ではまず、主人公Cal Innesについて紹介。イギリス、マンチェスターの私立探偵で、年齢はずいぶん若く、20代前半から半ばというところ。ある事件(第1作の時点ではまだあまり詳しく語られてはいない)によりしばらく刑務所に服役。元ボクサーでそういった若者を集めボクシング・クラブを営んでいるPauloが身元引受人となり、仮出所。パブで知り合った友人の抱える問題などを解決してやったり、というようなことをしているうちに私立探偵を仕事とするようになる。事務所はPauloのボクシング・クラブの一画。イギリスの私立探偵に免許が必要なのかは不明だが、探偵免許などは無し。世の中あんまり警察には行きたくないけど悩みを抱えている人はいっぱいいて、そういう人たちには口コミというのが一番強く、ちゃんと依頼も来るのである。こんな奴になぜ仕事を頼むのかわからない、などというボンクラな世間知らずなことをいうのは止めよう。というわけで私立探偵Cal Innesシリーズ第1作『Saturday's Child』のあらすじです。
【あらすじ】
依頼の電話を受けて指定のパブに行ったCal。ところが待ち合わせのトイレに行ってみると、依頼の相手はCalがドラッグを都合してくれると思い込んでいてひと悶着。パブに戻れば近寄ってきた女が亭主を殺してくれ、と言い出す始末。
そんな翌朝、クラブに顔を出すと、事務所で待っていたのは昔馴染みのMoだ。いやな予感を感じながら話を聞いてみると、案の定、彼の父親のMorrisに会いに来いとの話。
Morris Tiernan。この街のボスだ。様々な噂があり、消えた人間も多いが、一度たりとも捕まったことはない。
そしてCalはMorrisに会いに行く。Morrisの話は、私立探偵を始めたっていうお前に仕事を頼みたい、ということ。彼の出資する地下カジノのディーラーの一人が大金を持って姿を消した。奴の居所を突き止めろ。あとはMoが始末をつける。
正直に言えば、ギャングの仕事など引き受けたくない。Pauloにばれればただでは済まないだろう。だが、Morrisはこの街のボスだ…。
やむなく仕事を引き受け、捜査を始めたCalだったが、当のカジノの従業員たちは非協力的で誰も口を開かない。おまけにパブで話を持ち掛けてきた女の亭主が本当に意識不明の重傷を負い、以前から前科者のCalに目を付けてきた刑事Donkyも絡んでくる。果たしてCalは消えたディーラーを見つけられるのか?
一方、Morrisの息子Moは当初から父親が身内の問題にCalを使うのが気に入らない。あのチンピラが私立探偵だと?Moは配下を引き連れ、Calの動きを挫こうと画策し始める…。
タイトルの『Saturday's Child』は冒頭に"Saturday's child works hard for a living."という引用がトラディショナル・ポエムって書かれているのですが、調べてみたら日本的には「マザー・グース」の一つとして紹介されているようです。「月曜日の子供は~」という感じで始まり火水木金と続いて「土曜日の子供は働き者」ときて最後は日曜日。生きるため一生懸命働く「土曜日の子供」がCal Innes君というわけです。
基本的にはCalの一人称で語られていますが、最近の流行りのパターンでこの作品も間にMoの一人称のパートが時折挟まれます。3対1ぐらいで結構多い。特にMoのパートは方言やらスラング満載で最初は解読に少してこずりますが、あんま頭の良くない人なので語彙も限られているのでそのうち慣れます、みたいな。
20代前半ぐらいと、随分若い探偵というと、ドン・ウィンズロウのニール・ケアリーや、大沢在昌初期の佐久間公あたりが思い浮かぶわけですが、この主人公Cal Innesに一番近いのは、あの「傷だらけの天使」の木暮修!結構純情で、ケンカも大して強くなく、チンピラ同然の自称私立探偵が徒手空拳で走り回る!後半の展開なんてまさにあのアニキで、最後には修vs辰巳五郎って感じのシーンもあり!こんな素晴らしい作品に出会えて、ただ感動です。Ray Banksさんありがとう!というような感想しかないよ、ホントに。ケチ付ける奴は「である。」とか言い終わらないうちにクリケットのバットでぶん殴るぞっ!
さてこの素晴らしいCal Innesシリーズですが、2006年から2009年の間に長編4作が発表され、そこで完結しています。その他に短編が『Dirty Work: The Collected Cal Innes Stories』として2012年にまとめられていて、長編4作とそれを含む『The Cal Innes Omnibus』が断然お得。短命なシリーズだが、前の例えに戻るならドン・ウィンズロウのニール・ケアリーシリーズと同様、これから大作家へと進むRay Banksの初期を代表するシリーズというところでしょう。ジョージ・P・ペレケーノスなんかも最近のちょっと説教臭が強くなったデレク・ストレンジより初期のニック・ステファノスの方が好きだったな、と思い出したり。必読シリーズです!
そこで作者のRay Banksについてです。『True Brit Grit』の時に軽く紹介は書きましたが、もう少し詳しく書くと、Cal Innesシリーズの前にアメリカのPoint Blank Pressから『The Big Blind』という作品でデビューしているのだけど、現在絶版中。Point Blank Pressは現在は活動休止のようだが、Anthony Neil SmithやAllan Guthrieの作品も出していたところ。その後の作品はAllan Guthrieのデジタル専門パブリッシャー英Blasted Hearhから出版されていて、途中1作AmazonのThomas & Mercerからもあり。プリント版に関しては、あちこちから出ていて絶版状態だったり、最新作のペーパーバック版は自費出版になっていて、このジャンルでは相当評価も高いはずなのだけど、そっちの方の出版運が悪いのか、独自路線を進んでいるのかは不明。唯一の発信元は自身のホームページで、更新も多いのだけど、主に映画関係の画像に一言添えたようなものばかりという感じで、ちょいと変人感も漂う人物。
日本国内ではまだ紹介はないと思うのだけど、日本のSF小説などを多く翻訳出版しているアメリカのHaikasoruの平山夢明、篠田節子、桜坂洋らの作品も掲載されているアンソロジー『Hanzai Japan: Fantastical, Futuristic Stories of Crime From and About Japan』に作品を出しています。日本版はまだない模様。
なんだかんだでずいぶん遅れてやっと1冊読んだRay Banksなのですが、このジャンルではドゥエイン・スウィアジンスキーと並ぶくらいの最重要作家のひとりと考えていますので、今後はピッチを上げ、なるべく早く追いついてリアルタイムで作品を読めるよう頑張っていきたいと思うところです。
版元Blasted Hearhについてなのですが、前々回沢山のパブリッシャーについて書いて、何とかやり遂げたぞ、とか思っていたらこれが抜けてたよ、トホホ…。何らの意図もなくただのど忘れです。すみません。少し前に米Down & Outへの作家の移動について書いたのですが、以前からこのBlasted Hearhで作品を出していたAnonymous-9は英国でのデジタルの販売はこちらで続け、Anthony Neil Smithについてはプリント版の販売がDown & Outでデジタルはこちらの独占という形になっており、Blasted Hearh/Allan Guthrieの人望の厚さも感じられます。最近はそれほど新しい作家は見られなかったり、出版ペースもゆっくりだが、今後も頑張っていってほしいところです。早くGuthrieさんの作品も読まねば。
Ray Banksホームページ THE SATURDAY BOY
Blasted Hearh
【その他おしらせの類】
今週は本屋に立ち寄ってみてビックリっす。なんとC・B・マッケンジーの『バッド・カントリー』の翻訳が出てるじゃないですか。もう少し読んで本が減ったら買っても良し、と決めて(読み終わっただけで現実には減っていないのだが)ここ2か月ぐらいちょくちょくペーパーバック版の値段をチェックしてたやつが!まさかこれが出るとは!早川からは春先に『ドライ・ボーンズ』みたいないいのが出たんでもう来年までハの字は出ないじゃろうと高をくくっていたのだが。
ちなみにこちらがそのペーパーバック版。と大騒ぎしているのだが、実は私この本の内容、なんかネイティブ・アメリカンがらみのカントリー・ノワールらしいぐらいしか知らない。もちろん読むのを楽しみにしているので、詳しい説明は原書の時点からちらっとしか読んでない。で、なんでそんなに肩入れするかというと、ズバリ直感であります!えー、この人そんないい加減な基準で読む本選んでたのー?そうですっ!だが直感だけでは信用もないので、次々回までには読んでまたこの下の辺にちゃんと感想を書くであります。ちょっとここのところ洋書で読みたいのが多くて『ニック・メイスンの第二の人生』を20ページぐらい読んで放置してあったのでそれ読んでから。なんかオビには「スティーブン・キング絶賛」とか余計なことが書いてあって余計な奴を呼び寄せそうでもあるので、ここはひとつきっちりと言っておかねば、ということです。お楽しみになのかな?
そしてあのドナルド・ウェストレイクの幻の007ストーリーが出版!というニュース。1990年代半ばウェストレイクが007映画のシナリオに参加していたがそのシナリオは直接は採用されていないというのは有名な話のようですが、実はそのお蔵になったアイデアでウェストレイクが1998年ごろ小説を書いていて、それがこのたびHard Case Crimeから出版されることになったということです。もちろん主人公はジェームズ・ボンドではないし、ストーリーも原形のままではないらしいのですが、その辺の経緯について書かれた当時のプロデューサーによるあとがきも加えられるそうです。エドガー賞も受賞しているHard Case Crimeについては知っている人も多いことと思います。ペーパーバック黄金期風のカバーは一度は見たことがあるでしょう。最近TVシリーズも始まり話題のマックス・アラン・コリンズのQuarryシリーズや、ケン・ブルーウン+ジェイソン・スターのシリーズや、エド・マクベイン、ローレンス・ブロック、スティーブン・キングなど書いていたらきりがないのだが。Quarryシリーズについては昔から読みたかったやつなので、そのうち読んだらHard Case Crimeについても一応詳しく書くつもりです。こちらの作品発売は来年の6月ということでまだ少し先。このくらい翻訳出るかも、と思うけどこれはペーパーバック版が欲しいよねえ。よし、それまでになるべくたくさん読んで本を減らしておかなければ(読み終わった本が増えるだけで現実には減らない…)。詳しい情報元と、Hard Case Crimeについては以下のリンクに。
Exclusive: First Look At FOREVER AND A DEATH, Donald Westlake’s Lost James Bond Story/Birth. Movies. Death.
Hard Case Crime
最後に何とか間に合ったようなのでもうひとネタ。現在Holt Paperbacks; 40th Anniversary版の『The Friends of Eddie Coyle(邦訳タイトル:エディ・コイルの友人たち)』Kindle版が多分セールで329円。よく見る奴なのだけどもう少し高かったと思う。個人的にはオールタイムベスト級の好きな作品で原文を読んでみたかったのでこの機会に買いました。読みたいのだけど絶版で困ってる人はこの際こちらを入手してみればいかがかと。あと、これはセールなのか不明なのだけど、それを買ったら下のおススメに来たのが『Marvel Comics: The Untold Story』というやつ。マーベル・コミックスの歴史について書かれた本のようで2012年発行。マーベル関係なので日本語の情報とかあるかと思ったのだけどちょっと見つかりませんでした。一応米AmazonやGoodreadsでは評価も良いようです。作者はSean Howeという人で500ページぐらいのもので219円なので多分期間限定のセールなのだと思います。もしかしたらその筋では有名なのかもしれないけど情報不足ですみません。とりあえずコミック・ファンで持ってない人にはおススメかと。今回はそんなところで。
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