Anthony Neil Smithについては、これを始めた初期ぐらいからの私のイチ押し作家であり、これまでも度々というか、しつこいぐらいに事ある度に名前を出してきたのだが、実際に記事に書いたのは、代表作であるBilly Lafitteシリーズの中の3作までのみ。
実はもう少しぐらいは読んでいるのだけど、なにかあまり書けないようなタイミングだったりして、そのままになっていたり。この『Slow Bear』についても、割と出てすぐぐらいに読んだはずなのだけど、まあそういうタイミングだったり、明らかに 続編がある形で終わっていて、続きが出てからでいいかと後回しにしていたりという感じで、そのままになっていた。
だが、そうこうしているうちに、2022年には第2作『Slower Bear』が出て、ついに今年8月には第3作『Slowest Bear』まで出てしまった。
とりあえず、まだ未読だった『Slower Bear』をそろそろ読んで、そこから始めようかと、一旦は思ったのだけど、それでは同様に考えていて、結局第1作のストーリーを延々と書くことになってしまったJoe Clifford、Jay Porterシリーズの二の舞に なってしまうと気付き、ここで一旦ちゃんとやっておこうということとなった次第。
とにかくまずこれやって、早く先に進むぞ、という感じで『Slow Bear』、始まります。
【Slow Bear】
Micah "Slow Bear" Crossがいつものように半分残ったビールを前にカジノのバーにもたれかかっていると、隣のスツールにJimという男が座る。
JimはSlow Bearの方に40ドル以上になる2枚のチップを滑らせ、言う。「女房が浮気してるらしい。あんた見つけられるか?」
Slow Bearは右手で、何にしろ彼にとっては唯一の手なのだが、チップを押し戻して言う。
「なあ、Jim。俺はあんたの女房が浮気してるのは知ってる。みんなそれは知ってるんだよ」そして続けて言う。
「相手は肌色の薄いピットマネージャーだ。Valdって名前だったと思う」
「あの尻軽女。あの売女め」バーに俯きながら言うJim。
「さらに言えばだな。あんたは既にそれを知ってる。あんたはそれを誰かにはっきりさせてもらいたかっただけなんだろ。その新しい銃、Paulから買ったのか?言っとくがな、そいつを殺しても何にもならんぞ。お前は刑務所に行って、女房は別の男と やるだけだ」
Slow Bearはチップを一枚だけ引き寄せて言う。この一枚だけもらっとくよ。
Jimは残ったチップを取り、サンキューともファックユーとも言わずに立ち去る。これがSlow Bearに対するここらの人間の扱い方だ。 サンキューも、ファックユーも決してない。
いくらかのチップを渡して、問題を解決してもらうだけだ。
Slow Bearは、Jimから受け取ったチップをカジノで使い果たし、Valdに何が起きてるか話し、注意するように声を掛けて、カジノを去る。
Slow Bearは、居留地の警官だった。実際のところ優れた警官じゃなかった。むしろ悪い警官であることに長けてたというぐらいのものだ。
だが、一度だけ彼は優れた警官になろうとした。その結果、戦争でSlow Bearがよく知らない何かがあったらしい元軍人に撃たれて、左腕を失った。一年ほど前のことだ。
その後彼は、様々な手当てを支給され、一日中カジノをうろついて暮らせるようになっている。時には人々の問題を「解決」してやりながら。
夜になれば、周りにあまり人が暮らしていない辺鄙な場所にある自宅のトレーラーハウスに帰り、外に座って星を眺めるか、家の中でテレビで野球かシネマックスのソフトポルノを観て過ごしていた。
その夜、Slow Bearが家の外で星を眺めていると、彼の家へ向かって来る車があった。乗っていたのは昼間注意するように話しておいたValdだった。
大変なことになった、助けてくれ、と言うValdだったが、ほとんど錯乱状態で全く要領を得ない。
恐らくは襲ってきたJimを殺してしまったというところだろうと思いながら、Valdに運転させて現場へと向かう。
だが現場についてみると、事態はそれよりもはるかに厄介になっていた。
それはJimの家。居間のリクライニングチェアにズボンとパンツを降ろし座っていたJimは、椅子の後ろから頭を撃ち抜かれ死亡している。
その前でしゃがみ込んでいた妻も、数発の銃弾を撃ち込まれ死亡している。
詳しい状況は分からないが、要するにJimにその妻がフェラチオしているのを見た、愛人であるValdが嫉妬のあまり錯乱し、二人を射殺してしまったというところだろう。
これじゃあ正当防衛を偽装することもできない。
Valdを居間に残し、家探しをしたSlow Bearは、寝室のマットレスの下にJimの拳銃を見つける。
居間に戻ると、Valdに彼自身の拳銃を持たせ、死んだJimの正面に立つように指示する。
そして隠し持ってきたJimの銃を素早く抜き、Valdの肩を撃つ。
混乱しながら撃ち返してきたValdの弾は見当違いの方向へと飛んで行く。
不自然にならないよう次の一発は外し、それからValdの胸へ銃弾を撃ち込む。
そして銃の指紋を拭き、Jimの死体に持たせる。
これで三角関係のもつれにより殺し合った現場の完成だ。
銃声は近所にも聞こえただろうが、この辺じゃあそんなの日常茶飯事だ。通報があるとしても朝になってからだろう。とは言ってもすぐにこの家を出て誰かに見られるのはまずい。
Slow Bearは寝室で見つけた『コール・オブ・デューティー』をしばらくやって過ごし、深夜を待って裏口から出る。
行きはValdの車で来たが、帰りは徒歩。かなりの距離はあるが、後に起こり得る問題を避けるため、ヒッチハイクも自転車をパクることもできず、家に帰りついたのは朝の7時過ぎとなる。
帰りついてそのまますぐに眠りにつき、起きていつものようにカジノのバーに行くのは午後になる。
スツールに座ると馴染みの女性バーテンダーLadyが、彼に言う。「Trevorが探してたわよ」
「何だって?」「2回来た」
Trevor Crossはこの居留地の警察署長だ。かつてはSlow Bearと一緒に働いていて、やがて上司となり、署長となり、昔のボスになった。遠縁の従兄弟として今でも繋がりがある。
Trevorはおそらくは既に事件に彼が関係したことを知ったのだろう。Slow Bearは彼のしたことをTrevorがよくとってくれないかと思う。犯人を留置場に入れとくのを節約できたじゃないか。みんな得したはずだ。
ここでSlow Bearが自分のやった結果を「Three disbursements back into the pot.」、(えーと三つの支払金が壺に戻った、ぐらいの意味か?)と考えているのだが、これ三方一両損とこじつけられないか少し考えて、やっぱ違うよな、と諦めた。 三方一両損って一度は使ってみたいよね。
あと、気になってる人がいるかもしれないけど、『コール・オブ・デューティー』をどのプラットフォームでやったのかの記述は無し。コンソールに入れた、ぐらいのところ。
そしてTrevorはバーにやって来て、Slow Bearの隣に座る。
なんとかごまかそうとするが、Trevorは既に知っていた。
俺は裁判を節約してやったんだぞ、留置場にあのクズを入れるのも。正義は成されたんだ、いいだろうが。開き直るSlow Bear。
Trevorは一旦バーから離れ、しばらくして戻って来て言う。
「The Hatからお前に挨拶しておけとのことだ。彼はお前のことを大変気にしている」
The Hatはこの居留地の酋長の通称だ。公の場に出るときには、常に大きな特注のビーバーの毛皮製のカウボーイハットを被っていることからそう呼ばれている。
実際にSlow Bearが会ったことは数える程度しかない。
「今朝、彼と話した。Jimの事件捜査の合間にな、分かるな。そしてお前の名前が出てきたというわけだ」
「ところで、お前追放者のことは知ってるな。Santanaだ」と、Trevorは話の方向を変える。
もちろんSlow Bearは知っていた。Santana Hunts Along。かつてThe Hatと、この居留地のリーダーの座を争っていた男だ。
争点はこの居留地に発見された油田からの利益の分配手段だった。その過程で、Santanaがその利益の一部を着服していたことが発覚した。
その結果、酋長の座にはThe Hatが就き、Santanaは居留地から追放となった。
だが、Willistonへ腰を落ち着けたSantanaは、別の石油会社に雇われ、以前と同様の勢力を保っているようだ。
「The Hatは、Santanaが今でもこの地と繋がりを持っていると考えている。それは隠されているだけだ。奴はここの石油会社と繋がりがあり、我々の取り分となるべき中から報酬を受け取っているらしい」
その話が俺にどう関係するのかわからん、とSlow Bear。「俺も追放するって、警告かい?」
冗談のつもりで言ったSlow Bearだったが、Trevorは何かを口ごもる。
「何だって?」
「俺の考えじゃない。俺はお前なんぞ刑務所に放り込んで、恨みのある囚人どもに痛めつけられりゃいいと思ってた」
座れ、というTrevorに、Slow Bearは上げかけていた腰を戻す。
「The Hatは、お前をSantanaのところに潜り込ませ、何らかの証拠を見つけさせるつもりだ。そしてこれは重要なところだが、もし何もなかったとしても、あることを突き止めろ」
「お前、俺に何をやらせるつもりだ?」
「もし簡単にいかなければ知らせろ。こっちで本当に見えるとっておきのやつを用意してやる」
俺に潜入捜査なんてできるわけないだろう、どうするんだよ?手品か?Slow Bearは抗議する。
「Santanaが知るべきことはだ、お前が彼同様に居留地を追放になったということだ」Trevorは言う。
「なんで奴がそれを信じるんだよ?」
「なぜなら、それは本当の事だからだ」そう言うなり、Trevorはカウンターの上のビール瓶を掴み、それが割れるまでSlow Bearの額に叩きつける。
そして倒れたSlow Bearの腹を蹴りつけてから、かがんで顔を近づけて言う。「すまないな、Micah。本当らしく見せなきゃならん。これからお前をカジノ中で蹴飛ばした後、手錠をかけ、トラックに引き摺ってく」
そして襟首を掴み引き上げ、顎を掴んで続ける。「そして、お前のクソトレーラーを押収する。お前のトラックも。銀行口座もクレジットカードも凍結される。そもそもお前カード持ってるのか?」
そしてTrevorは徹底的にSlow Bearを、気絶するまで痛めつけ、片手に手錠をかける。そしてもう一方にもかけようとしたとき、それがなかったことに気付く。
「そうだったな、クソッ」
その後、病院に連れて行かれ、治療を受け、これがうまく行けばちゃんと報酬も出る、とささやかれた気もするが、Slow Bearはそのまま再び意識を失う。
次に目が覚めた時、Slow Bearは、走行中のそれほど大きくない車の助手席にいた。
横で運転しているのは、馴染みのカジノの女性バーテンダーLady。いくらかは事情を知っているLadyが、Slow Bearを「追放」する役目を任されたということらしい。
WilliatonまでSlow Bearを連れて行き、ホテルに置いて来るまでが役目だったのだが、ホテルはどこも満室。
仕方なくショッピングモールの駐車場で、車の中で一晩眠り、そして翌朝、帰り損ねたLadyと共に、Santanaの会社へと向かうことになるが…。
とりあえず、最初はこの辺までで。一応断っておくと、『Slow Bear』シリーズは、とりあえずこの最初だけかもしれんが、次に続くという形で終わるので、続く第2作『Slower Bear』について書く時にはこの続き結末まで 書いてから始まるという形になる。それ考えるとかなり積み残し多い気もするが、とりあえずこういう経緯で潜入捜査へ向かいました、ぐらいまでが適当かと。
Anthony Neil Smith作品ではある意味お馴染みの…、つってもほとんど伝わってないだろうが、強い正義漢も持たず、どちらかと言えば悪党に片足突っ込んでるぐらいで、地元近隣社会でそれなりに居所見つけて、特に高望みもなく 日々暮らしているろくでなしアンチヒーローが、ちょっとしたきっかけでのっぴきならない状況に追い込まれて行くという展開。
そしてやはりSmith作品の常のように、ここまで紹介したところでも現れているように、定石の展開がことごとく外されて行く。
主人公Slow Bearは、片腕のネイティブアメリカンの元警官だが、ハンデがあってもなんかの達人というような都合のいいことはなく、少々の機転を使っての不意打ち以外では大抵負けるぐらいの男。片腕になった経緯は序盤では 曖昧に書かれているが、後々あまり褒められたものでもなく、悪徳警官としての悪事が本格的に発覚するギリギリのところで起こった事件だったりすることも語られて行く。
一人称小説ではないのだが、ちょっと自嘲的という感じのややブラックなユーモアも多く、ギザギザで硬質というような文体で書かれた代表作Billy Lafitteシリーズよりはかなり読みやすい作品。
2020年に『Slow Bear』が発表され、これは続きものだなとすぐにわかり、2022年に続編『Slower Bear』が出て、その時点で次に『Slowest Bear』が出て三部作となるのだろうと、予想されたのだが、2024年8月に『Slowest Bear』が出てみると、 これで完結とは一切書かれていなかったり?これはまだ次があるのか?では『Slowest』の次は?と色々な部分で先が気になるシリーズだが、何とか第1作を紹介できたので、ここから順次続けて行きます。えーと、あれとあれとあれは早く読まなきゃならんと いう予定になってるので、その次となると…、まあ来年になりそうだけど、なるべく早く続けて行く予定です。
Anthony Neil Smith先生の近況、というか以前どこまで書いたのかよくわからなくなってるぐらいなのだが…。とりあえず2020年出版のこの作品の翌年、2021年10月には単独作品『The Butcher's Prayer』が同じくFahrenheit 13より出版されている。
『The Butcher's Prayer』も読んだのに書けないままになっている作品の一つなのだが、ある田舎町で起こった殺人事件に関係することとなってしまったその町の教会の家族それぞれの姿を通して、現代、既に教会が地域の中心でなくなってしまった アメリカの田舎町を描いたノワールの秀作。
教会の三人兄妹の末娘と結婚した肉屋に勤めるダメ男が、悪い友人の付き合いでドラッグの取引現場に居合わせるが、その友人が相手を殺してしまい、死体の始末に困り肉屋の知識を使ってそれを解体する。が、中途半端なまま放置してその場を離れる 羽目になり、陰惨な凶悪事件の犯人として逃走を余儀なくされる。
彼を追うのは、教会一家の次男で神学校へ進んだが司祭への道を外れ、地元の町で警察に入った刑事。信仰に執着心はないが、家族からも期待された道を踏み外したことに対し、常に複雑な感情を持っている。
そして犯人の妻になってしまった彼の妹は、ひたすら信仰に縋りつくことで解決の道が訪れると信じる。
その一方で、ほとんど教会に行ったこともない警官たちは、教会に対しても型通りの敬意以上は示さず、犯人の片割れである友人の家族などは、教会に全く縁のないトレーラーハウス暮らしの底辺ローライフであったり。
昔ながらの見かけを保ってはいるが、既に様変わりしてしまった田舎町の姿が、ある時は皮肉・ユーモラスに、ある時は非情・残酷に描き出されて行く。
その後は、一旦新たなパブリッシャーからの新作がアナウンスされ、プレビューも公開されたが、何らかの事情で立ち消えとなってしまったりと、相変わらずと言っては失礼だが不遇が続く…。
ツィッター(現X)のアカウントも戻ったりなくなったり、新たなホームページができるも、割とすぐ閉鎖されたりというような状況が続いたり。
というところではあったが昨年2023年11月からは、作家Sheldon Lee Comptonの主催するウェブジンREVOLUTION JOHN.のエディターに就任し、以来Xのアカウントも保たれているよう。 あ、最後に付け加えるように書くのもなんだが、本業というところの大学の先生は別に問題なく続いているから。
多くのところで絶版となってしまっているSmith先生の著作だが、現在はBilly Lafitteシリーズを始め、かなりの部分は自費出版により復刊されている。最近、ドイツの出版社(名前忘れた…)からしばらく前に出版された『The Cyclist』も新たに加わった。 『Castle Danger』シリーズはちゃんと完結までいけなかったようだから難しいのかな?以下著作リストを参照のこと。
インディークライム、周辺文学方面では"ノワール教授"の愛称で親しまれる現代のノワールレジェンド、無冠の帝王Anthony Neil Smith先生については、しばらく中断になってしまっていたがここから新たにぐらいの気分で今後推して行きたい、 行かなければと思っております。
なんとか先に続く書き損なってたやつをやらなくては、と思ってた中からやっと一つ『Slow Bear』。一歩前進かと思うが、一方で書く予定の方は渋滞し始めたり。ルッカQueen & Countryを再開できるのはいつになるか…。コミックの方も やらなければばかリなのだが、何とかこっちの方ももっとペースを上げて行かねばと思う最近です。あー、デストロイヤーも余裕出来たらどっか押し込もうと思ってるのだけど…。
■Anthony Neil Smith著作リスト
〇Billy Lafitteシリーズ
- Yellow Medicine (2008)
- Hogdoggin' (2009)
- The Baddest Ass (2013)
- Holy Death (2016)
〇Mustafa & Ademシリーズ
- All The Young Warriors (2011)
- Once A Warrior (2014)
〇Castle Danger (The Duluth Files)シリーズ
- Castle Danger - Woman on Ice (2017)
- Castle Danger - The Mental States (2017)
〇Slow Bearシリーズ
- Slow Bear (2020)
- Slower Bear (2022)
- Slowest Bear (2024)
〇その他
- Psychosomatic (2005)
- The Drummer (2006)
- Choke on Your Lies (2011)
- Sin-Crazed Psycho Killer! Dive, Dive, Dive! (2013)
- Worm (2015)
- The Cyclist (2018)
- The Butcher's Prayer (2021)
・Red Hammond名義
- XXX Shamus (2017)
・Victor Gischlerと共作
- To the Devil, My Regards (2011)
・Dead Manシリーズ (with Lee Goldberg and William Rabkin)
- 16. Colder than Hell (2013)
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