。
というわけで、最近になってこれもちゃんとやらなくてはと思い立ち、調べたらもうすぐじゃんぐらいになって、やや大慌て、やっつけ感あるぐらいで申し訳ないんだが、ワンダーランド・ブック・アワード2024の各部門受賞作/作家のわかる限りの 概要と、ファイナリスト各部門5作品についてぐらいのところでやって行きます。


■Wonderland Book Awards 2024


短篇集部門
●All I Want is to Take Shrooms and Listen to the Color of Nazi Screams by John Baltisberger (Planet Bizarro)


「私は4歳のとき、最初のナチを殺した。それは芸術ではなかった。私が向精神性の殺人の喜びを知るのは、もっと先になってからだった」
こうして筆者の不気味で血まみれの回想録は始まって行く。
ある部分は回想録、そして小説、そして短篇集。『All I Want is to Take Shrooms and Listen to the Color of Nazi Screams』は単なる書籍以上のもの、それは一つの人生の在り方だ。

John Baltisbergerは、多くユダヤ的要素に焦点を当てた、スペキュレイティブとジャンル・フィクションの作家。彼の作品は、神秘主義、信頼、罪、そして自己責任といったテーマへの探求として執筆されている。
2018年より多くの作品を出版し、受賞歴も多い。2021年にはスプラッタパンク・アワードに短篇集『War of Dictates』がノミネート。ホラー系パブリッシャーMadness Heart Pressのエディターでもある。

とりあえずはこんなところか?作品解説について、わけがわからんという声も多そうだが、まあ読んでもいない作品でアマゾンの解説からではこんなものかと。そもそもそんなにわかりやすいものでもないだろうし。
以下はファイナリストに残ったほかの4作品。

  • What Remains When the Stars Burn Out by P.L. McMillan (Salt Heart Press)
  • Gush by Gina Ranalli (Madness Heart Press)
  • An Altar of Stories to Liminal Saints by Rios de La Luz (Broken River Books)
  • Bizarro Classicks by Emma Alice Johnson (Freak Tension Books)


長編/中編部門
●Edenville by Sam Rebelein (William Morrow)


グースバンプス meets スティーブン・キング at Edenville大学!そこにやって来た若き野心家のホラー小説家である新任講師が、血塗られた町の歴史を発見する。図書館の地下の秘密結社、異次元と正体が蜘蛛である人々…。

Sam RebeleinはGoddard Collegeでクリエイティブ・ライティングの芸術修士の学位を得て卒業。ゲーム『The Last of Us Part II』でなんか受賞(詳しく書いてない…)という経歴を持つ人らしい。これまでに多くの短編を書き、 短篇集も出版されているが、長編はこれがデビュー作となる。

短篇集部門の方より少し分かりやすいかと思ったので、作品解説短め。大体こんな感じならわかるよね。グースバンプスについては私同様知らない人もいるかと思うが、1992年から出版されているR・L・スタインによる大人気児童向けホラー小説シリーズ ということ。日本では10巻まで出たが、本国では62巻が出版され、スピンオフなんかも含めると240作とかになるらしい。
米メジャーであるWilliam Morrowから出版され、英国版もTitanから出版。スプラッタパンク・アワードでも同様のがあったけど、この辺ももはやマイナージャンルからもう少し広いところに浮上し始めてるのかも。ちなみにこっちに画像が出てるのが 米William Morrow版で、下のリストの方が、やや安い英Titan版。アメリカで出たものがイギリスで出ると少し安くなるのが通例だけど、逆のケースだとあんまり安くなんないよね。
以下はファイナリストに残ったほかの4作品。

  • Glass Children by Carlton Mellick III (Eraserhead Press)
  • Soft Targets by Carson Winter (Tenebrous Press)
  • The Last Night to Kill Nazis by David Agranoff (CLASH Books)
  • Elogona by Samantha Kolesnik (WeirdPunk Books)


というわけで、とりあえず何とか始めてみましたのワンダーランド・ブック・アワード2024でした。やっぱり少しでも掘り下げてみると、これ読んでみたいとなるものだね。
まだまだ全然わからんという感じだけど、何とか少しずつでも読んで深く探って行かねば。なんだか読まねばと思うものを山積みにしてると、読めないという思いばかりが前に出るんだけど、最近になって明らかに重要作なのに、 書けないから先送りになってたようなもんも多いと気付いたり。何とか頑張って読んで次々書いて行かねばと思うばかりです。
ワンダーランド・ブック・アワードについては、ちょっと調べてみたところ、なんか9月ぐらいにノミネート各部門20作ぐらいが出て、10月にファイナリストが決まり、11月に受賞作発表ぐらいのやや慌ただしいペースのようです。 とりあえずその最初からやれるかは不明だけど、また来年もきちんと追って行かねばと思っております。

過去(2008-2023)の受賞作一覧はこちら→



■Wonderland Book Awards
●短篇集部門

●長編/中編部門

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2024年11月9日土曜日

Grant Wamack / Black Gypsies -シカゴの新しいストリートを闊歩する、最新注目作家クライム作品!-

今回はGrant Wamackの『Black Gypsies』。2022年にBroken River Booksより出版された作品です。

Grant Wamackという作家は日本にはほぼ知られていないのでは、という以前に自分も最近まで知らなかった。きっかけとしては、近年のスコットランドを中心とした新進ノワールの発信地の一つである、作家Stephen J. Golds(日本在住らしい)主催の ウェブジンPUNK NOIR MAGAZINEに、Grant Wamackのインタビューが掲載されているというのを聞きつけて。
ここにインタビューが掲載されるというのは、それなりに注目すべき作家なのだろうと思い、まずアマゾンで出てる本を調べ始めたところ、この『Black Gypsies』がKindle Unlimitedで出ているのを発見。詳細を見たところ、ジョーダン・ハーパーと こっち界隈じゃ作家/レビュアーとしてかなり信用できるScott Adlerbergからの賛辞が掲載されており、100ページほどの中編と手頃でもあったため、とりあえずこれから読んでみたという次第。
割と新しい作家なのかなと思っていたのだけど、2010年代半ばごろに中編作品が2作出ていて、そこからしばらくは出版運に恵まれなかったが、2020年代に入り新たなベースを得て、注目が集まり始めている作家のようです。
黒人作家で、シカゴの黒人社会を描いた作品であるこの『Black Gypsies』も登場人物は基本的にすべて黒人、というあたりは先に言っといた方が混乱少ないかと思う。
前述のインタビューなどについては、後ほどにという感じで、まずここから『Black Gypsies』です。


【Black Gypsies】


1. Tatted Like a Biker Boy Marcusが最初のタトゥーを入れた日、誰かが店に銃弾を撃ち込んできた。
物語はシカゴのうらぶれたタトゥーショップから始まる。店主Reginald "Jazz" Harrisは、この店を20年やっている。周囲のシカゴの街は様々な出来事で様変わりしてきたが、この店は主に黒人相手に変わらず続いて来た。
Marcusの腕に彫られているのは、日本のアネモネを背景にした"JACKBOY"の文字。
店のテレビのフットボール中継に、店内の客やReginaldが一喜一憂し、ついついタトゥーガンを強く押し付けすぎたり。
店内で流れていた曲をMarcusが気に入った様子なのに気を良くしたReginaldが、今度CDを持ってきてやると言うと、ストリーミングで聞くから曲名リストだけ教えてくれりゃいいよ、そもそも俺CDプレイヤー持ってねえし、と応えられ 近頃の若い奴はでイラっとしたり。
店内のソファに座っていたLukeが、今の試合で500ドル儲けたぞ、と言って立ち上がり店を出て行く。
そしてReginaidがタトゥーに集中を戻し、Marcusが次に流れて来たリル・ダークに頷き始めた時、外で銃声が響く。
弾丸が店に飛び込み、ガラスが割れる。タトゥーガンを放り出し、床に伏せるReginald。Murcusもその隣に続く。
そしてそこから窓の外を見つめながら、これ以上弾が飛んでこないことを祈る。マスタード・イエローと青の車が猛スピードで走り去る。誰かが通りの向こうで叫ぶ。
そして二人は、自分が撃たれていないことを確かめながら、ゆっくりと起き上がる。
母親も心配してるだろう、帰った方がいいんじゃないか?と言うReginaldに、もうほとんどできてるんだろ、完成させてくれ、と答えるMarcus。
そして20分後、完成したタトゥーを誇らしげに見るMarcus。
「トラブルに巻き込まれるんじゃないぞ。ここらの連中の誰かを失うのはもう沢山だ。お前は家族なんだぞ」今日の出来事から改めてMarcusに言い聞かせるReginald。
「わかってるさ、俺は大丈夫だよ」とTシャツを直して出口に向かうMarcus。
Reginaldは、こいつが21まで生き延びて欲しいと願う。それがシカゴで長生きする最初のチェックポイントだ。
そして外の通りに出て行くMarcus。すれ違った誰かが、泣きながら言う。
「Lukeが撃たれた」

2. A Crossroad of Sort 家に帰ったMarcusは、早速タトゥーを母親に見つかり、小言を喰らう。
部屋に戻りウトウトしていると、相棒のGordoから連絡が来る。「仕事だぜ、兄弟」
「5時に外に出てる」返信し、出かけるMarcus。

仕事の後、帰りの地下鉄でMarcusはうっかり眠ってしまい降りる駅を乗り越してしまう。
一駅先で降り、公園を横切って帰ろうとしたMarcusは、違う地区のがギャング団と遭遇してしまう。
必死に路地裏を逃げ回り、近くの家の裏庭に潜り込んだところで見つかり、あわやというところで住民の通報でやって来た警官により助けられる。

3. Crooked Country Gordoは深夜の1時にコール・オブ・デューティーをやってるところに、Marcusからの電話を受ける。
警察につかまっちまった、保釈金を持ってきてくれよ。
相棒のピンチに、Gordoは警察署に駆け付け、500ドルを窓口の警官に渡す。
領収書をくれよ。そんなもんはねえよ。待合室でおとなしく待ってろ。
やがて出て来たMarcusを車に乗せ、家まで送り届けてやる。
「俺は出て行かなきゃな。お袋はストレスになってしょうがねえ」
「俺んとこに来いってずっと言ってるじゃねえか」
「そうじゃなくてさ、俺たちは州を出るんだ。どっか西、カリフォルニアとかよ。盗める車も山ほどあるはずだぜ」
「夢見てりゃあ、そのうちに叶うさ」


まあ100ページほどの中編だし、このくらいで。
主人公である19歳の不良少年以上犯罪常習者未満という感じのMarcusを中心に、相棒Gordoや、他の仲間、敵対するギャングなど、時に視点を変えながら、犯罪が日常のシカゴの黒人街が描かれて行く。
Marcusが相棒のCordoとやってる「仕事」については、Amazonの商品ページのあらすじ説明でも言及されてるんで、隠すこともないんだが2章でそこが描かれず飛ばす感じで帰りの電車のシーンになってたんで、とりあえずそのまま書いてここでも言及しないどく。
最初はエピソードの端々に見える主人公たちよりワンランク上という感じの犯罪の断片みたいなものから、『エディ・コイルの友人たち』みたいになるのかな、とも思ったのだが、なんとなくつなげればつながるけど、あくまでも彼らが生きている 生活圏での背景的なものにとどまっている感じ。
1章の最後あたりのタトゥーショップのReginaldの警句や、3章最後の二人のやり取りあたりでこの作品のテーマ/メッセージはぼんやり見えてくる。そして終盤二人はある出来事からワンランク上の敵との対決という危機に直面することとなる。 クライマックスというべき最後から2番目の章が、ある形でこのテーマと直結するところなど、かなりの作者の実力を感じさせる。
タイトルの『Black Gypsies』は、Marcusが作中で出会い付き合うようになる同年代の女性に関係することなのだが、まあ短い作品でそこまで書くのもなんかと思うので、読んでみてのお楽しみということで。
作中、多くの登場人物の会話に出てくる「nigga」という単語。通常「黒んぼ」みたいな蔑称で使われるものだが、彼ら黒人同士の間では、palというような呼びかけから、People、guysというような感じまで幅広い意味の使われ方をする。そこら中で ヒップホップ/ラップミュージックが鳴り響き、niggaと呼びかけ合う新しいストリートを描いたクライム作品。新しいもんを求める人なら押さえとくべき秀作であるよ。

そして件のPUNK NOIR MAGAZINEのインタビュー (PUNK NOIR MAGAZINE / A Punk Noir Interview with Grant Wamack)から作者Grant Wamackについて 探って行こう。
高校時代ははアーティスト志望で、コミックの仕事をしたいと思っていたそう。だが当時(2006年ごろ)には、スーパーヒーロー以外のものがあまりなく、自分の目指すものとは違うと思い自身の創作意欲を詩やショートフィクション、ラップミュージックなどへ傾けて行ったということ。
ジャンルとしては、クライム、ホラーといった傾向のものだが、現在はワイアード・ホラーという分野にに最も惹かれているそうである。
実際のところ、現在まで出版されている彼のの中編・長編小説作品で、クライムジャンルのものはこれだけで、他はホラージャンルに属するもの。昨年出版された中編『Bullet Tooth』と短篇集『The Hum of the World』はホラージャンルの ビザーロ・フィクションから選出されるワンダーランド・ブック・アワードにノミネートされ、ファイナリストは逃したものの、短篇集の方は選考外となってしまった中の注目すべき作品としてピックアップされた数作の中の一つに挙げられている。
最近感銘を受けた本として、Stephen Graham Jonesの『Mongrels』を挙げ、好きなノワール小説としてトンプスン『キラー・インサイド・ミー』を挙げるGrant Wamackにとっては、ジャンルの垣根など極めて低いものなのだろう。ちなみに 好きなインディーノベル3作の中に前回のAnthony Neil Smith『Slow Bear』を入れていたり。生死関わらず、一緒に飲んでみたい作家とか、いい質問ですね。
前述の中編『Bullet Tooth』は、フレディやジェイソンのようなタイプのオリジナルのホラーキャラクターがシカゴに現れる話のようだが、この『Black Gypsies』のストリートにそういう殺人鬼を乗せたような作品かもと期待される。 とりあえずはなるべく早い機会にこれから読んでみたいところ。現在最新作は不思議の国のアリスと映画ミッドサマーを組み合わせたようなシュールなホラー『The Frolicking』。今後は『Bullet Tooth2』も予定されているとのこと。 いかなるジャンルにせよ、これからの活躍が期待されるGrant Wamackに注目すべし!


ここでPUNK NOIR MAGAZINEについても少し。同じくスコットランドのJohn BowieのBristol Noirと共に2017年に登場し、 当方なども新スコットランド一派の登場か?と期待したんだが、どうもそれほど地域的な感じの大きなムーブメントとはならなかったようだが、両サイトともワールドワイドな新たなノワールの発信地としてのウェブジンとしては 継続機能し続けている様子。あんまりちゃんと見てられなくて申し訳ないんだが…。
例えばJohn Bowie/Bristol Noir編集の2冊のアンソロジー『TAINTED HEARTS & DIRTY HELLHOUNDS: Bristol Noir Anthology 1』と 『SAVAGE MINDS & RAGING BULLS: Bristol Noir Anthology 2』。Stephen J. Golds編集のアンソロジー『Gone』(いつの間にかKindle版が絶版に…)などを見れば その成果は窺えるものだろう。
PUNK NOIR MAGAZINEのStephen J. Goldsについては、現在そちらのPUNK NOIR PRESSから出版されているThe Dead, The Dying & The Goneシリーズなどの作品がある。
そのうち、シリーズとは知らんまま最初の『Say Goodbye When I’m Gone』をしばらく前に読んでるんだが、あんまり書けない時期でJohn Bowieなどと共に、期待の新しいスコットランドノワール作家みたいな感じでやれればとか思ってるうちに…、 となってしまって申し訳ない…。
1960年代のハワイが舞台の、全てを失い亡き妻のアンティークショップを経営するアイルランド系老ギャングと、日本から騙されて連れてこられた娼婦、朝鮮戦争で人間性を破壊された韓国系ギャング、三者の運命が交錯するアツいノワール。 日本的には、騙される女の子パートの60年代貧乏ダウナー昭和白黒ムービー的なところがちょっときつい人もいるかもとかは思ったかも。長く日本に住んでいるらしいGolds氏らしく、きちんと書かれているのは確かだが。
なんとかシリーズって形で、今後もっとちゃんと書けるように努力しますので。
その他、PUNK NOIR MAGAZINEでは、エディターの一人である、なんかそれぞれバラバラの出版社からになっているようだがデビュー作からのPigsトリロジーを完結させ、自身のUrban Pigs Pressも立ち上げている James Jenkinsにも注目。なるべく早くなんか読めるといいのだけど。

Grant Wamack著作リスト
●中編/長編

  • Notes from the Guts of a Hippo (2013)
  • A Lightbulb's Lament (2014)
  • Black Gypsies (2022)
  • God's Leftovers (2022)
  • Bullet Tooth (2023)
  • The Frolicking (2024)

●短篇集

  • The Hum of the World (2023)



ワンダーランド・ブック・アワードについて


というわけで、また出てきてしまったワンダーランド・ブック・アワード。なんだか長年にわたりぐらいで、ちょくちょく目にしながらも手が回らず、また今度扱いしてきたビザーロ・フィクションと言う奴なのだが、多分逃れられない運命なのよ と諦め、ここらで腰を据えてちゃんと取り組んでみることにした。
なんかワンダーランド・ブック・アワードとかどこかでやってくれてないのかよ、と少々調べてみたんだが見つからないので、また一からという感じで始めてみる。日本語カタカナ表記にしてみたけど、昭和とかだったら不思議の国文学賞とか 訳されていたのかもね。ビザーロ・フィクションという表記に関しては、正しい発音はビザロだとか、ビザーローだとかいう人出てきそうな気もするが、知ったことか。とりあえず現時点の日本では、こういうところに目を向けるような人、 限りなく減っているんだろうしね。

ワンダーランド・ブック・アワードというのは、年間に発表されたビザーロ・フィクションの中から選ばれた作品に与えられる賞であり、2008年よりオレゴン州ポートランドで毎年開かれているBizarroConの場で発表され、授賞式が行われている、らしい。
で、ここはまずビザーロ・フィクションというところから始めてみる。
まずビザーロ・フィクションの定義というようなものをWikipedia/Bizarro fictionから引用してみると、「破壊的で、奇妙、滑稽な作品を創り上げるため、不条理、風刺、グロテスクといった 要素に加え、ポップシュルレアリスムやジャンルフィクションの定型などを使用する現代文学のジャンル」ということ。
こちらは2005年にEraserhead Pressなどのパブリッシャーを中心に、ジャンルを明確に立ち上げるために提唱されたものらしい。遡ればナボコフや、バロウズといった作家作品にも当てはめられるものだが、ここで一旦明確に定義し、ジャンルとして作って 行こうという感じだったのだろう。

まあ定義やら説明だけではよくわからんと思うので、とりあえず自分が知ってる範囲でのサンプルになりそうなアンソロジーを二つ紹介しておく。 どちらもジャンル立ち上げ時に中心的存在であったEraserhead Pressからのもの。ちなみにEraserhead Pressは、スプラッタパンクアワード初期あたりにはかなり多くの作品を出していたDeadite Pressと同じ出版社で、Eraserhead Pressの方が本体らしい。
ひとつは『The Best Bizarro Fiction of the Decade』(2013)、もう一つは『In Heaven, Everything Is Fine: Fiction Inspired by David Lynch』(2013)。後者はデイヴィッド・リンチからインスパイアされた作品のアンソロジーで、有名なデビュー長編映画の タイトルを会社名としてるパブリッシャーらしいところ。
実は双方とも最初の2~3作ぐらいしか読めてないのだけど、印象で言えば前者がシュールで悪夢的な寓話、後者がデイヴィッド・リンチ的なシュールで悪夢的な寓話という感じ。…いや、ごめんだけど、それくらいしか思いつかない…。
『The Best Bizarro Fiction of the Decade』はランズデールやStephen Graham Jonesといった作家の作品も入った560ページとかのアンソロジー。こちらはKindle Unlimitedなので、ちょっとどんなもんか見てみるのにいいかと思う。ダリ風の グロいカバーが素敵。それにしてもStephen Graham Jonesぐらいそろそろなんとか読んで書かないと…。
『In Heaven, Everything Is Fine: Fiction Inspired by David Lynch』の方は、定義説明とか読んでデイヴィッド・リンチみたいなのかなと思った人にはお勧めかも。こちらは前者のようなビッグネームとかはないのだが、あまり広くはない ジャンル内では知られた作家が揃っている様子。最初の話が映画のセットのようなダイナーの中である事情で身動き取れなくなる人達の話。2番目が囚人の一人が行方不明になりごまかすために人形を作った看守の話。3番目が都市を取り巻く壁が 住民に深刻な影響を及ぼすためそれを防ぐために内側に新しい壁を作り続ける話。どう?面白そうでしょ。
ただまあ、10年位前に出たものなので、もしかすると今時のものとはちょっと変わってるかもしれないけど。ジャンルなんてその中の作家たちの新しいアイデアでどんどん変わって行くものだからね。定義なんてものは作家たちがそれをぶち壊して広げて 行くためにあるようなものだよ。
あと、ビザーロ・フィクションというジャンルに於いて、短編作品は重要なところではあるが、中編・長編作品になると色々手法とかも変わって来るのではと思うのだが、そっちの方にはまだ手を付けてなくてサンプル的なものも出せなくて申し訳ない。

ではここから改めてワンダーランド・ブック・アワード。前述のようにオレゴン州ポートランドで毎年開かれているBizarroConで発表されているのだが、なぜそこでかと言うと、ビザーロ・フィクションを中心となって提唱したEraserhead Pressの 地元だという理由。
部門はシンプルに短篇集部門(Best Short Story Collection)と、長編/中編部門(Best Novel/Novella)の2部門。色々調べてみたところで、大抵短篇集部門が上に書かれているのがこのアワードの特徴かもしれない。
以下これまでの受賞作一覧なのだが、こういう場合、例えば2023年出版の作品が、2024年に受賞するわけで、どちらを表記するかケースバイケースであったりして少しややこしく、引用元のWikipedia/Bizarro fictionでは前者の出版年で書かれているのだが、 当方では後者の受賞年の方がわかりやすいかと考えそちらで表記した。
結構多くて後でアマゾンのリンクを作るのが面倒なので、そちらで入手できるものについてはこちらのテキストリンクのみとさせてもらった。この辺のものについては電子書籍版がなくプリント版のみというのも結構多いので注意。あと、出版社については、 現行アマゾンに記載されているものとなります。

短篇集部門


受賞年 作品名 著者名 出版社
2023 The Last 5 Minutes of the Human Race Michael Allen Rose & Jim Agpalza Madness Heart Press
2022 Don't Push the Button John Skipp CLASH Books
2021 Don't F[Bleep]k with the Coloureds Andre Duza Deadite Press
2020 To Wallow in Ash & Other Sorrows Sam Richard Weirdpunk Books
2019 Nightmares in Ecstasy Brendan Vidito CLASH Books
2018 Angel Meat Laura Lee Bahr Fungasm Press
2017 Berzerkoids Emma Alice Johnson Bizarro Pulp Press
2016 The Pulse between Dimensions and the Desert Rios de la Luz Ladybox Books
2015 I'll Fuck Anything That Moves and Stephen Hawking Violet Levoit Eraserhead Press
2014 Time Pimp Garrett Cook Eraserhead Press
2013 All-Monster Action! Cody Goodfellow Eraserhead Press
2012 We Live Inside You Jeremy Robert Johnson Eraserhead Press
2011 Lost in Cat Brain Land Cameron Pierce Eraserhead Press
2010 Silent Weapons for Quiet Wars Cody Goodfellow Eraserhead Press
2009 Rampaging Fuckers of Everything on the Crazy Shitting Planet of the Vomit Atmosphere Mykle Hansen Eraserhead Press
2008 13 Thorns Gina Ranalli Afterbirth Books


長編/中編部門


受賞年 作品名 著者名 出版社
2023 One Hand to Hold, One Hand to Carve M. Shaw Tenebrous Press
2022 Jurassichrist Michael Allen Rose Perpetual Motion Machine Publishing
2021 The Loop Jeremy Robert Johnson Titan Books
2020 Unamerica Cody Goodfellow King Shot Press
2019 Coyote Songs Gabino Iglesias Mulholland Books
2018 Sip Brian Allen Carr Soho Press
2017 I Will Rot Without You Danger Slater Fungasm Press
2016 Skullcrack City Jeremy Robert Johnson Coevolution Press
2015 Dungeons & Drag Queens Emma Alice Johnson Eraserhead Press
2014 Motherfucking Sharks Brian Allen Carr Lazy Fascist Press
2013 Space Walrus Kevin L. Donihe Eraserhead Press
2012 Haunt Laura Lee Bahr Fungasm Press
2011 By the Time We Leave Here, We'll Be Friends J David Osborne Broken River Books
2010 Warrior Wolf Women of the Wastelands Carlton Mellick III Eraserhead Press
2009 House of Houses Kevin L. Donihe Eraserhead Press
2008 Dr. Identity D. Harlan Wilson Raw Dog Screaming Press


以上、これまでの受賞作品一覧。もう日本のアマゾンからは見られなくなってるぐらいのもんもあるんじゃないかと思っていたけど、一応全部見つかったな。まあ過去のプリント版のみとかは事実上の絶版ではあるけど。
作者と作品という形でわかるものはほぼないけど、初期はEraserhead Pressが多かったものから、現在多くのパブリッシャーが出てきている感じとかはわかるが、そのくらいか。とりあえずあとは何とか少しずつでも読んで探って行くしかないか。 まあ何とか追い続けていれば、なかなか読めなくても徐々に輪郭ぐらいは見えてくるんじゃないかと。

当方ノワール/ハードボイルド/クライムというあたりが専門だが、これまでもお伝えしてきたように、主にカントリーノワールといった方向ではアメリカ現代文学、ドナルド・レイ・ポロックやコーマック・マッカーシー、Larry Brownといったあたりで 境界を接し、その境は曖昧になってきている。そして今回のビザーロフィクションというのもまた別サイドでその境界が重なり合っているものなのだろう。そもそもその双方が隣り合って、重なってる部分も多いもんだし。
なんか今更だが、デイヴィッド・リンチ出したんだから『ブルー・ベルベット』や『マルホランド・ドライヴ』とか例に出せばわかりやすかったのかもと気付いたり。
尖鋭的な作家は常にその境界を目指し、突破し、曖昧にさせて行く。ひとつのジャンルの未来を見るためには、その隣り合った境界の向こう側がどうなっているかにも視線を拡げる必要があるのだ。
とまあまとめてみたけど、実際にはそっちの方も面白そうだから是非読んでみたいが8割なんだけどね。

さてここまでに昨年までのワンダーランド・ブック・アワードの一覧を作りとりあえずのまとめを作って来たわけだが、そこで今年のワンダーランド・ブック・アワード!本年米オレゴン州アストリアで開催されるBizarroConにて11月9日に発表となる! …もたもたしてるうちに結局過ぎちゃったじゃないか…。ちなみにオレゴン州アストリアでの開催は初らしい。
そんなわけで、次回はその2024年ワンダーランド・ブック・アワードについて。まあ各部門受賞作の作家作品の概要と、ファイナリスト、最終候補作一覧ぐらいしかできんと思うけど。ホントはもっと余裕があって次の記事書き始めといて 発表があったら2~3日で書いてアップとかの予定だったのだけどね…。

■ダフィ最新作発売日決定!


前回終ってすぐぐらいだったかな?なんか一日外出の予定があって、帰って疲れてゴロゴロしてたらXにマッキンティからの告知が出てた。ショーン・ダフィ・シリーズ第8作『Hang On St. Christopher』が来年2025年3月4日に発売決定! とりあえず現在出ているのはオーディオ版のみの予約受付。
と思ってたら、あれ?マッキンティの出してる画像日本のアマゾンのと全然違うじゃん?ハードカバーやKindleまで書いてあるし???
そんなわけで米Amazon.comのBooksでマッキンティを検索してみたところ、やっぱりアメリカじゃ全部あって既に予約注文も受け付けている上に、過去作のKindle版も出版されている。
アメリカ限定なのかい?と思ってイギリス、フランスのアマゾンも見てみたところ、その両国では発売予定の第8作についてはオーディオ版、ハードカバー版の予約注文が開始されており、過去作Kindle版については第7作『The Detective Up Late』以外は 既に販売されているという状況。んーまあ、日本なんてミステリ超後進国は果てしなく後回しにされてんのかね…。
アメリカのKindle版予約注文受付開始を見て、日本も開始が遅れてるだけで来年3月4日にKindle版手に入るのかも、と一旦はワクワクしたのだが、イギリス、フランスで第7作のKindle版も遅らされている状況を見ると、その可能性は低いのかも…。 結局あと一年ぐらい待たされてやっとペーパーバック版出てみたいなことになんのかな…、とちょっとショボン状態です。まだわかんないけどね。
ちなみに過去作のKindle版については、先週見たぐらいではアメリカでも「もうすぐ出るよ」ぐらいの状態で予約受付してて一昨日見たら出てたぐらいなので、日本でもそのうち買えるようになるとは思いますが。

だが、マッキンティ/ダフィについては更に気になる情報あり!『God’s Away on Business: Sean Duffy, Year 1』(こちらもトム・ウェイツの曲からのタイトル)なる中編作品が、そちらに先立つ来年2月4日に発売予定!こちらは第7作『The Detective Up Late』 の時に書いた序章「Sean duffy, Year Zero」の後、キャリックファーガスのCIDに着任したばかりのダフィの最初の二週間を描いたという内容らしい。
こちらについてはアメリカでもまだ画像もなくオーディオ版のみの予約受付開始なのだが、第8作の3月4日より1か月前に急いでねじ込んだ感じから、そちらにも関係する先に読んどいたほうがいい作品なのかとも思われる。まさかオーディオ版のみ とかいうことはないと思うけど…。

以上、いつどんな形で読めんのかまだ不透明ですが、とにかくダフィ第8作他発売予定出ましたという話。前にマッキンティがノンシリーズ作品新作の方が先に出るみたいな話してたんだけど、そっちについてはまだのようです。それにしても 来年3月4日Kindleで入手できるかも、となって一旦は未読の『The Island』どこで読もうかとなったんだが、予定通り来年前半のどっかぐらいで良さそうかもな。日本の翻訳ミステリなんてものにもっと早く見切り付けとけば、もっと早く 読んだのにと思うばかりっすよ…。もう今更出ても絶対読まんしな。
いずれにしても、来年2025年は、どっかの時点でマッキンティ/ダフィ祭りになる!…はず?



●短篇集

■Stephen J. Golds/The Dead, The Dying & The Goneシリーズ

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2024年10月16日水曜日

Anthony Neil Smith / Slow Bear -Slow Bearシリーズ第1作!-

今回はAnthony Neil Smithの『Slow Bear』。英国Fahrenheit 13より2020年に発行された作品です。

Anthony Neil Smithについては、これを始めた初期ぐらいからの私のイチ押し作家であり、これまでも度々というか、しつこいぐらいに事ある度に名前を出してきたのだが、実際に記事に書いたのは、代表作であるBilly Lafitteシリーズの中の3作までのみ。
実はもう少しぐらいは読んでいるのだけど、なにかあまり書けないようなタイミングだったりして、そのままになっていたり。この『Slow Bear』についても、割と出てすぐぐらいに読んだはずなのだけど、まあそういうタイミングだったり、明らかに 続編がある形で終わっていて、続きが出てからでいいかと後回しにしていたりという感じで、そのままになっていた。
だが、そうこうしているうちに、2022年には第2作『Slower Bear』が出て、ついに今年8月には第3作『Slowest Bear』まで出てしまった。
とりあえず、まだ未読だった『Slower Bear』をそろそろ読んで、そこから始めようかと、一旦は思ったのだけど、それでは同様に考えていて、結局第1作のストーリーを延々と書くことになってしまったJoe Clifford、Jay Porterシリーズの二の舞に なってしまうと気付き、ここで一旦ちゃんとやっておこうということとなった次第。
とにかくまずこれやって、早く先に進むぞ、という感じで『Slow Bear』、始まります。


【Slow Bear】


Micah "Slow Bear" Crossがいつものように半分残ったビールを前にカジノのバーにもたれかかっていると、隣のスツールにJimという男が座る。
JimはSlow Bearの方に40ドル以上になる2枚のチップを滑らせ、言う。「女房が浮気してるらしい。あんた見つけられるか?」
Slow Bearは右手で、何にしろ彼にとっては唯一の手なのだが、チップを押し戻して言う。
「なあ、Jim。俺はあんたの女房が浮気してるのは知ってる。みんなそれは知ってるんだよ」そして続けて言う。
「相手は肌色の薄いピットマネージャーだ。Valdって名前だったと思う」
「あの尻軽女。あの売女め」バーに俯きながら言うJim。
「さらに言えばだな。あんたは既にそれを知ってる。あんたはそれを誰かにはっきりさせてもらいたかっただけなんだろ。その新しい銃、Paulから買ったのか?言っとくがな、そいつを殺しても何にもならんぞ。お前は刑務所に行って、女房は別の男と やるだけだ」
Slow Bearはチップを一枚だけ引き寄せて言う。この一枚だけもらっとくよ。

Jimは残ったチップを取り、サンキューともファックユーとも言わずに立ち去る。これがSlow Bearに対するここらの人間の扱い方だ。 サンキューも、ファックユーも決してない。
いくらかのチップを渡して、問題を解決してもらうだけだ。
Slow Bearは、Jimから受け取ったチップをカジノで使い果たし、Valdに何が起きてるか話し、注意するように声を掛けて、カジノを去る。

Slow Bearは、居留地の警官だった。実際のところ優れた警官じゃなかった。むしろ悪い警官であることに長けてたというぐらいのものだ。
だが、一度だけ彼は優れた警官になろうとした。その結果、戦争でSlow Bearがよく知らない何かがあったらしい元軍人に撃たれて、左腕を失った。一年ほど前のことだ。
その後彼は、様々な手当てを支給され、一日中カジノをうろついて暮らせるようになっている。時には人々の問題を「解決」してやりながら。
夜になれば、周りにあまり人が暮らしていない辺鄙な場所にある自宅のトレーラーハウスに帰り、外に座って星を眺めるか、家の中でテレビで野球かシネマックスのソフトポルノを観て過ごしていた。

その夜、Slow Bearが家の外で星を眺めていると、彼の家へ向かって来る車があった。乗っていたのは昼間注意するように話しておいたValdだった。
大変なことになった、助けてくれ、と言うValdだったが、ほとんど錯乱状態で全く要領を得ない。
恐らくは襲ってきたJimを殺してしまったというところだろうと思いながら、Valdに運転させて現場へと向かう。
だが現場についてみると、事態はそれよりもはるかに厄介になっていた。

それはJimの家。居間のリクライニングチェアにズボンとパンツを降ろし座っていたJimは、椅子の後ろから頭を撃ち抜かれ死亡している。
その前でしゃがみ込んでいた妻も、数発の銃弾を撃ち込まれ死亡している。
詳しい状況は分からないが、要するにJimにその妻がフェラチオしているのを見た、愛人であるValdが嫉妬のあまり錯乱し、二人を射殺してしまったというところだろう。
これじゃあ正当防衛を偽装することもできない。

Valdを居間に残し、家探しをしたSlow Bearは、寝室のマットレスの下にJimの拳銃を見つける。
居間に戻ると、Valdに彼自身の拳銃を持たせ、死んだJimの正面に立つように指示する。
そして隠し持ってきたJimの銃を素早く抜き、Valdの肩を撃つ。
混乱しながら撃ち返してきたValdの弾は見当違いの方向へと飛んで行く。
不自然にならないよう次の一発は外し、それからValdの胸へ銃弾を撃ち込む。
そして銃の指紋を拭き、Jimの死体に持たせる。
これで三角関係のもつれにより殺し合った現場の完成だ。

銃声は近所にも聞こえただろうが、この辺じゃあそんなの日常茶飯事だ。通報があるとしても朝になってからだろう。とは言ってもすぐにこの家を出て誰かに見られるのはまずい。
Slow Bearは寝室で見つけた『コール・オブ・デューティー』をしばらくやって過ごし、深夜を待って裏口から出る。
行きはValdの車で来たが、帰りは徒歩。かなりの距離はあるが、後に起こり得る問題を避けるため、ヒッチハイクも自転車をパクることもできず、家に帰りついたのは朝の7時過ぎとなる。

帰りついてそのまますぐに眠りにつき、起きていつものようにカジノのバーに行くのは午後になる。
スツールに座ると馴染みの女性バーテンダーLadyが、彼に言う。「Trevorが探してたわよ」
「何だって?」「2回来た」

Trevor Crossはこの居留地の警察署長だ。かつてはSlow Bearと一緒に働いていて、やがて上司となり、署長となり、昔のボスになった。遠縁の従兄弟として今でも繋がりがある。
Trevorはおそらくは既に事件に彼が関係したことを知ったのだろう。Slow Bearは彼のしたことをTrevorがよくとってくれないかと思う。犯人を留置場に入れとくのを節約できたじゃないか。みんな得したはずだ。

ここでSlow Bearが自分のやった結果を「Three disbursements back into the pot.」、(えーと三つの支払金が壺に戻った、ぐらいの意味か?)と考えているのだが、これ三方一両損とこじつけられないか少し考えて、やっぱ違うよな、と諦めた。 三方一両損って一度は使ってみたいよね。
あと、気になってる人がいるかもしれないけど、『コール・オブ・デューティー』をどのプラットフォームでやったのかの記述は無し。コンソールに入れた、ぐらいのところ。

そしてTrevorはバーにやって来て、Slow Bearの隣に座る。
なんとかごまかそうとするが、Trevorは既に知っていた。
俺は裁判を節約してやったんだぞ、留置場にあのクズを入れるのも。正義は成されたんだ、いいだろうが。開き直るSlow Bear。
Trevorは一旦バーから離れ、しばらくして戻って来て言う。
「The Hatからお前に挨拶しておけとのことだ。彼はお前のことを大変気にしている」

The Hatはこの居留地の酋長の通称だ。公の場に出るときには、常に大きな特注のビーバーの毛皮製のカウボーイハットを被っていることからそう呼ばれている。
実際にSlow Bearが会ったことは数える程度しかない。
「今朝、彼と話した。Jimの事件捜査の合間にな、分かるな。そしてお前の名前が出てきたというわけだ」

「ところで、お前追放者のことは知ってるな。Santanaだ」と、Trevorは話の方向を変える。
もちろんSlow Bearは知っていた。Santana Hunts Along。かつてThe Hatと、この居留地のリーダーの座を争っていた男だ。
争点はこの居留地に発見された油田からの利益の分配手段だった。その過程で、Santanaがその利益の一部を着服していたことが発覚した。
その結果、酋長の座にはThe Hatが就き、Santanaは居留地から追放となった。
だが、Willistonへ腰を落ち着けたSantanaは、別の石油会社に雇われ、以前と同様の勢力を保っているようだ。
「The Hatは、Santanaが今でもこの地と繋がりを持っていると考えている。それは隠されているだけだ。奴はここの石油会社と繋がりがあり、我々の取り分となるべき中から報酬を受け取っているらしい」

その話が俺にどう関係するのかわからん、とSlow Bear。「俺も追放するって、警告かい?」
冗談のつもりで言ったSlow Bearだったが、Trevorは何かを口ごもる。
「何だって?」
「俺の考えじゃない。俺はお前なんぞ刑務所に放り込んで、恨みのある囚人どもに痛めつけられりゃいいと思ってた」

座れ、というTrevorに、Slow Bearは上げかけていた腰を戻す。
「The Hatは、お前をSantanaのところに潜り込ませ、何らかの証拠を見つけさせるつもりだ。そしてこれは重要なところだが、もし何もなかったとしても、あることを突き止めろ」
「お前、俺に何をやらせるつもりだ?」
「もし簡単にいかなければ知らせろ。こっちで本当に見えるとっておきのやつを用意してやる」

俺に潜入捜査なんてできるわけないだろう、どうするんだよ?手品か?Slow Bearは抗議する。
「Santanaが知るべきことはだ、お前が彼同様に居留地を追放になったということだ」Trevorは言う。
「なんで奴がそれを信じるんだよ?」
「なぜなら、それは本当の事だからだ」そう言うなり、Trevorはカウンターの上のビール瓶を掴み、それが割れるまでSlow Bearの額に叩きつける。
そして倒れたSlow Bearの腹を蹴りつけてから、かがんで顔を近づけて言う。「すまないな、Micah。本当らしく見せなきゃならん。これからお前をカジノ中で蹴飛ばした後、手錠をかけ、トラックに引き摺ってく」
そして襟首を掴み引き上げ、顎を掴んで続ける。「そして、お前のクソトレーラーを押収する。お前のトラックも。銀行口座もクレジットカードも凍結される。そもそもお前カード持ってるのか?」
そしてTrevorは徹底的にSlow Bearを、気絶するまで痛めつけ、片手に手錠をかける。そしてもう一方にもかけようとしたとき、それがなかったことに気付く。
「そうだったな、クソッ」

その後、病院に連れて行かれ、治療を受け、これがうまく行けばちゃんと報酬も出る、とささやかれた気もするが、Slow Bearはそのまま再び意識を失う。
次に目が覚めた時、Slow Bearは、走行中のそれほど大きくない車の助手席にいた。
横で運転しているのは、馴染みのカジノの女性バーテンダーLady。いくらかは事情を知っているLadyが、Slow Bearを「追放」する役目を任されたということらしい。
WilliatonまでSlow Bearを連れて行き、ホテルに置いて来るまでが役目だったのだが、ホテルはどこも満室。
仕方なくショッピングモールの駐車場で、車の中で一晩眠り、そして翌朝、帰り損ねたLadyと共に、Santanaの会社へと向かうことになるが…。


とりあえず、最初はこの辺までで。一応断っておくと、『Slow Bear』シリーズは、とりあえずこの最初だけかもしれんが、次に続くという形で終わるので、続く第2作『Slower Bear』について書く時にはこの続き結末まで 書いてから始まるという形になる。それ考えるとかなり積み残し多い気もするが、とりあえずこういう経緯で潜入捜査へ向かいました、ぐらいまでが適当かと。

Anthony Neil Smith作品ではある意味お馴染みの…、つってもほとんど伝わってないだろうが、強い正義漢も持たず、どちらかと言えば悪党に片足突っ込んでるぐらいで、地元近隣社会でそれなりに居所見つけて、特に高望みもなく 日々暮らしているろくでなしアンチヒーローが、ちょっとしたきっかけでのっぴきならない状況に追い込まれて行くという展開。
そしてやはりSmith作品の常のように、ここまで紹介したところでも現れているように、定石の展開がことごとく外されて行く。
主人公Slow Bearは、片腕のネイティブアメリカンの元警官だが、ハンデがあってもなんかの達人というような都合のいいことはなく、少々の機転を使っての不意打ち以外では大抵負けるぐらいの男。片腕になった経緯は序盤では 曖昧に書かれているが、後々あまり褒められたものでもなく、悪徳警官としての悪事が本格的に発覚するギリギリのところで起こった事件だったりすることも語られて行く。
一人称小説ではないのだが、ちょっと自嘲的という感じのややブラックなユーモアも多く、ギザギザで硬質というような文体で書かれた代表作Billy Lafitteシリーズよりはかなり読みやすい作品。

2020年に『Slow Bear』が発表され、これは続きものだなとすぐにわかり、2022年に続編『Slower Bear』が出て、その時点で次に『Slowest Bear』が出て三部作となるのだろうと、予想されたのだが、2024年8月に『Slowest Bear』が出てみると、 これで完結とは一切書かれていなかったり?これはまだ次があるのか?では『Slowest』の次は?と色々な部分で先が気になるシリーズだが、何とか第1作を紹介できたので、ここから順次続けて行きます。えーと、あれとあれとあれは早く読まなきゃならんと いう予定になってるので、その次となると…、まあ来年になりそうだけど、なるべく早く続けて行く予定です。

Anthony Neil Smith先生の近況、というか以前どこまで書いたのかよくわからなくなってるぐらいなのだが…。とりあえず2020年出版のこの作品の翌年、2021年10月には単独作品『The Butcher's Prayer』が同じくFahrenheit 13より出版されている。
『The Butcher's Prayer』も読んだのに書けないままになっている作品の一つなのだが、ある田舎町で起こった殺人事件に関係することとなってしまったその町の教会の家族それぞれの姿を通して、現代、既に教会が地域の中心でなくなってしまった アメリカの田舎町を描いたノワールの秀作。
教会の三人兄妹の末娘と結婚した肉屋に勤めるダメ男が、悪い友人の付き合いでドラッグの取引現場に居合わせるが、その友人が相手を殺してしまい、死体の始末に困り肉屋の知識を使ってそれを解体する。が、中途半端なまま放置してその場を離れる 羽目になり、陰惨な凶悪事件の犯人として逃走を余儀なくされる。
彼を追うのは、教会一家の次男で神学校へ進んだが司祭への道を外れ、地元の町で警察に入った刑事。信仰に執着心はないが、家族からも期待された道を踏み外したことに対し、常に複雑な感情を持っている。
そして犯人の妻になってしまった彼の妹は、ひたすら信仰に縋りつくことで解決の道が訪れると信じる。
その一方で、ほとんど教会に行ったこともない警官たちは、教会に対しても型通りの敬意以上は示さず、犯人の片割れである友人の家族などは、教会に全く縁のないトレーラーハウス暮らしの底辺ローライフであったり。
昔ながらの見かけを保ってはいるが、既に様変わりしてしまった田舎町の姿が、ある時は皮肉・ユーモラスに、ある時は非情・残酷に描き出されて行く。

その後は、一旦新たなパブリッシャーからの新作がアナウンスされ、プレビューも公開されたが、何らかの事情で立ち消えとなってしまったりと、相変わらずと言っては失礼だが不遇が続く…。
ツィッター(現X)のアカウントも戻ったりなくなったり、新たなホームページができるも、割とすぐ閉鎖されたりというような状況が続いたり。
というところではあったが昨年2023年11月からは、作家Sheldon Lee Comptonの主催するウェブジンREVOLUTION JOHN.のエディターに就任し、以来Xのアカウントも保たれているよう。 あ、最後に付け加えるように書くのもなんだが、本業というところの大学の先生は別に問題なく続いているから。

多くのところで絶版となってしまっているSmith先生の著作だが、現在はBilly Lafitteシリーズを始め、かなりの部分は自費出版により復刊されている。最近、ドイツの出版社(名前忘れた…)からしばらく前に出版された『The Cyclist』も新たに加わった。 『Castle Danger』シリーズはちゃんと完結までいけなかったようだから難しいのかな?以下著作リストを参照のこと。

インディークライム、周辺文学方面では"ノワール教授"の愛称で親しまれる現代のノワールレジェンド、無冠の帝王Anthony Neil Smith先生については、しばらく中断になってしまっていたがここから新たにぐらいの気分で今後推して行きたい、 行かなければと思っております。

なんとか先に続く書き損なってたやつをやらなくては、と思ってた中からやっと一つ『Slow Bear』。一歩前進かと思うが、一方で書く予定の方は渋滞し始めたり。ルッカQueen & Countryを再開できるのはいつになるか…。コミックの方も やらなければばかリなのだが、何とかこっちの方ももっとペースを上げて行かねばと思う最近です。あー、デストロイヤーも余裕出来たらどっか押し込もうと思ってるのだけど…。


■Anthony Neil Smith著作リスト

〇Billy Lafitteシリーズ

  1. Yellow Medicine (2008)
  2. Hogdoggin' (2009)
  3. The Baddest Ass (2013)
  4. Holy Death (2016)

〇Mustafa & Ademシリーズ

  1. All The Young Warriors (2011)
  2. Once A Warrior (2014)

〇Castle Danger (The Duluth Files)シリーズ

  1. Castle Danger - Woman on Ice (2017)
  2. Castle Danger - The Mental States (2017)

〇Slow Bearシリーズ

  1. Slow Bear (2020)
  2. Slower Bear (2022)
  3. Slowest Bear (2024)

〇その他

  • Psychosomatic (2005)
  • The Drummer (2006)
  • Choke on Your Lies (2011)
  • Sin-Crazed Psycho Killer! Dive, Dive, Dive! (2013)
  • Worm (2015)
  • The Cyclist (2018)
  • The Butcher's Prayer (2021)

・Red Hammond名義

  • XXX Shamus (2017)

・Victor Gischlerと共作

  • To the Devil, My Regards (2011)

・Dead Manシリーズ (with Lee Goldberg and William Rabkin)

  • 16. Colder than Hell (2013)


●関連記事

Yellow Medicine -Billy Lafitteシリーズ第1作!-

Hogdoggin' -Billy Lafitteシリーズ第2作!!!-

The Baddest Ass -Billy Lafitteシリーズ第3作!!!-


●Mustafa & Ademシリーズ

●Slow Bearシリーズ

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