12周年でいーす。12周年でいいんだよね?オレ本当に12年もこんなことやってたのか?実は3年ぐらい前に捏造された記憶をインストールされて製造されたアンドロイドで、その時点で過去9年分やったことになってるブログも用意されて、続けてるつもりで
やってるだけなのではないか?全然メンテナンスしてないんで、身体こんなにガタガタなんじゃないのか?修理に持ってくともう保証期間過ぎてて莫大な金を要求されるとかじゃないのか?などと、アンドロイド部分は今思いついたネタで、本当に12年も
やってたのかなあという気分のところだけは思ったりする今日この頃です。まあ12年も読んでる人は絶対私一人のみしか存在しない、しかも書いたものを読み返すことはほとんどない、と確信しているこのブログですが、記憶の捏造にしろ12年も続いたのは、今日初めての人も含めてこれまで読んでくださった方々のお陰と、 心より感謝しております。…あ、お前今感謝っぽく頭下げて見えないと思って舌打ちしただろ。聞こえたぞ!
さて12年といえば、昨年はサッカー大好きバカ夫婦が生まれてきた子供達で最強の兄弟チームを作ると決意し、遂に11人目が生まれたと思ったら女の子でやや落胆し、いや幼少時からドラッカーで英才教育をして最強の女子マネージャーに育てればいいのだ! と思い直し、ついに今年は男児が生まれ大喜びした年。だが、そこで12歳の誕生日を迎えた一郎が、「僕はサッカー選手にはならないよ!僕はアニメやゲームの可愛い女の子のフィギアを作るフィギア原型師になるんだ!」と爆弾宣言をする。何とか説得を 試みるも一郎の決意は固く、落胆する両親。しかしそこで英才教育を受けた将来の天才マネージャードラ美が一郎に言う。「お兄ちゃん、フィギア原型師に最も必要とされるのは、人体構造の正確な把握よ。それを磨くにはスポーツで自分の身体を 使うのが最適の方法。サッカー選手こそがお兄ちゃんの夢への最短ルートなのよ」それを聞いた一郎は考えを改め、再びサッカーの練習に励み始め、サッカー大好き一家は夢に向かって再始動するのであった (13周年に続く)というころ。
私もそのような心持でここからの13年目を頑張りたいと思います!
と、まあそんなわけで、いや別に全然繋がってないけどあとが相当長くなるんでここで切り上げて、12周年特別企画として「ハードボイルドジャンル重要作家108」を始めます。いやまあ、結構長い間思いついては書き足す感じでダラダラやってきて、 自分的に全く特別感ないんだが。特別企画とかってこういうもんかね。
あれ?12周年というとエルモア・ジェームスじゃなくて、干支の被り物をした美少女バニーガールが勢ぞろいしてわーい♡っていうのじゃないのか?まあこの顔見ると「ダスト・マイ・ブルーム」が脳内自動再生始まって、去年結構聴いたんで これってことで。
ハードボイルドジャンル重要作家108
ハードボイルドってジャンルは、起点をキャロル・ジョン・デイリーにしようが、ダシール・ハメットにしようが勝手にすりゃいいが、とにかく始まってほぼ100年過ぎている。100年継続されていれば、当然重要作家を100人ぐらいピックアップすることなど 容易い。
とは言ってもやってるのが頼りにならん自分の頭なんで、まあ絞りながらやって行けば90ぐらいのところで一旦まとまって、あとは自分にこだわりのある作家をねじ込めるかもぐらいに考えながら始めたんだが、そう甘いもんじゃなかった。 すぐに100を超え、そこから削って行くことになったんだが、ある程度まで進むと、なんか「これを外す理由」みたいなのを考えているようになってきているのに気付いた。そもそも誰かに100に収めろなんて言われたわけでもないし、さらに言えば 誰かに言われるような形でこんなことやること絶対にないしな。それが105のところで、そこから理由を考えて外した中から3つ選んで戻して108にした。まあ日本的なのか、それとも東洋的ぐらいの範疇で意味ある数字かもしれないけど、なんか意味があって その数字を選んだわけではなく、単純に100でやろうとしたらはみ出したぐらいのもんなんで。
まずこのリストについて。これは「私が思うハードボイルド」みたいな基準でセレクトした作家ではない。ここに並んでいるのはすべて、それ以前の作品に影響を受けてそれに続く形で作品を創り上げたそのジャンルに属する作家たちの連なりである。
この中には最もオリジナルのところの私立探偵を主人公とする狭い意味での「ハードボイルド」を書いた作家も、従来犯罪小説という形で分類されてきた作家も、同様に並べられている。これらのジャンルはそれぞれに影響し合ってジャンル全体を作り上げて 来た言ってみれば不可分のものであり、これらを総合的に見る以外に現在のこのジャンルの作品を理解することなどできない。
これは評論家や読者向けの利便性みたいなもので区切られたジャンルではなく、作品を作る側の作家サイドの視点から見たジャンル分類である。ハードボイルドは、批評家その他の自称専門家に指定されてハードボイルドになるわけじゃない。 ハードボイルドは、以前の作品を継いで自分なりの新しい作品を作ろうとした作家の中にしか存在しない。それがこれらの作家である。
まあ、今更なんだがジャンルの呼称について。実際にはハードボイルドってのはその語源がどうだとかでゴチャゴチャしすぎて、ややめんどくさいし、自分としてもこの呼称について強い拘りがあるとかいうわけでもないんだが、もう他に呼びようがないんじゃない? まあとりあえずの便宜的なものだろうが何でもいいんで、ここではハードボイルドジャンルって名前で話させてもらいます。
というところで、リストの内容についての解説は後でやるが、ここではまず一番面倒なところを先になるべく簡略に済ませておこうか。
このリストになんでギャビン・ライアルやロス・トーマスって名前がないのかってことだ。それはいたってシンプル。それが別のジャンルの作家であり、ハードボイルドジャンルに属するものではないからだ。これは一般常識だからね。
ではなんでこれらが日本でハードボイルドと思われることになったかってことなんだが、そもそもハメット-チャンドラー-マクドナルドをハードボイルド精神みたいな考えで理解しようとして、そこから出て来たハードボイルド=男の生き様格好付け、 みたいな思い込みが拡大されたなんて過程は散々書いて来たんでもう繰り返さん。省略。そしてそういう下地のもとに、1980年代頃から日本でその男の生き様という考えでハードボイルドを書く作家が現れて来た。同時期、アメリカでもその考えを補強 するような作家ロバート・B・パーカーが現れた。そんなわけでそこで日本ではハードボイルドとは男の生き様、という考えがますます強調された。
だがね、アメリカで発祥したハードボイルドというジャンルは、そもそもがそんな考えで続いてこなかった。まあその辺については続くリストで説明するが。だから過去に遡っても、その時の現在を見回してもその「ハードボイルド」にマッチする ハードボイルドなどパーカーぐらいしか見つからなかった。そこで他ジャンル、主に英国冒険小説の流れを汲むスパイ・諜報・メンズアクションアドベンチャーというジャンルに属する作品であることを承知で、ハードボイルド扱いしたのが これらの作家だというわけだ。
この時期、アメリカのハードボイルドでは、エルロイ、バーク、コナリー、ペレケーノス、ランズデール、ルヘイン、ウィンズロウといった優れた作家が次々と輩出し、ハードボイルドは新たな方向へと向かって行った。だが、それらは日本が考えた 「男の生きざまハードボイルド」とはまったく一致しなかった。こうして日本では思い込みのハードボイルドが海外作品まで加えて作り上げられる一方で、そことは全く違った方向に進んでいた本流のハードボイルドは殺された。
あのさ、言っとくが作家が自分の考えで何を書くかなんていうのは勝手だ。ハードボイルドが男の生き様だと思うんなら、そう書くのも完全に自由だし、実際にそういうところで書かれた作品でも評価すべきものはいくつもある…と思うよ。そしてライアルや トーマスといった作家は自分も本当に好きだし素晴らしい作家だと思っている。だがアメリカのオリジナルから様々に変遷・進化を進めた本流というべきハードボイルドは、全く違う方向へと進んでいた。全く違うものを思い込みでその代表のように はめ込んでしまったことで、本当の流れがせき止められ、そこで日本におけるハードボイルドは停滞してしまった。
改めて少し考えてみれば、少数ではあってもそれなりにはいる日本のハードボイルド作家の中で、男の生き様!男は、タフでなければ生きて行けない、優しくなければ生きて行く資格がない、若造をいびらなければ生きて行くプライドが保てない、 みたいなもんをゴリ押ししたのは片手で足りるか両手じゃ少々余る程度だろう。その前にも後にも評価すべき作家は大勢いるのに、結果的にそれに巻き込んでしまう感じになってしまったのはやや申し訳なく思うよ。一番の害悪はそれこそがハードボイルド!とバカ丸出しで持ち上げた ホークがスーさんがハマちゃんが連中なんだろう。だが今となっては更にそれを上回る害悪とも言えるのは、日本が思うハードボイルドと、アメリカの本流のハードボイルドから発展したような作品群が全く別の動きをしているぐらいのことは見えていたはずなのに、 声がでかい奴らの言い草に流されハードボイルドをそのまま放置し、また一方でバブル的に増えただけの読みにくい児童レベルやら女性読者に対して「ハードボイルドは売れない」というような出版サイドだかの考えに追随し、動き続ける本流のハードボイルドを 別の呼び方で考えることばかりに汲々としているうちに全くわからなくなり、今になってハードボイルドと呼ぶしかないものが出てくりゃ(どう考えようが作家たちはその考えで書き続けてたんだから当然出てくるよ)、仕方がないんで原点まで戻って ハメットだー、チャンドラーだー、本格御三家だーでこじつけてごまかしたり、もう分んねえから足すノワールで新しいジャンルでも作ったつもりになってるような自称専門家どもなんだよ。
去年あたりたまたま本屋をうろついていたら、「かつてのハードボイルドは男のロマンだった」というような言い草をいくつか目にした。なんとも都合のいいやり方を見つけたもんだ。要するに過去のものを作品ごと埋めちまえば、この先自分たちの 都合がいいように出てきたものを語れるってわけだ。本当にうんざりするわ。
こういうやつらがやることと言えば、都合が悪いことは適当に埋めて知らんぷりするだけ。自分には責任ないけど過去はそうだったらしいよとか。
アメリカ本流のハードボイルドでは、前述の作家に続く作家が次々に現れ新たなハードボイルドジャンルが作り出されている。エルロイであれ、ルヘインであれ、ウィンズロウであれ、個性的ではあってもそれぞれに基本的な私立探偵型の ハードボイルドから出発し、そこから自分なりの形で新たな方向へ作品世界を広げて行っている。そして、それに続く作家たちはどうなるか?それはその原点である理解しやすいハードボイルド型ではなく、それらの作家が達成した地点から始めるんだよ。 ジャンルの進化とはそういうものだ。一旦見失ってしまったこの道を正しくたどり直すには、日本がどこでハードボイルドを見失い、それにはどういう原因があったのかを遡って検証しなければならない。そこでは先人の思い込みによる 勘違いを批判する必要だって当然出てくる。
それをやらないで全部埋めちまえばいいってことだ。
実際には責任の一端を負ってるような奴らは、サブカル無責任時代でヘラヘラ誤魔化し、そして更にこれから出てくるような「○○氏によれば」みたいなお勉強してきましたモードで先人からの引用で自分の言ってることを補強したがるような ミス研人脈の後輩みたいなもんが過去に遡ってそれらを批判し、正しいレールに戻すなんてことも絶対に起こらないだろう。これから出てくるのは「警察小説+ノワール」みたいな思い付きその場しのぎみたいな安手の新発明ジャンルばっかになるんだろうね。 どんなアホらしい足すノワールが出てくるやら。
そして適当に埋めちまった「男のロマンハードボイルド」。もはやおっさん階級が犬猫より遥かに下層になってるこれからの時代に、そんなやつらの格好付けが戻って来ることあり得ないと思ってるだろ?だけど例えばこれが「女性作家」みたいな ところで使われたらどうなる?「今、女性作家たちによりハードボイルド(ルビ:男のロマン)が見直され始めている」な~んて二束三文出版業界寄生虫(ルビ:ミステリ評論家)のクソレベルのコピーが見えるようだわ。
正しく修正することなくその場で適当に埋めてごまかしたもんがどうなるかっていうのはこういうこと。ちゃんとはっきりしないで適当に埋めといたもんなんて、しばらく時間が経てば、あの時期男のロマン的なもんが否定された頃だったんだろうな、 ぐらいの感覚でなんかのタイミングでハードボイルド=男のロマンそのままで使われ始めるんじゃない?まあそれが変わるなんてことあるのなんて全然期待してないしさ。結局日本でハードボイルドなんてものは、未来永劫赤ちゃんの格好をしたおっさんが 運転するルパン3世が横に描かれた汽車ポッポで、同じ遊園地のレールの上をぐーるぐる回り続けるだけなんだろうね。
だが、こんな未来に全く希望が持てない日本のハードボイルドファンに、少しばかりの朗報です。読書のプロ暗黒時代を経て救いようもないところまで腐った日本の翻訳ミステリ業界も余命いくばくかというところ。まあ世間的には「ミステリの世界最高峰」 アンソニー・ホロヴィッツで安楽死ってことになるんかな?読書のプロ暗黒時代のミステリの二大巨頭が、ジェフリー・ディーバーとホロヴィッツなわけだ。こんな業界、これ以上被害を広げないうちにとっととご臨終してくださいだけが、当方の願いですわ。
まあどうやったって改善する見込みもなく、ただ消えてくだけみたいなもんに対する愚痴はこのくらいで、後はなるべく楽しくハードボイルド話をして行くものです。本当にこんなどうにもならないもんきりもなく批判してみたって時間の無駄にしかならんよ。
このリストについては一応年代順に並んでいて、作家それぞれのデビュー長編が出た年、ということになってるのですが、あんまり正確でない人もいるかもしれません。代表的なシリーズが始まった年という場合もあり。とりあえずは数年ぐらいの誤差だと思うけど。 元々作家とシリーズをごちゃまぜにして個人的な整理のために作ってたリストが元だったりもするんで。ちょっと意図的に変えたものについては、後ほど解説の方で説明するつもり。
日本で1作でも翻訳が出てる作家については、日本語表記も入れたが、主要作品・キャラクター名に関してはスペース取り過ぎるし、もうそんなもんで検索してもどうにもならんので、原語表記、あるいは英語表記にした。
事前に言っといた方がいいのはそのくらいかな。では後はハードボイルドジャンル重要作家108リストになります。
| 1 | 1923 | Carroll John Daly | キャロル・ジョン・デイリー | Race Williams |
| 2 | 1929 | Dashiell Hammett | ダシール・ハメット | The Continental Op, Sam Spade |
| 3 | 1932 | Paul Cain | ポール・ケイン | 『Fast One 』 |
| 4 | 1934 | James M. Cain | ジェームズ・M・ケイン | 『The Postman Always Rings Twice 』 |
| 5 | 1935 | Horace McCoy | ホレス・マッコイ | 『They Shoot Horses, Don't They? 』 |
| 6 | 1935 | Samuel Fuller | サミュエル・フラー | 『The Dark Page』,『Dead Pigeon on Beethoven Street』 |
| 7 | 1939 | Raymond Chandler | レイモンド・チャンドラー | Philip Marlowe |
| 8 | 1939 | A.A. Fair | A・A・フェア | (Erle Stanley Gardner), Cool and Lam |
| 9 | 1939 | James Hadley Chase | ジェイムズ・ハドリー・チェイス | 『No Orchids for Miss Blandish』 |
| 10 | 1939 | David Goodis | デイビッド・グーディス | 『Dark Passage』, 『Black Friday』,『Down There』 |
| 11 | 1942 | Jim Thompson | ジム・トンプスン | 『The Killer Inside Me 』,『Pop. 1280』 |
| 12 | 1946 | Wade Miller | ウェイド・ミラー | Max Thursday |
| 13 | 1946 | John Evans | ジョン・エヴァンズ | Paul Pine |
| 14 | 1947 | Mickey Spillane | ミッキー・スピレイン | Mike Hammer |
| 15 | 1947 | Thomas B. Dewey | トマス・B・デューイ | Mac, Pete Schoefield |
| 16 | 1948 | William P McGivern | ウイリアム・P・マッギヴァーン | 『Shield for Murder』,『Rogue Cop』 |
| 17 | 1949 | Ross Macdonald | ロス・マクドナルド | Lew Archer |
| 18 | 1950 | Richard Scott Prather | リチャード・S・プラザー | Shell Scott |
| 19 | 1952 | Lionel White | ライオネル・ホワイト | 『The Big Caper 』,『Clean Break 』 |
| 20 | 1952 | Evan Hunter | エヴァン・ハンター | (Ed McBain/Curt Cannon) Curt Cannon, 87th Precinct |
| 21 | 1953 | Michael Avallone | マイクル・アヴァロン | Ed Noon |
| 22 | 1953 | Elmore Leonard | エルモア・レナード | 『La Brava』,『Glitz』 |
| 23 | 1953 | Charles Willeford | チャールズ・ウィルフォード | 『Cockfighter』 , Hoke Moseley |
| 24 | 1954 | Carter Brown | カーター・ブラウン | Al Wheeler, Danny Boyd |
| 25 | 1957 | Chester Himes | チェスター・ハイムズ | Harlem Detective |
| 26 | 1957 | José Giovanni | ジョゼ・ジョヴァンニ | 『Le Trou』,『Le Deuxieme Souffle』 |
| 27 | 1958 | Lawrence Block | ローレンス・ブロック | Matthew Scudder, Bernie Rhodenbarr |
| 28 | 1958 | 大藪春彦 | 伊達邦彦, 『蘇る金狼』 | |
| 29 | 1960 | Donald E. Westlake | ドナルド・E・ウェストレイク | Parker(Richard Stark), John Dortmunder |
| 30 | 1962 | Dan James Marlowe | ダン・J・マーロウ | Drake |
| 31 | 1962 | Derek Raymond | (Robin Cook), Factory | |
| 32 | 1964 | John D. MacDonald | ジョン・D・マクドナルド | Travis McGee |
| 33 | 1967 | Michael Collins | マイクル・コリンズ | (Dennis Lynds), Dan Fortune |
| 34 | 1969 | Don Pendleton | ドン・ペンドルトン | Mack Bolan |
| 35 | 1970 | Ernest Tidyman | アーネスト・タイディマン | John Shaft |
| 36 | 1970 | George V. Higgins | ジョージ・V・ヒギンズ | 『The Friends of Eddie Coyle』 |
| 37 | 1970 | Joseph Hansen | ジョゼフ・ハンセン | Dave Brandstetter |
| 38 | 1970 | Ted Lewis | テッド・ルイス | 『Jack's Return Home 』 |
| 39 | 1971 | Bill Pronzini | ビル・プロンジーニ | Nameless Detective |
| 40 | 1971 | Michael Z. Lewin | マイクル・Z・リューイン | Albert Samson, Leroy Powder |
| 41 | 1971 | Warren Murphy | ウォーレン・マーフィー | Remo Williams, Trace |
| 42 | 1971 | Jean-Patrick Manchette | ジャン=パトリック・マンシェット | 『Le petit bleu de la côte ouest"』 |
| 43 | 1972 | Joe Gores | ジョー・ゴアズ | DKA Files, 『Hammett』 |
| 44 | 1973 | Roger L. Simon | ロジャー・L・サイモン | Moses Wine |
| 45 | 1973 | Robert B. Parker | ロバート・B・パーカー | Spenser, Jesse Stone |
| 46 | 1973 | Edward Bunker | エドワード・バンカー | 『No Beast So Fierce』,『Dog Eat Dog』 |
| 47 | 1973 | Jean Vautrin | ジャン・ヴォートラン | 『Billly-Ze-Kick』,『Groom』 |
| 48 | 1974 | Ralph Dennis | ラルフ・デニス | Jim Hardman |
| 49 | 1974 | Arthur Lyons | アーサー・ライアンズ | Jacob Asch |
| 50 | 1975 | James Crumley | ジェイムズ・クラムリー | Milo Milodragovitch, C.W. Sughrue |
| 51 | 1976 | Paco Ignacio Taibo II | パコ・イグナシオ・タイボ二世 | Héctor Belascoarán Shayne |
| 52 | 1976 | Max Allan Collins | マックス・アラン・コリンズ | Quarry, Nathan Heller |
| 53 | 1978 | 矢作俊彦 | 二村永爾,『マイク・ハマーへ伝言』 | |
| 54 | 1979 | Stephen Greenleaf | スティーヴン・グリーンリーフ | John Marshall Tanner |
| 55 | 1980 | Loren D. Estleman | ローレン・D・エスルマン | Amos Walker |
| 56 | 1981 | Harold Adams | ハロルド・アダムズ | Carl Wilcox |
| 57 | 1981 | Carl Hiaasen | カール・ハイアセン | 『Tourist Season』,『Strip Tease』 |
| 58 | 1982 | Sue Grafton | スー・グラフトン | Kinsey Millhone (Alphabet series) |
| 59 | 1982 | Robert J Randisi | ロバート・J・ランディージ | Miles Jacoby |
| 60 | 1984 | James Ellroy | ジェイムズ・エルロイ | Lloyd Hopkins, L.A. Quartet |
| 61 | 1985 | Andrew Vachss | アンドリュー・ヴァクス | Burke |
| 62 | 1985 | Ed Gorman | エド・ゴーマン | Jack Dwyer |
| 63 | 1986 | Daniel Woodrell | ダニエル・ウッドレル | 『Tomato Red 』,『Winter's Bone』 |
| 64 | 1987 | James Lee Burke | ジェイムズ・リー・バーク | Dave Robicheaux, Holland Family Saga |
| 65 | 1987 | Robert Crais | ロバート・クレイス | Elvis Cole and Joe Pike |
| 66 | 1987 | James W. Hall | ジェイムズ・W・ホール | Thorn |
| 67 | 1987 | Les Roberts | レス・ロバーツ | Saxon, Milan Jacovich |
| 68 | 1987 | Ramón Díaz Eterovic | Heredia | |
| 69 | 1987 | Eugene Izzi | ユージン・イジー | 『The Take』,『Bad Guys』 |
| 70 | 1989 | Philip Kerr | フィリップ・カー | Bernie Gunther |
| 71 | 1990 | Joe Richard Lansdale | ジョー・R・ランズデール | Hap Collins and Leonard Pine |
| 72 | 1990 | Walter Mosley | ウォルター・モズリイ | Easy Rawlins |
| 73 | 1990 | Barry Gifford | バリー・ギフォード | Sailor and Lula |
| 74 | 1991 | Don Winslow | ドン・ウィンズロウ | Neal Carey, Cartel Trilogy |
| 75 | 1991 | Ken Bruen | ケン・ブルーウン | Jack Taylor, Tom Brant |
| 76 | 1992 | Michael Connelly | マイクル・コナリー | Harry Bosch, Mickey Haller |
| 77 | 1992 | George Pelecanos | ジョージ・P・ペレケーノス | Derek Strange, D.C. Quartet |
| 78 | 1992 | James Sallis | ジェイムズ・サリス | Lew Griffin,『Drive』 |
| 79 | 1993 | 桐野夏生 | 村野ミロ,『OUT』 | |
| 80 | 1994 | Dennis Lehane | デニス・ルヘイン | Kenzie and Gennaro, Coughlin |
| 81 | 1995 | James Carlos Blake | ジェイムズ・カルロス・ブレイク | 『In the Rogue Blood 』,『Red Grass River』 |
| 82 | 1995 | Massimo Carlotto | Alligator | |
| 83 | 1995 | Vicki Hendricks | ヴィッキー・ヘンドリックス | 『Miami Purity』 |
| 84 | 1995 | Nicholas Blincoe | ニコラス・ブリンコウ | 『Acid Casuals』,『Manchester Slingback』 |
| 85 | 1996 | Kent Harrington | ケント・ハリントン | 『Dark Ride』,『Dia de los Muertos (Day of the Dead)』 |
| 86 | 1996 | Pascal Garnier | パスカル・ガルニエ | 『La Théorie du panda』 |
| 87 | 1997 | Jo Nesbø | ジョー・ネスボ | Harry Hole |
| 88 | 1998 | William Kent Krueger | ウィリアム・K・クルーガー | Cork O'Connor |
| 89 | 1998 | Ace Atkins | エース・アトキンス | Nick Travers, Quinn Colson |
| 90 | 1998 | Steve Hamilton | スティーヴ・ハミルトン | Alex McKnight,『The Lock Artist』 |
| 91 | 1999 | Seamus Smyth | シェイマス・スミス | 『Quinn』,『Red Dock』 |
| 92 | 1999 | David Peace | デイヴィッド・ピース | Red Riding Quartet, Tokyo Trilogy |
| 93 | 1999 | José Latour | ホセ・ラトゥール | 『Outcast』,『Havana World Series』 |
| 94 | 1999 | Boston Teran | ボストン・テラン | 『God Is a Bullet』,『The Creed of Violence』 |
| 95 | 2000 | Ray Banks | Cal Innes | |
| 96 | 2003 | Victor Gischler | ヴィクター・ギシュラー | 『Gun Monkeys』 |
| 97 | 2003 | Adrian McKinty | エイドリアン・マッキンティ | Michael Forsythe, Sean Duffy |
| 98 | 2005 | Duane Swierczynski | ドゥエイン・スウィアジンスキー | Charlie Hardie Trilogy,『The Wheelman』 |
| 99 | 2006 | Jens Lapidus | イェンス・ラピドス | The Stockholm Noir trilogy |
| 100 | 2006 | Megan Abbott | ミーガン・アボット | 『Queenpin』,『Bury Me Deep』 |
| 101 | 2006 | Paul Cleave | ポール・クリーブ | Joe Middleton, Theodore Tate |
| 102 | 2008 | Anthony Neil Smith | Billy Lafitte | |
| 103 | 2008 | Donald Ray Pollock | ドナルド・レイ・ポロック | 『The Devil All the Time』 |
| 104 | 2009 | Roger Smith | ロジャー・スミス | 『Mixed Blood』,『Wake Up Dead』 |
| 105 | 2009 | Ed Brubaker & Sean Phillips | エド・ブルベイカー&ショーン・フィリップス | Criminal, Reckless |
| 106 | 2011 | Johnny Shaw | ジョニー・ショー | Jimmy Veeder,『Big Maria』 |
| 107 | 2013 | Joe Clifford | Jay Porter | |
| 108 | 2019 | S. A. Cosby | S・A・コスビー | 『Blacktop Wasteland』 |
というわけで、以上が2026年現時点での、ハードボイルドジャンル重要作家108なのだが、まあなんせ108人も並べたリストなんで、あんまり一見ではよくわからず、また見返しに来るということになる人も多いんではないかと思う。 こんなとこ何度も来たくねえって人も、何度も来るんじゃねえよっていう類いのもんもいると思うんで、ここにもう来なくても見れるPDFを用意しました。まあそもそもエクセルで作ったもんなんで、108行もテーブル組むよりそっち出す方が 簡単だったんだが。以下のリンクから。
Hardboild108.pdf
ここからは解説。主にこれは入れられなかった言い訳など。
まず最初の方では、結構昔のこの手のリストでは、クレイグ・ライスやフレドリック・ブラウンというような名前が最初の方に並んでいたものだが、もうあんまり現在にはつながらんと思い省略した。ガードナー=A・A・フェア/クール&ラムももういいかと 思ったんだが、こっからリチャード・S・プラザー/シェル・スコットっていうあたりがクラシック・ハードボイルドの一つのラインかと思い残した。
ハードボイルドをいつまでも大好きな『名探偵登場』のピーター・フォークの位置に置いておきたいんだか、この時期のハードボイルドに謎解きがあることを強調するような層もいるようだが、この辺のクラシックの時期にはパズルミステリーも生き残ってた頃で、 そっちとの兼業作家みたいなもんも多かっただけの話。
このクラシック期40~50年代には今でも名前の残るような作家も多かったのだが、ここでとどまってるわけにもいかず、かなりを外した感じ。中でも一旦まとめた今になってエド・レイシイは入れるべきだったかと思うんだが。他にはフランク・ケイン/ジョニー・リデル、 ブレット・ハリデイ/マイケル・シェーン、ハロルド・Q・マスア/スコット・ジョーダン、スティーヴン・マーロウ/チェスター・ドラム、タルミジ・パウエルなど。あと50~60年代に非常に多くの作品を出したウイリアム・キャンベル・ゴールトについては、 気になってたんだが、リスト作るまでに読めなかった。なんかこうやって名前並べると、クラシック物はそれでどっかでまとめるべきかという気もしてくるんだが、『名探偵登場』大好き勢のこと考えると、どうでもいいかという気もしてくるが。
クラシックのあたりでは、現代にいたってもまだ一部で残る厄介物件、ハメット-チャンドラー-マクドナルドスクールというところを早めに片付けとこう。
誰が言いだしたとか調べりゃわかるんだろうが、もはやそれほど重要とは思わん。要するにこれはミステリ=犯人当て謎解きストーリーというような考えの「ミステリ評論家」というところで考案されたもの。その考えにより、主人公が私立探偵などの事件があって解決されるものばかりに注目し、犯罪小説に分類されるようなものを別扱いやら無視していたせいで、クラシックの重要作が80年代になって「再発見」される事態となったわけだ。
当時の作家がどのくらいこの「ハメット-チャンドラー-マクドナルドスクール」を念頭に作品を作っていたのかは不明だが、現在から俯瞰してみて、そんな形跡はほとんど見られないというところじゃないかと思う。一番これに近い考えでやったのって、日本の結城昌治の真木シリーズじゃないのかな。
実際の運用としては、こういう形を作って、出てくる作品をこれに当てはめて考える程度のもので、この先に続くものを考えるような考え方はほぼなかったと思う。「ミステリ評論家」にとっては過去に思いついたこの形しかなく、これに縋りつくことで凌いできたぐらいのもんだろう。
ここで、ロス・マクドナルドっていう作家について言っておかなければならないんだが、マクドナルドはジャンル内でも現在もリスペクトされる重要な作家であり、ハードボイルドを考える上では必読といえる作家である。ただ、心理学というような方向の 家庭の問題やら、次第にただの事件の傍観者となって行くような彼の作風を継承しようと思う作家がいなかったという話である。それぞれの時代のリアルな犯罪を通して社会を描くという、ハードボイルドのフィールドでは、浮いた存在になってしまった というのがロス・マクドナルドという作家なのかもしれない。
日本にはこの「ハメット-チャンドラー-マクドナルドスクール」の「マクドナルド」が使えなくなっただけと思い「ハメット-チャンドラースクール」でその2作家だけ読んでればハードボイルドを「評論」できると思ってるレベルの阿呆が数多く存在するが…、 なんかもうなんも言う気も起らんわ。
マクドナルドがハードボイルドを代表すべき作家でなくなったから、この「ハチャマスクール」(長すぎるからもうこれでいいだろ)が使えなくなったわけではない。これは単純にせいぜい50~60年代ぐらいの時期で「ミステリ評論家」が優れていると思った作家を並べて一つのお手本になる方向性のように思いこんだだけのものである。そしてこのお手本により否定された代表格が、スピレイン/マイク・ハマーであり、先に並べたこのリストに載せられなかった作家達だったぐらいのことだろう。ここでこの連中がその「ハチャマスクール」以下としたような作家以前に、別物として除外していたホワイトやグーディスらの犯罪小説ジャンルが、ウェストレイクやブロックといった次代をリードして行く作家を産み出し、そしてそちらサイドから出て来たジョン・D・マクドナルド/トラヴィス・マッギーにより、そちらの私立探偵方向のハードボイルドも、大きく別方向へと舵を切る。まあそこから出て来た私立探偵作品に対してまたこの形を当てはめようとするわけなんだがね。
この「ハメット-チャンドラー-マクドナルドスクール」という考えは、アメリカでも旧世代の「ミステリ評論家」がほぼ絶滅する90年代ぐらいには衰滅したと思われる。一方日本では同時期に「ミステリ評論家」が大量生産され、読書のプロ暗黒時代を産み出し現在の惨状に至るわけだが。
このクラシック期には、エルモア・レナード、チャールズ・ウィルフォードといった、主に80年代以降に評価が高まり活躍した作家の名前もあるんだが、やっぱり登場年の方で並べた。
サミュエル・フラーはパルプ作家から映画監督へ転身したという出自があり、一応その年でリストに入れたんだが、現在辛うじて手に入るのは70年代以降の『ベートーヴェン通りの死んだ鳩』あたりからで、旧作がどんなものだったかは不明だったりする。
エヴァン・ハンターについては、当然エド・マクベイン名の方が有名だが、87分署は必読書ではあっても一応ハードボイルドとは区別すべきものであり、かといって最もハードボイルド方向のカート・キャノンにするのもどうかとうじうじ悩んだ挙句、 本名エヴァン・ハンターでちょっとごまかした。
60年代にはドナルド・ハミルトン/マット・ヘルムが抜けてる。実はこれはなんだか結構長い間ぐらい米国版が日本から手に入らず、忘れてたぐらいのものなんだが、思い出してさっき調べたら英国Titan Books版が日本から買えるようになってた…。
60年代といえばジェイムズ・ボンドでスパイものがブームになっていた頃で、ハードボイルド的手法で書かれたそっちジャンル傾向のものということで、結構重要なんだが…。なんにしても読んでないもんを入れるわけにもいかんというところで、 これも間に合わなかったというやつ。ごめん。
実際のところ、先に書いたロス・トーマスやギャビン・ライアルというのも60年代デビューの作家であり、同じジャンルに分類されるハミルトンとなぜ区別しなければならないかといえば、それぞれの作家が当時どちらのジャンルで評価されていたか、 ぐらいのところでしかないのかもしれんが、日本で80~90年代頃にこれらの作家をハードボイルドのお手本のように扱ったのは、日本のハードボイルド誤解の元凶である「ハードボイルド精神」という考えからのものであり、それがその先の ハードボイルドジャンルを日本においてせき止めていることから、ここでははっきりと区別していかなければならない。まあ、何よりも日本でまず排除されなきゃならんのは「ハードボイルド精神」なんだが。
ハードボイルドジャンルの歴史というものを大雑把に分けるなら、クラシック期と、トラヴィス・マッギー以降と、ジェイムズ・エルロイ以降という感じに分けられるんじゃないかと考える。
ジョン・D・マクドナルドは1950年に長編作デビューした作家だが、その辺の重要性から、敢えてマッギー第1作の1964年でリストに載せた。旧来のハードボイルドの一人称スタイルで書かれた、免許を持たないフロリダのハウスボートに住む 盗品回収屋という主人公、多く挟まれるその時代の風俗文化批評的モノローグといった新しいスタイルは、セールス的な成功もあり、多くの追随者を産み出し、沈滞気味であった私立探偵型のハードボイルドを再活性化させることとなる。
この辺の作家を日本では「ネオハードボイルド」(小鷹信光氏による命名)と呼んでいるんだが、これは「本格ミステリ」同様に、日本国内でしか通用しない用語なんで。この時期、70年代的時代風潮みたいなもんもあって、従来のタフガイタイプと大きく違う新機軸の探偵像が新しい作家により多く書かれたという事実から、これを分類上の名称とするのはありだと思うが、一部日本で思い込まれていたような、「ハードボイルド精神」からのイメージのハードボイルドに対するアンチのような考えは根本的に間違っている。
以上のような考えから、しばしばそこに一緒にされるローレンス・ブロック/マット・スカダーは、ブロックがそこで出てきた新人作家ではないことと、マット・スカダーがその後に与えた大きな影響からもそれら「ネオハードボイルド」とは別に考えるべきである。
また、「ネオハードボイルド」というところによく置かれる作家としてジョン・ラッツ/アロー・ナジャーがいるんだが、80年代にはフロリダもののフレッド・カーヴァーシリーズを立ち上げるラッツは、やっぱり売れそうなところを狙って書く 商売っ気の強い作家で、そういう人がいたことでこの時期そういう傾向が流行っていたという証拠にはなるんだが、ここでは外した。まあ後のロバート・キャンベルやスチュアート・カミンスキーとかと同じ感じで入りきらなかった、ということ なんだけど。こういうジャンルというところで商売っ気の強いというのは、ゲス本方向に流れるわけでは無ければ別に全然悪いとは思わないけど、やっぱりこういうところでは優先度が下がってしまうので。まあそれを追補するために長々と書いてるんだけど。
この70年代初め頃の「ネオハードボイルド」って辺りは色々面倒臭いイメージ残ってる一方で、あんまりその辺の作品とか電子書籍等でも手に入りにくかったりするのだが、それ以前にはジャンルの作家の興味がクラシックタイプの事件解決型の 私立探偵ものからクライムノヴェル方向へと移って、ややそちらが下火になっていたところで、マッギーに続く新しいタイプの探偵たちの登場により、私立探偵小説が復興したという時期なのだろう。
70年代と80年代を繋ぐ重要な作家としてアーサー・ライアンズがいるのだが、現在のところこの人と80年代のハロルド・アダムズについては、アメリカでも電子書籍の販売が無く、やや入手困難。まだそういう出版をする意図のない出版社に版権が残っている というような事情と思われるが。この2作家についてはそのジャンル内における重要性から、そういう事情ながらリストに加えた。まだしばらく時間はかかるのかもしれんが、いずれは何らかの形で復刊されるのではないかと思うけど。
70年代と80年代を繋ぐということでは、ラルフ・デニス/ハードマン、マックス・アラン・コリンズ/Quarryといったあたりも重要で、なかなかこっちには書けなそうだけど何とか読んでいかなくてはというところ。この辺については、 あっちこっちで書いてるBrash Booksから復刊された、80年代に入ってハメット型のPeter Braggを書いたJack Lynchとかももっと読んでいかんとと思う。ホントBrash Booksものは読まなきゃならんものばっかりなんだが。
70年代、時代風潮からやや極端な方向に振れた私立探偵ものだが、80年代になるころにはキャラクターも落ち着いた傾向で、ジャンルとしても固定された感じで多くの作品が出版されてきたのだろうと思う。
なんかあんまり考えずスティーヴン・グリーンリーフ入れたんだけど、これでよかったんか?と後になって思ってたり。グリーンリーフ/ジョン・タナーは全作翻訳されてるけど、それは日本で人気があった作家ということで、ジャンル内重要性ということと イコールではないのかも?こういうのが結構悩むところになってしまうのだが、そういうところで混乱せずにきちんと見極めて行かんとというのはいつも思うところなんだが。
この時期の作家としては、現在までエイモス・ウォーカーシリーズが続くローレン・D・エスルマンについては確定なんだが、他にもジョナサン・ヴェイリン、ジェレマイア・ヒーリイ、アール・W・エマースンなど多くの作家がいて、その辺見てくと本当に グリーンリーフなのか?と思ってしまうわけだが、まあ結局はこの辺についての自分の読みが足らないということに尽きてしまうので、この辺の80年代私立探偵ものについてはもっと読んで詰めて考えて行かなければと思う。
ここで大抵の場合は82年デビューのサラ・パレツキー/V・I・ウォーショースキーが入るんだが、さすがにもういいんじゃないかと思って外した。パレツキーというのは、この後に続くもう別ジャンルの女性向けに特化したミステリジャンルの先駆けというようなもので、 ミステリ史的に意味があるんだろうけど、別に「ミステリ全体を見た」なんて考えでやっているわけではないんで。まあ入りきらないから外したようなものなので、どうしてもというならそっちで足して109にすりゃいいけど。
女性私立探偵ものではウォーショースキーより前、1977年に登場したマーシャ・ミュラー/シャロン・マコーンがいて、調べたら36作も続いて最新が2024年。その他この時期のものでは、マクシン・オキャラハン/ディライラ・ウェスト、 リンダ・バーンズ/カーロッタ・カーライルなど。個人的な推しはサンドラ・スコペトーネ/ローレン・ローラノなんだがよく見たら1991年か。80年代のジャック・アーリー名義があるんで、その辺に分類してしまうんだが。
80年代中盤にはジェイムズ・エルロイが、主人公がほぼ狂人というようなロイド・ホプキンス三部作に続き、暴力衝動に取りつかれた主人公の眼を通してもはや裏も表もない腐敗と暴力に満ちたアメリカが描かれるL.A.四部作が開始される一方、ブラックリザード叢書 により50~60年代のミステリ評論が無視してきたクライム・ノヴェルの名作が復刻され大きな反響を呼び、更にその時代からの作家であるエルモア・レナード、チャールズ・ウィルフォードらが脚光を浴び、新たな活躍をして行くことになる。
こうしてハードボイルドジャンルのメインストリームという部分は、クライムノヴェル傾向が中心となって行くのだが、その一方で私立探偵ものというジャンルはPI小説と呼称され、次第に別の流れとなって行く。
その辺については後にもう少し詳しく書くが、ここでは先にこの辺りで入れられなかった作家について。
86年にダン・ローズ保安官シリーズで登場したビル・クライダーについては、本当はここに加えるべき重要な作家ではないかと常々思っているのだが、特に理由もなく延々と後回しにして自分がちゃんと読めてない。やっぱり入れるべきだったかなあ。
自分的にこだわりはあるんだが、というところでは80~90年代に『オールド・ディック』など4作の作品を出したL・A・モース。絶対読んどくべき作家だと思うんだけど、作品数が少なく活動期間がそれほど長くないとかいう理由で外さざるを得なくなってしまう。 それほど「私が思うハードボイルド」でやってるわけじゃないんだぜ。わずか2作しかなくほとんど入手困難な、70年代のスティーヴ・ニックマイヤーも本当は入れたかったし。
あと、自分的には余裕があったら最優先だったのがレオ&セレンディピティシリーズが有名なディック・ロクティ。ロクティの過去作品については、前述のBrash Booksで復刻されており、未訳作品についてはなるべく早く読んで書くつもり。80年代半ばというところで、 本当は重要な意味を持った作家なのではないかなあ、と思ってるんだが。
そして88年開始のアンソニー・ブルーノのトッツィ&ギボンズの「Bad」シリーズ。タイトルの付け方やスタイルなどからして、70年代初頭に始まったマック・ボラン、デストロイヤーなどのペーパーバックオリジナルシリーズ物の最後の方の作品ではないのかと 思ってるんだが、あんまり詳しいところは今となっては分からないのだけど。
80~90年代頃は、日本でも大変多くの作品が翻訳出版されていた。本当はもっと多く入れたいところだけど、このくらいで。あとウィリアム・G・タプリー/弁護士ブレイディ・コインシリーズが、2010年までに25作も出てたとか最近まで知らなかったし。
80年代後半から2000年ぐらいまでのエルロイ以降ってところの、ハードボイルドのメインストリーム的なところについては説明するまでも無かろう。その必要がある人に来られても面倒見切れんというところなんだが。
ここではそっから次第に別の流れになって行ったPI小説について。その言葉がどの辺から出て来たのかよく知らんが、まあ80年代ぐらいかな。現在から遡って考えるに、その枝分かれの最初のところに来るのは、ロバート・クレイス、レス・ロバーツ といった作家あたりなのではないかと思う。
レス・ロバーツに関しては、日本ではデビュー作1作が紹介されただけだったが、その後PI小説というジャンルの重鎮となって行くわけで、何とかそっちの方も今後紹介して行ければというところなんだが。
85年デビューのジョナサン・ケラーマン/精神科医アレックス・デラウェア シリーズ、89年のジョン・サンドフォード/刑事ルーカス・ダヴンポート シリーズなどは、当初はこのPI小説という方向のラインで、ハードボイルドとして紹介された。その後、アメリカの ミステリエンターテインメントというようなもっとメジャーなベストセラージャンルとして、ハーラン・コーベンといったところに続いて行くことになるのだが。
50~60年代のクライムノノヴェルや、ノワールという傾向を多く含むエルロイ以降のハードボイルドのメインストリームと比較すれば、そちらのミステリエンターテインメントという方向に近いのがPI小説ということになるかと考える。
94年ダグ・J・スワンソン、95年デイヴィッド・ハウスライト、2002年ジョナサン・キングというようなラインか。主人公が司法側の人間でなくなり私立探偵などになる経緯が、マット・スカダーのそれをなぞっているような傾向が高く、ここに一番 影響を与えてるのがスカダーというところなんだろうと思う。
実は自分的にはこのラインまだきちんと追えていない気もしている。この辺よく考えるようになったのが割と最近。ここでも2回書いてきているMatt Coyle/Rick Cahillシリーズを読んでから。現在においてはかなり分かれた感じでPI小説というのが存在している という認識は前からあり、このRick Cahillシリーズが2010年代後半ぐらいのそれを代表するシリーズなのだろうと見ているのだが、どうもよくわからないところがある。このシリーズ、主人公のCahillが様々な意味でかなり追い詰められた過酷な 状況に置かれるのだが、それが作者Matt Coyleのスタイルなのか、現在のPI小説の傾向なのかいまいち判別できない。
ここでやるべきこととしては、まず近年のPI小説をなるべく沢山読むことと、少し遡ってきちんとジャンルとして考えたPI小説の傾向の推移を見て行くということなんだろうと思う。過去のものについてはやや失われてきているところもあるんだが、 前述のBrash Booksには知らなかったようなシリーズの復刻作も色々あるからな。
この辺のPI小説というラインについては、今後はもっと探って行ければと思ってる。
ここでハードボイルドの私立探偵的というものが全てPI小説という形になったかというと、そういうわけではないところがまた説明するところでややこしいんだが。
70~90年代には、なんかこういう「○○以降期」みたいなものにも上手く収まらない感じで、圧倒的な存在感を持って後のジャンルに大きく影響を与えるジェイムズ・クラムリーという作家がいる。作家的個性みたいな考えもあるかもしれないが、 ジャンル全体の歴史という視点で見れば、「ネオハードボイルド」のやや小手先といった感もあるキャラクター的なシフトとは全く違ったところで、それこそハメット-チャンドラー-マクドナルドといった私立探偵を主人公としたハードボイルドを 大きく動かした作家と言えると思う。
そこからただ繋げるというのはやや安直かもしれないが、少なくともこの時期にはジェイムズ・リー・バーク、ジョー・R・ランズデール、ウォルター・モズリイといった「私立探偵」という型を変形させながら、最もハードボイルド的といえるような作品を書く作家が輩出して行き、それがアイルランドのケン・ブルーウンへとも繋がって行く。
自分の意見としては、こういったところがハードボイルドというジャンルの核となる最も重要な部分であり、現在というところでそういった形でキャラクターを立てたシリーズ作品として書かれたジョニー・ショー/Jimmy Veeder、Joe Clifford/Jay Porterというところに注目し、かなりスローペースを余儀なくされてるが進行中のエイドリアン・マッキンティ/ショーン・ダフィを何が何でも追って行かねばとなっているところなのであるよ。
まあつまり現在クライムノヴェル方向と、PI小説という形に分かれているように見えるハードボイルドジャンルなわけだが、私立探偵もの的なシリーズ作が、単純にすべてPI小説にカテゴライズされるものではない、ということ。まあそういうところがあるからもっとPI小説というものを、独自ジャンルというような考えできちんと見て行かなければと思ってるわけなんだが。
ただね、ここで延々と言ってきたPI小説という一つジャンル的に見えるものも、あくまでこの2020年代中盤という時期に少し前からの動きを俯瞰して言ってるものに過ぎない。どこまで行っても現時点でそういう別の流れとして進んでいるように見えるというだけの話。 ここで、90年代半ばあたりのどっかでPI小説はハードボイルドと全く別のジャンルになったなどというつもりも毛頭ない。
近年日本でハードボイルドジャンルに於いて起こった最大級の愚行が、ハードボイルドジャンルの中からノワールというものを切り離そうとして、話にもならん定義まで掲げ、ノワール統制まで行った挙句に、結局それに合致するクラシック作品しかノワールとして扱えなくなった、ノワール原理主義者連中の動き。
例えばこれまで書いてきたような旧来の事件が解決されるもののみを「ミステリ」とするような考え方で、このPI小説をそれこそハメット、チャンドラーから続く一貫したものとして犯罪小説というようなものと切り離した私立探偵ジャンルとして考えれば、一見わかりやすそうには見えてもそこには必ずそれのみでは説明できない部分が生じる。それを理解しやすくするために強引に定義みたいなもんを被せれば、必ずノワール原理主義と同様の停滞・行きどまり、更に悪い場合は分かりやすい解釈に飛びついたが故の見当違いの方向での理解に流れて行くだろう。当方がこんなこと言ったからってPI小説なんてもんで、新たなその手の愚行の先導にされるなんてことはごめんこうむる。そんな奴現れたら率先して笑えるあだ名付けて徹底的に馬鹿にしたるから。
未来にはマイク・ハマーやトラヴィス・マッギーみたいなもんが電撃的に現れ、一見本流の方よりおとなしめに見えるこのジャンルを大きく別方向へ動かして行くかもしれない。70年代のよわよわ探偵時代に、あと10年したらエルロイみたいな狂犬が現れるなんて予想したやつ誰もいなかったんじゃない?
ジャンルなんてものは読んでるだけの奴らが外から定義なんか被せて形を決められるもんじゃない。常に新しいものを創ろうとする作家達により形作られて行くもの。ここで言ってるPI小説なんてものも、少し別の動きをしているような作家たちの考えみたいなもんを、独自のものと考えた方がわかりやすいんじゃないかという程度の提言に過ぎんからね。
この時期になって来ると、かなり何を外すかというところが困難になって来る。まず現在に直結してる重要作家を並べ、そこにどれだけ加えられて行くかみたいな作業になったり。
85年デビューのT・ジェファーソン・パーカーについても、結構重要な作家だと思うんだが、結局もっと売れてるミステリエンターテインメントってとこに属する作家かな?みたいな言い訳付けて外した。実は同じ考えで外しかけた作家もいたんだが、 それただの外すための言い訳じゃんと気付いて戻したのが最初のところで言ってた中途半端な数になった経緯。結局きりがないんで結果的に外すことになってしまったが、パーカー、重要作家です。
86年デビューで、何度もシェイマス賞ペーパーバック部門を受賞とかノミネートされたロブ・カントナーも重要だとは思うんだが。あと96年のG・M・フォードも最後まで悩んだ一人。
ジャック・オコネル、ジョナサン・レセムというのも忘れてはならない作家なんだが。
リード・ファレル・コールマンについても、パーカー/ジェッシィ・ストーンの続きの後しばらく音沙汰なく、もう作家辞めてしまったのだろうと思って最終的に外したんだが、なんかさっき調べてみたら2023年から新しいシリーズ始めてたり。そのNick Ryanシリーズ なんだがアマゾンで見たらプリント版しかなく、気付かんわけだよな、と一旦思ったんだが、出版社を見たら私の中で大変評判の悪いBlackstoneから。もしやと思って米Amazonで調べてみたら、案の定そっちでは電子書籍版も販売されてた…。ああ、もう 誰かBlackstoneを何とかしてくれよ。まあ、とにかくコールマン外しちゃってごめん。
90年代後半、映画化作品などもあるジョン・リドリーなんだが、もともと映画関係の人でこういう小説を書いていたのも割と短期間で、その後はDCバットマン系のコミックの仕事ぐらいしか出てこない人なんで外した。なんかケント・ハリントンと並んでみたいなイメージあったんだが。
個人的にはかなりこだわりがあるんだが、結局外したのがグレッグ・ルッカ。アティカス・コディアックを主人公としたハードボイルド的なところからスタートしたのだが、その後スパイ、エスピオナージュといったジャンルへ移行している。
ルッカのこの転身というのは、ひとつの考えとしては単純にわかりやすいんだけど、作家はあんまりやらないというものなんだろうと思う。例えばルールや手段を限定せず闘えば一番強いのは何?という考えで軍人という結論を出すような考えを、進めて行った 結論みたいな感じで変化していったというような。そこには、作品にリアリティを出すためという考えで自身を鍛えたりとか、いかなる敵が最も強大かという考えを突き詰めて行ったりとかいった過程もあるのだろう。
アティカスシリーズに続く、『Queen & Country』や、中断中のJad Bellシリーズ、コミック『Lazarus』なんかを順に追って行けば、その辺の考えというのは明らかに見えてくる。
やはりハードボイルドジャンルに属する作家とはもう言えなくなったルッカゆえ、こっちのリストからは外さざるを得なかったんだが、読まれるべき作家として何とか語って行かねばと常に思ってるのだが。コミックから映像関連に仕事を広げ、 一時期忙しくなり過ぎていた感のあるルッカだが、何とかコミックの方には戻ってきたようなんで、そろそろ小説の方も書いてくれんかと思うのだがね。
1997年デビューのリー・チャイルドも、初期から自分のルーツとして、まあ英国人として自国作家との違いを強調したいという意図だったのだろうけど、トラヴィス・マッギーからの影響を主張してきて、日本では「ハードボイルド売れない指定期」に出た数少ないものの一つとして思い入れは強いのだけど、やはりもうちょっと違うジャック・リーチャーという単独ジャンルぐらいになっているかなあという感じで。それでもペンドルトン/マック・ボラン的な意味で必要かなと思うところもあるんだが、まあこの辺なって来ると大雑把に並べたリストが100越えてて、まあしょうがないかとなってしまった。一番重要になって来るその後のリー・チャイルドからの影響っていうところなんだが、なんかもう把握できないほどの公認二次創作的なものまで含めても、まだあんまり見えて来ないかなと思う。当然英国からも目指せ第2のリー子という作家も出てくるんだろうと思ってたんだが、話にもならんもん読まされてあんまり追っかける気なくなってたり…。
この辺で一旦、アメリカ以外というところの作家に言及しとこう。書いとかないと区別付かないという作家もいるかもしれんので。
まず英語圏、クラシック期にはイギリスのジェイムズ・ハドリー・チェイスと、オーストラリアのカーター・ブラウン。この辺日本でも大量に翻訳された。版権安かったんかな?
イギリスは、60年代以降Derek Raymond、テッド・ルイス、ニコラス・ブリンコウ、デイヴィッド・ピースというような、アメリカとは少し違う英国ノワールの流れがある。ジョセフ・ノックス、ウィル・カーヴァーあたりがこのラインの近年の注目株か。英国ノワールの父、Derek Raymondについては、このリスト作るために読んでかなりの衝撃を受けたんだが、間に合わなかった…。Raymondについては早急に書くので。
そしてRay Banks。これは心からの親切心のみで言ってるんだが、もしあんたがハメットだーチャンドラーだーレベルの超初心者だったとしても、これからハードボイルドを読みたいという意志が少しでもあるなら、このRay Banks/Cal inens四部作だけは絶対に押さえておけ。これを声高に推す権威みたいなもんがあまり見つからなことも、日本に翻訳される可能性なんてないことも、全く関係ない。唯一無二の2010年代ハードボイルド必読の異端の名作!これを読んどかんと絶対に後悔するぞ!
フィリップ・カーも英国作家だが、ちょっとこの辺の英国ノワールとは少し違う流れなんだと思う。
アイルランドではケン・ブルーウン、エイドリアン・マッキンティだが、作品数は少ないながらシェイマス・スミスというのも絶対忘れちゃならん作家だろう。
そして、ニュージーランドが赤ちゃんばかりの国ではない!と知らしめたポール・クリーブ。実はTheodore Tateシリーズという私立探偵ものも書いてるの最近知った。なるべく早く読むっす。
この辺の英語圏の作家については、ある程度代表的なところは押さえられてると思いたいけど、探ればまだ色々見つかりそう。
その他の国については、定番不動のものもあるが、やっぱり翻訳ものを含めてたまたま知って読めたというところが多いところとなってしまう。なんかまだすごいのがどっかに隠れてるんだろうなと思いつつ。
フランスと言えば、ジョゼ・ジョヴァンニ、ジャン=パトリック・マンシェットといったところが鉄板。70年代、映画監督ジャン・ヴォートランがあって、比較的最近のものとしてはパスカル・ガルニエ。
イタリア、Massimo Carlotto/Alligatorを読めたのはなんかホントに運が良かったと思う。続きも読んでいかなきゃなんだけど、イタリアまだいろいろあるんだろうな。
北欧ものでは、とりあえずジョー・ネスボと、ストックホルム三部作のイェンス・ラピドス。北欧もの翻訳されたのでも読んでないの多いんだけど、「日本的な評判」みたいのあてにして読むと、自分的にはハズレみたいなの引いてしまって、しばらくそっちから離れたりみたいなこと繰り返してる感じ…。まあお馴染みの「ミステリとして」基準ね、とかさ。結局、北欧ものに関してハードボイルド/ノワール界隈で決定的というような評価が出ているのはイェンス・ラピドスぐらいのところで、後は自分で見て行くしかないところなんだが。2000年代近辺の北欧ものが、エルロイ以降っていうところから大きく影響を受けてるのは確かなんだろうけど。念のために言っておくが、単純に読んだ感想でこれはハードボイルドである!みたいな認定をして回っているわけではないからね。なんかそういう方向で引っかかるものがあれば、作者についてとことん調べ、別方向からの評判も見てぐらいのところで言ってる話だから。よく思い起こしてみればそういやあれとかあれも一作読んだだけかとか色々あって、まだいいの確実に見つかりそうなんだが。こういう日本的評価が全くあてにならないなんてところも「読書のプロ暗黒時代」の弊害かと思ってしまうよ。なんかさ、その界隈で評判いいイコールハズレが確定してりゃもっと楽なんだけど。
中南米。メキシコパコ・イグナシオ・タイボ二世/ヘクトル・ベラスコアラン・シェイン、チリRamón Díaz Eterovic/Herediaについてはもっと読みたいんだけど、英訳版もあまりない…。Ramón Díaz Eterovicについても、これやるために読んだんだけど、書くの間に合わなかった。すぐに書きますので、少々お待ちを。
キューバのホセ・ラトゥールに関しては、原文英語で書かれてるので近作なども比較的手に入りやすい。
南アフリカ、ロジャー・スミスはしばらく自費出版などで頑張っていたけど、もうやめてしまったみたい。残念。
なんかアメリカ以外ってところには、こっちの常識覆すようなハードボイルド/クライム作品が隠れてるんじゃないかといつも思うんだが、なかなか探す手段も乏しかったり。またなんかの偶然でたまたますごいの見つかるのを期待しよう。
そして現在ってところに続く2000年代なのだが、ここについてはどうしても難しい。やっぱりこういうところ入れるのはロングスパンで見た評価みたいなもんになるんだが、割とショートスパンで考えなきゃならなかったり。さらに加えて、2000年代の 出版不況みたいなもんで、これはという作家も短命に終わってしまったり。更に2010年代後半から20年代にかけての、世界的な新型コロナによるパンデミックは、出版の方でも様々な停滞を起こしたり。
ただし、現在というのは最も重要な部分で、そこに持ってくるために長々と書いたというところもあるので、入ってるのも入れられなかったのも、これから多分入って来るんだろうというところも、なるべく多くの作家について語って行かねばと思う。
まず、ブラッド・スミス、アダム・スターンバーグというカナダ出身勢なんだが、割と短期的に見ててもうやめちゃったのかなと思ってたんだが、最近になって復活の模様。なんか本当に短期的に見てしまって、著作リスト的に見れば大した ブランクでもないんだけど。結局、自分もそういう本が出にくい時代みたいなもんの中で、何か諦め気分で見てた人間なのかなと思ってしまったり。先に書いたリード・ファレル・コールマンや、ジョージ・P・ペレケーノスなんかも復活してきてるしな。 翻訳一冊ずつしかないスミス、スターンバーグだが現在を担う作家としてちゃんと追って行かねばと思う。
2010年代半ば、かなり印象的な作品が翻訳されたビル・ビバリー、C・B・マッケンジーなんだが、かなり期待してるんだが先が続いてない。こっちでヘンリー・ファレル第2作書いたトム・ボウマンもその後が続かない。このへんの人たちも 復活してくれるといいんだけど。
2000年代以降というと、日本で一冊だか出てそのまま知らんぷりという作家も多く、追っかけようと思ったらすぐに終わっちゃってたり、かと思うと復活してたりでなかなかややこしい。またその辺見返し始めると結構な時間持っていかれたり。 リチャード・ラングや、ウィリアム・ボイルというあたりもちゃんと追ってかなきゃならんところなんだが、どれにするかと思ってるところで進まなかったり。いや、それじゃいかんだろ。あと、ピーター・スピーゲルマンっていうのも、 PI小説でいいのか?と気になってるちょっと曲者作家なのだが、コロナ以後で復活すんんか?ここで止まるのか?というところだったり。どっちにしてもジョン・マーチ以後の2作は読んどくべきか。
前々から気になっていて、去年やっと読んで紹介したのがJosh Stallingsの『Beautiful, Naked & Dead』、昨年15年ぶりに続編が出て完結し、一部で話題になったChrista FaustのAngel Dare三部作など、まだまだこういったちょっと遡ったあたりにも、出版不況の時代、日本では目を向けてすらいられていない重要作家は多く存在する。なんとか一つでも多く掘り出して行ければと思う。
過去においては、古くはボリス・ヴィアン、そしてノーマン・メイラー、リチャード・ブローティガン、ポール・オースターなど、それぞれの作家ごとに意味は違うだろうが、ハードボイルド/クライム/私立探偵的手法の作品を書いた文学というところに属する 作家は多い。ピンチョンの最近の3作がいずれもそっち方向ということは、今後なんかそれなりの意味を持ってくるのかもしれんしね。とりあえずそれぞれをリストに載せるのも違うと思うが。
2010年代にハードボイルドの一つの中心は、カントリーノワールという方向に進むわけだが、そこに大きな影響を与えた作家がコーマック・マッカーシー、チャールズ・ブコウスキーということになるだろう。
マッカーシー『ノー・カントリー・フォー・オールド・メン』については、前述の文学系作家が書いたハードボイルドとは違い、もうクライムジャンルのその時代の代表的作品の一つとなっている。
2008年『悪魔はいつもそこに』のドナルド・レイ・ポロックを入れるのは少し迷ったのだけど、カントリーノワールというジャンルでは、先行するLarry Brownや、後のFrank Billのように文学という方向に属する作家抜きでは語れないという形になっているため、 その代表として挙げた。
まあこれで、ハードボイルドは文学となった、みたいな幼稚なことは言うつもりはないが、暴力というものがアメリカ文学の中で重要なテーマとなるにつれ、それらが接近するのは必然ということだろう。まあその一方で、日本の「ミステリ評論家」は、 純文学ノリといちゃもんを付ける、といった呆れたレベルなんだが…。
現在という時点で、クライムノヴェルとしてのカントリーノワールというジャンルを代表する作家としては、『Bull Mountain』のBrian Panowichということになるだろうし、このリストに入れてもいいかと思ったんだが、それと並ぶ作家と見られるDavid Joyすらまだ読めていない状態なんで、とりあえず見送った。クライムノヴェルというジャンルではやや頭打ちかという意見も出てきているカントリーノワールだが、一つのアメリカの姿として、今後も文学との境界というところでは 続く作家が多く現れてくることだろう。まあそもそもここに至る流れというのが、ドナルド・トランプを強く支持するような現代のアメリカの姿を、底辺的部分で見つめて行くというところも含んでいるわけで、そういう意味でも単純に アメリカの田舎の果てまで行ったので終わりなんてことにはならないんだろう。
境界を接するというところでは、ホラーというのも重要なジャンルだろう。結局このリストには入れなかったが、デイヴィッド・J・スカウ(ちょっと日本語表記わかんなくなってる?)とかも少し遡ってちゃんと見といた方がいいのかと思い始めている。 ジャック・ケッチャムという名前も浮かんだんだが、なんかあんなにホラージャンルで愛されてる人を迂闊に入れるのはちょっとためらった。
昨年読んで大変衝撃を受けたGabino Iglesiasの『The Devil Takes You Home』なんかは、その一作でこのリストに入れていいんじゃないかとも思った。一昨年やっと読んだ、クラシックノワールというストーリーがホラーにスライドして行くような Jon Bassoffの『Corrosion』もかなり印象的だった。また、去年やっと読んだホラーと文学ってところの境界に位置する『Mongrels』のStephen Graham Jonesとか、自分にロス・トーマスとかをハードボイルド扱いしてのほほんとしてられるくらいの 無責任キャパが少しでもあれば(そんなキャパ絶対に要らんが)、自信満々にこれはノワールである!とねじ込んでたかもね。
大きな反省点としては、どいつもこいつもやっと読んだというところ…。もはやジャンルには拘らず、そっちも積極的に読んで行くことで、この境界というような位置する作品も多く見えてくるのだろうというのが今の考えである。ここのところには これからも絶対に見逃してはならん強力な作品が出てくるであろう、予感というより確信というものがある。
コミックジャンルからブルベイカー&フィリップスを入れたが、なんかこれが必要な意味など説明するのがいい加減面倒になって来た。なんか遥か昔の価値観にしがみつき、そこにいることで自身の人間的価値が保てると妄想し、執着するような狂人とか、底を見ればきりないわけだし。老害だけに限った話じゃないぜ。
父親のコレクションのペーパーバックのクライムノヴェルを読み漁り、そこから自身のクライムコミックを創り上げたブルベイカー。ブラックリザードから深く影響を受けて、『100 Bullets』を作ったBrian Azzarello。『フルメタルジャケット』の作者 グスタフ・ハスフォードの従兄弟であるジェイソン・アーロンの、インディアン居留地を舞台としたノワールコミック『Scalped』など、クライムコミックというジャンルにもここに並べた作家たちの作品に並び立つ優れた作品が多く生み出されている。
フランク・ミラーらにも大きく影響を与えたアルゼンチン出身のCarlos Sampayo/José Munozによる『Alack Sinner』など、深く探って行けばさらに多くの作品が見つかって来るだろう。
まあ日本の「ミステリ評論家」みたいなものを近づけさせれば、日本の謎解きミステリマンガと一緒に並べて、ぬる~く薄めた「ミステリコミックの世界」みたいな商売ができるかもとか思うのが関の山なんで、絶対近寄らせるな!ってとこだがね。
2019年『Blacktop Wasteland』が仲間の作家の口コミから大物作家からの評価にもつながり、それらの後押しで一躍ジャンルのトップに躍り出たS・A・コスビー。見方によれば、2010年代後半という地点でのクライムノヴェルがテーマとしてきた アメリカの姿の集大成というような部分もあるのだろうと思う。ここからどんなアメリカを描いて行くのか、というのがコスビーの今後の課題であり、絶対に追って行かなければならない作家だろう。
そしてその先を模索するジョーダン・ハーパー、ルー・バーニー、ロブ・ハートといった作家も、この先このリストに名前を連ねて行く作家となるのだろうと期待している。
日本が出版社・評論家というところまでがハードボイルドを馬鹿げた男の生きざまナルシシズムと思い込み、もう終わったと思い込もうが全く関係なく、世界ではそれぞれの時代のリアルな犯罪を通じて社会を描くという形で、このハードボイルドを 起点とするジャンルはここまで途切れることなく続いてきて、これからも新たな作家により引き継がれて行く。とりあえず現時点でここまでまとめて来たが、長々と書いて来た文章の端々に現れているように、あっちもこっちももっと見て行かなければ と思うばかり。過去・現在・未来に亘り、まだ見ぬ作家・作品を見つけ、その意味に驚き感嘆し、このリストをさらに広げて行きたいというのが自分のやりたいことなんだろうね。
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昨年前半ぐらいか、第1作を読んだのみで延々と放置してきたウォルター・モズリイ/イージー・ローリンズを、これは絶対読んでおかねばならん重要作だろうと思い直し、第1期だかの区切りである第5作『A Little Yellow Dog』まで続けて読んだ。 1990年というう時点で、私立探偵方向のハードボイルドと、クライムノヴェルを完全に融合させたようなこのシリーズは、自分にかなりジャンル全体について考えさせ、過去から現在に至る流れをきちんとまとめておきたいという気持ちを呼び起こした。それが夏ごろだったかな?とにかくこれを12周年てところで出そう、半年ぐらいあるからな、一応ブログみたいなところでテーブル100行とか馬鹿の極みだが、半年あれば何とかなんだろう、と思って始めたのが8月末ぐらいだと思う。よく考えりゃ半年 なかったじゃん。そして100を目指したが、結局その数字に収めることに無意味を感じ、適当に増やした経緯は先に言い訳した通り。まあそんなことをやってるうちに、何とか頑張ってもっと書かなければと思ってたのもペースダウンし、最終的には 一時停止となってしまったのだけど、まあこんな長々と書いてちゃしょうがないか。なんとか入れられなかった作家をなるべく多く拾って行こうと書いたこっちの文章も、あれも読まなきゃこれも読まなきゃ増やすばかり。こうしてまた ビル・クライダー後回しにし続けるんだろうな…。ホントごめん。
ただまあこんな頑張ってみてどうなんだろうね、みたいな気分は常にある。自分的にはモズリイを読んで考えたことって部分で、それなりに意味は達成できてるんだが。とりあえず自分が語ってるハードボイルドってもんについての 説明マニュアルぐらいにはなるかもな、ぐらいか。
もしこれを見て、「私が思うハードボイルド」にしか見えないんなら、あんたハードボイルドってもんについて根本的に全くわかってないよ、ってこと。これはそもそもがそんな特別なリストではない。少なくとも10年ぐらい前までは翻訳ミステリってところの一部ぐらいだろが、自分だったらこっちを入れるみたいな意見はそれぞれにあろうが、ちゃんとあった認識だった。うん、多くの人が何とかしたかったけど出来なかった、サラ・パレツキーを外したのは、自分の功績だと思ってる。感謝しろよ。自分もそういうものがあるつもりであちこちで起きる出鱈目をそうじゃないだろうと、批判しているつもりだったんだが、ここに来て それも完全に失われたようだ。もはや日本の翻訳ミステリなんて業界に見るべきものは何もない。カントリーノワール作品を読んで、横溝正史を思い起こすなんてアマゾンの素人野良レビューレベルのことを平気で書く「評論家」が、編集部から渡された資料だけ読んで適当に書いた「解説」とか称する感想文付きの本なんて読んで腹立ててるだけ時間の無駄なんだよ。そりゃあそんな出鱈目が改善されて、まともな出版がされるのを望むというのが普通だろうが、もう現在の出版状況ではロングスパンでそんなことが起きるなんてことは期待できないだろ。それならもうこれ以上被害を広げないよう、ハードボイルドに属する作品の出版など辞めて早く消滅してくれだけがこっちの望みだよ。オレは本当は心から、ダフィが 翻訳されてよかったなあ、マッキンティは素晴らしいなあ、と喜んで楽しく読みたかったんだぜ。クソッタレが!
ここまで来ても、まだハードボイルドが「男の生き様」じゃないなら何なのか?なんて質問をしてくる阿呆もいるんだろう。そんな考え方自体が馬鹿の極みだし、そんなもんに答えるような意図は一切ない。
この作品がハードボイルドであるか否かを判別するような基準も定義もチェックシートもありあゃしない。
ハードボイルドというジャンルを知り、その継続でハードボイルドを書こうとした作家により作られた作品がハードボイルドだ。それはそのジャンルに魅せられ、その継続を追い、新たな作家・作品を探し続ける人間には、そんな馬鹿々々しい判定基準以前に 見つけ出せるものなのだ。
延々と言っているが、自分は言葉としての「ハードボイルド」にそれほどこだわっているわけではない。ただこの国では、ハードボイルドの影響下で書かれた小説だからハードボイルドだというような至極単純なことを言おうとしても、必ず出鱈目に イメージづけられたハードボイルドにぶつかる。
何が日本でハードボイルドをここまで駄目にしたのか?
馬鹿々々しい「ハードボイルド精神」によるハードボイルド観が固定されたまま、誰も海外のハードボイルドをきちんと見ようとせず、翻訳されたものしか見ない「ミステリ評論家」どもがその場しのぎで適当な商売をやってきた結果か?
日本で売れるものみたいな考えでやってるつもりで、結局身内のミス研人脈内で受けるようなものにしか目がいかず、そういうものをきちんと日本に持って来ることさえまともに考えなかった、出版社・編集者に責任があるんか?
正しい形、お手本となるものがあると信じ、それに照らし合わせることで優劣・価値基準を付けられると思うような、幼稚なお勉強型思考から離れられない批評か?
そもそもがオルタナティブアートなんてものを理解しようとすら思わないくせに、それと同じ方法論で世界と切り離した形で作家の内面のみを見ている形に単純化して評価しようとする、ありとあらゆるジャンルにはびこる私小説至上主義批評か?
遡って考えて行けばきりがない。そもそもなんでオレがそんなこと考えなきゃならない?自分は世界で作られ続けている素晴らしい作品を読み続けたいだけだよ。クソ時間の無駄でしかない。
なんとなく、今回のこれももうそういったところから完全に切り離した形で、独自にハードボイルドについて語りたいという意図もあったのかもしれない。まあ自分のある考えから始めたわけだけど、これをこういう形で出すということで 結果的にはそうなのかもな。
これによって日本のハードボイルドに対する考えが大きく変わるなんてことは期待してない。こんな辺境でホントに途切れ途切れに書いてる奴なんかにそんな力あるわけねえだろ。
まあ精々P・D・ジェイムズの『女には向かない職業』ありきで自分が知ってるミステリと「ハードボイルド」につじつまを合わせて知ったかぶりしたい奴に、「私が思うハードボイルド」リストに加えられるこじつけられるもんを少々提供するぐらいの ところじゃないのかね?
結局、日本のミステリってことについて考えれば、本来「古典」であるものをきちんとそう認識・整理しないまま「本格ミステリ」みたいな概念が独り歩きしてしまったということに最大の問題があるのだろうと思う。海外のミステリ状況を見ようが見まいが、 それこそが正しいと狂的にゴリ押ししたような。そんなのカルト宗教としか呼ぶしかないって。「古典」が正しく「古典」として存在すれば、ミステリ初心者もそういう形の入り口だと認識して、そこから違う現代ミステリに進めたし、老後の楽しみとして、 現実とは違う謎が解かれればすべて解決な平和な「ミステリ」を読みたいという人のためのわかりやすいものも用意できたわけだし。そういう形でナントカ神父やら、ナントカ警視やら、美食家のおっさんと助手みたいなもんをまとめて出せば、それはそれで そういう層に対応した商売になったのかもしれんし。そもそも今「本格ミステリ」なんてのを書いてたり、これから書きたい作家の人だって、クラシックミステリみたいな形のジャンルであった方がそういう世界観で好き勝手出来ただろうに。そもそもが こっちは「パズラー派VSハードボイルド派」みたいな昭和あたりにあった対立構造みたいなもんで「謎解きミステリ」を攻撃してるわけじゃないよ。平和的・理性的提言ってとこだけど、カルト宗教には通じないんだろうね。「クラシックミステリは、 かつて日本で本格ミステリと言われて来た」なんてことが言われる日も永遠にやってこないんだろ。
クラシックなミステリにある形式や構造・パターンなどをお手本として照らし合わせて作品を評価するような方法が、現在では通用しないなんてことは言うまでもない。そこまで馬鹿でなくても、理論的・科学的な証拠の実証の積み重ねにより事件解決に向かう形に構築されたミステリこそが正しい「ミステリ」だと思い込んでいるような輩は山ほどいる。だが実際にはそんな方法で綺麗に解決されない犯罪の方が遥かに多いというのが現実だろう。だからといってそういう形で書かれたミステリが現実的で、リアリティがあるなどという観点でそちらの方が優れているなどというつもりは毛頭ない。だが、そこにこそこれまで書かれて来なかったミステリの素材があると考え、旧来の方法とは全く違う方法でミステリ作品を書こうと考える作家が現れるなんてことは当然のことだ。そういった作家の作品は、そもそもがミステリに正しい形があるというような考えでは理解できず、なぜこの作品はこういう風に書かれているのか、作者は何を考えていたのかをとことん考えながら読まれなければない。いや、形にあっていると思える作家の作品であれ、いかなる作品についてそれは同じことだろう。読書という行為について当たり前というようなそういうことをやってこなかったのが、日本の翻訳ミステリという業界なんだろ。どこまで行っても文系思考程度で全体を説明できるパターンや定義を作れると思い込む阿呆な評論家。自分に理解できないものを「わからん」と投げ捨てられる権利があるなどと思い込む三流書評家が、読みにくいが感想になると思うような低劣な読者をはびこらせる。「解説」ってのは作者やその作品が出版された経緯を知るためのものであり、きちんと頭を使わずに読んだ読者が知ったかぶりを開陳するためのお手本感想文コーナーじゃない。前述のように事件解決に至るミステリが好きなのは勝手だ。だがその稚拙な「好き」による人気投票が「ミステリ」の正しいを決め、売れる売れないの安直な判定により日本のミステリ認識自体を狭めて来たわけだ。
自分は元来そういう事件解決がされるミステリも、もっと言うならクラシックミステリも嫌いではない。だがこの作品はそういった従来の方法みたいなもんで評価できるものではないと明確にするために、そういう見方を批判しているうちにそういう作品 自体が嫌いになって来た。なんか気楽に読むべきミステリマンガでさえも、その手のパターンで遺産相続云々でお行儀よく並んで座って自分の主張を並べているようなところで読む気がなくなったりさ。もうこれ以上自分が「ミステリ」を嫌いにならないためには、 阿呆な評論家が適当に書いた出鱈目水増し解説も、狭量なミステリ観しか見えない出版社・編集者による頭悪すぎコピーの帯も、一切見ないため、日本のミステリ出版業界みたいなもんから目を背ける以外ないだろう。 まあ大して先もないこんな業界がここからどうにかなるもんじゃないだろうし、もうどうでもいいや。かさにかかってどうでもいいようなことをなんでやってきたんだ?とか言い出す奴がいるんならまだ続けたっていいんだぜ。どうなんだよ。
どうでもよくないから怒ってきたが、もはやそれでどうなるもんでもなく、自分が本来やりたいことの時間が削られるだけなら、構わない方がいいってだけだよ。自分的にはもう見捨てたってだけの話。
去年出版されたものの中にも本来なら自分が言及するべきものがあったのは知ってる。ただこれまでに積み重ねられて来た出鱈目の結果、単なる意見の違いぐらいではすまないクソレベルのことが書かれてる可能性が高すぎて、またそれに延々時間を取られるのが 嫌で読む気にもなれなかったってだけ。原書で作者本人の文章で読んでるんだから、それこそ読む意味ないしね。
そりゃあ、業界そのものに早く消えてなくなれなんて言い草は乱暴かもしれんが、もうそんな気分にしかなれないよ。
結局これは『ハードボイルドをよく知らない人のためのハードボイルド重要作家108人』なんてフレンドリーなガイドではなく、先に書いたようなここまで劣化してもそれ抜きではミステリに属する作品を語ることが厄介になるこの日本の翻訳ミステリ業界と、 自分が見ているハードボイルドを切り離して語るための最後の抵抗ぐらいのもんなんかと思う。「切り離す」と言っても本来は「ミステリ」と「ハードボイルド」を切り離すこと自体は無理な話だろう。なぜなら意欲的な作家であれば、当然「ミステリ」に分類される作品だって読んでいるからだ(安直に形に合ってない作品を「失敗ミステリ」扱いする阿呆はそこをきちんと考えておくべきだ。馬鹿だから無理か?)。だが、ロス・トーマスや『女には向かない職業』をごちゃまぜにして「ハードボイルド精神」によりひとくくりにしたハードボイルド解釈が日本におけるハードボイルドの理解を妨げ、停滞してきたことから考えれば、ここは敢えて切り離す以外の方法しか見当たらない。 この国で発言している以上、無理な話なのかもしれんが、何とかそういうところと完全に切り離して、自分が思う本来あるべき形でハードボイルドについて語って行ければと思います。そんなところかな。
12周年。なんかこれを始めた頃って、メジャーなものは出版社から少しでも翻訳されるだろうから、そういうのが届かないところで見つけた作品を多く紹介して行こう、みたいなことを考えていたはずだ。
だが、今やこの国ではエルロイさえ翻訳されなくなり、そんなのまで自分でやらなきゃならなくなって書かなきゃならないものは増えるばかり。結局何やってもしょうがないんじゃね、みたいな気分にしばしば捕らわれるが、まだまともなハードボイルドを理解する人だっていくらかは残ってて、これからだってなんかのはずみで一人二人は増えて行くはずと信じ、一冊でも多く優れた本を紹介して行くものであります。
あー、まずはこれをやるために読んだけど結局間に合わなかったDerek RaymondにRamón Díaz Eterovic。そんでなるべく早くエルロイ。その辺でまたリー・バーク。その間を縫って山ほど積み上げ続けてる近年のまだ正体不明のPI小説の山を掘り進めながら、あれやこれの続きなどなど。何とか年内にイージー・ローリンズの次やれんのかな?いや、まだ2月なんだが…。ってところで自分的には【特報!】ぐらいのところなんだが、なんかやや諦め気分で見てたダフィ第8作のペーパーバック版の予約が数日前に開始!また来てもそっから3か月後とかになんだろうと覚悟してたんだが、ほぼ発売日の3月頭に届く予定!大丈夫だよね?今度こそ本当に読めるんだよな?ああそうだよ、新しいもんだって次々出てくる。早く読まなきゃのコスビーや、結構溜まってきちまったルー・バーニー、冗談ハーパーの新作だって春ごろには出てくるんだよ。ロブ・ハートの新作続きもあるんだが、Ash McKennaシリーズも今年には復刊という話だしな。
なんかあれも読めないこれも書けないとブツブツ言い続けてもがき続けてるうちに、なんか13周年とか言い出す。ここはそういうところなんだろうな。
まあなんかお付き合いくださってありがとうございました。うん、そういうこと言うぐらいの誠意きっと残ってるよ。多分。
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